PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~   作:無銘数打

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Episode22『星霜ヲ蝕ス三重奏①残者行進』

 都市警備局ナオビ本部、捜査一課、課長のマクレーン。

 種族はキャスト、性別は男、周囲の評価は昼行燈。外部の評価は昼行燈で居る限りは、その役職においてやるという状態。優秀なわけではないが、無能なわけでもない。個人的な考えとして、自分以外の連中がしっかり仕事をすれば問題なし。何か問題あれば自分の首を差し出せばいいだけ。部下想いの課長というレッテルの裏にあるのは、面倒事はさっさと終わらせる為に逃げ出す事も、自身を犠牲にする事も辞さないという妙な昼行燈。

 そんな男がいつもの様に捜査資料を見ながら、頭部ユニットに内蔵されているラジオから流れる競馬中継を聞きながら部下に尋ねる。

 「クルーズ、私は常日頃から言っているから知っていると思うが」

 「言ってませんよ」

 「人の話を聞いてから答えなさい。常日頃から言っているが、面倒事を起こすなら私を通す事。責任は私が持つから、必ず私を通す事。君達がきちんと仕事出来る様にするには、必ず私を通す事と。まぁ、あれだ。報連相という事なんだが……」

 ラジオから聞こえる実況者の声が荒々しくなっていくが、自身の予想とはまったく違う結果になっている状況を前に、諦めてラジオを消す。

 「好き勝手するなら、きちんと私に話を通してくれないと困るんだよ、こっちは」

 「通したと思いますが?」

 寝不足なのか、瞼の下にクマを作り、ぼさぼさの頭をセットすらしないクルーズは、視線を上司から反らし、窓に写った街を見つめる。

 「そうか、君がそう言うなら通したんだろうね。私の記憶には一切ないが、きっと通したんだろう。そういう事にしておくとしようか―――それで、君はこれからどうするつもりだ?」

 この状況は非常に拙い状況だった。

 外部と内部から、上と下からマクレーンに掛かる圧力は自分の首1つでどうにかなるモノではない。早々に自分の首を差し出し、退職金でのんびり余生を過ごしたいのだが、

 「私はさ、自分の立場を惜しいとは思わないのは知っているな?」

 「えぇ、だから我々は貴方が逃げ出さない様に、貴方に無用な責任を押し付けない様にしています」

 「それが無用のお節介だと気づいているかな?」

 「お節介ではありませんよ。もう一度言いますが、貴方が逃げ出さない様にしているだけです。貴方には定年までしっかり働いてもらわないと困るんです」

 上司想いの部下の切なる願いに、涙が出そうだった。

 「はぁ……仕事、したくないんだけどなぁ」

 「だったら、さっさと決断してください。そうすれば、貴方に余計な事はさせませんよ」

 マクレーンは机の上に置かれた、愛用の煙管を咥える。火はつけない。火をつけずに、口に咥えるだけなので、喫煙室じゃない場所でも何も言われない。これが彼の基本的なスタイルであり、彼が火のついた煙管を咥えている所を見た者はいない。

 「……君の独断専行を許せ、と」

 「えぇ、そうです。そして、独断専行の内容についても、目を瞑ってほしいのです」

 それが嫌だと態度で分かって欲しいのだが、このクルーズという男は一向に退く様子がない。現にこうした押し問答は既に1時間は続いている。マクレーンとしては、普通に独断専行するだけなら、何の問題もない。彼の能力は知っている。この状況でもなんとか巧く立ち回る事は出来るだろう。

 「クルーズ、君が私の下に来て、何年になる?」

 「10年は経ちますね」

 「その間、君は随分と成長したよ。ヒヨッコだった若造が、気づけば此処の主力だ。君が捜査指揮を執り、私はこうして楽が出来るわけだが……そのままでは満足できないのかな?」

 クルーズはマクレーンを睨むように見つめる。

 「10年で成長した事もあれば、10年で退化した事もあります」

 「それは選択の話だ。この仕事に必要な技術の為に,自身の気質を捨てる事は、成長でも退化でもない。選択だ。その選択を君はして、私はそれを受け入れている」

 マクレーンは椅子を回転させ、背を向ける。

 「それは後悔からの行動か?」

 「いいえ、そんな感情ではありません。これも選択です。それと、俺は貴方には報告せずに何度か違反行為を行っています」

 「それは知っている。私が目を瞑れる範囲ならば、幾らでもすればいいさ。そして、これから君が行う事も、本来であれば許されない行為だ」

 煙管を口から離し、自分の頭部を軽く叩く。

 金属と金属の奏でる音を聞きながら、マクレーンの答えは決まった。

 「―――いいよ、存分にやればいいさ。責任は私が持つ」

 「ありがとうございます」

 それだけ言うと、クルーズは早々にその場を去る。残されたマクレーンは想定よりも早く、自分がこの場を退く事に深いため息を吐いた。

 クルーズもわかっているのだろう。自身の行動が公になれば、ただでは済まされない事が。そしてその結果がマクレーンすらも巻き込むのだと。それをわかっていながら、クルーズはマクレーンに迷惑はかけないと口にする。

 「信用しているのか、利用されているのか……ま、どっちでもいいか」

 椅子から立ち上がり、街を見つめる。

 「どっちでもいい。そうさ、どっちでもいいんだ」

 この街に潜む影をあぶりだす。

 この街をどうにかしようとする影を見つける。

 影は巨大な権力を持ち、混乱を生み出している。その混乱が警備局にも手が伸び、先日は仲間が殉職した。人ではないが、彼女も立派な仲間だと認識している。そして、その仲間の主人も連中の手によって消息不明となった。

 「―――調子に乗っている連中を、ぶちのめすのに理由はいらないよ」

 昼行燈は動き出す。

 その為にはまず、

 「ご飯だな」

 少し遅めの昼食を取る為に、食堂へ足を運ぶ。

 

■■■

 

 思えば、初めてアンジュと会った時、自分はどんな風に思っていたのかと、クルーズは自問する。

 アークスの情報部から受けた仕打ちから、元アークスというだけでヴァンに対して仲間意識など持つ事はなかった。むしろ、嫌がらせの1つだとすら思った。

ヴァンという男の経歴は事前に知っていたが、どういう理由でアークスを辞めたのかは知らなかった。そして、そんな理由など知った事ではなかった。

 あの男も自分達の敵なのだ、そう思う事で守ろうとするプライドがあったのだろう。

 そんな男と初めて会った時、どんな嫌みをぶつけてやろうかと思ったが、想定とは違う事があった。ヴァンの隣に立つ、子供みたいに小さな存在。実際、サポートパートナーを直に見る機会が少なかった為、思わず子連れなのかと錯覚してしまった。

 主であるヴァンの何ともやる気の感じられない態度。その後に礼儀正しく挨拶するアンジュの姿に、その場に居た者達は当然の様に困惑した。

 妙なコンビが現れた。

 それが初対面の2人に抱いたシンプルな想いだった。

 それが1ヵ月前の事だと思うと、まるで遠い昔の様に思えてきた。

あの時の感情を思い出す事すら難しい。そう、難しいと思うほど、今回の事で連中と関わり過ぎたと実感する。ヴァンという男と、アンジュというサポートパートナーの存在は、こんな短い時間で当たり前の存在になってしまった。

 そして今、目の間に横たわる残骸を前に、クルーズは無言を通す。

 破壊された小さな体。

 あの場にあった体のパーツを拾い集めても、元の形には戻らない。両手はあったが、接続部が吹き飛び、繋げる事が出来ない。両足も片方がない。片足はなんとか繋がっているが、片足は太腿が破損し、膝から下は復元が出来ない程に破壊されていた。そして頭部は半分がない。右目から頬にかけてごっそりとなくなり、金属製の頭蓋の中も空っぽ。

 素人目に見ても、簡単に復元が出来ない。

機械に詳しい者に頼んでも、短い時間で復元できるのは此処までだと言われた。これ以上は専門の技師でないと復元できないらしい。つまり、アークスに頼まない限り、彼女を元の形に戻す事は出来ないという事だ。

 しかし、それが何の意味があるのか。

 形を元に戻した所で、それは既にただの空虚な人形でしかない。人が死ねば、ただの内臓が詰まった缶詰になるように、サポートパートナーが壊れれば、ただの壊れた人形にしかならない。彼女が彼女として存在するに必要なメモリも頭部の破壊と同時に復元不可能となり、同じ形のサポートパートナーを作っても、彼女ではない。

 アンジュというサポートパートナーは壊れた。

 非情に、無情に破壊された。

 彼女は、動かない。

 これ以上、あの無駄口を、その小さな口から漏らす事はないのだ。

 『―――あの、あまり人の体をじっと見つめられると、恥ずかしいのですが……』

 「勝手に喋るな。誰かに聞かれたらどうする……」

 その代わりだと言わんばかりに、クルーズの腰に付けられた通信機から、喋らないはずのサポートパートナーの声が聞こえてくる。

 『いえ、流石に私の体をじっと見られると、クルーズさんがそういう趣味の方だと誤解してしまいそうで……もしかして、実際にそっち系?』

 「誰も居ない場所で考えたい事があるだけだ。何なら、このガラクタを燃えないゴミに出して良いんだぞ」

 『それは困ります。一応、復元は可能なはずなので、全部終わったら直すつもりなんですよ。ちなみに、経費で何とかなります?』

 「保険はないのか?」

 『アークスに居た頃なら可能だったんですが、流石に今は無理ですね』

 「そうか。後で経理に掛け合ってやる」

 『それは非常に助かります』

 クルーズは煙草を咥え、火をつける。

 『此処は禁煙のはずでは?』

 「知らん」

 これは儀式の様なモノだとクルーズは言う。

 選択した事で捨てたはずのモノを、また拾い上げる儀式だと。

 心の憶測で、遠い過去の記憶で、自身がこの道を選んだ時点で必要ないと捨てた感情を拾い上げる。その感情は黒く、暗く、今の自分とは反対の感情だった。それが必要だった。それだけの覚悟を持つ必要があった。

 正攻法はもう要らない。

 連中は正攻法から逸脱した行為で攻めてくるなら、正攻法に付き合ってやる必要はない。

 「アンジュ、お前の居るネットワークで」

 『人形庭園です』

 「その人形庭園で今から言う連中を探して欲しい」

 拾い上げた感情が、今の自分と混じり合う。

 「それと、あの情報部の女は何処に居る?」

 『本部前のカフェで待機してます』

 クルーズという男の姿をした、別の誰かが煙草を床に落とし、足で踏みつける。

 「すぐに行くと伝えろ」

 其処に居る男は、野良犬の瞳で世界を見る事を思い出した。

 

■■■

 

 その空間は、人形庭園と呼ばれている。

 何時からそんな場所が在ったのか、詳しい事を知る者は少ない。だが、数年前よりオラクル船団のネットワーク領域の中で、奇妙な空間があるという噂はあった。その噂の信憑性を確かめようとする者も居たが、その殆どが噂を真実だと知る所まで行く事は出来なかった。

 曰く、その場所はマザーシップのテスト環境として生み出されたが、今は使われなくなった場所となり、そこを誰かが勝手に使用している。

 曰く、虚空機関が解体される直前、多くの非情な実験の中でも、特に問題のある実験を隠す為に作られ、そこにはアークスの根底を揺るがす極秘情報が眠っている。

 曰く、キャストになった者達は元々は人ではなく、ある場所に保存されている人格データをコピーする事で生み出された。そのある場所が人形庭園であり、人格データは遠い昔に滅びたフォトナーの人格である。

 無数の憶測が生み出される程、この空間、領域は不可視だった。だが、実際はそんな大層な物ではなく、ある者が作り出したサポートパートナー達が主人に内緒で密会する集会場である。

 そこでは日々、多くのサポートパートナー達がアクセスし、主人の自慢やら愚痴やらが飛び交い、婚活パーティやら合コンやら、ともかく色々な事が繰り広げられている。

 そんな場所が存在する事は、本来であればサポートパートナーの存在に対して良い感情を抱かれないだろう。主人に従順な者達が、主人にも知られず行動する事を良しとしない者達もいる。だが、それ故に生み出される場所というのも確かにある。そして、その場所を黙認する組織も存在する。

 此処は自由なのだ。此処だけは個々を許される場所であり、楽園なのだ。

 そんな空間を泳ぐアンジュは、顔見知りのサポートパートナー達に挨拶しながら、この空間の奥にある花園と呼ばれる場所に向かう。

 

 『その『領主』というのは、どんな奴なんだ?』

 この空間において、本来ならば外の者と連絡を取り合う事は好ましくない。だが、好ましくないだけで禁止されているわけではない。どの様な場所であれ、この場に居るのはサポートパートナー。皆が生み出され、存在する理由を無碍にする事などない。

 「その名の通り、この人形庭園の領主です。私達の居る空間の主であり、私達にも正体を明かさないシャイなあん畜生です」

 電子の海を泳ぎ、その先にある小さな小屋。

 「自由な空間とはいえ、領主が管理するネットワーク空間ですので、きちんと筋を通さない事には、私でもクルーズさんの注文をこなす事はできませんので」

 裏を返せば、その筋を通せば可能という意味に聞こえる。

 『お前達、サポートパートナーのみが使用できるネットワークか。それは、どの程度のものなんだ?』

 「私も全容を把握しているわけではありませんが、このネットワークはオラクル船団のネットワーク全体に枝が張られている状態らしいので、領主の許可があれば人探し程度なら数分もかからないでしょうね」

 『……アークスは、それを利用しようとは思わないのか?』

 「普通は思うでしょうが、今の所はそんな行動を起こしていない様です。一体、領主がどんな手段を使っているかは知りませんが、此処は未だに私達の楽園ですよ……さて、此処からは領主の空間ですので、しばらくはマナーモードです」

 クルーズとの通信を切り、アンジュは小屋の扉をノックする。ノックすると同時に周囲の空間が歪み、一瞬にして別の場所に移動した。

 小さな小屋という外見とは違う、貴族の住む館の様な場所。そして此処は、館の庭園だろう。様々な植物、花達があちらこちらに生えている。

 その庭園の中央で、花をじっと見つめる老人が1人。

 「お久しぶりです、領主様」

 アンジュが老人に喋りかけると、老人は視線を向ける。人懐っこい顔ではあるが、何処か無機質な印象を抱く。

 「アンジュか……外では君は壊れて死んだ事になっているらしいね」

 「その様ですね。おかげで、私はこうして自由に行動できるわけです」

 「体がないというのは確かに自由だが、あまり自由に慣れすぎると外に戻れなくなる。君は此処で電子の海にしか生きてない魚になるのかい?」

 理解しているから問題ないと、アンジュは頭を振る。

 この電子の海は、現実の体を必要としない。云わば、意識のみで存在している場所に近い。それ故に体という束縛が消え、思考のみで全て行動が行われている。目的の場所への移動は、思考するだけで光の速さで移動が可能となる等、1の動作が100にもなる場所。あまりにも自由で、不自由を感じる事がない。

 だからこそ、自由に束縛されるのだ。

 「残念ながら、その気はありませんよ。此処は自由ですが、私は多少の不自由を得る事を選択します。そうしないと、私が私である意味がありませんので」

 「はっはっは、そうか、ならば良かった。此処に居る者達の中には、自由に溺れて外に戻らない者達もいる。それが彼等、彼女等の選択なら私は何も言わないが、可能な限り私は外で過ごす不自由を選択して欲しいと願っているからね」

 まるで自分の我が子、孫を心配するような老人の言葉に対し、アンジュは答える。

 「不自由だからこそ得られるモノが、外にはありますから、大丈夫ですよ」

 その選択に、迷いはないと自信をもって答える。

 「そうか、ならば安心だ―――それじゃ、この鍵を渡しておく。念の為に言っておくが、この鍵を渡す以上、君の行為がこの庭園に害を及ぼすような事になれば」

 「私は切り捨てられる、ですね」

 「左様。それを肝に銘じておいておけば、後は君の自由だ」

 そう言って、老人は微笑みかける。

 「幸運を祈るよ、アンジュ」

 「領主様も、皆にも幸運を祈っています」

 笑みを交し合い、館の庭園は消える。

 残されたアンジュは、その手にある鍵を見つめ、何もないが全てがある虚空に鍵を刺し込む。何も無い場所に鍵は刺し込まれ、回すと同時に世界は広がる。

 圧倒的な空間、無限に広がる宇宙の様に。

膨大なネットワークの枝が宇宙を流星の様に駆け抜け、その中心にアンジュは立つ。

 「交渉成立です、クルーズさん」

 『了解した。それじゃ、今から言う奴等を探してくれ』

 意味のない深呼吸を1つ―――そこから、情報の海へとアンジュはその身を投じる。

 

 

 

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