PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~   作:無銘数打

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Episode23『星霜ヲ蝕ス三重奏②人体破棄』

 路地裏を脱兎の如く走る男は、背後を見向きもしない。

 背後に誰かが迫ってきている事はわかっている。わかっているから、男はこうして逃げている。呼吸が乱れ、走る足がどんどん重くなるが、足を止めれば自分は終わる。ゴミ箱を蹴飛ばし、汚れた地面に倒れそうになりながら、走る。

 そうしている内に、気づけば袋小路に辿り着いた事に気づく。自分の庭でありながら、こんな失態を犯した自分を叱責する。そして思い出す。自分の庭であると同時に、此処は奴の庭でもあるのだと。

 目の前にある壁をよじ登る事は出来ない。そもそも壁ではなく、建物の側面なのだ。よじ登る事など出来はしない。周囲を見回しても逃げる場所もなければ、隠れる場所もない。このままでは拙いと思い、懐から抜いた刃物を見る。こんな小さな刃物1つでどうにかなる相手ではない。この状況では、こんな刃物はスプーン程度にしか役に立たないからだ。

 自分ではない足音に背筋が凍る。

 刃物を足音のする方へ向ける。

 向けた瞬間、呆気に取られる。

 その場に居るのは、自分を追ってきた相手ではない。立っているのは若い女が1人。こんな路地裏に居るには不釣り合いな若い女の姿に、安堵の息が漏れるが、すぐにそんな都合の良い事が起こるのかと頭を振る。

 現にその女は、まっすぐに自分を見ている。まっすぐに自分に向かって歩いてくる。刃物を突き付け、怒声を上げても顔色1つ変えない。やはり、この女も追手の1人かと舌打ちする。

 不用心に、しかし堂々と近づく女に向けて男は刃物を振るう。

 そして終わる。

 刃物はその手から消え、男の視線が回転、作り物の空が視界に写り込む。今日の天気は曇りだったのかと今更知ると共に、背中から地面に落ちた。

 それから数秒後、曲がり角からクルーズが姿を現した。

 「―――すまない、助かった」

 地面でのびている男、その男の傍で刃物をクルクル器用に回転させている女。

 クルーズが声をかけたのは、当然女の方。

 「問題ありませんよ。こんな玩具を向けて来たので、ちょっとお仕置きはしましたけど」

 「怪我がなくて良かった」

 そう言って、クルーズは女の手から刃物を受け取る。

 「そう言ってもらうのは、随分と久しぶりな気がします」

 「……いや、コイツの話だ」

 「……えぇ、そうでしょうね」

 女は気にしていないと乾いた笑い声を出す。心なしか、勘違いしていた自分が恥ずかしいのだろうが、顔が少し赤い。

 『おやおや、随分と可愛らしい勘違いをするのですね』

 通信機から聞こえるアンジュの声に向け、女は睨みつける。

 「そっちの体になっても五月蠅いですね、貴女は」

 『中々快適なので気分が良いのです。なにせ、自分の足で歩く必要がないんですから』

 「体が無いというのは、こっちにとって不都合がありますね。体が無いと貴女に手を上げる事が出来ない」

 『ははは、今の私は無敵状態』

 「2人とも、ちょっと黙っててくれ」

 五月蠅い外野を黙らせ、気絶している男を蹴りつけ、乱暴に意識を戻す。昏倒していた為に意識がはっきりするまで時間がかかったが、現状を把握した瞬間に男は逃げようとする。逃げようとするが、行動に入る前に地面に着いた手の甲に刃物が突き刺さる。

 悲鳴、絶叫。

 クルーズの突然の凶行に驚く女だが、彼女が声を上げる前にクルーズは突き刺した刃物の得を踏みつけ、男をその場に串刺しにする。

 「いきなり逃げるなんて随分な態度だな」

 「ちょ、ちょっと待ってくれ、クルーズ……手、手に、刺さって……」

 「あぁ、そうしないと逃げるだろ?」

 足に力を入れ、刃物を更に押し込むと、男は更に悲鳴を上げる。その様子を見ていた女の視線を感じ、クルーズは通信機を女に放り投げる。

 「すまないが、ちょっと席を外してくれ。コイツと大事な話があるんだ」

 「……わかりました」

 不満があるという顔だが、女は了承した。

 クルーズと男を残し、女は通信機を持って路地裏を抜ける。僅かに聞こえるのは男の悲痛な叫び。そんな声を上げているにも関わらず、周囲に居る者達は我関せずと歩を進める。

 此処はそういう場所なのだと、女は改めて実感する。

 『―――不満そうですね』

 通信機を腰につけ、女は壁に背を預ける。

 「不満、いえ不満はないですよ。ただ、あまり好ましい行為じゃないというだけです」

 『シアさんは随分とお優しいのですね』

 「その名前、犬の名前って聞きました」

 始末屋は通信機を睨みつける。睨みつけるが、今の状況でアンジュに手を出す事が出来ないと思い出し、

 「どんな呼び方をしても構いませんが、他の名前は無かったんですか?」

 『その場での思い付きですからね……それとも、名前を名乗ってくるんですか?貴女の本当のお名前』

 始末屋は口を噤む。

 『わかってますよ、冗談です。貴女みたいな人が迂闊に名前を名乗ると、名乗った相手に何らかの害が及ぶから名乗れない、という事ですよね』

 本当に冗談だった場合、危険を冒してまで口にする冗談とは何なのか。このアンジュというサポートパートナーは命知らずも良い所だと始末屋は思う。

 この話題はもういい。

 話題を変える。

 「……あの人は、こんな非合法な捜査を毎回行ってるんですか?」

 もう男の悲鳴は聞こえない。

 『貴女が言えた事じゃないですよ』

 「言えた事じゃないから、言ってるんですよ」

 これで3回目、今日だけでこんな悲鳴を聞くのは3回目だった。

 『あの方は割とまともな御仁ですよ。マスターと違い、職務に忠実で、真面目過ぎるくらいな方なんですけどね、本来は』

 本来と口にしながら、それが本当の姿なのかアンジュは疑問に思う。

 「……そっちに居るなら、そこら辺も調べられるのでは?」 

 『身内の過去を探る様な事はしませんよ』

 「随分とお優しい事で……」

 『おや、さっきの仕返しですか?』

 「その通りです」

 会話をしながらも、周囲を警戒する。幾らこんな場所とはいえ、ジョンドゥの眼が無いとは口が裂けても言えない。確認する限り、尾行はない。正確に言えば、先程尾行は巻いており、追い付かれている様子はない。

 「勝手な想像ですが、あの人は警備局に居るような人材とは思えませんね。先程、尾行を巻いた時の動き方もそうです」

 相手を追跡する方法を得ているから、相手から巻く方法を知っている。それならば納得は出来るだろうが、

 「あれは……あれは追われている事に慣れている者の動き方です。追う側ではなく、追われる側のね」

 『まぁ、否定は出来ませんね』

 クルーズという者について、アンジュも詳しいわけではない。マスターであるヴァンを毛嫌いしているせいか、それほど多くの会話をしたわけではないし、人柄を良く知るわけでもない。だが、少なくとも数日前まで共に行動していた彼とは、明らかに何かが違う。

 「言い方は悪いですけど、あの人がやっている事は捜査員が行う手段ではなく、チンピラが行う手段です。それも、相当柄の悪いチンピラの……」

 

■■■

 「―――嘘は吐いていないな?仮にこれが嘘だった場合、俺はもう一度お前に会いに来る必要が生まれる。そうなると、互いに損をする事になる。俺は時間を無駄にするし、お前は残り時間を失う……わかるな?」

 地獄の底から響くような、低い声を男に浴びせると、男は何度も何度も首を上下させる。首を振る人形の様に何度も何度も。それがクルーズに対する服従にも似た行為であり、その証明なのだろう。

 「わかったなら、問題ないな。それじゃ、俺は行くが……もしも他の連中に漏らして見ろ。その場合も―――」

 「わかった!わかったから!」

 地面を頭に擦りつけ、懇願する男を見下ろしたクルーズは、無意識に腰にぶら下げた凶器に手をかけていた。その事に気づいた瞬間、頭を振ってその場から逃げる様に歩き出す。

 必要な情報はある程度は揃っている。必要ならば、あと数人は同じ行為を行う事になるのだが、

 「……少し、やり過ぎだな」

 彼女達と合流する前に、クルーズは壁に寄りかかり、ずるずると地面に座り込む。懐から煙草を取り出すが、煙草を掴んだ手は微かに震えている。

 落ち着けと自分に言い聞かせ、煙草に火をつける。

 少しだけ落ち着き、少しだけ戻り過ぎた歩を止める。

 此処までが境界線だ。これ以上、歩を進める事があれば、都市警備局の捜査員として存在できなくなる。今から昔へ戻る行為に、歯止めをかける必要がある。

 煙草を掴む指にこびりついた血を見つめ、クルーズは顔を顰める。

 「加減を忘れてるな、昔はもっと巧くやれたはずなのに……」

 二度と戻る事はないと思っていた野良犬の頃の自分。既に消えたと思っていた野良犬の牙は、未だに自分の中に居るとわかった瞬間、絶望的な気分になる。

 どうしてこんな事になっているのか、自問自答を繰り返し、結局は元の答えに辿り着く。

 連中はやり過ぎた。

 こちらはやらな過ぎた。

 だから、連中に追いつくために、こちらもやり過ぎる場所まで行くのだ。

 その為なら、どんな手段だって受け入れる。

 その為なら、ジョンドゥと同じ情報部の者すら引き入れる。

 

■■■

 

 「そもそも、貴女は何時からその状態だったんですか?」

 『貴女がマスターと一緒にデートしている時からですよ』

 通信機から聞こえるアンジュの声は、ネットワークの向こうから届いている。本来の体は既に壊れて使い物にならない為、当然稼働はしていない。

 そもそも、どうして破壊されたはずのアンジュがこうして通信機から話しかけている状態なのか、始末屋は詳しい事情を知らない。

 こうなった経緯として、最初に挙げられる原因となるのは、捜査資料についてだ。

 警備局の捜査資料は情報部へと送られる数時間前、現時点でのバックアップを何としても残す必要があった。それも情報部に感づかれない様に。それには警備局の端末で作業を行う事は出来ず、秘密裏に行う必要があった。つまり、警備局の捜査情報を、警備局のファイアウォールにも引っかからない様にハッキングするという事だった。

 その作業を行うには、ヴァンの自宅の端末では心許ない。ハッキング自体は端末があれば個々の能力でどうにかなるのだが、アンジュの性能ではどうしても処理能力の高い端末、そしてネットワークが必要となる。

 『灯台下暗しと言いますか、近場に知り合いが居て、その知り合いの職場では非常に優秀な端末がゴロゴロあるわけでして』

 「つまり、臨戦地区に入り込み、そこから警備局にハッキングを仕掛けたと」

 当然、知り合いには嫌な顔をされたが、知り合いは諦めた様に彼女に手を貸した。なんだかんだ言いながら、きちんと手は貸してくれる知り合いに感謝してもしきれないとアンジュは語るが、始末屋は内心では、その知り合いも同じ穴の狢なのだろうと推測する。

 「そして巧い事、捜査資料を盗み出す事に成功したと」

 『バックアップと言って欲しいですが……残念ながら失敗しました。一部は回収が出来たのですが、連中も用心深いようで』

 もしくは、こちらの動きを予測していたのか、ハッキングしている最中、アークス側から警備局へ繋がる道に、罠が仕掛けられていた。アークスの端末から警備局の端末にアクセスしようとする端末全てに、通れば鳴る鈴が仕掛けられ、表と裏、両方のネットワークからもアクセス、もといハッキングが出来ない様にされていた。

 「それはまた……見事に失態ですね」

 『意地の悪い言い方をしますね。まぁ、実際そうなんですけど』

 だが、それで諦めるわけにはいかなかった。残りのデータを回収する為に、アークス側の回線を使用する事が出来ない状態ならば、オラクル船団に存在しながら、アークスとも警備局とも関係のないネットワークを使用する事にした。

 それが人形庭園、サポートパートナーのみが使用する秘密のネットワーク空間。

 「噂では聞いた事がありますが、本当に存在しているとは……」

 『もっとも、私もあの場所でそういう事が出来ると知ってはいましたが、実際に使った事は無いんですけどね』

 無論、幾らそんな空間とはいえ、勝手にそんな事をすれば二度と敷居を跨がせては貰えなくなる。そうならない為には、人形庭園の領主に許可を得る必要がある。その為にはまず領主を探す必要があるのだが、同時にある考えが浮かんだ。

 この場所に潜り続ける事で、何らかの情報を得るのも悪くないと。

 「それでメモリをネットワーク領域に移動させた、と」

 それは同時に自身の身を守る事にもなる。

 知っての通り、サポートパートナーを生み出すのはアークス。ならば当然、サポートパートナーの記憶領域からデータを抜き出す術も存在し、ウィルス等を仕込む事も可能だろう。そして、今回はそのアークスが自分達の敵となっている為、何の準備も無しに外を歩き回るわけにもいかない。

 臨戦地区で用意してもらった端末を利用し、自身の記憶データを人形庭園へ移動。その後、人形庭園のネットワークを通して、自身の体を遠隔操作する。その際、頭部に埋め込まれている記憶媒体は削除させ、完全に動くだけの人形の体を作り出す。

 「便利な事が出来るんですね」

 『あまり便利とは言えませんよ。遠隔操作は、あくまで遠隔操作。その状態では細かい作業は出来ませんし、戦闘などもっての他。普通に動く程度の事は出来ても、戦闘など即座に行動する事が必要となる場面では、どうしてもタイムラグが発生してしまいます』

 そして、その作業が終えた後、クルーズと合流し、再度臨戦地区へ戻り、ジェリコの残した端末を見つける事になったのだが、

 『予想外だったのは、ジョンドゥの行動の速さでしたね。マスターに私の状態を知らせる前に、拘束されてしまいました』

 更に問題となったのは、ヴァンが拘束されて以降、アンジュを監視する眼が現れたという事だ。姿を隠し、一定距離以内には決して近づいて来なかったが、監視される事でこちらの行動が制限されてしまった。肉眼では確認は出来なかったが、街中の監視カメラの映像から武装したドローンであり、しかも光学迷彩も装備している事から統合軍と判明した。

 『こうなってしまっては、逆に私が外に居る事が邪魔になっているなぁと思いまして』

 「どうしてそういう考えに行きつくのか、私には理解できませんよ」

 発想の転換と言えば聞こえはいいかもしれないが、その時点でアンジュが考えた事は、自分の戻るべき体の廃棄という手段だった。

 『抵抗が無いと言えば嘘になりますが、キャストだって玩具のブロックみたいに体を組み立てるじゃないですか。私がしたのはそういう事です』

 「ブロックは組み換えるもので、決して捨てるものじゃないですけどね」

 兎も角、不自由と自由を天秤にかけ、どちらも得る為に必要な行為が自身の破壊。それを行う為にクルーズをわざわざヴァンの部屋に招き入れた。

 「反対はされなかったんですか?」

 『反対されるとわかる人に、わざわざ言う必要があると思いますか?』

 コイツは本当に性格が捻じ曲がっていると心の底から思うと同時に、クルーズに対して同情を感じずにはいられなかった。

 アンジュとしては、あの場で必ず襲撃があると確信があったわけではない。ただ、人形庭園に流れてきた情報から、イクサから発進したキャンプシップに攻撃が加えられたと聞き、それにヴァンが搭乗している可能性があれば、必ず自分に何らかの行為が行われると予想した。結果、見事に予想は見事的中。

 あの場で唯一心配な事があるとすれば、ドローンの標的が自分だけでなく、クルーズにまで向いた場合だったが、現状では彼は無事だった。

 『計画通りとはいえ、あの場で私の事を本気で想ってくれた彼に対しては、心の底から謝罪をしました……まぁ、私達に心があるかどうか知りませんがね』

 その言葉に思わず吹き出してしまう。

 『……なんで笑うんですか?』

 最後の方は明らかに照れ隠しだった。ならば、もっと普通に言えばいいのにと口に出そうと思ったが、あえて口には出さないでおく。

 『まぁ、良いでしょう。兎も角、こうして私の行動範囲は相当広がりましたし、自由な行動も可能となったわけです』

 「なら、ヴァンさんの行方については」

 『それは未だに不明です。ですが、一応手は打っています。こういう時に役に立つのは人脈ですね。これでマスターは私に大きな貸しが出来たわけですので、私の趣味に対しても何も言ってこないはずですね』

 それはヴァンがきちんと生存している場合の話だろうが、

 「あの人なら大丈夫ですよ」

 それを疑う気はない。

疑ってしまえば、それが現実になってしまうかもしれないと思うからだ。

 

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