PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~   作:無銘数打

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Episode24『星霜ヲ蝕ス三重奏③野良狗論』

 信用するに値するかどうか、それを見極めるには時間が必要となる。必要となるのだが、困った事に時間は無限ではなく有限。いつ破裂するかわからない風船が、頭上に浮かびあがり、その中には何が入っているかわからない。

 想像するだけで嫌になる歪な何かを含んだ風船は、未だにゆっくりと膨らんでいる。風船が繋がれた者は、ナオビに居る全員。全員が風船が割れた瞬間に中に入った何かを浴びせられるという仕掛けがある。

 あの女について考える。

 アークスの女。情報部の女。ヴァンとアンジュが共に行動していたという女。始末屋という都市伝説だった女。

 クルーズとアンジュの前に突然現れた彼女は、こちらが質問する前にあっさりと自分の事を話した。話した上で、ジョンドゥが何を企み、この事件において裏で糸を引いている存在であると語った。

 突然の事で、頭のおかしな女が現れたと思ったが、アンジュも彼女の事を知っており、真実を語っていると保証する事で、それが真実だという事でのみ込む事にした。だが、どれだけ真実を語ろうとも、ジョンドゥと同じ情報部の者を信用する事など容易には出来ない。

 敵ではないが、味方とは思えない。

 これが始末屋を名乗る彼女に対する第一印象。

 「手を組みませんか、という話です」

 「それが罠じゃないと言い切れるか?お前がアークスで、情報部で、始末屋とかいう事を抜きにして、突然現れた相手を簡単に信用するほど、馬鹿じゃない」

 助け舟を出そうとするアンジュだが、クルーズと始末屋の両者から口を出すなと遮られる。両者を信用している唯1人が居たとしても、所詮は3人の内で1人だけ。信用は一方通行でしかない。

 「では、どうすれば信用してくれますか?」

 「どうすれば信用するかと考えるだけ無駄だという話だ。俺は信用できない相手と組む気はない」

 そう言うとクルーズは通信機を始末屋に放り投げる。

 「アンジュ、お前がそいつを信用しているなら、お前はそっち組め。俺は俺で勝手にやる」

 『現状、1人で行動するのはリスクが高いですよ』

 そんな事は百も承知だった。

 『クルーズさん、私からもお願いします。彼女は信用に値する人物です。少なくとも、彼女の力を借りる事で進む事もあるはずです』

 「ならば尚更だ。互いに信用しているお前達が一緒に行動すればいい。信用できず、余計な詮索と思考で時間を割かれるよりも、そっちの方が効率的だ」

 『ですが……』

 「アンジュ。この人は手を組む事はしないと言っています。それは今の状態では変わらないでしょうし、これ以上の押し問答は時間の無駄です―――ですよね、クルーズさん」

 その通りとクルーズは頷く。

 「信用、信頼の話は時間の無駄。なので、此処で必要となるのは効率の話です。つまり、手を組む気はないが、利用し合う気はあるという事で問題ありませんか?」

 始末屋の問いに、クルーズはまたも頷く。

 「そういう事ですよ、アンジュ。良いじゃないですか、これで。信用も信頼もしない、手も組まない。でも目的は同じ所にある以上は、利害は一致する」

 『……面倒な人ですね』

 「可愛いじゃないですか」

 勝手な事を口にする2人に何か言ってやろうかと思ったが、時間は限られている。無駄な時間を過ごす気などない。

 「わかったら、さっさと―――」

 「と、言いたい所ですが、そうも言っていられないんですよね、これが」

 そう言った瞬間、始末屋の姿が消える。驚愕するクルーズが周囲を見回すが、姿は見えない。しかし、次の瞬間には目の前に凶悪な刃物が出現し、クルーズの顔に突き付けられていた。

 「どうですか?私はこういう事が出来ます。これが始末屋と言われる所以とでも思っておいてください」

 「それで、何が言いたいんだ?」

 突き付けられた刃物に目もくれず、クルーズはまっすぐに始末屋を見据える。

 「効率の話ですよ。確かに私とアンジュが共に行動して、貴方が単独行動する事も効率的でしょう。ですが、その結果として片方に何かが起き、片方が行動できなくなった場合、それは効率的と言えますか?」

 冷たい瞳でクルーズを見据える。

 「そして私達よりも、この街に詳しいのは貴方です。私達が行動するには貴方の力が必要となるでしょう。では、貴方の協力を得ずに行動した場合はどうか。これは効率的じゃない。時間を無駄に使う非効率な結果が生まれます」

 冷たいが、その奥にある意思はそうではない。

 「―――使える物はすべて使うべきと私は提案します。危機的状況において、私はまぁまぁ役には立ちます。逆に調査においては貴方の方が役に立つでしょう。ついでにアンジュも入れておきましょう……どうですか?これは効率的じゃないと言えますか?」

 「……仮に此処で俺が拒めば、お前は俺を脅して協力させるのか?」

 「それが効率的であれば、ですが」

 互いに睨む様に見つめ合い、無言の時間が生まれる。その状況がしばし続き、クルーズが肩をすくめる。その姿を見た始末屋は微笑を浮かべ、刃を退いた。

 「最初に言っておくが、揉め事があればお前がどうなろうが、俺は知らんぞ」

 「そちらがヘマをしなければ、私は問題ありませんよ」

 「お前がヘマをしないと言い切れるか?」

 「それはそちらも同じのはずでは?」

 『え~と、とりあえず話はついたという事で宜しいですか?』

 

■■■

 

 治安の悪い場所にしか厄介事は生まれない、なんて事はない。

 当たり前のように人々が生活する中にも、厄介事を生業とする者は潜んでいる。例えばそこは、農業地区の巨大プラントから離れた機材用の倉庫。基本的に全自動で機材の整備を行う場所ではあるが、どうしても人の手が必要となる部分もある。その為、僅かだが人はいる。その僅かの中、極一部にそういう人種は潜んでいた。

 『まともに仕事をしている人もいれば、そうでない人もいるという事ですね』

 「そういう事だ」

 倉庫近くは機材の搬入、搬出以外では人の出入りが少ない。故に、そこに群がる者達にとって好都合な場所を生み出す。

 傍から見れば、倉庫の外に居る者達は単なる昼休憩を楽しむ作業員に見える。だが、見る者が見れば、その者達の作業着の下に不自然な膨らみがある事に気づける。更に言ってしまえば、あれは正しく労働に勤しむ者には見えないというのが決定打だろう。

 クルーズから見れば、あれは街のゴロツキの群れだった。

「こんな場所に技術者が居るんですか?」

 「アイツの吐いた情報が正しければな。少なくとも、この辺で鍵開けを生業としている連中の仲で、奴以上に腕の立つのはいない」

 懐に忍ばせた情報端末。アイテムラボで見つけたジェリコが隠した端末。その中に入っている情報が何なのか、未だに正体は不明。

 その端末にはロックが掛かっており、解除するには暗証番号、そして生体認証が必要だった。暗証番号は何とかなるが、生体認証はそうはいかない。ジェリコの遺体は既に警備局内にはないので、解除は出来ない。死亡解剖時に得たデータで代用できないか試したが、結果は芳しくない。ならば強制的に鍵を抉じ開けるしかないのだが、複雑に組まれたロジックは並大抵の者では解除できない。しかも、間違った手順をした場合はデータが自動で削除される仕様になっているらしい。

 「だから、それが可能となる奴が必要なわけだ」

 ホルスターから銃を抜き、安全装置を外す。

 可能であれば穏便に話をつけ、中に通してもらいたいのだが、そうはいかないだろう。

 「俺は正面から行く。堂々とな。お前は裏を見張ってくれ。奴が逃げたら拘束。両手は必要だから、両足ぐらいなら砕いて構わん」

 「警備局員の言葉とは思えませんね」

 「効率的だろ?」

 顔に浮かぶ笑みは、向こうに群れる野良犬と同じに見えるのだろうとクルーズは自覚する。此処からは荒事。荒事で済ませる以外に方法はない。仮にあったとしても時間の無駄。こちらの要求を通すには会話も金も必要ない。

 必要なのは暴力だ。

 野良犬らしい、暴力だ。

 隣から気配が消え、視覚が出来なくなったことを確認し、クルーズは倉庫の前にいる集団に向けて歩き出す。

 クルーズの姿に気づいた男達は、農業地区の者が来たと一瞬だけ思ったのか、作り物の笑顔を向ける。だが、すぐに違うと判断した瞬間、その笑みは元の素顔に戻る。

 その中でも一番体格が良い男がクルーズの前に立つ。

 「何か用か?」

 威圧する態度を取られるが、クルーズは顔色一つ変えずに男達を見回す。目的の人物がこの中に居れば話は早いが、残念ながら居ない。

 「人に会いに来たんだ。中に入っても良いかな?」

 「駄目だ。お前さん、此処の奴じゃないだろ」

 「新参者かもしれないぞ。あとはそうだな、業者って事もある……中に入っても良いな?」

 襟首を掴まれ、凶悪な顔が近づく。

 「駄目だと言ったはずだぞ。警備員を呼んでもこっちは構わないんだ」

 「そうか、てっきり呼ばれて困るのはそっちだと思ったんだが、勘違いか」

 男の背後、倉庫の中を見つめ、

 「小耳に挟んだだけだが、此処のプラントは広くて管理が疎かになっている部分があるらしいな。機械の管理はしっかり出来ても、人の管理までは上手くいっていない場所。特にこんな倉庫はその1つだ」

 周囲の男達が立ち上がる。

 その手に、この場に似つかわしくない物を握りしめながら。

 「あまり人に見られちゃ困る物ってのは、当然あるよな。それも警備局とかにはさ。あぁ、アークスもそうか。だが、厄介なのは警備局だ。街の中では連中の方が顔が効くし、本業だからな……それで、中に入ってもいいかな?」

 提案し、拒否される。

 分かり切った事だからこそ、問題ない。

 問題ないからこそ、相手よりも早く動く事が出来る。

 相手は脅す事を前提としており、実力行使はその後だ。

それを知っていれば、先手を取る事など容易い。

 そんな事を平然と出来る、そんな事が必要となる、そんな生き方をしてきた。

 都市警備局という正義の味方ではなく、正義の味方の厄介になる野良犬の1匹だった。群れるよりも孤独に生きる野良犬は、常に暴力の中でこそ生を謳歌する事が出来た。自ら望んだわけではなかったが、自然とそんな生き方に慣れてしまったのだろう。

 そして、そんな過去の自分が今の自分を見れば、心の底から失望されていただろう。

 野良犬の分際で、お前は飼い犬に成り下がったのかと。

 野良犬の癖に、飼い主に尻尾を振る事を覚えてしまったのかと。

 過去の自分に失望されようとも、今の自分は生き方を変えた。

 別に正義の味方になったわけではない。なりたかったわけでもない。そういう仕事だからやっているだけだ。

 最初は抵抗だってあった。過去に関係のあった連中を捕まえた時、連中が自分を見る眼に浮かぶ、失望ではなく、滑稽だという感情。お前もこっち側だった癖に、どうしてそっち側に立っているのか。そんな事で自分が上に立ったつもりになっているのかと。

 そんな視線を無視して、忘れようとして仕事に励む。励む事で昔の自分を忘れる事が出来たと思い込む。そうして時間が経てば、下っ端だった男は出世して、部下を持つようにもなった。部下から信頼され、尊敬されるようにもなった。

 過去の自分には絶対に向けられない感情だった。

 あの頃の自分に向けられるのは信頼ではなく、裏切るなという強迫概念。尊敬ではなく恐怖で縛り付ける。暴力、金、裏切りというカードを持たなければ、生きていく権利すら剥奪される世界とは、あまりにも違い過ぎた。

 時々、今の自分には必要のない部分が顔を出す事がある。

ルールに守られ、ルールに縛られるだけでは何も出来ないと判断した時、薄暗い沼から顔を出す自分。野良犬の遠吠えに騙されて僅かな悪行に手を染める。それを仕事の為、街の治安の為、人命を守る為だと言い聞かせ、誤魔化し、目を瞑る。

 目を瞑っても、野良犬の遠吠えは聞こえる。

 自分の中で、今の自分を喰い破ろうと吠えている。

 そんな自分は今、漸く解放されたと喜ぶ野良犬になったのかもしれない。この状況を体が覚えている。体にしみ込んだ野良犬の匂いは、どれだけ時間が経過しても変わりはしないと自覚する―――そう思っていた。

 きっとそうなってしまい、歯止めが効かなくなると思っていた。

 だが、不思議とそうはならなかった。

 暴力の先にある死を前にして、牙を突き立て、喉笛を噛み千切るだけの行為に歯止めがかかる。誰の声で止まったわけでもない。自分の声で、野良犬の遠吠えよりも響かない声だけで、簡単に止まる事が出来ている。

 何故か、理由は何故か―――わかっている事を聞くなと、苦笑する。

 ある日、急に自分の前に現れた、自分と似たような匂いを持っているはずなのに、自分とは決定的に違う何かを持っている者との出会い。

 警備局に来て手に入れたモノを、自分が手に入れようとしたモノに何の感慨も抱かないくせに、しっかりと結果を手に入れるような男がいた。

 やる気を感じられない。ルールを守ろうともしない。勝手に動き、周囲への報告は事後報告だけ。集団行動をしないくせに、集団の為に動いて、集団を信用している。信用を向けられなくとも、信頼を得られなくとも、関係ないとばかりに。

 自分が嫌う、忌々しい過去の自分と似ているはずなのに、あの男は既にこちら側に立っていた。過去を捨て、今の場所に立つ為に捨てたモノを持ちながら、此処に立っている。

 恐らく、自分はそれが忌々しいと感じていたのだと、思うようになった。

 その男が元アークスだから、新参者だから、色々な理由をつけて忌み嫌う事をしてきたが、根本的な部分はそこだった。

 忌々しい、忌々しい、忌々しい―――そして、羨ましい。

 認めたくない、認めたくない、認めたくない―――今の自分が惨めだと思ってしまうから。

 所詮、こんな所だったのだろう。

 こんな所が原因で、こんな状態になるまで気づかなかっただけ。

 地面に倒れる連中を見つめ、体に感じる痛みを抱きしめ、苦痛に歪む自分と誰かの顔を一緒に想う。

 「……まったく、部下には見せられんな」

 銃を抜く事は無い。

 必要だと感じて、必要ならば抜くつもりだった。それでも抜かなかったのは、過去の自分に対する当てつけだった。昔の自分なら簡単に抜いて、簡単に撃っていた。他人の命など意に介さず、奪っても何も感じなかった自分は、此処にはいない。

 生き方を変えても、生まれてしまったモノは変わらない。産声を上げて、此処にこうして立っている間は決して消えない。消す事も出来ない。

 自分にとってそれは成長でもあり、退化でもあると思っていたが、マクレーンの言うように、これも1つの選択と言えるのかもしれない。

 進まない成長を選択した。

 選択によって、進まない成長をした。

 「しばらく寝てろ。別にお前等が何をしていようと、今はどうにもしない。今だけだ。今だけは見逃してやる」

 吐き捨てる様に言って、クルーズは倉庫の中に足を踏み入れる。

 過去の自分に会った。

 過去の自分はまだ在った。

 過去の自分は未だに自分の中に居座り続け、自分を見ている。どんな目で自分を見ているのだろうかと思ったが、困った事にその顔が見えない。

 10年間、ずっと心の沼に沈めてきた自分の顔を思い出せない。当然だろう。沼に沈んだ自分など、何処にも居ないのだから。この10年もの間、過去の自分と言って差別していた者は、最初から自分となって歩いてきたのだから。

 答えは単純。

 10年も顔を背けてきた劣等感など、最初から自分の顔でしかない。

 「遅かったですね」

 『こちらはもう確保してますよ』

 倉庫の奥で、始末屋に拘束されている男が居た。拘束はされているが、特に抵抗している様子はない。この状況で自分の身を守るのは、無抵抗だという事を知っているのだろう。

 「怪我はないか?」

 「彼も抵抗はしなかったので、両手両足、五体満足ですよ。そんなに私が信用できませんか?」

 『信用なんてしなくて良いと言ったのは、貴女でしょうに。効率の問題です~みたいな感じで、澄まし顔で言ってましたよね』

 「それは、確かに言いましたが、別に澄まし顔なんて―――」

 「……コイツじゃなくて、お前の話だ」

 「―――え?」

 聞き流してしまいそうな、当たり前の様な言葉を残し、クルーズは何事もなかった様に男に端末を見せる。

 「悪いがお前に仕事だ。報酬は出ないが、代わりに過去に犯した事について、ある程度は目を瞑っておいてやる」

 男はしばし黙り込むが、素直に頷いた。

 「それでいい。それじゃ、さっそく仕事をして貰おうか……」

 男は拘束されながらも、奥の部屋へ向かって歩き出す。そこが男の作業場らしい。

 「見張りを頼む。外の連中が入ってきたら、適当に処理しておいてくれ。出来れば、殺さない様にな」

 それだけ言うと、クルーズと男は部屋の中に消えていった。

 残された始末屋とアンジュは、無言で部屋を見つめ―――小さく噴き出した。

 『なるほど、確かに可愛いですね』

 「でしょ?」

 そう言って、倉庫の外へ向かう。

 倉庫の中まで聞こえる男達の声は、今にも中に入ってきそうな勢いがある。ならば、任された仕事はきちんとしなければならない。

 信用も信頼もなく、効率の良い利用し合うだけの関係だが―――気に入った相手ならば、少し位は相手の為に働いても、問題は無いだろう。

 

 

 

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