PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~ 作:無銘数打
「なんか、情報屋って感じがして、すっごい燃えてきた!」
「名ばかり情報屋なのに、ちゃんと頼ってくれる人がいる事に驚きだよ」
「どんな所にもお得意様はいるってことよ。私が無駄にゲームばっかりしてたと思ってたら、大間違いなんだから!」
「無駄にゲームするのは良いけど、無駄に課金はしないで欲しいんだけど……パティちゃん、見つけたよ」
「お、ナイスナイス。え~と、コイツがジェリコね……なんか、あんまぱっとしない経歴ね」
「そうだね。なんか普通の経歴って感じだけど……」
「……な~んか、気になるわね。何がどうとは言えないけど、この経歴は匂うわ」
「うわぁ、またパティちゃんの勘?それ、たまに当たるから厄介なんだよね」
「厄介とは何よ、厄介とは。鼻が利くと言って欲しいわね、情報屋としては」
「アイテムラボまでの経歴は……」
「職を転々としているみたいだけど……ティア、ちょっとこの職場を調べてくれない」
「ここだけじゃなくて、他のもでしょ?」
「―――どう?」
「黒に近い灰色って感じだね。確かに記載されている場所はあるけど、全部が全部本当ってわけじゃないよ。例えば、この清掃業者。この業者って前に登録されている従業員と、実際に従業員の数が合わなくて、融資されているお金をちょろまかして行政指導を受けてる所だよ」
「うへぇ、こっちはこっちで違法移民の隠れ蓑になってた建築業者じゃん」
「殆どが経歴を誤魔化すにはもってこいの場所ばかりだよ」
「アイテムラボだけが、ちゃんと確定されてる経歴って事か―――ん、ちょっと待って。アイテムラボで働きだしたのって、去年からだね」
「……変じゃない?アイテムラボは専門性が高い職場だから、こんな経歴で入れる場所じゃないよ。ジェリコって人は店番だけ任されてる人ってわけじゃない。ちゃんと専門知識が必要とされる仕事もしてるみたい」
「つまり……どういう事?」
「だから、このジェリコって人は、アイテムラボの仕事もこなせる専門知識を持っている。その知識を独学で習得したとは思えないから、その知識を持てるだけの場所にいたってのが正解じゃないかな?」
「アークス以外に?」
「変換物質を製造している業者もあるけど、そっちに在籍していたらな、こんな滅茶苦茶な職歴を書く必要なんてないはず」
「そっか、そういう場所にいたなら、普通にアイテムラボへの就職は出来る。でも、そうはしなかった。そうしなかった理由があるって事は……」
「アイテムラボ側も欲しい人材ではあったけど、大っぴらに招き入れるには抵抗のある仕事をしていたって事だと思うよ」
「う~ん、となると裏のお仕事の人かぁ……こりゃ、時間がかかるかも」
「そうだね。アンジュには悪いけど」
「―――あ、でもさ。1つだけすぐに分かりそうな所はあるよ」
「え?そんな所あった?」
「あるよ。このアイテムラボに移ってきた時期を見ればね」
「時期……あ、そっか」
「こういう時に使う伝手ってのは、用意しておくもんだね。ティア、前に仕事一緒にした人で、協力してくれそうな人はいる?」
「パティちゃんが大失敗した時の人が、一番協力してくれそうかも。まぁ、パティちゃんの貞操が色々とヤバそうだけど」
「ちょ、ちょっと、あの人はやばいって。それと、あれは私が大失敗したんじゃなくて、あの人が―――」
「はいはい、それじゃ連絡とってみるね……パティちゃん、その胸についている無駄な贅肉を強調する服とかあったっけ?」
「何させる気!?姉を何だと思ってるの!?」
■■■
「―――おや、なんだ無事だったのかい?ヴァンって奴はなんか酷い事になってるみたいだけど、アンタは大丈夫だった?―――そっか、色々大変な目に会ったんだね。まぁ、あれだ。アンタも一応は女の子なんだから、あんまり危険な事ばっかりしちゃいけないよ。せっかく拾った命なんだ。大切にしなよ―――それで、今日はどうした?―――写真?この男を見た事があるかって?……あぁ、コイツか。知ってるよ。虚空機関に居た頃に会った事がある。アンタも会ってるんじゃないの?知らない?あぁ、そっか。コイツの部署とアンタ達姉弟の居た部署は違う場所だったね。それで、コイツがどうかしたの?殺された?へぇ、そいつは物騒な話だ。此処も随分と物騒な場所なんだねぇ。この前から統合軍の兵士がこの辺をウロウロして目障りなんだけど、何とかなんない、アレ?どうにもならない?あぁ、そうかい―――おっと、コイツの話だったね。ジェリコ?そんな名前だったかは忘れたけど、確かにコイツは虚空機関の奴だったよ。専門はナノマシン研究だったかな。虚空機関に来る前は色々とやらかして、妙な連中から狙われてたらしいだけど、命を助ける代わりに虚空機関に拾われたって話だよ。あの場所に居る連中なんて、大抵はそういう連中さ。優秀で当然、人格がどうとかは二の次。だから非人道的だろうが関係なしに結果を出せるってわけさ。虚空機関が解体された時は、何の研究をしてたかは知らないけど、この場所が無くなるってわかって残念そうだったよ。研究するだけならあの場所以上に設備が揃っている場所はなかったはずだし……それに、実験体もね―――あのさ、私にそんな顔したって駄目よ。お門違いって話よ―――あ、でも……アイツ、残念そうにはしてたけど、なんかパトロンが見つかったとか言ってたわ。研究は続けられるし、その間の隠れ蓑も用意してくれて、万々歳ってね。普通さ、そういう事を相手にペラペラ喋るかねぇ、不用心にも程がある。まぁ、だから死んじゃったんだろうけどね―――どんな奴だって?そうだねぇ、虚空機関の中ではまともな方かな。実験体に対して慈悲やら後悔くらいは抱く位にはね。でも、結局はクズだろうね。アイツは自分が大好きなんだ。実験体に対する想いなんて、結局は自分は他とは違う、自分は優しい奴なんだって言いふらしている様なもんさ。だったら、まだ他の連中みたいに人を人と思わないクズの方がなんぼかマシって事よ。まぁ、アンタから見れば、全員似たようなもんだけどさ―――ん?これは……何のデータ?医療機関への医療品の棚卸?へぇ、コイツがどうかしたの?―――アイツがこれを残した、ね。ちょっと見させてもらうよ―――うん、わからん。全然わからん。全然わからんけど……これ、多分足りてないよ。アイツが虚空機関に在籍して、これが何か意味のあるデータだとしたら、必ず真正面からしか見れないデータは残さない。暗号、もしくは符丁かな。このデータに乗っている情報は本物かもしれないが、この情報に意味を持たせるには、別のデータが必要となる。だから、これはその片方。もしくはパーツの1つってわけ。もしもアイツが他にも何かデータを残しているのなら、そのデータと、このデータを組み合わせる事で、アイツが本当に残したかったデータが現れるはずだね。虚空機関の連中が良く使う手だよ。あそこは全員同類だけど、全員が敵みたいに思っている所があるからね―――他に何か聞きたい事がある?サポートパートナー?その修理が出来るかって?生憎、私はあんまり詳しくないんだけど……興味はある。うん、興味が凄くある。出来れば、一度バラバラにしてじっくり調べてみたいとは思ってる―――ちょ、ちょっと引かないでよ。冗談じゃないけど、冗談よ―――ふ~ん、こりゃ見事に壊れてるね。直せるかは……多分なんとかなるよ、私の班には詳しい奴も居るから、そいつの手を借りればいけるかも―――まぁ、なんだ。色々と抱えてるみたいだけど、頑張んな。私達で協力出来る事はするさ。班の連中もアンタの事を気に入ってるみたいだし、協力は惜しまないだろうね―――そうだね、代わりと云っちゃなんだが、今度タタラでライブでも開いてくれよ。班員総出で行くよ―――おっと、これは秘密だった?」
■■■
「アンジュ~出たよ~」
妖精の園と勘違いしてしまう程、その空間には沢山のサポートパートナーで溢れていた。電子空間に作られた図書館、そこはあくまで擬似的なモノであり、何かを調べるにはこっちの方が雰囲気が出る、という理由で作られたホログラムでもある。
巨大な図書館の中で、中央に位置する読書スペースに座ったアンジュの周囲には、沢山の本の形をしたデータが積み重なっている。そこから顔を出したアンジュは、雰囲気が出るというだけで眼鏡をかけている。これに意味はない。雰囲気が出るだけである。
「何か出ましたか?」
「出た出た~。えっとね~、クレアって人が~、ジェリコって~人の~部屋から~」
「あの、出来れば普通に話してくれませんか」
「―――ふむ、こっちの方が主人に好まれるのだが……」
「貴女のマスターの趣味は知りませんよ。それで、ジェリコの部屋がどうかしましたか?」
渡されたデータは市街地区の地図。赤いマーカーが打たれているのは、ジェリコの部屋。青いマーカーが打たれているのはクレアがいた部屋らしい。
「市街地区に設置されている監視カメラの映像から、クレアが部屋に行くまでのルートを作ってみたんだが、見てくれ」
地図に緑の線が引かれていく。その線はジェリコの部屋から、クレアの部屋まで伸びているのが、
「……途中で線が幾つか途切れてますね」
「そうだ。これはあくまで監視カメラに残っていたクレアの足取りを追ったものだが、姿が確認できるエリアと、確認できないエリアがある。線は確認できる部分、途切れている部分はそうじゃない部分だ」
市街地区には無数の監視カメラが設置されている。各ブロックごとに数台、完全ではないが普通に街中を歩けば、どこかの監視カメラにその姿は写る。
「都市警備局も流石に全ての監視カメラを確認する事は不可能だろうから、クレアの部屋を完全に割り出す事が出来なかった。だから、君のマスターが先にクレアの部屋を発見できたというわけなのだが……」
「足取りが不可解ですね」
市街地区では当然、転送装置が各所に置かれている。移動方法の殆どが徒歩である以上、それは当然の措置だ。同時に転送装置の近くには必ず監視カメラが置かれている。
「彼女は転送装置を使用せずに移動をしているようですね」
そのせいでマップに引かれた線は歪だった。仮に転送装置を使用していれば、線が途切れ途切れになっていても問題はない。そしてクレアは逃げる様にジェリコの部屋を飛び出した。ならば、逃げる場所まで最速で行く必要が生まれる。だが、この地図を見る限りはそうではない。
「ナオビに来て日が浅いなら、迷う事もあるだろうが、彼女はそうではない。そして、どう考えても選ぶ必要のないルートを使用している」
「誰かに助けを求めた、という事は」
「当然それもあるだろが、それならばどうして彼女は1人であの部屋に居たのか、という疑問が出てくる。そこで待っていろと命令されたという可能性も捨てられんがな」
監視カメラに写ってないエリア、通る必要のないルート。
その2つが一致する場所が生まれている。
「このエリアですね」
「このエリアを出た後の映像を解析した所、持ち出された鞄ではない別の鞄になっていた」
つまり、鞄はこのエリアで別の鞄になったという事だ。
「このエリアには彼女の知り合いがいるんですか?」
「それは調べている最中だ。だが、それよりも気になる場所がある」
アンジュに向かって本が飛んでいる。
本を受け取ると、ページが勝手に捲られて、あるページで止まる。
「裏金庫……」
「オラクル船団の中でも、手広く裏の商売をしている組織はある。此処はその組織が管理している金庫の1つだ。普通の金庫と違い、表向きには出せない面白い品を保管する時に使用されている」
「都市警備局も裏金庫の事は?」
「知っている者もいるだろうが、正義の味方の集団が、必ずしも皆がそうである事はない。表向きに出来ないモノを持っているのは、警備局もアークスも変わらん」
「迂闊に手を出せば、こちらが身を滅ぼす事になる、ですか」
「そういう事だ。それともう1つ、ジェリコの口座を調べてみた。表と裏、両方だ」
別の本が手元に置かれ、中を見れば口座の情報が載っている。
「フォトン結晶の横流しをしていたと聞いたが、金の動きがない。メセタは遥か昔の紙幣や硬貨ではなく、電子通貨だ。そんなものである以上、口座の金額に何の変動もないのは奇妙だろ?」
「これと別の口座がある可能性は?」
「確認中だ。だが、仮にこれしかないとするならば―――ジェリコは、本当にフォトン結晶の違法売買に手を出していたのか?」
「現状では何とも言えませんね。分かりました、引き続き、調査を進めてください」
「了解~、がんばっちゃうよ~」
「……その話し方、止めません?」
「私も気に入ってるんだよ~」
「さいですか」
■■■
「―――お待ちしておりました」
市街地区某所、人通りの多い交差点付近にある、中華料理店。繁盛しているのか、入ってもすぐに席に通される事はなく、待ち時間は10分程度だが、その間にメニューを渡され、店員が注文を聞いてくる。
注文した品は麻婆豆腐で辛さは最大。追加で春雨サラダ。サラダは食前。
店員は注文を聞き入れ、奥に引っ込む。そして自分達の番が回ってくれば、通されたのは地下の席。薄暗い階段を下りて、指定された席は一番奥のテーブル。そこに座ってすぐに表れた店員に告げる注文は、今までの注文はすべてキャンセル。店主のお任せで、と言う。
そこまでの手順を踏み、現れた中華屋に似つかわしくない燕尾服の老人。
その老人が発した言葉は、先程の一言。
席についたクルーズと始末屋は、すぐに動けるように自分の獲物に手をかける。本来であれば、この後に燕尾服の老人から更に奥の部屋に通されるという話だった。だが、発せられた言葉は自分達を待っていたという言葉。
「待っていたというのは、どういう意味だ?」
クルーズが訪ねると、燕尾服の老人は顔色一つ変えずに淡々と語る。
「お客様がどのような経緯で、我が店を訪れたのかは把握しております。こちらは信用第一の商売でございます故、耳はあちこちにありますので」
以前より、この店が裏金庫の隠れ蓑になっている事は知っていた。そそれを経営している連中がどんな事をしているかも知っている。そんな場所に警備局の者が足を踏み入れるという事が、どんな結果になるかなど簡単に予想は出来た。
揉め事になるのは百も承知、力ずくでも押し通るつもりだったのだが、
「都市警備局、クルーズ様ですね。承知しております。貴方が何を求めて当店を訪れたのかも、我々はきちんと把握しております」
「どうやら、お前等みたいな連中からも見張られていたみたいだな」
「情報は生ものでございます。特に我々の様な者達は、その処理を間違えると食中毒よりも質の悪い病気にかかってしまいます。ですから、それ相応の眼を持っているのですよ」
何処に連中の眼があったのかは、記憶を遡っても出てこない。こちらが知らない内に、気づかない内に連中の腹の中を歩いていた、という意味になってしまった。
「―――そちらに争う意思はない、という事で問題ありませんか?」
「えぇ、お嬢さん。その通りです。争う意思があれば、貴女方は此処には辿りつけもしませんよ」
物腰柔らかな態度だが、どこか得体のしれない圧を感じた。
「選択肢は幾つかありますが、当店としてもそちらと争うのは得策ではございません。ならば、煙の様に消えるだけです。どろん、とね」
「そうしないという事は、」
「そうしない理由がこちらにあるという事です。さて、そちらは長話をする時間も惜しいようなので、本題に移りましょう……こちらへ」
老人に招かれ、奥の部屋に入ると、目に入ったのは銀行の窓口に似た場所。
窓口に座っているのは、老人と同じように燕尾服を着た若い男。
「お客様だ、奥の金庫へお通ししなさい」
「かしこまりました」
若い男はそう言って、更に奥の部屋へ2人を通す。
「……どう思います?」
「どうだろうな。だが、油断はしない方が良いだろうよ」
無言で頷き合い、2人は奥の部屋に通される。
通された部屋は殺風景な一室。白い壁に白い床。真ん中に小さなテーブルとイスが2つ。テーブルには金属製の箱が置かれ、若い男がその箱に手をかざすと、小さな電子音と共にはこが開かれる。
「こちらが、お客様がお探しの物です。ご確認を」
箱の中を覗き込むと、そこには鞄が1つ。
「これですね、私が見た鞄は」
「あぁ、俺にもそう見える」
若い男を見ると、彼は無言で綺麗なお辞儀をして、部屋を出ていく。どうやら、此処で中身を確認するのは、銀行の貸金庫と同じシステムらしい。
クルーズは鞄を空け、中を確認する。
鞄を空けた瞬間、鼻を突くのは血の香り。時間が経ち、液体ではなく固形物となった血の香りが部屋中に広がる。
「これは……凶器、でしょうか」
「それ以外には見えんな」
鞄の中に入っていたのは、血がべっとりと付着した刃。正確に言えば折れた刃だけ。恐らく何らかの武器の得から刃だけを外し、刃を鞄に入る位の大きさに折った物だろう。その大きさは、目視する限りはジェリコの体に刻まれた刺し傷と合うはずと推測できる。
「どうして凶器がこんな所に」
「仮にこれがジェリコを殺害した凶器という事なら、クレアは凶器を隠す為に此処に預けたという事になるが……」
「では、ジェリコ殺害の犯人は、クレアという事でしょうか」
「これを見る限りはな……おい、聞いてるんだろ?」
天井に向けて、クルーズは声を出す。すると反応するように室内に先程の老人の声が響く。
「何用でしょうか?」
「これが此処に預けられた経緯が知りたい」
と言ってはみたが、簡単に教えてくれるはずがない。そう思っていたが、老人はあっさりと語りだす。
「本来であれば、お客様の情報を漏らすような事は出来ないのですが、それを預けた方から、取りに来た者に全て話すようにご依頼がございましたので、お話させていただきます」
「……それは、俺達が来るって事を知っていたって事か?」
「いいえ、そうではありません。誰であろうとかまわない。自分の痕跡を追って、鞄の事を調べに来た者には、分け隔てなく、という話です」
それはつまり、
「ジェリコが、これを此処に預けたのか」
老人が言うには、ジェリコがこの裏金庫を訪れた時、受けた注文は2つ。
1つは、指定された日にちに女が鞄を持って現れる。その女から鞄を受け取り、代わりに既に預けている別の鞄を女に渡す事。無論、鞄の中身が何なのかは知らなかった。何か知らないというのは秘密を守る為に必要な事であり、この生業を続ける秘訣らしい。
もう1つは、女が預けた鞄を取りに来る者が現れる。可能であれば、その者達がアークスか都市警備局である事。もしもそうでない者達が現れても構わず渡して欲しいというもの。そして、この鞄を預けた経緯を聞かれた場合、素直に話す事。
「あの日、やはりクレアは此処を訪れたのか……」
「えぇ、訪れました。何かに追われるように焦っておいででしたが、ジェリコ様の依頼の通りに彼女から鞄を受け取り、別の鞄をお渡ししました」
「その時、クレアは何か言っていたか?」
「どうでしょうねぇ……ただ妙に安心していましたよ。我が子を抱きかかえる母親の様に、大事そうに鞄を抱えていました」
あの日、クレアがジェリコの部屋を訪ねたのは、予定されていた事だった。防犯カメラの映像から察するに、ジェリコに呼ばれてきたのだろう。だが、部屋に入るとジェリコが死んでいた。その状況ですぐに通報せずに鞄を持ち出し、裏金庫を訪れたという事は、最初からそういう計画だったのか。恐らく、裏金庫へ鞄を運ぶ算段は予め立てており、それをクレアに伝えられていたから、彼女は此処に来たのだろう。
「つまり、ジェリコは自分が殺される日を知っていた、という事でしょうか?」
始末屋が首を傾げるが、クルーズは別の可能性を口にする。
「殺される日を知っていたんじゃない―――死ぬ日を決めていたんだ」
「―――自殺、ですか」
「そうじゃないと日にちの指定など出来ない。仮にジェリコが部屋に招いた誰かがジェリコを殺害したとしても、その場合は鞄の中身が凶器である事の説明が出来ない。普通は鞄の中身を持って逃げるはずだ」
「自殺する理由は……わかりませんね」
「そうだな。だが、もしもそれが計画の1つだってのなら、話は別だ」
何かに追い詰められて自殺した、という可能性はあるだろう。何かから逃げようとしたが、逃げる事が叶わない故に自ら命を絶つ。しかし、自ら命を絶つ事すらも計画の一端であるとすれば、
「自身の死がメッセージなんだよ。アイツが残そうとしたモノが何かは知らないが、それに関係がある連中を捜査させる為のな」
ジェリコの体に残された大きな傷跡。市販されている刃物では突かない傷痕から、ヴァンはある組織が関係していると推測した。
「アークスを調べさせる為?」
「だろうな。もしくは臨戦地区に隠した情報端末を探させる為かもしれない。それか、本当にアークスそのものに関係しているって事だな」
想像する。
自身の体に巨大な刃物を、自らの意思で突き立てる行為が、どれだけ恐ろしいのかを。
「コイツは、正気じゃない」
もしくは、正気を失わせるだけの何かに脅えていたのか。
「……クルーズさん、鞄の奥に何かあります」
鞄の中に入っていたのは、凶器だけではなかった。小さな小瓶。中には綺麗な緑色の粒が詰まっていた。
「フォトン結晶か?」
「そう思いますが……おかしいですね、この結晶からはフォトンを感じません」
「質の悪い結晶って事なのか?」
「いえ、質が悪くても多少なりとフォトンを感じるはずです。でも、これからは何も感じない……フォトン結晶ではない、のかもしれません」
見た目はフォトン結晶の粒。ジェリコの部屋に残されたフォトン結晶を加工した後に出る粒に似ているが、始末屋は違うと言う。ジェリコ自身、フォトンを感じる事は出来ないので、彼女の言い分を信じる事しか出来ない。
「おい、爺さん。これを検査する機器とかあるか?」
これもダメ元で聞いてみたが、
「ございますよ。すぐにお持ちします」
「あるんですね」
「あるみたいだな」
至れり尽くせりなサービスに素直に驚いた。
「普通の貸金庫よりもサービスいいじゃないか、これ」
「そういう事が必要な程、やっかいな物が預けられているんでしょうね、きっと」
改めて、自分達がいる場所が巨大な爆弾を保管している倉庫であると認識する。この中に保管されている物を全て外に出せば、きっとオラクル船団が吹き飛ぶ程の面倒事が起きるだろう。
納得する。
確かに此処の強制捜査を上層部が許可しないわけだ、と。
しばらくすると、若い男が検査機器を載せたカートを押して、現れた。
「ご使用方法はご存知ですか?」
「大丈夫だ」
「それは助かります。こちらも余計な詮索はしない方針ですので」
若い男が外に出るのを確認し、検査機器にフォトン結晶に似た何かを置く。
機器が動き、粒をスキャンしていく。備え付けられた画面に次々と検査結果が表示されていく。それを黙って見つめていると、クルーズが呟く。
「1つ困った事があるんだが」
「何ですか?」
「使い方はわかるんだが、検査結果でこれが何か判断する事が出来ない」
「……まぁ、そうですよね」
「面目ない」
クルーズの代わりに始末屋が検査結果を確認する。画面をじっと見つめ、次に機器を操作していく。すると画面上に粒が表示され、徐々に拡大されていく。
「何かわかるか?」
「これはフォトン結晶ではありません。それに似た鉱石でもありません。これは極めて小さい機械です」
「機械?」
「正確に言えば、ナノマシン。肉眼では確認できない程に小さな機械です。これはそれが複数内蔵されているカプセルみたいですね」
「医療品で使われてるナノマシンなのか?」
この時代、医療に使われる薬品の中には、ナノマシンを内蔵したカプセルも使われている。飲み薬として飲み込み、体内で治療を行い、機能停止後に排泄物として外に出る。その場合、ナノマシンは予め設定された動きをする為、医療機関で病状にあったシステムを組み上げる専門医が設定を行う。
「それじゃ、ジェリコが残した医療機関に納品される医療品のデータは、これに関係があるって事か……」
「どうでしょう。このナノマシンの機能は停止していますし、医療目的じゃないナノマシンも存在しますので、現状では何とも言えませんね」
機械を操作すると、画面上に無数の文字コードが表示される。上から下へ、濁流の様に流れるコード。
「このコードは何だ?」
「この粒がナノマシンを収納しているカプセルになっているんですよ。このカプセルに命令を打ち込むと、命令を受けたナノマシンが起動を開始するって流れです。医療用のナノマシンで、飲み薬として処方されるのは、大抵はこのタイプですよ」
「これが、その命令コードってわけか……わかるのか?」
肩をすくめる始末屋を見て、少なくとも、この場でこれが何かを理解する者は1人もいないと言う事がわかった。
「こりゃ、お持ち帰りだな」
「アンジュに良いお土産が出来ましたね」