PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~ 作:無銘数打
深い闇の世界、世界の彼方からゆっくりと光が漏れだすと、小さな光が世界へとゆっくりと広がっていく。光が広がると長い時間、世界を照らしていた星々がうっすらと消えていき、新しい1日が始まるのだと宣言する。
砂漠と荒野、昼は熱く、夜は寒い。
吐いた息が白く、空気に溶けていく。
何度も何度も、口から洩れる息が白くなるが、時間が経てばこの白も消えていく。今はまだ白い。未だ白い。朝焼けが世界を照らす荒野では、まだ肌寒く、気温が高くなるにはまだ時間がある。
この時間だけが、惑星リリーパにおいて好ましい時間と思える。
「随分と早起きなのね」
朝日に照らされ、1日の始まりで最初に出会ったのは、この場に似つかわしくない少女。
「普段なら、この時間に起きてるからな……そういうアンタも随分と早起きじゃないか」
少女に尋ねると、
「あの娘が早起きだから、私も自然とね」
少女は俺の隣に腰かけ、共に朝日を見つめる。
やはり、少しだけ寒い。暖かい珈琲が欲しいと思ったが、今から淹れに戻るのは些か面倒だった。そう思っていると、少女は俺にカップを2つ、そして珈琲の入った水筒を見せる。どうやら、わざわざ淹れてきてくれたようだ。
「準備が良いんだな」
「気が利くって言って欲しいですわ、おじ様」
嫌みがない言葉なら、素直に甘えるとしよう。
湯気が昇るカップに満たされた、夜色の珈琲を口に含む。苦みが口の中に広がるが、この苦みを美味だと思ってしまう。何時からそう思ってしまったのかは、忘れた。飲みなれてしまったのだろう。初めて飲んだ珈琲の味など覚えていない。苦くて飲めず、砂糖とミルクを沢山入れても消えない苦みに顔を顰めていた頃は、遠い昔だった。
「―――吸ってもいいかい、お嬢さん?」
煙草を咥えると、少女はわざわざライターを持って火をつけてくれた。
「……アンタ、良い女だな。その成りじゃなければ、口説いてるところだ」
「聞き飽きた口説き文句ね。でも、悪くないわ」
ゆっくりと昇る朝日。
世界が光に包まれる。
朝日に照らされる世界を見つめる、俺と少女。
懐かしい場所で、懐かしい行為をして、今の自分がどうなっているか忘れてしまいそうになる。
「体の調子はどう?」
「多分、問題と思うな……肩慣らしにその辺の機甲種でも狩ってこようか?」
「静かな朝に無粋な事をする殿方は好かれないわよ」
「男は何時でも女性に良い恰好を見せたいんだよ。その辺、アンタは理解できるだろ」
「そうねぇ……理解はするけど、好ましいとは思わないかな」
「そうかい、そいつは残念だ」
■■■
古巣に戻って1週間が経つ。
イクサから脱出したは良いが、その後に戦艦の攻撃を喰らったキャンプシップは、見事に撃墜――とはならず、惑星リリーパに命からがら到着、もとい不時着する事に成功した。いや、成功と言っていいかは微妙だな。
不時着は見事な胴体着陸。地面が荒野ではなく砂漠のエリアであった事は幸いだったのか、機体は砂漠に滑り込むように不時着し、最後は岩にごっつん。
岩に激突したが流石はアークス製のキャンプシップ、頑丈で助かったわ、ほんと。
そうして何とかリリーパまで辿り着いたは良いのだが、問題はその後だった。
辺り一面砂ばかり。地図で確認してみたが、落ちた場所は困った事に周囲数十キロは休めそうな建物もない上に、俺の記憶が正しければ近くに機甲種の溜まり場みたいな場所があったはず。
移動をする事は簡単ではない。方角を間違えればあっという間に遭難する。運が悪ければ敵に出会い、ドンパチする事になる。救難信号を出そうもんなら、救援という名の拘束が待っているに違いないだろう。
俺とライバックの部下数名、そして運悪くキャンプシップを操縦していたオプタは途方に暮れる事になる。
一応、キャンプシップを修理出来ないか試してみたが、今回ばかりは運が悪く、エンジン系統が見事にぶっ壊れており、修理は不可能。パーツが足りないならば機甲種から奪い取るという手も案に上がったが、こちらの現在の装備で対抗できる程、連中はオンボロではない。
そうして途方に暮れていた翌日、想定内の事態が起こった。
砂漠の猛攻に砂煙が見えた。砂嵐ではなく、何かが砂塵の上を移動してきていた。部隊の連中は即座に戦闘態勢になる。普段はあんなんでも、一応は軍人。手際の良さは見事なものだった。さて、此処で問題となるのは、移動してくる物体がどれかという事だ。
機甲種の集団ならばマシだ。その場合は危険ではあるが戦闘行為を行えば済ませられる。俺を含め、この連中も奴等との戦闘には慣れている。どういう攻め方をして、どの部分を壊せば効率よく戦えるかは知っているからだ。
マシじゃないのは、統合軍の追手、もしくはアークス情報部の回し者というのだが、こちらは中々に骨が折れるだろう。
兎も角、戦闘を始める準備と覚悟を決めるしかないという状況で、向こうから近づいてくる物体が車両である事は判明した。しかも1台だけ。そうなると話は変わってくるわけだ。
部隊の連中に銃を下げさせ、俺は向かってくる車両を迎え入れた。
案の定、車から降りてきた奴は俺の顔見知り。
この砂漠に似合わない着流しを纏う老人。
俺の古巣、199部隊の隊長である十三、その人である。
■■■
相も変わらない砂と荒野ばかりの惑星は、あの頃と何も変わっていなかった。とは言っても、此処に居たのは数か月前。個人的な感情としては、長期出張から帰ってきたって感じなんだなこれが。
そんなあまり懐かしいと思わない荒野を歩く俺。風が舞えば、砂が舞う。そんな中を歩き続けて2時間も続けば、多少なりと疲れは出る。僅か数か月ではあるが、この程度でそれを感じるという事は、それなりにブランクがあるという事なのか。それとも単に老化が始まっただけなのか。
「歳は取りたくないな」
思わず毒吐くと、
「大丈夫ですか、ヴァンさん。やっぱり、まだ本調子じゃないなら、戻った方が……」
若造に心配される始末。
「アフィン、勝手についてくるって言ったのは、そいつよ」
同じく若造、もとい若いお嬢さんにも呆れられる始末。
「でもユク姉、一応は怪我人なんだし」
「いや、大丈夫だ。怪我っていっても、大したことはないからな」
優しいねぇ、弟君は。
「ほら、本人もそう言ってるじゃない。それより、予定より遅れてるわよ。昼までに目的地に着かないといけないんだから」
お姉さんは厳しい事で。
「ヴァンさん、辛いならちゃんと言ってくださいよ」
「了解、了解。でもよ、弟君。それじゃどっちかと言うと怪我人扱いじゃなくて、年寄り扱いされてる気分なんだわ」
やはり、もう若くないんだな、俺は。
大丈夫と言っておきながら、実は未だに体の節々に痛みはある。大怪我というわけでもないが、動くと痛みを感じる。若い頃はこんな状態でも任務をこなす事など、なんとも思っていなかったが、今はそうもいかないらしい。
外傷は殆ど残ってはいないが、骨には何か所かヒビが入っている。動けない程ではないが、小さな痛みが嫌らしく襲ってくるのは、結構精神的に来るものがある。
「足手まといにはならないって言ったのは、何処の誰かしら……」
「そう言うなよ、ユクちゃん」
冗談で言ったら、すげぇ睨まれた。
リリーパの採掘基地の防衛任務についている部隊、それが199部隊。当然、そこはアークスの部隊であり、俺の古巣。そこに最近になってお世話になっている2人が、ユクリータとアフィンの姉弟。俺がアークスを辞めてから此処に来たらしいので、当然俺との面識はない。
話を聞いてみれば、この部隊に配属されているわけではく、お客様という扱いらしい。どんな理由かは知らないが、特に気になる程でもないし、今となっては俺もお客様という扱いだ。その辺はきちんと弁えているつもりだ。
「怪我人は大人しく寝てればいいのよ、まったく」
そう言ってどんどん先に歩き出すユクリータ。
彼女は常にこんな態度なのだが、一応は俺の事を心配してくれている優しい娘、とのこと。どうせなら、分かり易く優しく接して欲しいと願うが、これはこれで味がある。反対に弟のアフィンはといえば、姉とは反対で友好的に俺と接してくれる。最近会った連中の中では、分かり易く好意的な印象を持てるアークスだ。ただ、お姉さんと常に一緒の所を見ると、若干シスコンなんじゃないかと思う時はある。まぁ、お姉さんが大好きなのかどうか知らんが、おじさんとしては姉弟が仲良くするのは、良いものだと言いたい。
そんな若いアークス2人と、おじさん1人はどうして3人仲良く荒野をお散歩しているかと言えば、
「怪我人に仕事を手伝えとか、十三も大概だよな」
これである。
十三曰く、動けるなら仕事しろ。匿ってやってるんだから仕事しろ。飯を食いたきゃ仕事しろ―――あの爺さん、その辺は全然変わってないな。いや、たかが数か月では、そう簡単に人格は変わらないだろうし、昔からそうだった。
「弟君も、十三に虐められてないか?虐められてるなら、おじさんに言ってみな」
「ヴァンさんは、おじさん扱いされたいのか、されなくないのか、どっちなんですか?」
好意的なら受け入れるだけだよ、若いの。
「まぁ、人使いは荒いとは思いますよ。老若男女の差なんて関係ない感じで。でも、良い人だとは思いますけどね。俺やユク姉の事も良くしてくれますし」
「良い爺さんではないが、面倒見はいいからな」
ついでに、それだけお前さん達を気に入ってるんだろうよ、きっと。
「だからユク姉もこうやって、文句も言わずに部隊の手伝いを良くしますよ。働かざる者、食うべからずってね」
「良い感じに毒されてるな……もしかして、ユクちゃんって結構チョロい?」
「……それ、本人には絶対言わないでくださいね」
線引きはきちんと出来るのが、大人ってもんさ、弟君。
まぁ、それはさておき。
そろそろ伝えた方が良い頃合いだな。
「……なぁ、ユクちゃんよ」
また睨まれたけど、そろそろ慣れたな。
「ユクちゃんの向かってる先な、行き止まりだぞ」
先行して進んでいる為、きっと道くらいは把握していると思ってはいたのだが、俺の記憶では、この先は地面に走った巨大な亀裂があり、先には進めないはず。目的地に着くには、大きく回り込まなければいけないのだが、
「―――早く言いなさいよ……」
「自信満々に進むから、知ってるとばかり」
こうして、目的地に着くのが遅れる事は確定したわけでした、ちゃんちゃん
■■■
遅めの夕食を取りながら、端末に表示される複数のデータが解析されていく。
『タタラの技師の方の言う事が本当ならば、これまで集めたデータの組み合わせで、本当のデータが姿を現すはず……なのですが、量が量なので時間がかかってしまいますね』
汚い部屋を居座る気が起きるくらいに綺麗にしてみれば、意外と住み心地の良い空間になった。部屋全てを掃除する気は起きなかったので、リビングと台所だけは簡単に掃除をした。掃除の後は食事だが、部屋に戻る前に食材を買い込み、クルーズが食事を作った。
『独身男の料理が美味いとか、誰得なんですか?』
「喰わない奴が文句を言うな」
独り暮らしが長ければ、簡単な料理位は出来る様になる。その期間が長ければ長いほど、料理の腕は本人の意思と反して上達はする。
「自分の喰いたい物を探すより、作った方が効率的なんだよ」
『それは料理をする人の言い分ですね。ちなみにですが、マスターは殆ど作りませんよ』
「お前が作ればいいだろう、サポートパートナーなんだから」
『私は家政婦ではありませんよ。サポートパートナーはあくまでアークスとしての主人を手伝うだけ。主人の私生活までサポートする義務はありません』
当然の事を聞くな、と偉そうに言うアンジュだが、
「彼女、私がヴァンさんの部屋に居る時はゲームしかしてませんでしたよ」
『こらこら、誤解を招くような事を言わないでください。それではまるで、私が結婚したけど家事をまったくしない嫁みたいじゃないですか。それに、家事は嫁がするとか、時代遅れですよ、まったく』
「まぁ、そこは否定しませんが」
そうだったのか、と心の中でクルーズは驚いたが、この状況でそれを口にするのは良くないだろうと察知し、口を閉じる。
『マスターの場合、結婚していた時期に家事の分担を奥様に提案されましたが、マスターの家事スキルが圧倒的にアレだったせいか、2度と手を出すなと奥様に言われ、それ以来は料理とかあんまりしませんね』
「結婚してたのか、アイツ」
それは初耳だった。
「娘さんも居るようですよ。確か、マリサさんでしたっけ?」
娘もいるのか、という情報に僅かながらショックを受ける。だが、すぐにアンジュの言っていた結婚していた時期という言葉に、今がどうなっているかを察するのは簡単だった。
「アークスはあまり既婚率が高くないと聞いているが、珍しい部類だったんだな」
『低いわけでもないんですけどね。マスターの場合は出来ちゃった結婚でしたので、結婚しないと流石にクズですよ、クズ』
「もうちょっと言い方があるでしょうに……」
『暇潰しにマスターと奥様の馴れ初めでも話しましょうか?』
「結構だ」
他人の惚気話など聞きたくないし、その先がすでに分かっている話というのも聞きたくはない。
『私的には、話したくてうずうずしてるのですが……』
「近所のおばさんですか、貴女は」
『彼女達の気持ちも理解できますよ、私は』
「……はぁ、だったらヴァンさんの事を話してください。都市警備局に来る前のあの人は、どんな人だったんですか?」
『お?聞いちゃいます?それ、聞いちゃいます?』
心の底から鬱陶しいと2人は同時に思った。
『と言っても、別に大して面白い話なんてないんですけどね』
そう言ったアンジュに、何時もの様に茶化すような雰囲気は感じられなかった。
「別に話したくないなら、話す必要なんてない」
誰だって過去はある。自分の過去を話す事が出来る者もいれば、そうじゃない者もいる。クルーズにとっては後者であり、そんな者が他者の口から勝手に語られる事を良しとはしないだろう。
「面白い話ばかりじゃないだろ、昔話なんて」
「……そうですね」
語れない、語りたくない。
そんな想いを持つ者が、此処にはいる。
『―――マスターがアークスを辞めた理由は色々ありますが』
だが、知っておいて欲しいという想いを持つ者も、此処にはいる。
『一番の理由は、ずっと一緒に戦っていた相棒が、居なくなった事でしょうね』
顔も体もない、声だけしか聞こえないが、言葉を紡ぐサポートパートナーの顔が、きっと楽しそうに話しているような顔ではないだろう。
『私はマスターの相棒ではありますが、きっと一番の相棒は私ではありません。私は、あの人の後釜に居座っている様なものですから』
スノゥというアークスがいた、そうアンジュは言った。
『マスターは惑星リリーパの採掘場を警備する部隊に居ました。199部隊といって、マスターはその中でも古株だったんです。だから、士官学校を卒業したばかりの、新米アークスのスノゥの教育係に任命されるのも必然だったんでしょうね。ああ見えて、面倒見は良い方ですからね、マスターは』
だが、面倒見は良くても苦戦はしたらしい。
士官学校を卒業したばかりの新米が、いきなり現場に放り出されても役に立つわけがない。エリートで有能であるならば話は別だが、スノゥというアークスはその中でも格段に劣っていた。
「どうやって卒業したんだ、そいつは」
『それは未だに謎ですね。まぁ、色々と問題を起こしていたので、放り出されただけじゃないのか、というのが私達の見立てです。兎に角、それはまぁ……酷い人でした』
成功している姿を見る機会など殆どなく、失敗している姿ばかりが目立った。本来であればすぐにでも部隊から放り出され、士官学校に戻されてもおかしくない程だった。だが、そんな新米を見捨てず、共に戦場を走った。
走り、躓き、走り、転び、走り、置いて行かれ、走り、追いついて、転んで、立ち上がって、走り、走り、走り―――走っている内に、何時しかヴァンの隣に居るのが当たり前な存在となった。
『そうなってしまえば、私の出る幕なんてありませんでしたよ、まったく。スノゥのおかげで、私はしばらく部隊のマスコットとして愛される日々を送る事になるんですから』
「貴女でも嫉妬してた、と」
『どうしてそうなるんですか?人の話、聞いてますか?』
このサポートパートナーは、相手を弄る事に長けていても、弄られる事には長けてないらしい。
『性格も能力も問題がある人でしたが、妙に自信家でもありましたよ。自分にも他人にもね。いつも大丈夫、大丈夫って口癖みたいに言ってました』
嫉妬していた所もあったのだろう。それでもスノゥというアークスの事を語るアンジュからは、相手に対する親愛が感じられる。
『きっとこの人は、ずっとマスターの隣に立つ人なんだと思ってました』
親愛を感じるが故に、声の質が変わった事に気づくのは容易い。
『若人封印作戦、あれがマスターとスノゥが共に戦った最後の作戦でした。そして、マスターがアークスを辞めたのも、その後です』
激しい戦闘だったとは聞いている。激しい戦闘故に、アークス側にも沢山の負傷者、死傷者が出たと。
『あの人がいれば、きっとマスターは未だに砂塵の中を走り回っていたでしょうね。でも、私としては、都市警備局に再就職できた事は幸運だと思ってました』
「アークスに居るよりはマシか?」
『言っちゃなんですが、大分マシですよ。ダーカーを相手にするよりは、街のチンピラを相手にする方が、何倍も安心できますので―――まぁ、最近まではそう思ってましたけど、なんか違いましたね』
今、自分達が相手にしているのはダーカーではない。だが、それとは違うタイプの危険な存在だった。今まで経験した事のない危険、経験した事のない悪意。砂の惑星を出た後で、出会うと想像すらしなかった巨大な何かが、此処には存在している。
「ふん、リリーパがどんな場所かは良くは知らん。知らんが、此処の仕事が楽ちんだと思われるのは、納得できん」
『そこは反省ですね。私も、マスターも。ですから、さっさと戻ってきてもらわないと困ります』
「まったくだ。奴が戻ってきたら、此処の仕事がどれだけ楽じゃないか叩き込んでやる。何時までアークスのつもりか知らんが、奴はもう都市警備局だろうが……」
何気なく、当たり前の様に口から出た言葉に、クルーズは何も気づかない。それに気づいたアンジュはクスリと笑った。
「何がおかしい?」
『いえ、やっぱりクルーズさんは可愛い人だと思っただけですよ』
馬鹿にされていると思ったのだろう、クルーズは画面の向こうにいるアンジュを睨みつける。そんな顔を突き付けられても、アンジュは笑みを消す事が出来ない。幾ら画面に顔が映っていないとはいえ、尚も馬鹿にされているとクルーズは不機嫌になる。
そんな2人を見て、始末屋は視線を外に向ける。
星空の向こうに居る、きっと生きていると信じているからこそ、
「……さっさと戻ってこないから、こんな面白いのを見逃してしまうんですよ」
遠い星空の向こうに居る誰かさんに、届かない言葉を向けた。
■■■
無数の数字の羅列、無数の言葉の羅列、無数の記号と無数の図形。
個別に存在している情報の波は、初めは荒波の様だった。形を成さないが故に、形を見ようとする者を阻む様に、混乱を叩きつける。だが、その荒波は徐々に、徐々に弱まっていく。混沌とする情報が形を持ち、意味を持ち、人が見ようとする形を取り戻す。初めからそうであったからこそ、正しい形を取り戻したからこそ、情報の海は穏やかな世界へと変わる。
『―――解析が終わりました』
穏やかの水面に浮かび上がるモノ。
水面を上から覗き込む者達にとって、待ち望んだモノ。
それが希望に繋がると信じて、形を成す。
「これは……なんだ?」
『何かの実験データの様ですけど……あ、データの順番がバラバラですね。ちょっと並べ替えるのでお待ちを』
水底を覗き込み、
其処に置かれた光に向かって、
望む者達は手の伸ばし、
『出来ました。いやはや、やっとお待ちかねの―――』
そこで気づくのだ。
水面に手の伸ばし、水底に沈んだ光に手をかけた瞬間に気づく。
光は闇があるからこそ、輝くのだと。
如何に光り輝いているモノであろうとも、その周囲には漆黒の闇が広がっている。
同時に思い知る。
水面の下は深淵。
深淵を覗き込むからこそ、深淵から覗き込むモノも存在すると。
ゆっくりと深淵はその手を伸ばす。
己を覗き込む者達を掴み取り、引きずり込む為に。
『アークスシップ145番艦ナオビにおける擬似アビスの実験報告』
パズルのピースが嵌る音は、深淵の嗤い声に似ている。