PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~   作:無銘数打

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Episode29『星霜ヲ蝕ス三重奏⑧呪縛呪園』

 絶対令、アビス。

 それはアークスの上位に立つ者が、持つ絶対命令権。

それが発動されれば、アークスはその身のみでなく、思考すらも命令に従う傀儡と化す。

 強制的な暗示ではなく、遺伝子に刻まれた機能の1つ。命令を受ければ、受諾する以外に選択肢がない。否、そもそも選択肢すら与えられない。

 その命令が正しく、それを行う自らも正当だと思わされる。迷いも生まれない、発動した瞬間に絶対という2文字が心を支配する。

 それだけにアビスが発動する事は殆どない。その行為は認められた行為でありながら、他者の想いを全て捻じ伏せる行為でもある。

 過去に使用された事もあり、最近では1年程前。

 現在のマザーシップが現れる発端となった事件。アークスがアークスとしての形を新たに組み替える発端となった事件である。その際に使われたアビスは、あるアークスの抹殺命令。オラクル船団にいたアークスの殆どがアビスに従い、そのアークスを抹殺する為に、同胞へと牙を向いた。

 例え同胞であろうとも、アビスがあれば簡単に殺す対象へと変える。どれだけ親交があり、どれだけ好んであろうとも、好きも嫌いも無関心も関係なく、命令を遂行するだけの機械へ変貌させる。

 それ故に、ジェリコが残したデータに刻まれた擬似アビスという言葉は、到底信じる事が出来ないものだった。

 擬似アビスという言葉が、現実にある言葉として認識するまで時間がかかった。

あまりにも荒唐無稽で、冗談の1つだとさえ思ってしまった。しかし、そこに残されたデータは擬似アビスという呪いが確かに存在している証拠を突き付けている。

 「……アークスじゃない俺には、このアビスというのがどういうモノなのか、あまり詳しくはないんだが、個人が作り出せるようなモノなのか?」

 クルーズの問いに始末屋は、否定する。

 「あり得ません。アビスはその性質上、簡単に表に出るようなモノではありません。そのデータは極秘中の極秘。仮にこれが外に漏れるような事があれば、どうなるか想像できますよね」

 「あぁ、最悪だろうな。人の意思に介入して、強制的に命令を執行させるなんぞ、胸糞悪い以外の何物でもない……お前等アークスは、こんなものを容認しているとしたら、神経を疑うぞ」

 「使用は禁じられていない、というだけです。私の様な者が言うのもなんですが、これはあってはいけない負の遺産です。少なくとも現在では封印対象の技術ですよ」

 新体制の構築により、幾つかの負の技術の使用を禁止する流れになっている。その指定になっているものは、人道的に反するモノが殆ど。その中でも最初に話題に上がったのはアビスであり、既に六芒均衡ですらアビスの使用は禁止、封印されている。

 「だが、ジェリコはこんなレポートを作っているぞ。擬似って事は、アビスに近い何かを作ったって事だろうが……アンジュ、どうだ?」

 『結論から先に言えば、ジェリコの言う擬似アビスは既に検証実験を終え、実用に値するレベルまで達している模様です』

 最低にして最悪な回答だった。

 「奴はそんな実験を何処でやっていたんだ?虚空機関の出身とはいえ、今の奴にそれだけの事を出来る設備も資金もないはずだ」

 「カンナさんが言っていました。虚空機関が解体された時にジェリコは実験を続ける為に必要なパトロンが現れたと……恐らく、そのパトロンが必要な物を揃えたんでしょう」

 「そのパトロン様のおかげで、裏で擬似アビスって奴をコソコソと開発してたってわけか」

 『いえ、それは違います。ジェリコは堂々と実験を行っていましたよ』

 アンジュの言葉に首を傾げる。

 堂々と実験を行う、そんな事が可能なわけがない。

 少なくともクルーズはそう思っていたが、

 『人形病ですよ』

 その言葉に不可能、という概念が吹き飛んだ様に思えた。

 人形病。

 何の前触れもなく、人が操り人形の様に意味不明な行動を始め、その後に糸の切れた人形の様に動かなくなる奇病。原因は未だに判明せず、人形病にかかった患者の回復例も報告されていない。

 『人形病の存在が確認されたのは数か月前。発病者は全てナオビに居る者だけ。レポートにも書いてある通りなら、ジェリコは擬似アビスの実験をナオビで行っていた様です』

 モルモットとなったのはナオビに居る老若男女、実験データを取る為に様々な人種の体を使って実験は行われていた。

 健康的な者達は勿論、何らかの病気、障害を持った者達も含まれ、様々なパターンの実験が行われており、その数は人形病の患者と同じ数になるだろう。

 「そのアビスはどのようにして機能しているのですか?」

 『ナノマシンです』 

 アビスは遺伝子そのものに刻まれたシステム。遺伝子に刻まれた情報が、外部から受けた命令によって発動する為、そこには本人の意思が存在している。命令を受け、その命令を受け入れるというシステムにより、意識そのものが書き換えられる。その為、発動及び解除で後遺症の様なものはない。

 だが、擬似アビスは本来のアビスよりも乱暴なものだった。

 運用方法として採用されたのは、医療用のナノマシンの応用だった。

 医療用のナノマシンは、体内に入った後に受けた命令を遂行した後、消化物として外部に排出される仕組みの物もあれば、その場で融解するタイプもある。だが、それまでは体で患者が不調を起こさない様に停止状態になっている。

 それと同じで何らかの方法で体内に入った停止状態のナノマシンは、命令を受けるまで体内で沈黙を続ける。

 『体内に入れる方法も色々ありますよ。空気散布は流石に無理の様ですが、カプセル状にして飲む方法もあれば、注射で体内に注入とか。そうなると医療用のナノマシンと同じ運用になるのは、必然でしょうか』

 「その後はどうなるんだ?」

 『沈黙を続けたナノマシンは、外部からのスイッチによって稼働を開始。小難しい理屈は置いておきますが、ざっくり言うと脳やら中枢神経に強制的に介入して、アビスと同等の効果を発揮するって感じです』

 強制介入、それが本来のアビスとの違いとなる。遺伝子レベルで命令を実行させるアビスと違い、擬似アビスは脳機能に強制的に介入している為、負担が大きい。

 『恐らく、人形病患者の多くが回復しないのは、強制的に介入された事への後遺症ですね。意思と反する行動を行うという事は、それだけ人の体に大きな負担を掛けます。それも他者の命令ならば尚更でしょうね―――はい、クルーズさん、わけわからんって顔しない』

 「勘弁してくれ……え~と、つまり……あれか。風邪薬の中に人を操る機械を入れたら病気になるって事か……」

 『まぁ、貴方がそういう解釈なら、私は何も言いませんよ。言いませんけど、後で報告書を書く時どうするか見ものですね』

 心なしか馬鹿にされた様な気がしたが、事実なのでぐっと堪える。

 対して内容を理解しているのか、始末屋はアンジュに尋ねる。 

 「それじゃ、クレアが持ち出した鞄の中身、あのフォトン結晶の粒の様な物が、擬似アビス。正確に言えば、擬似アビスのプログラムを持ったナノマシン、という認識で問題ないんですね」

 『それが微妙なんですよ。2人が持ち帰ったデータと、レポートにあるデータに若干の差異があるみたいなんです。最初はプロトタイプなのかと思いましたが、構造があまりにも違い過ぎるので』

 「なら、これは一体何なんですか?」

 小瓶に入った粒上の結晶。擬似アビスでもなければ、これは一体何に使う物なのか。 

 『あくまで推測なのですが、ワクチンなのではないかと思われます』

 「ワクチン?」

 『ジェリコは擬似アビスを細菌兵器の一種と仮定しています。まぁ、ナノマシンもある種では細菌の様なものですから、その考えも間違いではないでしょう。そして、ウィルスがあるならば、ワクチンもある。細菌兵器と仮定するなら、当然扱う側はワクチンを用意するのは常套手段ですから』

 そのプログラムが解明できれば、人形病の患者の回復に何らかの役に立つ可能性もあるが、現状ではその道筋は見えていなので、ある程度の時間は必要となるだろう。

 「アンジュ。その擬似アビスにはスイッチがあると言ってたが、具体的にはどういう物なんだ」

 『特定の周波数を検知する事で起動するように設定されているようですね。それがスイッチとなるなら、ナノマシンを持っている人の近くで周波を発生させる事で、起動させる事も可能です。同時に、』

 「街中にある電波もしくは音。そのどちらかが届く場所にその者がいれば、同じく起動する事も可能、ですか」

 人々が生活する中には無数の電波、音が飛んでいる。その中の特定の周波数で検知して起動するナノマシンならば、後者よりも前者を使用している可能性が高い。

 「それならナノマシンが起動する周波数の反対に、強制停止させる周波数もあるはずです。恐らく、それがワクチンという事になると思います。ですが、その場合は」

 良い澱む始末屋が、何を言いたいのかはわかる。

 その考えが正しい場合、ナノマシンの停止は可能だろう。だが、それはあくまで起動しているナノマシンを停止させるだけ。

 人形病の患者として病院に収容されている者達は、既にナノマシンが起動した後の段階。体内にナノマシンが残されている状態であったとしても、既に機能停止している可能性が高い。そして機能停止したナノマシンには壊れた体を回復させる機能など、あるはずがない。

 つまり、既に手遅れになっている。

 『こればかりは、どうなるかわかりませんね。そうなってしまったら自然回復に任せるしか手はないかもしれませんし……』

 「運を天に任せる様で嫌な感じです」

 『まったくです』

 その後、レポートを読み解く事でわかった事は、実験自体は終わっているが、擬似アビスは完全な物ではないという事。

 ナノマシンが体内にあり、特定の周波数を検知しても起動しない場合もあるらしい。機能不全か、それとも人側の問題かもわかってないらしい。

 この問題は未だに解決はされていないが、モルモットとなった者達の大多数が起動に成功している所から、僅か一部の例外として見る事は出来る。その為、完全ではなくても、後で色々と調整を行う事で解決する問題としておかれる事になった。

 「クレアのアパートで私達を襲った住人、あれも擬似アビスの被害者という事なら、それを使っているのは間違いなくイプシロンです」

 あの場で操られた住民達は、全員が示し合わせた様にヴァン達に襲い掛かってきた。それに対し、イプシロンは司令塔の様に振舞っている所を見るに、

 『まず間違いないでしょう。そして奴は擬似アビスを起動させるスイッチも持っている』

 「厄介だな。もしも、擬似アビスがナオビ全体にばらまかれでもしたら、住民全員が奴の操り人形だ」

 最悪の可能性は想定しておくべだろう。

 今後、連中がどのような方法で擬似アビスをばらまこうとしているか、それを考えて、策を練っておく必要がある。

 その為にはジェリコが残したデータの解析を―――そう考えた所でクルーズはある疑問に行きつく。

 「……なぁ、確かジェリコの残したデータは、それぞれが別々にされて、全て揃う事で何らかのデータになるって話だったよな」

 『えぇ、そうですけど』

 「だからと言って、個別のデータに意味がないって事じゃない。個別のデータにもきちんと意味がある……そうだな?」

 『勿論ですよ、何を今更―――』

 嫌な予感がした。

 擬似アビスという病原菌があると知った今、ジェリコが残したデータの中で一番最初に見つけたデータこそ、最悪な物に思えてきた。

 医療機関にある医療品のデータ。

 其処に載っている様々な医療品のデータ。

 そのデータを見直してみる。

 医療品の種類は膨大だった。特に多いのは医薬品関連。ナノマシンを使用している薬品や、使用しない普通の錠剤等もある上に、医療用の薬品の知識に乏しいクルーズが見ても、作用を知っている物は殆どない。

 そんな中で1つだけ、たった1つの薬品だけが見覚えがある。

 「これだ。アンジュ、レポートには実験日とか、具体的な日付はどれくらいある?」

 『日付ですか?そりゃ全部がそうですよ。実験データを残す以上、何日にどんな事をしたとか、そういうのを残すのは当たり前の事ですから』

 「だったら、そのレポートで一番最後に記載されている日付は何時だ?」

 『……一番最後の日付は、今から約2ヵ月前ですね。この時点で起動実験は終了、問題は多少残されてはいるが、実際に使用するには問題ない状態だと残されています』

 嫌な予感は、徐々に現実味を帯びていく。

 これが外れていると確信する為には、もう1つのデータが必要となる。

 「なら、次はこの医療品のデータだ。この中で実験終了後の日付に納品されている物を探してくれ」

 『探してくれと言われても、数が多すぎですよ。具体的に何の薬品か指定してください』

 クルーズが指定した薬品は、1つだけ。

 『わかりました。少々お待ちください』

 「何か気になる事でもあったんですか?」

 始末屋の問いにクルーズは、額に冷たい汗を流しながら答える。

 「連中は何かをしようとしている。それは既に確定の事実だ。そして、その何かが始まるのが何時はわからないが、時間はあまり残されていないだろう。それは連中が既に動き出しているからだ」

 「それはそうでしょうけど……」

 「俺達が持っている情報は全てじゃないが、この擬似アビスって奴は恐らく連中が一番重要視している物だ。つまり、これが有ると無いとじゃ、話が変わってしまう。だから、擬似アビスを使う事が想定されている以上、こいつの準備に一番時間を使うはずだ」

 イプシロンはクレアの部屋で大量の擬似アビスに感染した住民を導入した。一番重要であり、一番時間を使って準備した物を使っていた。

 「もしも、その準備が終わっているとしたら、どうだ?」

 クルーズは自分の頭を指さす。

 「既に俺を含め、ナオビの住民全てに擬似アビスが入っているとしたら、どうだ?」

 

■■■

 

 何かに追われているわけではないのに、俺達は荒野を走る。

 自身の速度に舌打ちしながら、一向に見えてこない採掘基地を求めて走る。

 「あり得るんですか、ヴァンさん!?」

 あり得ない話じゃないから、走ってるんだよ、アフィン。

 「ダーカーの襲撃を意図的に行うなんて聞いた事ないですよ」

 「俺も聞いた事はねぇよ。だが、あれはそういう仕掛けなんだよ」

 冗談みたいな話だが、不可能とは言えないのが厄介だった。

 あの輸送機は時限爆弾だ。

 改造された機甲種を乗せると共に、バリア装置に閉じ込めたダーカーを一種に宇宙に向けて放り出す。そうして指定された宙域まで行くと、バリア装置は解除され、中に入っていたダーカーは自由になる。

 そうすると次はどうなるか。恐らくはダーカーは同胞を増やす為に機甲種に侵食核を打ち込む。機能が停止している機甲種は一切抵抗しない。ダーカーにとっては実に簡単な仕事だっただろうな。

 そうして時間が経過すれば輸送船の中には複数のダーカーが生まれる。中にはダーカーになり切れない機甲種も居たかもしれないが、それでも殆どはダーカーと同じだ。

 そうした輸送船がその宙域に複数待機していた。

 ある一定の期間まで、ずっと。

 その間、輸送船がダーカーに破壊されるかどうか、それは博打だったのかもしれない。もしくは、そうならない計算がされていたのかもしれない。どっちかは俺にはわからないが、計画通りに輸送船は動き出す。

 「輸送船の次の座標は、オラクル船団の航路よ」

 ユクリータの言うように、次に指定された座標は本来ならば何もない場所だが、数日後にその場を通過する何か、つまりオラクル船団のアークスシップがあるなら話は別だ。

 爆弾を積んだ輸送船は、目的の宙域へと移動。その場を通過するオラクル船団と合流し、あるアークスシップへと着陸する。

 それがナオビだ。

 「頭おかしいじゃないの、これを考えた奴は」

 「テロって事なのかな?」

 あり得る話ではあるが、俺の脳裏に浮かぶのは、テロリストなんて生易しい連中ではなく、あの怪物達の姿だった。

 何が目的かは知らないが、連中はナオビにダーカーを放った。ただし、それはナオビを沈める為に行ったのではない。資料で見る限り、ダーカーの襲撃でナオビは傷を負ったが、その傷に反して死者の数は少ない。

 「アークスシップを沈める為じゃねぇな。何か別の目的があったんだろうよ。それが何かわからないが、嫌な感じがする」

 わざわざダーカーをけしかける理由は不明だが、ダーカーを放ったのは恐らく何かの下準備なのだろう。それによって確かめたい事があったのか、その行為こそが意味があるのか。

 どちらにせよ、早く採掘基地に戻らなければならない。

 例え、既に手遅れな事になっているとしても……

 

■■■

 

 「……可能性の話なら、無いとは言えません。ですが、具体的にどうやって住民全てに擬似アビスを入れるんです?アークスシップの住民は約100万人。全てと言わなくとも、その殆どにナノマシンを注入する方法なんてあるんですか?」

 さらに言えば、時間もかかるだろう。なにせ、数が数だ。100か1000か、100万に及ばなくとも、その全員にナノマシンを注入するとなれば、それ相応の時間が必要となる。

 「方法はあるさ。全ての住人が必ず挙って受けなければならない予防接種みたいなのをでっちあげ、全員が医療機関に訪れるようにすればいい。後は何も知らない医者連中が住民にナノマシンを注入する。もしくは医療機関じゃなくても、街中にそういう設備を置いておくだけで、勝手に住民は集まる」

 「……クルーズさん、何が言いたいんですか?」

 そう言いながらも、始末屋の頭にも嫌な予感というものが浮かんでいる。

 「ジェリコが意味の分からないデータを残して、それを組み合わせれば本当のデータが出てくるっていう仕組みを使った。それは意味がない物が無いって事だ。どんな事にも意味があるって事だ。少なくとも、アークスが殺された事にも意味があるように、今日まで意味が無かった事なんて、一度も起きてないってことなんだよ」

 もしも時系列に並べるなら、

 「最初に起こった事は何だ?お前が言っていたマザーシップのハッキングだ。そのハッキングは何者かが何らかの意図をもって行ったとして、どうして行ったのか……それはコイツなんじゃないか」

 クルーズが示すのは、擬似アビス。

 「アビスはお前が言うように重大な機密だ。そんな機密データがある場所は何処か。言うまでもない。マザーシップだ。他にも何かあったかもしれないが、マザーシップにハッキングを仕掛けた奴は、アビスのデータも手に入れたんだ」

 その言葉の正当性を表す様に、ジェリコの実験レポートでは、ある日付以降の擬似アビスの実験が面白い様に進んでいると記載されている。その日付はマザーシップへのハッキングが起きた後。反対にそれまでは失敗ばかりだった。

 「そして情報部の連中が動き出した。ハッキングした奴を捕まえる為にな。結果、連中は殺された。当然だ。もしも連中がハッキングの犯人を突き止め、盗んだデータにアビスっていう爆弾がある事を知れば、盗んだ側からすればアドバンテージを全て奪われることになる。当然、殺すだろう」

 擬似アビスというモノが全てを繋げていく。

 そうして繋がっていく中で、一番あり得ないと思い、一番関係ないと思った事件がある。

 「擬似アビスは不完全だが使用できる位には完成していた。少なくとも1ヵ月前の時点で、量産すらも終わっていた。なら、後はそれをばらまくだけ―――その方法は俺が言ったように、住民達が勝手に集まり、勝手に感染してくれるシステムを使う事だ」

 そう言うと同時に、アンジュの解析が終了した。

 解析されたデータ、医療品のデータが端末に表示される。

 「もしも病原菌が蔓延して、そいつが自分の死に直結するような危険な病気なら、誰だってすぐにでもワクチンを欲しがる」

 たった1つの医療品。

 その医療品はある日を境に大量にナオビの医療機関へと搬入されている。

 「そのワクチンをすり替えたら、どうなる?ナオビの住人全てが必要とするワクチンが、誰も知らない間に擬似アビスというウィルスにすり替えられていたとしたら……」

 荒唐無稽な考えだった。

 荒唐無稽だからこそ、可能だった。

 クルーズは言う。

 今まで起きた事で意味の無い事など無かった。

 全てが意味を持ち、全てが此処に繋がっている。

 大量の医療品がナオビに入り始めた日付。その日付を忘れる事が出来る者など、恐らくナオビの住人であれば存在しないだろう。

 「ダーカー因子の治療に使われるワクチン。お前等アークスと違って、フォトン適正が低い俺達は、ワクチンを使って治療しないと何時までもダーカー因子が体内に残るんだ」

 その日、ナオビは大きな傷跡を残す事になった。

 未だに癒えぬ傷を持ち、何とかそれを乗り越えようと皆が頑張ってきた。そんな者達の中に知らぬ内に悪意が紛れ込み、その身を冒していた。

 「―――馬鹿な考えだと笑えるだろ?だがな、俺はこの可能性は捨てて問題ない物だとは思えないんだよ。だってそうだろ?あの時を境に、俺達の中には既に別の悪が宿ってるんだからな」

 ナオビへのダーカー襲撃。

 それが意図的に行われた事件だとすれば、

 「準備期間はもう終わってるって事だ。連中は何時でも事を起こせる段階にいるんだよ」

 

■■■

 

 夜が明ける。

 ナオビに朝が来る。

 作られた太陽が空にゆっくりと現れ、街の全てを光で照らす。

 何事も無い様に人々は動き出す。

 今日も当たり前の様に1日が動き出し、当たり前の様に1日が終わると信じて各々が行動を始める。ある者が仕事をして、ある者は家事をして、ある者は遊び、ある者はアルコールに身を沈め、ある者は薬に溺れ、ある者は犯罪に手を染め、ある者は誰かを愛し、ある者は愛に答え、ある者は―――

 そうした当たり前の日常に、あるはずの日常を見つめる者がいる。

 その者は住民達の中に入り込み、皆が当然の様に日々を過ごす光景を黙って見つめている。その瞳に憂いもなく、怒りもなく、悲しみもない―――カメラのレンズの様に無機質で、観察するだけの機械の様だった。

 その手に握るモノを見つめ、もう一度街を見る。

 街を見て、もう一度手元を見る。

 スイッチが押される。

 街中に響く魔笛は、人の耳には届かない。

音を音と認識する事すら出来ないが、その魔笛は人の中に潜む悪魔だけに聞こえるのだ。

魔笛の音を聞いて、目を覚ます悪魔。

 

その瞬間、ナオビの街を歩く者達が―――停止した。

 

魔笛の奏者は、その光景を無機質な瞳で見つめながら、呟いた。

 

さぁ、始めよう

 




頭の悪いサスペンスの、頭が痛い答え合わせが終わったので、後は好き勝手に遊ぶだけ。
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