PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~   作:無銘数打

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Episode33『星霜ヲ紡グ交響曲②闘争求む、獣の群』

『普段動いているモノが動かないというのは、中々に不気味ですね』

 同感ですね」

 市街地のビルからビルへと飛び移る蒼い影。

『混乱も収まれば静かになりますが、見ていて気持ちが良いものとは言えませんね』

 防衛装置が起動した市街地には人々の姿。マネキンが並んでいる様にも見えるが、1人1人は生きた人。その人々は虚空を見つめ、意思のない人形として立ち続ける。まるで案山子、もしくは墓標だ。

 その周辺を機甲種が徘徊し、時々統合軍の車両が通過していく。

「あの機甲種は何なんでしょうか……」

『解析してみない事には分かりませんが、此処から見る限り、なんか私達の知っている機甲種ではない様ですね。人の手が入っている、魔改造されてる感じはします』

 「あんな物まで投入しているとは、予想外でした。擬似アビスに加え、統合軍の兵力だけでも面倒だというのに、機甲種までとなると……これは骨が折れそうです」

 『私は可能性としてあると思ってましたよ。ダーカー襲撃の際に侵食核が植え込まれていた機甲種の姿は確認されていたそうですから』

 「だとすれば、あの時点で改造されている機甲種が見つかってもおかしくはなかった……でも、そうじゃないという事は」

 『可能性は2つ。意図的に情報が隠蔽されていた可能性。もしくは確認が出来ないくらいに壊されていた。どちらにせよ、向こうにとって都合の良い方向に進んでいたんですよ、あの時点で』

 通信機を取りだし、スイッチを入れては見るは反応なし。

 『どれだけ試しても通信は出来ませんよ。ネットワーク網は完全に掌握されていますから、アークスシップとしての通信機能は完全にアウトです』

 ネットワーク網が掌握されている今、ナオビは外との連絡が一切使う事が出来ない。表向きの回線も、非常用の回線も全てが使用不可能となっている。

 外がどんな状況なのかもわからなければ、こちら側から中の情報を伝える事も出来ない。

 『私の方も人形庭園にアクセスは出来ていません』

 「貴女のデータをこっち側に落とすのが、もう少し遅ければアウトでした」

 現在、アンジュは彼女の言うように人形庭園から完全に切り離されている。それでもアンジュがこうして会話が出来ているのは、彼女のデータをネットワークから物理的端末に移動させた事によるもの。

 『不幸中の幸いとは、まさにこの事です。私の体の修理が完了したっていうガセ情報がなければ、私は蚊帳の外に置かれていましたから』

 都市警備局の技術班の手によって、確かにアンジュの体は修理されており、修理が完了したとの連絡も受けていた。だが、いざ見てみるとそんな事はなかった。修理されていたのは、あくまでメモリ領域、アンジュのデータを格納する為の擬似脳が直ったという程度に過ぎなかった。

 事実、未だに彼女は元の体に戻ってはいない。

 『早とちりも、時には役に立つんですね』

 「あの状態では、とても戦闘の役に立ちませんけどね」

 修理状況として、頭部を含めた上半身のみが突貫工事で直されたが、脚部は未だに未修理状態。このままでは自立する事すらままならないので、結果的にアンジュは未だに通信機と一緒に行動する状態だった。

『というわけで、私はお手伝いできませんので、ちゃっちゃと設置しちゃってください』

「わかっていますよ。まったく、人使いが荒い……」

 始末屋は背中に背負った大きなリュックを見て、溜息を吐く。

「それにしても、まさかこんな骨董品を使う事になるとは……」

 『仕方ありませんよ。アークスシップのネットワークを使用しない通信方法なんて、これ以外は見つからなかったんですから』

 リュックの中から取り出した棒状の機会を、ビルの屋上に置く。置かれた棒状の機器は、先端が伸びると円形状に広がり、アンテナとなる。

 「気持ちばかりの暗号化をしているとはいえ、2世代前の通信装置なんて当てになるかどうか……」

 『現状ではきちんと動いていますよ。まぁ、妨害しようと思えばすぐに出来るんですけど』

 「全然信頼できませんね」

 同様のアンテナは既に市街地区だけで数カ所設置している。このアンテナが中継装置となり、通信が可能となるのだが、

 「出力が低いのが難点ですよ、これ。受信範囲はあくまで3ブロック程度……これ、後どれだけ設置すればいいんですか?」

 『貴女だから出来る仕事じゃないですか。他の人ではこうはいきませんよ』

 既に1時間以上は市街地のあちらこちらを移動しているが、その作業の終わりは未だに見えない。しかも、この後は各地区にも同様の装置を設置する必要があるとすれば、骨が折れる。

 「最悪の場合、市街地区だけで終わらせる必要もありますね。敵の警備状況から見るに、市街地区はそれほど重要視されている様には見えません」

 『そりゃそうでしょう。重要地点は情報地区と工業地区。臨戦地区はどういうわけか敵の警備が手薄の様ですから……多分、これって舐められてますよ』

 「同感です。でも、そのおかげで避難場所として使う事が出来ます。クルーズさんから連絡は来てますか?」

 『逃げ遅れた人達の捜索は、一度終了させるみたいです。表立って移動できないので、ここらが潮時ですよ』

 ナオビ全体が敵の手に置いている状態で、都市警備局が移動に使っているルートは下水道しかなかった。あの悪臭漂う場所をずっと移動するのは、想像するだけで気が滅入るが、機甲種が徘徊する状況では、そこを使うしか方法はない。

 『それに都市警備局だけでは明らかに手が足りません。擬似アビスを摂取しなかった者が予想よりも少なかったとはいえ、対応できる人数が圧倒的に足りなかったんですから』

 アンジュの言葉に、始末屋はある疑問を口にする。

 「その件なんですけど、どう思います?」

 『都市警備局で擬似アビスを摂取した人数が少なすぎる事、ですか?』

 「はい。私が敵側だったのなら、確実に抵抗勢力を減らす為に都市警備局にも擬似アビスを使用します」

 擬似アビスの感染ルートが、ダーカー因子のワクチンである事は間違いない。ジェリコの残したデータと実際のワクチンの搬入データを照らし合わせても、否定する要素は殆どない。

 だが、それ故に抱く違和感はある。

 「私達の様にフォトン適正がある者や、貯蓄されているワクチンを優先的に使用されるアークス関係者が擬似アビスに感染していないのはわかります。ですが、それ以外に含まれる都市警備局の感染者が少ない」

 『奇跡的に―――なんてのは都合が良すぎますよね』

 擬似アビスが発動して数時間が経つが、都市警備局の局員達の半数以上が正常に動く事が出来ている。そのおかげでこうして避難民の救助などが出来ているのだが、

 「意図的にこうなっている、という事ですか」

 『何の為にそんな事を?』

 「……勝負にならないからでしょうね」

 臨戦地区でスパルタンが口にした言葉を思い出す。

 「連中は一方的な蹂躙を望んではいないのかもしれません」

 『それは変です。抵抗される事を想定しているのはわかりますが、抵抗する術を意図的に残すのは、戦略として愚の骨頂じゃないですか』

 「ですが、スパルタンはそれを望んでいる。いえ、向こうがそれを望んでいる……ゲームでもしているつもりなんでしょうか」

 『しているつもりかもしれませんね。さっきの放送もそうですが、絶対に性格悪いですからね、アイツは』

 

■■■

 

 「……ジェッド、弾の残りは?」

 クルーズが訪ねると、ジェッドは頭を振る。

 「そうか。まぁ、こんな豆鉄砲じゃ仕方がないか」

 手にした愛用の銃に残された弾数は2発。予備のマガジンは1つ。ジェッドの方は既に弾丸を撃ち尽くし、その手に握る銃は唯の玩具となっている。

 「まぁ、時間稼ぎとしては十分だな」

 「向こうと通信が繋がらないって事は、既に通信範囲外に出たって事ですからね。となれば、今頃は臨戦地区のすぐ近くに居るはずなんですけど……」

 「連中を信じろ」

 そう言うと、クルーズは背後に向かって残り2発の弾丸を撃ち込む。銃声が2回鳴ると、それが合図の様に無数の弾丸が襲い掛かってくる。

 クルーズとジェッドは縮こまって背後から襲い掛かる銃弾に耐える。背にした壁は既に限界なのか、クルーズがいる場所の壁が貫通した。

 「拙いな、ちょっと後退するぞ」

 「了解」

 ほふく前進しながら、更に奥にある建物に避難する。それと同時に先程までいた場所に綺麗なオレンジ色の爆炎が現れ、爆風が肌を焼く。

 「クルーズさん、これって完全に遊ばれてますよね」

 「だろうな。大方、他の連中を追うよりも、殿の俺達と遊んでいる方が面白いと思ったんだろうよ」

 勝敗など既に決している。

 こちらは2人、装備はオートマチックの豆鉄砲を抱えて隠れている。反対に向こうは全身を装甲で固めたボディスーツを着ている上に、巨大な銃を何丁も抱えて隊列を組んでいる。さらにその周りに機甲種達が命令を出せば、すぐにでも飛ぶ出す準備を整えている。

 「装甲歩兵に機械の兵隊ときたか。どう考えても勝ち目はないな」

 「ですね。白旗でも振ってみます?」

 残されたマガジンを銃に装填する。

 「これを撃ち尽くしたらな」

 絶望的な状況になると、不思議と余裕が生まれてくる。クルーズは懐から煙草を取り出し、口に咥える。

 「……吸うか?」

 「禁煙してるんで、結構です」

 「そうか、残念だ」

 煙草に火をつけ、有害な煙を吸い込む。

体に悪い煙ではあるが、連中がこちらに向けられている武器に比べれば安全も良い所だ。

 「はぁ、こんな事なら臨戦地区でゴミ漁りする方に立候補していれば良かった」

 「同感だよ」

 「あの、クルーズさん。一応聞いておきますけど、俺達ってこのまま死にます?」

 絶望的な質問ではあるが、ジェッドは既に諦めているのか、日常会話の様に聞いてきた。

 クルーズはしばし考えて、

 「お前、何かやり残した事ってあるか?」

 「あ、やっぱり……いや、連中が俺達を捕虜にするとかって可能性もあるかなぁって思ったんですけど、きっと無いですよね」

 「無いだろうな」

 そんな事は随分前から気づいていた。

 圧倒的な物量で攻めてくる統合軍の部隊だが、普通ならば早々に自分達を制圧しているはずだった。自分達の抵抗が激しく、苦戦しているというなら話は別だが、そんな事はあり得ない。

 「連中は遊んでるんだよ」

 耳を立てれば聞こえてくる機械の稼働音に混ざった笑い声。

 「狩りでもしているつもりなんだろうな」

 「俺達はキツネですか」

 「動物園に居るような飼いならされた方だな。野生動物を狩るよりはよっぽど簡単だが、遊びも少ない。だったら、遊べるように適当に追い回そうって腹だろ」

 だが、同時に気になる事もある。

 「なぁ、ジェッド。お前は気づいているか?」

 「何をですか?」

 「連中の中で一番後ろにいる奴だよ」

 陣形を組んでいる兵士達だが、その中で1人だけ奇妙な兵士が居る。他の兵士と同じ装備をしているのだが、その兵士は銃を構えても居ない。最初から今までずっと。

 「……部隊のリーダーって感じじゃないですね。」

 「恐らくリーダーは奴の前にいる色違いの奴だよ」

 同じようなボディアーマーを着ているが、1人だけ僅かに色が違う者がいる。

 「あれがリーダーだ……普通ならな」

 「羨ましいですね。リーダーに仕事させて部下はサボりですか。俺もそうしたいですよ」

 「やっても構わんが、後でどんな目に会っても文句は言うなよ」

 「はぁ、やる気のある上司の下にはつきたくないですね、まったく―――となると、尚更に変ですね。アイツ、どう見ても仕事してませんよ。通信兵や衛生兵ってわけでもなさそうですから、完全なサボりに見えます」

 話している内に煙草の煙が消え、地面に捨てる。残りの本数は少ないが、残しておくのは勿体ないので、2本目を咥える。

 煙草を吸いながら、クルーズはずっと気になっていた事を口に出す。

 「今回の件、ジョンドゥの息のかかった一部の情報部が絡んでいる事は知っている。そして統合軍の連中もそうだ。どんな旨味があるか知らないが、ジョンドゥは統合軍を自分側に引き入れている」

 「金ですか?それとも地位とか……」

 「それは知らん。知らんが現に統合軍は向こうについている」

 「……統合軍はどこまでジョンドゥについてるんですかね?」

 ジェッドの疑問は、クルーズも疑問に思っている事だった。

 「統合軍が敵なのか、イクサの連中が敵なのか……どっちだと思います?」

 「後者だろうな。統合軍全体がアークスに喧嘩を売っているなんてのは、割に合わない事だ。アークスも統合軍も互いに持ちつ持たれつの関係で、これを壊すのは統合軍側には旨味が少ない」

 「それじゃ、イクサの連中だけって事ですか」

 「……あくまで可能性の話になるが、その中でも一部の連中だけが今回の件に絡んでいるじゃないかと思ってる」

 「一部の連中だけ?上官クラスの奴って事ですか?」

 それが一番可能性が高いだろうが、クルーズは今の状況から別の可能性を見出していた。

 「軍隊は上官の命令が絶対だ。それが正しいか正しくないか別としてな。そういう世界にいるような連中に命令を出せるのは、間違いなくお前の言う様な上官クラスだ」

 しかし、それはあくまで正常な状態の軍隊の話になる。

 「だがな、ジェッド。必ずしも上官の連中が命令を出す必要なんてないんだよ―――今、この状況ではな」

 クルーズの言葉に、ジェッドもある可能性を見出した。

 「擬似アビスに操られているのは、ナオビの市民だけじゃないって事ですか……」

 「そういう事だ」

 ならば、自分達を襲っている部隊の奇妙な行動について説明がつく。

 「上官が部下に命令を出すのは当然だが、その前提が今は必要がない。上と下がひっくり返っている状態が、今の現状なんだろうよ」

 「上官に指示を出しているのは、下っ端って事か。なるほど、後ろでふんぞり返っているアイツは、上官気取りで命令してるってわけね」

 「そのおかげで、俺達はこうして生かされてるってわけだ」

 仮に今回の件が失敗に終わったとしよう。

 その場合、当然統合軍側で事件に関与した者達は裁かれるだろう。どんな刑に課せられるかはわからないが、軽い刑になる事はないだろう。そうなれば、誰が一番重い刑を受ける事になるのかと言えば、上に立つ者達になる。

 「下っ端だから許されると思ってんのかよ、アイツ等は……」

 「普通は無いだろうな。だが、下っ端だからこそ、逃げ道は幾らでもある。例えば、今回の件で死んだ者とかな」

 「……自分は死んだ事にして逃げるつもりですか」

 成功しようとも失敗しようとも、重い罪をかぶるのは下ではなく上の者達。下の者だからこそ、今回の件で死亡扱いにでもされれば罪には問われないと踏んでいるのだろう。

 「なんか納得いきました。ナオビが沈むかもしれないってのに、どうして連中はこんな事に手を貸してるのかとか、撤退の方法はどうするかとか、色々と綺麗さっぱり解決ですよ」

 「大所帯で逃げる必要はないからな。逃げるなんぞ、小型の船一隻で十分。残りの仲間は全員を見殺しにしてな」

 怒りもあるが、それ以上に呆れと哀れみが生まれる。

 「そんな連中に利用されてる統合軍の奴等が可哀そうですね、ほんと」

 「まったくだ。俺も気を付けないと部下に捨て駒にされるかもな」

 「それ、俺に言ってます?」

 「独り言だよ、独り言……」

 そして、その独り言が最後の言葉になるかもしれなかった。

 

■■■

 

 「―――なんだよ、全然撃ってこなくなったじゃねぇかよ」

 既に警備局の抵抗がなくなって数分が経った頃、唯一自分の意思で行動している兵士は、つまらなそうに呟いた。

 圧倒的な物量だからこそ、相手の必死な抵抗が面白かったのだが、その抵抗が無くなってしまった今、何の面白みもない事に気づいた。

 「つまらねぇな」

 毒を吐きながら、味方の兵士の背中を乱暴に蹴り上げる。蹴った相手は本来ならば自分の上官に当たる兵士なのだが、蹴られた上官は何の文句も口にしない。

 「おい、お前が様子を見て来いよ」

 武器を持つ敵の偵察を、上官に命令する。上官は何も言わずに前に進もうとするが、

 「ちょっと待て、銃は置いていけ」

 兵士はヘルメットの中でいやらしく笑っている。

 普段は自分に口煩く、上から命令する上官に対して、自分が命令を出す立場になっている事が快感になっていた。

 この兵士、本来はこの部隊の中で一番下っ端だった。特に優れた能力があるわけでもなく、むしろ部隊の足手まといになっている事が多いのだが、無駄に肥大化している自尊心は、自身よりも周りに責任を押し付けていた。

 そんな兵士は、今までの鬱憤を晴らす様に上官に命令する。丸腰で敵の様子を見て来い、と。上官はそんな命令にも口答えしない。そんな思考すらない。黙って部下の命令を聞き、丸腰と前に進む。

 「撃たれちまえよ、糞野郎め」

 暗い笑みを浮かべ、前に進む上官が殺される姿を想像する。それだけで楽しくてしょうがないのだ。そして兵士は自分にこの立場を用意してくれた、ジョンドゥとかいうアークスに感謝する。

 難い相手に復讐も出来れば、報酬も出るというのだ。そして自身の身の安全も保障されているとなれば、もう怖いモノなど何もない。

 この兵士だけではない。

 意思を持つ事を許された兵士の殆どが、この兵士に似た思考を持つ者達ばかりだった。その為、如何に今回の事態がとんでもないものだったとしても、どうでも良かった。ただ己の欲求を満たしたい者には、決して逃がす事の出来ないチャンスだった。

 ただ復讐したい者、ただ殺したいだけの者、ただ奪いたいだけの者、ただ犯したいだけの者、ただ壊したいだけの者―――ある意味では、ジョンドゥという男の人を見る眼は正しかった。

 この兵士を含め、自分達がどんな立場に置かれている事など気づきもせず、この状況を楽しんでいる。

 ジョンドゥにとってみれば、これ以上ない程の駒だった。

 ただ力に酔いしれ、道を踏み外した者ばかりが意思を持つ世界となったナオビ。

 そこにいる統合軍という者達は、もはや軍ではなく群。飢えた獣の群と化している。

 ただし、そんな獣の群には、1つだけ異質な獣が混じっている事に、まだ誰も気づいてはいない。

 そして、これからそれに気づくのだ。

 

■■■

 

 「―――ん?」

 不意に鼓膜を震わせるのは、エンジンの遠吠え。

 急加速して徐々に近づいてくる音に兵士は疑問を覚える。今、このナオビで走っている車は、事件の関係者でなければ統合軍の車両だけ。そして統合軍の車両であるならば、猛スピードで走らせる理由がない。仮にあるとするならば、何か問題が発生したのか。否、それならば通信機からすぐに情報が伝達されるはず。

 様々な疑問を抱きながら、音がする方を見れば、やはり統合軍の装甲車が見えた。幸いな事に、この周辺にナオビの住人はおらず、あの速度でも案山子の様に立ち尽くす住民達を跳ね飛ばす危険はない―――それ故に、装甲車は猛スピードで兵士達に向かって突っ込んできた。

 「は?」

 突然の事態に兵士は間抜けにも呆けてしまった。兵士が命令を出さなければ、他の兵士達は行動しない。それを知りながら、まっすぐ突っ込んでくる装甲車が何なのか、どうしてこっちに突っ込んでくるのだろうか、などという思考に陥ってしまった。

 無能な指揮官の代わりに動き出すのは、プログラムされた機甲種。彼等は即座に装甲車に向かって前進していく。スパルダンA型は装甲車を正面から止める為か、直進する。その横をスパルガン型が通過し、装甲車の側面に向けて銃口を向ける。

 装甲車は止まる気などないのか、尚も速度を上げる。その時点で兵士は漸く事の事態に気づいたのか、他の兵士達に自分を守る様に指示を出す。

 直進する装甲車の真横についたスパルガン型は、何時でも発砲できる状態になってはいるが、現状ではあくまで警告している状態。これが何らかの行動を装甲車側が起こせば、すぐさま攻撃を開始するだろう。銃口をまっすぐに装甲車の窓に向けた―――その瞬間、装甲車の窓ガラスが破裂し、スパルガン型を何かが撃ち抜いた。それも左右の窓が同時に、まったく同じタイミングでそれが行われた。結果、スパルガン型は道路に崩れ落ち、行動不能となる。

 何が起こったのか、そんなものは一目瞭然。装甲車のドアから真横に伸びた銃身が、装甲車の車内から外の敵を、窓ごと撃ち抜いたのだ。それを確認したスパルダンA型は即座に装甲車を敵と認識し、攻撃を開始する。だが、そのタイミングで、まるで予め決められた行動かのうように、別方向からも装甲車が現れた。しかも、その装甲車の屋根にはライフルを構えた銃者がいた。

 背後を取られる形になったスパルダンA型は、背後からあっさりとコアを撃ち抜かれ、沈黙する。

 機甲種は僅か数秒で鉄屑と成り果て、残されたのは兵士達のみ。

 「な、何だよ、あれは!?」

 当然、答える者など誰も居ない。そして、この程度の事態で混乱して指示を出せない無能に救いなど在りはしない。

 2台の装甲車は何の躊躇もなければ慈悲もなく、アクセルを全開の速度で兵士達を薙ぎ払った。如何にボディアーマーを纏った装甲歩兵とはいえ、全速力で突撃してくる装甲車にはねられた場合、簡単に宙を舞う。だが、その装備は優秀が故に車に轢かれ、地面に叩きつけられても致命傷にはならなかった。さらに擬似アビスによって操作されている今、兵士達に痛みで動けないという状況はない。

 地面に倒れながらも、不格好ながらも立ち上がろうとする兵士達だが、その中に無様に泣き叫ぶ者もいる。

 痛い、痛いと叫び、助けを求める兵士。対照的に苦痛を口にせず、命じられるがままに動き出す兵士達。対照的な存在となった者達を前に、装甲車のドアが開く。

 「驚きました。これでも動こうとするなんて兵士の鏡ですね」

 運転席から降りて来たのは、眼鏡をかけた女。着ている軍服から統合軍の兵士である事はわかるが、身内を装甲車で跳ね飛ばす行為をしておきながら、まったく悪びれていない。

 そんな女に対し、装甲車の屋根にいる銃者が訪ねる。

 「副長、どうします?」

 銃口は起き上がろうとする兵士達ではなく、もがき苦しむ兵士に向けられている。

 「コイツ、撃っちゃいますか?」

 「撃ってはいけません。彼からは色々とお話が聞けそうなので」

 そう言うと、女は腰に差したナイフを抜く。普通のナイフではなく、くの字に曲がっている変わった形のナイフ。ククリナイフと呼ばれるナイフを両手に持ち、装甲車に向かって尋ねる。

 「中尉、この連中はどうしますか?」

 車内から野太い男の声が発せられた。

 「知らん。処理はお前に任せる」

 簡単な命令を出すだけだったが、彼女にとってはそれで充分だった。

 何とか起き上がった兵士達の手には、しっかりと銃が握られている。そしてその銃口が向けられるのは、誰か決まっている。立派な敵対行動だった。自らの意思もなく、命令されるがままに銃口を向けた事で、彼等の運命は不幸にも決まってしまった。

 「了解です」

 女は、チェインは銃口を向けられた瞬間に行動し、僅か数秒で事を成す。

 一度ナイフを振るえば、兵士の首に刃が滑り込み、血が噴き出す。二度振るえば兵士の首は飛ぶ。三度目の煌めきが起れば、ボディアーマーの隙間にナイフが滑り込み、体を貫通させる。そして最後の1人が幸運にも引き金を引く事に成功し、銃弾がチェインに向かって襲い掛かる。だが、その銃口はすぐに目標とは違う方向、真上に向けられる。天に向かって無駄弾を撃ち続ける兵士には、彼女が投擲したナイフが突き刺さっていた。

 

■■■

 

 自分達を追い詰めていた統合軍の兵士達が、突然現れた別の兵士達によって殺された光景を見て、クルーズは考える。

 果たして連中は、

 「あれ、味方ですかね?」

 ジェッドも当然、同じ疑問を抱くだろう。

 「どうだか……ただの仲間割れって可能性もある」

 さらに言えば、この状況はこちらにとって更に不利になっている。自分達を狩りの獲物として扱っていた兵士と違い、明らかに統率の取れた部隊に見える。しかも、重装備の装甲歩兵をナイフ2本で始末する手練れの兵士も居る。

 「さて、どっちに賭けるべきかな……」

 ベットした結果、間違った方にベットしたと判明した時、自分達の命はないだろう。

 「とりあえず投降してみませんか?さっきの奴よりも話は通じそうですし」

 同感ではある。どちらにせよ、こちらは戦況を打破する術など残されていないのだから。ジェッドに待機するように命じ、クルーズは1人で姿を見せる事にした。

 降参するように手を上にして現れたクルーズに、屋根の上に居る兵士が銃口を向けるが、

 「待ちなさい。彼等は敵ではないわ」

 チェインはナイフに付着した血を払いながら、部下に指示を出と、兵士はすぐに銃口を下げる。

 「……お前等、統合軍だな」

 「えぇ、そうですよ。そういう貴方は都市警備局の局員ですね」

 「そうだよ」

 話は出来るようで少しだけ安心した。

 「手を降ろしても構いませんよ。私達はそちらと事を構えるつもりはありませんので」

 言われるがまま、クルーズは手を降ろす。その間もチェインから視線を逸らす事はない。

 「そう警戒しないでください」

 「この状況で警戒するなというのが無理な話だ……それで、そっちはどうして身内を手にかける様な事をしてるんだ?」

 「聞くだけ無駄な質問だと思いませんか?」

 「質問に質問で返されても困るんだが……」

そう言いながらも、クルーズの中で答えは出ている。

 「……お前等は、あの始末屋の仲間か」

 「仲間ではありませんが……まぁ、半分正解ってところですね」

 始末屋からイクサで起きた騒動については、ある程度は聞いている。その際に戦ったナイフ使いの事や、ヴァンの逃走に手を貸してくれた事も聞いている。

 「なら、礼を言わんといけないな」

 「お礼は結構ですよ。こちらは中尉の我儘に付き合ってるだけですから」

 「いや、そうはいかん。アンタ達にはこうして命を救ってもらっただけじゃなくて、部下を救ってもらった礼もある」

 「そうですか。なら、素直に受け取っておきますよ」

 此処で漸く安堵の息が漏れる。張り詰めた空気が少しだけ和らぎ、どっと疲れが沸き上がってくる。だが、休んでいる時間がない事は承知している。

 互いに軽い自己紹介をして、現状の状況について確認する。

 「イクサの搭乗員の殆どは、あんな感じになってます。どんな手段を使ったのか知りませんが、まともに思考を残していた兵士は僅かで、その殆どは早々に処理されてます」

 「指揮官クラスは軒並み駄目って事か?」

 「そういう事です。自身の意思でジョンドゥに協力している者もいますが、それも少数。私達みたいなのは、きっと他にはいないでしょうね」

 「アンタ達は擬似アビスがきちんと起動しなかったのか?」

 「擬似アビス?」

 チェインが首を傾げる。

 クルーズは自分達が得た情報を伝えると、チェインは納得するように頷いた。

 「そんな大規模な事をしていたとは、予想外でしたね」

 「てっきり統合軍側にも同じような処置がされていると思っていたが、違ったんだな」

 「時期も関係あるんでしょうね。私達が配属されたのはダーカー襲撃後ですから、ワクチンを接種する必要がなかったんでしょう……もしくは嫌がらせですかね」

 「嫌がらせ?」

 「こっちの話です。兎も角、大体の事情は把握しました―――中尉!」

 チェインが装甲車に向かって叫ぶと、車内から巨体の男が姿を現した。

 軍服を着てはいるが、その中に納まりきらない恵まれ過ぎた体格。

 「警戒しなくて取って食いはしませんよ。こちら、ライバック中尉。一応、私達の部隊の隊長です」

 「一応じゃなくて、ちゃんとした隊長だろうが、軍曹」

 そう部下に言いながら、クルーズに人懐っこい笑顔を向けた―――つもりだったのだろうが、傍から見れば獰猛な獣が笑っているようだった。

 「……クルーズだ」

 一体、どんな鍛え方をすればこんな肉体になるのか興味はある。そして、それは鍛えるだけではなく数多くの戦闘により得た力でもあるのだろうと、クルーズはライバックの体に刻まれた無数の傷を見て思った。銃で撃たれた傷もあれば、刃物で切られた傷もある。治りきっていないのか、打撲の跡が生々しく残っている。

 「現場で指揮を執ってるのはお前さんか?」

 「まぁ、そんな所だ」

 「だったら話が早い。色々とかっぱらって来たは良いが、何処に持って行けばいいのかわからなくてな」

 そう言って、ライバックは自分達が乗ってきた装甲車を指さし、

 「とりあえず此処には装甲車が2台。中には詰めるだけ銃と弾丸、爆弾もある。他にも5台の車と、大型トラックが2台確保している。これも中身はしっかりパンパンに詰まってるぜ。後は俺の部下が街中に居る連中から装備を奪ってくるから、数はまだ多少は増えるだろうな。そんでもって、俺の部隊の人数は俺を含めて20名。全員がそこで転がってる連中よりも使える事は保証するぜ」

 「かっぱらって来たって……こちらとしては助かるが、お前達は大丈夫なのか?」

 協力は確かに助かる。こちらの戦力を揃える事になるのは、こちらとしては大助かりなのだが、

 「そっちは身内とやり合う事になるんだぞ」

 「それが何か問題あるのか?」

 心の底から聞いている様だった。

 「こんなにも敵と味方がはっきりしてるんだ。相手が銃を持ち、それをこっちに向ける。例えそれが身内であるとなかろうと、銃口を向けられれば立派な敵だ」

 「これが私達の隊長の出した結論ですから、それに従うのは部下の務めです。あぁ、大丈夫ですよ。こういうのは慣れていますから」

 「……こちらは圧倒的に不利な状況だ。それでもお前達はこちらにつくか?」

 「いいじゃねぇか、圧倒的不利。圧倒的優勢よりも面白い事だ。面白いって事は大事な事だぜ、旦那」

 この状況を楽しんでいる様な言い方は気に入らない。気に入らないが、頼もしいとも思える。だからこそ、正真正銘の、心の底から遊ぶ事を楽しむ子供の様に笑うライバックという軍人が、こちら側につく事を歓迎しない理由などない。

 クルーズはライバックに向けて手を差し出す。

 「都市警備局は君達を歓迎するよ、ライバック中尉」

 その手をライバックの大きな手が握る。

 「感謝するぜ、都市警備局―――精々、楽しい喧嘩をしようじゃねぇか」

 

 




気が付けば結構な文量になったなぁ……なんでこんな長いのだろう?
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