PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~ 作:無銘数打
砂塵の星。
その荒野と砂漠が広がる惑星は、生物にとっては生きにくい世界ではあるが、それでも星に適応した者達が多く生息している。中には意思疎通が出来るモノもいれば、悉くを拒絶したモノもいるが、そこはどこの世界も変わりはしない。
だからこそ、争いは続く。
そこは戦場だった。
銃声、爆音、悲鳴に怨嗟が木霊する。無機質な鉄の塊が周囲に散乱し、砂の荒野には無数の命が残酷にも野晒しにされ、死骸漁りの野鳥がそれを喰らう。
大規模な戦闘があったのは一時間前だが、未だに鼓膜に殺し合いの音が響いている。この不協和音を消し去る事は出来ない。相手が届ける死もあれば、こちらが送り付ける死もあるのだから。
「隊長……俺達、死ぬんすかねぇ?」
破壊された鉄の上の腰かけた男は、僅かに残った携帯食料を口に運ぶ。その手は微かに震え、一向に口に食べ物が運ばれる様子はない。
「冗談を言う元気があるなら、こっちを手伝え。お前よりも酷い負傷は沢山いるんだ。動ける者が動かなければ、全員が屍になるぞ」
隊長と呼ばれた男は物言わぬ同胞を引きずりながら、部下を叱責する。しかし、彼もまた屍にも似た顔色をしている。心と体の疲労が蓄積されているのは一目瞭然だった。
「そう言いますけどよぉ、残りの戦力ではどう考えても―――」
「黙ってろ……」
彼自身もわかってはいる。周りは屍だらけで、生きている者すら満身創痍。これ以上の戦闘は不可能に近い。
部下は地面を何度も何度も蹴りつける。砂の星にある無限ともいえる砂だけが空に巻き散る。その光景が自分を余計に惨めにさせるのだろう。
この惑星に降り立つ時、こんな状況になるかもしれないという可能性は僅かだが想定はしていた。だが、所詮は可能性という甘えだった。
彼等の任務は既に文明のある惑星の調査。そこでは数年前より多数の部族が僅かな資源と領土を求めて争いを続けていた。その為、任務の際は可能な限り原住民との接触は最小限にして、非常時以外は争いに加担せずに調査を行う必要があった。だが、戦いの炎は彼等が想像していた以上に強大で、惑星に降り立ったその日に彼等はあっさりと争いの渦中に身を投じる事になった。その日を境に、部族間同士の争いの規模は大きくなり、国すら巻き込む巨大な戦争へ姿を変えた。
部族と部族、国と部族、最悪の場合、国と国の戦争に発展する可能性すらある。
そんな状況でも味方はいた。部外者である彼等を歓迎してくれた部族は、彼等がこの部族間の争いに新たな火種を生むことを恐れながらも、同じ宙に住まう者として信用と信頼を送ってくれた。
しかし、その想いが不幸な結果を招く事になる。それが目の前に広がる死屍累々の光景だった。人の好い部族長も、その妻も、息子達も、その仲間達も―――皆が傷つき死んでいく現実が自分達の傍に立っている。元々こうなる運命だったのか、それとも自分達が来た事で起きた結果なのか、どちらにせよ争いは争いであり、死は死でしかない。
部下の目には大きな絶望と、僅かな涙が見える。それを無視することは出来るが、彼は部下と向き合う事を選ぶ。
「心配するな、応援はくる……必ず来る」
自分に言い聞かせているわけではない。
決して既に出ている答えから目を背けているわけではない。
「……幾ら援軍が来るとは言っても、それまで俺達が生きていられる保障があるんすか?」
部下は懐から一枚の写真を取り出す。
「俺達も、あいつ等と同じ場所に行っちまうのか……」
写真に写るのは、彼等の部隊の面々と部族の人々、彼等に協力した傭兵。皆が精いっぱいの笑顔でカメラを見ている。今となっては、そこに写る者は半分と居ない。
「生きる保障は自分達で作る以外に方法はない。それに、此処で死んだら宙に帰るのか、星の神に食われるか、わかったもんじゃない」
「そいつは頭が痛いですわな、隊長」
見上げる空には何もない。今にも自分達を助ける為に同胞達が空から舞い降りてくるに違いない―――それが滑稽な想像だと思ってしまうのは、自分達の心がそれだけ追い詰められているという事に他ならない。
「……だがよ、見捨てられんだろ、皆を」
「隊長、その言い方は卑怯ですよ……俺らも全員、同じ気持ちなんすから」
傷つき倒れている者達は、写真に写る仲間ばかり。残りは敵だけ。犠牲は多く、この先も増えていく。例え援軍が来たとしても、それは変わらない。
「おかしいですね、俺達はこんな事をする為に此処に来たわけじゃないのに……」
「あぁ、そうだな」
「此処には俺達が守るべきもんがあるかもしれないっすけど、俺達が奪っていいもんはないはずですよ」
「そうだな……」
「後どれだけ奪えば、どれだけ殺せば終わるんすかね……」
「そうだな……あぁ、まったくだ」
言ってしまえばいいのだ。そうすれば部下も腹をくくるだろう。援軍は来ない。この争いに巻き込まれた時点で自分達を救うという選択肢は上の連中にはない。いや、そもそもこの任務とて疑問点は幾つもある。不信感だってあった。だが、その全てを噛み砕き、飲み込み、部下を引き連れてこの惑星に降り立った。
「もう殺したくなんて、ないよな」
握る武器にこびりついた黒い錆。体に付着した生暖かい液体。鼻をつく錆と鉄、そして腐臭。体に染みついた死は、消える事はないだろう。消えてしまう事など、絶対にない。
早く終わってほしい。この血生臭い世界から逃げ出してしまいたい。暖かい場所で、当たり前の平穏が約束された場所に戻りたい。
だが、それは一人だけでは意味がない。
自分の部下も、自分達を救い自分達が救おうとした人々と共に。
「だからよ、ちゃんと生きて……ちゃんと帰ろう」
だからこそ、
「――――――、」
諦めに染まった部下の顔は、そこにはない。
「―――――――、」
顔はない。
「――――――――、」
顔があるべき場所に顔はない。
「―――――――――、」
首から上はそこにはなく、弾けた血肉が彼の顔にこびりつく。
「――――――――――、」
視界に写るは敵の姿。味方を殺す敵の姿。抵抗する味方を殺し、守ろうとする味方を殺し、彼の知る者達を殺し続ける敵の姿。その光景が眼に刻まれる。鋭利な刃物で眼球に死を刻み込む。瞼を閉じようとも見せつけられるように、絶望を教え込むように。
地面に倒れる部下だった物体、その背後には巨大な機械の怪物。悪意を組み込まれた、人の意思に染まった機械の巨大な左腕には、部下だった者の皮膚がこびりつき、その腕で今度は彼を狙う。
「――――――――――――馬鹿野郎が、」
迫る剛腕を一閃、返す刃で部下と同じように頭部を叩き斬る。
ガラクタに成り果てた怪物を一瞥し、部下の亡骸に手を伸ばす。
「あぁ、帰ろう……皆で帰ろう」
彼が握っていた写真にかかった血を指で拭い、懐に仕舞う。そして部下の武器を手に持ち、死んでいった者達の亡骸から武器を調達する。
「でもな、すぐには帰れそうにない」
使える物は身に纏い、使えない物は祈りを込めて死者へ備える。
「今更、見捨てる事はできない。俺も、お前等も、此処には守るべきものが増えすぎた」
そして減りすぎた。
右手に剣を、左手に銃を、思考に殺意、心に哀れみ。
「ケリは俺がつける……だから、もうちょっとだけ待っててくれ」
見上げた空には何も居ない。待つべき増援も、祈る援軍も、此処に自分達がいる事を消した連中も。何一つない、何も見えない。空に見えるだけの何か。聞こえない。自分の呼吸も、相手の呼吸も、何もかもが聞こえない。己一人が此処にいて、己以外の全てが無になる。
撃鉄を上げろ、叫びを上げろ―――悲鳴と絶叫を響かせろ。
銃声を鳴らすは敵か己か―――しかし、それが開幕の鐘と成る。
銃声、爆音、悲鳴と怨嗟。
人を救い英雄となる者がいるならば、人を救わないが故に英雄になる者もいる。
その手に血を、その背に命を、屍を踏みつけ、世界を赤に染め上げる者。
血みどろの戦争を他者の命をもって終結させ、英雄となった者が此処にいる。
彼の者―――英雄『スパルタン』
英雄譚は常に戦場から生まれる―――だから此処に『あなた』は必要ない
これは『あなた』がいない物語