PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~   作:無銘数打

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Episode6『権利を主張する気はない―――命令だ』

 言ってしまえば治安が悪い。

 極端な悪行を目にする事はないが、第一印象は非常に良くない。基本的に同じ形式をしているアークスシップ内の街なのだが、此処はあまり良い印象を与える事はなさそうだ。壁のあちこちにひび割れや落書き、道路は補修が必要なほどに傷んでいるが、補修されている様子がまったくなりので、時間による痛みと思われる。路地裏には俯いて座り込んでいる者もいれば、周囲を見回しながら何らかの如何わしい売買をしている様子見も伺える。

確かこの場所もダーカー襲撃の被害にあった場所の一つではあるが、その被害は実際少ない。つまり、元々こんな場所だという事だ。

「マスター、私を見つめる熱い視線を感じます」

「モテモテじゃないか」

「どうやら冗談で言ったキャストフェチの方々が此処には沢山いるようですね……いいお小遣い稼ぎになりそうです―――ちなみに、ある筋の情報ではキャストの一番色気を感じる場所は何処かというアンケートで、ネジ穴が上位にくるとかこないとか」

「何処の情報かは知らないが、信用できるかどうかは微妙だな。あと、モテモテになるとお前はバラバラにされると思うぞ」

サポートパートナーでキャストタイプに使われるパーツは、通常のキャストと同じ物を使用している為、それなりのお値段になる。その為、本当に治安の悪い場所ではキャストパーツを闇ルートで売買するなんて事も、普通にあり得る話だ。

 「このエリアで聞き込みとなると、骨が折れそうです」

 「そうでもないさ。その場所に相応しい方法を取ればいいんだよ」

 「と、言いますと?」

 簡単なマンハントの仕方、その1。

 目を付けるは売人らしき奴。自分の客になりそうな人物を探しているので、詳しくはなくとも人を一番見ている連中ではある。それ故、そんな売人に近づき親しげに話しかける。当然、相手はどう見ても客じゃない俺を不審に思うわけだ。

 そこで、その2に移る。

 天気の話でもなんでも良いのだが、ともかく相手が興味なさそうな話をしてみる。そこで相手が俺を無視して別の場所に移動した場合は、あまり良くない。逆に俺に対して脅しをかけてくるような相手なら当たりだ。更に今回の相手は大当たりの部類に入ってくれた。態々ナイフを俺に突き付け、さっさと失せろと脅してくる。

 ここで、その3となる。

 ナイフを持った手を掴み、腕を通常では回らない方向に曲げてやる。すると普通の奴は腕が折れないように勝手にその方向へ倒れこむ。相手からすれば30を超えたオッサンだろうが、こんな場所で燻っている程度の奴に後れを取る事はないと自負する。

 痛みで落としたナイフを拾い上げ、相手の首元に添える。冷たい鉄の感触は先ほどまでの威勢を殺すには十二分。

 此処までくれば、この方は俺の質問に優しく丁寧に答えてくるわけ。

 「―――流石にその捜査方法は問題があると思われますが……」

 「正当防衛って事でどうにかなるさ。それに、見事に大当たりだっただろ?」

 正直、最初の1人で情報を得られたのは運が良かった。親切な売人は俺が思っている以上にこの辺りに詳しい奴だった。目的の人物の居場所だけでなく、名前や仕事まで親切に教えてくれた。

 「金で買った女が、自分の女になったってわけか。だとすれば、あの売人から元締めに俺の話が行くのは時間の問題か……こりゃ、さっさとカタを付けるか」

 目的地は意外に近くにあり、7階建ての旧型アパートの5階、部屋は一番奥。後ろは衛生的によろしくない色をしている川、両隣の右側は同じくらいの高さのアパートだが、左側は荒れた公園を挟んだ古い雑居ビル。

 「俺は直接部屋に行くから、お前はあっちの雑居ビルからサポートを頼む」

 車のトランクを開け、収納されているアサルトライフルを組み立てる。アルバスナイパーはアークスでも正式使用されているアサルトライフルだが、警備局でもアークスで使用されている一部の武器を使用している。もっとも、こちらでエネミーを相手にする事など殆どないのである一定レベル以上までは回ってこない。

 「ライフルがあるのは構いませんが、これは些か過剰防衛になるのでは?」

 「撃たなきゃいいだけだろ。それにお前の射撃は期待してない。周囲の状況を俺に報告してくれればいいさ」

 「それは助かります。射撃はあまり得意ではありませんので」

 「好きじゃないだけだろ」

 とは言っても、実弾を使用するのは大いに問題がある為、ライフルに装填されている弾は変換物質を利用したフォトン弾。その中でも比較的殺傷能力の低い物をマガジンに入れてアンジュに渡す。

 「まぁ、その見た目で大抵の奴は戦意喪失するさ」

 「だったら私もマスターと同じ物が良いです」

 俺がつけているホルスターに差さっている物は、警備局でのみ使用されているリボルバータイプの銃。此処で使用するのはあくまで人に向けて使用する為、これで十分だ。オートマチックタイプもあるが、俺は見た目でこれを選択した。ついでに言えば、俺も射撃は得意じゃない。好き嫌いではなく、得意じゃない。

 「ライフルよりもそっちの方が可愛いです」

 「ライフルに比べたら、そりゃ可愛いだろうよ」

 後はスタンロッドを腰に差し、準備はこんなもんで良いだろう。何度も言うように、別にエネミー相手に戦闘するわけではないのだ。

 「それじゃ、行くぞ」

 「了解です」

 アンジュは早々にポジションまで移動する。やはり、腐ってもキャストタイプ。起動性だけなら俺よりもアンジュの方が早い。

 そして俺は面倒な階段を使うわけだが、

 「エレベーターくらい直しておけよ」

 愚痴を吐き捨てながら、老体に鞭打って階段を上がる。上がる最中に住民の姿がちらほら見かけるが、俺みたいな余所者に対して向ける視線は大変冷たいものだ。彼等にも色々と話を聞いておいた方がいいのだろうが、目的の人物が判明しているので本人に聞いた方が早いだろうと判断する……面倒という点は捨てないが。

 廊下からアンジュが居るであろうビルを見る。

屋上から微かに反射した光が見える事から、すでにポジションにはついている模様。

 「間違って俺を撃つなよ」

『人相の悪さから、他の方々とマスターの区別がつき難いので、絶対とは言い切れません』

 「そうかい。なら、努力はしてくれ」

 通信も問題なし。

 目的の部屋にたどり着き、インターフォンを押下する―――が、カチカチと空しい音がするだけ。なので、マナーは悪いが少しだけ力を入れてドアを叩く。

 「―――クレアさん、都市警備局の者ですが。いらっしゃいますか?」

 返事はない。

 「クレアさん」

 返事はない。

 「いらっしゃいませんか?」

 返事はないが、部屋の中から音は聞こえる。何かが動き、焦っている様な音。その音はドアには近づいてこない。部屋の中で何かを動かすような音。

 一応ドアの開閉ボタンを押下して反応があるか試してみると、ドアは俺を拒否する事なく、あっさりとスライドしていった。

 「―――クレアさん、いらっしゃいますか」

 そう言いながら、無意識の内に銃を抜いている自分に気づく。弾は装填済み、安全装置は外れている。撃鉄に指をかけ、神経を尖らせる。

 部屋に足を踏み入れると床が鈍い音を響かせる。外は普通の部屋でも、中は珍しくウェスタンタイプ。このタイプは床が木製となっており、踏んだ場合にしっかりと音を出す無駄に凝った作りで、今の状況ではあまりよろしくない。

 廊下をゆっくりと進み、周囲を確認。

 よく片付いている部屋ではあるが、あまり生活感はないように思える。ただ寝るだけの部屋なのか、それとも住むのではなく仕事として使う部屋なのか。ともかく玄関から数メートルの廊下を、息を殺して進み、次の扉を開ける。

 開けたリビングは思った以上に広い。リビングを中心に4つの部屋が隣接しており、ドアにはそれぞれ女性の顔写真が貼られている。どうやら、此処は仕事部屋らしい。リビングは生活空間ではなく、受付という事になる。

 人の気配は此処にはない。あるのはドアの先。目的の人物の顔写真ではない、別の女性の顔が貼られているドアに近づく。

 「……化粧が濃いな」

 趣味じゃない見知らぬ女性の顔を脳内で採点。男としての性なので、そこは許してほしい。ドアの横に立ち、ドアが開くか試してみるが外と違って反応はない。壊れているわけではない。中から鍵をかけているのだろう。だとすれば、さっさと中から開けてもらうか、それとも外から壊すかになるが―――と、不意にドアが開き、

「―――、ッ!?」

 女が飛び出してきた。

 目を見開いた女が、助けを求めるように片手を伸ばし、もう片方の手を首に添えている。その手の隙間から流れ出る赤い液体は止めどなく流れ落ち、女の衣服を染める。何かを伝えたいのか口をパクパクとさせるが、空気の抜ける音だけが空しく響く。

 女の目と、俺の目が合う。

 女の目に俺が写り、間抜けな俺がそこに写りこむ。

 床に顔から倒れ、木目に沿って赤い液が流れ出す。微かな痙攣、微かな吐息、俺が手を出した瞬間はもう遅い。

 俺が会いに来た人物、被害者ジェリコの女、事件の重要参考人になるはずであろうクレアという女は、既に物言わぬ物体になっている。

 我に返った瞬間、銃口を室内に向ける。

 部屋の中には誰もいない。

 クレアの流した血が点々としており、その先はベッド。シーツには大きな赤い染みが広がっている。

 「………」

 誰もない。

 誰もいないはずなのに、銃口を下げる事が出来ない。だが、クレアの状態も確認しなければならない。苦肉の策として銃口を下ろさず、片手でクレアの首元に手を当てる。手につく血の感触と徐々に冷たくなる物体の感触。動かず、動けず、動こうともしない物体は、あの部屋で死んでいたジェリコと同じ物に成り下がっていた。

 クレアの死亡を確認し、俺はゆっくりと部屋の中に足を踏み入れる。入口付近に誰もない。部屋の奥にも誰もない。部屋の中に置かれたダブルベッド、そして見覚えのある鞄。

 「………」

 一瞬、そのバッグに目を奪われた。

頭の片隅にある鞄の中身を確認しろという命令が、緊張という殺伐とした思考から逃れたい体を動かす。

それが致命的だった。

誰もいない空間のはずが、何の気配すら感じられない場所であるはずだった。

反射的に体が動く―――よりも早く、俺の動きは止められた。

「動かないでください」

女の声が鼓膜を震わせると同時に、冷たい感触が首筋にあたる。

背後から首に添えられた巨大で歪な刃が、冷たい声の主によって俺の命が握られている事を主張する。

「その手に持っている危ない玩具を捨ててくれますか?」

依頼ではない、命令だ。

主導権は完全に奪われた現状、俺はその命令を受け入れるしかない。

「ありがとうございます」

「……どういたしまして」

アンジュらしき声が通信機から聞こえるが、今は雑音にしか聞こえない。

「これも切ろうか?」

「えぇ、そうして頂けるなら」

通信機をオフにする。

無言の空間。

質疑応答の最初の一手は無謀にも俺から。

「彼女を殺したのはお前さんか?」

「……違う、と言っても信用できませんよね」

当たり前だ。

「違うなら、そっちも危ない玩具を首から離してくれないか?」

「それは出来ません……貴方は何者ですか?彼女の関係者、仕事仲間といった所でしょうか……」

「そいつは良いお褒めの言葉だ。俺も女受けする良い男ってことだな」

「裏方、という意味だったんですけどね」

傷つくな、その一言。

それにしても妙な奴だ。こうして目に見えて危険な獲物を突き付けているにも関わらず、背後に感じる気配は薄い。話をしているのに、確かに背後に立っているのに、まるで幽霊の様にあやふやな感じがする。むしろ、獲物が俺に話しかけているようにすら思える。

「もし違うなら……」

「違うなら殺すか?彼女みたいに」

「……私は殺してない」

一瞬だけ、気配が揺らいだ。

「信用できると思うか?信用して貰いたかったら、それなりの態度で示せ」

「……逆に聞きますが、貴方に信用して貰って、この状況で私に何の得がありますか?」

「花束でも送ろうか、両手いっぱいでおっきい奴だ」

「貰い慣れてますので、結構です」

「へぇ、モテモテで羨ましいこった。きっと見た目は良い女なんだろうよ。見た目だけはな……」

こうして話をしてくれるという事は、僅かながら相手にこちらを殺す意思はないという事だろう。無論、僅かにあるだけで、話に飽きたら殺されるかもしれないがな。

「……それで、お前さんは一体何者だ?彼女を殺した殺人犯じゃないってんなら、どうしてこの部屋にいた?」

「この状況で話を進める権利がどちらにあると思います?」

「権利を主張する気はない―――命令だ」

死が其処に存在する。

明確な死が俺の首を刈り取ろうとしている。

だからこそ、俺の経験が牙を研ぎ澄まそうとする。

俺の意思など其処にはない。

そうなるように生きてきたのだ。

阿鼻叫喚の世界で、血煙が暴風となる世界で、殺し殺されの世界で生きてきた本能が、生存本能よりも優先される狩猟本能が語りだす。

「答えろ、お前は何者だ」

「この状況を理解する事が出来ないんですか、貴方は?」

五月蠅い、黙れ。

「……俺はお前が人殺しの糞野郎だと仮定して話してるんだ。なら、お前に対して何をしても別に問題ないわけだ。当然の権利だよな?お前は彼女を殺して、俺も殺そうとしている。あぁ、もしかしてジェリコを殺したのもお前か。こいつはいい。傑作だ。一石二鳥で大助かりだ」

次の瞬間には俺の首は、胴体とサヨナラしているかもしれない。

「話す気がないなら、それもいいさ―――いや、もういいさ」

だが死んでいない。

だから勝負に出る。

生きるよりも狩る。

全身を変える。

狩る為のモノに変える。

命を刈り取る為に、命を餌に獲物を釣る。

首に添えられた刃に向けて、あえて首に刃を押し込む。

「何を―――ッ!?」

皮膚が切られ、痛みと共に首が切断されるよりも早く、刃が俺から離れた。その瞬間に肘を背後に叩きこむ。

「間抜けが」

全力の肘打ちに感触あり、確信よりも早く背後に蹴りを見舞う。今度は肉体ではなく、凶器に当たる感触に僅かな舌打ちと同時に、追撃を開始する。銃は床に、スタンロッドを抜く時間は惜しい。なので、片足で前方に飛び出し、奴に肉薄する。

 「―――ッチ、」

俺とは違う奴の舌打ち。何かをしようとするのはわかる。その何かはわからないから、それをやらせない。格闘戦は射撃に比べれば簡単だ。考えるよりも早く動き、考えた時には相手に打撃を喰らわせる。

奴の獲物は凶暴な形をしている。両手を振るえば俺の体を切り裂く事は容易い。だが、それは相手に反撃に移る隙を与えず、襲い続けるという行為で何とか防ぐ事は出来る。

前進する俺から距離を取る為に奴は、後退するのでなく前進する。俺に向けての前蹴り。脇腹に激痛、しかし無視。その足を掴み。膝めがけて肘を打ち下ろす。当たれば砕く事は可能だが、それよりも早く奴の体が独楽の様に回転し、俺の側頭部に衝撃、それを無視。宙に浮いた奴の体を掴み、床に叩きつける。

「が、ぁぁぁ―――」

「――くぁ……ッ!?」

苦悶の声が漏れる―――俺と奴の二人の。

その間に俺は体重を乗せて奴の動きを封じるようとするが、俺の掴んだ奴の足は何時の間にか抜けており、両足が俺の首を締めあげる。体が酸素を求めて呼吸するが、極まった場所が悪い。視界が徐々にぼやけてくる。ならばと奴の首を掴み、奴の体を持ち上げ、走る。無酸素運動の疾走から、壁への体当たり。壁に亀裂が走り、足の拘束が僅かに緩まるが、完全ではない。壁から壁へ。壁から家具へ、家具から家具へ、家具からもう一度壁へ。奴の体を部屋中に叩きつけ、擦りつけながら暴れまわることで、ようやく拘束が解けた。だが、その瞬間に奴は反撃の準備に入っていた。

俺の首から離した両足を引き絞り、全力で俺の胸を蹴りつける。

体が宙に浮き、今度は俺が背中から壁に叩きつけられた。その激痛よりも思考は「しくじったな、間抜け」と自分自身を叱責する。

俺と奴の距離は離れてしまった。あの武器を振るう間合い、時間を与えた。

忌々し気に俺を見る奴。忌々し気に奴を見る俺。

そこにきて、俺は漸く相手がどんな奴か認識する。

 その禍々しい兇器と相反する蒼い髪の若い女。死神にも似た存在にも見えるが、それとは別に―――いや、これは余計な思考だ。

 「へぇ、随分と別嬪さんじゃねぇか……だが、若すぎて俺の趣味じゃねぇな」

 「……加齢臭の匂いが強いおじ様は趣味じゃないのよ、こっちだって」

最早どっちでもいい。

相手が何者で、何を目的としているかなど、どうでもいい。そこで転がっている死体の事などどうでもいい。あの女が殺したかどうかも今はどうでもいい。頭の中では相手が若い女だろがどうでもいい。この状況で分かっている事はシンプルな答えだけ

目の前にいるモノは、敵だ。

俺がスタンロッドに手をかけるよりも早く、奴が虚空に武器を振るう。すると妙な感覚が沸き上がる。いや、沸き上がるのではなく、薄くなってくる。目の前に女がいるのはずなのに、何故か存在が薄くなっているように思えてならない。

これ以上は拙いと判断してスタンロッドを引き抜くが、どうやら間に合わないようだ。

女の口元に僅かな笑みが浮かぶ―――それに返答するように俺は凶悪な笑みを浮かべているに違いない。

 

アンジュが奴の無防備な背中に銃弾の雨を叩きこむ。

 

「――――――ッ!?」

背後から急襲に、奴の意識が僅かに霞んだ隙を見逃さない。威力が低い弾丸ではあるが、数の暴力でどんな防具を装備していても衝撃は感じる。僅かな痛みよりも、衝撃。スタンロッドを奴の頭部目掛けて振り下ろす時間を作るのは、十分すぎる。

「こ、の―――舐めるなッ!!」

スタンロッドは持ち手を残して宙を舞う。空を切る事で体勢が崩れた俺に、奴の斬撃が襲い掛かる。

銃の咆哮が響き、俺目掛けて振るわれた刃が急に方向を変える。射撃が不得意と言いながらも、やれない事はないのだ、俺の相棒は。突然の衝撃に僅かに体勢を崩した奴にタックルを仕掛け、同時に切断された事で鋭利な尖端となったスタンロッドを奴の喉元に突き付ける。

これで先程までと立場は逆転、チェックメイトだ。

「――――――――っぷはぁ……死ぬかと思った」

息をする事を思い出したのか、体が大量の酸素を要求する。

「……マスター、女性に馬乗りになってハァハァしてると変態みたいですよ」

この状況で馬鹿の言葉に対応する気はない。

 

■■■

 

 突然の銃声が響いた事で何事かと住民達は建物の周りに集まりだした。住民だけではない。先ほどヴァンが手を出した売人の手引きで、その界隈の商売を取り仕切っている者が集めたゴロツキの姿も見える。

人込みが生まれる、その瞬間を待っていたかのようにソレは姿を現す。

ソレは奇妙な姿をしたモノだった。

動きがギクシャクしている。錆びた人形が下手な人形師に操られるように動く。人込みに近づく変な奴がいると不審がる住民だが、ゴロツキ達は薬のやりすぎで頭がおかしい奴だろうと高を括る。ソレは奇異の目で見らえる事など気にしないとばかりにマンションの入り口に近づき、不意に振り返った。

 腰から、背骨が折れるように上半身だけが折れ曲がり、皆がソレの顔を見る。

奇妙ではなく不気味な顔をしていた。

ソレはその瞬間に不審なモノから、怪人と認識される。

 万華鏡の様に継ぎ接ぎな顔。一部は人で、一部は機械。一部は生物、一部は部品。皮膚はどの部分かもあやふやで、確かに認識できる瞳は濁った硝子玉。硝子の瞳が脳内を侵食するような不快感を与える。 

 ある者は既に銃声の事など忘れて、気味が悪いと顔を背け、足早にその場から離れようとする。だが、その足は何故か止まる。体が固まった様に動かくなり、自身の意思に反して踵を返す。体の中で何かが蠢いている。爪先から脳天まで這いずり周り、思考を侵食していく。己以外の者が、己以上の意思を持っていく。気づけば、自分だけではない。この場に居る者の多くが同じようになっているのがわかる。

中にはそうではない者もいるが、その異常に気付かない。何故ならば、その者達の視線は異形の怪人と、怪人の隣に立つ男に集まっていた。

「―――あまり勝手な事をするな」

病的という言葉が似合う男だった。

怪人が硝子の瞳を持つならば、男は赤。澱んだ赤。瞳の色を強調するように色素のない灰色に近い白髪。肌は痩せこけ、亀裂が走るように血管が浮きだっている。

「必要以上の実験は必要ない。必要な時に使える人数がいなくなっては意味がない」

怪人は上体を起こし、病的な男を見ると、継ぎ接ぎな顔に横に線が引かれ、口が現れた。だが、何かを言っているのだろうが何も聞こえない。口の奥から響くのは機械のモーター音と生々しい肉が混ざる音だけ。

「結局はそれか。だが、俺にも俺のやり方もある……理解できないか?ならば、貴様はまだ学習が足りないだけだ」

あの2つの異形は会話しているのか、それとも男が勝手に喋っているだけなのか。

「まぁ、いいさ。俺は求められる事をするだけ。貴様はしたい事をするだけ。利害は一致していないが、今回はそういう縁になってしまっただけだ」

男が住民を見据え、

「やはり、全ての住民を動かせるわけではないようだな……」

 そう言うと怪人は片手を振るう。ついて来いと言うように片手を振るうと、何故か多くの住民達は人形の様に動き出し、次々とマンションの中に入っていく。その奇妙な光景を目にして混乱する、その他を悲しそうな顔で見つめる男。

 「……あぁ、わかっている。貴様は先に行って仕事を済ませろ。後始末は俺の仕事だ」

 すると怪人はまるで笑うように体を小刻みに震わせる。その行為が何を意味するかを知っているのは恐らく男だけ。その証拠に男は怪人を睨みつけ、

 「勘違いするな。俺は殺しが好きなわけではない」

 残された者達は理解できない。

 多くの者が理解出来なかったが、僅かな理解が出来た者の動きは速い。無論、速いからと言ってどうにかなるものではない。

唯一、救いがあった幸運な者がいるとすれば、それは行動しようとした瞬間に、男から放たれた何かによって絶命した事。救いがなかった者がいるとすれば、その地面に突き刺さった何かが発するフォトンの奔流に巻き込まれ、全身を雷で焼き焦がされた事。そして一番運がなかった者は、男が手に持った巨大な大剣に切り裂かれ、凶悪な弾丸を吐き出す双銃に貫かれる事を体験するであろう者だろう。

 その行為が始まる寸前、男の言葉を聞いた者はいない。

 

「虐殺は英雄の仕事だ……俺の仕事だ」

 

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