PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~   作:無銘数打

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Episode7『……お前、まさか『始末屋』か?』

 「これ、絶対に怒られますよね。一般市民の部屋で殴るわ、撃つわ、斬るわの大騒ぎ。映画じゃないんですよ、映画じゃ」

 「最近は映画の方が地味だろ」

 なんて事を言ってはいるが、実際は結構問題ありだ。幾ら殺人犯と格闘したからと言って、この暴れっぷりは流石に拙いと自分でも思う。血が滾ったというか何というか、兎に角この歳になって簡単に暴れるようなオッサンにはなりたくなかったな。

 「なんか、こう……心が穏やかになるような趣味でも始めるか」

 「ポエムでも書いてみますか?」

 「不思議だよな、詩と言えば見た目は良いが、ポエムと言われるとなんかむず痒いものに思えてくるな」

 「では陶芸など如何でしょうか?出来上がった陶器を思いっきり割るとストレス解消にもなりますし」

 「割る前提で作りたくはない」

 趣味なんて無数にあるが、自分に合う趣味を探すのは意外と難しい。まず始めようとするのが大変だ。そして金のかかる趣味なら尚更だろう。

 「―――あの、能天気な話をするのは良いですが、私の上でやらないでくれませんか?」

 黙ってろ、元はと言えばお前のせいなんだから我慢しろ。

 「女性の扱いはあまり上手ではないようですね……」

 「不器用なもんでな。それと、人に向かってそんなゴツイ武器を向けてくる奴に優しく接する必要があると思うか?寝言は寝て言え」

 現状、未だ俺は襲撃者の女に斬られたスタンロッドを押し付けている状態。能天気な話をしていると言うが、一瞬でも油断すれば痛い目に合うのは目に見えている。少しでも変な動きをすれば、喉元にこいつを突き刺す、なんて事も辞さないが、当たり前の話ではあるが、正当防衛での殺しは許されているわけではない。あくまで緊急手段。それはアークスだろうが警備局だろうが、人として当然の枷だ。

 「とりあえず動くなよ。アンジュ、手錠は?」

 「もしマスターが持っていないのであれば、私が持っているはずはありません……というか、銃を準備して手錠を準備しないのは如何なものかと」

 同感だな。

 「だったら警備局本部へ連絡しろ。速攻で来いってな。あとは周囲の警戒だ。こいつの仲間がいる可能性もある」

 「了解しました」

 アンジュが部屋の外へ出ていき、残るは俺とこの女だけ。本部の連中が来るには多少時間がかかるだろうし、周囲の警戒にも多少の時間は割かれる。

 それまではこのままの状況か……疲れそうだ。

 「……貴方は、都市警備局の人間なんですか?」

 「だったら何だ?」

 「証拠は?」

 片手でコートをめくり、警備局の胸章を見せる。本物かどうか疑っているようだが、

 「どうやら本当に警備局の人間なんですね……」

 「がっかりしたか?」

 「驚きはしていますよ。体術だけで武装したアークスと渡り合える人がいる事。そして自分の鍛錬不足に」

 おい、待て。

 「アークス?お前が?」

 「えぇ、そうです。信用できないなら証拠を見せましょうか?」

 「偽装は幾らでも出来る」

 「なら、貴方の胸章も偽装ですね」

 つまり、お互い信用するには色々と部品が足りないようだ。それと、第一印象が最悪なのは頂けない。俺もこいつも、この状況も。

 「―――もう一度聞くぞ。お前がクレアを殺したのか?」

 「何度でも言いますよ―――私は、殺してない」

 真っ直ぐに俺を見つめる瞳に、嘘はない。嘘はないが、そんなものはどうにでもなる。

 「だったら、何故彼女は死んだ?あの部屋には彼女がいた。そして、多分お前も居たんだろ?」

 部屋のドアが開いた時、確かに致命傷を負った彼女が飛び出してきた。その後、すぐに部屋の中を確認したが誰も居なかった。だが、あの部屋には誰かが居た。彼女は殺される恐怖から逃げる為に部屋から飛び出してきた。つまり、あの段階では必ず彼女に致命傷を与えた誰かが居なければならない。

 「巧く隠れていたみたいだが、そのまま隠れていればこんな事にはならなかったのにな」

 「部屋の中に居たのは否定しませんよ。出てきたのは部屋に銃を持って現れた貴方が、彼女の関係者と思ったからです―――確認したかったんですよ。自ら命を絶つ程に、何に対して脅えていたのかを」

 自ら命を絶った、ね。

 「自殺だったって言うのか、あれが?言い訳にしては酷いもんだな」

 「信用するしないは勝手ですが、あれは間違いなく自殺です」

 これも嘘を言っているような眼をしていない。

 うっかり、信じてしまいそうになるほど。

 「お前は……何をしにこの部屋に来たんだ?」

 「機密事項なので、言えません」

 「濡れ衣を着る事になってもか?」

 「へえ、濡れ衣だと思ってくれるんですか?優しいですね」

 「調子に乗るな。ったく、だったらこっちなら話せるだろ。どういう状況で彼女はお前の目の前で自殺したのか言え」

 その問いに女は僅かに思考する間を置く。

 偽りを語るか、真実を語るか。

 「―――私がこの部屋に忍び込んだ時、彼女はかなり憔悴しきっていました。周囲を頻りに見回して、窓から外を何度も何度も覗き見して、外から見えない場所に隠れる。そんな事を短時間の間に何度も行っていました」

 部屋の中は人工の光で照らされている。窓には厚いカーテンで仕切られ、外から中が見えないようにしている。元々も違法な仕事場として使っているから、こんな仕様になっているかと思ったが、違うらしい。

 「その内、何かを思い出したようにあの部屋に飛び込んでいったので、私もその時に中に入りました」

 「気配を消しただけ、なんて簡単な方法じゃなさそうだな。お前の隠密術ってのは」

 「それは企業秘密なので―――彼女はベッドの下に隠していた鞄を取り出して、中を確認していました」

 鞄、そう鞄だ。

 「鞄の中には何が入っていたんだ?」

 「残念ながら見えませんでした。少しだけ口を開けただけでしたので……ですが、彼女はその中を見て『これがあれば大丈夫』と言っていました」

 鞄の中身があれば自分は大丈夫。それはジェリコは殺されたが、鞄の中身が彼女の手元にある限り、殺される事はないという事になる。それだけ重要な物、命と一緒に乗せても天秤が平行になるだけの物が入っているのか。

 この女がいなければ、さっさと中身を確認できたんだがな。

 「それで、その後に彼女は死んだ、と」

 女は頷く。

 僅かに……いや、隠そうともしない悲痛な顔で。

 「多分、きっかけは貴方です。玄関から彼女を呼ぶ貴方の声を聴いた瞬間、彼女は混乱したのでしょう。部屋の中を見まして、鞄を抱えて何処かに隠そうとしているようでした。でも、それが急に止まったんです―――まるで、何かに体を掴まれたように」

 それがこの女ではない、という証拠はない。

 だが、妙に気になる言葉だった。

 「何が起こったのか、私にはわかりませんでした。でも、彼女は固まったまま、しばらく動きませんでした……その後は、止める事も出来ませんでした……彼女は、自分で、自分の指で……首を、抉り取ったんです」

 「……嘘だろ」

 無謀にも視線を彼女の死体に動かしてしまった。だが、女はそんな隙があるにも関わらず動く事はせず、自分の言葉の真実を俺に見せつけようとする。床に倒れた彼女の死体。その首元を見つめる。真っ赤に染まった首筋の血肉は、刃物で切り裂いたモノでも、突き刺されたモノでもなかった。不格好で、生々しい、削り取られたような、痛々しい、痕。

 「自分で、自分の指で抉り取ったってのか?」

 「私だって……信じられませんでした。あんな死に方を選ぶ人がいるなんて、そんな人が存在するなんて……」

 自分の肉を指先だけで抉り取るなんてのは、普通の奴ではできない。それこそ、相当の鍛錬を積んだ者か、腕力が以上に発達したエネミーでもない限りは無理だ。仮にキャストの様に体を機械にした者達であれば、その様な荒業は可能だが、クレアはどう見てもヒューマン。その体は鍛える事などしていなかったような細さ。それ以前に、自分の体を自分の体のみで傷つけるという行為には、限界がある。如何に追い詰められていたとはいえ、仮に死ぬつもりだったとはいえ、俺の知る限りあり得ない。

 「―――自分でも荒唐無稽な話をしているとは思います。ですが、これが私が見た事実です」

 信用できるか、できないか。

 仮にこれが本当の話だとしても、

 「お前は重要参考人だ。お前が本当にアークスの人間だとしても、この場でそれを証明する事は出来ない。応援が到着したら、一緒に来てもらうぞ」

 「それは出来ません。私には私の任務があります」

 「だったらその任務内容を言え。機密事項だか何だか知らんが、俺には関係ない。例えお前の任務が重要なモノだろうと、殺しの任務だろう―――と、」

 脳裏に過るあの時の会話。

 脳裏に蘇るアークス時代に聞いた噂話。

曰く、其れは姿を見せないが存在する。常に姿を隠し、アークスにとって邪魔になる者、アークスに相応しくない者を闇に葬る死神。

 曰く、アークスの中でも任務中に其れの姿を目撃した者がいる。だが、其れは一度視界に入れた次の瞬間には姿を消す。まるで最初からその場に存在しなかったかの様に。

 曰く、其れは凶悪な姿をした兇器を纏う。

 曰く、其れは月よりも冷たい蒼。

 曰く、曰く、曰く―――

「……お前、まさか『始末屋』か?」

 僅かな沈黙。

 俺を見つめる瞳が、俺を見なくなる。

 「おいおい、冗談だろ。そんな始末屋なんて奴がいるなんて―――」

 答えない。

 否定の答えは出てこない。

 

■■■

 

 僅かな異音がする。

 背後か聞こえる音は小さく、小さく、だが無数に鳴り響く。カーテンの向こう、窓の向こう、窓ガラスに何かが当たっているのか、不快な音が何度も何度も響く。カーテンを締め切った部屋の中からではわからないが、奇妙な違和感を覚える。否、違和感などではない。目の前には、此処からでは何かわからないのに、確実に窓の外に何かがいるという気配。これを否定してしまう事など不可能だった。

 その違和感を確信に変えるように部屋の光が一瞬で消える。

 しまった、そう思ったが女はまだ俺の傍にいる。そして女もこの状況に反撃の好機を得たとする様子は一切ない。俺と同様に異常な事態が起ころうとしている事を察知したようだ。

 「……お前の差し金、じゃないようだな」

 「……なら、貴方でもない、という事ですね」

 決して俺達は味方ではない。先程まで殺し合いにも似た戦闘をしただけの赤の他人。未だに互いを信用する事などできない敵同士。だが、この僅かな現象しか起きてないだけの部屋の中で、唯一存在を確かめる事が出来る間ではあった。

 窓が鳴る。

 硝子が鳴る。

 1つ、2つ、3つと音を立て―――無数の音が鳴り響く。ドアを叩くように窓を叩く音。中に入れろと叫ぶような音。それ以外の音はしない。それだけがしか聞こえない。

 「アンジュ、様子がおかしい……おい、アンジュ」

 通信機からはノイズだけが聞こえる。この音は相手が通信機を切っているから聞こえる音ではなく、意図的に通信を邪魔している音だ。

 「……何か、います」

 女は俺を見ていない。

 女が見ているのは入口。

 釣られて俺も入口を見ると―――人が居た。部屋の中が暗いせいで外の光が眩しい。光の中に立っているのは男とか女かはわからないが、確かに立っている。

 人か、何かか。

 「………」

 「………」

 俺と女は無言になる。声をかければいいだけなのだが、それが出来ない。光に埋もれたソレが動く。蠢き、動く。ぎこちない動きで、まるで操り人形のように不格好な動きをする。左右に揺れ、上下に震え、少しずつ、前進する。徐々に近づき、確認する。人形は人、何の変哲もない唯の人の姿をしている。

その目に生気は感じられない。俺達を見ているのか、それ以外を見ているのかがわからない。だが動き、近づき―――悪寒が走る。

 「………」

 「………」

 背後から聞こえる窓を叩く音が、頭の回転を乱す。声をかければいいだけだが、それが出来ない。声を発する機能が通信機のノイズの様に邪魔しているのだろうか。冷たい汗が額に流れる。

 人が止まる。

 人に見える人形が止まる。

 「―――人形病」

 俺か、それとも女か。

 どちらかが言葉を発した瞬間―――人形は一足飛びで俺の目前に移動した。

 「――――ッ!?」

 僅かな時間、俺の目に写る人形は確かに人だった。何の変哲もない人。体格も普通、僅かに細めではあるが普通の男。恐らくは此処の住人だと思われるが、そんな普通の男であるはずなのに、伸ばされた手が俺の顔面を叩く。一瞬目の前が真っ白になり、思考が途切れる。次の瞬間には浮遊感―――着地という墜落。

 あり得ない程の力でぶん殴られ、宙を舞って壁に叩きつけられる。あまりの衝撃に息をする事を忘れ、思い出した瞬間に激痛が走る。

 なんて間抜け、と己を叱責して殴った張本人を見る。

 男の手が直角に曲がっている。己の力に耐えられなかったのか、振り子のように左右に揺れる腕。だが、男は何も感じないのか、表情が死んだままで次の標的を見つける。

 壊れた腕を振りかぶり、倒れている女に向けて振り下ろす。

 鈍い音と肉が潰れる音。

 壊れたのは女ではなく、床と腕。

 壊れた腕の五指は全てが潰れ、骨が突き出している指もある。流れ出る血が床を汚すが、男は気にもせず、いつの間にか窓の傍に退避した女を見つめる。

 この男は俺の敵ではあるが、女の味方はではない。

 それだけは理解した。

 「―――おい、お前」

 男に呼びかけると、男は首だけを回して俺を見る。

 「その手……痛くないか?」

 男は答えない。

 「もしかして隣の部屋の人か?あぁ、あれか、ちょっと五月蠅くしたから文句言いに来たんだろ?悪いな、ちょっと仕事でゴチャゴチャしてな……なぁ、そうだよな」

 「………」

 女に問いかけてみるが、無視。ここでアンジュなら適当に話を合わせてくれるのだが、基本はこうだろう。むしろ、俺の方が変なのかもしれない。

 「とりあえず救急車を呼ぶから、アンタは外に出よう。此処は事件現場で、アレだ……だから、」

 だから―――なんだと男は襲い掛かる。

 女ではなく、俺。よりにもよってこっちか、と毒吐く。だが、すでに臨戦態勢にはなっているので男の動きは見える。確かに力は強いようだ。何故か壊れた腕に固執して、鞭の様に腕を振るうが動きは素人。その腕を掴み、関節を極める。既に手加減するなんて気は一切ない。本気で極めて、必要ならば折る。だが既に折れている腕を極めても男は止まらない。だから、酷い絵面ではあるが折れた腕を掴みながら背後に回り込みながら、男の首にその腕をひっかけ、地面に叩きつける。

過剰防衛になるかもしれないが、もう知らない。倒れた男の胸元に拳を叩きつけ、心肺機能に異常を起こさせると、男の体が一瞬痙攣し、動かなくなった。

 「ちょっとやり過ぎたかな……」

 動かなくなった男を見て、念の為に脈を図ってみる……一応、動いているので、一安心だ。

 安堵して、忘れていた。

 未だ鳴り続ける音。

 窓から聞こえる無数の音。

 俺を女に目配せし、女はカーテンに手をかける。

 「―――――」

 「―――――」

 

 窓に張り付いた無数の人の形をした者達と、俺達ははっきりと目が合ってしまった。

 

 

 

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