第一話
事の発端は、蘭子がウキウキした様子で告げた言葉から始まった。
「我が友よ、共に異界召喚を試みようぞ!」
事務所で書類整理していたプロデューサーの元に、「プロデューサー、一緒に遊ぼう!」と蘭子が一冊の本を持ってやってきた。
それは怪しげな雰囲気のある黒い本で、いかにも黒魔術といった見た目だ。
当然、事務所内にいた人の注目を集め、レッスンが終わってソファで寛いでいた美嘉が、興味津々な面持ちで蘭子に近づく。
「なになにー? わ、凄く怪しい本じゃん。蘭子ちゃん、どこで見つけたの?」
「乙女の先導者、美嘉よ! これは闇に住まいし者達が集う社交場で相見えたわ。まさか、極小の対価でこのような魔導書を得られるとは」
「えーっと……プロデューサー?」
困ったように笑う美嘉の言葉に、プロデューサーは手帳を取り出して考え込む。
たしか、今日の蘭子は仕事がオフで、街の散策にでも行くと言っていた。
蘭子が向かった場所と、そこで開かれていたイベントがなにかを加味すれば、自ずと解答は手に入るだろう。
もしかして、フリーマーケットでその本を買ったのか、とプロデューサーが蘭子に尋ねると、満面の笑みが返ってきた。
「うむ! 流石は瞳を持つ者。私の秘めたる真意を見破るとは。波動が伝わったようね」
「フリーマーケットのことだったんだ。アタシもあそこでやっていたのは知っていたけど、そういうタイプの品物も売ってるんだね。それにしても、その本結構イカしてるじゃん★」
「……! アナタも私と志を共にする者か!」
「えっ?」
「なれば、乙女の先導者も私と遊戯に興じようではないか」
「ええ!?」
「我らが魂の赴くままに!」
目を白黒させていた美嘉の手を引っ張り、意気揚々と事務所を出ていった蘭子。
恐らく、あの本に書かれている材料を探しにいったのだろう。
ちょうど書類整理にも一段落ついたところなので、蘭子達と一緒に遊ぼうか。
そう判断したプロデューサーは、事務所の家具を軽く動かして、室内に広めなスペースを作る。
どのような内容が書かれているのかはわからないが、魔導書といったら魔法陣に違いない。
だからとりあえず、魔法陣を描ける場所を作っておいたという事だ。
プロデューサーの判断は間違っていなかったようで、戻ってきた蘭子はとても満足そうに頷く。
なお、美嘉もせっかくだし楽しもうと思ったのか、ノリノリで笑っていた。
「我が下僕の献身に私は祝儀の鐘を鳴らしているわ!」
「プロデューサーもやる気満々じゃん★ 莉嘉もいたらノリノリでやってくれそうだけど。それで、蘭子ちゃん。アタシ達はなにをすればいいのかな?」
「乙女の先導者には、私が刻む贋作の術式に清浄なる灰を捧げてほしい」
「はいはーい。この塩を蘭子ちゃんが描いた魔法陣に置けばいいんだよね」
「うむ。我が友は同様に聖水を注ぎ込むのだ」
蘭子の指示通り、プロデューサーと美嘉は彼女が描いた魔法陣の四隅に塩を盛り、魔法陣を水道水で濡らしていく。
もちろん、床に直接描くと汚れるので、しっかりと紙を敷いている。
こうした儀式をやるのは、なんだかんだで楽しいものだ。
特に男性であるプロデューサーは童心に返った気持ちになり、率先して用意をしていた。
美嘉も美嘉で新鮮なのか、笑顔で蘭子と一緒に楽しんでいる。
辺りに響く和やかな声をBGMに準備は進み、思いのほか早く終わる。
手を拭いたあと、プロデューサーと美嘉は蘭子の後ろまで下がって彼女の様子を窺う。
蘭子は瞳を輝かせて魔法陣を見つめており、口元を綻ばせていた。
しかし、直ぐに我に返ったようで、咳払いをすると大仰な素振りで本を開く。
「こほん。ではこれより、異界召喚の儀式を始めるわ。その前に、私と共に儀式を伴う二人には、感謝の言の葉を捧げる」
「いいっていいって。アタシも蘭子ちゃんと一緒にできて楽しかったし★ それより、早く儀式をやってみよ? アタシ、結構ワクワクしてるんだ」
「うむ。さあ、ミサの幕開けよ!」
そのまま、蘭子は小難しい呪文を唱え始めた。
プロデューサー達にはとんと理解できない内容だが、魔術なのでそれでいいのだろう。
誰にでもわかる魔術など、それは魔術と言えるのかとなるのだから。
とはいえ、この儀式が失敗するのはわかりきっていた。
現実に魔法や魔術なんて存在しないし、それは美嘉も理解しているはずだ。
だからこそ──蘭子の呪文に呼応して、魔法陣が青白く輝いているのを見た時は、大層慌てた様子でプロデューサーを見たのだろう。
「プ、プロデューサー!? これって!?」
魔法陣の縁を走る、青い稲妻。
それは幾何学的模様に沿って駆け抜け、魔法陣の四隅に盛られた塩を焦がす。
バチバチと濡れた魔法陣から音もし、嗅覚と聴覚がこれが幻覚ではないと伝えてくる。
蘭子は目を瞑って詠唱しているせいからか、この怪奇現象に気がついていない。
止めるか、止めざるべきか。
プロデューサーは数瞬の間、悩む。
これからなにが起きるか不明で、もしかしたら蘭子達が危険な目に合うかもしれない。
しかし、これは蘭子が望んだ事でもある。
己がプロデュースするアイドルの願いを、憶測だけで踏みにじっていいのだろうか。
そんな少しの思考が、蘭子の詠唱を止めるのに間に合わなくさせてしまう。
プロデューサーが決心して一歩踏み出した直後、瞳を開いた蘭子が右手を掲げて言い放つ。
「──顕現せよ! 異界の吸血鬼よ!」
瞬間、魔法陣は一際強く輝いて弾けた。
稲妻が部屋の家具を焦がし、辺りに煙を作りだす。
魔法陣は煙に覆われて見えなくなり、「ふぇっ!?」と素になって驚く蘭子の前に、プロデューサーが素早く躍り出る。
なにが起こっても良いように、アイドルを危険から守るために。
「蘭子ちゃん、こっち!」
「え、えっと、もしかして、成功しちゃった……?」
蘭子を引っ張って、ドアの前まで避難する美嘉。
その機転の良さは流石で、プロデューサーはよくやったと頷く。
ついでに、ここから逃げて警備員を呼んでくれとも告げる。
しかし、美嘉は首を振って拒否を示した。
「プロデューサーを置いていけないよ。アタシにもこれを起こした責任があるし」
「わ、私も、プロデューサーを置いて逃げられません!」
二人の意志は固いようで、テコでも動かない気迫を覚える。
これは二人も自分が守らなければ、とプロデューサーが決意をすると、煙が意思を持ったかのように巻きあがる。
指向性を持った風に運ばれて消え去り、魔法陣の全貌が露になっていく。
「えっ?」
「なんと!」
消えた魔法陣を見た美嘉達は、驚愕した声を上げてしまう。
無理もない。魔法陣跡地には、見知らぬ人がいたのだから。
プロデューサーも同じ気持ちで、目を見開いてその場を動けずにいた。
三者の視線を受けた人──幼き少女は、婉然と微笑むとこう告げるのだった。
「妾を呼び出したのは、其方か?」
♦♦♦
現在、事務所は奇妙な沈黙に包まれていた。
突然出現した美少女に声も出ないプロデューサー達と、圧倒的威容で佇んでいる少女。
その場にいるだけで放たれているプレッシャーは、並の人間には出せない凄みを感じた。
アイドルのカリスマを受け慣れているプロデューサーですら、気を抜いたら呑まれそうになっているのだから。
そんなプロデューサーの様子を見て、感心した表情で片眉を上げた少女。
ニヤリと獰猛な笑みを浮かべたあと、視線を後ろの蘭子に移す。
「妾を召喚したのは、其方だな?」
「ふぇ!? そ、その通りだ、異界の吸血鬼よ!」
「ふむ、妾の圧を浴びて言葉を話すか。クク、久方ぶりに骨のある人間だな」
「そのー、あなたって何者?」
少しは落ち着いたのか、至極当然な問いを投げかけた美嘉。
しかし、少女は血のように紅い瞳を剣呑色に染め、美嘉へと睨みを飛ばす。
「妾の許可なく発言するとは、下賎な人間が。不愉快だ、死ね」
垂れ流されていた圧に、殺意が篭る。
荒々しくも鋭い暴風のような殺気を浴びて、美嘉は完全に硬直してしまう。
蘭子も身体を震わせ、唯一プロデューサーだけが無意識に美嘉の前に飛び出した。
アイドルを守らなければ、という使命感。
それが彼を動かしたが、少女にとっては最後の足掻きにしか見えないのだろう。
現に、嘲笑を浮かべた彼女が、プロデューサーごと美嘉を殺そうと腕を振り上げ──
「……なに?」
思わず瞼を閉じていたプロデューサーが、そっと目を開く。
目の前では、眉を潜めた少女が何度も腕を振り下ろしていた。
「ふんっ! なぜだ、なぜ妾の魔法が発動しない!」
「……えーっと、なにをしてるの?」
「痴れたこと。不敬にも妾の許可なく発言をした貴様を始末する──なに!?」
振り下ろした手に目を止めた少女は、信じられない者を見たかのように目を見開く。
慌てた様子で身体を触り、やがて頭を抱える。
「なぜ妾の身体が小さくなっているのだ!?」
「と、とりあえず、まずは落ち着こう。ね?」
「……そうだな。貴様の案に乗るのは癪だが、まずは現状を把握する」
不機嫌そうに頷いた少女をよそに、プロデューサー達は部屋を整理するのだった。
♦♦♦
「ふむ。中々して上質な椅子ではないか。褒めて遣わす」
元に戻したソファに座った少女は、満更でもない様子で口角を上げる。
向かいの席にプロデューサー達が座り、代表してプロデューサーが名前を尋ねる。
勝手に話した事に少女が不愉快そうに眉を歪めるが、我慢したのかため息をつくと口を開く。
「今更聞くまでもないと思うがな。妾の名は、エミリア・ヴァレンティヌス。妾を世界で知らぬ輩はいなかろう?」
「……蘭子ちゃん、知ってる?」
「私の魂にはその名は刻まれていないわ」
「知らないってことだよね。プロデューサーは?」
当然、プロデューサーも聞いた事がない。
そもそも、蘭子が使った呪文から、少女──エミリアは異界から来たという説が妥当だろう。
流石に異世界の事まで、把握しているはずがなかった。
「なに? 妾を知らないとな?」
「そう。異界の叡智には疎いゆえに、いまだアナタを見通しきれていないわ」
「ほう、透視の魔眼を持っているのか。人間にしてはやるではないか」
「う、うむ! 我が
面白そうに笑うエミリアの言葉に、蘭子は左手を瞳にかざしてそう宣言した。
明らかに、勢いで返したようにしか思えない。実際、蘭子は冷や汗をダラダラ垂らして、「プロデューサー、助けて!」とプロデューサーにSOSサインを送っている。
そんな蘭子の葛藤を理解したのか、プロデューサーを挟んで蘭子の反対側に座る美嘉が、苦笑いを零してテーブルに置いてあったケーキをエミリアに寄せる。
来客用のお菓子を、準備しておいたのだ。
「まずは甘い物でも食べて気持ちをリセットしよ★ そしたら、エミリアちゃんが小さくなった原因が思いつくかもよ?」
「貴様、言うことにおいて妾をエミリアちゃんなど!」
「あれ? ダメだった?」
「無論だ! 妾を誰と心得ている! 妾は、世界中から冷血な吸血鬼と恐れられている、エミリア・ヴァレンティヌスだぞ!」
「そう言われても、アタシ達エミリアちゃんのこと知らないし」
「ぐ、ぬぅ……」
申し訳なさそうな表情で手を合わせた美嘉を見て、悔しそうに唇を引き結ぶエミリア。
意外と負けず嫌いらしい。というよりは、子供っぽいとでも言うべきか。
先ほどまでは恐ろしい雰囲気があったが、今は背伸びをしたがる子供にしか思えない。
プロデューサー達の生暖かい目線に気がついたのか、エミリアは舌打ちをしてケーキを乗せた皿を持つ。
すると、鼻を動かしたのち、まじまじとケーキを凝視していく。
「おい、これはなんだ?」
「なにって苺ショートケーキだけど?」
「これがけーき、だと……!」
何故か酷く驚いた様子のエミリアは、恐る恐るフォークをケーキに突き刺す。
スポンジに飲み込まれる先端に更に驚き、震える手つきでケーキを口に含む。
エミリアの顔が、蕩けた。
ほっぺたが落ちる、という言葉はこのためにあったのだろうか。
そう思えるほど幸せそうに、エミリアはケーキを食べていた。
西洋人形のように顔が整っている美少女が、満面の笑みでケーキを食べる姿。
電気に照らされて光る金色の長髪と相まって、可愛らしさが天元突破している。
現に、美嘉は今すぐに撫でくりまわしたい、といった表情でエミリアを見つめていた。
しばらく無言でケーキを食べていたエミリアは、はっと我に返ったようだ。
プロデューサー達から目をそらして、頬を赤くしながら偉そうに腕を組む。
「ふ、ふむ。中々美味であったぞ。このけーきに免じて、先ほどまでの其方らの無礼は許そう。寛大な妾の対応に泣いて喜ぶがいい」
「もう一つケーキがあるけど、食べる?」
「……そ、其方がどうしても妾に献上したいと言うのならば、それに応えるのも高貴な吸血鬼である妾の務め。仕方あるまい。其方の貢献を受け入れようではないか」
「──やっぱり我慢できない! エミリアちゃん可愛すぎーっ! アタシが食べさせてあげるね★」
「な、なにをする! やめぬか! 妾に触れるなど万死に値するぞ!」
エミリアの席に突撃して、膝に乗せてケーキを食べさせる美嘉。
普段の世話焼きの性格が爆発したとでも言うべきか、よほどエミリアの態度がツボに入ったらしい。
暴れるエミリアを手馴れた手つきであやし、可愛がりながらケーキを与えている。
「さ、流石は乙女の先導者……」
戦慄する蘭子を尻目に、プロデューサーは先ほどのエミリアの笑顔に惹かれていた。
あの、見る者を惹きつける笑顔。輝きが垣間見える、ティンと来る感覚。
蘭子や美嘉を初めて見かけた時と同じ、彼女ならアイドルになれるという直感。
気がつけば、プロデューサーは懐から名刺を取り出していた。
美嘉から奪い取ったケーキを食べているエミリアに、自分はこういう者だと渡す。
「む? これは……読めぬな」
「じゃあ、アタシが読もうか?」
「それには及ばぬ。たしか、この辺に……これだ」
懐をまさぐったエミリアはメガネを取り出し、それをかける。
どうやら、そのメガネをかければ、文字が読めるようになるらしい。彼女の表情には、意味を理解した色が宿っていた。
ざっと名刺に目を通したあと、エミリアはプロデューサーに顔を向ける。
「其方はぷろでゅーさーという者なのだな。そのぷろでゅーさーが妾になんの用だ?」
端的に、アイドルになりませんか、と言葉を返す。
「あいどるとな? それはもしや、そこな無礼者が務める職のことか?」
「アタシこと城ヶ崎美嘉は、カリスマJKアイドルでーすっ★」
「我が名は神崎蘭子。瞳の持ち主と共に、運命の扉を開いた者よ!」
美嘉達の言葉を聞き、不可解そうに小首を傾げるエミリア。
「あいどるとやらが、複数の人間を表す呼称なのは理解したが、具体的にはなにをするのだ?」
「アイドルは、ファンのみんなに笑顔を届ける素敵な職業だよ」
「うむ。優しき下僕達と奏でる鎮魂歌は甘美の味だわ」
「ほほう、甘美とな」
蘭子の言葉に興味を持ったようだが、直ぐに顔をしかめて鼻を鳴らす。
「しかして、妾が下賎な人間共に心を砕く必要性を感じられぬな。むしろ、人間が妾に感謝を捧げて貢物を用意するべきではないか」
短い付き合いでも、エミリアはプライドが非常に高い事がわかった。
同時に、負けず嫌いだろうとも。
だからこそ、次のプロデューサーの言葉には反応せざるを得ない。
できるだけ不敵に笑って、こう告げる──負けるのが怖いのですか。
「──なに?」
事務所内の、重圧が増した。
窓からは軋む音が鳴り、ガラスのテーブルには亀裂が走る。
まるで、極寒の地に裸でいるみたいだ。
本能から身体の震えは収まらず、目の前の絶対者に対して怯えが止まらない。
美嘉も蘭子も、顔を強ばらせて身体を固まらせている。
「貴様らの貢献に免じて見逃していたが、妾を侮蔑するなら話は別だ。こんな姿になっているが、妾の力を使えば貴様らを殺すなど容易い。貴様らが羽虫を摘むように、簡単にできるぞ? それを踏まえて、寛大な妾はもう一度猶予をやろう。貴様は、妾に対してなんと言った?」
人間に負けるのが怖いのだろう、吸血鬼。
そう告げると、エミリアの頬がひくりと震えた。
同時に室内にかかる圧力が増していき、雷鳴が轟く錯覚に陥る。
眼前の吸血鬼は、鋭利な犬歯を獰猛に光らせて嗤う。
「ククク、妾に大言をほざく人間共は無数にいたが、ここまで面白い冗談を言った人間は初めてだ。妾が人間に敗北するのが怖いとな? 妾を笑わせてくれた礼を返せねばならんな。その狂った帰結になった経緯を申してみよ。貴様の遺言として聞いてやろう」
貴女の笑顔が、とても素敵だったから。
「……なに?」
貴女なら、最高のアイドルになれると思ったから。
「貴様、正気か? 高貴な吸血鬼である妾が、下賎な人間共に笑顔を与えるあいどるになれると?」
無言で頷くと、エミリアは俯く。
先ほどまでの恐ろしい雰囲気は消え去り、場は痛いほどの沈黙に包まれた。
「プ、プロデューサー! いきなり突拍子のないことを言わないでよ!」
「そ、そうですよ! とっても怖かったです!」
小声で怒るという、器用な真似をする美嘉と蘭子。
よほど肝が冷えたのか、蘭子に至っては標準語の方が出てしまっている。
プロデューサーも冷静になると、もう少し穏便に言えたのではないか、と反省の文字が思い浮かぶ。
改めて美嘉と蘭子に謝っていると、俯いていたエミリアが肩を震わせる。
その震えは大きくなっていき、やがて顔を上げると腹を抱えて笑いはじめる。
「クハハハハハ! 妾を、妾を見てなおそこまで戯言をほざく馬鹿は初めて見たぞ! 愉快、実に愉快だ! 人間とは、そこまで痴呆になれるのだな!」
あまりにもプロデューサーを貶すため、美嘉と蘭子がムッとした表情になった。
誰だって、知り合いを悪く言われれば良い思いを抱けないだろう。
しかし、エミリアの言葉には毒が全くなく、むしろこちらを賞賛する雰囲気すらあった。
一頻り笑い終えたエミリアは、目尻に浮かぶ涙を指で拭う。
そのままケーキの最後の一切れを口に含み、ニヤリとプロデューサーへと笑いかける。
「気が変わった。貴様の話に乗ってやろう」
「え!? いきなりどうしたの、エミリアちゃん。さっきまで、あんなに嫌がっていたのに」
「言っただろう、気が変わったと。不死者の妾にとっては、生はただの暇つぶしに過ぎん。であるならば、馬鹿の狂言に乗るのも、また一興であろう?」
驚きを露にする美嘉を一瞥したあと、エミリアは傲慢に笑みを深めるのだった。
「せいぜい妾を楽しませろ──
この瞬間、異世界出身の吸血鬼、という前代未聞のアイドルが誕生するのだった。
「……異界の吸血鬼よ、頬に吸い逃した血が残っている」
「なに? な、これはあまりにもこのけーきが美味であったからで」
「アタシが拭いてあげるから動かないで★」
「やめ、やめぬかー!」
……誕生するのだった。