新人アイドルは吸血鬼   作:水羊羹

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第二話

「さて、其方は妾をあいどるにすると言っていたが……」

 

 無事にエミリアのスカウトに成功したプロデューサーは、早速この事を会社に伝えようと立ち上がる。

 エミリアを召喚した非は当然こちらにあり、彼女のサポートをするのは当たり前だった。

 衣食住をはじめ、その他細々とした書類など。やるべき事は沢山で、これから忙しくなるぞと密かに気合いを注入。

 

「ところで、エミリアちゃん。さっき、エミリアちゃんは吸血鬼って言ってたけど」

「だから、エミリアちゃんと呼ぶなと言っておろう!」

「まあまあ、いいからいいから★」

「くっ……今すぐ貴様をくびり殺してやろうか」

 

 エミリアの威圧に慣れでもしたのか、美嘉はニコニコと彼女を撫でていた。

 プロデューサーとして彼女を挑発するような行為はやめるように注意するか、といくらか考えるのだが、なんだかんだで大人しいエミリアを見て、このままでも大丈夫だろうと結論づける。

 

「異界の吸血鬼よ、アナタの鼓動を私に聞かせて欲しい」

「む? 妾の鼓動?」

「うむ! 我と同じ闇夜の姿をこの魔眼に焼き付かせてみせよ!」

「……ほう、妾相手に啖呵を切るか。面白い。いいぞ、気に入ったぞ人間」

 

 じゃあ、しばらく二人はエミリアとここで待っていてほしい。

 そんな事を言おうと思った矢先に、事態は雲行きが怪しくなってきた。

 

 ノリノリでエミリアに語りかける蘭子と、その言葉を額面通りに受け取って笑うエミリア。

 恐らく、蘭子的には「吸血鬼ってカッコいいです! えっと、どんなことができるんですかエミリアちゃん。教えてください!」のような感じだったのだろう。

 しかし、エミリアは蘭子の言葉をそのままで受け取ってしまった。

 

 ソファから立ち上がったエミリアは、好戦的な笑みを浮かべて背中から翼を広げる。

 それはほとんどの人が想像するような蝙蝠状の黒い羽根で、それだけで彼女が人間ではないという事が理解できてしまう。

 美嘉は目を見開いて驚きを表に出し、対する蘭子は瞳を輝かせていた。

 

「本当に、エミリアちゃんって吸血鬼だったんだ」

「ふふん、言ったであろう? 妾は偉大で高貴な吸血鬼であると。先ほどまでの無礼な振る舞いを省みて、妾に傅く気になったか?」

「見て見て、プロデューサー★ エミリアちゃんとツーショットを撮っちゃった」

「妾の話を聞けい!」

 

 ……とりあえず、美嘉に任せておけば大丈夫だろう。

 エミリアからは危険な雰囲気が消えているし、蘭子も彼女とは仲良くできるはずだ。

 若干勘違いを生む可能性はあるが、どうにかなるだろうそうに違いない。

 

 そう考えたプロデューサーは、改めて美嘉達に声をかけてから事務所を出るのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 上司等を口八丁で丸め込み、なんとかしてエミリアのアイドルデビューを確約させたプロデューサー。

 日頃の行いが良かったからだろう。特に怪しまれる事もなく、「またアイドルを見つけてきたの?」と感心半分呆れ半分で許可を貰えたのだ。

 戸籍やその他諸々今後の課題は多いが、とりあえずはなんとかなっただろう。

 

 肩の荷が降りて機嫌よく事務所に戻ると、エミリア達はトランプゲームをしていた。

 やっている内容はババ抜きのようで、美嘉が一位で上がったようだ。

 

「ククク、其方の未熟な透視で妾を見通せるかの?」

 

 悪役ばりの笑顔でカードを突き出すエミリアと、目を瞑って微動打にしない蘭子。

 辺りには緊迫した雰囲気が流れており、空気を読んでいる美嘉は静かにしている。

 

 こっそりと美嘉の元に行くと、口元に手を当てた彼女が耳元で囁く。

 

「今はエミリアちゃんと蘭子ちゃんの一騎打ち。見てわかると思うけど、エミリアちゃんが持っている二枚のカードうち、ジョーカーじゃない方を引いたら蘭子ちゃんの勝ちだよ」

 

 説明ありがとうと伝えたプロデューサーに、気にしないでとウインクした美嘉。

 更に労いの言葉まで貰い、本当に気が利くアイドルだとプロデューサーとして鼻高々だ。

 

 そんな風に美嘉と親交を深めていると、エミリア達の方で動きがあった。

 謎のプレッシャーを放っていた蘭子が勢いよく目を開き、不敵な笑みを浮かべながら自分から見て右側のカードを取る。

 

「真理の解を得たり!」

「なに!?」

「やったー! 上がった!」

 

 標準語になって喜ぶ蘭子を尻目に、ジョーカーを落としたエミリアが愕然と崩れ落ちた。

 

「妾が……高貴な吸血鬼である妾が、下賎な人間に負けた?」

「エミリアちゃ……異界の吸血鬼よ、そう嘆くことはない。此度は勝利の女神が私に微笑んだだけ。再び運命が交差する時は、アナタの元へ天の恵みが訪れるわ」

「くっ、こんな屈辱は初めてだ。妾が人間に敗北の味を舐めさせられるとはな。しかして、このまま無様を晒すわけにはいかぬ。人間、其方は神崎蘭子という名だったな」

「いかにも。我が名は神崎蘭子」

 

 頷いた蘭子と美嘉に目を向けたあと、エミリアはニヤリと口角を上げて喉を震わせる。

 

「神崎蘭子、城ヶ崎美嘉。其方らの名はしかと魂に刻み込んだぞ。妾を打ち負かした誇り高き人間とな」

「……えっと、たかがババ抜きなんだけど」

「ククク、そう自分を卑下するな。妾を倒したことを誇れ。町で語ればたちまち総出をあげて英雄扱いされるぞ? あの吸血鬼を倒した勇者だとな」

 

 腰に手を当てて高笑いをしていたエミリアは、そこでようやくプロデューサーの存在に気がついたらしい。

 片眉を上げて反応を示し、懐から取り出したメガネをかける。

 

「其方が渡した札を見ていたが、どうやらここは妾がいた世界とは異なる時空にあるようだな。そちの神崎蘭子が持っていた本に、妾を召喚する術式が書いておった」

「なんでも、あの魔法陣はエミリアちゃんの世界の生物をランダムで召喚するやつみたい。まさか、本当に魔法陣があったとはねー。もうちょーびっくりって感じだよ★」

「闇の宴は狭間を超えて終焉を鳴らすわ」

「とまあ、そんな感じ。プロデューサーはどうだった?」

 

 美嘉に尋ねられたプロデューサーは、エミリアについてなんとかなりそうだと話す。

 

「うむ、当然だな。妾をもてなすのは人間共とて存外な喜びであろう。妾としても、下々の者の献身を無下にはせぬ」

 

 ただ、エミリア用の部屋は急だったから用意できていない。

 

「なに?」

 

 だから、今日はどこかのホテルか、自分の家に泊めようと考えている。

 

「ふむ。妾とて悪魔ではない。其方の代替案を認めぬほど器量は狭くない。仕方あるまいが、其方の住処に──」

「ダメ、ダメだよエミリアちゃん!」

「──な、なぬ?」

 

 慌てた様子で間に入った美嘉は、エミリアの肩に手を置いてまくし立てていく。

 

「エミリアちゃんは可愛い女の子なんだよ? それを、いくらプロデューサーが信頼できるからって、男の人の家には連れていけない!」

「う、うむ? それのなにが問題なのだ?」

「問題だって! 男性はみんな狼なんだよ。エミリアちゃんが襲われるかもしれないじゃん」

「なんと、この世界の男はみな人狼だったのか。ううむ、中々して興味深いの」

 

 話に少し食い違いが起こっていたが、美嘉の懸命な言葉のかいもあり、無事エミリアは美嘉の家で宿泊する事になった。

 

「ふぅー、エミリアちゃんがわかってくれて良かった」

「お、乙女の先導者よ」

「どうしたの、蘭子ちゃん?」

 

 美嘉が額の汗を拭っていると、蘭子が声をかけてきた。

 若干途方に暮れた様子で、彼女は物凄く落ち込んでいるプロデューサーを指さす。

 

「我が友が、混沌を抱いていて」

「……あ! ちが、違うのプロデューサー! アタシが言ったのは一般論で、決してプロデューサーがエミリアちゃんを襲うとか思ってないから!」

「う、うむ! 我が友の美徳さは清廉であるのが自明の理。アナタの聖なる言の葉は、いつも私の胸のうちに響いている!」

「よくわからぬが、仮に妾が我が眷属(ぷろでゅーさー)に襲われても、即座に返り討ちにして血祭りにあげるぞ? 其方らの気遣いは無用の長物だ」

 

 結局、プロデューサーが持ち直すまでの数分間、美嘉達は一生懸命励ますのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「ほほう、ここが其方の根城か」

「根城っていうか、アタシの家だね」

 

 美嘉の家の前で、重々しく頷いていたエミリア。

 それに言葉を返しながら、美嘉はようやく着いたと密かに息を零す。

 

 あれから、プロデューサー達と別れた美嘉は、自分の家までエミリアを連れていった。

 初めはプロデューサーの車で送って貰うかと思ったのだが、街を見たいとエミリアの強い要望があったため、こうして徒歩で帰ったというわけだ。

 

 エミリアを連れていくのは、大変だった。

 彼女にとってはなにもかもが珍しいのか、あっちへふらふらこっちへふらふら。

 赤信号のまま渡りそうになったり、店の物を勝手に食べようとしたり、見知らぬ人を挑発しようとしたり。

 とにかく手がかかる子供のように動き回り、美嘉は大層疲れてしまった。

 

 もちろん、嫌だったわけではない。

 エミリアの一喜一憂する姿を見ていると、微笑ましい気持ちが強くなる。

 彼女の可愛らしさを思えば、このぐらいの苦労は屁でもなかった。

 

「ただいまー。莉嘉いるー?」

 

 鍵を開けて家に入った美嘉は、エミリアを紹介するために妹の莉嘉を呼ぶ。

 

「ふむ。外観から思っていたが、妾の館より随分と狭いな。窮屈ではないか?」

「むしろ、エミリアちゃんの家が大きすぎるんだってば」

「お帰りーお姉ちゃん。どうしたの──」

 

 ひょこっと廊下に顔を出すと、目を見開いてエミリアを凝視する莉嘉。

 ぱちぱちと可愛らしく瞬き。首を傾げたエミリアを見て、我に返ったのか。驚きとときめきを多分に含んだ笑顔で駆け寄ると、彼女へと矢継ぎ早に話しかける。

 

「ねえねえねえ! アナタって名前なんて言うの!? アタシは城ヶ崎莉嘉、お姉ちゃんの妹だよ。ていうか、めちゃくちゃ髪綺麗だね! 凄い、お人形さんみたい☆ お姉ちゃんが連れてきたってことは、もしかしてアナタもアイドル? アタシと同じだね☆ それでそれで、アナタは──」

「ええい! 鬱陶しい! 城ヶ崎美嘉、貴様の妹は礼儀を知らんのか!」

「ごめんね。こーら、莉嘉! お客さん相手に失礼でしょ」

 

 少し怒った顔で美嘉が注意すると、莉嘉は舌を出して両手を合わせる。

 

「ごめんなさーい」

「まったくもう……改めて、紹介するね。この慌ただしい子が莉嘉、アタシの妹だよ」

「城ヶ崎莉嘉だよ☆ お姉ちゃんと同じアイドルなんだ」

 

 横ピースをして自己紹介した莉嘉に、美嘉は苦笑いを零してエミリアに手を向ける。

 

「それで、こっちがエミリア・ヴァレンティヌス。十歳の新人アイドルだよ。ちょっと事情があって、今日は家に止まることになったんだ」

「うむ。城ヶ崎美嘉の貢献は心に留めておこう。妾の気が向いたら、礼をしてやるのもやぶさかでもない」

「エミリアちゃんって言うんだね、よろしくーっ」

「き、貴様も妾をエミリアちゃんと呼ぶのか! この無礼者め!」

「まあまあ、抑えて抑えて。優雅な吸血鬼なら、もっと余裕を持たなきゃね★」

 

 一人憤慨するエミリアの肩を叩きながら、美嘉は顔を寄せてそっと囁く。

 その言葉を聞き、ピタリと動きを止めたエミリア。

 偉そうに腕を組むと、いかにも仕方ないといった素振りで告げる。

 

「し、しかたあるまい。下賎な人間とはいえ、其方らの功労に報いなければ、高貴な吸血鬼である妾の名折れ。其方らだけは特別に、エミリアちゃんと呼ぶ名誉を与えよう。感謝にむせび泣くがいい!」

「ありがとー、エミリアちゃん! やっぱり、エミリアちゃんって優しいね★」

「うむうむ、そうであろう!」

「あ、靴は脱いで上がってね。うんうん、流石はかっこいいエミリアちゃん!」

「であろう、であろう! ハッハッハ! もっと妾を讃えるが良い!」

 

 美嘉に煽てられて調子に乗っているエミリアを見て、目を点にして驚きを見せている莉嘉。

 上機嫌で玄関から廊下に向かう彼女を尻目に、そっと美嘉へと語りかける。

 

「お姉ちゃん。エミリアちゃんって、なんか面白いね」

「この辺の常識には疎いからね。変なこと言ったからって笑わないで、仲良くしてあげてね?」

「もちろん! エミリアちゃんとはアタシも仲良くなりたいし☆」

 

 表情を見る限り、莉嘉の言葉は本音のようだ。

 大丈夫だとは思っていたが、エミリアとの相性も悪くなさそうで良かった。

 ほっと安堵した美嘉は、手洗いうがいを済ませてリビングに行く。

 

 既に椅子にエミリアが座っており、テーブルにあったクッキーを摘んでいた。

 一つ食べるごとに幸せそうに頬を綻ばせているので、少しだけ声をかけるのをためらう。

 ただ、このまま眺めているだけにはいかず、美嘉はエミリアに話しかける。

 

「エミリアちゃん、手洗いうがいはした?」

「む? なんだ、手洗いうがいとは」

「え? エミリアちゃんって、したことないの? 汚れた手を洗って、喉も洗ってって」

「そも、妾は魔法で常に清潔にしているゆえ、汚れるということはない」

「魔法?」

 

 エミリアの向かいの席でニコニコとしていた莉嘉が、聞き慣れぬ言葉に小首を傾げた。

 

「うむ。妾ほどの吸血鬼ともなれば──」

「わー! 待って待って!」

 

 慌ててエミリアの言葉を遮り、美嘉は耳元に顔を寄せて話す。

 

「ダメだよ、エミリアちゃん! プロデューサーに、エミリアちゃんのことは秘密にするって言われてたでしょ」

「そうであったか?」

「そうなのっ」

 

 たたでさえ出所が怪しいのだ。それに加えて、「実は妾、異世界で吸血鬼である! 魔法も使えるぞ?」なんて公言してしまうと、怪しいを通り越して痛い子までになってしまう。

 いらない問題を引き寄せないためにも、エミリアの正体はあの場にいた三人だけの秘密にする事にしたのだ。

 

「ねえねえ、エミリアちゃんはどこから来たの? すっごく可愛いし、やっぱり外国人?」

「ふむ。当たらずとも遠からずといったところか」

「えー、なんでもったいぶるの。教えてくれたっていいじゃんー」

「クハッ、覚えておけ城ヶ崎莉嘉。良い女というものは、無闇に己の情報を相手に与えないものだぞ?」

「……クッキーの食べかすを口につけてるエミリアちゃんに言われても、全然説得力がないんだけど」

「むぐっ!」

 

 呆れた表情で告げられた莉嘉の言葉に、クッキーを喉に詰まらせたエミリア。

 慌てて美嘉が持ってきた水を飲み、ぜえぜえと息を吐いてから莉嘉を睨む。

 

「わ、妾をコケにするとは、よほど死にたいらしいの」

「うわー。人のせいにするエミリアちゃん、かっこ悪い〜」

「なぬ! 貴様、言うことにおいて妾がかっこ悪いとな!?」

「お姉ちゃんもそう思うよね?」

「城ヶ崎美嘉、其方もあやつと同様の考えなのか!?」

 

 二人から見つめられた美嘉は、苦笑いを零して頷く。

 

「今のエミリアちゃんはちょっとねー」

「馬鹿な……貴様は妾の下僕となったのではないのか」

「へっへーん。お姉ちゃんはアタシの味方だもんね☆」

「ぐぬぬ。下賎な人間の分際で、小癪な! 我が眷属(ぷろでゅーさー)と不殺の契りを交わしていなければ、今すぐに貴様を引き裂いていたところであったわ!」

「さっきから、エミリアちゃんって口が悪くない? 女の子なんだから、もう少し可愛らしくした方がいいと思うよ?」

「妾は高潔であるゆえ、可愛らしさなどまったくもって必要ではない。むしろ、人間へ恐怖を与えるのが妾であるとも言えよう。であるからして、貴様の痴呆な提案は嘲笑に値する」

 

 鼻で笑ったエミリアの言葉を聞き、不満そうに頬を膨らませた莉嘉。

 頼りになる姉へと飛びつき、美嘉のお腹に顔を埋める。

 

「お姉ちゃん! エミリアちゃんが変なことばっかり言ってる!」

「エミリアちゃんはまだ日本に慣れてないから、上手く日本語が話せないの。だから、変なことを言っても怒らないでね?」

「んー……わかった。アタシの方が年上だもんね。エミリアちゃんに、色々と教えてあげる☆」

「さっきから、妾に隠れてなにをコソコソとしておる。くっ、身体能力も背丈に準じて低下していなかったら、其方らの声を拾うなど他愛もなかったのだが」

 

 なにやら不機嫌そうに顔をしかめているエミリアを見て、莉嘉はにっこりと慈愛の笑みを浮かべた。

 

「エミリアちゃん、アタシがお姉ちゃんと話してて寂しかったの?」

「なっ!? そんなわけあるか! 妾は其方らが謀反を企てていないか目を光らせているだけで」

「もー☆ エミリアちゃん、ちょー可愛い!」

「やめ、やめぬか! 妾に抱きつくなこの痴れ者が!」

「照れない照れない☆ あ、そうだ。アタシのことは莉嘉お姉ちゃんって呼んでくれてもいいよ?」

「くっ、本来の力があればこんな小娘いかようにもしてやったのだが!」

 

 美嘉が見ている限りだと、どうやら莉嘉とエミリアは仲良くなれそうだ。

 少し不安だったが、これならば目を離しても大丈夫だろう。

 

 今日は親が用事で不在なので、美嘉が晩御飯を作る必要があった。

 だから、エミリアと莉嘉が喧嘩しないでいるのは、大変ありがたいのだ。

 

 ほっと安堵の息を零した美嘉は、夕食の用意をするために台所へ向かうのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「まずまずといったところかの。城ヶ崎美嘉、大儀であった」

「ごちそうさまー。お姉ちゃん、美味しかったよっ!」

「はい、お粗末さま。エミリアちゃんもちゃんと食べてくれて良かったよ」

 

 あらかじめ好き嫌いはないと聞いていたので、食べられない事はないと考えていたが、実際に完食してくれると嬉しいものだ。

 エミリアの皿は綺麗になっており、先ほどまで盛られていた料理が跡形もなく消えていた。

 

 今回、美嘉が作ったのは甘口のカレーだ。

 安定した美味しさと、強い満足感を得られる国民的家庭料理である。

 エミリアが甘い物を美味しそうに食べていたので、あえて辛くはしなかったが……この様子だと、美嘉の判断は正解だったようだ。

 

「見て見て、エミリアちゃん。これが、アタシのお気に入りのシール。エミリアちゃんには、特別に見せてあげるね☆」

「しーるとな? ふむ、これがしーる……なぬっ!?」

 

 美嘉が片付けた食器を洗っていると、莉嘉のシール手帳を見ていたエミリアが驚きの声を上げる。

 

「どうしたの、エミリアちゃん?」

「城ヶ崎莉嘉、これはなんだ?」

「あ、これ? これはカブトムシのシールで、アタシの一番のお気に入りなんだ☆ どうどう? 可愛いでしょ!」

「まさか、この世界でも宝石虫にお目にかかれるとはな」

「この世界?」

「こちらの話だ。いやしかし、この雄々しい角と、禍々しさすら感じる多足よ。見れば見るほど邪悪で、中々して悪くない」

 

 満更でもないエミリアの様子を見て、莉嘉の目がキラリと光る。

 

「エミリアちゃんもカブトムシが気に入った?」

「うむ。特にこの角の形が良い」

「っ! だよねだよね! ここはアタシも特に好きな場所でさ、本当にカッコ可愛いと思うのっ! 他にも、こっちのカブトムシとかどうかな?」

「ほほう、こちらも中々ではないか。身体の流線が良い味を出している。城ヶ崎莉嘉、其方は良い目を持っているな。人間にしてはやるではないか」

「エミリアちゃんこそ、カブトムシの良さをわかるなんてちょーイカしてるよ☆」

 

 きゃいきゃいと意気投合している二人に、美嘉は微笑ましい表情を浮かべた。

 仲が良いのに越したことはないし、好きな物で盛り上がれるのは素晴らしい。

 実際、エミリアの実年齢は千年以上らしいが、はしゃいでいるその姿を見ていると、外見年齢相応の十歳ほどにしか思えないが。

 

 エミリア曰く、幼体化した影響で精神が引っ張られているらしい。

 普段より些細な事で怒ったり、感情が表に出やすくなっていて、喜怒哀楽が激しくなっているとのこと。

 ……そう言っていたが、果たしてエミリアが元の姿でも、本当に落ち着いた大人であったかどうか。

 

 どちらにしても、今のエミリアは口が少し悪い、背伸びしたがりの子供のようだ。

 そう考えれば、彼女の言葉一つ一つも可愛らしく感じられるだろう。

 

「ほら、そろそろお風呂に入るよ。エミリアちゃんは使い方がわかんないと思うから、アタシと一緒に入ろうね」

「えー! アタシもエミリアちゃんと一緒に入りたい! あ、そうだ。お姉ちゃん、三人でお風呂に入ろうよ☆」

「三人は流石に狭くなるでしょ……どうしたの、エミリアちゃん?」

 

 駄々をこねる莉嘉をあやしていると、そっぽを向いて離れていくエミリアに気がつく。

 不審に思って美嘉が声をかければ、ビクリと肩を震わせて早口で告げる。

 

「わ、妾は決して湯汲みが嫌いなわけではないぞ? そも、妾は普段から魔法で清潔にしているからして、湯汲みなど下賎な人間が行う低欲な行為はする必要はない。あのような肥えた家畜のような成金どもがする娯楽は妾の趣味に合わんからな。決して、以前試しに湯汲みをしたら溺れかけて、それ以来水に当たると身体がむずむずして苦手というわけではないからな?」

 

 そういえば、吸血鬼は流水が苦手とどこかで聞いた気がする。

 その事とエミリアの苦手さが無関係かどうかはわからないが、少なくとも彼女はだいの風呂嫌いらしい。

 聞いてもいないのに自身の恥ずかしい過去を暴露しているのが、その証拠だ。

 

 思わず顔を合わせた美嘉達は、どちらともなく笑みを深めた。

 それはいつもの溌剌した笑顔ではなく、新しい玩具を見つけた猫のような笑顔だった。

 

「エミリアちゃん★」

「一緒にお風呂、入ろ☆」

「だから妾は……待て。なんだその顔は。なぜ、妾の方へにじり寄ってくる」

「ダメだよエミリアちゃん。ちゃんとお風呂に入って綺麗にしなきゃ」

「そうそう。リカ達が、エミリアちゃんにお風呂の楽しさを教えてあげる」

「やめ、やめろ! 来るのではない! 妾はこのままでいいと言っておろう!」

 

 ジリジリと近づく美嘉達から逃れようと、後ろ足で下がっていたエミリア。

 しかし、壁際まで追い詰められてしまい、絶望色に表情を染め上げる。

 

「さあ、観念しなさい」

「洗いっこしようね、エミリアちゃん☆」

「やめ、やめろおおおおお──!」

 

 こうして、美嘉達に捕えられたエミリアは、身体の隅々までキレイキレイされるのだった。

 息もたえたえだったエミリアに対して、美嘉達は達成感からか肌が艶々だったとか。

 

 

 

 

 

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