「──この世界の人間共は、
プロデューサーが事務所に入ると、出会い頭からエミリアの辛辣な言葉が返ってきた。
彼女はソファに寝そべって疲労困憊の状態で、うつ伏せのままだらっとしている。
「あ、Pくんおはよー☆」
別のソファで携帯を弄っていた莉嘉が、プロデューサーに気がついて手を振る。
それに手を振り返したプロデューサーは、エミリアは莉嘉の家でどうだったか尋ねる。
「ちょー楽しかったよっ! 昨日はエミリアちゃんとシールのことでいっぱいお話できて、お姉ちゃんにもう寝なさいって怒られたぐらいだし。あ、あとねPくん。エミリアちゃんって、お風呂入る時とっても可愛いんだよね。猫みたいに嫌がって逃げようとするから、アタシ達大変だったよー」
「……貴様らが妾を無理矢理湯汲みに入れたのであろう」
「えへへっ、そうだったかな?」
「くっ、その小憎たらしい顔を蹴散らしたいわ……」
どうやら、美嘉達はエミリアと仲良くなれたようだ。
不安がなかったと言えば嘘になるので、無事に終わって良かった。
今日は美嘉は仕事があるため、代わりに休日の莉嘉がいるのだろう。
流石にエミリア一人だと心配だろうし、彼女達の判断は間違っていない。
莉嘉がこの場にいる理由に納得したプロデューサーは、眠そうな顔のエミリアにレッスン室に来てくれと頼む。
頭が働いていないのか、エミリアは半目で瞬きしている。
「れっすんとはなんだ?」
「んー、トップアイドルになるための練習?」
「あいどるの練習……理解した。要は、妾の実力を測るのだな?」
その通りだ。
ティンと来た感覚から、エミリアがアイドルとして大成するのは確信している。
しかし、実際にいつ頃から芽が出るのか、そもそも彼女の得意不得意はなにか。
そういった細々とした部分を、調べなければならない。
エミリアには、どのようなプロデュースが合うか見極めるためにも。
「よかろう。其方らの度肝を抜いて、妾を崇めるほどの実力を見せてやろう」
「おー、エミリアちゃん乗り気じゃん☆ アタシもエミリアちゃんのレッスン楽しみ」
「クハハ、妾を讃える準備はしておけ、城ヶ崎莉嘉よ!」
高笑いしながらソファから降りたエミリアは、たたらを踏んでよろめいたあと、テーブルに置いてあったトマトジュースの紙パックを手に持つ。
口にストローを添えて、蝙蝠が吸血するように飲んでいく。
すると、青白かった顔色が良くなっていき、目元も徐々にしっかりし始める。
その飲み物が気に入ったのかな、とプロデューサーが尋ねると、ストローから口を離したエミリアが満足げに笑う。
「この世界の血は美味だな。妾が今まで飲んだ血の中でも、最高峰に濃厚で良いぞ」
それ、トマトジュースなんだけど……そんな風にツッコミたかったが、吸血鬼にとってはトマトジュースが血と同じ味に感じるのかもしれない。
エミリアが気に入っているなら、わざわざ掘り返す必要もないだろう。
「ね、Pくん。エミリアちゃんって変わってるよね。ただのトマトジュースを血なんて言っちゃって。エミリアちゃんも、厨二病? って感じなのかな?」
厳密には違う、とも言いきれないのがエミリアの特異性だ。
異世界云々の要素を話さないのならば、結局そういった感想に落ち着く。
まあ、仮に全てを話したとしても、見た目や性格等から厨二病と思われそうだが。
「うむ、妾復活。ほれ、
元気になったエミリアに急かされたので、これ以上の雑談はやめた方がいいだろう。
プロデューサーと莉嘉は顔を見合わせたあと、苦笑いをしてエミリアとレッスン室に向かうのだった。
♦♦♦
「よく来たな。プロデューサーから話は聞いている。私のことは適当にベテラントレーナーとでも呼んでくれ」
レッスン室で待っていたのは、アイドル達を指導しているベテラントレーナーだ。
彼女を含めたトレーナー姉妹には大変お世話になっており、プロデューサーとして頭が上がらない。
莉嘉もやっほーと手を振っていて、ベテラントレーナーに親愛を向けていた。
彼女に挨拶をしたあと、莉嘉はエミリアに微笑みかける。
「じゃあ、アタシはあっちでレッスンを見学してるから。頑張ってね、エミリアちゃん☆」
「うむ、任せておけ。妾の華麗なる絶技に、酔いしれる用意をしておくのだな」
「私語をしていないで、早くこっちへ来い!」
「む、妾相手に臆することなく命令するとは、この世界の人間共は面白いの」
楽しげに笑ったエミリアは、ベテラントレーナーの前に向かって仁王立ち。
偉そうに腕を組み、顎を上げながらも目線で見下していた。
そんな幼女の挑発的な仕草を見て、ベテラントレーナーは額をひくりと震わせる。
「……それは、なんのつもりだ?」
「それはこちらの言葉だ、古強者よ。貴様は妾の実力を測るためにここにおるのだろう? ならばこそ、こうして妾が待っておるのではないか。ほれ、いつでも来て構わんぞ。先手は譲ってやる」
あまりにもあんまりの言葉に、ベテラントレーナーは怒りを通り越したらしい。
呆れた顔で額に手を当て、壁際に寄ったプロデューサーに顔を向ける。
「プロデューサー。また随分ととんでもない色物をスカウトしたな」
「ふむ、先手を譲られるのは誇りが許さんか。この場は貴様の狩場。ならば、挑戦者として来た妾から攻撃するのが道理か。クク、その傲慢さに後悔しても知らんぞ?」
「……プロデューサー、どうにかしてくれ」
頭を抱えたプロデューサーは、エミリアを呼ぶ。
「なぬ? 妾の言葉を止めるとは、いくら
まず、あの人はエミリアを指導する人で、決して貴女と戦うつもりでいるわけではない。
「……なに?」
次に、アイドルは歌と踊り、そして演技でファン達を笑顔にする職業。
貴女が想像しているような、血なまぐさい争いとは無縁だ。
「本気か? たしかに、あやつからは古強者特有の凄みはあるが、血の匂いは感じなかったが。まさか、其方の告げた通り、あいどるとは争いがない腑抜けた職なのか?」
エミリアから出た言葉に、プロデューサーの目尻が鋭く上がる。
急に変わった雰囲気を感じて、エミリアも少し面食らったようだ。
「どうした? 唐突に妾を睨みつけて」
訂正して欲しい。
「ふむ、なにをだ?」
アイドルを、腑抜けた職と言った事を。
「……わからぬな。妾は事実を言ったまでであろうに」
心底理解できない、といった面持ちで小首を傾げたエミリア。
たしかに、馴染みのない彼女にとってアイドルは、おちゃらけているように見えるのだろう。
エミリアの世界では、戦争や争いごとが多いらしい。
それ以外にも、吸血鬼という理由だけで襲われた事は数知れず。
本人はどうでも良さげに語っていたが、プロデューサーとしては痛ましいとしか思えない。
しかし、だからと言って、アイドルを下に見る理由にはならないはずだ。
エミリアの価値観を変える必要がある──この時、プロデューサーはそんな気持ちを持った。
そんなプロデューサーの心境をよそに、エミリアはベテラントレーナーの方に戻る。
拍子抜けた表情を浮かべながら、腰に片手を当てる。
「れっすんの意味を正しく理解したぞ。して、妾はなにをすれば良いのだ?」
「……そうだな。まずは、好きなように歌ってみてくれ」
「ふむ、歌とな。それは、人間共が音を弾ませて口ずさむ言葉のことかの?」
「まあ、間違ってないな。どうして、そんな回りくどい言い方をするのかわからないが」
「なるほどの。しばし待っておれ……うむ、これで良い。さて、歌であったな」
三歩ほどベテラントレーナーから下がったエミリアは、喉に指を添えて軽く喉を震わせる。
何度か音程を調節したあと、口角を上げて口を大きく開く。
「──」
瞬間、プロデューサー達は揃って身体を震わせた。
あまりにもエミリアの歌が上手かった……からではない。
いや、決して歌が下手ではない。むしろ、どちらかと言えば上手とすら言えるだろう。
高いソプラノボイスから奏でられる、抑揚のある歌声。
少々声に感情が篭もっていないが、それを補ってあまりあるセンスを感じる。
しかし、それ以上に──エミリアの歌には、得体の知れなさがあった。
心に直接響くような、魂に入り込むような。
紡がれる歌詞が悲壮な物だからか、まるで悪魔が鎮魂歌を口ずさんでいるかのようだ。
怪しく、妖しく、魔性の色が宿った、聴く者の身体を震え上がらせる、不思議で不気味な歌であった。
「──こんなものか。昔、死ぬ直前で歌っていた人間の歌を模倣してみたが、うむうむ。中々にして、上出来ではないか。やはり、妾は多方面に優れた才を持つようだな」
「……おい、ヴァレンティヌス。お前、なにをした?」
「む? なにをしたと言われても、少々魔力を乗せて歌っただけだが?」
不思議そうに小首を傾げたエミリアを見て、プロデューサーは額に手を置く。
彼女に、魔法の力を使うのを止めるよう言うのを、伝え忘れていた。
恐らく、先ほどのはいわゆる呪言のようなものだろう。
この世界には、言霊と言われる概念がある。
言葉には力が宿り、それが霊的な力を持つというものだ。
エミリアがやったのは、その言霊を擬似的に再現したという事だろう。
そんな内情を知らないベテラントレーナーは、不可解そうに眉を潜める。
先ほどまでは笑顔だった莉嘉も、エミリアの不思議な歌を聞いてからは、アイドルとしての城ヶ崎莉嘉になっており、酷く真面目な顔で観察していた。
「エミリアちゃん……面白いね」
「ふぅ。詳しくは後で聞くとしてだ、次はダンスをしてもらう」
「だんす?」
「とりあえず、音楽を流すから好きなように踊ってみてくれ」
「ふむ。肥えた人間共が行う社交舞踏のことか。理解した」
「じゃあ、流すぞ」
ベテラントレーナーが近くにあったCDレコーダーのスイッチを押すと、346プロではお馴染みの曲のBGMが流れはじめた。
キラキラとした夢と希望に溢れたとても良い曲で、プロデューサーと莉嘉は無意識に笑顔を零す。
エミリアも、この気持ちを理解してくれるだろうか。
そんな仄かな期待を乗せて、踊り始めた彼女を見たプロデューサーは、エミリアのダンスに目を見開く。
なんと表せばいいか、彼女の動きはやけに鋭かった。
この曲はふんわりとした振り付け等で大変可愛らしいのだが、エミリアのダンスではその可愛らしさが消え失せている。
ロック……ともまた違い、どことなく泥臭い。
実践的と言えば聞こえがいいが、これはそんなものではなかった。
踊り自体は良くもないが悪くもない並なのが、曲とのチグハグさに拍車をかけている。
やがて、流れていたBGMも終わり、エミリアは満足げに頷く。
「今回も上手くいったの。やはり、妾にかかればこの程度造作もない」
「いや、微妙だったぞ」
「なぬ!? そんなわけなかろう! しっかりと踊っておったではないか!」
「まず、曲とダンスの波長が合っていない。あれでは、赤ん坊を全力で殴りつけているようなものだぞ」
「ぐっ!」
「次に、動きが鋭すぎる。鋭いに越したことはないが、お前のは度が過ぎている。魅せられるダンスというよりは、死神を見せられるダンスになっていたな」
「ぐぬっ!」
「更に──」
「ま、まだあるのか!?」
驚愕した声を上げるエミリアへと、ベテラントレーナーは淡々とダメだしをしていく。
初めは悔しそうに睨みつけていたが、徐々に涙目になるエミリアを見ていると、お気の毒にといった感想しか出てこない。
思わず手を合わせていると、隣に座ってきた莉嘉が声をかけてくる。
「PくんPくん。エミリアちゃんを、どこで見つけてきたの? アタシ、すっごくびっくりしちゃったよっ」
エミリアは訳ありで、幸運にもスカウトできたんだ。
「ふーん、そうなんだ。……Pくんってさ、嘘下手くそだよね☆」
あまりにも断定して告げてきたので、思わず莉嘉の顔を覗き見てしまう。
彼女の顔は舌が出ており、してやったりと微笑んでいた。
「やっぱり、Pくん嘘ついてた」
どうやら、莉嘉にカマをかけられたらしい。
してやられたと頭に手を置くプロデューサーを見て、前を向いた莉嘉は膝を抱えてその上に顎を乗せる。
「昨日エミリアちゃんとたくさん話して、なんとなくわかったんだ。エミリアちゃんって、ちょっと普通じゃないなって。あ、もちろん悪い意味じゃないよ。そんなエミリアちゃんは可愛いし☆ でも、やっぱり気になるなーって思ってさ。お姉ちゃんはなにか知ってるみたいだし、Pくんも知ってそうだなって」
流石に、よく見ている。
プロデューサーがアイドルの事を良く知ろうとしているのと同じで、アイドルもプロデューサーの事を良く知ろうとしているのだろう。
プロデューサーとしては嬉しい反面、今後は迂闊に隠し事もできないな、と苦笑い。
「それで、それで。アタシにはエミリアちゃんのことは教えてくれないのかなー?」
すまない。エミリアについては、極秘事項なんだ。
「むー……Pくんのいじわるっ。アタシだけ仲間はずれにしてずるいよ」
プロデューサーが莉嘉の方に顔を向けると、彼女は不満げに頬を膨らませていた。
本来ならば、自分がプロデュースするアイドルには、秘密にしたくない。
彼女達には誠実であろうと心がけているし、そうした不義理な行為が両者の絆を曇らせるのだから。
ただ、エミリアについては、扱いが本当に難しいのだ。
異世界出身で、吸血鬼で、実年齢は千年以上で。
これでもかというほど、ファンタジー要素が詰め込まれている。
いつかはアイドルのみんなに教えるにしても、今はまだ、取り扱いには注意しなければならない。
「……あーぁ。やっぱり、Pくんはずるいよ」
そんなプロデューサーの葛藤を見て、仕方ないなあとため息を零した莉嘉。
いつもの明るい顔とは違い、少し大人っぽくなった表情で微笑む。
「そんな顔をされたら、アタシが我慢するしかないじゃん」
重ねて、申し訳ないとしか言えない。
「いいよいいよ☆ 誰にだって言えないことはあるからね。それに、いつかは教えてくれるんでしょ?」
その問いにはしっかりと頷くと、莉嘉はならよしと口元を綻ばせる。
「ほらほら、Pくんのそんな顔は似合わないよ。アタシと一緒に、笑顔笑顔」
ほれほれと頬を突っついてくる莉嘉に、プロデューサーはタジタジだ。
少し照れたプロデューサーは、誤魔化すためにエミリア達の方に顔を向ける。
その際、プロデューサーの心境の変化を察した莉嘉が、チェシャ猫のように笑っていたのを、横目で捉えていた。
「ぐぬぬ……妾をここまでこき下ろすとは、腸が煮えくり返る思いぞ」
「悔しかったら、レッスンで私を見直してみせろ」
「むぅ。一理あるか。やはり、敵の土俵で勝利してこその妾。いいぞ、その分かりきった挑発を受けてやろうではないか!」
「あはっ、Pくん照れてる〜。アタシにときめいちゃったの? Pくんも現役JCにキョーミがあるんだね☆」
指でちょっかいをかけてくる莉嘉を宥めながら、エミリアの事を注意深く観察する。
ベテラントレーナーの口ぶりから、次は演技の採点をするようだ。
お題は女性が相手に告白する場面。どのような舞台で、どのようなセリフにするかは完全なアドリブなので、エミリアの地力が試されるだろう。
顎に手を添えて悩む仕草をしていたエミリアは、莉嘉に目を止めて頷く。
「城ヶ崎莉嘉。其方には妾の演技と共にする名誉を与えよう」
「え? アタシ?」
「うむ。早う、こちらへ参れ」
その前に、プロデューサーはエミリアを呼ぶ。
「なんだ?」
彼女の耳元に顔を寄せ、今度は魔法を使う事を禁止すると伝える。
「む、いかんのか。たしかに、同じ土俵で優劣を決める以上、妾だけ別の力に頼るのは問題があるか。承知した。妾の世界の技術を使わないことを、この場において約束しよう」
納得してくれたようで良かった。
演技にも魔法を使ってしまうと、下手すれば歌以上の問題が発生するかもしれない。
だから、エミリアがそう言ってくれて、助かった。
莉嘉を連れてベテラントレーナーの前に戻ったエミリアは、腕を組んで小首を傾げる。
「妾は恋という感情を抱いたことがないが、それはどのようなものなのだ?」
「んー。アタシもよくわかんないけど、とにかくその人が好きな感じ? こう、胸がぽわぽわーって暖かくて、すっごくときめいちゃう感じだと思うよ☆」
「ふむ。まったくもってわからぬ。まあ、適当にやればいいか」
嘆息したあと、目を瞑ったエミリア。
静かに集中をしていき、レッスン室は重苦しい沈黙に包まれた。
どのような演技をするのだろう、と莉嘉は瞳を輝かせていて、それはプロデューサー達も変わらない。
一体、彼女は自分達になにを魅せてくれるのか……密かに期待をしていると、彼女が目を開ける。
「──莉嘉」
場の、雰囲気が劇的に変わった。
エミリアが呟いた言葉には、とてつもない情感が込められていた。
愛情、親愛、友愛、色欲……様々な好意が含まれていて、同時に恐ろしいまでの色気が漂っている。
「エミリア、ちゃん?」
「妾は、果報者だ。其方のような美しき者に、出逢えたのだからな」
エミリアの仕草一つ一つに、艶が乗る。
彼女の吐息で辺りは濡れ、莉嘉に近づく足音だけでも卑猥に聞こえてしまう。
深みのある、蜘蛛の糸のごとき粘つく魔性。
先ほどまで悔しがっていた少女と同じとは思えず、プロデューサーは知らず手の汗を握り込む。
「ま、待ってエミリアちゃ──」
「待たない」
思わず後ずさろうとした莉嘉の腰を、抱いて引き寄せたエミリア。
紅い輝きを秘めた瞳は妖しく揺らいでいて、愛する
莉嘉より少し小柄な身体で、彼女の精神を柔らかく包み込んでいた。
頬に赤みを散らしながら、エミリアはそっと莉嘉の頬に手を添える。
愛おしむ手つきで頬を撫で、鳥の求愛行動のように
「莉嘉。妾は、其方が欲しい」
「ア、アタシを……?」
「強い意志を湛えた瞳が愛おしい。どの宝石よりも輝く髪が美しい。極上の絹にも負けぬ肌が愛らしい。最高峰の美酒を凌駕するであろう血が本能をくすぐる」
莉嘉の頬に添えていた手を、エミリアは少しずつ下ろしていく。
ただそれだけなのに、なんという艶やかさか。
もはや、この場はエミリア一人に支配されている。
莉嘉はもちろん、プロデューサーやベテラントレーナーも無意識に顔を赤くしていた。
生唾を飲み込んで、意味もなく身体の位置を変えてしまう。
「エ、エミリアちゃん」
「さあ、愛しき人間よ。妾に身を委ねるのだ。永遠なる幸福を、其方に教えてやろう」
チロリと真っ赤な唇を舐めたエミリアは、艶然とした笑みで莉嘉に顔を近づけていく。
それに莉嘉が目を瞑ったところで──唐突に、場の空気が浄化されていく。
「──ふむ、こんなものか」
「へっ?」
唖然とした顔で瞬きをした莉嘉を離し、気だるげに髪をかき上げたエミリア。
ベテラントレーナーの方へと振り向き、心なしかドヤ顔で首を傾ける。
「適当に演じてみたが、どうであったか? まずまずのできであったと踏んでいるのだが」
「あ、ああ。文句なしに、合格だ。演技のやり方に言いたいことはあるが、とても素人とは思えない演じ方だった」
「うむうむ、そうであろう! 妾の経験を踏まえれば、この程度赤子の手をひねるように容易である!」
尊大に腰に手を当てて高笑いしているその姿は、いつものビッグマウス幼女だ。
先ほどまでの性感を撫でられるような色気とは無縁で、あれは幻だったのではないかとすら思えてしまう。
「すっ……すっごーい! エミリアちゃん、凄いよっ! アタシ、さっきちょーときめいちゃった! なんていうか、大人の女性って感じでキラキラしてた☆」
「フハハハハ、妾にかかれば他愛もないぞ! なにしろ、妾は下賎な人間とは違うのだからな」
身振り手振りでエミリアを褒める莉嘉と、調子に乗って背筋を逸らしているエミリア。
きゃいきゃいしている二人をよそに、プロデューサーは己の勘は間違っていなかったと確信した。
歌はそこそこ、ダンスは並程度。
そして、天賦とも言えるほど、圧倒的な演技の才能。
エミリアの目指すアイドルの形が定まっていき、脳内で彼女が輝く姿を幻視する。
これからのプロデュースが忙しくなるぞ、とひっそりと笑うプロデューサーの表情は、未来への希望に満ち溢れていたのだった。