新人アイドルは吸血鬼   作:水羊羹

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※主人公の異世界知識は、フレーバー程度と思ってください。


第七話

 エミリアに自称ファン──あれがファンなのか議論を有するが──ができてから、幾日か。

 レッスンの日々を過ごしていた彼女の元に、ついに初仕事の依頼が飛び込んできた。

 

 プロデューサーから呼び出され、そのことを聞かされたエミリア。

 常の自信満々の笑みを浮かべながら、大仰に腕を組んで頷く。

 

「ククッ、待ちわびたぞ我が眷属(ぷろでゅーさー)。其方の健闘は目にしていたゆえ、妾もそれに報いていたが、ようやく妾の威容が全世界に知らしめられるのだな」

 

 エミリア自身としては、さっさとテレビなりラジオなりに出演して、アイドル活動を始めたかった。

 しかし、それをプロデューサーが止め、地力をつけるまで無理だと説得していたのだ。

 

 もちろん、下賎な人間の言葉を素直に聞き入れるエミリアではなかったが、かな子特性の苺ショートケーキにあっさりと釣られ……もとい、献上されてしまったので、やむを得ないと渋々我慢をしていた。

 なお、ケーキを満面の笑みで食べているエミリアを見て、たまたま側にいた杏が「ちょろすぎる」と呟いたとか呟かなかったとか。

 

 かな子ケーキを思い出して、口の中に涎を溜め込んだエミリア。

 無意識にニヤけそうになっていると、プロデューサーから仕事は相方のアイドルがいることを聞かされる。

 

「む? 妾一人ではないのか?」

 

 至極当然な問いかけに、プロデューサーは素早く目をそらした。

 明らかに疚しいことがある、と物語っている仕草だ。

 

「おい、貴様。一体どのような了見で不敬な態度を取るか述べてみよ」

 

 さらに顔を背けるプロデューサーは、そういうわけで当日はよろしく、と話を強引に締め上げ、事務所を出ていこうとする。

 

「待たぬか! 一言あるなら胸に秘めず妾に……貴様、よもや妾一人では仕事ができないと考えたのではなかろうな?」

 

 ジト目で尋ねるエミリアの予想は、肩を震わせたプロデューサーの反応により、確信へと変わった。

 

 たしかに、ある程度理解したとはいえ、エミリアは異世界出身の吸血鬼なのだ。

 プロデューサーが心配してしまうのも、無理はない。それどころか、真っ当な考えとすら言えるだろう。

 

 しかし、それをエミリアが納得するかは別で、ジト目の温度が下がっていく。

 呼応して事務所内にも、冷風が吹き荒れる。

 

「……そこを動くなよ、我が眷属(ぷろでゅーさー)

 

 もちろん、プロデューサーは軽快な足取りで逃げ出した。

 

「ちっ、待て! 貴様には妾の恐ろしさを刻み込んでやらねばならぬ!」

 

 こうして、急遽開催された鬼ごっこは、通りがかった卯月に二人揃って怒られる、といういつものオチで幕を下ろすのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「──あら、来たわね。待ってたわよー、プロデューサー君」

 

 エミリアの初仕事当日。

 プロデューサーに連れられて控え室に来たエミリアは、一人の女性に歓迎された。

 ちょうど化粧をし終えたのか、彼女からは清潔感が漂っている。

 フレッシュなアイドル──エミリアの脳裏に、そういった言葉が過ぎった。

 

 お待たせして申し訳ない、と頭を下げるプロデューサーの頭を上げさせたあと、そのアイドル──瑞樹がこちらに近づく。

 

「それで、彼女が今日一緒に出演する子よね。たしか、最近プロデューサーにスカウトされたっていう」

「エミリア・ヴァレンティヌスだ。妾の威光にひれ伏しても構わんぞ?」

「あら、じゃあそうしようかしら。ははーっ、エミリア様ばんざい!」

「うむうむ、そうであろう! 妾の恐ろしさがわかるとは、中々見どころがあるではないか! ハーッハッハッハ!」

 

 ノリよく敬う仕草をする瑞樹に、エミリアの自尊心が成長していく。

 この世界に来てからは年相応の幼女扱いされることが多かったため、久しぶりの敬意に笑いが止まらないのだ。

 

 すでにエミリアの中では、瑞樹の好感度は爆上がりしていた。

 単純と言うことなかれ。誰だって、褒め称えられると嬉しいものである。

 特に、精神年齢が幼い──正確には、幼くなっている──なら、その賞賛は心地が良いだろう。

 

 しばらく瑞樹に敬われた──ごっこ遊びのようなものだが──エミリアは、機嫌よく椅子に腰掛けて足を組む。

 

「其方、川島瑞樹であったか。以前、見かけたことがあるぞ」

「覚えてくれて嬉しいわ。改めて、川島瑞樹、ピッチピチのアイドル二十八歳でーす♪」

「うむ。川島瑞樹、しかと覚えたぞ」

「……無反応ってのは、それはそれで傷つくわね」

 

 若干しょんぼりした瑞樹に、プロデューサーはエミリアのメイクをするよう頼む。

 

「それは構わないけど、メイクさんにやって貰った方がいいんじゃない?」

「ふん。どこの馬の骨とも知らぬ輩に妾の高貴な肌に触れさせるか。その点、島村卯月や其方ならば、妾とて納得はできるのでな。喜べ、川島瑞樹よ。妾に触れる名誉を与えよう」

「あー、なるほど。そういうタイプなのね、エミリアちゃんは。プロデューサー君、苦労してるわねー」

 

 ふんぞり返るエミリアを見て、全てを察した様子の瑞樹。苦笑い一つでプロデューサーのお願いを受けてくれ、早速彼女の顔に化粧を施していく。

 

「やだ、お肌のノリが違うわ。やっぱり、若いって武器よねー。私もまだまだ若いけど!」

「ふむ? 妾からすれば、其方も充分若いと思うがの。むしろ、それぐらいが若さと女の色気を備えた、均衡の取れている年頃だろう?」

 

 実年齢千年越えのエミリアからすれば、十代も二十代も誤差程度で、みな同じにしか感じない。

 だから、そういった言葉が出たのだが、それを聞いた瑞樹は目を大いに見開き、次いで素晴らしい自論を掲げた論者に出会った、と言わんばりに頬を緩ませる。

 

「あら、あらあらあら! ねえねえ、聞いたかしらプロデューサー君! エミリアちゃんが、私はまだ若いって! まあ私自身も若いとは思っていたけど、エミリアちゃんも理解してくれて本当に嬉しいわ」

「やめぬか! 妾の髪まで触れて良いと許可した覚えはないぞ!」

「そんな生意気なところも可愛いわ! エミリアちゃんがいい子すぎて、まだまだ若いけど涙腺が緩みそう。こんなに可愛くて、髪も綺麗で、ちゃんと正直な感想も言えて、偉いわねえ!」

 

 やはり、少しは気にしていたのか。

 自分で年のことを笑いに変えたりする瑞樹だが、それはそれとして、若いと言ってもらえると嬉しいのだろう。

 明らかに、エミリアを見る目が好意的になっていた。

 

 どことなく、世話焼きのおば……お姉さんに似ているな、と甲斐甲斐しく化粧を施す瑞樹を見て、考えてしまうプロデューサー。

 そんな彼の邪念を敏感に察知でもしたのか、顔を上げてこちらを見やる瑞樹。

 

「プロデューサー君。今、失礼なことを考えなかったかしら?」

 

 とんでもない。

 いつも通り、とっても可愛いアイドルだなと考えただけだ。

 

「あら、プロデューサー君ったらお上手なんだから!」

 

 とりあえず、この分ならエミリアと上手く仕事ができるだろう。

 もしかしたら相性が悪い可能性もあったので、ほっと一安心ができる。

 

 これ以上エミリアを見守っている必要もないし、自分にできる事をするべきだ。

 スタッフさん達にも、改めて挨拶しに行こう。

 

 プロデューサーはエミリア達に声をかけてから、控え室をあとにするのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 化粧も無事に終わり、台本も読み返したエミリア。彼女は瑞樹と一緒にスタジオ入りを果たしていた。

 今回の番組はアイドル対抗クイズ大会で、主に新人アイドルと付き添いアイドルの二人組で行う、いわゆる対戦方式のようだ。

 

 エミリア達の他にも何組かのアイドルがおり、大抵の新人アイドルは緊張気味に固まる反面、付き添いアイドルはリラックスした様子で、各々の相方の緊張を解していた。

 

「初々しいわねー。私にもこんな時代があったわ。エミリアちゃんは……大丈夫そうね」

「ふん、妾をそこらの下賎な人間と同列に扱うのでない。この程度の行事に臆していたら、あいどるになれるわけがなかろう」

「わお、凄い自信ね。私としては心強いけど、その自信はどこから来るの?」

 

 軽い好奇心を宿した瑞樹の問いに、エミリアは一人の少女を思い返す。

 自分が初めて見たライブで、沢山のファンに囲まれながらも、決して笑顔を絶やさなかった気高きアイドル。

 あのプロ意識と、人間を笑顔にする魔性の姿。

 

『──初めてのお仕事、頑張ってください!』

 

 そう輝く笑顔と共に渡された、ピンク色のリボン。生きていて二人目からの、プレゼントだった。

 

 この前貰った四つ葉のクローバーを使った押し花の栞に、そのリボンを結んだ。

 エミリアのポケットに大事に仕舞ってあり、そこからは仄かに暖かみを感じる。

 

「どうしたの、エミリアちゃん? なんだか、嬉しそうに笑っていたけど」

「いや、少し思い出していただけよ。それで、妾の自信だったか。簡単なことだ。妾が臆する理由がないからの。あやつ……島村卯月がいる頂きまで登るのに、こんなところで躓くわけにはいかん」

「……卯月ちゃんに影響されたってわけか。ふふっ、卯月ちゃんは凄いわね。エミリアちゃんみたいな子も惹きつけちゃうんだから」

「な、妾は別に島村卯月に惹かれてなどおらぬ! 虚言は許さぬぞ!」

「そういうことにしておくわ。……でも、これだけは覚えておいて」

 

 ふと真面目な顔になった瑞樹は、突然の変化に面食らうエミリアへと、言い聞かせるように語りかける。

 

「上ばかり見ないで、ちゃんと前も見て。アイドルとしての先達者の言葉よ」

「う、む……肝に銘じておこう」

 

 下賎な人間の言葉だ、と簡単に突っぱることもできた。

 実際、エミリアも最初はそう言おうとした。

 しかし、あまりにも瑞樹が真剣に告げるので、その忠告を無視することはできなかった。

 

 少し気まずい空気になったが、今度は茶目っ気ある表情を浮かべた瑞樹が、ウィンクを零して明るい声音で告げる。

 

「まあ、せっかくの初仕事だし、一緒に楽しみましょうね」

 

 タイミングよく、ちょうど番組が始まった。

 まずは司会のトークから開始され、次に出演者の紹介に移っていく。

 

 たどたどしく自己紹介をする新人アイドルに、スタジオ内は優しい笑い声を響かせる。

 どうやら、スタジオ内の人達は、良い人達のようだ。

 噛み噛みのアイドルを意地悪く弄ることもなく、愛のあるツッコミをしている。

 

 そうした和やかな空気のまま、エミリア達の番になった。

 司会がエミリアに自己紹介を促し、スタジオ中の視線が彼女へと集う。

 全員から見られていることを感じ取ったエミリアは、ニヤリと好戦的に笑う。

 

「妾の名は、エミリア・ヴァレンティヌス。偉大な吸……偉大な女である! 其方ら同業者は妾の飛躍を共にする幸運を、すたっふとやらは妾の初出演の番組に選ばれた栄誉を噛み締めるがいい!」

 

 ババーン、といった効果音がつきそうなほど、盛大な自己紹介を披露したエミリア。

 スタジオ内の空気が一瞬固まったが、直ぐにどよめきと拍手で迎えられる。

 

 掴みは良かっただろう。

 ここまで強烈な個性を初っ端から見せられ、アイドルとしては及第点だ。

 あとは、この個性を活かしたまま、視聴者からファンを作れるかどうか。

 

 こうして、エミリアの初仕事は、好調な滑り出しと共に始まるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 軽いフリートークが終わったあと、ついに番組の趣旨であるクイズが始まった。

 流れとしては、司会が出す問題を目の前に置かれたボタンを押したアイドルが答える、早押し形式だ。

 時折チャンスタイムといったお約束で、ホワイトボードに答えを書く記述式もある。

 

 エミリア達が所定の位置につき、全員が司会の言葉を待つ。

 新人アイドルにとっては、この一問目がとても大事なところだ。

 この問題で爪痕を残せられれば、今後の番組も制したと言っても過言ではないかもしれない。

 

 ともあれ、まずは軽めのジャブといったところか。

 司会から、簡単な問題を告げられる──問題、日本で一番大きな都道府県は?

 

「む……」

「エミリアちゃん、わかる?」

 

 基本的に、早押しボタンを押すのは新人アイドルのみだ。そのため、瑞樹はエミリアに助言をするぐらいしかやることがない。

 心配そうにかけられた声に、エミリアが答えようとした時には、すでに別の組がボタンを押してしまう。

 

 もちろん、新人アイドルは元気よく北海道と答え、司会から正解と言い渡される。

 軽快なBGMと共に鳴り響く、拍手の音。

 答えられたアイドルはとても嬉しそうで、解答権を逃した別組は悔しそうだ。

 

「ふん、先手は譲ってやったまでだ」

「まだまだこれから、頑張ってエミリアちゃん!」

「任せろ!」

 

 鼻を鳴らして返事をしたエミリアは、耳を済ませて次の問題に備える。

 司会が北海道の大きさなどウンチクを垂れているが、そんなのはどうでもいい。

 次こそは、解答権を得て正解する。

 

 少しして、次の問題を告げられる──問題、一年のうち、一番昼の時間が長い日は?

 

 今度は、誰よりも早くボタンを押せたエミリア。

 初めの印象からか、未来の大スターはなんて答えてくれるのでしょうか、と司会の野次と共に答えを促される。

 

「答えは、炎聖の日だ!」

 

 スタジオ内に、微妙な空気が訪れた。

 新人アイドル達はなにそれといった顔で、司会は困ったように頭を掻いている。

 

「あの、エミリアちゃん。その炎聖の日って?」

「む? 妾の世……地域では、太陽が一日中燃え盛る日があっての。その日に収穫できる作物は実が大きいことから、縁起が良い日とされておるのだ。ここでは違うのか?」

 

 エミリアとしては異世界での常識だったため、特に考えることもなく答えたが、どうやらやらかしてしまったらしい。

 

 新人アイドルの一部はキャラ作り凄いなと驚き、悪い反応では痛々しいといった顔つきだ。

 スタッフ達も苦笑いを浮かべており、司会は苦し紛れによく考えられてますね、と受け流している。

 

「……もしや、妾は馬鹿にされておるのか?」

「違うわよ、エミリアちゃん。今回はたまたま間違えちゃっただけ。こっちでは、炎聖の日じゃなくて、夏至って言うの」

 

 気を取り直した司会がウンチクを話しているのをよそに、瑞樹は眉を潜めたエミリアを宥めていた。

 とりあえずはその言葉に納得し、エミリアは再びクイズに挑む。

 

 しかし、それからもエミリアは、度々ズレた回答をしていく。

 頭ではわかっていても、気をつけようとしても、どうしても無意識に異世界での常識を答えてしまうのだ。

 初めは苦笑いの空気で流してくれたが、あまりにもエミリアが答えられないからか、次第にスタジオ内は二つの感情に分かれた。

 

 新人アイドル達にとっては、エミリアが自分の回答を邪魔しているようにしか思えないだろう。

 だから、彼女を胡乱な眼差しで見つめている。

 

 対して、スタッフ達はこれはこれで使える、とエミリアに関しては好意的だ。

 しかし、徐々にツッコミにも遠慮がなくなっていき、エミリア弄りが加速していく。

 

 そういった二方面の変化を敏感に感じ取ったエミリアは、不愉快さで苛立ちを露わにしはじめる。

 組んだ腕の上で指を動かし、断続したリズムを刻み込んでいた。

 

「ミズキわかるわ〜……ごめんなさい、やっぱりわかりません!」

 

 そんな最悪一歩手前の空気を崩壊させなかった功労者が、瑞樹だ。

 自らを道化にしておどけてみせ、スタジオ内に笑いを作りだす。

 老若男女を笑顔にして、スタジオにフレッシュな空気を流し込む。

 彼女のおかげで、番組がバラバラにならずに済んでいた。

 

 しかし、それもその場繋ぎだろう。

 根本的なエミリアの機嫌をなんとかしなければ、いずれ限界を迎える。

 そう判断したからか、あるいはただ単に運が良かったからか。

 一旦番組は終了し、休憩時間となるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「ちっ!」

 

 控え室に戻ったエミリアは、舌を打ちながら乱雑に着席。

 テーブルに置いてあったクッキーを摘み、顔をしかめたまま食べている。

 

「お疲れ様、エミリアちゃん。最初は誰だって上手くいかないものよ。だから、仕方ないわ」

「……川島瑞樹か」

 

 向かいの席に座ってそう告げてきた瑞樹に、エミリアは少し気まずい表情を向けた。

 

 彼女の立ち振る舞いを見て、なにも思わなかったわけではない。

 自分がイライラしているのは理解しているし、それで迷惑をかけている事も百も承知。

 しかし、それを素直に認めるのは、プライドが許さなかった。

 

 そんな子供の葛藤を見たからか、瑞樹は首を横に振って微笑む。

 

「いいのよ、無理に謝らなくても。私がしたくてしたことだから」

「そうか」

「そうなのよ。それに、後輩を助けるのも先輩の役目だしね……あら、プロデューサー君。お疲れ様、後半もまだまだ頑張るわよー」

 

 控え室に入ってきたプロデューサーに、力こぶを作って見せる瑞樹。

 努めて明るくしようとする気遣いを感じたからか、プロデューサーも気軽な素振りで声をかける。

 

「なんだ?」

 

 前半のエミリアの回答は、中々良かったよ。

 

「……ふんっ。下手な慰めはいらぬ。妾を余計惨めにするだけだ」

 

 そんな事はない。

 エミリアからは真剣な雰囲気が伝わっていたから、それを見て惹かれた人は必ずいる。

 だから、ありのままの自分を出して、後半もクイズに望んでほしい。

 

「あまり妾の特異性を出すのは、我が眷属(ぷろでゅーさー)として困るのではなかったか?」

 

 初めはそう思っていたけど、やっぱりアイドルの個性を抑えつけるプロデュースは、アイドルの輝きを曇らせる結果になってしまう。

 流石に明かせない部分もあるが、できるだけエミリアにはのびのびとアイドルをして欲しい。

 

「そうよー、エミリアちゃん。エミリアちゃんの回答は良かったし、それはスタッフ達も同じ気持ちだったはずだわ。だから、エミリアちゃんに話を振ったりしたんだから」

「むぅ。昔の妾なら、下賎な人間の(さえず)りなど鼻で笑っていたが、中々して難儀なものだ」

 

 それだけここに馴染んだ、ということだろう。

 微笑みとともにそう告げながら、プロデューサーはエミリアに一つの手紙を渡す。

 

「む、なんだこれは?」

「あら、もしかしてファンレター? 凄いじゃない、エミリアちゃん! 一体、どこでファンをゲットしていたの?」

「い、いや、妾にも覚えがまったくないが……」

 

 困惑しつつも手紙を開いて、目を通しはじめるエミリア。

 簡潔に内容を表すと、そこにはエミリアへの熱い情熱と、アイドル活動を応援している、ありのままの貴女を見せてほしい、といった趣旨が記された純粋なファンレターだった。

 

 普通ならば、無条件で喜ぶべきだろう。

 しかし、エミリアはこの手紙の持ち主に、大いに身に覚えがあった。

 ところどころに散見される、エミリアのドS姿が見たいという内容で、それが確信に変わる。

 

「あやつからか!?」

「誰からかわかるの?」

「うむ、実はの──」

 

 先日の智絵里と一緒に巻き込まれた旨を話すと、瑞樹は困ったように苦笑いを一つ。

 

「なんていうか、熱心なファンができて良かったわね」

「やめぬか! 其方はあやつの姿を見ておらぬから、そのように気楽でいられるのだ。くっ、純然たる善意だと理解しているゆえ、これを引き裂けないのが歯がゆいの」

 

 ファンレターを貰って、嬉しくなかった?

 プロデューサーにそう問われたエミリアは、言葉に詰まって目をそらす。

 しばらく視線を迷わせたあと、羞恥で頬を赤く染め上げながら口を開く。

 

「……そんなことは、ない。不思議と、胸が暖かいのだ」

 

 これも智絵里が言っていた、嬉しいという気持ちなのだろう。

 心が陽だまりに包まれているような感覚で、ぽかぽかと微睡みたい気持ちよさだ。

 無意識にポケットの栞を撫で上げ、その温もりを感じて微笑む。

 

「いい顔をするようになったわね、エミリアちゃん」

「……川島瑞樹よ。先ほどの妾の尻拭い、感謝する」

 

 今ならと思って告げた言葉は、すんなりと出てきた。

 まさか、自分が感謝するとは思わなかったのだろう。目を軽く見開いて驚きを露わにする瑞樹をよそに、エミリアは挑発的に笑ってプロデューサーを見やる。

 

我が眷属(ぷろでゅーさー)。妾の好きなようにして、いいのだな?」

 

 もちろん、とプロデューサーが頷き返す。

 

「ククッ、ならば見ておくのだな。妾の飛躍する瞬間を!」

 

 手紙を丁寧に畳んだエミリアは、口角を吊り上げて備えつきのクッキーを口に含むのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 ──問題、この写真の生物はなんでしょうか?

 

「それは、ヒカテリス山脈のみに生息されている氷獄鳥ではないか? やつは見た目の通り白い雪のような体色だが、身の危険を感じると青白く輝くのだ。ちなみに、輝いている間に仕留めた肉は絶品での、一説では氷獄鳥の肉を求めて、国同士が争ったという記述書があるほどだ」

 

 ──問題、この空白に入る文字なんでしょうか?

 

「そこに入るのは、“影”だな。最近この国の文字を覚えたが、これなら絶影(ぜつえい)という読みになるであろう? この技は一流の暗殺者のみが使える、影の姿すらも消す身を潜める奥義だったはずだ。以前この技を使えるやつと戦ったことがあるが、中々して歯ごたえある相手であったな」

 

 ──問題、この曲を歌っているアイドルの名前は?

 

「島村卯月だ!」

 

 叩きつけるように答えたエミリアは、軽快な正解BGMを耳にして、ふんすと鼻から満足の息を漏らす。

 初めての正解に、会場は盛大な拍手でエミリアのことを讃えた。

 

 番組が再開してから、エミリアは他者の視線を気にするのを辞めていた。

 己の異世界知識を存分に見せつけ、それが外れてもそれがどうしたとどこ吹く風。

 あまりにも堂々としているため、既にスタジオはエミリアに掌握されていた。

 

 最初はまたかよといった空気だったが、今では次はどんな練られた設定──異世界では、実際にあるものなのだが──が飛び出てくるのか、と興味津々な面立ちだ。

 エミリアを邪険にしていた新人アイドル達も、ライバルの個性の立ち具合を見て、一周回って尊敬しますといったほどの戦慄した雰囲気だった。

 

 こうして、エミリアの独壇場のままクイズは終わり、結果発表の時間となる。

 スタジオが暗くなるとドラムエンドロールが流れはじめ、やがて一人のアイドルペアをスポットライトで照らす。

 当然エミリア達……なんてことはなく、別の堅実に点数を稼いでいたチームだった。

 

「なぜだ! 一番答えていたのは妾であったろう!?」

「そうだけど、ほとんど外していたじゃない」

「ぐぬぬ……!」

 

 瑞樹の言葉は事実なだけに、エミリアは地団駄を踏むしかない。

 実力行使に出ないだけ、成長したのだろう。視界の端で、プロデューサーがハンカチで目頭を押さえていた。

 

 そんな風にエミリアが悔しがっていると、司会が最下位のチームには罰ゲームをしてもらうと告げる。

 当然エミリア達は初耳なので、各々が顔を見回してざわめきを届ける。

 

 栄えある最下位のチームは──

 

 

 ♦♦♦

 

 

 お疲れ様。

 初めてのお仕事、どうだった?

 

「まずまず、といったところかの」

 

 タオルで髪を拭いていたエミリアは、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 その視線は終了した番組のステージを見ており、幼い横顔に一抹の寂しさが帯びている。

 

 最下位は、当然の帰結でエミリアチームだった。

 罰ゲームの内容が熱湯風呂に飛び込むことだったので、お風呂嫌いなエミリアが顔を引き攣らせていたのが記憶に新しい。

 結局、嫌だ嫌だと暴れるエミリアを瑞樹が押さえつけ、一緒に熱湯風呂に入って熱がるリアクションで締められたが。

 まるで注射から逃げる子供を連れ出そうとする母親のようなやり方に、スタジオ内はコントを見たかのように笑いに溢れていた。

 

「……のう、我が眷属(ぷろでゅーさー)。本当に、これで良かったのか?」

 

 異世界知識のこと?

 

「うむ。この世界の常識をある程度知った妾は、今日の振る舞いが異端であることもわかっておる。我が眷属(ぷろでゅーさー)からすれば、今後の活動がやりにくいのではないか?」

 

 心配しないで欲しい。

 貴女はただ、自由にアイドル活動をしてくれるだけでいいのだ。

 プロデューサーが笑みを浮かべてそう告げると、エミリアはタオルで顔を隠す。

 

「……頼りにしているぞ、我が眷属(ぷろでゅーさー)

 

 エミリアの口から出た、初めての言葉。

 今まで見下していた人間を頼ろうとしたことに、プロデューサーは満面の笑みで頷く。

 そんな彼の気配を感じたのか、背を向けたエミリアが早口で告げる。

 

「か、川島瑞樹も後始末を終わらせているであろう。妾達も控え室に戻るぞ」

 

 急ぎ足で控え室に行こうとしたエミリアだったが、共演者のアイドル達に囲まれてしまう。

 彼女達は一様にエミリアの知識を褒めており、もっと教えてほしいとせがんでいる。

 

「な、なんだ貴様ら。妾の邪魔をするのではな……ええい、誰だ! 妾の身体に触れている無礼な輩は! 我が眷属(ぷろでゅーさー)、こやつらをなんとかせい!」

 

 助けを求める顔つきで、プロデューサーの方を向いたエミリア。

 その幼き少女の願いに対し、微笑んで頷くことで答えるプロデューサー。

 そのまま、ぱっと表情に笑顔の花を開いたエミリアを無視して、控え室に歩きはじめる。

 

「き、貴様! 妾を置いて一人で逃げるつもりか!? 待て……耳を塞ぐな! 聞こえているであろう!?」

 

 これを機に、エミリアがもっと社交的になってくれたら嬉しい。

 アイドルが救助を願っても、プロデューサーは苦渋の決断で見守らなければならない時があるのだ。

 だから、エミリアの声を聞き入れられなくとも、仕方がない。

 

 背後からの断末魔に合掌をしたプロデューサーは、瑞樹が待つ控え室に戻るのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 仕事からの帰り道。

 プロデューサーの車の中で、エミリアはむっつりとむくれていた。

 以前と同じように窓に顔を向け、不機嫌そうなオーラを漂わせている。

 

「プロデューサー君、なにをしたの?」

 

 助手席にいる瑞樹が、呆れ顔でプロデューサーを見ていた。

 その問いに事の経緯を伝えると、ため息をついて呆れを深められる。

 

「プロデューサー君って、たまに意地悪になるわよね」

「ふんっ」

「ほら、エミリアちゃんが機嫌を損ねているじゃない」

「妾は怒っておらぬ!」

「……プロデューサー君?」

 

 にこりと笑う瑞樹の顔が怖かったわけではない。

 瑞樹が促したからではないが、プロデューサーはエミリアに謝罪を示す。

 

「…………けーき十個」

 

 必ず、用意する。

 だから、機嫌を直してほしい。

 

「ま、まあ、元より妾は怒りを抱いていたわけではないが、我が眷属(ぷろでゅーさー)がどうしても妾に献上品を捧げたいと言うのならば、それに答えてやるのも妾の役目であろう。うむ、うむ、であるからして、〇〇店のすぺしゃる苺けーきを十個用意する其方の功労は覚えておくぞ」

 

 ……その店、ショートケーキが一つ二千円以上するのだけど。

 

「ん? なにか言ったかの? すまんの、よく聞こえなかった。それで、妾に一言あるなら聞き入れてやるぞ?」

 

 なんでもないです。

 

「うむ! わかればいいのだ」

「あらら、ご愁傷さま」

 

 やはり、根っこは幼女精神のままなのだろう。あっさりと機嫌を直して、鼻歌を奏ではじめたエミリア。

 予想外の出費に項垂れるプロデューサーを、瑞樹が口に手を当てて朗らかに笑っていた。

 

 それからは世間話に花を咲かせつつ、車は事務所へ走っていく。

 しばらく談笑していると、不意にエミリアが瑞樹に水を向ける。

 

「川島瑞樹。其方は、なぜアイドルになったのだ?」

「随分と唐突ね。んー、そうねえ。簡単に言っちゃうと、アイドルなら私が手に入れたかったモノが手に入ると思ったからかしら」

「ほう? それはどのようなモノなのだ?」

「それは私が言わなくても、今のエミリアちゃんならわかるんじゃない?」

 

 優しく微笑む瑞樹を見て、エミリアは照れくさそうに顔を背けた。

 頬が赤らんでいることから、どうやら図星だったようだ。

 

「……その通りだ」

「意外ね。素直に認めるなんて」

「妾も驚いておる。それほど、あいどるが存外に気に入っているのだろうな」

「エミリアちゃんは、最初はアイドルになる気がなかったの?」

 

 瑞樹の疑問を聞いたエミリアは、楽しげに頬を緩める。

 

「当初は、アイドルなど下賎な人間がやるくだらないものだと思っていた。だが、こうして妾を慕う者から献上品を貰い、妾の行動一つで笑顔になる人間共を見ていると、無様で滑稽で──しかして、清々しい思いになるな」

 

 プロデューサー達へと語るエミリアの横顔は、年相応に微笑んでいた。

 言葉からはトゲがまったく感じられず、それこそバラのように可憐な笑顔だ。

 

 エミリアの独白を耳にして、プロデューサーと瑞樹は顔を見合わす。

 考えていることは一緒のようで、知らず笑みが零れる。

 

「どうした? 唐突に笑ったりして」

 

 なんでもないとプロデューサーが答えれば、瑞樹も同意するように頷く。

 

「そうよー。エミリアちゃんの言葉がわかるわ〜ってプロデューサー君と考えていただけだから」

「よくわからぬが、そういうものか」

「そういうものよ。それで、今のエミリアちゃんがアイドルを好きになったのはわかったわ。ちなみに、アイドルをしていく上での目標とかはあるのかしら?」

「ふむ、目標……目標か」

 

 プロデューサーとしても、そこは気になるところだ。

 エミリアがアイドルを楽しんでくれて嬉しいが、そこからどのような姿になりたいのか、というのは大事な考えだろう。

 

 果たして、異界の吸血鬼はなんと答えるのか。

 しばらく考え込む素振りを見せていたエミリアは、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。

 

「──世界を手に入れる」

「世界?」

「うむ。妾は世界一のあいどるとなって、世界中に妾の威容を轟かせてやる」

 

 数瞬、目を見開いた瑞樹だったが、直ぐに眩しそうに微笑む。

 

「……いいじゃない! 夢は大きくなくちゃね」

「フハハハハ! そうであろう、そうであろう! 妾が最強のあいどるとなった暁には、川島瑞樹を妾の臣下として迎え入れてやろう! 感涙にむせび泣くがいい!」

 

 プロデューサーとしては、一人のアイドルに肩入れするつもりはない。

 エミリアの目標……夢を応援こそすれ、積極的に手助けはできないだろう。

 しかし、全ての担当アイドルにするように、エミリアの活動には全力を注ぐ。

 

 人知れず決意を固めたあと、瑞樹と配下ごっこで遊んでいたエミリアに声をかける。

 

「む? どうした?」

 

 これからも、よろしく。

 プロデューサーの様々な感情が込められた言葉を、どう感じたのかは不明であるが。

 エミリアはしっかりと頷くと、真紅の瞳を輝かせながら不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

「──今後も妾を楽しませろ、我が眷属(ぷろでゅーさー)よ」

 

 

 

 

 




読んでくださり、ありがとうございます。
当初の予定まで書けましたので、本話をもって一応の完結とさせていただきます。
詳しくは活動報告にて。
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