粗方予想通りだった体力テストを終え、まだギクシャクとした雰囲気の中女子更衣室で制服に着替えていると、「あの」と声を掛けられた。
「何だ?」
「私、八百万百と申します。先程のデグレチャフさんの体力テスト、素晴らしい結果だったと思いまして」
「ターニャ・デグレチャフだ。お前の方が順位上だったろう?」
結局テストの結果は
1位 八百万百
2位 ターニャ・デグレチャフ
3位 轟焦凍
と落ち着いた。緑谷は思った通り最下位だ。そして思った通り除籍は免れた。
相澤が軽く睨んできたが、2位取ったなら文句はないだろう。
「それでもですわ。轟さんは私と同じ推薦入学者。それを押し退けて2位など、その小さなお体で素晴らしい成績です」
「イヤミか」
八百万の体格は1-A女子の中でも恵まれており、私と八百万の身長差はかなりえげつない。正直会話する時見上げる距離があり過ぎて首が痛い。
「確かにデグレチャフさんちっこくて可愛い」
「個性の影響?妖精みたいにビュンビュン飛んでたよね!」
「入試1位って凄い!」
「留学生?にしては日本語流暢だよね」
わらわらと人が集まってきて、その勢いに圧倒される。デモンストレーションに指名された時点で注目されていたのは分かっていたが……。
「し、身長と個性は関係ない。私はまだ8歳だから身体が成長しきっていないだけだ」
「「8歳ッ!?」」
「あと一応国籍は日本人だ。生まれは海外だが色々あってな」
「「日本人ッ!!?」」
個性も凄いのにえらい個性的な経歴やね、と頬の丸い肉球女が気の抜けた声を出す。……まぁ確かに特殊経歴な事実に異議は持たんよ。諸々存在Xのせいだがな。
「それなら尚更凄いですわ。そのお年で雄英高生になられて、しかも実力もある。立派ですわ」
「そ、りゃどうも……」
目をキラキラと輝かせた八百万は、がしりと両手を掴んできた。おっさんは怒涛の勢いに困惑しっぱなしだ。
「これからよろしくお願いしますね、デグレチャフさん!」
「ぉ、お」
……勢い凄いな、ヒーロー科女子。
◆
雄英高校ヒーロー科の授業はかなりハードだ。月曜日から土曜日まで存在し、科目数も多い。ただでさえ忙しい高校の必修科目に加えヒーローとしての勉強も同時進行しなければならないのだから納得の詰め込み度合いだろう。
ヒーロー科特有の授業……つまりヒーロー基礎学は私も何度か手伝わされた経験があるが、本当に多種多様だ。
災害の避難誘導、敵への立ち回りは勿論サイドキックとしての心構えや事務所を設立する際必要な免許のため学ぶべき科目なんかも実際のプロヒーローが実体験を交えて教えてくれる。
キラキラした表の部分だけではなく地道な裏の部分まで徹底して教育するその姿勢は、まぁ及第点なのではなかろうか。
生徒として受ける基礎学は初めてだが、今日はその記念すべき第一回目。
今年から雄英教師になったというオールマイトが担当するということだが、一体どんな授業になるのか……。
「私が!!普通にドアから来た!!」
いつもの暑苦しいテンションで現れたオールマイト。今日も今日とて画風が違う。
私が雄英に住んでから徐々に会う機会も減ったが、それでもまだ気に病んでいるのか時々食べ物や服やらを送ってきたりする。遠方に住む孫の如く。
彼のチョイスは意外と普通で、食べ物は美味しかったりするので地味に楽しみなイベントだったりする。まぁそれは今は良い。
「私の担当、ヒーロー基礎学!ヒーローの素地を作るため様々な訓練等を行う科目だ。
早速だが今日はこれ───戦闘訓練!」
うげ。
「入学前に送ってもらった個性届と要望に沿って誂えてもらったコスチュームがここにある。こちらに着替えてグラウンドβに集合すること!」
オールマイトは教室の横にあった棚を指差し、それじゃお先に!と1人教室を飛び出して行った。
いきなりの戦闘訓練。……コスチュームが恥ずかしいから、あまり着たくなかったのだが。
◆
雄英高校は入学前にある程度自分のコスチュームのデザインの要望を出すことが出来る。
私の場合は個性にどんな服装をしていてもあまり関係が無い。……本当はライフル銃くらいは欲しかったがそれは銃刀法違反なので。だから『とりあえず動きやすく軽い服』とだけ書いたはずだったのだ。
しかし届出を提出する先は勿論雄英教師。リュックの一件を鑑みてもセンスが凄い人が多い事多い事。なんて勿体ないとやつらは私を取り囲み、危うくとんでもないコスチュームに改悪される所だった。
やれドレスだチュチュだ、ふりふりふわふわしたものばかり!コスプレじゃなく一応ヒーローの戦闘服だぞ!
全部却下して被服控除用紙を死守した記憶は新しい。
しかし、その後セメントスから「そんなざっくりとした要望じゃ、それこそサポート会社の趣味嗜好が全開なコスチュームを覚悟した方がいい。せめてこういったイメージで、とか色味とかの希望は書いたらどうかな」という至極まともな意見が出た。
曰く、サポート会社も変人の集まりらしくオーダーにない嗜好を凝らすような輩も一定数存在するらしい。
地味が良いなら良いなりにきちんとオーダーを出しておかないと、好き勝手されても知らないよとの事。一理ある。
そこで私は世で1番着られている戦闘服、軍服を基調としダークカラーで纏めることを条件にコスチュームを注文した。これなら大丈夫だろうと安心していた。
……していたのだが。
「格好から入るってのも大事なことだぜ少年少女!
自覚するんだ、今日から自分はヒーローなんだと!」
───なんでこんなふりふりひらひらしたデザインなのだ!どうしてこうなった!!
確かに軍服を基調としたデザイン。色もダークカラーだ。しかし軍服を模したケープコートは短くひらひらとしていて防寒性も耐火性も無さそうだ。正直なんのためのコートだか分からない。
そして中のワンピースタイプの軍服は短くなぜか裾にフリルがあしらわれており、飛翔の個性に合っていない。パニエとドロワーズが無かったらただの痴女だ。
「さぁ始めようか有精卵ども!!」
……始めたく無いです、オールマイト。
*