「13号くんも相澤くんも電話が繋がらない……」
一方その頃、仮眠室にて。
ようやく学校に到着したオールマイトは、教師としてあるまじき失態に自己嫌悪に陥っていた。ヒーロー業は勿論大切だが、今は生徒を受け持つ身。両立出来ねば雄英教師になった意味が無い。
身体はあと少しなら保つだろうから、全部は無理でも少し顔を出させて貰いたい旨を連絡したかったのだが……。
「フン!私が行ゴファッ!!」
マッスルフォームになった瞬間ギャグ漫画の如く吐血したが、タイミング良くそこに校長が現れた。
「まぁちょっと待ちなよ」
「こ、校長……」
「君が来たというのにいまだこの街で罪を犯す輩も大概だが、事件と聞けば反射的に動く君も君さ。
昔っから変わってないよねほんと。ケガと後遺症によるヒーロー活動の限界。それに伴うワンフォーオール後継者の育成。
平和の象徴に固執する君が両者とも社会に悟られぬままでいられるのはここしかないだろうと私が勧めた教職だ。
もう少し腰を落ち着かせてもいいんじゃないかな。現に今回の授業、あと少ししか出られないんだろ?」
ぼふん、と湯気を出しながらトゥルーフォームに戻ったオールマイトはうっと痛いところを突かれ言葉に詰まった。
「勧めたのはこっちだけど、引き受けた以上は教職優先で動いてほしいのさ。こっちとしてはね」
「……おっしゃるとおりです。だからこそ今USJに向かう準備をしてまして」
「今行ってもすぐ戻るはめになるんだろう?
それならいっそここで私の教師論を聞いて今後の糧としたまえよ」
……お茶を淹れている……。
「飲んでちょ」
ずず、と淹れたてのお茶を飲みながら本格的に居座るつもりの校長はお茶を進めた。
彼は話しはじめると長い。留守電じゃなくつながらないというのが気がかりだが……。
「まずヒーローと教師という関係の脆弱性と負担について」
「先生もお変わりありませんねぇ……」
◆
「けほ、はっ……」
「大丈夫デグちゃん!?」
「……平気だ」
出入口に残った生徒は私、麗日、芦戸、飯田、障子、砂藤、瀬呂、そして13号だ。
くらくらとする視界には、先程私の代わりにモヤに吸い込まれていった八百万の姿が消えない。
───逃げ、て、ターニャちゃ、
いつかのソーヤの姿と重なる。
……くそ、呼吸がしにくい。酸素が頭に回らない。先程の衝撃で肺に穴でも空いたか、脆弱な肉体め。
「障子くん!みんなは!?」
「……散り散りにはなっているが全員施設内にいる。無事だ」
「よかった……!」
腕から大量に耳や目を生やした障子が生徒の無事を確認。ワープ先が即死確定な場所でないだけまだマシか。宇宙にでもすっ飛ばされていたら事だった。
「無事は結構だけどさ……、物理攻撃無効でワープって最悪の個性だぜオイ」
……確かにここにいる面子は運悪く物理攻撃特化。
麗日は触れねば個性を発動出来ないし芦戸の酸も意味を為さない。私の個性もまた然り。唯一存在ごと吸い込める13号に分があるくらいか。
「……委員長、君に託します。学校まで走ってこのことを伝えてください」
「なっ!?」
「警報器は赤外線式。先輩……いや、イレイザーヘッドが下で個性を消し回っているにも関わらず無作動なのは、おそらくそれらを妨害可能な個性持ちが即座に隠れたのでしょう。
とするとそれを見つけ出すより君が走った方が早い! 」
「しかしクラスのみんなを置いていくなど委員長の風上にも……!」
「……なら、私が行こう。スピードなら君と私そう大差あるまい?」
「デグレチャフくん……」
飯田は痛々しげに目を細める。いや、割とマジで行かせて欲しい。このまま命の危険を感じながら敵と相見えるとか勘弁願いたい。1人脱走出来るのならそれに越したことは無い。
「……具合の悪い君に頼む訳にはいかない。顔が真っ青だ、デグレチャフくん」
しかしそんな願い虚しく、何故か飯田は頼もしく微笑み脱出を決めたのだった。
……なぜちょっと誇らしげなのだ。
◆
飯田天哉side
「……なら、私が行こう。スピードなら君と私そう大差あるまい?」
委員長としてみんなを置いて逃げる訳にはいかない。そんな思いで反論しようとしたその時、デグレチャフくんが静かにそう言った。
小さな身体は怠そうに投げ出され、顔は青白い。呼吸も心無しか荒いようだ。
……当然だろう、ヒーロー志望の優秀な生徒とはいえ、彼女はまだ幼い。悪を恐れて当たり前の少女だ。
こんな小さな女の子に庇われるほど落ちぶれたか飯田天哉。
───否!
「みんなは僕が守る!」
脚に力を込める。個性で活性化したエネルギーが満ちるのがわかる!
「手段が無いとはいえ敵前で策を語る阿呆がいますか!」
「バレても問題無いから語ったんでしょうが!ブラックホールッ!!」
13号先生がすぐさま個性を発動させた。黒モヤごと吸い込み塵にせんと襲いかかる強個性に、敵が一瞬怯む。
「行ってください、飯田くん!!」
「なるほど驚異的な個性だ……しかし13号。あなたは災害救助を得意とするヒーローだ。戦闘経験は半歩劣るッ!!」
そう叫ぶと黒モヤは13号先生の真後ろにワープゲートを出現させた。
「ぐぁあッ」
「先生……っ!!」
正面、13号先生が個性を使っている黒モヤの目の前と13号の真後ろのワープゲートがリンクした。
───このままでは彼自身の個性で己を塵にしてしまう!
「僕のことは良い!行け飯田くん!!」
「させません!」
立ちはだかる黒モヤを抱え込むようにして抑える障子くん。
「理屈はわからんけどこんなん着てるならッ実体あるってことじゃないかな!」
黒モヤを浮かし行け!と叫ぶ麗日くん。
出口まであと数メートル。
飛んだ黒モヤをテープで拘束する瀬呂くん、それを投げ飛ばす砂藤くん。
「させるかッ!!」
「……!」
全員が必死に抵抗するも舞い戻ってきた黒モヤが背後に迫る。
間に合わな───、
ドォォン!
「ぐっぁあ!」
凄まじい勢いで黒モヤが地面に叩きつけられる。
───デグレチャフくんか!
「実体があるなら話は別だ。私に時間を与えるとは抜かったな敵。……行け、飯田!」
「……あぁ!!」
硬い扉をこじ開け、僕は救援を呼びに外に飛び出したのだった。
*