幼女のヒーロー?アカデミア   作:詩亞呂

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第2話

『ヒーロー研究施設』での日々は過酷の一途を辿った。

集められる子ども達は皆孤児ばかり。身寄りが無く売られてきて、逃げ出そうにも外の世界では1人で生きていけない……そんな子どもばかりを意図的に選んでいたように思う。

 

言葉を学び、歴史を学び……そんな初等教育のようなものを連想していた私に待ち受けていたのは、ただひたすらに個性を使用させられる、学もへったくれもない無法地帯だった。

 

「……戦闘マシーンでも作り出すつもりか」

 

ヒーロー研究なんて嘘だろう、個性研究のための違法施設としか考えられない。

劣悪な生活環境に餓死寸前の僅かな食事、檻が付いた庭の角には元人間だったものが腐臭を撒き散らしながら埋められている。

 

生徒同士でペアを組み、殺し合わせ、両方生き残ったら体罰。

ただその繰り返しがここで言う「授業」だ。中には言葉すら満足に操れない幼子もいる。かく言う私も連れて来られた時は3歳になったばかりだったから似たようなものだ。

 

この世はどんな時でも弱きは淘汰され、強きが覇権を握る。

───ならば生きてみせよう、力の限り。

 

 

 

 

 

 

「先生、ヒーローにはいつなれるのですか」

 

まず私がしたことは、この牢獄から脱出するまでの最長期間の確認だった。

一応表向きはヒーロー育成の名を掲げているのだ、然るべき年齢制限や試験等の力制限は設けられていると考えて良いだろう。

 

「……ターニャちゃんは強いだけじゃなく賢いのね。そうね、大人になるまでよ」

「おとなっていくつですか?私はもうおとなです」

 

先生を自称する職員に対しそう答えると、面倒くさそうに顔を歪められる。隠すことすらしない職員の態度にやはりなと内心で独り言ちた。

彼らは私達を解放するつもりは無いのだろう。

今や人間の価値はその個性の有用性でのみ分類される。やりたいことや目標があったとして、それが己の個性と合っていなければどんなに努力しても天から授かったものには叶わない。

10数年鍛え抜いた無個性のアスリートよりも昨日個性が発現した子どもの方が足が早いなんて当たり前。なんてくそったれな世の中だ。

 

この研究施設で子ども達を戦わせているのは表向きの理由作りのためだろう。一番の目的は、そこで出来た死骸だ。ボロボロになったそれはいつも鍵のかかった研究室に運び込まれ、気付けばいつの間にか捨てられている。生きている子どもに対して、虐待じみたこの劣悪環境を除けば特に何もしてくる様子は無い。

不自然に資金が潤沢そうな小綺麗な施設なのに中の子どもに金をかけないのは、研究室で行われている何かのせいだろう。

 

……冗談じゃない。こんな訳のわからん状態のまま、大人の勝手な都合で死んでたまるか。

これが存在Xの策略なのだとしたら、なんとも下策。

私は施設にやって来て3日で、脱出を決意した。

 

 

 

 

 

「……ターニャちゃんは、凄いね」

 

授業を終え医務室から出てきた私に声をかけてきたのは、ソーヤと名乗る背が高めの男の子だった。元々子ども同士は日々戦わねばならない状況下にいて殺伐としている。こんなにも普通に話しかけられたのは久しぶりだ。

 

「そうか?」

 

今しがた手当されたばかりの雑巾のような包帯をひらりと振ってみせる。

「私はよく怪我もするし、そこまで凄くないぞ」

 

私の怪我率は子どものうちでも断トツだった。一応止血くらいはして貰えるものの、きちんとした治療なんて金の無駄と言わんばかりに放置だ。おかげで身体じゅう生傷が絶えない。

 

「ううん。

……ターニャちゃん、わざと怪我してるよね。派手に倒れるから相手の子は体罰無くなるしターニャちゃんも怪我してるから免除される。自分から傷付きにいくなんて凄いよ。僕には怖くてできない」

 

ソーヤはそこまで言って、にこりと笑った。

対して私は、そこまで見られていたことに驚いた。何度も繰り返せば聡い大人は気付くだろうが、怪我は怪我だ。詐称している訳でも無い、何も言えまい。

しかし学も無くただ刃を振るう子どもにもバレるとは思わなかった。頻度調整が必要かもしれない。

 

「あは、別に先生にチクッたりとかしないしそんな警戒しなくて大丈夫だよ」

「……あぁ」

 

ここのシステム上なるべく生き残るためにはこの方法が最善だと判断したまでだ。

施設の方針に従わない子ども、相手を傷付けることを嫌う子どもらは皆体罰の対象だ。説教のようなままごとのような体罰なら良かったのだが、ここの体罰は命懸けだ。

この前おしゃべりが過ぎて体罰を受けさせられていた子どもは舌を抜かれ、その後治療も満足に受けさせられなかった。痛みと感染症ですぐに死んでしまった。

 

「みんな泣く泣く相手を傷付けて、いつも殺してしまった相手と殺される恐怖に怯えて暮らしてる。すぐ狂ってしまうのに」

「……そういうお前は、普通だな」

「僕の個性は観察眼なんだ。君のこと分かったのも、そのおかげ。一番やばいなって所だけ避けて、どうにか生き延びてるだけだよ」

 

だから僕は臆病な弱虫なんだ、とソーヤは俯くが、私は内心その個性に舌を巻いた。

……使える、その個性。

今は自分の危機的状況の回避程度にしか使っていないだろうその個性だが、個性で強化された観察眼は施設からの抜け道をも見つけ出せるかもしれない。

 

「そんなことないさ。おま……ソーヤは賢い。賢さもまた強さだ」

 

このなよなよとした笑顔は気に食わんが、戦略的撤退に必要な人物だ。懐柔して損は無いだろう。

 

 

 

 

「ターニャさん。医務室では無くこちらにおいでなさい」

 

怪我をしいつもの如く授業後に医務室へと行こうとすると、職員から待ったがかかった。

……流石に目に余るか。頻度が多過ぎたか、策が稚拙過ぎたか、またはその両方か。

 

仕方無しと先生の後をついていくが、いつも使われているはずの体罰部屋を素通りしていく先生に首を傾げる。

 

「あの、先生?体罰部屋は……」

「あら!あなたは怪我をしているのよ、体罰なんてまぁまぁ」

 

わざとらしく驚いたように声を上げる女に辟易しつつも、更にその先にある研究室の扉を開けたことにより警戒心が高まる。

この部屋に生きて入室した子どもはいないはずだ、少なくとも私の知る限り。

───一体、何を。

 

「連れて来ましたわ、先生」

「ご苦労さま。君がターニャ・デグレチャフかい?」

 

連れて来られた部屋は薄暗く、大量の機械に囲まれていて消毒液の匂いがした。

女が声をかけた先にはガタイのいい男が一人、モニター前の椅子に優雅に腰をかけていて、頰杖をついている。職員の先生との呼びかけを聞くに、ここの施設におけるリーダー格的存在だろう。

 

「本当に君が?まだ聞けば3歳だそうじゃないか」

「ターニャさんは優秀ですのよ。頭も良くて勇敢です!ここの体罰システムをきっちり理解した上で自ら怪我をしそれを回避するなんてこと、今までのガキ共は思いつきすらしませんでしたもの!」

「へぇ」

 

……バレてた。

しかし怒鳴るでも無く興味深げに私を見つめる男の目は人間というよりもモルモットを見るようで、酷く居心地が悪い。

 

「面白い子だね。個性は?」

「発現してませんの。まだ3歳ですし……」

「へぇ。ますます面白い。ここで個性無しに生きてるなんてね。いいよ」

 

何が何だか分からない。一体何を話している?

ひょっとして今、私はかなりまずい状況にいるのではなかろうか。この際体罰部屋送りになってでも逃走すべきか否か……。

 

「ターニャ・デグレチャフ。僕の名前はオールフォーワン。ここは僕のために作られた研究施設だ。ヒーロー育成が目的でないことは、君も薄々気付いていたろう?」

「……はい」

「ここは個性を掛け合わせるための遺伝子操作実験の施設さ。普通に他者に付与するだけだと成功率もイマイチなんだ。実際に優秀な個性を使ってしまうと勿体無いから、どうでもいい子どもの個性を集めて成功例を作りたくてね。人造人間って聞こえは良いけどすぐ崩壊してしまうからこれが難しい。ドクターにはもっと頑張って貰わないと」

 

……人造、人間?

子どもを材料に死体をこねくり回し、複数個性持ちの兵隊でも作り出すつもりか。庭に捨てられたアレは、その成れの果て。

……反吐がでる。

流石に3歳児に全てを理解されているとは思っていないのか、にこやかに男は続ける。

 

「君もとっても良い材料になりそうだったんだけど、今個性が無いならならそれも無駄だ。頭も良いようだし君には取っておきのプレゼントをあげよう。

……さて、君は僕の手を取るかい?」

 

これは、一かバチかだ。

馬鹿でも分かる、この手を取らねば殺されると。そして取れば一生こいつの兵隊として働かされると。

この男にとって、私は取るに足らない存在なのだろう。本当にどちらを取っても構わないのだ。悩む幼児を前に愉快そうに笑う男が心底憎らしい。

 

この男は、危険だ。本能がそう告げる。

───なら、取る道はただ一つ。

 

「プレゼント?嬉しいです」

───自身の命の保全を最優先事項とする。

にやりと笑う男は「いい子だ」と静かに私の頭を撫でた。

 

次の瞬間、頭が割れるような痛みが走る。

「ぐっあぁ、ぁあっ!」

 

思わず崩れ落ちると、ははっと男は楽しそうに笑う。

「痛いかい?個性発現前の子どもに付与するなんて初めてだからね、少し強引だったかもしれない」

「な、にを」

「プレゼントだよ!言ったろう。君に今しがた、個性をプレゼントした。個性名は『飛翔』。使いこなすには相当の鍛錬がいるだろうがね」

 

個性を、プレゼント……?自分の個性をコピーし分け与えるような個性、ということか?しかしそれでは『飛翔』という個性と『付与』の個性の複数持ちとなる。いるのか、そんな存在が?聞いたこともないぞ。

 

「個性の使用方法は置いておくとして、まずは……」

 

ビーッ ビーッ

 

話を唐突に遮るように、けたたましいアラームが鳴り響いた。

「ん?」

「警報ですわっ!セキュリティ1が突破されましたの、もしかしてヒーローじゃ、」

「……せっかくバレにくいよう拠点を海外に置いたというに、ヒーローも優秀だねぇ」

「またあのヤーパンの奴らですわ、きっと!早く準備を!」

「やれやれ」

 

なんだ。

ヒーローがここを襲撃?研究施設の存在がバレたのか?

ヤーパン……日本のヒーローがわざわざ来たと言うことはこいつの本来の拠点は日本……?

 

「ターニャ、君はここにいなさい。外に出ては駄目だよ?」

 

まだ荒い息で床に転がる私を放置し、彼らはすぐさま部屋を後にした。

 

 

 

 

「……私に、個性か」

 

奴は『飛翔』と言った。その名の通り飛び回ることが出来るのだとしたら、その個性はかなり有用だ。

しかし、個性の付与は成功しているのだろうか?先程奴はこう言った。

『他人に個性を付与するのは成功率もイマイチ』と。

 

……それは、個性使用時に元々備わっていないはずの個性を無理やり使おうとするための副作用的なものなのではないか。

身体能力を高めたり治癒能力を高めたり、元々備わったものの強化を促す個性ならそれも少なかろう。

しかし例えば炎を吐いたり翼で飛んだり……元々人間の身体に備わらないものを無理やり付与された個性で行使した場合、身体はどうなる?

 

仮定の話とはいえゾッとした。このままここに転がっていては駄目だ。

奴のおもちゃにされ、いたずらに死にかねない。せっかくヒーローが来ているというのだ、彼らに保護してもらうことを最優先に動かねば。

 

私は痛む頭を無視して立ち上がり、脱出のため暗い研究室を飛び出したのだった。

 

 


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