その日、ターニャに激震が走った。
「お願いします……ほんとにお願いします……!一生のお願い……!!」
「目が血走ってるぞお前っ!?」
ジリジリとターニャににじり寄る緑谷という普段はあまり見ない構図に、興味を抱いた蛙吹が何事だと近寄った。何も知らない人から見たら完全不審者である。
朝のホームルーム前の教室はまだ人が少ないのが救いか。
「なにしてるの緑谷ちゃん?」
「あ、あすいさ……梅雨ちゃん。えっとね、これ」
差し出されたスマホの画面には、どどんと大きな文字で書かれた広告が掲載されていた。
「オールマイトの限定ミニサイズフィギュアのプレゼント……これ、緑谷ちゃん欲しいの?」
「すごく……!!なんと言ってもこのミニサイズフィギュアの凄い所はヤングエイジからオールマイトのコスチュームを全種取り揃えている所なんだ、ブロンズエイジの登場数は短い期間だったしフィギュア化はまさに貴重!しかも監修があの!コスチューム開発をした本人である天才科学者シールド博士なんだよ!!クオリティもさることながらこれはファンとして何がなんでも手に入れッ」
「うるさい」
好きなことになると異様に早口になるオタクの脚を容赦なく蹴りあげたターニャは、深くため息をついた。
「……そのフィギュアのプレゼントが、コラボ元である幼児服ブランドの商品を購入した人限定なんだそうだ。しかも転売を防ぐためか10歳未満の子供にしか配布されない」
「あら……それは」
「だからお願いします……!!デグレチャフさん、お金渡すからここでお洋服買って特典のフィギュアを僕に……!!できたら全種……!!」
「必死ね緑谷ちゃん」
子供限定の何かはヒーローものに限らずそれなりの数存在する。しかしその出来が良すぎるあまりそこに殺到する金だけはある大人も、またそれなりの数存在するのだ。
子供限定ならそれで諦めれば良いものを、コレクター魂が疼いて疼いて仕方が無い彼らは手段を選ばない。緑谷のように。
「僕の知り合いに10歳以下の子なんてデグレチャフさんくらいしかいないんだよ!」
「親戚をあたれ!」
「親戚に子供いないんだよーーっ!!」
過去に見たことの無いほど目をかっ開き絶叫する緑谷にドン引きしているターニャだったが、事情が事情故に協力も出来ない蛙吹は同情するのみだ。
ちなみに蛙吹にも10に達していない兄弟は居るのだが、なんかこの状態の緑谷に自分の家族を引き合わせたくないなとほんのり感じて口を噤んでいる所存である。要領が良い。
「お、なになに緑谷どーしたん?」
「おはよぉ3人とも」
時間が迫り、女性陣もぞろぞろと教室に集まってくる。何やら白熱した様子の3人(実質1人)に事情を聞けば、かくかくしかじかと蛙吹が説明役をかって出た。
「えーっイイじゃんデグちゃん。お金緑谷が出してくれるんでしょ?ちょうどこれから夏服欲しい時期だしお互いウィンウィン!」
「学生生活の8割は制服で過ごすのに私服なんてそう毎年いらないだろう。あと緑谷が必死に金を押し付けてくる図が素直にキモい」
「えぇ……でもデグちゃん成長期だし多分去年のなんて着れないんじゃ?絵面ヤバいのは同意だけど」
「む、……」
絵面がヤバいと言われ地味にダメージを受ける緑谷と、一理あると考え込むターニャ。
正直ターニャの成長速度は亀の如くゆっくりなため去年の服がきつくて着れないなんてことは無いのだが、早く大きくなることを目標に掲げているターニャとしてはそんな事実どうでも良いのであった。
「し、しかしだな、私は服装のことなんて全く分からないし……」
「まぁ、ではぜひ私にお洋服を選ばせてくださいな!」
いつの間にか登校していた八百万が、目を輝かせてそう提案してきた。
「私ずっとデグレチャフさんに可愛らしいお洋服を着せてみたかったのですわ。前1度お見かけした私服が大変質素だったので勿体ないと思っていたのです」
「普通だろう……!」
「えーっなになに面白そう!私も行きたい!」
「じゃあ今週の日曜日女子みんなで集まるとかどーよ?」
「デグレチャフちゃんのファッションショーだ!」
一気に大きくなった話に今更「面倒だから行きたくない」とは言えず、どうしてこうなった……!と頭を抱えるターニャであった。
*
「おや、デクくんは来んの?」
「パトロン君は別件の用事だってさ」
週末。例の子供服ブランドが店を構えている巨大ショッピングモールの出入口付近で集合した面々は、初めて見るターニャの私服に「なるほどこれは」と八百万の判断が正しいことを悟った。
今時大人顔負けのおしゃれな子供服なんて山ほどあると言うのに、ターニャの服装はシンプルな白いワイシャツにタイトな黒いズボン、黒いバッグ。ジャケットさえ羽織ってしまえばまるで社会人のような出で立ちは、この歳の子供の私服にしては些かフォーマル過ぎる。
「……言っておくが私はフリフリしたものは好まんぞ。スカートも却下だ」
「えぇ……」
「何だかターニャさんを連れ出す許可を頂いた際の先生方の晴れた顔の意味が分かってしまいましたわ、私……」
ターニャはキッズモデルも裸足で逃げ出すレベルに整っている顔面偏差値を持っているため、さぞ教師陣も地味な服しか着ない彼女を残念に思っていたことだろう。
色々と可愛らしい洋服をプレゼントしようにも、本人がこの様子では箪笥の肥やしになっていることは容易に想像が付く。
しかしまぁ、言ってしまえばターニャの中身はファッションにさほど興味のあった訳でもないおっさんである。一応マナーとしてそれなりのスーツをいくつか持っていたが、それもふらっとある程度の高級感を持った店に立ち寄り店員に適当に見繕ってもらっただけのもの。男は女性のように服が沢山無くとも生きていけるのだ。
ターニャの私服が毎回就活生みたいな出で立ちになってしまうのも仕方が無い面もある。
「んーまぁフリフリしてなくても可愛い服なんていっぱいあるし!とりあえずれっつごー!」
「おー!」
「……」
こうして面倒くさそうなターニャを置いてけぼりに、ターニャの着せ替え人形劇はスタートしたのだった。
「1着目ー!梅雨ちゃんと私プロデュースだよっ」
「ケロッ」
「可愛いーー!」
緑谷の欲しがったフィギュアは全5種。ヤングエイジ、ブロンズエイジ、シルバーエイジ、ゴールデンエイジ、そしてシークレットのスペシャルエイジ。
つまり少なくとも5着は購入しないとフルセット揃わない計算だ。普段そんなセット買いなどしないターニャにとっては結構な苦痛である。
「て、適当にTシャツ5枚とかで良いのだが……!」
「勿体ないなぁ!それにちゃんと要望は聞いてるやん」
「う……」
麗日と蛙吹が選んだのは、裾が少しだけ長い若草色のトップス。要望通りシンプルで襟と袖の部分に少しだけ花のシルエットがあしらわれており、簡素ながらきちんと女の子らしさを演出している。そしてパンツは明るい色のジーンズで、ポケットにはブランドのロゴマークが刺繍されている。
全体的に初夏を思わせる涼しげな装いだ。
「フリフリして無いし、シンプルでズボンだよ。はい次ー!」
「次は私と耳郎ね!」
芦戸と耳郎が選んだのは、バックリボンがアクセントのポンチョ型トップスにサロペット。ハイウエストに1度絞ってあるため背の小さいターニャでも足が長くスッキリして見える。
「いーねいーね、個性出てる!」
「次誰〜?」
「私と葉隠さんで選んだものはいかがでしょう?」
次にターニャが着させられたのは、裾が大きく広がったパンツが膝下でスカートのようにふわりと揺れるお嬢様系の1着。ヴェールのように薄いアウターからはボーダー柄が見え隠れし、少し硬い生地のパンツとの対比が目に眩しい。本格的な夏ならば、ここに麦わら帽子をかぶっても似合うだろう。
「ほんまに何着ても似合うなぁ……!」
「勿体ないね!もっとおしゃれ楽しもうよ〜」
いぇいいぇいとテンションを上げる葉隠らと、反対にどんどんテンションが下がるターニャ。
フリフリしていなくてズボンで〜なんて要望は1度ヒーローコスチュームの件で学んだためあまり抑止力にはならないだろうとは思っていたが、予想以上に存在する女性服のバリエーションに目が回る勢いだ。
ファッションに詳しくないターニャにはまさに未知の世界。
「さぁどんどん行こ〜!」
「待て待て待て!もう良いだろう、既に予定数オーバーだぞ!?」
「えぇ?なに言ってるのさ。これから色々着て、そこから良いのを決めるんじゃんデグちゃん」
「腕がなりますわっ」
「……!!?」
女性の買い物、コワイ。
いつの間にか楽しげな店員まで加わったファッションショーはそれから1時間以上も繰り広げられ、ターニャはもう絶対服の購入に女性陣を連れて行かないことを誓った。
そしてこの機会を作った緑谷を呪ったのである。
*
「いや〜、買ったね!」
「可愛らしいお洋服が沢山のブランドでしたわ」
「あのサイズは私達もう着れないからね〜」
「で?緑谷要望のフィギュアは全部揃ったの?」
「……。あ、あぁ?私か?揃ったぞ」
7人が予約も無しに入れるレストランなどショッピングモールには無かったため、ぞろぞろと休憩に入ったのはあまり流行って無さそうな喫茶店。
所謂隠れ家的な場所で客数もゼロに近かったため、ようやくターニャは一息つけたのだった。
椅子には服の入った紙袋と別に、オールマイトのフィギュアケースがゴロゴロと入ったビニール袋が地味に存在感を放っている。半透明のため、ちらりと見えるアメリカンフェイスがなんとも厳つい。
「私にフィギュアの趣味が無いからかもしれないが、こんなに大量に同じ顔のオールマイトを部屋に並べて暑苦しくは無いのか」
「あはは……まぁそれは人それぞれだしね」
暑苦しいに否定はしないらしい。ヒーローの卵とはいえ全員が全員緑谷のようなオールマイト狂という訳では無い。というかあそこまでのそれは中々レアなのでは無いだろうか。
ターニャは頼んだホットコーヒーをブラックのまま飲めば、ランチラッシュに勝るとも劣らない素晴らしい芳香にほう、とため息を吐いた。当たりの店だったようだ。
「そういえば、デグレチャフさんはコーヒーを良くお飲みになってますわよね。お好きなんですの?」
「あぁ、詳しくは無いがな。だがランチラッシュの淹れるコーヒーに慣れると舌が馬鹿になる。自分で淹れたのも自販機のもどうも今一つだ」
「あーわかるよわかるよ。学食美味しすぎて家で食べるお夕飯貧相に感じる」
「麗日は一人暮らしでしょー、仕方なくない?」
「自炊を頑張っているだけ凄いわ」
コロコロと変わる話題を話半分で聞いていると、八百万が楽しげに笑いだした。
「ヤオモモ?」
「あぁ、いえすみません。そういえばこうして皆さんで集まってお話するのって、中々無いと思いまして。毎日一緒にいますのに」
「確かに。ようやく集まったのが学外ってのもおかしな話だ」
「じゃあ定期的にみんなで遊びに来ようよ!女子会しよ女子会!」
「……それに私は含まれているのか」
「当たり前でしょデグちゃん」
「ケロッ」
女性とはなんとも面倒な生き物である。群れを好み、買い物を好み、新しいものに目がない。
静かな店でコーヒーを啜ることが唯一の趣味なターニャにとって、この後定期的に開催されることとなる女子会とやらは毎度気の進まない思いだった。
唯一良かったことと言えば、気を利かせた八百万がコーヒーの美味しい店を毎度チョイスしてくれたことくらいか。
こうして今日もターニャは若干の後悔と共にティーカップを手に取るのだった。
追伸。
緑谷は無事手元に届いたフィギュアに狂喜乱舞し、ターニャに首がもげるほど礼をした。その様を見てしまった爆豪は「クソナード」と吐き捨てたが、今回ばかりは擁護の言葉を持たないA組の面々なのであった。
おわり。
起承転結の無さすぎる日常回、まぁいいんです。息抜き話なので。