第26話
雄英高校体育祭。
それは日本の誇るビッグイベントの1つ。かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂した。現代では規模も人口も縮小し形骸化し、それに成り代わるようにして盛り上がりを見せているのが我らが雄英体育祭なのだ。
元々オリンピック競技はアマチュア主体の祭典だ。そのためプロヒーローの卵が競い合う様がそれに代わるというのも納得。システム上雄英高校の生徒しか出場機会が得られないというデメリットはあるが。
他にも優れたヒーロー科のある高校は存在すると謳っておきながら、オリンピックのメダリストになるためのチャンスすら与えられないのだ、入学をしなかっただけで。
「顔を売る」という意味では最高の舞台である体育祭。他校のよく分からないヒーロー科に在籍し頑張るよりも、1度普通科でも出場のチャンスを得て広く認知されてから転科を狙う方が得策だと考える策士もいるだろう。
その「広く認知される」ことがもう嫌な予感しかしないのだが、それは置いておいて。
「……代表挨拶、ですか」
「あぁ。お前は入試トップだったからな。お声がかかった」
「……」
「お前がやらないと爆豪になる。お前は半分身内枠みたいなもんだからな、どちらでも良いとのお達しだ」
「では彼に」
「……そうか。分かった」
職員室。
怪我からの復帰を経て、体育祭への参加が可能とリカバリーガールに太鼓判を押されてしまったため新入生代表としての話が浮上。担任である相澤より打診を受けていたという訳だ。
わざわざお伺いを立てるようなら断ってもペナルティは無いようだし、自ら進んで目立つ役目を受ける義理も無し。
間髪入れずに辞退すれば、半分諦めたように同意するミイラ男だった。
……あぁ、次席は爆豪か。常にトップを目指すと豪語している彼のことだ。私の次に話がいったと知れば大荒れ間違いなしだろう。私の知ったことでは無いがな。
「失礼します」
用事は終わっただろう、と踵を返すと、背後から「デグレチャフ」と声がかかった。
「何か」
「お前、……いや。分かっているだろうし、いいさ」
「……失礼します」
今度こそ職員室を後にする。
……分かっているよ、体育祭も真面目に取り組まねば除籍だとでも言いたいのだろう?
ここ数ヶ月1年A組に籍を置き気付いたことがいくつかある。
まず、個性運用の稚拙さだ。
今やビッグ3とまで言われるようになったねじれ達は、己の個性の弱点までをも個性の1部とし、攻撃の一端として組み込んでいる。
個性は個性のままに、弱点は弱点のままに。それがA組の総じての感想だ。
運用方法だけで見た場合、私のそれには数段及ばないだろう。
しかしそれはある意味仕方が無い面もある。中学生の頃までは個性の使用が公には禁止されていた子供と、渡日して以来ずっと個性の運用方法を学んできた私とではレベルに差が出て当たり前だ。1部爆豪や轟といった例外も存在するが。
次に実戦ノウハウの不足。
実戦を想定して武道を嗜む生徒は多い。しかしそれはあくまで武道という規定ルール上での動きであり、実戦とは程遠い。相手がどんな思考をし、次にどんな手を使ってくるか。その場その場の応用力がまだまだ足りない。
まだ身体は付いて行ってないが、緑谷はそこら辺の観察眼に優れているようだ。が、何にせよ思考能力は上等でも戦闘運びが下手ならお話にならないのは当たり前の話だ。
なんにせよ、全員まだまだ幼い。
B組の内情は知らないが、あちらも似たり寄ったりだろう。
ある程度目立たず、除籍されるほど酷い順位を取らず、適当な所で敗退する。
うむ、体育祭の大まかな流れを知り対戦相手のレベル感を知った今なら容易いことだろう。
代表挨拶も降りた所だし、体力テストの結果は良くともUSJ事件で1番大怪我を負った私に注目する生徒はいまい。主力を除き雑魚しかいなかった敵連合、あんなのにやられるくらいだ。実戦に弱いただ個性が派手な子供程度の認識だろう。
ちょっとくらい手を抜いても周りに気付かれること無くフェードアウト可能だ。
───と、サボるつもり満々のターニャだったが、自分と周囲との認識の差を知ることになるのはいつも取り返しのつかない事態になってからなのだった。
*
体育祭当日。
どこか固い表情を浮かべ登校してきた生徒達。授業とはまた違うため、体育祭への訓練は完全に自主トレーニングとなる。私も全員の訓練内容は把握していないし逆もまた然りだろう。
必要なものだけ持ち待合室へと言葉少なに去っていく彼らはどうやら大なり小なり緊張しているようだった。
見るからに20個以上はある携帯食をビニール袋に突っ込んだ八百万は、不思議そうにこちらを見て
「デグレチャフさん?行きませんの?」
「あぁ、行く、……」
……その携帯食、自分用なのか。八百万の個性は脂質を使うことになる、それは知っている。しかし胃袋に納めてしまえばすぐに使えるのか?
消化吸収しないと意味が無いのだとしたらその大量の携帯食、今はそれほど重要じゃないんじゃ……と思ったが言わないでおこう。何だか凄い張り切っているし。
着いた控え室では各々が個性の発動確認をしたり緊張を解すため友人と他愛ない話をしたりと取る行動は様々。
魔法瓶にセットしてきた熱々のコーヒーを啜りつつ伸びてきた前髪を弄る。切るのが面倒で伸ばしていたが、そろそろこれも邪魔だな。
「みんな準備は出来ているか?もうじき入場だそうだ!」
そう元気に登場したのは委員長の飯田。相澤から引率の任を受けたらしく人一倍張り切っていた。
「うわぁいよいよだ……」
「緊張してきたぁ」
生徒がざわつく中、轟が「緑谷」と低い声で呼びかけた。あまりにも冷たいその声に、部屋の空気が一瞬凍る。
「轟くん……何?」
「緑谷。客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う」
「えっ……う、ん」
ほう、宣戦布告か。若いな。
それで萎縮する相手なら効果的だろうが、ここにいるヒーロー科志望の生徒に何をふっかけようがただの起爆剤にしかならないだろうに。それこそが目的なのかもしれないが。
「お前、オールマイトに目ぇ掛けられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねぇが……お前には勝つぞ」
「っ……」
「クラス最強が宣戦布告かよ……」
「おいおい急に喧嘩腰でどうしたんだよ!直前にやめようぜ」
「仲良しごっこじゃねぇんだ、別にいいだろ」
直後、「お前もな」と言わんばかりに轟から睨まれる。……やれやれ。
緑谷とオールマイトとの師弟関係を知っている生徒は私だけだろう。が、あの2人が仲が良いのは周知の事実。隠すつもりがあるのか無いのか、自分を殊更好いてくれるお気に入りの生徒くらいは知れ渡っていておかしくは無い。
そして、ここのプロヒーローが保護者である私も同じように見られている。全く、贔屓どころか通常よりハードモードな学園生活だというに外野はなんとも勝手である。
緑谷と違って込み入った事情があるためか、口に出さないだけ利口なのかもしれないが。
「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのかはわかんないけど……、そりゃ君の方が上だよ。実力なんて大半の人に敵わないと思う。客観的に見ても」
「緑谷もそういうネガティブな事言わない方が……」
「でも!
みんな……本気でトップを狙ってるんだ。最高のヒーローになりたくて、1番を取ろうと本気なんだ。僕だけ……遅れをとるわけにはいかないんだ」
俯く緑谷は、強く拳を握りしめる。そして真っ直ぐに轟を見据え、しっかりと言い切った。
「僕も本気で、獲りに行く」
……まただ。また、あの目。
『君を救いたい』と言い切った、あの理解し難い輝きを秘めたそれ。
今緑谷が言った事はなんら特別な事は無い、負けたくないというただの勝利への欲求。なのにどうして私の心はこんなにもざわめくのだ。
まるで、嫌な予感から逃げ出したいかのように。
控え室の空気がピリッと真剣みを帯びる。
遠くからは既に歓声と、プレゼントマイクの司会進行の声。
波乱の体育祭が、始まった。
*
おまけ。
「……出店、禁止なのか」
「意外と食い意地張ってるわよねあなた……。だぁめ、去年までは生徒じゃないから許可してたけどね。出店地帯の混雑状況って毎年半端ないのよ。昔それで出場時間に間に合わない生徒が多発してからは一律禁止になりました。
代わりに食堂はいつも通り空いてるからそっち行きなさいな」
「……禁止なのか……」