残虐注意です
どうにかヒーローに保護された私達は、しかし2人でひたすら暗い地下水道を歩いていた。
曰く、ここにいるのはヒーローの精鋭部隊で誰一人として欠員が出せない状況。この先敵がいないのは確認済みのため、まだ歩けるのであればこの先の本部に行って欲しいと。
詳しくは教えて貰えなかったが、やはりあのオールフォーワンと名乗る男は日本で悪事を繰り返す大悪党らしい。海外でも支部を作り大掛かりな計画を進行しているようだからわざわざ海を越え日本から実働部隊を派遣した、とそういうことらしかった。
何かしらの施設でコソコソしていると居場所を突き止めただけであり、ヒーロー研究と偽り身寄りのない子供を虐待、殺害している施設だとは初耳だったらしい。絶句していた。
「ねぇターニャちゃん。ほんとにあいつら信用して大丈夫なのかな……」
「分からない。でもこの暗闇の中目的地も分からず彷徨うよりマシだろう。少なくとも殺意は無かった」
「でも問答無用で拘束してきたし……」
言葉の通じない厳つい大人にいきなり拘束され解放され放置されただけのソーヤにとっては、この状況に納得がいっていないようだった。
しかしだからと言って代替案がある訳でも無く。
「あの状況下で拘束されない方がおかしいと私は思うぞ。
とりあえず反論するならそれ相応の理性的な意見でなければ再考は有り得ない。なんかあいつ嫌、という幼稚な感情論は論外だソーヤ」
「ターニャちゃんの話は難しすぎて半分以上何言ってるかわかんないよ……」
その時。
ドオォォ……ン
「何?」
「地鳴り……?」
まだ音は遠いが、地面が揺れる程の振動に身を固くする。
「……戦闘がスタートしたのかもな。急ごう」
「うん」
あの見るからに脳筋そうなアメリカンヒーロー(しかしおそらく日本人)と個性の底が見えないオールフォーワンだ、直接対決なんかになったらこの古い地下水道ごと木っ端微塵なんて惨劇も起こらないとは言いきれまい。
「どこへ?」
「聞いていなかったのか?ヒーローの、」
……違う。声は確かにソーヤだが、違う。
隣を歩いているはずのソーヤの声が、後ろから聞こえるなんてこと、有り得ない。
ばっと振り向くと、そこにはオールフォーワンが黒いモヤ状の物体から姿を現した所だった。
「オールフォー……っ」
「駄目じゃないか、ターニャ。言い付けを守らなきゃ。悪い子はお仕置きだ」
なんなんだ、あの個性はッ!
転移!!?しかしなぜここがバレた!
ヴン、と小さな発動音と共に先程の子供達を引き寄せた時と同じく体が宙に浮く。
自由を奪われ、あっという間にオールフォーワンに雁首を差し出してしまう形になった。
「ターニャちゃんッ!!」
「逃げろソーヤ!!私は大丈夫だからッ」
「何処が大丈夫なんだい?」
「ぐ…… 、はっ」
ミシリ、と音が聞こえた。
無理矢理首を掴まれ、息が出来ない……っ!!
「ターニャちゃんっ!!ターニャちゃ……!!」
……あぁ、声が遠い。
私はこんな所で死ぬのか?こんな腐った地下で、日の目も浴びずにゴミのように。
『由々しき事態だな。死の間際ですら信仰心のかけらも芽生えないとは』
───存在、X?はっ、これほど嬉しくない再会も珍しい。何年経っても貴様の理不尽さにはほとほと愛想が尽きる
『貴様こそまるで進歩がない』
───生憎神とやらに生を媚びるほど卑しくはないもので
『相変わらずの目に余る態度だ。なるべく無干渉を貫くつもりだったが、愚かな子羊には道を示してやるべきなのかもしれんな』
───道?待て貴様、また余計なことを考えているのではなかろうな?
『貴様の個性に祝福を成した。今後個性を使う度、貴様は神への祈りを唱えずには居られない』
───な、にを
『やがて貴様の心も信仰に満たされるであろう』
───あ、悪質すぎるッ一体どこまでくそったれなんだ!!?
『さぁ行くがよい。主の御名を広めるために』
飛んでいた意識が、戻ってきた。
喉を締め付けられつつも、言葉が勝手に滑り落ちるのを止められない。
「……か、みの奇跡は、偉大、なり。主を讃えよ」
「何?」
「───その、誉れ高き名を」
瞬間、私の身体に無かったものが無理矢理組織されていくのを感じる。
『飛翔』の個性を使うに相応しい身体に、作り変わる。
「ターニャちゃ……!?」
ふわり、と身体が浮き上がる。
物理法則を無視したそれに、俄に心が騒ぎ立つのが自分でも分かった。
「面白い、君は本当に面白いよターニャ……!」
飛翔、名前を聞けばただ飛ぶだけの個性。しかしそれは副次的要素でしか無い。
自身と、触れたものの重力を奪い意のままに飛ばす個性。
妖精のような個性名のイメージとは程遠い、どんなものでも弾丸のようなスピードで操ることの出来てしまうそれは、殺戮のための個性。
つまり、私に触れているオールフォーワンは……。
「う、ぐっ!!?」
私の首から引き剥がされた彼は抗えない超スピードで地面にめり込み、全身が奇妙な方向へとねじ曲がっていた。
「存在Xめ……!なんて厄介な呪いを押し付けたんだ!!くそっ」
しかしこの場から生き残るにはこの個性を使うしか道が無い。
「大丈夫だオールフォーワン!飛ばす距離が短かった、死にはしないだろうさ!
いくぞソーヤ!!」
「え、あ、うんっ」
「───逃がさないよ?」
ゾッとした。全身の骨をバキバキに折ったはずのオールフォーワンは、笑いながらそこに立っていたのだ。
「君は本当に面白い、面白いからこそ───」
ぐ、と身構える。しかしいつまで経っても身体が引っ張られる感覚は無く。
「───君の友人が目の前で死ぬ時の顔を、ぜひとも見てみたい……!」
「……ッ!!ソーヤ!!」
狙いは私では無い、ソーヤだ!!
横にいたはずのソーヤはもうオールフォーワンに引き寄せられていて、伸ばした手は空を切った。
「っソー……」
「逃げ、て、ターニャちゃ、」
先程の私と同じように首を掴まれたソーヤの、息が止まる。
首が、嫌な音を立てる。ミシ、ミシリ。
涙で濡れたソーヤの瞳から、生気が消え、
「やめろッ!!」
ぐしゃ。
ソーヤの首元に飛び散った血液と、だらりと垂れたその四肢。
「あ、」
ソーヤは、死んでいた。
「あぁ……」
「はははははは!!やはりこの瞬間は何度見ても面白い!!あぁ、素晴らしいショーをありがとうターニャ!なんていい気分───」
「───殺す」
別にソーヤに友情を感じていた訳では無い。ここを無事脱出するための便利な人材。その程度。
しかし私の貴重な戦力を奪っておいて、ただで帰す訳にはいかない。
「そう、こなくちゃなぁ」
にやり、と歪んだ笑みを浮かべるオールフォーワン。
巨悪はただただ、楽しそうに笑った。
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