アリスの私服は神である
Ave atque vale.
自分を縛る拘束具が竜の首に繋がれる。竜が翼を羽ばたかせ、空へ舞い上がると自分の足が宙に浮き始める。隣では同じように足が地面から離れていく
巻き込んでごめんね?
と瞳が囁いたように見えた。
「アリスっ!」
「カイトっ!」
友人たちが少女と自分の名前を呼ぶが答えることはできない。いや、言わないのでなく言えないというのが正しいだろう。
何故なら俺は
だからなんと言っていいかわからない。
「ありがとうキリト・ユージオ。…さよなら」
We will never forget the time I spent with you.
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あれからどれくらい経っただろう。8年ぐらいだろうか。
〈公理教会〉に連行されて《シンセサイズ》されたが、俺の記憶は改変されなかった。それは
《自我保存》
何があろうと自分の意思を失うことがないということである。それは《シンセサイズ》されないためだけに与えられた特典。
残る2つはおいおい話すことにしよう。
「アリス、少しいいか?」
「なんですか?カイト」
金髪碧眼の少女が自分の竜から視線を外さず、感情少なく返事をする。あの日一緒に連行された少女が俺の目の前にいるアリスだ。
ここは〈整合騎士〉の竜を駐留させておく発着所でもあり、竜が暮らす獣舎でもある。今いるのは俺とアリスの2人だけだから、多少砕けた会話をしても問題は無い。
それにここは一応各〈整合騎士〉のプライベートスペースなので、アドミニストレータは干渉してこない。本人がその気になればそれは簡単にひっくり返るが、その時は俺のもう一つの特典を使えばいい。
さらにひっくり返して、
「相変わらず能面なことで」
「いつも通りです。これが本来の私ですから」
素っ気なく返してはいるが、これでも今のアリスであれば人当たりはいい方だ。一番心を開いてくれているのが自分ということに、何より喜びを感じる。
愛竜である
「ちょっと!何をするんですか!?」
アリスの手を引いて、自分とアリスの竜から見えない位置まで移動してから振り返る。
「行動からではなくまずは口で…むぐ!」
文句を言いかけたアリスの整った唇を自分の口で塞ぐ。
「ちょっ何を!?ん、ダメ!でっ、やっ!」
逃げようとするアリスの腰を掴んで逃げられないようにする。
「誰か来たら、ん!大変で、んんんんんんん~!」
どうやらアリスの脳が羞恥の許容量をオーバーしたようで、抵抗がゼロになり俺にされるがままになる。
「…次の立ち合いでは斬りますからね///」
「おうおう怖いこと。昔はアリスからきてたのに、今されたら怒るというのはいささか可笑しくないか?」
「っ!それはその…あのときはどんなものか知りたかったので」
まったく可愛い奴である。あの日からどれだけ月日が流れようと、根本的な
「解」
俺が一言呟くとアリスが光に包まれる。光が消えて現れたのは、見た目は変わらないアリスだった。だが決定的に違うのは能面に近い表情の
「やっほ~カイト。元気~?」
同一人物なのにここまで変わるのかというほどの変化である。同じアリスでも真逆の人間性だから、ここまで違っても仕方ないかもしれない。
ちなみにアリスの自我も特典で解消済みだ。二重人格にしているのはのちのち起こる事への保険である。互いに互いの記憶は残らないの。容姿や名前は一緒でも、人間性がまったく違うので違和感は感じない。
「ねえねえ、さっきまで何してたの?」
「別に何も。いつも通りに夢縁の世話をしてただけだよ」
「嘘つき」
「は?」
今の言い方で嘘がばれるか?普通。
「キスしてたでしょ?もう1人のアリスと」
「何を根拠に?」
「唇の周りの薄い口紅!」
アリスはビシッと指を突きつけながら俺の口を指さす。焦った俺は急いで袖を使って口の周りを拭く。だがそれはしてはならない行動だった。
「な、なんだよ」
「嘘だよ~ん。口紅なんてついてないもん」
「じゃあ、なんで口紅って言ったんだ?」
「女の勘よ」
どうやら俺ははめられたようだ。
「だから私にも宜しくね?」
「…わかった」
輝くような笑顔で言われれば頷くしかない。というより俺たちは整合騎士になる前から婚約者同士だったのだ。今更これを拒む理由もない。
それからというものアリスの機嫌が良くなるまでというより、気が済むまでキスが続けられた。
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今、俺の目の前には薄い寝間着を着た銀髪の女性が、部屋の中心に置いてあるベッドにしだれかかって、妖艶な笑みを浮かべている。
悪いがそれぐらいで俺の感情は揺れ動かない。
アリスがいるという理由も大きいが最大は人の命を簡単に奪い、自分の思い通りに行かなければ強制的に終わらせるそんな奴だから。
こいつがどんな動きで誘惑しようとも俺には関係ない。
「
「アリス・シンセシス・
無表情にシンセサイズ
「アリスちゃんではなく貴方を選んだのは、男性の方が動きやすいのではないかと思ったからよ。女性は人数が少ないから動きにくいと思うの。そこに行く理由としては、貴族が良からぬ行動をしていないかということを調べてもらうため。年齢が近いまま〈天命〉が凍結されていれば疑われることはないでしょう」
「自分に白羽の矢が立った理由がわかりました。身分はどうされるのですか?」
「そこに入学しようとする貴族の子供を
こいつはなんの罪もない貴族の子供の命を奪えというのだ。殺した子供の名前を背負って生きろと言っている。
「ふざけるな!」と叫びたいが、ここで言えば何をされるかわからない。アドミニストレータから〈神器〉を渡されているとはいえ、他の〈整合騎士〉を相手にして勝てる気などあるはずもない。
ここは仕方なく従って時を待つしかないだろう。
「承りました。ご命令のままに」
一礼をして部屋を出て行った。
くそ!やはりあいつを生かしていてはこの世界に平和は訪れない。数年後にあいつを倒しても〈ダークテリトリー〉からの攻撃を受けるが、それでも僅かな合間でもアリスと過ごしたい。
キリト・ユージオ・アリスの4人で、もう一度野原を無邪気に駆け回りたい。
それを可能にするなら2人を〈公理教会〉の中に入れる必要がある。そうするためには事件を起こさなければならない。だがそうすれば2人や側付きが苦しむことになる。
1人でアドミニストレータを殺すことは不可能だ。武器もなければ神聖術でも倒すことができないとなれば、手を取り合ったほうが勝てる可能性は高い。
なにしろ2人は、アドミニストレータを倒せる武器を持っているのだから。
「両方のアリスに伝えておこうか」
誰にも聞こえないような声で呟いた声は、下降中のエレベーターの音でかき消された。