やっぱりこっちを書く。だってこれ書く方が楽しいもん。
再会
アドミニストレータに命じられたように、〈人工フラクトライト〉である貴族の跡取りを殺さず、俺はノーランガルス帝立修剣学院へ入学した。
アドミニストレータに頼み込み、偽造住民登録をした俺が平民として降り立った頃。季節は春で穏やかな気象だった。そして俺は興奮していた。普段は〈セントラル・カセドラル〉の中でしか生活は許されない。外出できる時間と言えば、アドミニストレータに命じられた仕事をこなす間のことだけ。
ゆっくりと物見遊山できず、任務完了すればその報告というなんとも味気ない生活だった。だが今の俺を縛る枷はない。自由に自分のやりたいことができるのだ。〈央都〉に住む住民は、剣術と簡単な〈神聖術〉の試験をパスすれば、ノーランガルス北帝国修剣学院に入学を許可される。余裕の成績で門をくぐった俺は、2人に会えることへの喜びを噛みしめながら足を踏み出したはずだった。
なのに…。
「《白鳥アラベスク》!」
相手の男が強烈な突き技を放ってくる。
どうしてこうなった!?んなアホな!と俺は突っ込みたくなる。何故ならそれはこの世界でありえない技名だからだ。
「ぐっ!くそっ!」
本来は蹴りであるはずの技が、連続突き技に変わった攻撃をなんとか剣でいなした俺は、玉砕覚悟で相手の懐へと突っ込む。剣の柄を両手で握り、右腰へと溜め込みながら全力で走り込む。
「セアァァ!」
「《うらぶれ
渾身の力を込めて前に突きだした剣を、相手は酔拳のように左右へユラユラと揺れながら、俺の突き技をすべて交わす。それと同時にうねるように不規則な動きをする剣が、虎の顎を思わせる威力で俺へと襲いかかった。それをサイドステップとバックステップの連続でなんとか回避する。距離を詰められない以上、押し負けていると言われても仕方ない。
「その程度じゃあちしに勝てないわよぅ!」
「まさにその通りですよ
技名と独特な一人称に話し方。そして何よりその名前。それが示すように俺を一方的に攻撃しているのは、彼の国民的アニメに出てくるキャラクターそのものだ。
俺が荒い息をついている間にも余裕な様子で、バレエダンサーのように片足の爪先を使い、その場で回転している。一体どのような力の使い方をすれば、あのような見事な動きができるのだろうか。
「今日で最後なのだからあちしに勝ってみなさいよぅ!...それともここで死ぬか?」
ふざけたような様子から一転して、ドスの効いた声音で話す男は俺の先輩であり、帝立修剣学院上級修剣士であるボン・クレーこと本名ベンサム・アンドラだ。学院でも上から5番目の成績を修める猛者である。
某アニメとまったく遜色の無い性格と人間性は、少しかじった程度の俺でも納得させられるほどだった。俺個人としてもあのキャラクターはかなり好きである。敵でありながら友情を育み、主人公を護るために強敵へと立ち向かう姿は、俺の男魂を燃やすには十分だった。それほどまでに強烈なインパクトを残したキャラクターと、まったく同じ相手に俺は負けるわけにいかない。
この1年間、寸止めであっても一本も取ることができなかった俺には難しいことかもしれない。だがその俺に対して最後まで手を抜いて勝たせようとせず、いつも全力で俺に挑んでくれるこの人に恩を仇で返すようなことはしてはならない。ならば今この場で一矢報いる。使い方を間違ってはいるが、気持ち的にはこれが一番合っていると思う。
俺は荒い呼吸を深呼吸することで抑え込む。左足を前に出し、右足を引いて半身になる。右足を引くことで俺の右手も自然と後ろへと移動し、自然な形で型を作り上げる。左手を前に出し、右手で剣を肩に担ぐように持つ。少し後ろに引けば〈奥義〉が発動するが、敢えて今はそうさせない。
何故なら相手にも全力でかかってきてほしいからだ。
「最後ですからベンサム先輩も全力でいいですよ」
「後悔したらあちしは許さないわよぅ!」
「全力と全力の勝負です。俺と先輩どっちが上か決めましょう。今、ここで!」
俺と先輩は同時にスキルを発動させる。
俺はわずかに後ろへと右手を引くと、刀身を赤い光芒であるライトエフェクトが満たしていく。それとともにジェットエンジンめいた甲高い音が修練場に響き渡る。
「それこそあちしが待ち望んだ強い技よぅ!」
「行きます!」
「かかってこいやぁ!」
俺と先輩は同時に地を蹴り、同じ突き技を繰り出した。
俺が繰り出したのは〈
対してベンサム先輩は〈アンドラ流単発技《
どちらも同じ単発突き技だ。威力はどちらも高く並大抵の攻撃では防ぐことができない技だが、今目の前に起こっている事態は異常である。
修練用の木剣の先で攻めぎ合う様子は、見る者の気分を高揚させる。実際、審判をしている生徒は眼を光らせて続きを楽しんでいた。僅か1cmの幅で強力な力が互いを押し込もうと、膨大な熱を発している。いくら最高級の白金樫製とはいえ、これほどまでに圧力を受ければ相当の〈天命〉を失っているはずだ。
力の大きさで言えば、〈整合騎士〉である俺が負けることはない。しかしこうして目の前で互角の勝負をしている様子を見れば、ベンサム先輩の力量がわかるだろう。
この世界では単純な力勝負で勝敗は喫しない。何より大切なのは〈イメージ力〉。想いがそのすべてを左右する。
ベンサム先輩にあるのは、必ず首席を取ってみせるという強い想い。そして俺にあるのは友人といつまでもずっと一緒にいたいという強い想い。それが拮抗しているということは、どちらも譲れないほどの強さがあるからだ。
だが俺はここで止まってられないんだ!4人でまた笑顔で暮らせる日々を取り戻す!
「ぜあぁぁぁ!」
全身の力と想いを剣にのせると、少しずつベンサム先輩の剣を押し込む。
「ぬうぅぅぅぅ!」
ベンサム先輩も必死に想いを込めるが足が後退していく。
「はあぁぁぁ!」
もう一度体重と想いを込めると、赤いライトエフェクトが白色のライトエフェクトを放つ先輩の剣を弾き飛ばした。勢いを留めることなく突き進む俺の木剣は、切っ先で拮抗したときにずれたのか、ベンサム先輩の白桃色の制服を浅く切り裂いて後方へと抜けていった。
「そこまで!この勝負、カイト初等練士の勝ちとするだ
そう締め括ったのは、髪を数字の3のようにして眼鏡をかけたギャルディーノ・クレイルス上級修剣士だった。この人もまた某アニメの登場人物そのままだ。特徴的な口癖と名前を見れば誰だかわかるだろう。
「「ありがとうございました」」
お互いに剣に左手を置き、右手の拳で胸を押さえる〈騎士礼〉なるものをする。
「強くなったわねぇ。これで心置きなく最後の試験に望めるってもんよぅ」
「最後しか勝てなかったので若干悔しいですけど」
「ずっと負けてたらあちしの存在価値どうなるのよぅ。ジョーーーダンじゃなーーーいわよーーーう!」
「ははははははは…」
テンポ崩されるでしかし。だがふざけている様子に見えてもこの人はいたって真面目だ。周囲からはただの変態として扱われているが、俺や友人たちからすればぞんざいな対応はできない。先輩であったり自分へ剣の手解きをしてくれるからという理由もなくはないが、本心で言えば剣の腕が侮れないからだ。
大勢の修剣士がいるなかで、上位5名に名を連ねるのは決して簡単なことではない。現に俺も傍付き特権が与えられる成績上位12人のうちに入ってはいるが、次席はおろかましてや首席まで至ってはいない。剣術はまだいいが〈神聖術〉はどうも苦手なせいだ。術式を唱えるのは昔から苦手で、〈整合騎士〉になった今でもなかなかね。周囲と比べたらそこそこだとしても婚約者があれだとな…。
「今日で最後なのは悲しいけど頑張りなさいよぅ。来年に無様な負けかたしたら死刑にするわよぅ!」
「短い期間でしたが見事なご教授ありがとうございました!これからも日々精進して参りますのでよろしくお願いします!」
「んがははははは!」
「まあ、頑張るんだガネ。明後日の試合、我輩たちもすべてを賭けて挑む予定だから見逃したら許さないんだガネ!」
「楽しみにしていますギャルディーノ先輩」
謎の動きで修練場をあとにするボン・クレーもといベンサム・アンドラと、それを説教しているギャルディーノ・クレイルスをお辞儀をしたまま見送った。
2人が去ってから、俺は先程まで稽古をしていた修練場を真ん中から見渡す。修練場は木製の床に大理石のように白い壁と天井に囲まれた正方形をしている。無駄の無い装飾は何もしていないというのに、何処か気分を高揚させてくれる。
もう二度と、1年間も自分に手解きをしてくれたベンサム先輩と剣を交えることができないと思うと寂しくなる。入学した頃から短い期間だとはわかっていたが、今となっては本当にあっという間だった。〈神聖術〉の授業に剣術の授業が終われば、精神的にも身体的にも疲労が溜まる。だが何故かベンサム先輩と剣を交えれば、その疲労も何処かへと吹き飛ぶのだ。体がもっと剣を交えろと言うように。神経が加速したかのように、眼に入るものがスローモーションに見える。
自分の視覚が加速されたかのような錯覚によく陥ったものだ。その時は、あと一歩のところまで追い詰めることができたが、いつも技ありで敗北した。〈整合騎士〉である俺が負けるとはなんたることか!と弓使いのおっさんに言われそうだが、言い訳をさせてほしい。
〈セントラル・カセドラル〉には、それはもう剛剣としか形容できない腕前を持つ〈整合騎士〉は多くいたが、ベンサムのように予測不能な動きをする型を使う人はいなかった。ほぼ全員が一撃必殺といった一撃にすべてをかける。まあ、数名それに当てはまらない人がいるのもまた事実なのだが。
弓使いとか連続技の使い手とかめんどくさがり屋とか。
閑話休題
「やば、アズリカ先生に怒られる」
午後4時半を示す鐘が相当前になっているのを思い出した俺は、修練用の木剣を指定の場所に直してから修練場をあとにした。
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初等練士僚の正面入り口の石段を登り、エントランスホールを急ぎ足で駆け抜ける。カウンターの奥の茶髪をきっちりとまとめた顔立ちも峻厳のひとことで済ます年齢二十代後半の女性に、軽くにらまれるが気付かない振りをする。
別段刻限に遅れたわけではないので気にする必要はないのだが、この人に何かを言われるとそれが正しいように聞こえてしまう。論破される気しかしないので、正面切って口答えをしようと思わない。それに俺は簡単には勝たせてもらえないとわかっているから、捕縛されるような真似をしないと思われる。
実際、この
そんなことを考えているうちに2階の206号室に辿り着いた。女子用フロアの1階106号室から男子フロア2階206号室で寝泊まりする初等練士は、全員庶民出身である。
10人部屋であるが今は俺以外誰1人いない。約2名はまだ練習に励んでいるだろうからいないのだろう。206号室には傍付きが3人だけなので、どうしても他の7人とは生活リズムがずれてしまう。だからといって仲が悪いということはない。むしろ仲は良い。
俺は怪我防止のためにつけていた肘と膝のサポーターを外し、自分の棚に投げ込む。そして残りの2人が戻ってくるのをベッドに腰かけて待つ。
〈傍付き〉というのは、初等練士成績上位12人のことを指している。そして上級修剣士である12人の身の回りの世話をすることになる。その見返りで直接指導してもらえるというご褒美があるのだ。俺は(オカマかどうかはさておき)性別が同じだったので、それほど気にはならなかった。だが友人である1名の上級修練士は、女性であるため素直には喜べないらしい。
別に危ないことを命じる先輩でもないし、それをまともに言うことを聞く人間性でもない友人なので気にしてはいないが。本人は女性と剣を交えることをあまり喜ばないが、先輩から学ぶことが多くまた楽しいからか笑顔を絶やすことはない。
もう1名も素晴らしい先輩にしごいてもらっているからか、最近技が重くなったような気がする。まだ負けるとは思っていないが注意していいかもしれない。
俺と2人の順位は1つ2つしか変わらないのだから。
「あ、
最初に帰ってきたのは、残り2人のうちの真面目な方だった。
「20分の遅刻だぞユージオ。最後だから仕方ないけどな」
「いやぁ、ゴルゴロッソ先輩の部屋で話し込んじゃってさ」
亜麻色にグリーンの瞳をしたユージオが言うゴルゴロッソ先輩とは、上級修剣士三席のゴルゴロッソ・バルトーという巨漢な男子生徒のことだ。腕前はその順位に恥じないものであり、まるで地に生えた根のように地面から離れることがない構えは、圧巻の一言だ。
ついでに言うと、もう1人の友人が傍付きとして仕える生徒が次席である。成績によって順位が決まるので、上位成績者に選ばれることは確かに名誉なことであるが、すべてが成績ではないと俺は思っている。人間性がなければ、いくら腕前があろうと、ついてくる人間はいない。逆に腕前が人並みだろうと、人間性があれば自然と人々は集まってくる。
だから俺は2人が自分より成績が下にも関わらず、俺が仕える上級修練士より上の上級修剣士の傍付きとして稽古していようと文句はない。むしろ誇りに思えたりする。それだけ見込みがあるということなのだから。
「うぇ、2人とも揃ってんのか。最後の日もビリかよ」
20分後、ようやく最後の1人が帰ってきた。
「遅いよキリト」
「これは明日の安息日に、〈跳ね鹿亭〉の蜂蜜パイをおごってもらわなきゃな」
「あ、それいいね。よろしくキリト」
「…カイト、余計なこと言うなよ。ほんと勘弁してください」
黒目黒髪の友人のげんなりした様子に、ユージオと2人で苦笑している。その間にキリトはさっさと稽古道具を片付けていた。
「腹さ減ったべや。早く行こうぜ。間に合わないとまた嫌み言われるぞ」
「「どこの言葉遣いだ(よ)」」
「ふっふっふっ、〈アインクラッド流極意其の壱。《思い付いた言葉は躊躇わずに言う》〉だ」
「行こうかユージオ」
「そうだねお腹空いたし」
「無視すんなぁ!」
適当な言葉で誤魔化そうとした友人を放って、2人で部屋を出ていこうとすると後ろから叫ばれた。廊下に出るとキリトが俺たちの間に入って肩を組んでくる。
「あと1年だぜ。あと1年で俺たちの目的は目の前だ」
「そうだね」
「ああ」
キリトの力強い言葉に、ユージオとカイトは同じように力強く頷いた。
2名の名前は本名と作者が考えた名前で構成しております。
ベンサム・アンドラ・・・カイトの先輩であり上級修剣士第5位の猛者。
ギャルディーノ・クレイルス・・・ベンサムの友人であり上級修剣士第6位。