アリシゼーション~アリスの恋人   作:ジーザス

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切りがいいところで終わろうとすれば長くなるなぁ。


修剣学院2年目
衝突


上級修剣士。それは入学1年目の年度末に行われる進級試験において、優秀な成績を修めた上位12名のことを指す。〈高等練士〉とは呼ばれない特待生とも言える。細かい学院規則の大部分から解放され、学院生徒の最終目標である《帝国剣武大会》の出場権獲得を目指し、修行漬けの1年を送ることができる。

 

毎日の学科授業と剣技指導を終えたあとの自主訓練は、肉体的にも精神的もきついものだ。とはいえ、短時間でも自分のやりたいことに取り組めるのは嬉しい限りである。

 

俺の最終目標は《帝国剣武大会》に出場することでも、優勝し名誉ある〈整合騎士〉に任ぜられることでもない。アドミニストレータが密かに企てている計画(・・)を阻止することだ。

 

すでに〈整合騎士〉である以上《帝国剣武大会》に出る必要はないのだが、2人がそれを目指している以上同調しないわけにはいかないのだ。それが嫌なわけでも不快なわけでもないので、文句を言うつもりもない。アドミニストレータの計画を阻むためには2人の協力が必須であり、連れていかないという選択肢はない。

 

ここにアリスが参加すれば、少なからずアドミニストレータとは互角に渡り合えるだろう。高位の〈神聖術〉を使えるのがアリスだけというのが懸念事項だが、無い物ねだりである以上悩んでも仕方がない。だから剣で勝てるようになるために、僅かな時間を利用してでも知識を吸収する必要がある。

 

そんなふうに〈上級修剣士〉になることを伝えられたある日。俺は何気なく思っていたのだが、傍付きとなった生徒によってその願いは(悪い意味ではない)儚き夢になった。今年16歳になったばかりの五等爵家のご息女が、(今は)一介の平民である俺の身の回りを世話してくれることに若干困惑していた。自分が傍付きだった頃は、やり甲斐があったからいいのだけれど貴族だ。それも女の子にされるのは罪悪感がある。

 

両方のアリスがこれを知ったら何を言われるかされるのか想像したくもない。よくて立ち合いをさせられるぐらいかな。まあ、条件付きはあるだろうけど。丸太に束縛された俺に木剣の素振りを、当たるか当たらないかという瀬戸際でするとか。それか条件はそのままで〈神聖術〉の試し撃ちの的にされるか。

 

考えただけで寒気が…。

 

話を戻そう。俺の傍付きとなったユウキ・ナストスは、名前の通りあのユウキと顔も性格もまったく一緒である。だからキリトが初めて見たときに切なそうな表情を浮かべたのだろう。だがそのことに対してユウキに罪があるわけでもなく、《システム》が勝手に生成した〈人工フラクトライト〉なのだから、本人を責めるのは間違っている。キリトがユウキに何かいちゃもんをつける性格ではないことを知っているから、まったくというほど気にしてはいないが。

 

最初の頃は俺もユウキもギクシャクした関係ではあったものの、打ち解けることができれば今までの壁はなんだったのかと思うほど変わるものだ。それはユウキの天真爛漫な性格が影響しているのだろうけど、ありがたいから文句などない。

 

掃除が終わったあと、ユウキとの予定が合えば剣の手解きをしている。とはいえあまり教えることはない気がする。剣の腕があのユウキと同じように完成された動きなのだ。〈ハイ・ノルキア流〉によって繰り出される技は、俺も気を抜いているとダメージを負いそうなほどの威力を持っている。伊達に傍付きとして選ばれるだけの成績を修めているわけではない。

 

傍付きを任命する順番は上位からと決まっているが、俺たちは最後に回してもらうことにした。12人から選ぶということは、順位をつけるようなことであるから気が引けたのだ。最後に残ったのはユウキたちだったわけであって今に至る。3人が残された理由は単純明快。五等爵家と六等爵家という所謂下級貴族ということだった。

 

俺たちと同じ〈上級修剣士〉である残りの9人は、ただそれだけの理由で彼女たちを虐げた。確かに傍付きに任命される上位12人の中で下級貴族なのは3人だけだった。

 

ちなみに四等爵家は、上級貴族でもなければ下級貴族でもない地位である。どちらにも含むことができるので、自然と虐げられることはない。だが五等爵家からは下級貴族と揶揄される。その理由としては貴族でありながら、生活環境などが平民とほぼ変わらないからだとか。

 

俺たちは正直言うと、下級貴族だろうと上級貴族だろうと気にしない。どちらにせよ自分たちより地位が上の生徒に、身の回りを世話してもらうことには変わりないからだ。困惑があるとすれば、傍付きが上級貴族出身であれば罪悪感が少し増えるということだが、〈貴族〉や〈地位〉が上というジャンルにひとくくりすれば気にはならない。

 

傍付きと初めて対面するときに、どういう選考をされたのかを伝える必要はない。教える義務もなければ聞く権利もないのだから。だが義務や権利があったとしても、俺たちは決して口にはしなかっただろう。そんな理由で俺たちの傍付きとなったことを知ってしまえば、彼女たちが耐えられないと共通の認識を持っていたからだ。

 

だからそのことを悟られないように可能な限り優しく接しているつもりだ。たとえ他の傍付きたちからそのことを知らされていたとしても、俺たちは変わらず接する。

 

そう3人で決めたのだ。

 

そして俺たちは今年度も仲良く同じ(・・)部屋でまた1年を過ごすことになっている。半分は狙ったことだが半分は当然のことだった。

 

これまでは首席と次席がひとつの部屋で三席と四席、五席と六席という割り当てだったが、三席と四席がその学則を拒絶したので首席から三席、四席から六席が同じ部屋ということになっている(・・・・・)。三席がヒョール・マイコラスで、四席が俺なのでどんな問題が起こるか説明しなくても予測できるだろう。

 

解=反発。以上証明終了Q.E.D!

 

簡単に言うと、三席のヒョールは平民出身の俺と同室が嫌。四席の俺は他人を見下す奴が嫌。奇遇(・・)にも同じ感情を抱き、一触即発になりかけていた俺たちに首席と次席、ユージオとキリトが助け船を出してくれた。

 

ヒョールを首席と次席の部屋へ、俺をユージオとキリトの部屋で生活するということに感謝して今に至る。本当は許されざることである。部屋で喧嘩されるよりはマシということで、特例で認めてもらうことができた。

 

アザリヤ先生がすんごい眼で睨んできたけど許してほしい。いくら俺が〈整合騎士〉であっても嫌なことはあるさ。耐えろと言われるかもだけどあれだけは受け入れ難い。まあ、そんなこんなで2年目はすでに1ヶ月が過ぎ去っている。明日は〈神聖術〉の試験なのであまり楽しくなく、むしろ憂鬱であるのが不満だ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

ユウキたちが初等練士寮に帰っていき、パイとシュークリームをそれぞれ食べ終えると、キリトが木剣を掴もうとしたのでユージオが待ったをかけた。

 

「キリト、明日は〈凍素〉の試験だけど大丈夫なのかい?」

「うっ」

「首席を狙うなら疎かにできないよな?」

「むむむむむむ」

 

自分でも〈神聖術〉が苦手だと理解しているから悩んでいる。剣を振って剣の腕を磨きたいという気持ち。〈神聖術〉を勉強しないと首席にはなれないという気持ちが葛藤しているのだ。肩を震わせながら数秒の間悩んでいたキリトは、見事に自制することに成功した。

 

「勉強は面倒くさい」

「ごもっともだよ」

「剣の腕がすべてじゃないからね」

 

項垂れるキリトは髪をかきあげて力ない声で言った。

 

「俺は今から一夜漬けを敢行するから、心あらば俺の夕食を食堂から持ってきてくれたまえ」

「俺に優しさはないから持ってこないよ」

「僕も面倒くさいから却下ね」

「う、裏切り者ぉぉ!」

「自業自得という言葉の意味をしっかりと噛み締めたまえ」

「サボるのが悪いんだよ」

 

謀反を起こされたキリトは憤慨するしかない。といっても2人が真面目に話を聞かないので、キリトのヘイトは上昇していく一方だった。

 

「カイトだって苦手じゃないか」

「苦手だからこそ授業を真面目に聞いて、キリトが素振りしに行っている間にも復習しているのだよ」

「い、いつのまに…」

「授業中に寝てるキリトとは違うのさ」

「俺の味方はなしか…」

「味方がほしいなら日々の行いを改めないとね」

 

ユージオの清々しい笑みはこういうときに、より効果を発揮する。純粋な笑みだから自然と受け入れてしまう。それが親友である存在であれば尚更だ。

 

「わかったわかった。夕食は持ってくるよ。…苦手だと自覚しているなら最初からやればいいのにさ」

「まったくもってその通り。でもそれができない人間も存在するのさ…」

 

「達観してるなぁ」と口にはしなくとも思っている2人は、両手を頭の後ろに組みながら自室へと引き下がっていくキリトを見送った。キリトがいなくなると、普段3人でいる部屋は広く感じる。もともとは2人部屋として造られていたが、カイトとヒョールが気にせず過ごせるようにという配慮で急遽3人部屋に改築されている。

 

「じゃあ、行こうか」

「わかった」

 

カイトとユージオは、練習用の木剣とタオルを手に持って修練場へと向かっていった。

 

 

 

上級修剣士寮に隣接している専用の修練場に向かって足を動かしながら、ユージオはカイトに話しかけていた。

 

「ねえカイト、なんでキリトはできるのにしないんだろう」

「天才馬鹿だからなあいつは」

「て、天才馬鹿?」

 

相反する単語による造語の意味が理解できないと、ユージオは疑問符を頭の上にいくつも浮かべながら聞き返した。

 

「難しく考えずにそのままの意味で考えなよ。剣術においては教師さえ凌駕する才能があるけど、普段の生活があれだから馬鹿って言ったんだ。やればできる子なんだよ本当は」

「その言い方は親父臭いよカイト」

「大人びていると言ってほしいなユージオよ」

 

本当にカイトは落ち着いた物腰だ。短気にみえるけどそれは親友が馬鹿にされたから怒っているのであって、実際は我慢強い。キリトが好奇心旺盛でカイトが大人しいから、余計にカイトが落ち着いているように見えるのかもしれない。カイトとは10年間と1年、キリトとは2年間の付き合いだ。それでも知らないことがまだまだ一杯ある。

 

キリトの生まれ故郷はわからないし、どうやって〈ルーリッド〉までやってきたのかもわからない。カイトとは8年間会うことはできなかったから、これまでどう成長してきたのか知らない。親友といっても仲が非常にいいからというだけで、そう呼びあっているわけじゃない。大切なものを共有してみんなで笑い会えるから親友なんだ。

 

うわべだけの仲じゃない。

 

 

 

2人は修練場のドアをくぐって普段練習している場所へと足を向ける。立ち止まって全体を見渡さなかったのは、奥に2人が嫌いな生徒がこちらを見て、いつもの見下すような笑みを浮かべていたからだ。

 

わざとらしく視線を向けずに丸太の前に立ち、剣をそれぞれ構えた。ユージオの日課は、丸太に左右からの上段斬り合計400回打ち込むこと。対してカイトは《バーチカル》・《スラント》・《ホリゾンタル》といった〈単発ソードスキル〉を、それぞれ50回打ち込むことだ。〈連続技〉はその時に応じて決めるので、する日もあればしない日もある。

 

ユージオは気になってそれとなく聞いてみたのだが、「そのときの気分」と一蹴されたのでそれ以降は聞かなかった。だがユージオはある日気付いた。カイトが〈連続技〉の練習をするときは、決まってライオス・ウンベール・ヒョールに皮肉られたときだと。といっても毎日言われるので、一定以上の水準に達したときにだけ使うのだと理解した。

 

果たして。

 

「せあっ!」

 

横目でチラリとカイトを見ると、〈アインクラッド流四連撃《バーチカル・スクエア》〉を繰り出していた。

 

どうやら今日も水準をオーバーしていたようだ。

 

〈カイト、あんまり無茶しないでね〉

 

ユージオは親友の心配をしながら自分の練習に集中することにした。上段斬りを30回ほど繰り出した頃には、ユージオの頭は目の前の丸太しか映っていなかった。耳に届くのは隣でカイトが繰り出す〈ソードスキル〉による衝撃音と、自分の撃ち込みによる真芯を喰った心地いい音のみ。

 

ライオス・ウンベール・ヒョールのことなど理解の範疇にさえなかった。だがそんな中でも頭の片隅で考えてしまうことがあった。何故あの3人はあそこまで他人を見下すのだろうか。特に自分たちを標的として。平民出身で上級修剣士になっている知り合いが他にも2人ほどいるというのに。

 

その2人にも嫌みを吐いてはいるらしいが、自分たちと比べると可愛いものだった。せいぜいすれ違ったときに〈平民のくせに〉というその程度。なのに僕たちには嫌悪ではなく怨念とか、そういうさらに暗い感情を向けてくる。それは傍付きとして仕えていた頃、次席・三席・五席に気に入られていたからなのだろうか。

 

それとも二等爵家のウォロ首席と引き分けたキリトとその友人である僕たちが気に入らないのか。どちらにしても僕たちからしたらいい迷惑だ。《禁忌目録》の〈他者の天命をいかなる方法でも減らしてはならない〉という項目があるから、剣を振るわれることはないからいいのだけれど。

 

でも裏を返せば事故などであれば〈天命〉を減らせる(・・・・)ということ。事故に見せかけて怪我をさせてくるという可能性がある以上、警戒を解くわけにもいかないので無意識のうちに疲労が蓄積する。

 

だからカイトがああやって時折解消しているのかもしれない。でもそのせいでこの修練用の丸太を折ること1回、修練用木剣を折ること2回。さすがの僕も助け船を出すことは憚れた。アザリヤ先生にこっぴどく叱られている様子をキリトが笑って、そのキリトも何故か一緒に怒られるという連鎖反応が起こった。

 

丸太も木剣もそう簡単には折れないはずなんだけどね。やっぱり〈想い〉の重さが関係しているのかな?カイトがどんな〈想い〉を剣に乗せているのかはわからない。アリスを護ることなのか、それとも僕とキリトと一緒にいることなのだろうか。知りたいけど、本音を言えばカイトが乗せる〈想い〉が何であろうと僕は構わない。

 

何を願おうと望もうと、カイトはカイトなのだから。

 

「400っ!」

 

400回目を撃ち込むのと思考を終えるのはほぼ同時だった。普段より考え込む情報量が多かったせいか、カイトより遅かったみたいだ。

 

「考え事でもしてたか?」

「まあね。でもいつもより集中できていたのも確かだよ」

「…みたいだな。ユージオの言うとおり剣を撃ち込んだ傷跡が、ほぼ同じ位置に集中している」

 

カイトは僕が撃ち込んでいた丸太の傷跡を、眼で見て手で触って確認していた。

 

「じゃあ帰ろうか。キリトがお腹を空かせて待っているだろうから」

「居間で拗ねてるかもな」

 

カイトとキリトの楽しい陰口を叩いていると、わざとらしい声が聞こえてうんざりする。端と端で修練していたというのにここまではっきりと聞こえるとは、一体どれだけ大声で話しているのだろうか。

 

「どうやらお二人は剣の撃ち込みだけで終わるようだぞウンベール」

「その言い様はまさかライオス殿からご教授していただけるということですかな?」

「さすがはライオス殿、私やウンベールより上の考えをお持ちだ。これぞ貴族の鏡ですなぁ」

「そうおだてるな私としても恥ずかしくなる。そういうことでいかがかな?ユージオ修剣士・カイト修剣士。このような機会はそうないと思うが」

 

まさかの提案に僕は眼を見開いて驚く。しかし反対にカイトの眼に炎が灯ったように見えた。

 

それは喜びではなく怒り故の炎だった。




〈整合騎士〉なのに短気なカイトくんであります。アリスの登場はまだかなまだかな~。

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