あ、先に言っておきますが作者はMではないですよ?Sなのでそこはお忘れなく。
「てやぁぁぁ!」
「あらよっと」
「ひぃん!」
上段からの斬り下ろしを半身になることで、必要最低限の動きでいなす。足を滑らせる流れで相手の懐に滑り込み、剣先でおでこを軽く小突くと負けたことに対する不満だろうか。思った以上に情けない悲鳴を上げた。
「一本だな」
「むぅ」
「負けず嫌いで恐れぬことなく挑むことは良しとしよう。だが攻撃が直線的すぎるな」
「むぐぐぐぐぐぐ」
うん。
おやっさん、頼むぜよ。
「今日のところはこれくらいかな。明日の準備もあるだろうし」
「準備ならもうすでに終わっていますのでお気になさらず」
「準備はえぇなおい」
「楽しみだったので」
えへへとはにかんで笑顔を浮かべられると、こっちも眼を背けてしまう。笑顔がアリスと違う明るさなのだが何故か眩しい。いつでもキラキラとした笑顔なので、キリトやユージオも手で顔を庇うような動作をしているが、傷つけたくないからかひくついた笑みを浮かべている。
「問題はキリトだな」
「キリト上級修剣士がですか?」
「キリト先輩でいいと思うぞ。普段からティーゼやロニエはそう呼んでるし」
「ではキリト先輩とお呼びします。何故心配なのですか?」
「寝起きが悪いから。起こしても『あと5分』とか言って寝返り打って寝始める」
朝に弱いのはわかるが、俺とユージオの苦労も理解してほしい。彼を起こすために、俺とユージオがわざわざ5分前に起きて準備をしているというのに。悩みだしたらまた頭が痛くなってきた。
「遅れないようにしっかりと叩き起こすから、予定通りの時間にいてくれたらいいよ」
「雑はダメですよ。ロニエが挙動不審になりますから」
キリトが俺たちに雑な起こされ方をして、そのことをロニエに愚痴っている光景が脳裏に浮かぶ。
『なあ、聞いてくれロニエ。あいつらったら俺を起こすときにティッシュをよじって、鼻にツッコんでくるんだ」
『そ、それは災難ですね』
『慰めてくれロニエぇ』
『え?//…はい、よしよし?』
演技で涙を流しながらこっちを見てにやつくキリトがいる。
ミシッ!
苛ついたことで握力が木剣の耐久値を超えたらしく、悲鳴を上げる音が聞こえる。
「カイト先輩!?」
「…すまん、キリトの悪戯顔を思い浮かべたら腹立った」
「おいたはダメですよ?」
「…善処します」
上目遣いで言われて、眼を逸らしながらその場限りの返事をする。
「コホン、今日の修練は今を以て終了する」
「ご教授ありがとうございました!」
一礼して修練場を後にするユウキを見送るが俺はその場に残る。今の時刻は午後5時10分前ぐらいかな。初等練士寮に戻ってすぐ食堂に行けば余裕で間に合うだろう。傍付きとはいえ初等練士規則に違反するわけにもいかないので、俺は可能な限り時間内に修練を終わらせるようにしている。
《禁忌目録》には〈初等練士規則に違反してはならない〉という項目がないから、すべてを守らなければならないわけではない。だが〈アンダーワールド人〉は規則に厳格なので守らないことはない。例外的に指導が長引くこともあるが。傍付きだから夕食の開始時間に間に合わなくて良いというわけでもない。ユウキにマイナスなイメージのレッテルを付けさせたくないからね。
俺は指導の後に自主練習として素振りをしている。〈ソードスキル〉を使わないのは、基礎に戻って自分の振りを確かめたいからだ。ここは〈北セントリア〉唯一の修剣学院であるため、運営費は上級貴族や〈公理協会〉の援助で賄われている。
だからここに普通の生活をしていれば、眼にすることのできない備品があったりする。例えば上級貴族現皇帝の銅像、卒業生のなかでも名を馳せた者の名前が刻まれた石碑。そして何より驚くべきなのは等身大の姿鏡だ。
〈北セントリア〉で生活していれば鏡を見る機会はある。だが等身大となるとそれは金持ちということを示すものなので、一般には普及していない。入り口近くのドアを開けると、同時に4人ほどが素振りできそうな広さの空間が現れた。
驚くべきなのは両端の壁には、等身大の姿鏡が敷き詰められていることだ。これだけあれば相当の金がかかりそうだが、そこはさすが上級貴族と〈公理教会〉らしく全財産の1割にも満たないらしい。だが俺がここに来たのは素振りだけが目的ではない。この部屋の壁際には、上級修剣士12名の名前が書かれたロッカーがある。
そこには水の入った革袋・汗ふきタオル・着替え等を入れておくことができて、俺もよく利用している。もっとも俺の場合はもう一つ利用方法があるのだが。ロッカー内の底の板を剥がすと、板と板の間の僅かな隙間に紙が挟まれている。ラブレターとかいうラブコメ的要素はゼロで大事なものだ(頼んだ相手の感情を抜きにして)。
紙を開いて予想通りの内容が書かれていることを確認する。何故ここに紙があるかというと、前々から頼んでいた調査が終わって、その結果報告であるからだ。依頼主は俺なのでここに届くのは当たり前であるが、何故そんなものがあるのか聞きたいだろう。だが生憎ここでは言えないことだ。
ただ末文に『1日自分の言うことを聞く刑』という文字が書いてあることで、誰が調査してくれたのかはわかるだろう。頼んだのは俺がここに入学する前のことで実に1年かけての調査になる。それぐらいのお願いは聞いてやらねばならない。依頼するまではよかったのだが、通達はどうするのかと思ったものだ。どうやってここに紙を置いていけるのかと紙で聞いてみたところ、なんとも言えない返事が返ってきた。
『愛のなせる技』と。
嬉しくもあったが疑問符しか浮かばないのはわかるだろうか。「愛」って〈システム〉に勝てるんかい!とツッコみたくなる気持ちが。
紙を折り畳んで制服の胸ポケットに入れてから素振りを開始する。3時間後、シラル水の入った革袋とタオルを手に取り《鏡の間》から退出した。
修練場から直接食堂へ向かい夕食を終えて部屋に戻る。すでに着替えを終えた友人たちが、なにやら深い会話をしていた。
「なんだか楽しそうだな」
「楽しいもんか。ライオスたちの話なんだからさ」
「珍しく今日は遅かったじゃないか」
ソファーの向かい側に座るユージオの表情は疑問に染まっており、首を逆さにして見てくるキリトの表情はあまり読み取れない。キリトの垂れた前髪を軽くイジってから、空いているソファーに座る。
「素振りしてたら真に迫った感じがしちゃってさ」
「これ以上カイトに剣術の点数離されたら師の顔が立たないなぁ」
「どうあってもキリトが俺の師であることに変わりはないよ」
「照れるなぁ」
右手で後頭部をさするキリトの顔はにやけている。誉められて嬉しくないことではないというのもあるだろうし、何より恥ずかしいのだろう。キリトが強いといってもまだ10代の青年なのだから。
「で、ライオスらがどうしたって?」
キリトの煎れたコヒル茶にミルクを少し注いでから聞いてみる。予想はできているが、同じだとしても聞く価値はある。それぞれの考えが一緒でも、そこから何か閃くことがあるかもしれないから。
「本人はともかく、ウンベールやヒョールが何もしてこないのが不気味だって話だ」
「なるほどね。確かにここ数日は嫌みを言わなかったな。憎々しげに視線を向けられることはあったけど、直接的な嫌がらせはゼロだ」
「それだけじゃないさ。あいつら今まで真面目に受けてなかった剣術に一生懸命取り組んでるみたいだ」
あの日、キリトには事の顛末を詳細に伝えていた。それほど心配してはいないようだが。それはそれで寒気がするかな。あんな奴らが真面目に授業受けるなんてさ。でも逆に言えば、真面目に授業を受けなくても俺たちより成績が良いということは、それだけの実力を持っているということだ。
でも性格が悪くて成績が良いのはなんか腹立つ。
俺は〈神聖術〉が苦手だからどうしても点数下がっちゃうんだよな。いくら剣術で満点取ろうが、〈神聖術〉で平均点ぐらいならあいつらより順位が下でも仕方ない。キリトは俺に似て剣術が得意で〈神聖術〉が苦手。ユージオは剣術も〈神聖術〉も平均以上。どちらかといえばユージオは〈神聖術〉が得意だからバランスは取れている。
「何かするぞと見せかけて何もしないっていう作戦かもな」
「ど、どういうことだい?」
「つまりキリトが言いたいのは、警戒させておいて気疲れさせるだけ作戦をあいつらが考えているかもしれないということだ」
「さ、作戦名はともかく俺の言いたいのはそういうことだよ」
なんかキリトが苦笑してるけど、間違ったこと言ってないから問題ないみたいだ。だがあいつらが何を企んでいるかを忘れてしまった。色々とありすぎて情報が脳の許容量を突破している。昔の知識がどんどん抜けていっている気がする。アドミニストレータの陰謀だけはちゃんと残っているから、目的を失ってあてもなく動くようなことにはならないが。
「よくカイトは勝てたよな三席にさ」
「ふふふふふ、剣術満点の俺にかかればこんなもんさ」
「「剣術が満点でも勝てないときは勝てないぞ(よ)」」
「甘いな少年よ。それでも勝つ男もいるのさ」
さあ、俺を崇めろ奉れ!…してくれるはずもないので、内心で自分に拍手を送っておくか。
「連続技は使ったのか?」
「あったりまえよぅ。精神をへし折ってやろうと使ったらものの見事に〈誇り〉に亀裂をいれてやったよ。…それが今回の原因なんだろうけどな」
「仕返しだと思っておけばいいのさ。悪いことではないからな」
「だといいけどね」
正直なことを言えば、あまりよろしくない現状であるのは確かだ。俺たちが仕返しだと考えていてもあいつらはそうとらないだろう。
自分たちの顔に泥を塗った平民風情なのだから。
「でもキリト、僕たちがそう取ってもライオスたちがそう捉えるとは限らないんじゃない?」
「俺だって鼻からそれを期待してる訳じゃないさ。そうだな願望に近い感情かもしれないな」
「じゃあ、あてにはならないな」
「…さすがカイト。言うことが違うぜ」
「四席のお言葉を直々に聞けるんだから感謝しろよ?」
おどけることで重たい空気が霧散した。
「ところでお二人さん。俺は明日は用事が…」
「逃げないの」
「逃げんなよ」
「明日は親睦会なんだからさ」
「明日のためにユウキたちが時間を割いてくれるんだ。それを無下するとは良い度胸じゃあないか」
上級修剣士と傍付きの仲を深めようということを企画したのは、何を隠そうユウキたちであった。明日の安息日に気分転換と親睦を深めるために、敷地内の森で遊ぼうということになっていた。誘われたときのキリトの反応からして、直前に逃げ出すと予測していた。いや、断定していた俺たちは引き留めにかかる。
「女の子と話すの苦手でさ」
「リーナ先輩とは仲良くやってたくせに」
「あ、あれは別だよ剣の稽古ときだけさ。懐かしいなぁ元気にやってくれてたらいいけど」
「遠い眼をするなってば。今度はキリトが見本となる先輩にならないとね」
キリトが女性と話すのが苦手なのは知っていた。それを克服させるための親睦会でもあるのだから、敵前逃亡させるわけにはいかない。
「明日の9時に3人が迎えに来るからそれまでに起きておくこといいね?」
「へいへーい」
乗り気ではない様子で立ち上がったキリトが、茶器を流し台に運び出す。それを追って俺たちも同じように動き出す。キリトが洗うそばからユージオが布巾で拭いていく。その間に俺が3人の寝室の布団を整える。それぐらいは自分でしてもいいのだが、2人が仕事をしているなか自分だけしないのはおかしいということで、俺が代わりにやっている。
キリトからすれば面倒くさいことをしてくれるからありがたいし、ユージオからすれば茶器を洗ったあとに整える手間が省ける。だからしなくていいとは言えないのだろう。就寝の準備を終えて部屋から戻ると、キリトが欠伸を噛み殺しながら呟いた。
「それではこれでお開きということで。明日は8時に起こしてくれ」
「遅いから7時半!」
「8時でいいんじゃないか?早すぎても暇になるだけだし」
「わかってるねカイトさんは」
「その代わり8時と言ったキリトが寝坊したらお仕置きな」
「…お仕置きとは?」
恐る恐る聞き返すキリトに悪の笑みを浮かべて告げた。
「凍素〈神聖術〉の書き取り100枚」
その時のキリトの絶望した顔といったらもうね。ユージオさえ爆笑していたから、相当のものだったということだけ記述しておく。
作者がSかMかなんて誰も気にしねえよとみなさん思うでしょうね。
作者自身もその通りです。