アリシゼーション~アリスの恋人   作:ジーザス

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レポートと免許で書く暇がないです。時間が欲しい…


ルーリッド編
束の間


ここはルーリッドの村から少し離れた森の中。

 

対峙しているのは身の丈2メル、全長は4メルを超える巨大猪だ。前足で地面をかいて、突進のタイミングを見計らっている。一際大きく地面をかいた瞬間に、突進攻撃を繰り出してきた。目の前の巨大な猪の突進をひらりと躱すと、猪は樹齢100年を超えているであろう巨木に突っ込み、ぶきー!と哀れな咆哮を上げる。

 

口内から収まりきれない大きな鋭く尖った牙を幹に突き刺したまま暴れる猪に歩み寄る。

 

「悪いけど食料になってもらうよ」

 

食材となる獲物に詫びを入れて、左腰に差していた片手用直剣を鞘から抜き出す。ソルスの光に照らされた刀身がキランと反射し、牙が刺さって身動きの取れない猪の首を突く。

 

頸動脈を切られた猪は、即座に〈天命〉を全損させてその場に倒れこんだ。刀身についた血糊を剣を振るうことで落とした俺は、鞘に納めてから運ぶために色々と準備を始める。背負っていた革製のカバンから、しっかりとした縄を取り出して猪の四肢を縛っていく。四肢を縛る縄にもう1つの縄をくくりつけ、引っ張りながら来た道を戻るのだった。

 

 

 

「村長、本日の〈天職〉終了しました」

 

俺が住むルーリッドの村にある村長宅へと、猪を引きづりながら戻り家のドアをノックする。すると口髭を生やした男性が現れて笑顔を見せてくれた。

 

「お疲れ様だカイト。今日は獲物が捕れたようだな」

「最近、麦畑が荒らされていたので罠を張っていると簡単に捕まえることができました。分配はお願いしてもよろしいですか?」

「ああ、任せたまえ」

 

この村では肉が貴重なため、こうして大きな獲物が取れた場合はみんなで分け合う習わしだそうだ。といっても300人ほどが暮らす村では、猪一匹の肉で到底足りるはずがない。だがそこは問題なく、村長の手腕で上手く分配されている。1週間に1匹ほど大物がとれるので、生き物は違えど全員が肉にありつけるのだ。

 

「うむ、なかなかよく肥えた猪だ。これ以上麦を食い荒らされることもなく、村人の食料になるとはこの上ないカイトからの賜物だな。村人全員に代わって私、ガスフト・ツーベルクがお礼を言おう。本当に助かった」

 

猪の毛並みや肉付きを見ていた村長が、満面の笑みで微笑んでくれる。これは俺の仕事なわけだが、ここまで喜んでくれると嬉しさも倍増である。

 

「お礼なんて勿体無いです。これが俺の〈天職〉ですから」

「それはそうだがお礼は言わせてくれ。謙虚な君だからこそ我が娘であるアリスとの婚約を申し出たのだ」

「勿体無いお言葉です」

「良き働きだったから明日は休みとしよう」

「ありがとうございます。それではまた」

 

頭を下げて村長の家を後にした。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

〈天職〉は本来であれば毎日行うものだ。俺の〈天職〉が特別ということもあり、しなくてもいい日がある。《禁忌目録》に記されている通り、『何人たりとも生き物をむやみに殺生してはならない』という項目により、俺の〈天職〉である《狩人》は意外と自由な職らしい。

 

そのせいで代々村の衛士長を務める家系には、あらゆる場所で陰口を叩かれているらしい。村長や村人たちが何かと庇ってくれるので、何かしら影響を受けたりはしていないが。

 

 

 

 

一度家に帰って着替えた俺は、村の南に向かって歩いて行く。するとコーンッという心地いい打撃音が微かに耳に届いてきた。真夏のソルスが注がせる光は、ジリジリと肌を妬いてくる。汗ばむ服に対してしかめっ面をしながらさらに歩いて行くと、木々に囲まれたかなり広い空間が見えてきた。

 

「お〜い、キリト・ユージオ〜」

 

名前を呼びながら手を振ると、2人が同じように片手を振って挨拶をしてくれる。坂を登りきると、目の前に立ちふさがるかのようにそそり立つ巨木が目に入った。根元から1メルほどの高さには、幹の1/4と思われるほどの切れ込みが刻まれている。

 

「今日の〈天職〉は終わったの?カイト」

「もちろん。明日は免除されたよ」

「ちぇ、いいなぁ。俺もカイトみたいな楽なのがよかったよ。毎日毎日同じように斧を振るだけの〈天職〉なんてさ」

 

楽でいいと文句を言うキリトに俺は苦笑するが、ユージオは慌ててキリトの口を塞ぐ。

 

「むぐ!?ふぁんふぁふぉ?」

「ガリッタ爺さんや村長に聞かれたらタダじゃ済まないよ!」

「相変わらずユージオはお堅いな〜」

「「キリトが自由すぎだ」」

「う、…2人して言うなよ」

 

まさか2人から言われると思ってなかったのか。キリトは口をへの字にして拗ね始めた。その様子に俺とユージオは顔を見合わせて笑みを浮かべる。

 

「それで久々の〈天命〉はどうだった?」

「2ヶ月前から50しか減ってなかったよ。それでキリトが一生かかっても切り倒せないって愚痴り始めたんだ。だからあと18代、つまり約900年かかるって言おうとしてた」

「なんでお前はここでも優等生ぶりを見せるんだ?嫌味なのか?それならそれなりの報復をせねばならない。おりゃ!」

「うわぁ!こいつ何をする!」

 

キリトがユージオに飛びかかって亜麻色の髪をボサボサにし始めた。いつも通りの2人にかぶりを振って残念さをアピールするが、互いにくすぐり合っている2人が気付くはずもなく。

 

「お返しだ!」

「あひゃひゃひゃ!ユージオやめれ〜!」

 

今度は上と下が逆になった2人が攻守まで逆転する。キリトの脇腹をユージオがくすぐり始めた。

 

「傍観は一番の悪者だよカイト。この!」

「なんで!?」

 

腕を掴まれてキリトと同じようにユージオに組み伏せられた。やけくそで隣で呼吸困難に陥っているキリトに挑む。

 

「うひゃ!?今はダメ!」

「こうなったら2人ともやってやらぁ!」

「ちょっとカイト、今は僕の番、あひぃ!あははははははは!」

 

2人の脇腹を、1年間の〈天職〉で鍛え上げた腕で高速くすぐりを喰らわせてる。2人が疲労困憊していると、怖れる者の声が背後から聞こえてきた。

 

「こらっ!またサボってるわね!?」

「うっ…」

「やべっ」

「終わった」

 

三者三様の反応をしながら振り向くと、黄金の髪を風にたなびかせ空色のワンピースに、フリルのついたエプロンをつけた少女が籠を持って、少し大きな石の上から見下ろしていた。

 

「カイトまで参加だなんてどういう風の吹き回しかしら?」

「誤解だよ!2人に強制参加させられただけだ!」

「「1人だけ逃げるのはズルいぞ(よ)!」」

 

疑われたことに反論すると2人から怒られたが、俺は別に参加したくて参加したのではない。

 

「カイトはお父様から今日の分の〈天職〉終わったと聞いているわ。だからサボりではないのは知ってるわよ。それにしてもキリトとユージオは元気一杯ね」

「午前中の仕事は終わったんだよ、なあキリト?」

 

ユージオが聞くと、キリトはその通りとでもいうように深く深く頷く。その仕草があまりにも不自然だったので、俺とアリスがジト目を向けると、キリトの頷きはなりを潜めた。

 

「そこまで元気があるなら、ガリッタ爺さんに回数増やしてもらうようお願いしてみたらどうかな?」

「あら、それは名案ね」

「よしてよ!」

「それだけは勘弁だ!」

 

冗談で言っただけだがどうやら2人は本気と受け取ったらしい。

 

「「ごめんなさい」」

 

慌てて2人が謝ってくるので笑いがこみ上げてくる。先ほどまでふざけていた2人だが、根はとても真面目だから本気で回数を増やそうとは思っていない。

 

「冗談だよ。それより今日は早くないか?アリス」

「いつも通りよ。3人が遊んでたからそう感じただけじゃないの?」

 

澄まし顔で石から飛び降りたアリスは、地面に布を引いてその上へ昼食を並べていく。色とりどりの料理に、仕事をして空腹になった3人の胃を香りがくすぐる。

 

「あら、もうあまり〈天命〉がないわ、急いで持ってきたのにやっぱり暑いと保たないわね。15分以内に食べないとお腹を壊しちゃう」

 

〈ステイシアの窓〉を開いて、〈天命〉を見ていたアリスが残念そうに呟く。

 

「じゃあ早く食べよう!いてぇ!」

 

我先にと料理をつかもうとしたキリトの手をアリスが叩いた。叩かれたことで、キリトは大事なことを忘れていたことに気付き、慌てて姿勢を正す。

 

「「「「ステイシア様。我らに食事と安寧をもたらすことに深く感謝し、この身が果てるまでお守り願います」」」」

「さあ、食べましょう」

「「「いっただきまーす!」」」

 

〈ステイシアの戒め〉を合唱した4人は、その小さな身体のどこに入るのかという量を瞬く間に平らげるのだった。

 

 

 

 

 

僅か10分で完食した4人は、満足したかのように大の字になって空を見上げる。夏の日差しも、この巨木〈ギガスシダー〉の枝葉によって真下までは届かない。そのおかげか今この場所は夏にもかかわらずかなり涼しい状態だ。蒸し暑いところまでは避けることはできないが、日差しを遮ってもらえることで十分である。

 

「これだけ美味しいのに急いで食べるのは勿体無いよな。冬だったら長く保つのに。夏だと早くなるのは何故だろう」

「暑いからじゃないの?」

「それ理由になるのかな。だって芋とか麦もお湯で茹でるけど〈天命〉は減らないよ」

「冷やせば保つと思うんだけどそんなもの何処にあるかな?」

 

井戸水がとても冷たいといっても、それはくみ上げたときだけであり、昼食を長時間冷やすことはできない。そこまで考えていると、キリトが何かを思いついたかのように起き上がった。それにつられて3人が同じように起き上がる。

 

「氷だ」

「「はい?」」

「馬鹿でしょ」

 

まさかの言葉に3人は呆気にとられるが、キリトはあまり気にしていない様子で言葉を続ける。

 

「氷があれば冷やせる」

「言いたいことはわかるけどさ。どこに氷があるんだ?〈王都〉の中央市場にさえ真夏は置いてないぞ」

「ふふふふふふ」

 

キリトの眼に嫌な光が浮かんだのを見て、3人は同じタイミングでため息をつく。大抵彼がこのような光を浮かべるのは、よろしくないことを思いついた時だと経験として知っているからだ。それを身を以て知っているのはカイトとユージオである。アリスはキリトが悪戯っ子なことを知っているので、同じようにため息をついていた。

 

「ベルクーリの話を知らないか?」

「どの話よ」

 

ベルクーリとはルーリッドの村を開墾した初代衛士長である。彼の武勇伝は、300年経った今でも色褪せることなく語り継がれている。彼を主人公にした物語は数多くあり、その数は100を超えているようだ。どれも奇想天外な内容で、幼心あるときはよくそれを聞いてはしゃいでいたものだ。

 

「あれしかないだろう?『ベルクーリと北の白い竜』」

「あれね。内容は確か洞窟の中に剣があって、それが欲しくて近寄るけど守護者のような竜に追い返されたっていうベルクーリただ1つの負け話だよな?」

「うん。それによれば氷は入り口の近くにあるって書いてあったから、簡単に手に入るんじゃないかって思ったんだ」

 

キリトにしては的を射た考えであるが、問題は本当に氷があるのかということだ。

 

「でもキリト、それはお伽話だよ?それに本当にあったとしても、300年前の話だから正しいかわからないじゃないか」

「それを含めて確かめるのが冒険だろ?」

 

ユージオの言葉には、「怖いから僕は行かない」という意味合いが込められていた。それを見抜いていたのかはわからないが、キリトの眼には楽しそうな意思が浮かんでいる。

 

「「面白そうだ(ね)」」

「2人とも止めてよ。それに《禁忌目録》で果ての山脈に行くことは禁じられてるはずだよ」

「行く目的によっては構わないと思うんだけどな」

「カイトの言う通りよ。掟の正確な文言は〈大人の付き添いなく、子供だけで北の峠を越えて遊びに行ってはならない〉。今回はみんなのために行くのだから、遊びではなく仕事として考えるべきだわ。それから《禁忌目録》第一章三節十一項〈何人たりとも、人界を囲む果ての山脈を越えてはならない〉。…山を越えるということは文字通り《山を登って越える》ということよ。中に行くのだから問題ないわ」

 

頭の切れるアリスだからこそ説明できたことだが、なんとなく無理を言っている気がするのは気のせいだろうか。

 

「アリス、それって人の捉え方次第じゃないか?《公理協会》からしたら、そのままの意味で捉えているから捕まえに来ると思うぞ」

「捕まったらそれはそれよ。そんな危険を冒してもみんなのためになるならそれでいいわ」

「完敗だよ」

 

決意の表れに白旗を上げたカイトを見て、ユージオも諦めの境地に至った。

 

「じゃあ、次の安息日に行きましょう。遅れたら昼食抜きよ」

「「「了解しました!」」」

 

あの美味なる料理を口にできなくなるのは困るため、男3人は元気よく返事をした。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

午後の仕事を手伝って夕焼けが空を染める頃、キリトとユージオの2人と別れる。すると先ほどまで活発に動いていたアリスが静かになった。歩き出すと俺の左腕に抱きつき、同じような速度で歩き始める。

 

「無理して静かにしたり明るく振る舞わなくてもいいんだぞ」

「カイトがどっちが好きなのか気になったから」

 

頬を真っ赤にして俯いているアリスは、細々とした声で返事をする。キリトとユージオは知らないだろうが、アリスは結構甘えたがり屋だ。2人きりになるとこうやって抱きついてくる。

 

「カイトはどっちの私が好き?」

「アリスはアリスだからどっちも好きだよ。静かにしていても2人とはしゃいでいても。可愛いからどっちも好きだ」

 

頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めてくれる。ステイシア神がどれだけ美しくとも、俺はアリス以外には考えられない。約1名はたまに嫉妬の眼を向けてくるけど、それは気にしなければ大丈夫だ。歩いているとアリスの家に着いた。着くと寂しいのかふくれっ面になって俺を見上げてくる。

 

「何?」

「また明日まで会えないの?」

「会えるんだからいいじゃないか」

「…わかった。でも最後に」

「仕方ないな」

 

眼をつぶっているアリスの唇に、苦笑しながらそっと自分の唇を押し当てる。甘酸っぱい空気が流れ、束の間の幸せを感じ取る。

 

「また明日な」

「うん、また明日」

 

笑顔で家に入って行くアリスを見送って、俺も足を家の方に向けた。

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