切りがいいところで切ろうとしたら長くなるなんでだろ
食後の休憩から戻ったカイトたちは、ユウキたちが座っているシートの上に腰を下ろした。俯いた3人の様子から見てあまりよろしくない内容だとはわかっている。本当なら口に出すのも嫌なのだろうが、誰かのために力を貸したいという思いが瞳に溢れている。カイトたちはそれを読み取っていたから、話さなくてもいいとは言わなかった。
「実はお話したいことがありまして。指導生の変更申請について学院管理部にお口添え頂きたく...」
「僕たちが何か嫌なことをしてしまったかな?」
「先輩方にということではなく友人のことなのです。同室の友人はフレニーカとシオンという剣も〈神聖術〉もできるのに優しい子たちなんですが…」
その先を自分の口からは言い難いとばかりに口をつぐんだティーゼに代わって、ユウキが話を続けた。
「フレニーカとシオンを傍付きとした上級修剣士が厳しい方らしいんです。長時間の罰や稽古が続くのはまだいいと言っているのですが、女子生徒にとって受忍しがたい命令をされているのが嫌だと」
「学院則に定められた規則以外は命令してはならないし、範囲外であれば拒否することもできる。しないのは何でだい?」
「しないではなくできないそうなんです。拒否すれば翌日の稽古はより厳しくなったりするそうで」
まさかのカミングアウトにカイトたちは顔を顰める。学院則に違反しないからといって、その範囲内のことでも他人を傷つける命令を下すことは許されない。人として当たり前のことなのだが、それができない人間も一定数存在するのはどこの世界でも同じようだ。
それは〈アンダーワールド〉も例外ではないらしい。
「誰であろうと許されることじゃないなそれは」
「まったくだ。自分の欲が他人を傷つけることになるということを知らないから、そういうことが平然とできるんだろうね」
キリトとカイトの意見はまったく同じらしく、意気投合した言葉をつむぎ出していた。
「やめさせたいんだろう?」
「はい、しかし私たちの一存では無理なので」
「教官だけでなくその指導生の許可も必要になってくるからね。簡単にはいかないさ。ところでその指導生というのは誰なのかな?」
「ウンベール・ジーゼック、ヒョール・マイコラス両上級修剣士です」
その名前を聞いてカイトたちはさらに深く顔を顰める。普段から嫌味を言い放ってくる3人のうちの2人が関わっていると聞いて、大きく嘆きたくなったのだ。相変わらず性根は腐ったまま。勝負に負けてから一度も嫌味を言ってこなかったのは、こういうことなのかと疑問に思う。
「負けたことに対する嫌がらせかよ」
「負けた...ですか?」
ロニエが初耳ですとばかりに疑問を返した。
「そういえばロニエたちには言ってなかったな。カイトとユージオは、数日前にヒョールとウンベールと立ち合っているんだ」
「勝ったんですか?」
「カイトは勝ったけど僕は引き分けたよ。もしかしたらそれが今回の原因じゃないかって思うと...」
「無視はできないな。たとえヒョールやウンベールじゃなかったとしても止めるべき事案だけど」
「腹いせに2人に対して無茶な要望をしていると?」
「そうなるな」
俯いてしまった3人に俺はどう声をかけるべきなのか迷っていた。今回の騒動の原因は、俺たちがあの2人を苛立たせてしまったことから始まっているのだ。その当事者がかける言葉など意味はあるのだろうか。その場にいたからあいつらが苛ついているのを知っている。上級貴族としての地位を揺るがせる結果にさせた俺たちは、さぞ憎いことだろう。
だがそれ以上にこっちもあいつらが嫌いだ。その苛立ちを自分で消し去らず、傍付きで発散するなど貴族としてあるまじき行為だ。貴族というより人間としてと言うべきだろうか。貴族以前に人としてしてはならぬことを知っておくべきだ。いくら自尊心の塊であると考えても許せないこともある。
俺はユージオ以上に〈ルーリッド〉時代にジンクから虐められた。俺がアリスの婚約者であることを知っていて攻撃してきた。
だがそれは至極単純な理由だった。
ジンクもアリスのことが好きだったから、婚約者である俺よりいい男だと見せびらかしたかったのだろう。だがそれはアリスからの好感度を下げる結果にしかならなかった。大人数で俺を虐めることで、俺より信頼されているということ。友人が多いことを示して、アリスを自分のものにしようとしたのだ。
だが彼と一緒に俺を虐めていた奴らの顔を見れば、それが嘘であることがすぐにわかる。涙を流している者。申し訳なさそうにしている者。ジンクに脅されてやっているのだと一目瞭然だった。だから俺は自分を攻撃してきた奴らに対して仕返しをしなかったし、無視することもなかった。むしろ同情して悪いことをしていないことを教えてあげた。
それのおかげかなのか。ジンクの命令通りに動くやつらはいなくなり、むしろ俺に味方をするようになっていた。それが大変面白くなかったのだろう。ジンクは俺がこいつらを買収したのだとぬかし始めた。そして俺が悪者であるかのように言いふらして回っていた。まあ、それも結局ジンクという人間の評価を下げることになっていたのだが。
自分の記憶を読み返していると、俯いていたティーゼの口からポツリと本音が吐露されていく。
「お二人の気持ちが理解できない訳ではありません。自分たちより成績が下だった者に負ければ悔しいでしょう」
「俺たちも同情はできないが理解はできる。そんな気持ちが無いわけじゃないからな」
キリトの言葉にティーゼは頷き自分の気持ちを吐き出す。
「しかし大部分が私にはわかりません。何故そのようなことで他人に当たるのでしょう。私の実家はご先祖がささやかな武功を上げて、その時の皇帝の眼に止まったから貴族としての地位を得ています。ですが父は口癖のように言うのです。『今の生活を当たり前だと思ってはならない。我々が貴族としての生活ができているのは平民がいるからこそだ』と」
「私の父も似たようなことを話してくれました。『自分より下の身分の者には同情するな。同じ立場であると考えろ』と。家訓であるかのように話しています」
「ユウキのところもか?」
「微妙なところですね。正直なことを言うと、地位と名声が優先的ですが『人のことを考えて行動しろ』と私生活でいつも言います。目の前にあることだけがすべてではなく、もっと未来のことを考えて行動するということだと私は思っています」
3人の親は素晴らしい人だ。下級貴族だから平民の生活がどのようなものなのかを知っている。いや、知ろうとしているからそのように差別するような事を口にしないのだ。
「上級貴族だからこそ弱い立場の存在を見なければならないのではないのですか?自分の行動が他人を苦しめているということを、知らなければならないのではないのですか?ウンベール上級修剣士の行いは、確かに学院則に違反していないのかもしれません。それでもしてはならないことがあるのではないのですか?罰を与えられた日に2人はずっとベッドで泣いていました」
「ティーゼの言葉は何一つ間違ってないよ」
長い長い言葉を言い終えたティーゼに、カイトはユージオが見た中でも上位に入ると思える笑顔を浮かべながら優しく言う。
「学院則や《禁忌目録》に記されていることをしてはならないのは当たり前だ。殺人や強盗なんて人としてすることじゃない。でもそれを取り締まる規則が存在するということは、それをしてきた人たちがいたということなんだ。でも禁止されていることが
「禁止されていることが当たり前ではない?」
カイトの言葉にユージオが首を傾げて問い返す。カイトが立ち上がって池の方へと歩きだし、2mほど離れてから立ち止まった。
「規則で禁止されているのはしてはいけないこと。それは文句のつけようもなく正しい。でもそれが全てだと誰が言った?『規則に記されていることはすべて禁止』だと誰もが言うけど、記されていないことをしても許されるのだろうか」
「何が言いたいんだい?カイト」
ユージオの問いかけにカイトは、しばしの間無言で池を見ては空を見る。そして近くの樹木の幹に片手を押し当て、呟くように言葉を発した。
「キリトは人殺しをどう思う?」
目を合わせることなくカイトは問いかける。
「良いと思えるわけないよな。人の命を奪っているんだから。どんな理由があっても命を奪ってはダメだ」
「ユージオは?」
「許されることじゃないよ。《禁忌目録》で禁止されているんだし」
2人の答えにカイトは満足そうに幹を見つめながら頷く。
「今の答えが違うように人それぞれの意見は異なる。キリトが言うようにどんな理由があっても人を殺してはダメだし、ユージオが言うように《禁忌目録》で禁止されていることをするのは許されない。でも自分の大切な人がある人のせいで死んでしまったらキリトは許せるか?人を殺さなければならない事態になったらユージオは人を殺すか?」
振り向いたカイトの眼を見て5人が驚く。涙を溢れさせたカイトが目の前に立っているのを見れば、その異常さに驚くだろう。何故カイトは泣いているのだろうか。何故そこまで《禁忌目録》のことにこだわるのだろうか。
ユージオにはその理由が
「俺には
「...私、カイト先輩が言いたいことわかった気がします。『力ある者は、力なき者に手を差し伸べなければならない。必ずではなくとも少しでもそういう考えを持つべき。禁止されていないことでもしてはならないことがある。』ということですよね?」
「ああ、《禁忌目録》に違反してでもしなければならないことだってあるはずだ」
ユウキの解えに満足そうに頷きながらカイトは南の空を見上げる。そこにいて自分の帰りを待ってくれている
だがユージオたちは息を飲んでいた。《禁忌目録》を否定するカイトの言葉に。《禁忌目録》を否定することは〈公理教会〉を否定することと同義であることを理解している上で、カイトが話しているのをわかっている。だがそれでも揺るがない声で言われてはやめろとは言えない。
「そういうのを〈誇り〉って言うんだろうな」
「ああ。誰もが持つ強い力の源さ」
キリトの一言にユージオが同意して誰もが頷いた。たった一言にまとめられた言葉でも、それにたくさんの意味が含まれていたから。自然豊かな森の中で話せたから、こうして清らかな心で人間の間違いについて話せたのだ。
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夕方、ユウキたちと初等練士寮の前で別れた後3人で帰っている間に先程の話をしていた。
「妙だよな」
キリトの呟きは独り言なのか聞かせるためだったのかはわからない。もしかしたら考えていたら自然と口からこぼれたのもしれないし、2人の意見を聞きたかったから口にしたのかもしれない。
「何がだい?」
「なんでライオスは同室の2人が傍付きに対して不適切な対応をしているのに、それに対して口を挟まないのかなって。放っておいたら自分の評判を下げるだけなのにさ」
「ライオスにも止められないくらい荒れているとかかな?」
「それかそれを見て楽しんでいるのかもな」
「無きにしも非ずだろうなカイトの意見も。どちらにせよフレニーカとシオンが傷つくのには変わりない」
己の苛立ちを発散するため、または欲を満たすための行動であっても許されることではない。傍付きと指導生の間には信頼関係がなければ成り立たない。だがヒョールとウンベールはそれを壊そうとしている。いや、もう既に壊れている。他人を願望のはけ口にするとはクズ以外の何者でもない。それは傍観しているであろうライオスも同じだ。
「その八つ当たりが俺とユージオの立ち合いが理由なんだとしたら、嫌でも俺たちが止めないとな。当事者である者が止めなくてどうするのかって話しだ」
「そうだね。僕たちが直接言わないとウンベールたちもやめないだろうから」
目的意識を持って上級修剣士寮へと足を速めた。
「...ということでウンベール上級修剣士次席及びヒョール上級修剣士三席、学院則に違反していないまでも屈辱的な罰を与えるなど言語道断です。傍付きの嫌がることを命令し、それを見て楽しむなど貴族としてあるまじき行為です」
上級修剣士寮の三階の東の部屋で、ユージオたちはライオスらに注意喚起していた。ライオスは赤色、ウンベールは真っ黄色、ヒョールは紫色のゆったりとした長衣を身につけている。色がどキツくて着崩しているところは、自室で休息日なのだから構わない。だが話しているというのに、異常に横長のソファーに体を横たえられては不満がある。
「ふむ、ユージオ修剣士が言いたいことはよくわかった。だがその情報はどこから得たのかな?根も葉もない中傷は、私とて無視はできない。それも同室の友人であれば尚更だがね」
「僕たちの傍付きからです。ウンベール上級修剣士次席とヒョール上級修剣士三席の傍付きが友人なので」
「何故その傍付きはウンベールとヒョールに言わなかったのだろうか。私にはそこが不思議でならないね」
「言いたくても言えないこともあるでしょう。仮にも御三方は学院の上位3名ですから言い難いはずです。そしてお二人の傍付きが言えないのは、自分の指導生に下級貴族である自分が意見することはできない。そう思っているからですよ」
ひらりひらりと会話を交わそうとするライオスにユージオは苛立っていた。同室の者が卑しい行為に走っていても咎めるどころか、むしろ推奨しているように感じる。それが非常に腹立たしかった。
「ウンベール・ヒョールよ。このようなことを言われているが、思い当たる節はあるか?」
「ありませんな」
「私もです。稽古で疲れた体をマッサージしてもらっているだけで何が卑しいのか疑問に思いますな。辺境出身のユージオ上級修剣士には、その光景がいささか刺激的なのでしょう」
ヒョールの言葉がユージオの逆鱗に触れた瞬間、肩に誰かの手が置かれユージオを正気に戻した。振り返るとカイトが無表情にライオスらを睨みつけていた。
「たとえ学院則で禁止されていなくとも、してはならないこともあるでしょう。御三方はそうそうないでしょうが、万が一屈辱的な命令を下されればどう思いますか?」
「有り得ない仮定を言われては考える気も起こらないのだよ」
「有り得なくはないでしょう。二等爵家や一等爵家が上にはいます。そこに命令されれば断れますまい」
「...話にならない。出て行くが良い。あまり踏み込むなよ平民風情が」
「注意はしました。もしお二人の傍付きがこれ以上傷つくようであれば、教官に調べを依頼することになるでしょう。最悪それ以上の
カイトの意味深な言葉に理解できないと、間の抜けた表情を浮かべるライオスらを背にして3人は部屋を出た。
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自室に戻ってからも3人の空気は重かった。反省の色がまったく見えないことに、怒るより呆れていたのが余計に精神的疲労を増加させていた。
「あっぶねぇ、暴言吐きそうになった」
「キリトが真っ先にキレるかと思ってたのに」
「剣があれば危なかったな」
キリトも色々と限界だったらしく鬱憤を晴らしたがっている。その気持ちは大いに理解できるので咎めなかった。
「でも裏があるよなあれは」
「意図的にユージオを挑発してたからな。ユージオが言いすぎていたら、それを逸礼行為として罰を与える気だったみたいだし」
「カイトが肩を叩いてくれなかったら終わってたかもね」
俺がユージオの肩を叩いたのは、ユージオの意識を逸らすためでもあったが、どちらかといえば自分が自分でいられるようにユージオを利用したのが正しい。だがユージオの正気を取り戻す結果になったのであれば、結果オーライでも構わない。
「しかしここまで反省の色がないとは。これも俺たちがあいつらに恥をかかせたせいだ」
「そう悲観的になるなよ。どちらにせよそろそろ検定試合があるんだからさ。学院代表になるためには、遅かれ早かれあいつらに勝たないとダメだから恨みは買っていた。恨みを買う時間が早いか遅いかの違いなんだから気にしなくてもいい」
「しばらくは様子見というところだな。何かあれば教官に言えるようにしていればいい」
カイトの言葉に同調するようにユージオとキリトが深く頷いた。
あと2話で終わると言いましたが終わりそうにないですね。
どのくらいになるかはまだわかりません。長くても3話ぐらいだと思います。