散々3人を虚仮にしたことで満足したらしく、ライオスらは翌日から絡んでくることはなかった。憎しみを込めた視線を向けることもなく、完全な無視を決め込んでいるウンベールとヒョール。
その方がカイトたちも楽だったから特に関わろうとはしなかった。普通に生活しているときでも可能な限り関わりたくはないのだから、その感情を抱くのは当たり前だが。
「てっきり嫌がらせをしてくると思ったんだけどなぁ」
夕方、授業を終えて自室でくつろいでいると、キリトが前置きもなくそんなことを言い出した。
「心を入れ替えた…わけじゃないだろうしね」
「そう簡単にあいつらが改心するわけないからな」
「断定的だねカイトは」
「あれだけ性格の悪さを魅せられたら否応なく思うだろ」
「…今さ、言葉の意味を変えなかった?」
ユージオの鋭いツッコミに俺は冷や汗をかいていた。それをごまかすように笑顔を浮かべ、ユージオが煎れたピーチティーに似た味のお茶をすする。誤魔化したのがキリトにもバレているらしく、にやつきながらこちらを見ていた。
「〈システム・コール・ジェネレート・エアリアル・エレメント。…バースト・エレメント〉」
「ぐおっ!眼が!眼がぁぁ!」
呟くように式句を唱えて右手に風素を生成し、キリトの両目の前まで移動させて解放する。その風圧で眼球を攻撃されて、悶えながらキリトが椅子から崩れ落ちた。してやったりと笑みを浮かべる俺と、苦笑しているユージオの表情は反対であるが似た笑顔である。その要因はようやく痛みから解放されたキリトが、恨めしそうに俺を見ているからなのであるが。
「…許すまじカイト」
「自業自得だ。これは正当防衛に他ならない」
「その言い方と深い笑みは悪人そのものだよカイト」
「俺が悪人ならキリトは極悪人だな」
眼圧検査程度の風圧で、大袈裟に転げ回っているキリトに同情はせん。キリトだって〈現実世界〉では、何度も経験しているはずなのに。そこまで痛がるほどの強さだろうか。〈現実世界〉で慣れていたとしても〈アンダーワールド〉にいるキリトは、キリトであって本体のキリトではないから慣れていなくても可笑しくはないのかも。
「話は戻るが今の状態が卒業まで続いてほしいものだ」
「そう簡単にあいつらが諦めるとは思えないんだよな。カイトの気持ちと同じだけど、あいつらの性格を考えるとさ一時的なもんじゃないかって」
「僕もこのまま何もなく終えてほしいけど、キリトの考えもあり得ると思うかな。なんせ僕たちが言いに行っても、悪いことをしたとは思っていない様子だったからね」
「むしろ当然って感じだったからな。よくあそこまで自分の意志を曲げないものだ」
本当にある意味尊敬に値するほどひねくれた性格である。真似したくもないが、真似しろと言われてもできる気はしない。それだけあいつらの性格が完璧に近いと言えるクズの極みなのだろう。考えただけで吐き気がしてくるから、ここで思考を停止させていただく。
「あとはティーゼたちに報告すれば作戦の第一段階は終わりだね」
「といっても作戦は二段階だけなんだけどな」
「そこはそうだねって言っておこうよキリト」
「ではキリトの〈神聖術〉補講を行おうか」
「お、お手柔らかに…」
キリトのひくついた笑みを見て、俺とユージオの悪戯心に火がついたのは言うまでもない。
「勘弁してくれぇ!」「諦めるのにはまだ早いよキリト!」「容量が足りない!」「じゃあ増やそうか」「待て!今俺から剣術の知識を抜き出すな!」「安心しろ、また戻してやる」「安心できない!や、やめ…いやあぁぁぁぁ!」
とまあこんなやりとりが行われたかどうかは定かではない。だが消灯までの2時間、こってりと絞られたキリトが廃人と化していたことだけ明記しておく。
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その翌日、定刻である16時の鐘が鳴る前にユウキたちが掃除をしにやってきた。といっても3日おきに掃除をしてくれているので汚れることはないのだが、傍付きの仕事の一番とも言えるので疎かにすることはないのだ。
「もう少し汚してくれたらボクもやりがいがあるのに」
「いや、3日おきに掃除されてたら汚れる暇も無いでしょ」
「では汚してください。どうぞ」
「意図的に汚してどうすんのさ。余計に汚しにくいんだけど?」
「掃除するのはボクだから気にしないで下さい。さあどうぞ!」
「話を聞いてくれ」
いや、ほんともうどう対処したら良いのかわからなくなってきた。ユウキは俺の寝室を掃除しているのだが、汚れていないことが少々不満なようだ。汚そうと思っても汚すに汚せないし、散らかそうにも散らかすほど物品があるわけでもない。仕事といえば布団のシーツの取り替えや洗濯、天日干しのような軽い作業ばかりだ。
綺麗になった布団で眠れるのは嬉しいし、
我慢してアリスの言うことを聞いて俺を待つか。アリスに心配をかけてでも己の欲を優先して俺に会いに来るか。困ったなぁ。来られたら俺の身分がバレるし、何よりパニックに陥る気がする。〈整合騎士〉にしか操ることのできない飛竜が空を駆けてきたら、(悪い意味で)お祭り騒ぎだ。それは勘弁してくれよ。
万が一夢縁が来ちゃってその後〈セントラル・カセドラル〉に帰ったら、皆さんから怒られるだろうなぁ。爺さん・連続技使い・弓使いはともかく、アドミニストレータとアリスは無理。アドミニストレータには愛でられる気がするし、アリスからは無言の怒りの笑みを四六時中向けられるわ絶対。
あ、でもアリスに向けられるならそれはそれで良いかも。なんせアリスだからな!
「じゃあボクが汚しますね」
「待てぇ!」
物思いにふけっている間に居間から持ってきた紅茶を、こぼそうとするユウキを羽交い締めにして押さえ込む。
「先輩、汚させてください!」
「ダメダメ!それはダメ!」
「問題ありません。片付けるのはボクなので」
「そうだとしてもやめて!」
なんで俺がこんな苦労しないとダメなわけ!?日頃の行いそんなに悪い!?キリトの〈神聖術〉補講にキリト弄り、ユウキへの剣術指導にユージオ弄り。うん、人への嫌がらせしかしてないわ。そりゃこんな目に遭っても仕方ないかな。
「…こ、この体勢は、恥ずかしいかな///」
「え?」
暴れるユウキも抑えるために動いていたのだが、何故か謎の体勢になってしまっていた。よく見れば俺の右手は紅茶の入った瓶を斜め上に差し伸べられたユウキの右手首を掴み、左手はユウキの左腰に回っている。
俗に言うダンスを踊る女性をリードする男の図である。
わざとこういった姿勢をしているわけではないのだが偶然とはいえ、このような体勢はユウキの言う通り少しいやかなり恥ずかしい。それも人生最大級に。
ズドドドドドド!
この音は!?チラリと窓の外を見てみる。
アリスがランスで突っ込んでくる!しかもその武器はロンゴミニアドではないですか!危険危険!身のキケ~ン!
無敵状態でも回避スキルでも不可避!防御アップせねば!マシ〇、マシ〇はおらぬか!?何、魔神柱との戦闘で来れないだと!?おのれ七十二柱。いや、ソ⚪モンめ。そこまでして俺に攻撃を喰らわせたいのか。よかろう我が身だけで耐えてみせるわ!
…とまあ鋭い視線が、遙か彼方から飛んできた気がするが何もなかったことにしておこう。
〈セントラル・カセドラル〉side
私は最愛の
「アリス様、どうなされたのです?」
「カイトが他の女とひっついている気がしただけです」
「師がですか?まさかそのようなことが」
「女の勘ですから気にしないでください。では続けましょうか」
「…はいアリス様」
面と向かって「女の勘は良く当たる」と言えない
〈セントラル・カセドラル〉sideout
事件発生から30分後、掃除を終えたユウキが俺の部屋から出てきた。
「カイト上級修剣士殿、報告します。本日の掃除終了しました!」
「お疲れ様。それからこの前の件、しっかりと抗議しておいた。あいつもこれ以上大事にはしたくないだろうから逸脱した命令はしないはずだ」
「ありがとうございます!2人も安心して過ごせることでしょう!」
純粋に喜んでくれるユウキを見ていると、ライオスらのことで悩んでいる自分がバカバカしく思えてくる。あいつらによって汚染された心が浄化されていくそんな錯覚を覚える。
「今回の件は俺がライオスの言葉に過剰に反応してしまったことが原因だ。本当にゴメン。多くの被害をだしてユウキたちにも迷惑をかけてしまった」
「先輩とライオス上級修剣士首席との間にどのようなことがあったのかはわかりません。でも先輩はどんなことがあっても間違ったことはしないとボクは知っています。だから先輩の責任ではないと思います」
「『ぶつからなきゃわからないことだってある』か。本当にその通りだよ」
本家と何も変わらない性格には本当に助けられる。いつかお礼ができたらいいな。
「今日はもう帰って良いよ。明日は〈神聖術〉の試験だろう?それもユウキが苦手な鋼素の」
「うっ!では失礼させていただきます!」
ユウキは一礼して許される限りの速度で、初等練士寮へと帰宅していった。それを見送ってからユージオがいる部屋へと足を向けドアを開けようとしたが、何故か少しだけ開いていた。
ノックしようと拳を持ち上げたタイミングで、ドアの隙間からユージオの声が聞こえてきた。
「大会が終わったら君に会いに行くよ」
2人の空気を壊すわけにもいかず、俺は先に掃除を終えて修練しにいったキリトを追い掛けた。
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それから月日が流れて5月22日。その日は例年にないほどの強風と雨で気分は暗かった。人間は気圧が低いと元気がなくなるのだろうか同室の3人は口数も少なく唯手を動かしていた。
「ねえキリト、早くその剣の名前を決めてあげなよ」
「キリトがその剣に合った名前を考えつくとは思えないけどな俺は」
「まったくもってその通り。俺には命名する才能は無いのさ」
ため息を吐き出したキリトは、油革で刀身の磨きを再開する。口数が少なかった理由は、各々が愛剣を磨くために集中していたからだった。キリトが愛剣を手に入れてから早2ヶ月。今になって尚銘が決まっていないことに、ユージオは不満を述べながらも待ち遠しいらしい。こうして剣を磨くときには決まって聞き手に徹している。
「それにしても遅くないか?」
「何がだい?」
「さっきの鐘が4時半のはずだ。あの3人が遅れてくることなんてこれまで一度もなかった」
「そういえば遅いね」
3人は遅れることなく、16時の鐘が鳴った頃には掃除を始めていた。30分も遅れているというのに連絡の一つもないのは可笑しい。キリトも同様らしく厳しい顔をして考え込んでいる。なんとも言えない不安感が込み上げてくるのを、無理矢理に押さえつけるように愛剣磨きを再開する。だが磨けば磨くほど不安は大きくなる。このままいいのだろうか。来るのを待っていれば良いのだろうか。
「初等練士寮に探しに行ってくる。なんだか嫌な予感がする」
「俺も行くよ。初等練士寮にいなければ何処かにいるはずだから」
キリトも立ち上がって不安を振り払うかのように意見を出してくれる。
「いや、キリトは修練場に行ってみてくれ。傍付きは上級修剣士寮の寮官に許可をもらえば使える。もしかしたらそこにいるかもしれない」
「なら僕も…」
「ユージオはここで待っててほしい。ユウキたちと入れ違いになったら困るからさ」
「わかったよ」
ユージオが頷いたところで、キリトとともに窓を開け放って近くの樹に飛び移った。
「正面玄関からってもういないし。まあ、正面玄関から出て行くより窓からいった方が近いのはわかるけどさ。相変わらず頭より行動が先なんだから」
僕は風とともに入ってくる雨粒を防ぐため、窓を閉めてからソファーに座り込む。2人がいなくなった部屋はやけに広く感じられた。3人部屋だから、1人になればそれは当然のことなのかもしれないけど、僕からしたらそれだけが理由ではないとわかっている。
不安によって心が傾きを平衡状態に戻そうとする副作用によるものであると。
愛剣磨きを続けるか迷っていると、小さなノック音が聞こえてきた。ドアから出て行けば行き違いにならなくて良かったのにと思うけど、今言ったところでどうにもならない。3人を労おうとドアを開ける。
「よかった。心配し…」
そこまで言いかけて僕は眼を見張った。視界に飛び込んできたのは、赤毛でも焦げ茶でも漆黒でもない。見たことのない髪色をした少女2人だった。1人は薄茶色でもう1人は珍しい水色の髪色をしている。
「…君たちは?」
「あ、あのユージオ上級修剣士殿でしょうか?」
「そうだけど…」
「私はフレニーカ・シェスキ初等練士です。ご、ご面会の許可を取らずに訪問したことをお詫び申し上げます。でも私はす、すぐにでもお伝えしないと思いまして…」
妙に震えながら言うから、怖がりなのかなと思ったけどそうじゃない。雨に濡れただけの震えではないのは僕にもわかった。寒さによる震えではなく、恐怖と不安によるものだと。人を見る能力のない僕でも一目瞭然だった。
「私はシオン・エニルです。この度は尽力していただきありがとうございました。あの日からは屈辱的なご奉仕は減ったのですが、本日のは少し…。そこでティーゼたちに相談というよりも中退を申し出たんです。『これ以上このようなことが続くのであれば学院を辞めたい』と。そしたら3人が直接嘆願すると言って飛び出してしまって。なかなか戻ってこなかったのでどうしたらいいかわらずここに来た次第です」
水色の髪に獰猛な瞳をしているけど、柔らかな顔立ちが相まって可愛らしい雰囲気をしている少女が俯いて呟いたのを見て僕は怒りが湧いてきた。あれほど抗議したというのにまだ求めるかと。
「いつ頃出て行ったの?」
「15時半頃だったと思います」
あれから1時間以上が経過している。嘆願しに行ったとしてはらあまりにも時間がかかりすぎている。よくないことが起こっていると考えるしかない。
「君たちはここで待ってて。友人2人が帰ってきたときに、僕がライオスたちのところにいるって言っておいてほしい」
僕は2人の返事を聞かずに愛剣を握ったまま部屋を飛び出した。
シオン・エニル・・・ヒョールの傍付きで水色の髪をして獰猛な瞳をしているが、柔らかな容姿で可愛らしく見える少女。
シオンはGGOのシノンに似た少女です。性格はシノンよりもっと優しくて包容力があるキャラです。