救出
「任務達成ねカイト・シンセシス・サーティ」
「ありがとうございます最高司祭様」
相手が見えないからこその恐怖もあるが、それ以上に同じ場所にいること自体が恐ろしい。圧倒的な存在感と支配力。それが今の〈人界〉を統括するアドミニストレータの権威だ。
「1年間の潜入任務をやり遂げるなんてね。少々貴方を過小評価していたかしら?」
「いえ、〈神聖術〉の技量がない自分に任命して貰えたことがステイシア神の導きです」
「そう、ならこの話はこれでお終いにしましょう。任務達成の褒美として長期休暇を与えます。飛竜で〈人界〉を旅するのも良いですし、〈神聖術〉に精を出すのも貴方の自由よ」
「寛大な報酬に感謝します。それでは」
〈セントラル・カセドラル〉最上階《神界の間》を後にしようと重い腰を上げた瞬間、またしても声をかけられてしまった。仕方なくその場で振り返る。
「エルドリエ・シンセシス・サーティツーを連れてきてほしいのだけど」
「かしこまりました。呼んで参ります」
今度こそカイトとアリスは《神界の間》を後にした。
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エルドリエをアリスに呼び出してもらい、アドミニストレータの元へと向かうのを見送った後。俺は自室に帰り学院の制服からラフな服装に着替えて、久々のベッドへ仰向けに寝転がる。1年ぶりのベッドのシーツは、太陽の香りがしたがなんとなくさみしさを感じる。それは1年間過ごした学院のベッドが恋しいからだろうか。
あのベッドにはたくさんの思い出が詰まっている。鍛錬で疲れた体を横たえて眠りに
「今更何を願うんだろうか俺は」
誰も聞いていない空間で1人言葉をこぼす。
「カイト、入ってもいい?」
「…いいよ」
アリスの声に一瞬躊躇ってから俺は入室を許可した。今の俺の顔を見れば、きっとアリスは心配して何か元気になるようにするだろう1年間離ればなれになっていたのだから、アリスに好きにさせても良かったが何故かそれははばかれた。
アリスだってするべきことはいくらでもあるのだから、余計な時間を使わせたくなかった。ゆっくりと部屋に入ってきたアリスは薄い水色のワンピースを着ていた。その可憐な姿に俺は見とれてしまい、アリスが
「そ、そんなに見られるとね。は、恥ずかしいかな//」
「え、あ、すまん。綺麗だったから見とれてた」
「バカ//」
「うわ」
怒りながらもベッドに腰掛けていた俺の胸に飛び込んできた。その対策をしていなかったので、運動法則に従ってそのままベッドに倒れ込んでしまう。抱きしめた体に鍛えられていても華奢な腰の細さに心配するより、安堵した俺は優しくでも強く抱きしめた。
…1年ぶりのアリスの体は俺にとって何なのだろう。俺なんかが独り占めしても良いのだろうか。恋人としてはお互いにわかっている。でも生涯の伴侶であることを俺たちはまだ誓い合っていない。恋人だからアリスを自分のものとして扱って良いのだろうか。伴侶になってからじゃないと駄目なんじゃないかって思うけどアリスは一体どう思っているんだろう。
「…カイト、もしかして悩んでる?」
耳元でそんな声で言われたらヤバい。
「わかるのか?」
「カイトのことは全部知りたいもの。好きな人のことをなんでも知りたいって思うのは普通のことだと思う。でも場合によっては重いって言われるかもしれないけど、カイトは言わない気がしたの」
「…俺はアリスが好きだ。だからどんなことを聞かれても答えたい。でもそれがアリスを傷つけるかもしれないって思うと言えなくなるんだ」
アリスが傷つく姿なんて見たくない。傷つけるのが他人であっても自分だったら尚更に。でも君は話してほしいという。俺はどうしたら良い?
「カイトは私にどうしてほしい?」
「この先もずっと一緒にいてほしい。世界が終わるその瞬間まで」
「だったらなんでも言わなきゃね」
俺は言ってから気付いた。アリスの誘導尋問に乗せられていたことに。そしてプロポーズをしたことに。でもいつかは言うつもりだったから気にしていない。未来に言うのか今言うかの違いだから。
「別れ際のあの子のこと考えてた?」
「無きにしも非ずかな。好意を向けられるのは純粋に嬉しいから」
「ふう~ん」
「いや、選ぶのはもちろんアリスだぞ。俺にはアリス以外考えられないからな」
アリスの声音がワントーン低くなったことに気付いて、俺は慌てて言い添えた。本心だったし嫌われたくないのもあったのでとにかくご機嫌を取る。
「で、一つ聞いても良いか?」
「何?」
部屋に入ってきたアリスに、ずっと疑問に思ってたことを聞いてみた。
「いつの間に
冷徹なアリスと別れてから10分前後しか経っていない。俺はシンセサイズ後のアリスとシンセサイズ前のアリスを入れ替える術を解いてもいない。それなのに何故入れ替わっているのだろうか。
「知りたい?」
「ふぇ?」
「貴方がいない間に鍛錬したの!貴方のいない1年間がどれだけ退屈でさみしかったのか。学生生活をお楽しみだった人にはわからないでしょうね!」
「ふぉふぇんなひゃい」
「心がこもってない!」
アリスに頬をつねられながら謝罪したが、余計にヒートアップさせてしまったようだ。だが無理矢理つねりを解除したら、長引くだけなのでそのまま言い続けるしか俺にはできることがない。
「ふぉんなこひょしゃれてひゃら言いひゃいことひょ言えなひふぉ」
「うるさい!私だってカイトと一緒に学生生活を謳歌したかったのぉ!」
「むひひゃろ。ふふゃりにばふぇるふぃ」
「バカバカ!」
「いふぇふぇふぇふぇふぇふぇ!」
いつまで続くのだろうこの罰は。なんだか明日になるまでこのままな気がするけどそれは勘弁してほしい。ユージオとキリトを助けに行かないと、2人がシンセサイズされてしまう。それじゃあ1年かけて行った〈本当の任務〉が、水の泡になってしまうではないか。
それだけは防がないと意味がないぞ。
「早く2人を助けに行かないとこれまでの努力が水の泡だ」
「そうだけど今の時間帯じゃ監視がきつくて無理よ」
「そうなんだよな~」
2人を牢屋に入れたのが昼頃。今が夕方の6時だから人の出入りが一番少なくなる深夜までは警戒されるような無謀はしたくない。助けたいなら僅かなチャンスに狙いを定めるしかない。
「深夜までは大人しくしてるよ」
「そこが《エクストラ・クエスト》の決行時間なのね」
「…何処で覚えたんだその単語は」
「ヒ・ミ・ツ」
…本当に何処からその知識を得たのだろうか。まさか
「でももう少しだけこのままでいさせてほしいかな」
「アリスと触れあっている間にキリトが脱走していないことを願うよ」
アリスの頭を撫でてやると頬を赤くしながら俺に強く抱きついてきた。その気持ちに応えるように俺もアリスを抱きしめた。
だがカイトの願いは数時間後に儚く散る。といっても〈原作〉と同じ方法と逃走経路だったのが幸いしたことだろう。
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カイトに投獄されてからどのくらい経ったのだろう。この言い方ではカイトが悪いみたいな言い方になるから誤解を生むかな。 カイトだってこんなところに俺たちを放り込みたくなかっただろうし、願わくばカイトの側にいたかった。
まあ、カイトが〈整合騎士〉である時点で近くにいることさえおっかないのに側にいたいなんて自分から言えないよな。カイトがどんな風に思っているのかわからないから、そう言っているだけだけど。
それでも力になりたいと思うのはエゴだろうか。
親友である以前に同じ釜の飯を食った仲というわけではないが、同じ立ち位置で学院で生活し飯を食って過ごしてきた。下級とはいえ、貴族の女の子に身の回りの世話をしてもらうという何かの罰なのかという事態にも遭遇した。それに加え上級貴族たちの嫌がらせにも手を取り合って対抗した。
最終的にはカイトの権力で謝罪まで至ったが、本心から謝っていたとは思えない。形だけの謝罪であり内心では復讐を考えているかもしれない
でも今考えるとあのわずかな時間が恋しくなる。俺が〈現実世界〉に帰還するためには、憶測ではあるが〈公理教会〉にあると思われる《ログアウトシステム》へ行く必要がある。
〈公理教会〉すなわち〈セントラル・カセドラル〉の内部へ入るためには、〈整合騎士〉になるか大罪人として連行されるのどちらか。俺は〈整合騎士〉となって入る予定だったが、少々異なる方法で来てしまっていた。
ユージオの目的のために学院に入っていたことを考えれば、自分の目的が二の次になっているのは気のせいではないだろう。それにしても長い時間を此処で過ごしてきたものだ。内部時間で2年と少し経っていても、FLAが1000倍であると考えると〈現実世界〉ではまだ50時間程度しか過ぎ去っていないのだ。
そう考えるとありがたいが、アスナやスグに心配をかけていると思うと申し訳なくなってしまう。ここからメールや電話の一本でも連絡を取れればいいと何度思ったことか。だがこの塔を登りきれば外へ連絡できるかもしれない。そう考えると目的地までは近いのだが、如何せんここは敵の本拠地なのだから簡単に登らせてもらえるはずもない。
必ず敵として立ちはだかる〈整合騎士〉が大勢いることだろう。できれば味方が欲しいのだがないものねだりというものかもしれない。だがカイトはどうだろうか。大罪人の俺たちを「必ず助ける」と言って消えたのだから、もしかしたらカイトとアリスは味方になってくれるかもしれない。
「...起きてるの?キリト」
「悪いなユージオ、起こしちゃったか?」
俺が醸し出していた不安を敏感に感じとって、ユージオが起きてしまったようだ。地下牢に投獄されてから9時間程が経っている。その間に俺は3時間程度しか睡眠を取れていない。寝たくてもこんなところでは安心して眠れないさ。
「こんなところで眠れるわけないだろ?」
「休息が取れればいいんだよ。さてとここを脱走したいのだが知恵を貸してもらえないかな?」
「カイトが来るまで待てばいいんじゃないのかい?助けるって言ってたんだからさ」
「俺がいつ来るかもわからないカイトを待つと思うか?」
「…キリトは我慢ができない奴だってこと忘れてたよ」
肩を竦めながらため息を吐く。それでもって笑みを浮かべるユージオに悪戯っぽく微笑む。「無理・無茶・無謀」が俺を形成していると言っても過言ではないので否定はしないけどな。これのおかげで生き抜けてこれた実績がある。といってもそれが今回も役に立つかどうかは誰にもわからないが。
「鎖で動きを制限されている以上は自由に動けないよ」
「最初にするべきことは鎖の切断方法だな。...それよりいいのか?ここから脱獄するということは〈公理教会〉に真っ向から反逆することと一緒だぜ?」
「...しなきゃならないんだ。カイトとアリスとキリトの4人で暮らすためには、それしか方法がないんだろ?連行されるときからいや、もっと前からだね。ウンベールの手を斬ったその瞬間から覚悟はしてた」
あれほど《禁忌目録》に背いてはならないと言っていたユージオが、ここまで反逆するなど誰が思うだろう。カイトだってアリスだって思わないはずだ。
「そういや、アリスはあんなにきつい性格だったのか?」
「中庭でのことだね?あんなにひどくはなかったよ。暴力なんて一度もなかったしあれほど冷たい視線を向けられることはなかったさ」
「ふーむ。とまあ何にせよここから出ることを優先しようぜ。まずはこの鎖だが...お?〈ステイシアの窓〉は出たぞ」
いつものジェスチャーをすると紫色の矩形が現れる。ここまではいいが、問題はその〈クラス〉と〈天命量〉がいかほどなのかということだが。
「うえ、〈クラス:38〉で〈天命〉が23500だ。〈神器〉に近いなぁ。これじゃいくら引っ張ってもビクともしないぞ」
「周囲を探したってこれを断ち切る物が置いてあるわけないだろ?そもそもあるのはベッドと革袋と鎖
「...鎖
「キリト、まさか...」
どうやら俺の考えを理解したらしく、ユージオがやめてくれという顔をしている。悪いなユージオ、俺は一度決めたことは途中で中断しない男なのだよ。
だから今回も実行させていただくぜ。
「そう、そのまさか。俺の鎖とお前の鎖を引っ張りあって〈天命〉を削り合うのさ」
「無茶しないでよ?」
「自由になるならやらなきゃダメだ」
ユージオの言葉に答えながら俺は着々と準備を進める。ユージオの鎖の下をくぐり、今度は上を跨いで最初の位置に戻る。こうすれば俺の鎖とユージオの鎖がクロスして引っ張り合えば、互いに〈天命〉を削りあってくれるはずだ。
「せーのでやるぞ?…せーの、ふんっ!」
「この!」
全力で引っ張り合ったことで、鎖の〈天命〉は急激に減少していくのだが、あまりにも全力で引っ張り合ってしまったので減少する速度が異常になる。数値を確認せずにいたために0になった瞬間、俺たちは後方の石壁に後頭部を激突させた。
「いつつつつ、今ので〈天命〉はいくら減った?」
「大きく減ってたら嫌だから見ないでおこうぜ。それよりほら」
「うわぁ!やったねキリト!」
手元を見れば1m20cmほどを残して鎖が断ち切られている。できれば外れて欲しかったのだが、これならば武器として使えそうだ。丸腰で脱獄も怖かったので不幸中の幸いかな。
「さてと作戦の第一段階は完了だ。いいんだな?ユージオ」
「もちろん。僕は決めたんだもう一度みんなで生きるって」
「ほんじゃまいっちょやりますか」
鉄格子を睨みつけながら指の関節を鳴らす。〈アンダーワールド〉でする意味があるのかは不明だ。でもなんとなく気持ちを整える意味合いを含めて俺は気にせず鳴らした。
「キリト、大丈夫かい?鎖で壊すつもりみたいだけど」
「任せろって。リーナ先輩に鞭の使い方をある程度は習ったからさ」
避けることはできても扱うのは難しいんだよな。下手したら自分が打たれるから力加減をしっかりとしないと。
「セイっ!」
気合を吐き出すと鎖の先端が鍵の部分に狙い違わず炸裂し、とてつもない大音響を地下牢全体に響かせた。誰か寝ていたら跳ね起きそうなほどの音量だ。
「…来ないみたいだね」
「今ので気絶したかもな。そんじゃま脱獄開始だ」
俺たちは右も左もわからない地下牢から地上に出るため、無謀な逃走を開始した。
カイトとアリスがキリトとユージオの脱走(脱獄?)を知ったのは2人が戦闘を開始した直後である。2人を投獄した牢の吹き飛んだ鉄格子を見て、「やっぱりかぁぁ!」とカイトの叫びが爆睡する看守のいる地下牢に響き渡った。
急ぎめで書いたので文はかなり荒いです。時間があれば編集します。
来年も皆様にとってよい年でありますように。