約束した日の昼から次の安息日までは、本当にあっという間だった。カイトは3日後にまた大きな獲物を狩り、村長であるガスフト・ツーベルクから褒め称えられた。キリトとユージオも普段よりやる気を出して仕事に励んでいたため、午前と午後はかなり早く終わっていた。それのおかげか4人は村の中で毎日のように駆け回っている。
そして約束の安息日当日。
「遅い」
キリトが不満そうに腕を組み、片足で地面をリズム良く叩いていた。それを見ながら仕方ないなぁとばかりに苦笑するカイトとユージオの様子は、日常茶飯事となっている。キリトもこの程度でぐちぐちと言う心の狭い少年ではないが、楽しみにしていた時間に遅れられるのは少々不満げそうだった。
「まあまあ、女の子には色々とすることがあるのさ」
「そうだよキリト。この程度で文句言ってたら、村のみんなから嫌われちゃうよ」
「むぅ、それは困る。それより来たときから気になってたんだが、背中に背負ってるのは剣か?」
キリトの視線はカイトが背負う剣に向けられていた。装飾など何一つ無い銀一色の状態の剣は、一見華やかさに欠ける。しかし〈クラス〉は、央都で売られている騎士団に支給されるものと同等である。
故に〈ルーリッド〉では、2番目に
「心配するなよ2人とも。別に《ダークテリトリー》の敵と戦うわけじゃないんだからさ。保険だよ保険」
「「保険?」」
「うん。万が一熊とかが出てきたときに対処するためさ」
「怖いことさらっと言うなよカイト」
「あははははは。ゴメンゴメン」
ユージオは言葉通り、二の腕を両手でさすりながら睨んでいる。それを軽く謝ることで流していると、遠くから金色の光が見えてきた。
「来たね」
「怒ろうか」
ユージオの言葉に、それを確認したキリトが悪戯小僧の表情を浮かべる。まったくいつもいつも懲りずにそんなことが考え付くものだなと、あきれ半分関心半分で見ていると待ち人来たり。
「「「遅い」」」
「3人で言わないでよ!セルカと準備してたら遅くなったの。ごめんなさい」
「本気で言ったわけじゃないさ。じゃあ氷を探しに出~発」
「「「おー!」」」
簡単な掛け声に、3人が元気よく拳を天に突き上げ歩き出した。
4人は村の北の出入口から〈果ての山脈〉へと歩き出し、鼻歌を歌いながら森を抜けて川辺を歩いていた。
「ねえキリト、洞窟には竜がいたって物語に書いてあったけどさ。本当にいると思う?」
「どうだろう。氷があったなら可能性はあると思うけど。カイトはどう思う?」
「300年前のお伽噺だから信憑性は低いかもな。大体のお伽噺とかって尾ひれがたくさんつくもんだから」
「そんなこと言ってたら、村長やガリッタ爺さんに怒られるよ」
歴史あるお伽噺を愚弄というほど大袈裟ではないが、否定することはタブーである。ベルクーリは〈ルーリッド〉始まって以来の英雄であるし、何より大人でも憧れる存在なのだから悪口を言えば雷が落ちるのは、11歳の少年少女でも予測できる。
それでもそういうことを口にするのは、自分たちの目で見なければ納得できないという好奇心が高いからなのかもしれない。計画性・規則性の不足は、すなわち旺盛な好奇心と探求心の裏返しだから仕方ない。カイトやキリトは名前が似ているからか、似たような発想力や行動力がある。《禁忌目録》を破りそうになったことが一体何回あったことか。その度にユージオとアリスは悩まされてきた。
「簡単に言えば、今回の冒険がその疑問の解決に繋がるかもしれないということだね」
「さすが優等生は違うなぁ」
「からかわないでよ!」
ユージオのこういう初心なところに漬け込むのは楽しいが、そこはキリトに任せておくのが一番だ。
「というより疑問がある。俺とユージオは荷物を持ってるのに、何故にカイトは持ってないんだよ」
「文句はアリスに言いなさい」
キリトの言葉通りユージオとキリトの片手には、今日の昼食と水筒が握られているがカイトは何も持っていない。正確には剣を背負ってはいるが、それは頭数に入らないようだ。
カイト自身、荷物を持ってもいいのだが持つべき荷物が見つからないので、そのままの状態で歩くことになっていた。万が一、熊でも現れた際に対処できるようにというアリスなりの配慮なのだが。目の前で鼻歌を歌いながら、スキップをして歩くアリスの背を追いかける3人は、顔は違えど3つ子のように同じ背丈で似た雰囲気を醸し出している。
「もし竜がいたらどうする?」
「いっそのこと黙っておこうよ」
「鱗を持って帰ったらみんな羨ましがると思うぜ」
「貰えるという前提での話だけどね」
些細な小言を交わしながら歩いていると、同時に3人のお腹が鳴った。空を仰げばソルスがほぼ中心にまで昇っている。よくよく考えれば朝早くに歩き始めているのだから朝食を食べていても、昼にならずとも腹が減るのは至極当然のことだ。
「腹減った」
「同感」
「僕もだよ」
キリト・カイト・ユージオは、同じようにお腹を押さえながら呟く。
「仕方ないわね。少し早いけどお昼にしましょう」
「「「イエーイ!」」」
苦笑したアリスは、喜ぶ3人を見て「悪戯小僧3人組」の異名をつけられる理由を理解した。11年間一緒いたので知らないわけではない。相変わらず仲が良いなという意味合いが強い苦笑だったのは、言葉にして言うまでもないことだった。
フルーツパイを2切れずつたいらげた3人は、少しばかりの休憩をしていた。キリトの場合は手足を広げて寝転んだかと思うと、すぐにいびきをかいて眠り始めた。どこでも寝れる体質というのは羨ましいと思いながらも、同じように3人は寝転ぶ。夏でも〈果ての山脈〉に近づいているからか、吹き抜ける風は心地よいほどに涼しい。
「ねえカイト」
「ん~?」
鼻孔をくすぐる風に混ざって流れる森の香りを楽しんでいると、カイトはユージオに声をかけられた。
「〈天職〉のことなんだけどさ。〈衛士〉になりたいと思わないの?」
「無理になる必要はないから思ったことはないかな。〈狩人〉ってのも悪くはないし」
「剣の腕ならジンクに勝ってるのに不公平とは思わないの?」
ジンクとは現衛士長の息子のことである。性格は傲りに染まった人間のように他者を見下すそのもの。誰もが好きになれない人間性の持ち主だ。
〈ルーリッド〉は300年もの間、何一つ変わらない生活を続けてきた。それは生活基準や文明が発展しなかったということではなく、昔ながらの伝統を守るという意味合いでのことである。村長の子供は村長を、衛士長の子供は衛士長を。このように一種の世襲制度で村は存在し続けている。
それに対して違和感を抱くユージオは、この世界が間違っていると言いたいのだろうか。何も変わらず何も変えずに一生を終えるということが、酷く恐ろしいのかもしれない。
「今さら言ったところで後の祭りだろ?それにあいつが俺より剣の腕が劣っていながら、次期衛士長の教えを受けていたとしても腹は立たないよ。でもそれを理由にしてからかわれるのは嫌だけどな」
「…
「きゃあっ!」
ユージオの呟きはアリスの悲鳴にかき消されて、カイトの耳には入らなかった。
「「アリス!?」」
起き上がって声のした方へ顔を向けると、アリスが川縁で両手を抑えて震えていた。嫌な予感がした2人が急いで駆け寄る。
「アリス、どうした!?」
「水が冷たいの」
「「…へ?」」
「だから水が冷たすぎて反射的に声を出しちゃったの!」
「…脅かすなよ」
「はぁ~」
2人して安堵の行きを盛大に吐き出し、アリスの両手を見ると、よほど冷たかったのだろう赤くなっている。カイトがその手を握ると、心地よいひんやりとしたものが伝わってくる。
「あう…///」
無意識に握られて顔を真っ赤にしたアリスに気付かず、カイトは川を覗き込む。透明感のある水色が穏やかに流れている以外には、目立った様子は見られない。
「ん?」
一瞬、水中で何かが光ったように見えた俺は覗き混んだが、水面の反射で中がよく見えない。水面ギリギリまで顔を近づけると、何かが沈んでいるのがなんとか見えた。
「どうしたの?カイト」
「ユージオ、悪いんだけど俺の足を抑えててくれないか?ちょっと試したいことがある」
「いいけど何するの?」
「まあ、見てなって。よっと」
キリトのような笑みを浮かべて、カイトは川に右手を突っ込んだ。
「うひぃ!冷てぇ!」
「さっき言ったじゃないの」
予想外の冷たさに悲鳴をあげると、アリスに呆れたとばかりに冷たい評価を下されたカイト。だが冷たさを我慢して、腕をさらに水の中へと入れていく。
「ぐひぃ!」
底に沈んでいる何かに触れる。さきほどとは違った冷たさを感じた。感じたというよりは、刺されたというほうが妥当な表現だろうか。痛いと思うほど掴んだ掌に冷たさが伝わってくる。
「おんどりゃぁ!」
右手では持ち上げられなかったので両手を使って持ち上げる。
「アリス、ユージオ。俺の足を引っ張ってくれ!」
「「わかった!」」
2人がカイトの両足を掴んで勢いよく引っ張った。
ズルズル!
「いてててててててて!」
河原の砂利や小石がすれて大きな声を出すが、2人は引き摺るのをやめない。
「止めてぇ~!」
痛みに耐えかねたカイトの叫びが、〈果ての山脈〉目前の森に響いた。
そろそろ十分だと思った2人が掴んでいた脚を離し振り替える。すると顔を地面につけたまま反応を示さないカイトがいた。
「「カイトぉぉ!」」
我に返った2人はカイトを引っくり返して揺すぶる。
「…程度は考えて」
「だってどこまで引っ張ればいいのか教えなかったでしょ」
「…ごもっともです」
「でも距離を考えなかった僕たちにも非はあるよね」
ユージオのおかげで罪悪感が薄れた3人は、カイトが握っているモノに視線を向けていた。
「剣…だよね?」
薔薇を象った透き通るような薄青色の柄と同じ色の鞘に柄頭。
「だな。でもそれにしちゃ…」
「「綺麗すぎる」」
「綺麗で問題があるの?」
カイトとユージオが暗い顔をしていると、アリスが不思議そうに聞いてきた。
「こう言ってはなんだけど、これは相当前からここに沈んでいた気がするんだ。自然にここまで流されてきたのか。はたまた何者かによって投げ入れられたのかわからないけど」
「どうしてつい最近ではないと言えるの?」
「俺たち3人は村の子供でもそこそこの筋力を持ってる。それは知ってるよな?」
カイトの質問にアリスは静かに頷く。
「《竜骨の斧》を1年間振り続けたユージオとキリト、剣を使って獲物を狩り続けた俺ならなんとなくわかるんだ。これはそう簡単に振ることは出来ないって」
「じゃあこれは自然にここまで何処からか流れてきたの?」
「その線はないと僕は思うよ。カイトが両手を使ってようやく持ち上げられたんだから、余程の大雨とかがない限り流れてくるのは無理だ。しかもここ10年以上、災害と呼べるほどの規模の雨は降ってないみたいだし」
「それを踏まえると、誰かがここに投げ込んだか忘れていったとしか考えつかないな」
とてつもない重量のこれを投げることができる生き物など、そうはいないというのがカイトとユージオの意見だった。
「抜いてみるか?」
「大丈夫?」
「なんとかなるだろ。おりゃっ!」
横たわせていた鞘から右手で柄を掴み一気に抜き去る。
シャリーン!
綺麗な音が鳴り響き、3割方軽くなった剣の刀身を見る。ソルスを反射させず斬るように存在し、優美にも可憐にも見えるが不思議と豪華すぎない。
「不思議な材質だね。ガラスでもましてや鋼でもないなんとも表現しづらいよ」
「ユージオ、もしかしたらこれは〈神器〉かもしれないぞ」
「…なんだって?」
〈神器〉。それは神が自ら創り出した、あるいは神の武器そのものを指す物のことである。〈現実世界〉の言い方をすれば、遺物や
「あながち間違いじゃないだろうね。だってここにあるだけで周囲の気温が下がっているんだもん」
「俺の右手が季節外れの霜焼けになりそうだ」
抜き出した剣を鞘に戻してその場に座り込む。何故このようなものが川の中にあるのだろうか。何故これほどの存在感を見せつけるのだろうか。
「…《青薔薇の剣》」
「カイト、あなた今なんて言った?」
「《青薔薇の剣》かなって思ったんだ」
「〈ベルクーリと北の竜〉にでてくるあれかい?」
「青いし薔薇を象った装飾がある。見た目からそう言ってみただけなんだけどね」
あり得ないとばかりにアリスとユージオは表情を浮かべている。だが本心では、そうあってほしいという思いが渦巻いているだろう。なにせお伽噺に出てくるものの可能性があるのだから。そしてそれを見つけたのが自分たちなのだから。
「でも持ち帰るのはやめとこう。持って帰るにも大変な労力と時間が必要だからな。沈めておけば誰も気づかないさ」
言葉通り元あった場所に、重さで左右に揺れながら持って行って、沈めたカイトが両手を濡らして帰ってくる。
「何をするつもり?」
「するべきことしないと先に進めないからな」
そう言いながらカイトは寝ているキリトの背中に、よく冷えた両手を突っ込んだ。
「あひゃー!」
突然の冷たさに眠っていたキリトが奇声を上げる。不意打ちの冷たさに痙攣している様子を見て、アリスとユージオがグッジョブとばかりに親指を立ててきた。それに対してカイトは、悪戯が成功した悪戯小僧の笑みを浮かべることで返事をした。
アンダーワールド行きたいなぁ〜…