幼い少女が目の前にいることに、僕は違和感というより危機感を感じていた。直感や確信があったわけじゃなかったけど、可笑しいとは思った。〈セントラル・カセドラル〉内部に、こんな幼い子供がいるとは思わなかったからさ。
「なんで子供がこんなところに。カイト、どうする?」
「正面突破する」
「子供なのに?」
「見た目だけで実力は測れないぞ」
ごもっともですよ。子供だからって侮っていたら、寝首をかられる事もないわけじゃないだろうし。何より此処は〈公理教会〉の中枢部分なのだから、要注意人物が溢れていても可笑しい話じゃないよね。それにしても何故カイトはそこまで臨戦態勢を立てているのだろう。見た目で判断してはいけないとわかっていても、2人の少女はまだ学院に通うほどの年齢じゃないんだから。
「疑問に思うのが、何故此処に〈整合騎士〉が2名いるのかということですけど」
「そんなに疑問か?」
「それはそうですよ。だって〈整合騎士〉が《ダークテリトリー》から来たと聞いていた魔物といるだなんて思わないじゃないですか。実際は普通の人間みたいですけど」
カイトは少し勝ち気な容姿をしたフィゼルという名の少女に冷たい視線を向けている。そこまで温もりを感じさせない視線を向ける理由はなんなのだろう。
「そこをどいてもらえるかな?お二人さん」
「却下します。〈整合騎士〉たる者が反逆者と共に上ることなど許容できません。と言いたいところですが構いませんよ」
「え?」
止められると思っていたのに、あっさりと通して貰える許可を得ることができたことに驚いた。通した理由としては〈見習い〉の少女2人が、〈整合騎士〉2名と元学術院生の僕とキリトを含めた4人に勝てるはずもないということもあったのだろうか。
「じゃあ遠慮なく」
「ちょ、待ってカイト」
少女2人の間を抜けようとするカイトを追い掛けるために足を踏み出そうとした瞬間、カイトの両手が眼に見えない速度で閃いた。あまりの速度に僕は視認することはできなかったけど、耳にできたのは空を切り裂く音と剣を振るったときに聞こえる金属音だけ。カイトの両手の先を見ると、その音の元凶が存在していた。濁った緑色をした刀身をよく見れば、階段の灯籠によって照らし出されて濡れたように光を反射させている。何が起こったのか理解できていないのか。少女たちはぽかーんとした表情を浮かべていたが、ゆっくりと崩れ落ちていく。
「カイトは何をしたんだ?」
「彼女らが持つ武器には麻痺毒が塗り込まれています。〈ルベリルの毒鋼〉から作られた剣は、いとも容易く負傷者を麻痺させ全身の感覚を奪う恐ろしい素材です」
「それを何故10歳程度の女の子が…」
「彼女らはある頃に召喚された〈新米整合騎士〉を瞬殺した鬼人です」
キリトは自信の頬を汗が伝っていくのを感じながら、倒れ込んでいる少女らに視線を向けた。未だにあどけなさが残っている容姿の子供が召喚されたばかりとはいえ、〈整合騎士〉を殺せるなど有り得ない。だがアリスの真剣な眼差しと声音を見て聞けば、それが真実なのだと認めなければならない。
「さてと。アリス、この2人を運んでくれないか?」
「人使いが粗いですねカイトは」
文句を言いながらも言う通りに2人を抱え上げるアリスは、まんざらでもない様子だ。頼られるというのが嬉しいのだろうが、一番は「カイト」にという注釈があるからだろう。
「カイトは刺されると予想していたの?」
「此処にいた頃によく死角から飛び掛かられたり、『暗殺ごっこ』という遊びをさせられてたから」
「…怖いことさらっと言わないでよ」
「…カイトって怖いもの知らずなのか」
「そこが好感度が増す理由なのですけど」
カイトの返事に三者三様の感想を抱きながら階段を上っていく。六十階で2人の自室を発見し、そこに運び込んでからさらに上層を目指して歩く。
「どれだけ上れば着くんだ?」
「あと二十階分だ。もしかしてへばったのか?」
「そういうわけじゃなんだけどさ。景色が変わらないから飽きてきたんだよな~」
「物見遊山にきたんじゃないんだよキリト」
「ガキだな」
「子供ですね」
愚痴を口にしたことで、キリトは集中砲火を浴びる羽目になってしまった。それでもめげないのがキリトの精神HPの膨大さなのである。
「その程度の罵りではへこたれないのが俺だからな」
「じゃあ次の戦闘はキリトに全部任せようか」
「それはいいね。僕たちは後ろから援護射撃するだけで楽できるし」
「もし負ければ《霊光の大回廊》の外周部からダイブしてもらうのもありですね」
さすがのキリトでもそこまで言われては反論したくなるのだろう。駄々をこねる子供のように手足を振り回しながら大声を出す。
「バンジージャンプは論外だ!」
「誰も縄ありとは言ってないぞ」
「え、それってつまり?」
恐る恐る聞き返すキリト。
「文字通りの意味」
「余計にダメぇ!」
許しを請うようにカイトを褒めちぎろうとする様子を見てユージオとアリスは穏やかに微笑んでいた。〈セントラル・カセドラル〉に入ってから心安らぐ時間などなかったのだから、ほんの少しだけでもこうして本心からの笑みを浮かべられることを喜ぶべきだろう。
だがその楽しげな会話も何度目かもわからない踊り場を駆け抜け、目の前にあるより豪華な装飾をされた大扉を目にすると次第に大人しくなっていく。扉越しにでもわかる強者の存在感と威圧感は尋常ではない。1人ではなく取り巻きらしき人の気配もする。それは複数の〈整合騎士〉が待ち構えているということなのだろうか。規格外の圧力にキリトとユージオの足が止まり、冷や汗が頬を伝っていくのが見えた。
「この先に騎士デュソルバートより強い《整合騎士》がいるのか…」
「これだけの圧力でさえまだ最強の騎士じゃないだなんて。一体最強の騎士はどれくらいの強さなんだろう」
キリトとユージオの呟きには触れず、カイトとアリス目配せをしてから踏み出す。2人を守るかのように前に出て扉に手を触れる。ひんやりとした冷気を扉から感じるが、触れた瞬間から体に吹き付ける風に手汗をかいてしまう。髪も服もたなびかせる宙をかける風ではなく、心の奥底に恐怖を刻みつけるかのように吹き付ける
意を決して大扉を開け放つ。その瞬間に先程の圧力とは比べものにならないほどの重量を持った風が吹き付けた。つい手で顔を庇ってしまうほどの強さ。これほどの威圧感を放っている人物は1人しか知らない。騎士長を除いてこれほどの圧力を放てる人物それは…。
「ファナティオ・シンセシス・ツー…」
全体が優美な薄紫色の輝きを帯び、装甲も比較的華奢で腰に携えられている刺突技に突出していると思しき剣。デュソルバートより軽装に見えるが、闘気の密度はデュソルバートを凌駕している。猛禽類の翼を模ったと思しき兜の奥は見えないが、デュソルバートと同等かそれ以上の憎しみを含んだ視線が4人を射貫く。
これほどの圧力を受け、まともに立っていられることに俺は自分自身に驚いていた。普段の俺なら怖じ気づき戦意を失い、地に手をついていただろうに。でも何故か俺はしっかりと地面に足を触れさせ、眼前に立つ一際闘気を放つ騎士を見据えることができていた。
その理由としては〈アインクラッド〉にいた頃より精神的に成長したからなのか。騎士デュソルバートとの戦闘で〈整合騎士〉という絶対の守護者に勝利したという自信からなのか。それは俺自身でも判断は下せまいがこれだけは言えることがある。カイト・ユージオ・アリスが隣にいて、背中を支えてくれているからだと。
「咎人はともかく、〈整合騎士〉ともあろう者が反旗を翻すとはな。貴様らを見誤っていたか」
金属質の残響を含んだ兜によってくぐもった少し高い声音が4人の耳に入ってきた。苛立ちというよりは哀れみを大分含んだように聞こえたが、そのことを気にする暇など4人には無かった。一斉に色とりどりの愛剣を抜刀してそれぞれの構えを取る。
「「悪いけどその台詞は聞き飽きたぜ!」」
同じ言葉を発しながらカイトとキリトは〈下段突進技《レイジスパイク》〉を繰り出し、圧倒的存在感を放つ騎士へと突っ込んでいく。並ならぬ速度ではあったがその騎士の後ろに控えていた4人の騎士が、庇うかのように前へ躍り出て2人の攻撃を防いだ。激しい衝突音と金属音。それに大量の火花が発生し、白亜の空間を橙色に照らし出す。
「さすがは〈四旋剣〉だな。そう簡単には触れさせてくれないか」
「黙れ、薄汚れた反逆者め!貴様などに騎士殿を汚させる訳には行かぬ!」
「その言葉は痛いな。でも自分自身の剣が汚れているのは否定しないよ!」
「っ!」
左掌底を鎧の上から喰らい僅かに騎士から声が漏れる。鎧によってさしたるダメージはないだろうが、それでも鎧越しに伝わる振動はやわな攻撃などではない。〈整合騎士〉として鍛え上げられた肉体と敵を倒すという〈イメージ力〉によって重くなった攻撃は、鎧をも貫くばかりである。
その威力に驚いたのか防御姿勢をとる〈四旋剣〉の1人に、これ以上の時間を取られる訳には行かない。左腰に剣を構えると、刀身を淡いペールブルーのライトエフェクトが包み込む。もっとも強くライトエフェクトが輝いた瞬間に俺は突進を開始した。〈ソードスキル〉は決められたモーションを行わねば発動しない。そして使用する〈ソードスキル〉の発動範囲から外れてしまえば定義破綻することとなる。
逆に言えば発動範囲内であれば、どのような体勢でも問題なく発動できるということ。つまり左腰に構えたまま走り出しても〈左腰から抜刀する寸前〉という定義に違反しなければいいということだ。
「せいあぁぁぁ!」
「ぐはぁ!」
刃部分ではなく腹で振り払ったため傷口ができることはない。鎧によって守られているのだから、打撲になるかどうかという範疇に怪我は収まるだろう。だが〈ソードスキル〉によって攻撃をまともに受けたのだ。しばらくは痛みで剣を握ることはおろか立ち上がることは困難である。剣の威力は右脇腹部分の鎧にヒビを入れているのを見れば一目瞭然だ。
ただ、刃部分ではない場所を使ったため剣にはそれなりの負荷がかかっている。〈天命〉も少なからず減ってしまっていることだろう。勝利する為にもそれなりのリスクはあるのだからやむを得ない。
「俺は〈公理協会〉の過ちを正すために戦っている。反逆だと思われてもいい。だがアリス・キリト・ユージオまで反逆者だと言われるの許容できない」
「んなこと言われても反逆は反逆だぜカイト」
「僕はそれでも構わないよ。カイトと戦えるならね」
「私は隣にいることさえできればそれでいいです」
余裕の様子で〈四旋剣〉を倒した3人が横一列に並ぶ。俺と同じようにファナティオさんへと負ける気は微塵もないとばかりに眼を飛ばすキリト。俺を支えるために覚悟を決めた視線を向けるユージオ。俺を守るために意思のある視線を向けるアリス。
そんな3人の感情が俺に流れ込んでくる。勝つこと自体不可能に近いかもしれない騎士へと俺を挑ませてくれる。そんな恋人と友人を護る。それが今の俺が成すべき事だ。
「やってやるさ」
カイトは薄紫色の鎧を着た騎士を笑顔で睨み付けるのであった。
オリジナルってなんなのだろうとこの頃思い始めています。