よろしくお願いします!
『みんな知ってるか?杯を交わしたら家族になれるんだぜ!』
いつかの安息日に4人はいつものようにルール川に来ていた。天気は快晴で湿度も高くなく、そよ風が優しく抜けていく絶好の気象だ。川辺の草原で寝転んでいると、キリトが突然そんなことを言いだし、籠の中からコップを4つ取りだした。3人が意味がわからないとばかりに首を傾げてキリトを見る。
『…説明してくれないかなキリト』
『あったり前よぅ!俺たちはいつでも、そしていつまでも一緒だって約束したよな?』
『もちろん覚えてるよ。みんなが10歳の誕生日を迎えたその日にしたのを』
1年前、キリトが10歳の誕生日を迎えた日にみんなで誓い合ったのだ。誕生日が違っても生まれた日は一緒で、死ぬときも一緒だと。
『でもそれは口だけの約束だ。カイト・アリス・ユージオが約束を破るなんてこれっぽちも思ってないけど、やっぱり形ある何かで残したいなと思ったんだ』
『キリトらしいよ。でも杯って言ったらお酒だよね?15歳を迎えるまでは飲めないのを知ってるだろ?』
《禁忌目録》には、「成人を迎えるまで酒類を飲むことを禁ずる」という項目がきっちりと記されている。いかに悪戯小僧を体現させたキリトでも、掟破りはしないだろうと思うユージオだった。
『さすがに俺でもそんなことはしないさ』
『珍しいわねキリトが自覚するなんて』
『本当にキリトなのかな?〈ダークテリトリー〉の悪鬼が化けてるとしか思えないんだけど』
『うおい!』
アリスとカイトの心ない言葉に、キリトが堪らないと言わんばかりにツッコむ。もちろん2人の言葉は、キリトを弄るだけの言葉であって本気でそう思ってはいない。それをわかっているキリトだが、ツッコまずにはいられない言葉だったのでツッコんでしまったという次第だ。
『ねぇキリト、それで飲んだら形になるの?』
『形になるというよりは、
『〈魂〉に刻む?』
『ああ、記憶に残るより
いつもような悪戯小僧の笑顔ではなく、純粋で無邪気な屈託のない笑みを浮かべるキリトに3人は呆気にとられるより納得した。そんなことを提案してくれるキリトに感謝しながら立ち上がる。少しばかり移動してちょうど良いサイズの岩を4人で囲みながら、ルール川に注ぐ湧き水をコップですくう。全員分のコップに入っていることを確認してからキリトが言葉を発した。
『じゃあ改めて言葉を言うぜ。〈俺たちはいつ如何なる時も共に学び、共に生きる。別れの日が来ても、これまでの道のりは心に《魂》に生きる〉』
キリトが高らかに謳う。
『これで俺たちは
4人のコップがぶつかり合い、コッブの四重奏が森中に響き渡った。
俺を見る眼が複雑だ。
「
どれだけの種類の感情が、今身体中をかき混ぜているのか俺にはわからない。そんな事態に相対したことのない俺には、共感することは当然にして理解することさえできないだろう。共感できなかろうと理解できなかろうと、今もこれからもどっちでもいい。
今この場所でそれが必要なわけではないからだ。必要なのは戦力と戦場把握、そして親友の正気を取り戻させることだけ。あいつが俺とユージオを置いていったのには驚いたが、それなりの理由があったのだと理解している。だってそうじゃなきゃ可笑しいだろ。そうでもなければ命を削るような戦闘をしているはずがないし、わざわざ〈整合騎士〉3人だけで乗り込む理由がない。
俺を見る親友の顔を見ていると、自分の口角が上がっていくのがわかった。悪戯心からなのかあいつの驚いている顔を見れたのが嬉しかったのか。俺が感じているのはそのどちらでもない。
「......キリト・ユージオ......」
涙ぐんだような声音で俺と相棒を呼んできた。情けないぞ。そんな弱いお前を見たいわけじゃなくて、お前の嬉しそうな顔を見たいんだ俺は。俺たちは。軽く頷き言葉にならない感情を受け取る。
「よう、カイト」
「別れを言ったのに…」
再会の挨拶の次がそんな言葉なんてお前らしくないな。涙を見せられちゃ、俺がいたたまれなくなるから我慢を頼むよ。
「俺が2人の言うことを反論せず素直に聞いたことあったか?」
「…ああ、忘れてたよ。お前って奴は、いつも言うことを聞かなくて…」
ふふん、我が儘が俺の取り柄でもあるのさ。無理無茶無謀という三拍子以外にも、俺を形成する言葉は数多あるということを知ったか?これからは崇めてもいいんだぜ?まあ、この戦いに勝ってからの話だけどな。
「僕のことも忘れないでよね」
カイトと言葉を交わしていると、ユージオが混ぜてくれとばかりに介入してきた。このタイミングで入ってくるのは間違っていないし、むしろ入ってくるべきところだ。それをわかっていたのかはわからないが、どちらにせよ言葉を交わしてくれることに損はない。
「ユージオ…」
「本当に君は頑固だよ。昔からいつもそうだった。自分の決めたことを諦めさせるのが、どれだけ大変だったことか覚えてる?」
「…ははははははは。…お前らは揃いも揃って馬鹿だな。…馬鹿を通り越して大馬鹿野郎だよ。まったく…」
言ってくれるじゃねぇかカイトさんよ。だがそれは俺たちの士気を高める言葉にしかならねぇぞ。後悔させてやるからなめんたま見開いて凝視してろ!
「なんたってカイトの親友で師だからな」
「なんたってカイトの幼馴染で
俺とユージオの言葉が少しでも、カイトの罪悪感を軽減させることできていればいい。多分カイトは今、俺たちを99階に残してきたことを悔いているはずだ。どうしようもないほどの罪悪感に押し潰されそうなほどに。1人で抱え込ませはしない。1人で抱え込めば抱え込むほど、周りに心配させて余計に思い詰めてしまう。
俺も似たような経験をしたからカイトの気持ちがわかる。脳裏をよぎるのは、〈アインクラッド 75層〉で〈血盟騎士団 団長ヒースクリフ〉もとい、世紀の大犯罪者と呼ばれる茅場昭彦と戦ったときのこと。
あの時、俺はヒースクリフが茅場昭彦だとほぼ確信していた。75層ボスを討伐して疲労困憊している攻略組を見るあいつの視線に、違和感を抱き攻撃を繰り出した。目論見は予想通りで、あいつがそのゲームの支配者だと露見させることができた。だが露見させたことで、あいつは生き残った攻略組全員を人質に取った。彼等を救うために、俺は己を犠牲にするつもりであいつの条件をのんだ。戦いに望もうとしたが、ゲーム内で出会った友人に泣きつかれてしまった。俺を死なせたくないが故の行動だったのだと。その瞬間は今でも覚えている。
俺は生き残り、人質になった人達を救うという使命感に苛まれたから、その友人を悪い意味ではない方で切り捨てるという手段を取ってしまった。それはつまり己自身ですべてを抱え込もうとするという自分勝手な行動。そのため不甲斐ない思いをさせてしまうことになり、自分自身の罪を増やすことになってしまった。
あんな思いをカイトにさせて堪るか。その思いを経験するのは俺だけで十分だ。
「今こそ戦うときですカイト。2人の意思は私たち全員の意思。それ以外に必要なことはないはず」
「ま、反逆できる最大戦力が揃ったんだ。やるべきことはひとつしかないと思うが?」
アリスと騎士長ベルクーリがカイトの隣に立つ。好戦的だと言ってもいいがそれは俺も同じだ。戦いは始まったばかり。俺とユージオが此処に至ったこの瞬間が戦い、いや戦争の始まりに過ぎない。今から始まる戦闘がこの世界の行方を左右するのは言うまでもない。
最終決戦は必ず俺たちが勝つ。勝ってアドミニストレータによる独裁政権を終わらせることが、最低限の成功と言える。俺の最終目標が〈この世界から現実世界への帰還〉。あいつを倒さなければ、〈ログアウトシステム〉を自由に探すこともできない。だから倒すことが絶対必須条件となる。もちろん自分が帰還するためだけに倒すわけじゃない。世界を救うことも目的のひとつだ。天秤にかければ世界を救う方向に大きく傾く。
世界を救うことも帰還することも大事だが、一番起きてはならないことは
「賽は投げられた。俺たちがやるべき事、成すべき事はただ一つ。
気合いの入る言葉を言ってくれるなぁ。覚悟を決めて強く握った拳に、さらに力を込めて精神を落ち着かせる。いくら気合いが入っていても、入りすぎでは体が動きにくくなってしまう。どんなことがあっても、常に冷静でいることが求められる。
パニックは自分自身だけでなく仲間に伝染させてしまう。自分の危険を仲間にも負わせることなど許されない。〈剣士〉であると名乗ったからには、それを突き通さなければならない。戒めに近い言葉だが、きっとそれで間違いないと思う。
カイトの横にユージオと2人で一列で並ぶ。〈神界の間〉に〈整合騎士〉2人と罪人兼反逆者2名が並ぶ様子は、壮観と言わざる終えない。異常であるはずの光景だというのに、それが当たり前であるかのように感じる。それは何故か。強者が揃っているからなのか、それともカイトとまた戦えることが嬉しいからなのか。
我ながら理由のない喜びに笑みがこぼれる。
嬉しい。嬉しい。楽しい。楽しい。
心が高揚している。
《魂》が震えている。
カイトという人間、〈人工フラクトライト〉が持つ一つの意思。生命がもたらす生きる活力というものがこれのことなのだろう。カイト、俺はこの命を無駄にはしない。お前が生きる世界を守ってみせる。
今回はキリト視点でした。ワンピースのあの感動場面を題材にしましたがどうでしたか?
作者的には良くも悪くもないという感じです。次回は本格的な戦闘シーンになっていきます。描写が病気的に書けませんが全力で書きますのでよろしくお願いします!