俺の持つ剣では切れぬと。見るだけで覚ってしまうほどのものをいとも容易く粉砕する。その圧倒的な攻撃力に俺はどう反応すればいいのかわからなかった。
本来であれば口にして喜びを伝えるべきなのだろう。だが今の状況で悠長にそんなことを口にできるはずもない。それともカイトに続いて攻撃を加えるべきなのだろうか。いや、そんなことをすれば返り討ちに合うのは眼に見えている。
ならどうするべきなのだろう。此処にただ立ってカイトが戦うのを見ているだけでいいのか?そんなことが許されるわけがない。カイトだけが戦って俺は何もせず見ているだけなんて、情けないばかりか〈剣士〉としての名折れだ。戦うんだ。カイトに迷惑をかけることなくカイトの助けになるように戦うんだ。
そう身体に命令すると、大人しく言うことを聞いてくれた。強ばっていたはずの脚が地面に立つ感覚を覚えさせ、不規則だった呼吸も安定した呼吸数に移っている。空気を大きく吸い込み肺を満たす。剣を左に構えて腰を低くすると、愛剣をライトエフェクトが鮮やかに包み込む。
「っ!」
無声の気合いを吐き出し、10m程先で自分の右腕を破壊したカイトを見る《ソードゴーレム》へと突っ込んだ。背中を向けている今であれば、〈単発ソードスキル〉を叩き込むことが出来る。
攻撃すれば俺へと攻撃対象が変化し、その間にまたカイトが攻撃を繰り出してくれるはずだ。俺が攻撃をして注意が俺に向いている間、カイトが攻撃をする。カイトに注意か向いている間、俺が攻撃を加える。それを繰り返していけば、相手も狙いを絞ることが出来なくなるはずだ。決め技としてユージオ・アリス・ベルクーリさんに強攻撃を繋げば勝てる。
「うおっ!」
そんなふうに策を立てたのだが生憎、現実はそこまで甘くないらしい。〈アインクラッド流下段突進技《レイジスパイク》〉が、《ソードゴーレム》の4本あるうちの1本の脚にぶつかる瞬間。恐るべき速度で煌めいた光とキインッ!という甲高い金属音、そして左手に伝わるとてつもない衝撃が〈神界の間〉に反響した。
見れば俺の持つ剣が、ぶつかるはずだった脚とは反対の位置から振り抜かれた剣に横腹を弾かれていた。振り抜いた脚とは別の位置から攻撃が突き出される予備動作が見える。あまりの衝撃に体を泳がされたため、この体勢では避けることは出来ない。剣を引き戻すか剣に引っ張られるようにその場から逃げるべきなのか。どちらにせよ間に合うことはないだろう。上手くいったとしても剣によって俺の脇腹は深くえぐられる。諦めかけたその刹那。
「キリトぉぉぉ!セィァァァァ!」
剣が流された方向からユージオの声が聞こえ、〈アインクラッド流単発水平斬り《ホリゾンタル》〉を繰り出した。
「うあっ!」
〈ソードスキル〉が《ソードゴーレム》の剣と衝突し勢いを殺したと思ったが、止まることなくその剣を振り抜いたことでユージオは紙切れのように吹き飛んだ。そのお陰で吹き飛ぶ間に俺が体制を直す猶予が発生していた。バックステップで《ソードゴーレム》の間合いから距離を取る。
今のちょっとした攻防で《ソードゴーレム》の危険度を理解した。〈ソードスキル〉を対処する反応速度。剣の横腹に衝突させる正確性。更に言えば攻撃速度も並程度のものではない。〈アインクラッド〉で言う
吹き飛んだユージオを追従しなかったのは、未だカイトに向けられるヘイトが残っているからだろう。それほどまでに、右手であった剣を粉砕されたことが憎々しいのか。まさかこれが〈記憶解放〉と関係あるのだろうか。いや、今それを考えている暇は無い。
やるべきことは即座に目の前の《ソードゴーレム》を倒すことだけ。それ以外に目をくれている暇なんて無いんだ。今カイトがいる場所は《ソードゴーレム》を挟んで真反対。どうすればカイトと合流して共闘することができるだろう。
「はあぁぁぁぁぁ!」
考え込んでいるうちに裂帛の気合いと共にアリスが両手で握った〈金木犀の剣〉を、全身を限界まで反らして大きく振りかぶるの見えた。それを難無く捌く《ソードゴーレム》の動きは軽快で、むしろ攻撃を加えたアリスの方が切羽詰まっているようにも見える。
「アリス、大丈夫か!?」
「キリト!?」
どうにかして攻撃範囲から退いたアリスと合流して問いかけた。寄ってくるようには見えなかったらしく、俺の声かけに驚きを露わにしたが直ぐに真顔に戻して、カイトを攻撃している《ソードゴーレム》の動きを観察していた。カイトは的確に攻撃を避けながら、攻撃を繰り出しているが決定打は言わずもがな。耐久力を貫通するほどの攻撃は繰り出せていないようだ。
「…どう視る?」
「…正直言って手の出しようがありません。あの巨体からは想像もできないような速度で攻撃を回避し、的確に無駄のない動きで攻撃を繰り出してきます。気を抜けば一瞬で命を絶たれることでしょう」
「アリスが満点評価を下すなんてな。わかってはいるが簡単には勝たせてくれないようだ。ただ気がかりなのは、アドミニストレータが静かにこっちを眺めていることだな」
横目で見ると、余裕の笑みを浮かべながらカイトを観察している支配者がいる。〈記憶解放〉した《ソードゴーレム》の片腕を簡単に破壊されたというのに、何故そこまでの余裕を持てるのだろうか。これ以上に強い駒を持っているから大丈夫という意味の余裕なのか?
「ぬううぅぅぅぅんんんん!」
重々しい気迫と同様にとてつもない重さの剣が、カイトを狙っていた《ソードゴーレム》の剣を跳ね返している。だが攻撃を放った騎士長に、回し蹴りの要領で射程範囲外へと押し出させる陽動も無駄がない。それを視界の端に捉えながら思考を働かす。
いや、カイトは言っていた「これほどの規模の〈神聖術〉など理に反している」と。これがそうならばあれの上位互換など存在できるはずがない。だがあれほどの余裕があるのはそれだけの自信があるからだろう。不気味だ。不気味と言うにもほどがある。それが俺の言葉にできない違和感の正体なのかもしれない。
「ぐっ!」
「「カイト!」」
ついにカイトの身体を《ソードゴーレム》が捉えた。かすり傷といっても風圧で吹き飛ばされたカイトが立ち上がるより、追撃が届く方が明らかに速いだろう。〈ソードスキル〉を発動させたら間に合うか?いや、おそらくどれだけ最速の奥義を使おうとも間に合わない。
「「カイトぉぉぉぉ!」」
命を刈られる親友の名前を呼んだその刹那。
「〈咲け 青薔薇〉!」
張り詰めた声音が聞こえたかと思うと、《ソードゴーレム》の足下から茨の生えた蔓が無数に飛び出してきた。一本一本が小指ほどの太さでありながら、それらが幾重にも巻き付くことで強度は格段に増す。それが現実となって、剣がカイトを貫かんばかりの速度で移動していた《ソードゴーレム》の動きを完全に押さえ込んでいた。
声のした方を見れば、口元から少しばかり血を垂らしたユージオが〈青薔薇の剣〉を〈神界の間〉の床に深々と突き刺していた。床には剣の場所から《ソードゴーレム》の立っている場所までの道を作るように、霜の道が出来上がっている。
「ユージオ、大丈夫か?」
「なんとかね。吹き飛ばされたときに強く地面に打ち付けられただけだから、時間が経てば自然と回復するよ。まあ、でも今は即座に治さないと致命傷になりかねないかな。〈システムコール。ジェネレート・ルミナスエレメント〉」
自分で治癒術を施しているユージオから視線を戻すと、《ソードゴーレム》が氷の蔓を砕こうともがいているのが見えた。動く度に氷がきしんで破片がパラパラと崩れていくのが眼に映る。いかに拘束したと言っても所詮は一時的なものだ。優先度が高い〈青薔薇の剣〉でも神器級の優先度を誇る武器が数十本も集まった集合体を、いつまでも捉えておけるわけがない。
『っくそ!しくじった』
「かすり傷で済んだじゃないか。さてどうしたもんかな」
『...全員で総攻撃をかけるか陽動作戦を組み込んでトドメをさすかの二択だろうな』
ユージオの時間稼ぎでどうにか生き残ったカイトが、キリトたちと合流しこれからの作戦を考えていた。こうしている間にもユージオは集中を続けているというのに策が浮かばない。《ソードゴーレム》を拘束している氷の蔓が割れるのが先か。ユージオの集中力が切れるのが先か。
「だったらオレらが道を作れば良いだけの話だ。嬢ちゃん、初擊は俺が行くから二擊目を狙え。坊主はその後に《ソードゴーレム》とかいうやつを攪乱させてカイトにトドメをささせろ。いいな?」
「「『はい!』」」」
「んじゃ行くぜ!おららららぁぁぁぁ!」
「はあぁぁぁぁぁ!」
「おおおぉぉぉぉ!」
ベルクーリが動きアリスが一拍遅れて動き出す。さらに一拍遅れてキリトが右肩に剣を担ぐような姿勢を作り出す。紅色よりも格段に濃いクリムゾン・レッドのライトエフェクトが剣を包み込む。それと共にジェットエンジンめいた甲高い音が響き渡る。
「ぜあっ!ぐっ、どわあぁぁぁ!」
「叔父様!?はあぁぁぁぁ!?なっ!?きゃあっ!」
ベルクーリが横へ一閃した剣は、氷の蔓を砕くために回転させた大きな左腕の剣によって防がれる。衝突した勢いと振り抜かれたことで、ベルクーリが大きく吹き飛ばされた。呆気なく軽々と吹き飛んだ騎士長の姿を眼にして、アリスが右上から左下への斬り払いを繰り出す。だが本来はあるはずのない、
ベルクーリが吹き飛ばされる瞬間、奇妙な現象がキリトに起きていた。剣を持つキリトの全身が眩く輝く光に覆われ、それまでとは違う出で立ちとして現れる。キリトが身につけていたのは、〈セントラル・カセドラル〉に侵入して手に入れた学院の頃に着ていたものと似た黒色の上下だったはずだ。
だが光の波が右腕から身体、脚へと通過するにつれて高い襟と長い裾を持つ黒革の外套がどこからともなく現れ、ズボンもまた細身の革素材へと変わっている。瞬きするよりも短い間の変化ではあったが、それは服装以外にも現れている。黒い髪が僅かに伸びて瞳を軽く覆い隠していく。
次に瞳に宿る光が大きく変わっていた。今までは戦う事への意思を表した光だったが、今は自身ができることを全力で成そうとしている覚悟を決めた者の光が、黒水晶よりも黒く星空よりも深く澄み渡った優しくも力強いものが映っている。
「う…、おおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
食いしばった歯の隙間から零れる言葉とむき出された牙のように鋭い歯の奥から、獰猛な雄叫びが放たれた。剣が放つ金属質の咆哮と眩い深紅の光が急激に高まる。手が見えなくなるほどの速度で右手が撃ち出された。コートの裾がはためき、宙を駆けるように2人を吹き飛ばした《ソードゴーレム》へ向かっていく。
アリスを吹き飛ばしたばかりで剣を引き戻す余裕もない《ソードゴーレム》が、さすがの速度でキリトを迎え撃とうと攻撃態勢を整える。もしキリトの攻撃がコンマ一秒でも速かったならば、《ソードゴーレム》の唯一の急所である〈敬神モジュール〉を貫けただろう。
だがアドミニストレータが造りだした兵器はそれすらも許さなかった。ベルクーリを吹き飛ばした右腕の剣の刃部分で、キリトの突きだした剣先をごく僅かに滑らせる。ただそれだけの必要最低限。そして必要最大限の攻撃を繰り出す態勢へと移行する。
「…へへ、頼んだぜカイト」
キリトが自分の役目は終わったというように眼を閉じてその時を待つ。
『…ありがとうアリス・キリト・騎士長・そしてユージオ。行くぜ化け物、これが
カイトが深く沈み込み、高く高く跳躍した。片手で持っていた〈翡翠鬼〉が鎌の状態から剣の形へ移行する。それもカイトの身長を遙かに超える、身の丈3mの超大型の片刃剣が出来上がった。そしてなんの躊躇もなくそれを《ソードゴーレム》へと、両手にあらん限りの力を込めて不自然なほど無表情に振り下ろした。
『…〈記憶解放 《
神器級武器数十本の集合体である《ソードゴーレム》の身体を容易く斬り裂き、それを制御していた《敬神モジュール》を真っ二つに斬り捨てた。
『次はあんただアドミニストレータ』
核を破壊された《ソードゴーレム》が残っていた膨大な〈天命〉を周囲に吐き出していくのを背にして、カイトは元の形へと戻った〈翡翠鬼〉の切っ先をアドミニストレータに向けながらそう言い放った。その横には満身創痍にも近い状態の4人が、肩で息をしながら立っていた。肉体が悲鳴を上げていても心はまだ諦めていない。心が死なない限り諦めないと言うかのように。
「あははははははは!〈向こう側の世界〉ではこれはなんて言ったかしら。ブラボー、そうブラボーよ私の可愛いお人形たち。まさか《ソードゴーレム》を苦戦しながらも倒すなんて。ますます殺すのが惜しくなっちゃうわね」
「…もう終わりだぜ最高司祭さんよ。あれが出たならもうこれ以上はないんだからな」
最高の人形を破壊されたというのにまったく気にしていない。というよりこうでなければ面白くないと言っているかのように聞こえたのだろう。戦闘時間は短いがそれでも多大なダメージを受けたベルクーリは、動揺の欠片も見せないアドミニストレータに言い寄る。
平常心でいるわけでもなく、むしろ興奮しているように見えるアドミニストレータの様子に誰もが虚勢だと思った。その場にいればそうだったに違いない。だがそれは軽率な行動に他ならなかった。
「確かに《ソードゴーレム》は壊されちゃったけど、まだ負けてないわ」
「いいや。あんたの負けだアドミニストレータ。あのようなものを造り出してしまえば、あれ以上のものは絶対に造り出せない」
「ええ、そうね。
「何!?」
「《
有り得ないはずの二度目の〈記憶解放〉。それは死を告げる支配者の台詞であった。アドミニストレータが口にした瞬間、〈神界の間〉を支える複数の柱に飾られた大小様々な剣が震え出す。そして
「ま、まさか…」
「…くそったれが」
「うそ…」
「悪夢だ…」
「な、なんで…」
5人の前でそれが形作っていく。
「…悪夢でも見ているのか?有り得ない有り得ない!」
カイトが絶望を口にする。
「うふふふふふふ、その顔はいいわね。希望から絶望に変わるその瞬間の表情こそ私が欲するもの。そのまま凍らせて飾っておきたいぐらいに素敵だわ」
アドミニストレータの猟奇的な発言でさえ、今の5人の耳には届かない。ついに形取ったそれへ。アドミニストレータが何処からか取り出したあの〈敬神モジュール〉が埋め込まれて起動した。
「さあ、終わらせてしまいなさい。私の可愛い
それは世界の終焉を告げる支配者の欲望を体現したものだった。
まあまあ期間が短く書けたと思います。どれだけの鬼纏を出演させることができるかわかりませんが頑張ります。ではまた次話でお会いしましょう!