アリシゼーション~アリスの恋人   作:ジーザス

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時間が空きましたが今回もよろしくお願いします。


願い(ギアス)

互いに向き合う瓜二つの容姿をした妙齢の女性たち。

 

自分自身、終わると思っていた命を繋ぎ止め救ってくれた人物が横で敵を見据えている。今にも〈高位神聖術〉の応酬が起こっても可笑しくない空気でも、2人は理由のない笑みをぶつけ合っている。いや、互いが互いを視線と身体から発せられる雰囲気で牽制し合っているのだ。

 

〈人界〉の支配者にして〈公理教会 最高司祭〉であるアドミニストレータ。片やサブシステムにして〈裏の管理者〉たるカーディナル。両者の中間を境に空気が割れているようにも見えた。

 

「来ると思ったわ。反逆者共を懲らしめていれば、いつかは黴臭い穴倉から出てくるって。私を倒すための道具を手にしながらそれを見捨てることもできない、非情にもなれないあまちゃんが一体何をしに来たのかしら?」

「好きなだけ笑っておけばいいけど、今の言葉に少々誤解しているところがあるわ」

「ふぅん、何を誤解しているのか教えてもらいましょうか」

 

つまらないとばかりに口元に移動させていた指をチロリと、妖艶な彼女らしい仕草で問いかける。問いかけると言えば優しいものだが、正確には尋問や脅しに近い恐喝行為そのものだ。

 

「今の状況以外にあるとでも?〈人界〉にいる〈整合騎士〉30人のうち9人は深い眠りの中。残った21人のうち6人は生命活動は停止、さらに15人のうち9人は〈果ての山脈〉で巡回中。〈セントラル・カセドラル〉にいる〈整合騎士〉6人のうち3人は戦線離脱、残った3人は貴女が罪人と称する2人に手を貸している。余談だけど、元老長 チュデルキンも呼べない。つまり貴女には味方は誰1人いない。いるとすれば傍に控えている《ソードゴーレム》×2だけ。要するに貴女はチェックメイトなの」

 

アドミニストレータに賢者が持つような杖を向けながら、もう1人の最高司祭が堂々とした様子で告げていく。自分たち以外でもっとも頼りになる存在が現れたことで、致命傷を負っていた5人は安堵していた。それは人間として何も可笑しな事はなく、むしろ当然や自然といった方が適切な状況だ。

 

それに自分より力のある者や強力な武器はどうしても頼りたくなる。自分1人では成し遂げられないことでも、1人が増えたことで成功すればその人物のおかげだと感じてしまう。カーディナルが現れるまでに致命傷を受けて死を覚悟していた4人からすれば、戦況がひっくり返っても可笑しくはないと思っていた。

 

「あはははははは!あまいあまい、あますぎるわ?!あまりにも杜撰で現在のことにしか見れていないその眼。まさか今の状況が6対1とでも思っているのかしら?正確には6対600であると言えるのよ。私を含めなくてもねっ!」

「「「「なっ!」」」」

 

カイトとカーディナル以外がその現実を突きつけられ、驚愕の反応を見せた。驚きの差が出た要因としては、情報があったかどうかという違いだけだ。知っているか知らないかというだけで、人間に与える影響は大幅に変わってくる。

 

「…思った以上に驚かないのね。もしかして知っていたのかしら?」

「いや、知らなかった(・・・・・・)さ。唯可能性があるんじゃないかと思っていたことが偶然(・・)当たったというだけだ」

 

本当なら知っていた。俺にはその手の〈知識〉があるから驚かなかったけども、何も知らずに耳にしていたらみんなと同じような反応をしていたことだろう。嘘をついた理由としては、アドミニストレータに俺の状態を知られるわけには行かないからだ。

 

知られればきっとあいつは、俺の〈フラクトライト〉を取り出して研究を開始することだろう。俺自身が死ぬことを推奨するつもりはない。あるとすれば隅々まで調べ尽くされ、〈現実世界〉の知識を吸収されてしまうことだ。〈科学文明〉と関わりを持たなかったアドミニストレータがそれを知ってしまえば、それこそ〈アンダーワールド〉としても〈現実世界〉であっても破滅に行き着いてしまう。

 

「貴女には人の心がないのか!?統治者であるはずの人が守るべき民を愚弄してどうする!」

「浅はかね。この私が今更矮小な存在である〈フラクトライト〉を気にするわけないじゃない。一つや二つならいざ知らず、600人程度ならいくらでも補充は可能よ。今この瞬間にも〈人界〉では数人が生まれ落ちている。いずれ人口が過密化するならば、今摘み取っておいても何も問題はないわ」

「死んでもいい命などありはしない!富と財を手にし、贅と快楽をむさぼるだけの存在の上級貴族であっても例外ではない!」

 

〈人工フラクトライト〉の存在であっても命は命だ。この世界に生まれ落ちた一つの生命であり、生きる権利と義務を持ち合わせている。生まれ落ちることを本人が望んでなくても生き続けなければならない。それは命として生まれ落ちた生命体に付随した枷だ。

 

「私は支配者。何事も自由に操作することが許される至高の存在。意思のままに操れるものが下界にあればそれで構わない。民であろうと剣であろうとね」

「ゲス野郎が!」

「いくらでも罵れば良いわ。それにたった600人程度で私の計画が完成するとでも思ったの?お生憎様、その程度のちんけな計画で終わるはずがないじゃない。今までの戦闘で蓄積したデータを基に新たな《ソードゴーレム》を増産し、来たるべき時までに備えるのが終点なの。だからここで終わらされるわけには行かないわ」

 

アドミニストレータが両足を交差させ、両手を差し伸べるかのように広げた瞬間。言葉には形容し難い何かがとてつもない風圧を伴ってカイトたちに吹き付けた。両腕で顔を覆い、風圧から守るようにしながらもカイトはアドミニストレータを腕の隙間から見ていた。あまりの存在感にアドミニストレータの身体は薄れ、両目だけが激しく輝いているようにも見える。だがカイトは違和感を僅かながら感じていた。吹き付ける風圧は異常なほどの威圧感ではあるものの、奇妙なことに紛れ込んでいる殺意は思いの外薄かった。

 

「《ソードゴーレム》の身体は人間の記憶なの。正確には、〈整合騎士〉から奪った記憶にある最愛の人間をリソースから構成されているのだけれど。貴方たちは理解したかしら?そこにいるもう1人の私には打つ手がないということを」

「…ええ、そうね。私にはその剣を破壊できない。形が変わっているといっても基を辿ればそれは人間そのもの。どうあがこうと、その剣を破壊することも傷つけることもできない」

 

カーディナルの言葉にキリト一行は絶望した。幾度の戦いで絶望に近い思いを味わってきてはいるが、今のような最強の存在に打つ手がないとわかった感情は絶望でしかない。希望が見えたと思えば、奈落に突き落とされたような衝撃。

 

あぁ、希望とは一体何だ。絶望とは、夢とは、現実とは。

 

「欲望によって突き動かされる存在は存在してはならない」

「面白いことを言うわねベルクーリ。愛は欲望よ。抱きしめたい。手に入れたい。触りたい。抱きしめたい。そういう強い想いがこの剣の機動力なのだから」

「違う!愛は無意識のうちに与え、与えられるものだ!対価を必要とせず、人の繋がりを知らせてくれる大切な感情に他ならない!」

 

愛をせがむような存在を、俺はアドミニストレータ以外に知らない。強制的に愛情を注いでもらい、駒にするために必要だと割り切って純粋な愛を自分は注がない。まるで毒を少しずつ蓄積させていくかのように。致死量に達すれば愛がほしいとせがむ。愛をもらうためには命令に従い結果を残す必要がある。依存性の高い危険な代物であると魂が警告を発せようとも、注がれた瞬間の僅かな時間の幸福感を味わいたくて駒に徹する。

 

「死ぬ前に一つだけ頼みがあるわ。私が死んだ後、この子たちには手を出さず下界に下りることを許してほしいの。下ろしても口を割ることはしないでしょう。〈公理教会〉の力は圧倒的なのだから、たとえ〈整合騎士〉であっても罪人であっても真実を伝えようと誰も信じない。そうでしょう?クィネラ」

「当たり前じゃない〈公理教会〉の存在は絶対なのだから。さてと、これまで積もりに積もった苛立ちを一撃に込めて葬ってあげるわ」

 

1人だけ前に進み出るカーディナルを引き留める者は誰1人いなかった。いや、できなかったと言う方が適切だろうか。少しばかり手を伸ばせば届く距離であるはずなのにできない。それはカーディナルから発せられる空気によるものからだろうか。手を差し伸べる必要はないと言うような、張り詰めた空気が漂う背中を見送ることしかできない。

 

「さよなら、可愛いもう1人の私!」

 

アドミニストレータが宙に細く息を吹きかけると、銀色の細い長剣が現れた。片手剣のようでもありながら細剣(レイピア)と呼べるぐらいの華奢な姿。だが同時にそれには驚異的な優先度と攻撃力が伴っていると、煌めく刀身を見れば一目瞭然だった。

 

切っ先に白銀色の光が生まれ始める。ある程度まで成長してから、無理矢理押さえ込まれるように収縮と膨張を繰り返す光。突然視界が白く染まったかと思うと、ズガァァァァァァァン!という落雷のような凄まじい音を発生させた。トサッ、という乾いた音が聞こえ視認できる程度まで回復した視力で音の出所を見る。

 

「カーディナル!」

 

呪縛から解き放たれたかのようにすぐさま傍に駆け寄る。抱き上げるとその軽さに吐き気を催しそうになる。来ていた緋色のワンピースはところどころが焦げ落ち、かろうじて色を残している部分が、否応なくその痛ましさを倍増させていた。消えゆくカーディナルの命を明瞭に感じる痛哭、無慈悲な処刑を快楽として震える身体を押さえつけているアドミニストレータへの憤激。しかしもっとも大きな怒りは、死にゆくカーディナルに何もできない己の無力さ。引き留めることができたはずなのにしなかった。

 

剣を振るって、アドミニストレータに挑むことができたはずなのに動けない。敵を取るべきなのに、身体は石化したように動かすことができない。7年前に何もできなかったユージオが感じた感情とは、これに似たものだったのだろうか。苦しくて。悲しくて。切なくて。そしてもどかしい。

 

「ぐはっ!」

「叔父様!」

「おっさん!」

「ひっ!」

 

駆け寄ろうとしていた4人のうち、最後尾を走っていたベルクーリを《ソードゴーレム》が無残にも斬り捨てた。防御姿勢を何一つ取っていなかったベルクーリは、為す術なく吹き飛ばされる。ベルクーリを追ってアリスが傍に駆け寄るが、何故か《ソードゴーレム》は追撃をしない。どうにか傍にやってきたキリトとユージオが、カーディナルの片方ずつの腕を握る。そして互いにうなずき合って言葉を告げる。

 

「カーディナルさん、僕にはまだやるべきことが残っています。いつみんなの役に立てるかわからず、言い出せませんでしたが今ここで言います。僕の命を使って下さい」

「俺からも頼む。俺の命を使ってくれ」

「2人ともやめろ!そんなことをすればお前らはっ!」

 

そんなこと容認できるわけがない!魂の姿を変形させることなど自殺行為だ。上手く倒せたとしても元の人間の姿に戻れる確率はごく僅か。それに《ソードゴーレム》のようになったとしても勝てる見込みは半々かそれ以下だ。そんな危険なことをさせるわけにはいかない。

 

「いいんだよカイト、僕の剣の腕前ではみんなの力にはなれない。でもこうすれば少しの間だけど力になれる。…嬉しいんだ僕は。今まで守り続けられた僕ができる唯一の選択肢なんだから。カイトやアリスを護れるなら本望だって」

 

穏やかに儚く微笑むユージオの慈愛に満ちた笑みを、真っ直ぐに俺は見ることができなかった。眩しくて自分の決意の甘さを痛感されたみたいで痛い。

 

「そう泣くなよカイト。これはユージオと話し合って決めたことなんだ。〈セントラル・カセドラル〉に着いてから、俺たちはカイトとアリスに守られ続けてきた。そのお返しをできる機会は今しかない。だから反対せず明るく見送ってほしいんだ。お前が笑ってくれないと俺たちは前に進めない」

 

羽毛のように穏やかに包んでくれるキリトの声音と、今まで見たことのない穏やかな微笑みで罪悪感が薄まっていくように感じた。ユージオ・キリト、お前たちは俺が誓うよりも前から魂に誓っていたんだな。二度と会えなくなるかもしれないと知った上で覚悟を決めていたんだ。でもそれは裏切りなんかじゃない。〈世界〉を愛する人を、非力な自分が守るにはそれしかないとわかっていながら。

 

あぁ、わかったよ。だったら俺も誓おう。笑顔で笑ってお前たちを送り出すと。そして後悔しないと。お前たちの選択が決して間違っていなかったと証明してみせる。

 

「カーディナル、あんたに残った最後の力でキリトとユージオの体を剣に変えてくれ。2人はもう覚悟を決めているんだ。それを無碍にしないためにも踏みにじらないためにも。2人をあんたの傍に行かせるため、自らを犠牲にした騎士長のためにも」

 

視界の端で必死に治癒術を施しているアリスを見ながら、俺はカーディナルに願い出る。

 

「…いい、でしょう。私の…生涯最後、の〈神聖術〉…を貴方、たち、に施し…ましょう。私に、続、いて…発し…て下さい…」

「「〈システムコール。リムーブ・コア・プロテクション〉」」

 

眼を閉じた2人の額から、まるで電子回路のような複雑な模様が紫色の光で描き出された。それは見る間に両頬から首を伝って伸び、両肩・二の腕・そして指先へと達する。指先から2人が握るカーディナルの両手に到達し、入力待ちしているかのようにチカチカと点滅している。

 

核心防壁解除(・・・・・・)》。

 

式句の意味は、己の〈フラクトライト〉を保護する壁を取り除き、無制限の操作権をカーディナルに委ねるという代物だ。もちろんこのような式句を口にできるのは、絶大な信頼を2人がカーディナルに寄せているからであって普通ならしない。相手がアリス・キリト・ユージオであっても僅かながら俺は躊躇ってしまうだろう。

 

「本当にいいんだな?2人とも。望みが叶わないのに…」

「今更だよカイト。もちろん4人でもう一度何もなかったように生活したいっていう想いがないわけじゃないよ。でも今の僕を占める望みは、カイトとアリスが幸せに暮らしてる世界なんだ。法に縛られながらも理不尽な事にはならなくて、笑顔が絶えない空間。それが今の僕の願い(・・)なんだ」

「俺の望みはこの世界が理不尽で溢れないことだ。〈人界〉は美しくて儚くて綺麗だ。そんな世界を壊させるわけにはいかないさ。そしてそれを実現させるのはカイト、お前自身だ。民を導いて何者にも侵されない理想郷を創り上げてくれ」

「「これが俺(僕)の成すべきことだ(よ)」

「貴方たちの決意をしかと受け取りました。その想いに私の全てを捧げましょう」

 

燃え尽きる蝋燭の如く、いっとき力強さを取り戻した声が頭の芯に響く。開かれた藍色の瞳の奥で、紫色の光が灯ったように見えたような気がした。キリトとユージオの手からカーディナルの手へと接続される光の回路が強烈に輝いた。その光は2人の身体を凄まじい速度で駆け上がり、額の紋様に到達するとそこから光をあふれ出させてる。その高さは驚異的で、〈神界の間〉の天井にまで届きそうだ。

 

「死に損ないが何をしている!」

 

アドミニストレータが異変に気付き、剣を振るい自ら攻撃を開始した。

 

「させない!」

 

ベルクーリに治療を施していたアリスが、剣を抜刀して剣を相殺し合う。その間にも2人の変化は続いていく。力が抜けた2人の身体が空中へと上昇していき、さらに輝きを増していく。静かに閉じられた瞼は苦しみを一切感じていないようにも見えた。2人の手に握られていた愛剣は色を失いその存在感も薄れていく。半透明になったそれらが2人の身体に吸い込まれるように消えていく。溶け込んだことで2人の身体もさらい薄れていく。

 

天井には太古の大空を舞う小鳥たちがいる。その目が静かに微かに瞬くと、天蓋から2つ外れて煌めきながら半透明の2人に寄り添うように舞い降りる。凄まじい光量を発しながらその水晶は、2人が溶け合ってできた光に吸い込まれるように形を失っていく。融合した光が割れるように。周囲に光をまき散らしてその存在を現した。夜空のように深い群青の柄と刃、そして星を散りばめたように所々に咲く薄い水色の薔薇。

 

 

「《リリース・リコレクション》」

 

きいぃぃぃん!という共振音が放たれ、2人の魂と太古の存在である樹と華の記憶を持った一振りの剣が、今此処に出来上がった。

 

『さあ、行こうカイト。世界を救いに。

君の手で』

 

2人の声が混じった剣が発する音が胸を打つ。でも不快ではない。焦燥に似た甘い痛みが俺を突き動かす。

 

「あぁ、行こう2人とも。これが最終決戦だ」

 

腕の中から微笑みながら消えていくカーディナルを感じながら、2人の想いの結晶を見つめる。完成させるために、僅かな時間を稼いでくれた倒れているアリスに感謝して立ち上がった。

 

友が残した形見を見送るために。




次話でセントラル・カセドラル決戦編は終了となります。更新頑張りますのでよろしくお願いします!

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