アリシゼーション~アリスの恋人   作:ジーザス

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もしアリスとカイトが〈整合騎士〉に連行されなかったら、というお話です。


IF編
IF


「50っ!」

 

疲労で思い通りに動かない両腕に握った斧を、やや力任せに極太の樹の幹へと斬りつける。

 

コキイーン!

 

真芯を喰った音ではなく、やや鈍い音が甲高く響いて容赦ない振動が僕の腕に跳ね返ってくる。

 

「外れてんぞぉユージオさんよ」

「ふん、何もしてない君に言われたくないよ。ならやってみる?僕より上手くできるって言うならさ」

「別にいいぜ?50回のうち30回以上真芯を喰った音を出したことのある俺に挑もうとは」

 

幼馴染が不敵な笑みを浮かべると、声をかけた側の僕が慌てたように言い訳らしきものを口にしてしまう。

 

「そ、そういうわけじゃないよ!真芯をそんなに喰えない人間が、それだけ苦労してるか知ってほしかったんだ」

「あのなぁ、俺だって最初からできたわけじゃないんだぞ。お前だって知ってるだろ。初めて振るったときにどうなったのかを」

「うん、まあね」

 

その光景を思い出したのか。茶髪に夜空よりも深く、されど穏やかな瞳を若干曇らせながら両腕をさすっている。

 

8年前、〈天職〉を先代から引き継いだ僕たちはその苦労を初めて知った。10歳になるまでは毎日が遊ぶだけの生活だったけど、それまでの時間を奪われるかのような内容だったのは今でも覚えてる。僕は先代のガリッタじいさんから〈ギガスシダー〉の刻み手、いわば樵という〈天職〉を引き継いだ。

 

だがこの〈天職〉は想像していたより達成感のない仕事だった。毎日2000回斧を振るうだけの単純作業に、仕事が捗ったかは〈天命〉を見なければわからない。さらに落胆させるのはその〈天命量〉の膨大さだ。減らしたと思えば次の日にはその半分を回復させるという鬼畜さ。それを否応なく半年で思い知らされ僕だけど、それを7年間も続けていることは、称賛に値するんじゃないかなと自身を褒めてしまいたくなる。

 

「じゃあ、代わろうか。ユージオの50回の打ち込みが終わったんだし」

「頼んだよ」

「任しとけって」

 

カイトに斧を渡してから、地面に無造作に放り出されていた革袋を掴む。むさぼるように若干生ぬるくなったシラル水を喉に流し込む。乾燥でひりひりと痛んでいた喉が潤いを取り戻したことで、生き返ったような気分になる。

 

「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 

…とんでもない勢いで樹に斧で斬りつけている幼馴染を見つめる。男としては長めの前髪を右眼が少し隠れるように流した髪型に、実りの季節を迎えた麦畑のような明るいチェニックとコットンパンツ。派手なはずなのに彼が着ると質素に見えるのが不思議かな。もしかしたらそれが村のみんなから好かれる理由なのかもしれない。もちろんそれだけが理由なわけではないとわかってる。カイトは気配りができるし優しいし格好良い。

 

ジンクが悪人とするならばきっとカイトは善人である。と断定できるぐらいには差が歴然としている。きっとカイトという人間は、人が理想としている姿を凝縮させたような存在なのかもしれない。

 

「ふぃ~、いい汗かいたぜ。そらユージオの番だぞ」

「えぇ!速すぎない!?まだ一息しかついてないんだけど!?」

「つべこべ言わず仕事を終わらせた方がいいぞ。なんせもう少しでアリスが来るだろうから。もしそれまでに終わらなければ一品抜きだからな」

「うりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 

…訂正しよう。カイトは優しくもなければ善人でもない。鬼だ!僕はアリスのお弁当を減らされないために、過去最短記録を目指して斧を全力で振るうのだった。

 

 

 

 

「「じゃあ、いただきます!」」

「はい、召し上がれ」

 

涎を垂らすのを我慢しながら叫ぶと、満面の笑みを浮かべたアリスが僕たちが手を伸ばすのを許可してくれた。朝ごはんを食べてからシラル水以外に口にしていなかった胃に、アリスお手製のケーキやらパイやらパンが染み渡っていく。

 

「美味い!美味い!」

「あ!それ僕が狙いを付けていたのに」

「早い者勝ちだよユージオくん」

 

丁寧にフォークでケーキを食しているカイトを睨み付けながら、6等分にされたパイの僅かに大きいのを口に運んでやる。

 

「あ、クソぉ」

「早い者勝ち、だったよね?」

「ふん」

 

してやったりとニヤついてやると、気分を害したようにそっぽを向くカイトに苦笑してしまう。何故ならそっぽを向いたカイトの口角が、隠しているつもりなのだろうけど大きく上がっていたから。

 

「子供じゃないんだから食べ物くらいで喧嘩しないでよ」

「「喧嘩じゃないじゃれあいだ」」

「まったく…」

 

2人の息の合った言い訳に、アリスはやれやれと首を振るのだった。

 

「本当に平和ね」

「同じく」

「深く納得できるな。あれから7年あっという間だった」

 

先程の明るい雰囲気は何処へやら。一瞬にして暗くなった雰囲気は僕が簡単に払拭できるものではない。

 

「あんな思いを僕はもうしたくない」

「俺だってごめんだ。だから決めたじゃないか二度と〈ダークテリトリー〉に近付かない(・・・・・・・・・・・・)って」

「うん、そうだね」

 

7年前のある日、僕たち3人は〈果ての山脈〉へ氷探しの冒険に行った。出口を間違えた僕たちは〈ダークテリトリー〉側へ歩いてしまい、〈人界〉を守る〈整合騎士〉と〈ダークテリトリー〉を代表する〈暗黒騎士〉との攻防を眼にした。負けた〈暗黒騎士〉が地面に落下し僕たちに向けて手を伸ばしてきた。それに惹かれるようにアリスが歩き出したけど、僕とカイトがどうにか引き留めることに成功して、その場所から逃げるように村へ帰ったのを今でも鮮明に覚えている。

 

「君は誰だい?何処から来たんだ?」

「え?」

 

思案に暮れていた僕は、カイトが口にした理由がわからず隣に眼を向けた。だけどカイトは僕の方を見ておらず、視線は〈ギガスシダー〉の後ろへと向けられていた。その視線を辿ってみると、そこには記憶にない少年が僕たちを見ていた。

 

「ええと、俺の名前はキリト。あっちから来たんだ」

「あっちって森の南から?〈ザッカリアの街〉から来たのか?」

「いや、そういうわけじゃなくて…。自分が何処から来たのか記憶がないんだ…」

 

カイトが真剣そうに悩み始めたのを横目に、僕は何処から来たのか覚えていない少年の様子を観察してみた。墨以上に黒い髪と同じように黒い瞳。でも闇とかではなく、夜空を思わせるような強くて優しい魂が宿っているようにも見える。

 

「驚いたな。《ベクタの迷子》を見るのは初めてだ」

「べくたのまいご?」

「気にしなくていいこっちの問題だ。行く当てがないなら俺たちが君を支援するよ」

「いや、そこまでお世話になるわけには」

「困ったらお互い様だ。おっと挨拶が遅れたな」

 

カイトが右手を差し出していい笑顔で名前を名乗った。

 

「カイトだ。よろしくキリト」

「よろしくキリト。僕はユージオ」

「私はアリス。よろしくキリト」

 

全員の名前を聞いて、キリトは初めて安心したような笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

キリトが〈ルーリッドの村〉に来てから3年。今日はカイトとアリスの婚姻の儀が執り行われることとなっていた。何故過去形なのか。それは少し前に時間を遡る。

 

 

 

 

『アリスの結婚は不当だと申すかドイク!』

 

そう声を荒げているのは、〈ルーリッド村〉の長にしてアリスの実父ガスフト・ツーベルクである。

 

『当然であろうガスフト!村一番の〈神聖術師〉の相手には、村一番の〈剣士〉である我が息子が相応しい!断じて〈狩人〉という汚れ仕事を行うカイトではない!』

『…汚れ仕事だと?無礼なっ!彼のおかげでこの村は定期的に肉を食べることができているのだぞ!それでも貴様は我が娘の婚約者を穢れているとでも言うか!』

『そんなこと知ったことか!カイトなんぞいなくとも、我が息子が毎日のように肉を満足できるほど捕ることができるわ!』

『その証拠は何処にある!一度でもジンクは獣を捕ったことがあったか!?』

『っ!行く機会がなかっただけだろうが!その程度も知らん貴様が長だと?ほざけっ片腹痛いわ!』

 

そんなやりとりを僕は偶然にも耳にしてしまった。ううん、違う。否応なく耳に入ってきてしまったんだ。それもそのはずだよね、何故ならアリスの家の前でそんなことが起こっているのだから仕方ない。僕がそれを耳にしてしまったのは、式を挙げる準備をしているカイトに会うためだった。

 

式は村にある教会で執り行われることになっている。教会に行くためにはアリスの家の前を通るのが一番の近道だから、それを耳にしてしまうのはどうしようもなかった。

 

『今更そんなことを!?キリトに知らせなくちゃ!』

 

教会へ行くのをやめて、式の飾りの仕上げを行っている村の入り口へと僕は走り出した。

 

 

 

『キリトぉ!』

『どうしたんだ?ユージオ。せっかくの祝いの日なのにそんな必死な顔して』

 

脚立に上ってリボンを村の入り口の上にかけようとしているキリトが、僕に会えたからなのか笑顔を浮かべている。そんな様子に喜びそうになるのを必死に抑えて、キリトにさっき聞いたことを伝える。

 

『それどころじゃないんだよキリト!ドイクがカイトとアリスの結婚を中止させて、自分の息子のジンクとくっつけさせるつもりなんだ!』

『はあっ!?先に言えよ!』

『だから今言ったじゃないか!』

 

相当の高さである脚立から跳び下りて、一目散にアリスの家へと走っていく。キリトの近くにいる友人に後を頼んで、僕もキリトの後を追った。

 

 

 

『まだ文句があるかドイク!』

『貴様が諦めるまで俺はやめんぞガスフト!』

 

僕たちが到着しても未だに口喧嘩は続き、村のみんなが集まってそれを心配そうに見つめていた。暴力にまで発展しない理由は〈相手の天命を理由なく奪ってはならない〉という項目が《禁忌目録》にあるから。でも逆に言えば、理由があれば〈天命〉を減らしてもいい(・・・・・・・・・・・・・・・)ということ。

 

『…ドイク、これ以上話してもらちが明かない』

『まったくだガスフト。ならば』

『『やりあうしかない!』』

 

互いにその意味を理解したのか。道で仁王立ちになりながら相手の目を睨んでいる。もう始まってしまうんだと思った瞬間。

 

『やめろ!』

 

僕たちの後ろから、怒りを抑え込んだカイトの声が聞こえてきた。振り返ると式に相応しい格好の白い服を着たカイトと、その手を強く握ったアリスが心配そうに見つめている。その先にいるのは、自身の父親と邪魔をしようとしているドイクとジンクがいた。

 

『これ以上争うというのなら、俺はこの村を抜ける。それが嫌ならば、今すぐ自分たちの立場を思い出せ!』

『ほう、これはこれは元凶である本人のお出ましだ』

『なんだと?』

 

見つかったというのにドイクは動揺するどころか、嬉しそうにカイトを見ていた。カイトの姿を眼にしたガスフトは、怒りの矛先を沈めて自分の失態を悔いているようだった。

 

『お前がいたからこうなった。恥を知れ!貴様のような穢れた存在に、神の使いとして生まれたアリスをくれてやるわけにはいかん。アリスはジンクのものだ!』

『そうだ!アリスこそ村一番の〈剣士〉である俺にこそ相応しい!』

 

そんあわけあるか!我欲のために他人の幸せを奪うなど許されない!アリスは、カイトは2人でこそ1つなんだ。アリスはカイトが、カイトにはアリスが。2人が幸せになれば村のみんなが幸せになれる。そう僕は信じてる。

 

『ふざけないで!私は誰のものでもないわ!私はカイトについていく』

『その道がお前を苦しめることになってもかアリス!』

『ええ、楽な道なんて平坦な道なんて何処にもないもの。あるとすればそれは、誰かが得をして誰かが損をする世界。私はそんな世界を望まない。カイトと歩む道がけわしかろうと茨であってもわたしはそっちを選ぶ。簡単な道なんて生き甲斐のない退屈な人生よ。さよならジンク、もう会うことはないでしょう』

 

吐き捨てるようにそんな言葉を残して、アリスはカイトの手を引いて村の中心部へ歩いて行った。

 

『格好良いなぁ。男として負けた気しかしないよ』

『…ねぇキリト』

『ん?』

 

僕はキリトの眼を真っ直ぐ見た。

 

『僕は決めたよ。いつかこの村を出るって』

『あぁ、俺もそうするさ』

『じゃあ、明日からまた頑張らないとね』

 

僕たちの決意は偶然にも一緒だった。ううん、きっとこうなると決まっていたんだろうね。

 

 

 

『本当にもう行くのか?』

 

数日後の朝。キリトがそう聞くと、ため息を吐く幼馴染になんとも言えなくなってしまう。

 

『耳にたこができるぐらい聞いたぞその台詞。まったく笑顔で簡単に送り出して貰えないものかね』

『簡単に言うなよぉ~。うっうっ』

『この泣き虫め』

『な、泣いてないよぉ』

 

楽しそうに僕の頭をぐしゃぐしゃにしてくるのを嬉しく思いながらも、どうしようもなく胸が締め付けられて悲しくなってくる。当然だろうね。幼馴染がこれから遠くに行ってしまうんだから。

 

『この村から離れるのは辛いけど夢見てた場所に行けるんだ。いつかは2人にも来てほしいな』

『必ず行くよ。でもよく村長が許可してくれたね』

『そりゃあんなことがあったんだから当然だと思うけどな俺は』

『キリトは相変わらず楽観的だね』

 

今の会話からわかるように、カイトとアリスは〈天職〉の移動の許可をもらっていた。カイトの後任としてカイトの弟が。アリスの後任をアリスの妹が継ぐことになった。異例というより特別という方が正しいかもしれない。傲慢な行動をいさめることができなかった村長は、いざこざを押さえ込んでくれたアリスの願いを叶える形でカイトも移動となった。

 

本来ならば〈天職〉は引き継ぎが終わらなければやめることができないけど、今回は事情が事情なだけにということでこういうことになっている。

 

次会うのはいつになることか。おそらく僕らが自分の子供に受け継がせた後になってからになると思う。おそらく50年やそれ以上先になる。こんなに長い間会えないなんて考えたくない。でもその道を選んだのはカイトとアリス自身だ。僕たちがどうこう言える立場じゃない。

 

『しばらくの別れになるけど、その時まで楽しみにしててくれ。みんなを笑顔にする店を作ってみせるよ』

『ならなかったら俺の雷が落ちるから頑張れよ』

『その言葉覚えておくからな』

 

村の出入り口から手を振って離れていく2人に僕は笑顔で送り出すことを選んだ。涙を浮かべながら送り出すのは2人の決意を踏みにじることになるから。きっと2人は言葉だけでなく実績でそれを見せてくれるんだろう。

 

空を見上げると、番の鳥が蒼く澄んだ彼方へと飛び立っていった。




IF編は幾つか構想してあります。機会があれば投稿しようかなと思っております。

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