アリシゼーション~アリスの恋人   作:ジーザス

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今回は筆が進んだので連日投稿です。


アンダーワールド大戦編
夢見


青い空、白い雲。見上げる度に色は変わらないけれども、雲はその形を刻一刻と変えていく。地面に生える草木はそれほど高くなく、立っていてもくすぐったいことはない。黄昏れていると木枯らしのような強い風が吹き抜けた。

 

吹き抜ける風は季節相応に冷たく、重ね着した服でも隙間から入り込んできて、身体の芯から凍えさせていくようでもあった。まるで誰かがやることが考えられず、時間を無駄にしているだけの身体を、前に進むために背中を押してくれているようでもある。

 

 

 

あの死闘から早くも5ヶ月か過ぎました。私たちは今〈ルーリッド村〉にほど近い、大きく開けた土地に家を建てて暮らしています。

 

〈セントラル・カセドラル〉での最終幕。〈天命〉が尽きかけるほどの傷を受け、動かすことのできない身体を大理石の床に横たえたまま、私は戦いの行方を朧気な意識の中見ていました。

 

最高司祭アドミニストレータと双剣を携えたカイトの死闘。

 

カイトに抱かれて幸せそうに消えていったアドミニストレータの表情。

 

愛剣共々肉体を分断されてしまったキリトとユージオ。

 

キリトが生きていると言っても今は受け答えもできない状態であり、ユージオに至っては二度と会うことができない。アドミニストレータとユージオを看取ったカイトは、キリトと少しばかり話してから何かを探していたけど、突然キリトが白い光に撃たれて気を失ったのを見ました。

 

それが誰かによる〈神聖術〉の攻撃ではないのを直感的に察しました。気を失ったキリトに何度も呼びかけていたカイトも、いつしかその声を薄れさせて穏やかな寝息を立て始めました。空間が静寂に包まれてしばらく経った頃、東の窓から曙光が差し込んできました。

 

その光を〈神聖力源〉として私はまずカイトを。その次にキリトと叔父様の傷を癒やしました。どうにか眼を覚ました叔父様と2人で、カイトとキリトを背負って99階に飛び降りました。そこからは長い階段をひたすら下りて、〈整合騎士〉の在中空間である寝室に2人を寝かして、やるべき事を行うことにしました。

 

薔薇園の中央で完全に傷の癒えた状態で寝かされていたファナティオさん。元老長によって石化されていたエルドリエを50階《霊光の大回廊》に集めて、叔父様が真実を全て話しました。激闘の末、最高司祭アドミニストレータはカイトに敗れたこと。その最高司祭が民の半分を剣の怪物兵器に変えるという恐ろしい計画を進めていたこと。騎士団の上位組織たる〈元老院〉が、実質的には元老長チュデルキン唯1人によって運営されており、その本人も戦いにて死亡したこと。

 

伏せられたのは、〈整合騎士〉の製法のみ。正確には、アドミニストレータが完全な悪ではなかったということを、私は叔父様に伝えていなかった。伝えるべきなのはカイトの口からが良いと思ったから。2人とも激しい動揺を見せたけど、私たちの凄まじい傷跡と眼の力、声音に真実と悟ったのでしょう。話をむし返すようなことはありませんでした。

 

それから叔父様は〈整合騎士〉の本来の任務である〈人界の守護〉を全うすべく、精力的に動き始めました。半壊した〈整合騎士〉を立て直し、形ばかりだった軍隊の人界四帝国近衛軍の再編と再訓練という大仕事に取りかかりました。もちろん傷をある程度癒やしたカイトも、セントリアを北へ南へ西へ東へと飛び交いました。

 

でもその場所に長い間留まることができませんでした。カイトが戦闘による発作と思われる体調不良や情緒不安定になり、職務を続けられる状態でなくなることが多々あったからです。ある程度仕事が落ち着いてから私たちは雨縁に乗り、夢縁を連れて王都を去りました。〈人界〉の切り札となるカイトの治療が優先と言うことで、キリトと共に行くことは叶いませんでした。私たちがいない間の世話役として、フィゼルとジゼルが名乗りを上げてくれました。

 

本当のことを言うと心配で仕方ないのですが、「副騎士長から話を聞きました。そあるべき姿を教えてくれた人の介護をお礼として返したい」という言葉を聞いて安堵しました。

 

3日かかって央都から〈ルーリッド村〉にやってきた。でも思っていた通りに私たち2人を、村の人々は受け入れてくれなかった。罪人としてこの村を連行された身であるから、その対応は間違っていないと私は思う。それでも故郷の人達に、そんな風に言われるのは悔しくて悲しくてしょうがなかった。

 

私のことならいくらでも罵ってくれて構わない。私が原因でカイトも連行されてしまったのだから当然です。でもカイトまで虐げられることは耐え難い苦痛だった。何のためにカイトは自分の身を削って戦ったのか。親友が意識不明になり、幼馴染の命を失ってまで守った人達にこんな風に言われるのはどうしようもなく痛かった。

 

心や体ではなく魂が。

 

命を捨ててまで〈人界〉を民を守ったユージオの命が無駄になってしまう。無駄死にするためにユージオはこの村を旅立ったわけじゃないのに。

 

「罪人を村に置くことができない」と言われた私たちは、行く当てもなく彷徨うことになるだろうと思っていた。でも木々に隠れて私たちを追い掛けてきてくれたセルカが、ガリッタ爺さんに会わせてくれた。8年ぶりに再会したガリッタ爺さんは、笑顔で私たちを迎えてくれた。昔と何一つ変わらない穏やかで温かい笑みを浮かべてくれた。

 

ガリッタ爺さんの指示通りに樹を斬って建てた家は、こじんまりとしながらもしっかりとした小屋でした。白金樫できた小屋は、余程の強風でもなければ壊れないと自負できるぐらいです。窓から見える景色は、8年前と何一つ変わらない懐かしいもの。記憶にあるものに、あてはめても違和感がないぐらいに何も変わっていない。

 

「お姉様、また手が止まってる」

 

セルカに怒られて気が付けば、皮むきをしていた手の動きが止まっていた。動かしているつもりだったけど、いつの間にか外を眺めることに集中していたみたい。

 

「ごめんなさい。ついぼーっとしちゃって」

「またカイトを見てたの?お姉様はぞっこんね」

「もちろん将来の旦那だもん。そうでなきゃ死ぬまで一緒にいられないわ」

「むぅ、私もいつか迎えに来てもらうもん」

 

セルカは昔からこんな様子だった。カイトと私が仲良くしていると機嫌を悪くしたり、間に割って入ってきたりしたかしら。それを怒らずに楽しそうに笑顔を浮かべていたカイトには妬いてしまう。

 

「もしかして一夫多妻制を執るつもりなのセルカ?」

「そうでもしなきゃカイトと一緒にいられないもん」

「まったく悪女だこと」

 

口ではそう言っても私の顔はきっと綻んでいるのでしょう。そんな楽しい姉妹の会話をしながら、夕飯のシチューで煮込む芋をむき続けた。

 

 

 

背もたれにしたかつて〈ギガスシダー〉と呼ばれた大樹の切り株にもたれながら、少しばかり空から視線を外せば、窓越しに2人が楽しそうに夕飯の支度をしていた。昔のように喧嘩はしても仲の良さが変わらない。むしろさらに深まっている様子は、写真や映像に残しておきたいぐらいだ。

 

「そうだろ?ユージオ(・・・・)

 

俺の左側に立てかけられた本来の半分の長さしかない、蒼い薔薇の装飾がされた剣(・・・・・・・・・・・・)に問いかける。もちろん返事はないが、こうして問いかけるのが此処に来てからの俺の日課だ。未練がましい行為だがそれが精神安定剤として働いてしまっている以上、俺にはやめることができない。

 

「キリト、お前が元気だったらこうして2人のほのぼのとした光景が見れたのにな」

 

飛竜に乗って3日かかる場所にいる療養中の親友に、聞こえないとわかっていながら声を出す。みすぼらしいほど筋力と力強さを失った声音に、我ながら苦笑したくなる。

 

アドミニストレータと《ソードゴーレム》と戦闘していたとは思えないほど、弱りきった肉体をキリトに見られれば心配されるだろう。だがどうしようとも力が戻ってくる気がしない。精神的な回復があっても肉体の回復はおろか、むしろ衰退して行っているようだ。

 

「カイト、夕ご飯できるよ~」

 

風に乗って、シチューに含まれた香草とキノコ類の合わさった良い香りが、俺の鼻腔に流れ込んでくる。窓を開けて俺を呼んでくれるセルカに手を振ることで返事をして立ち上がる。

 

「また明日なユージオ。明日も一緒に空を見上げよう」

 

そう声をかけると、《青薔薇の剣》が返事をするかのように一瞬だけ煌めいたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

大きな翼を広げた飛竜が着地するまでの時間が惜しいのか。脚が地面につく前に飛び降りた〈暗黒騎士〉リピア・ザンケールは、発着台と帝宮を繋ぐ空中回廊を全力で走り始めた。普段なら愛竜を自身の手で最後まで行うのだが、今回ばかりは至急伝えなければならない言伝があったため、飼育係に任せて急いでいたのだった。

 

重い兜による圧迫感と息苦しさを取り払うかのようにはぎ取ると、灰青色の髪がふわりと流れた。強いて言えば、鎧も脱ぎ去りたいぐらいだが、肌の一片たりとも帝宮にはびこるうっとうしい執政官共に見せつもりはない。湾曲する回廊を曲がると、紅い空を切り裂くようにそびえる赤黒い城郭が姿を現した。

 

この〈ダークテリトリー〉で一番高い(忌々しい〈果ての山脈〉を除いて)建築物であり、100年以上もの歳月をかけて岩山を掘り抜いて造られた。帝宮オブディジア城の〈玉座の間〉からは、西の地平線にうっすらと浮かぶ〈果ての山脈〉とその山々を穿つ巨大な門が望めるという。王の側付きでもなければ王族でもないリピアには、今のところ関係のない話ではあるが。

 

それ以前に遙か昔、初代皇帝〈暗黒神ベクタ〉が地の底に去ってからは、無限に近い〈天命〉を持つ黒い鎖によって大扉が閉じられているので、考える行為自体が意味のないことだ。高速移動しながらの思案であったが、本来の用件を思い出してさらに速度を上げる。

 

「〈暗黒騎士〉第十一位ザンケールである。開門せよ!」

 

狼頭人身である衛兵たちは、力自慢であるもののやや頭の回転が鈍い節がある。リピアが鋳鉄の門にそこそこ近付いてから開閉装置の把手に手をつけ始めた。ゴ、ゴンという重々しい音を立てながら開いていく門の間をすり抜ける。2ヶ月ぶりの帰還は、以前と全く以て変わっておらず冷え冷えとした空気がそこかしこに漂っている。下働きのゴブリンたちが決して高くない給料でありながら、毎日愚直に磨き上げている黒曜石の廊下には塵一つ落ちていない。〈窓〉を開けば、その〈天命量〉が完全回復しているのがわかることだろう。

 

外出用の靴を履いていることが災いしているのか。カンカンという少しばかり甲高い音が響き渡る。いつもであればこの音を聞き取って嘲笑するために、肌を露わにするほどの露出度で歩く〈暗黒術士〉が出てくる。…はずだったのだが、珍しいことに廊下を歩いている〈暗黒術士〉は見習いを含めて誰1人いなかった。

 

深く考える必要もなければありがたいことなので別段気にせず、向かうべきところに向かって足を進める。無人の広間を一直線に横切り、大階段を二段飛ばしでひたすら駆け上る。それなりに鍛え上げた肉体ではあるものの、それなりに疲労が蓄積してきた頃。ようやく目指す階に到達した。奥まった一室の前に着くまでに速度は落とされ、呼吸も普段と何一つ変わらない状態にまで落ち着かせてから、扉を三度ノックした。

 

「入れ」

 

すぐに低い声でのいらえがあった。周囲を確認して追跡者や監視者・下働きたちがいないのを確認してから中に滑り込む形で入る。部屋の装飾は一族の長にふさわしい豪華なものでは溢れておらず、どれだけお世辞を言おうとも質素という言葉しか見当たらない。だが不思議とこの空間は贅沢な雰囲気を醸し出しており、この部屋の住人が特別であることを如実に示していた。

 

「騎士リピア・ザンケール、ただいま帰参つかまつりました」

「ご苦労様。そんな堅苦しい挨拶は抜きにして鎧を脱いで楽にしろ」

「それはなりません。報告が終わるまでが任務でありますので」

「俺がそうしろと言っているんだ」

「…了解しました」

 

リピアは言いつけ通りに張っていた空気を和らげ、重い寄りの留め金を外し、普段自身が訪れたときに使う椅子の上へ置いていく。彼女が大人しく命令に従っているのは、彼が彼女が所属する〈暗黒騎士〉の暗黒騎士長別名《暗黒将軍》であるというだけでなく、彼女の実父(・・・・・)であるというのがあるからだ。本心を覗けばそちらの側面が大半だろうが、彼女の名誉のために口をつぐんでおくのが正解だろう。

 

「まあ座れ。それでそなたが使い魔で知らせてきた一大事とは何だ?」

「〈人界〉の〈公理教会〉最高司祭アドミニストレータが…死にました」

 

さしもの驚きに両眼を見開いたが、すぐに落ち着きを取り戻して深い長いため息を吐き出した。いや、この場合は落ち着きを取り戻したと言うよりは、無理矢理落ち着かせたというのが正しいだろうか。

 

「…ふむ。あの不死者が、か」

「私もにわかには信じられず《耳虫》を忍ばせて裏を取りました」

「何という無茶を。下手をすれば術を辿られ、自身に危険が舞い降りていたところだぞ」

「はい。…案の定、逆探知され捕縛されました」

「…は?」

 

想定通りの結果に、さしもの《暗黒将軍》もすっとぼけた声音を出してしまった。そんな声を出した本人より、事実を伝えた人物の方が顔を真っ赤にしていたのはお約束だろう。

 

「…してどうやって逃げることができたのだ?」

「逆探知に気付かず隠れ場所にいるところを、背後からの不意打ちで〈整合騎士〉に捕まりました。捕縛と言ってもその場での厳重注意と即座に立ち去れという命令だけでしたが。ついでに言うと、停留させていた愛竜の場所まで運んでもらいました」

「おいおいおいおいおい!」

 

有り得ない状況に《暗黒将軍》シャスターは、普段決して見せない動揺や声音を愛娘がいる前で爆発させていた。だがシャスターの動揺は当然なのである。何しろ〈暗黒騎士〉と〈整合騎士〉は相容れぬ仲で宿敵でもあり、互いに憎しみ合う存在だ。長年にわたって殺し殺されを繰り返してきた間柄なのだから、憎しみが募っても親愛などの感情は抱かない。

 

「どんな大馬鹿野郎だ?!逃がすなど可笑しな事だろうが!」

 

愛娘の帰還を喜びながらも殺さずにいた〈人界〉の甘さに若干の怒りを感じているシャスターの横で、リピアは捕縛されたときのことを思い出していた。

 

 

 

 

『《耳虫》...か。諜報分野に秀でた術があるとは聞いていたけど、これのこととは恐れ入った』

 

突如、音もなく現れた人物に驚いてリピアは反射的に振り返った。そこに立っているのは騎士が着ているであろう鎧では一切なく。普段着と思しき服装の青年だった。

 

『見つかったのであればお役御免!』

 

スパイは敵に見つかれば、自身や味方の情報を奪われないために自殺を行う。リピアも騎士の傍らスパイとしても活動していたため、そういう知識を埋め込まれていた。だから何のためらいもなく自身の首に、腰に携えていた剣で引き裂こうとした。

 

だが。

 

『死ぬ必要はない。ちょっとだけ頼まれてくれないかな美しいお嬢さん?』

『なっ/////?!』

 

生まれて初めて女扱いされたリピアは、その言葉で脳がショートし冷静な判断ができなくなっていた。女扱いされたことがないというのは、年頃になってからであって幼い頃には両親や周囲からそういう扱いは受けていた。だが戦士として騎士として剣を磨いていく上で、そのような扱いは不必要になった。戦場や訓練場では性別など関係ない。実力がものを言う世界であり、性別など判定材料にもならないのだ。剣の腕前が凄まじく、男勝りだったという性格も相まって、リピアは先程の言葉に慣れていなかったのだ。

 

『別に取って食ったりはしないさ。あんたがその気なら別に構わないが、俺が社会的に死ぬから簡便だ。少しばかり聞きたいことと頼みたいことがあるから覚えてくれ』

『ひゃ、ひゃい//////…』

 

羽交い締めされながら耳元で囁かれたことで、リピアの理性は既に崩壊し冷静な判断を下せる状況ではなかった。もちろん耳元で囁いたのには、それなりの理由がある。1つは周囲にスパイがいるということを知られないため。1つは彼女の精神面を余計に圧迫させないため。

 

のはずだった...。

 

身体が熱い!?何だ!こ、この高揚感と幸福感は?!あぁ、やめてくれ。み、耳元で話さないでくれ。こしょばくて身体の力が抜けていく…。

 

『…頼んだよ。いいね?あとついでにこれを渡しといてくれ』

 

その場で凄まじい速度で書き上げた巻物を左手に巻握らされたリピアは、惚けたような表情を浮かべながら幸せそうに気絶した。その身体を労るように優しくかついだ人物は、愛竜に乗って空を駆けていった。

 

 

 

「…コ、コホン。捕縛された人物からある物を預ってきました」

「ある物?」

「これです」

 

鎧と上着の間にあるポケットらしき部分から、高級な巻物を取り出してシャスターに手渡した。その時には恋する乙女のような顔ではなく、騎士としての佇まいになっている。この切り替えの速さを、シャスターは父としても一族の長としても認める部分でもあった。

それほど多くの文字が書かれているのだろうか。それなりに時間をかけて読み、〈暗黒術〉を用いて術式による罠がないかどうかを慎重に調べていたシャスターが息を吐きだす。そのままその羊皮紙を自身の前にある机に置いた。

 

「どうなされました?」

「…少し気がかりでな。お前も読んでみろ」

「はっ、では失礼します」

 

許可をもらい置かれていた羊皮紙を持ち上げて、書かれている文字に目を通していく。両眼を目一杯に開いて驚きながらシャスターを見やった。

 

「こ、これはっ!」

「うむ、十中八九本当だろう。こんなことを嘘として書くならば、それこそ天の雷が落ちることだろうよ。あの名前を使っているあたり、贋物と疑いたいところだがお前の手に入れた情報と合わせればこの手紙に嘘はない。リピア、これをどう思う?」

「…受けるべきだろうと思います。父上のお考えと合致いたします」

「これは良い機会だ。〈和平〉を結ぶ機ではあるが、どうやらそう簡単には行かんようだ。リピア、長老共を集めろ。〈一族会議〉でこの手紙についての議論を交わし、受けるべきか否かを決める」

「はい!」

 

リピアはきびすを返して、〈暗黒騎士〉が領地としている場所へ愛竜に乗って向かった。それを見送ったシャスターは、自室からは見えない西にある〈果ての山脈〉を見つめる。

 

「戦争、か。これは骨が折れるぞ」

 

リピアと飲むために開けていたワインをグラスに注いで、一気にむさぼるのだった。

 

 

 

 

【 《暗黒将軍》ビクスル・ウル・シャスター殿。

 

 突然のお手紙失礼だと重々承知の上で送付させていただきました。本来ならば直接お会いして渡すべきなのでありましょうが、こちらの事情も言わずもがな。ましてや〈人界〉と〈ダークテリトリー〉に所属する我々が、現時点で相見えることは叶わないでしょう。相対したことが知れ渡れば、双方共に痛手を被ることは想像に難くありません。

 

 前置きはこれぐらいにして、本題に入らせていただきます。昨日、私は〈公理教会〉最高司祭アドミニストレータを打ち破り、その支配の終焉を迎えさせました。このことは諜報の適任者によって既にご存じのことだろうと思います。それに相まって近々起こるであろう〈ダークテリトリー〉による〈人界〉への侵攻に対して、我々によるお願いへの判断をお願いしたいのです。

 

 我々〈人界〉の軍は、戦いという現象を全くといっていいほど知りません。争い事は〈人界〉を統べる〈公理教会〉が発行する《禁忌目録》によって禁止され、戦いという概念を持ちません。

 

戦いは見世物であり、命を散らさない物だと魂に刻み込まれております。しかし此度の侵攻は互いの全勢力を以てして達成される総力戦であります。しかし我々〈人界〉の軍隊は戦いの方法を知らず、本当の戦いがどのような物であるかを知るまで、生き残るという考えを持たないでしょう。

 

 そこで〈整合騎士騎士長〉ベルクーリ・シンセシス・ワンから《暗黒将軍》と称される騎士のお話を伺いました。貴方様が争いを望んではおらず、和平を望んでいるのではないかという見解をまとめ、時間を頂いた次第であります。

 

そこで私個人ではなく〈整合騎士長〉との意見一致に則り、《暗黒将軍》以下〈暗黒騎士〉を、我が部隊の味方となり得る返事を頂きたいと存じます。

 

 この文を〈ダークテリトリー〉側の上層部と共有し、我々を葬る算段をつけても文句は言いますまい。もしそうであったならば、我々も全勢力を以てして対抗措置を考え、対抗するということをお忘れなく。

 

 我々の文を吟味の上、良い返事を頂けることをステイシア神に願い申し上げます。返事をいただけるのであれば、文に記した術式に〈神聖力〉を注いでいただければ幸いです。失礼いたしまする。

 

〈公理教会統括組織 整合騎士第四位 カイト・シンセシス・サーティ〉】




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