アリシゼーション~アリスの恋人   作:ジーザス
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実験レポートなしにしてくれ。免許とレポート2つ…

時間よさよなら


悲劇 序章

可能な限り早く体を洗い湯船の栓を抜く。セルカと約束したからには、遅れては申し訳ないので即座に行動を開始する。

 

この世界では細菌などという雑菌は繁殖しないため、汗臭さなどとは縁遠い。だからといって適当に体を洗い終えるということはしない。

 

そんなことは置いといて、タオルで水分を拭き取り服を着てから自室へと向かう。

 

ノックしてからドアを開けると、セルカが布団に腰掛けながらぼんやりと部屋を眺めていた。窓枠から差し込む月明かりに照らされたセルカの髪と容姿は、どこか儚くて今にも崩れそうなほど脆く見えた。

 

「用事って何?」

 

入ってきた俺に顔だけを向けて聞いてくる顔は何故かユイを思わせる。ALOにおいてもその与えられた感情で俺を奮い立たせてくれた〈娘〉。

 

今ももしかしたら俺を救うために、ありとあらゆる手段を用いて飛び回っているかもしれない。

 

文字通り羽を使って情報の海のなかを。

 

「聞きたいんだ。アリスとカイトのこと」

「…どうして聞きたいの?」

「ユージオから聞いた。2人が自分にとってどんな存在だったのか。2人と親しかった君からもどんな印象があったのかを聞きたい」

「聞いて貴方に得があるの?聞く必要があるの?」

 

強い口調で言われると聞かない方がいいのかもしれないが、俺は少しでも知りたい。ユージオが本当に心から親友であったと言える人物がどんな人だったのか。

 

2人のことを何も知らない俺に聞く権利はないかもしれない。でも知っても2人は文句を言わない気がする。むしろ知ってほしいと言うだろう。根拠もない理由だが何故か自然とそう思える。

 

「別に教えてあげなくもないわ」

「なんで上から?」

「教会にいる間は私が立場上だから」

「…はぁそうっすか」

 

特権を出されると引き下がる他ない。抵抗してもいいよ?拳で…。ゴホゴホ、まあとにかく話してくれるのであれば下にでてもいいだろうさ。今だけは。

 

「アリス姉様は私より頭も良くて運動もできて、誰にも分け隔てなく接することのできるすごい人だった。それに比べたらカイトはちょっとがさつで面倒臭がりだったけど、アリス姉様と2人でいるとそんな雰囲気は一切感じられなかったわ。本当に2人はお似合いの婚約者同士だったの」

「それは初耳だな。2人がそんな関係だったなんて」

「ユージオもアリス姉様のこと好きだったみたいだから言えなかったのかも。もちろんアリス姉様もユージオのこと好きだったけどカイト以上には想えなかった。ユージオにそれを伝えればユージオは喜ぶけどカイトに申し訳なく思うだろうし、カイトにしたら親友にとられるかもしれないっていう不安を抱いてしまうかもしれなかったから」

「もし互いに知られればユージオとカイトの関係がこじれると思ったのか」

 

その三角関係とも言える構図は〈現実世界〉でもあり得る話だ。人を好きになることはおかしくもない普通のことであって、無理に隠す事柄ではない。

 

知られたくない想いかもしれないがそれを咎める権利を持つ人間はいない。ただ好きになった相手が友人や幼馴染といった近しい存在であったそれだけなのだ。

 

人間という存在は血縁者を好きになってしまうことだってある。たとえそれが報われない叶わない想いであったとしても。

 

友情を選ぶか恋を選ぶのかは本人次第だ。決めたことにたいして他人が口出しする必要はない。アドバイス程度ならいいかもしれないが、そのアドバイスがどれぐらい本人を追い込むのかはわからない。

 

言われている側にでもならないと気付けないだろう。

 

「カイトは今のキリトみたいにすこしだけ子供ぽかったけどしっかり者だった。怪我をしても虐められても泣き言は一切言わなかった。むしろ乗り越えるべき壁だって口癖のように言ってたわ。アリス姉様と婚約者同士になってもそれは変わらなくていつも私の面倒を見てくれた。私は姉様が羨ましかった。普段から明るく振る舞っていた姉様を支えているカイトの笑顔は、普段私に見せる笑顔とは違う優しさに溢れてた。それを見て喜ぶ姉様はとても幸せそうだった」

「セルカはカイトのことが好きだったんだな」

「…うん、姉様に負けないぐらいに。でもそう思ってたのは私だけだった。姉様は誰にも負けないぐらいに、カイトのご両親よりカイトのことを愛してた。カイトがどんな危険に遭っても隣に立って守る。心を打ち砕かれても後ろから前に歩きだす力を与える覚悟を誰よりもってた。支えて好きな人の隣にいれることだけを望んでた自分が馬鹿に思えてきて恥ずかしかった」

 

涙を止めどなく溢れさせながら想いを打ち明けてくれたセルカに、俺はどんな声をかければいいのかわからなかった。下手な言葉をかければ余計に傷つけてしまう気がしたのだ。

 

見習いとして教会に来ているセルカは、ここに引き取られている子供たちの姉であり面倒を見てくれる母親のような存在。

 

だが実際は恋に敏感な年頃の少女となにも変わらない普通の少女だ。彼女にとってこの6年間は一体どれほどの苦悩に満ちた時間だったのだろう。

 

ユージオとはまた違った苦しみ方をして過ごしてきたのは話を聞くだけでもわかる。姉より〈神聖術〉の才能が劣る自分を見る眼がどのようなものだったのか、使えない俺には理解できない。

 

だがこれだけは言える。それに耐えてきた彼女の忍耐力は称賛に値することだと。

 

「泣きたいときには泣けるだけ泣いたらいいんじゃないかな。感情を表に出したらダメってことはないんだし、それを咎める人に権利もなければ咎められる人に従う義務はないんだ。泣けるときに泣いとかないときっとあとで後悔する」

「…ありがとう。すこしだけ心が楽になったわ。それにしても今の言葉は経験がありますって感じだったけど記憶戻ったの?」

「あ、いや!そうじゃないかなって思っただけだよ本当に!」

 

危ない危ない。なんとか誤魔化せたけどいつまで上手く行くものか。バレたら村から追い出されるとかないよな?

 

「じゃあ、私は戻るね。シスターに見つかったら怒られるから」

「ああ、話を聞かせてくれてありがとう」

 

ベッドから立ち上がって部屋を出ていこうとするセルカがドアの前で足を止める。そのことに首を傾げていると、セルカが振り返って聞いてきた。

 

「カイトやアリス姉様は何故連れていかれたの?」

「確か〈果ての山脈〉を越えた先にある《ダークテリトリー》の地面に手が触れたとか言ってたかな」

「…そう。〈果ての山脈〉ね…。明日は自分で起きてよねあんたを起こすの重労働だから」

「へいへい頑張りますよ」

 

脱力気味に返事を返すとセルカはしてやったりとばかりに、笑みを浮かべて部屋を出ていった。

 

 

 

セルカとの会話を終えて月明かりを浴びながら布団にくるまる。ユージオとセルカの話を聞いたところでは2人のイメージはかなり良い。

 

幼馴染と片想いという個人的な意味合いを抜きにしても、2人はさぞ村のみんなからの評判は良かったのだろう。どんな理由があって禁忌目録を破ってしまったのかはユージオに聞かないとわからない。

 

だが聞けばその当時のことを思い出してまたユージオが苦しむかもしれない。6年間も苦しんできたというのにさらに苦しませるようなことをしたくない。

 

だが2人が禁忌を犯した理由の中に菊岡が求める何かがあるとしたらどうだろう。彼らが莫大な資金を投資して〈アンダーワールド〉という一つの文明シミュレーションを造り上げた理由はまだわからない。

 

新しい〈フルダイブ〉技術の開発にしては大掛かりすぎる。

 

何を作るつもりなのかは〈現実世界〉に戻って菊岡に問い詰めなければ吐かないだろう。吐いたところでそれが本当なのかはわからないが。

 

2人の行動に何か意味があるのだとしたら会いに行く必要がある。そして何故そのようなことをしたのか聞き出すのだ。

 

そこにもしかしたら俺が外に出るための脱出方法へと繋がる鍵があるのかもしれない。

 

眠気によって落ちてくる瞼を、必死に意思力で持ち上げながら考える。

 

〈公理教会〉とやらに連行された2人に会うためには〈央都〉に行く必要がある。〈央都〉に行ってからもやるべきことはたくさんあるらしいがそれがどうした。

 

ユージオやセルカの大切な人を取り戻せるならシステムだって相手にしてやる。勝てるとか勝てないという問題ではなく2人を取り戻す。

 

それが今の俺にできる最大の恩返しだ。

 

といったものの問題はOCAとどうやって〈央都〉に行くかだ。権限上昇の方法は皆目検討つかずだし〈天職〉を終えなければ助けに行くこともできない。

 

300年かけて大樹の直径のおよそ3分の1ようやく刻めたとなると、切り倒すには残り900年かかることになってしまう。

 

俺がバイトを始めたのが3ヶ月前で〈アンダーワールド〉では既に300年過ぎ去っている。いやはやなんとも想像もできない速度なことだ。

 

だが加速倍率のおかげで俺が失踪してしまっているとしても、それほど時間は経っていないということになる。

 

今はそれでいいのかもしれない…。

 

 

 

結局、眠気に勝てず寝落ちしてしまった俺は頑張って5時半には起きた。我ながらやればできるではないかと思いながらいつものように行動する。

 

顔を洗ってステイシア神へのお祈りを終え、朝食を終えたあとはユージオの〈天職〉へと向かう。

 

俺がついた頃にはもう既にユージオは来ていて、あの曇りが一切ない笑顔を向けてきた。それに手を上げることで返事をした俺は斧を持ったユージオの近くに座る。

 

「おはようキリト」

「おはようユージオ。しっかしちゃんと休めば痛みは取れるものだな」

「〈天命〉が回復すれば自然と痛みは消えるからね」

「筋肉痛にならないのはありがたいなぁ~」

「なることはあるさあまりにも追い込んだらの話だけど。僕も〈天職〉を与えられてすぐの頃は毎日そうだったよ」

 

ユージオの〈ギガスシダー〉を眺める眼の奥には一体どのような絵が写っているのだろう。2人とともにこの樹の下で過ごした頃の記憶だろうか。

 

だがこうして眺めるユージオの眼には涙は見られないし、何より嬉しそうな笑みを浮かべていることからマイナス的なものではないのは確かだ。

 

「僕はキリトに出会ってからここに来る度に思うんだ。カイトやアリスがいてそこにキリトがいたらどんなに楽しかったのかって。この数日でそう思えるから間違いないよ」

「俺は2人に会ったことないからなんとも言えないけど、ユージオの言う通りだと思えるよ。きっと幸せな毎日だったんじゃないかな」

「そうだよね。僕はなんとなくだけど2人があの日何をしようとしたのか今考えるとわかる気がするんだ。何故血塗れの竜騎士を助けようとしたのか」

 

血塗れ?竜騎士?まったくもって理解できない言葉だがそれが2人がいなくなった理由なのだ。〈禁忌目録〉とやらに書かれている《ダークテリトリーへの侵入》という項目への抵触。

 

どれほどの大罪なのか知識のない俺には計り知れない。なんのために行動を起こして《ダークテリトリー》へ入ってしまったのか。本人に聞けばわかるだろうが、当人は手の届かない遥か彼方にいる。

 

会うために俺はここを去らなければならない。だが去ったところで知識や資金がない俺に、この世界で生きるのは過酷という言葉では表せないほど苦しみに満ちた険しい道になる。

 

それをなだらかな道にしてくれるのは他でもないユージオだ。だが彼は〈天職〉を終えなければ離れることはできない。

 

だから終わらせるのだなんとしてでも。

 

「じゃあ、始めようかユージオ。今日は俺からだ」

「今日も競うのかい?」

「勝負をすれば勝ちたいという思いで渾身の一撃が増えるからな」

「極たまに撃てるから渾身の一撃なんだけどなぁ」

 

苦笑するユージオに背を向けて斧を振りかぶる。

 

コーン!という心地良い音を聞いて、今日は調子がいいとニヤける。4秒かけて1回の振りを終える仕事を五十回こなすために俺は意識を斧と〈ギガスシダー〉にすべてをむけた。

 

 

 

「五十っ!」

「500回のうち全部で120回か。どうやら午前は俺の勝ちだな」

「たった5回の差じゃないかすぐに追い付くさ」

 

恒例となっている軽口を交えながら地面に座る。2人合わせて1000回の撃ち込みを終えた俺たちは昼飯にすることにした。

 

だが俺は渡されたパンにかぶりつく前に、わずかに匂ったことで開けた口を閉じた。

 

「なぁ、ユージオ。村では何かを燃やす〈天職〉でもあるのか?」

「1人だけならいるよ衛士の剣を磨く専門の職人がね。それがどうしたの?」

「いや、なんだか生臭い感じの匂いがしたからさ」

「生臭い?まさかそんなのを感じるはずがないよ」

「だよなぁ。俺の鼻が疲れただけかもしれない忘れてくれ」

 

勘違いだと頭を振ることで余計な雑念を追い出した俺はパンにかぶりついた。顎に反抗するかのような歯応えのあるパンを、咀嚼しながら頭の隅でさきほどの疑問を思い返す。

 

さきほどの匂いは気のせいだろうか何かの燃えるような焦げ臭いものは。何故気付いたのかというと、そのような匂いが村の方から流れる風にわずかに混じってここまでやってきたからだ。

 

村の方角?

 

「まさかね…」

 

自分の予測が外れているとわかりながら村へ向ける。

 

「なっ!」

「どうしたんだい?キリト」

「あれを見ろユージオ!」

「え?なんでみんな逃げてるの!?」

 

小高い丘にあるとはいえ、村からまあまあ離れているこの場所からでは村の様子を細かく見ることはできない。

 

だがここから見てわかるのは、村の住民たちが何かに追われるように逃げていること。そして燃える家々。ただごとではないことが起こっている。

 

「ユージオ戻るぞ!」

「え?でも〈天職〉がまだ」

「村の人たちの命と〈天職〉どっちが大切なんだ!?」

 

俺の強い根拠のない言葉だが驚いたのかユージオの眼が大きく見開かれる。確かに彼と出会ってから今のように大声をあげることはなかった。

 

だが俺にとって今考えることはそのことじゃない。ユージオを動かして村まで全速力で戻ることが第一優先だ。

 

「わかった行こう!」

「ああ!」

 

俺たちは〈天命〉が減らないギリギリのスピードで丘を駆け降り、村へと一直線に走った。



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