少年が数日かけてオラリオに辿り着いてから5年後。
日が沈み、空には世界を見守っているかのように月が有る中でも、迷宮都市は眠らない。
勿論明日に備えてか早めに就寝するものもいれば今日の戦功の良さから祝杯を上げる者もいる。
まるで水面のように穏やかな空と相反するかのように賑やかさを醸し出しているオラリオ。
そんなオラリオの西のメインストリートに豊饒の女主人という周りと比べても一際大きい酒場があった。
そこは冒険者がよく来店することに対して、少々頼りなさを感じさせるかのように美女が多いと評判なのだが、その見た目に反して問題は殆ど起きることは無い。
それは大御所のファミリアが来店すると言うだけでなく、従業員の一人一人がその他大勢の冒険者が数人で掛かろうとも歯牙にもかけないような実力を持ちかねているのだが、そのことを知るのは少なくとも従業員以上の力量を持つものの中でも相手を推量ることが出来るものぐらいのために、客が物怖じする、ということも無い。
そんな豊饒の女主人のカウンターの端で一人のまだ少年とも言える年ほどの男が料理をまっていた。白髪混じりの黒髪を前は目が隠れるほどに、しかし後ろはうなじに少しかかる程度という奇抜とも言える髪型の少年だった。
少年ほどとも言えるとは言ったが実際180程の身長と細身ながらも締まっている体、落ち着いた雰囲気を出しているために年上と見られても何らおかしくない容姿だった。
「お待たせしました。」
頼んでいた料理が届いたのだろう。
エルフの給仕係がジョッキとどんぶりを持ってきた。
その瞳には好奇心が大半、それに加えて僅かな恐怖心に色づいていた。
ありがとうと会釈を返すとエルフの女性はまるで重い口を開くかのように問いた。
「ロウグさん。貴方はいったい何をーーー」
「おーーっす!お邪魔するで!」
その問いに被せるように豊饒の女主人に十数名の冒険者が団体で入ってきた。
オラリオでも精鋭中の精鋭揃いのファミリア、彼らを率いて入ってきたのはそのファミリアの主神、ロキだった。
元々予約を済ませていたようで、まとまって空いていた席に座り、注文していく。
「リュー!なぁにしてんだい!働きな!」
厨房の奥から女将のミアの叱咤が届く。
その声に我に返ったかのようにエルフの女性リューはこちらに1度頭を軽く下げた後、作業スペースの方へ戻って行った。
「また、機会があった時に聞かせていただきたいです。
貴方は本当に狂っているのか、何を求めているのかを。」
去り際にこんな言葉を残して。
その姿を見送り、手をつけていなかった料理に手をつける。
(確認する必要はないと思うけどな……
だって俺は悪魔で、狂ってるんだから。
あの人も俺といたら不幸になってしまうよ。)
そう。この少年は5年前このオラリオにやってきた。虚ろな自己と濁った目を持って。
この少年はオラリオでこう、称されていた。
『ネメシスの懐刀』『狂人』
そして神々からつけられた『ロスト』
この事について、ロウグ自体はうまく表したと感心してしまっていた。
しかし主神であるネメシスはただ一人の眷属の2つ名に対し怒りを抱いた。
「あの子は自ら望んで失った訳では無い。
古臭い風潮と愚かな思考回路をした者共の被害者だ。
神々は娯楽を求め下界に来た。我も同じだ。しかし我の愛しい眷属を面白おかしくと蔑んだのなら覚えておくことだ。必ず、必ず後悔させてやる。」
そうネメシスは神会(デナトゥス)で宣言した。
そのせいで幾つかの神からは嫌われており、悪い噂も少なくはない。
ロウグは主神を愛せていない。いつか必ずこの身を元の持ち主に返す。そうしたら本当の俺があなたを愛すだろう。
そう自らの主神に宣った。しかしネメシスは顔を悲痛に歪めていた為にまた自分は失敗したのだと考えてしまっていた。
(例え悪魔と呼ばれようとも。狂人と蔑まれようとも。ネメシス様に害が及ぶようならば俺はーーー何も厭わない。全てを壊そう)
歪んだ心を固くただ固く完成させてしまった。
ロウグの現レベルは6。
オラリオ最強とは言えないし他にもLv6はいる。
それでも実行をしてしまえる程の実力を有していた。
ロウグ
Lv6
力c685 耐久S907
器用A802 敏捷B788
魔力C614
対異常 G
耐熱 H
精神G
槍F
スキル
『消失』
魔法で起こされた現象を左目で吸収する。
吸収できる魔力の規模には限度あり。
『発現』
自身が吸収した魔力による現象を右目を介して発現する。その際に大きさ、速度、密度を変化させられる。
しかし威力は吸収した時の状態から変更できない。
『狂い咲き』
槍に自らの血を纏わせて発動。
血を纏わせる際自らの体に直接槍を突き刺す必要がある。
威力向上、射程超向上。使用してから5分痛覚倍増。
『独り歩き』
自らを恐怖する人に応じて早熟する。
自らの本質を理解した人物に応じ晩成する。
既にLv7には片足踏み込んでいる。
そんな自分でも全ての冒険者に勝つことは不可能だがいくつかのファミリアに再起不能な程に損害は与えられる筈だ。
と、そう考えているとふと前に女将のミアが立っていた。
「全く!なんて顔をしてるんだい!辛気臭いね!これでも食べな!紛いなりにもあんたは常連だからね!これからも金落としてもらわないと!」
そう言って荒々しく果実を投げてくる。
ネメシス様がこの果実を好んでいたはずだ、帰って渡そうと思っていると、ふと店内が騒がしくなった。
否、騒がしいのは1部分で他は平常通り、何事かと視線を向けると、ロキファミリアの狼男が酔っているのか上機嫌で喚いていた。
「アイズゥ!あの話ぃしてくれよ!!
5階そうに居た貧弱なトマト野郎のこと!!」
上機嫌な狼男の様子に主神のロキも何事かと聞く。
「5階?なんでそないな所に?」
「集団で襲いかかってきたミノタウロスがみっともなく逃げ出したんだよ!しかも奇跡かっつぅぐらいに上に行きやがってよ!
そんときヒョロヒョロしたやつがミノタウロスと出くわしたみたいでな?顔を引き攣らせて震えてたんだよ!」
そういいギャハハと笑う狼男。
「間一髪でアイズが助けたはいいが血まみれになって混乱したのか知んねぇけど叫びながらどっかいっちまってよぉ!
本当男の癖に情けねえったらありゃしねえ。ああいうやつが冒険者の品位が下げるんだよ。ホント目障りだよなぁ?」
そう騒ぐ男をエルフの女性が睨む。
「いい加減に口を閉じろ。どのような理由があったとしても17階層のモンスターが5階まで行った。それは紛うことない我々の失態だ。謝罪こそしても、乏しめることは許されん!」
「へーへー。
エルフ様は品行方正ですばらしいことで。
でもそんな役立たずを擁護してメリットはあんのか?雑魚は結局雑魚だろ。地面這いつくばってればいいんだよ。」
「そうだアイズはどう思うよ。お前だってあんな雑魚が同じ冒険者だなんて嫌だよなぁ。
……あぁ?つまんねぇ回答だなぁ。
じゃああいつがお前と番になりたいって言ったらどうすんだよ。はっ無理だよなぁ。雑魚はお前の隣に立てない。何よりも力を求めてるお前がそんな雑魚と隣に立つわけないもんなぁ!」
そういい狼男はまた笑い出す。
「黙れベート!!何度も言わせるな!」
エルフと狼男ベートが言い争い、周りの面々もそろそろ止めるかと発言しようとした時、1人の少年が悔しそうな顔をして店から走り出してしまった。
その様子を見て周りはこの店で食い逃げなんて度胸あるなぁなどといった少し路線が外れたような気がしないでもない感想だった。
ただの食い逃げだったならばなんの関心も抱かなかっただろうが、少年が悔しそうだったと気にかかり、彼の分も支払うことにするロウグ。
そんな彼の胸中は
(あれ?これって俺が注意するべきなのかな?ファミリアの奴もなんかなぁなぁで終わりそう。俺の方がレベル高いし……はぁぁ、災難だ。)
彼は不幸を経験しておきながらある程度の正義感を持っていた。決して得はできないだろう性格をしていた。
そのまま彼が席を立つと。
「…………はぁ。店を壊されたらたまったもんじゃない。やるなら外でか、反撃もさせずに圧倒しな。」
そうミアは告げてくる。
内心求められるハードルが上がったと憂鬱になりながらも彼らの席へ向かう。
自分たちの席に男が向かってきていると、ファミリアの冒険者たちは男に対し奇っ怪な目を向ける。
そのままロウグはベートの座っている席の後ろに辿り着く。
「……あぁ?誰だお前。失せろ」
不機嫌を隠そうともしないような物言いにロウグ自身も少しイラついていた。
それでも彼自身は優しい物言いをしようとしたが5歳まで教養を受けずにいた人生。
口下手な彼は、
「キャンキャン煩いな。犬が。吠えるんなら自分の犬小屋で鳴いてくれないか。」
挑発成分100%な言葉を発してしまう。
どうも。拙い文章ですが読んでいただきありがとうございます
1話で距離を3里と書きました。悪魔祓い等もあって文化がごちゃごちゃと思われると思います。
ただダンまちの神に西洋の神もいれば、日本の神もいたのでそういった設定をつけてみました。
読みにくいと思いますが何卒よろしくお願いします