「ステラ!」
今日も来た。
お世辞にも綺麗とは言えない身なりに、幸せそうな笑顔を携えて。
こんな、なんの得にもならないこと、やめたらいいのに、って。
口に出せない私はきっと、卑怯者なんだろう。
「テゾーロ。」
名前を呼ぶ、それだけで嬉しそうに細まるきれいな瞳が眩しくて、そっと目を伏せた。
今日もまた、格子越しの自由な世界に叶わない夢をみる。
変わらない結末の話
某海賊漫画の世界に、転生なんて非現実的なものをしたことには、割と早い段階から気づいていた。
だからといって冒険をしようとか、原作に関わろうとかは思うこともなく。ただ、星と海が綺麗な世界だな、とそれだけこの世界を好きになって。
この場所で過ごすうち、海軍や海賊を見る機会がある度に、そういえば、と思い出し。ちょっとした非日常にわくわくする程度で。
……だから、自分が例の漫画の劇場版にでてくる、悪役が悪役たる所以で。死亡が確定しているヒロインだなんてことは、全くもって考えもしなかった。
だってステラなんて名前は珍しくもないし、金髪碧眼はもっといっぱいいる。
それに、楽観的にみてもいい生活環境だとも良い親に恵まれたとも言えなかったから、そんなことを考えている余裕もあまりなかった。
そんな中でもこの綺麗と称してもいいだろう容姿と、ステラという名前。大変だけど充実した生活。そして時々見上げる空や海に、愛着を感じ始めてはいたけれど。その容姿のお陰であのクソ親父のギャンブルのために売られたんだからそれも今となっては好きじゃない。
とっくに自立はしていたから、この容姿を飾ったり、美味しいものを食べるために貯めていたお金もみんな取られてしまったし、残ったのは名前とこの身一つ。
見世物のように通りに面した格子に独り押し込められて、冷やかしに覗かれ、下卑た笑みや言動を投げかけられる日々。
ここからは美しい海も、街灯のせいで綺麗な夜空も見えやしない。
それに辟易しながらも、やることはないし、考える時間はいっぱいあったから。
そこで、自分のこの状況がどこか既視感を覚えるものであることに気づいたのだ。
正直、絶望した。
人買いに売られた時点で希望なんて持てやしなかったけど、そこそこ良い物件だからかそう粗末には扱われなかった。
それなら、加虐趣味の人間にでも売られない限りはまだましな環境だろうな、と考えないわけでもなかった。
ずっと悲観していてもどうにもならないし。
ここが少年漫画の世界だからといって、誰かが助けてくれるわけでもないことは知っていたから。
だから、自分の心くらい、自分で救ってやらなければと。
少しでも希望を見出し、心を奮い立たせて。
立って。前を向いて。まだ大丈夫だって。
─────思っていたのに。
私は、天竜人に買われて、そう経たないうちに死ぬ運命にあるらしい。
ばかみたい。
なにが運命だ。
漫画みたいに都合のいいことなんて今まで何一つ起こりやしなかったくせに、ここにきて、運命!
緑髪の男には関わるなって話は聞いていたけど、悪評高いその男の名前はもしかして「ギルド・テゾーロ」?
ふざけてる。
彼が悪役であるために私は存在して、こんなところに閉じ込められてるって?
私は、映画にでてくるようなきれいで心優しい「ステラ」なんかじゃないからな。
それなりに捻くれて、良い性格なんてしてないから、誇れるのは容姿くらい?
あぁ、それならテゾーロにとってはいいことかもしれない。
ステラを買えなかったことが彼をお金に執着する人間に変えたのなら、そもそも買おうと思わなければそんな傷はできやしない。よかったね。
それでも私は買われて死ぬんだ。やってられっか。
いっそのこと、彼も思いっきり傷ついてしまえばいいのに。そうしたって、どうせ映画通りに事が進むだけだ。
「……やな、性格。」
夜の帳は下りた。
今日も、私と同じ名前を冠する星たちは見えない。
震えた声は、誰に届くでもなく溶けていく。
自然と顔は俯いた。目元が熱い。
でも、涙だけは、絶対に流したくなかった。だって惨めだ。疲れるだけだ。
星に願いを、とは言うけれど、泣きたくなるくらいの切実な願いだって実際叶えられるわけじゃないこと、誰だって知ってるんだ。
だから、泣きたくなんかない。
誰かが助けてくれるわけでもないんだから。
私を助けられる人がいたとしたら、きっとそれは私だけ。
それでも、普通に生きる道は、見えてはこないけど。
一度は好きになったこの世界を、嫌いになってしまいそうだ。
─────…………、……、
「?」
ふと、耳に入った、掠れた旋律。
どこか切ない、胸を締め付けるような音たちに、また零れそうになった涙に慌てて顔を上へ向ける。
「…………。」
しばらくそうしていると、段々とリズムが変わり始めた。
アップテンポに紡がれるそれは、悲しみから始まる希望の歌なのだろうか。
思わず笑みが零れるような、ノリのいい曲。
はじめとは打って変わって、声の主も調子が良さそうにその美しい歌声をあたりに響かせた。楽しそうに歌う人だ。
夜に酔っ払いがここまできて私に絡むこともあるから、この人も酔ってふらふらとやってきたのかもしれない。
でもこのあたりは住宅が少ないから、聞いてる人はもしかしたら私だけかな。貸切のコンサートなんて贅沢だ。
そんなことを考えていたからだろうか。
聞く人に歌のような喜びを届ける、素敵な歌声のもち主に、曲の終わりとともに拍手を送ってしまったのは。
「え、」
「あっ、」
彼の声が聞こえていたのだ。
当然、向こうにも聞こえていただろう。
格子の面する通りの向こう側。
黒く影に染まった路地から、靴音が聞こえた。
どくり、と心臓が嫌な音を立てる。
予感がした。
これは、絶対に、いいことじゃないって。
格子の奥、街灯の光も届きにくい影の中に私が身を寄せると同時に、その人はこの檻の前に姿を現した。
その髪は、陽だまりの草原のような、優しい色をしていた。
◇
それから、毎日だ。
毎日彼はここに来る。
最近は、怪我も減ってきて、疲れてるけど笑顔も増えた。
そして、彼は私に言うのだ。
「ステラ。俺が君を自由にする。」
あぁ、嫌だ。
本当に嫌だ。
どうしてそんな、叶いもしない
「君が好きだ。」
私は嫌いだ。
あなたのその、幸せそうな笑顔を見ると吐き気がする。
でも、そんなあなたを突き放せない、わたしのことがいちばんきらいだった。
5話前後で完結予定です。
あと書き手はハッピーエンドが好きだと一応主張しておきます|ω・`)