変わらない結末の話   作:ろまねすこ

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瞬く星の話 後編

 

「私、ずっとあなたのことが嫌いだった。」

 

まっとうなお金じゃなくてもいいから解放してくれたらいいのに、なんて思ったこともある。

毎日、毎日鬱陶しかった。あなたを見るのも嫌だった。

嘘じゃない。本当に思ってたんだ。

あなたなんて嫌いだ。大嫌いだ。

 

「っ、」

 

きらいだったんだ。

だから、そんな優しい目で私を見ないでよ。

 

「嫌いだ……!」

 

卑怯な私は、顔も見ないでそう叫んだ。

 

ふ、と息をついて笑う気配がする。

見上げた彼は、私の言葉に傷ついた心を隠して笑っていた。

そして、噛み締めるように、言葉を紡ぐ。

 

今更そんなことを言われたって、嫌いになんてなれないんだって、気づいてくれないか。

……なんて。

ぐっ、と喉がつまって、声がでなくなった。

 

それは、懇願するような声で。

彼は私に声をかけ続ける。それが全て、私のためであることを知っていた。

 

 

今更、だってこと、わかってなかったわけじゃない。

もうきっと遅いんだってこと、知っていた。

最悪だ。最低だ。

私を好きだと言うこの人を、私の手で暗い未来へ導くことになる。

違う未来があったかもしれないこの人を、私が満たされるためだけに縛り付けた、そのせいで。

もっと早くに、突き放そうとすればよかったんだ。

それかあのとき、初めから、拍手なんてしなければ。

 

今更、彼を突き放そうと、傷つけて、こちらは気遣われて。

それでも、嫌われなかったことに安堵して。

これから、恐らく彼が辿る未来を、哀しいと感じる私がどれだけ厚かましいか。

 

彼の前にいるのが、恥ずかしい。

『ステラ』のように成りたいと、思っても、ここには『私』しかいなかった。

 

 

その日、私は天竜人の噂を聞いていた。

 

 

 

  ◇

 

 

 

「テゾーロ。」

「ん?」

 

声をかければ、優しく返事が返る。

それが当たり前になったのはいつからだろう。

 

仕事を一日中やっているのに、少しでも時間が空いたら彼はここに来る。

そしてたわいもないことを話したり、歌を歌ってくれたり。

拍手をしたのは最初の一度きりだったけど、ずっと、彼の歌が好きだった。

そう、口にすることも、笑うこともしなかった私はさぞかしつまらない観客だっただろうけど。

格子の前で、ただの路上でも、彼のステージはきらきらと輝いて。

その唯一の観客であれることが、こんな私でも持てる、たったひとつの誇りだった。

 

「言いたいことがあるんだけど。」

「珍しいな。どうした?」

 

最近、テゾーロはちょっと犬っぽい。気がする。

いや、言いたいのはそんなことではなくて。

 

「あなたはよく私を自由にするって言うけど。」

「ああ。」

「それってあなたの奴隷であること?」

「え!?」

 

彼の歌を聞いた後だったから、それが明るい歌だったから、そのときは気分がよくて。

ありもしない未来を想像した。もしもの話。

 

「違う、誤解しないでくれ。そういうわけじゃない。

本当に、自由になってほしくて。」

 

顔を青くしながら、慌てたように訂正するのが、ちょっとおかしかった。

 

「ただ、この檻が、邪魔だとは思ってて。」

 

うん。

 

「俺が、君を自由にできたら、また金を貯めて、」

 

……うん。

 

「俺のステージを用意したいんだ。ずっと、夢だったから。」

 

…………。

 

「その、一番初めの観客に、君がいてほしいとは、思ってる。

今度は、格子越しの離れた場所じゃなくて、観客席から、拍手を送ってほしい。」

 

言いながら、段々と声が震えて。顔を赤くしながら、彼は言った。

でも、目だけは逸らされなかった。

 

「……いや、でも、結局同じなのかもな。」

「?」

「俺の描く未来には、ステラがいる。」

 

へらりと、幸せそうに笑って。

 

「……私が、自由になった後、あなたの傍にいる保証はないけど。」

「それは!……そりゃ、そうだけど。

でも、無理矢理じゃ、意味ないから。

そしたら、自由になったステラに、他でもない君に、俺の隣を選んでもらう。」

 

檻越しに口説くより、100倍ましだ。

そのために、金を集めてるんだって、思うことにするさ。

ちゃんとステラが、俺の隣を選べるように。

 

に、っと笑ったその顔が、

 

「むかつく。」

「え!?」

 

自分を助けることができるのは自分だけだと思ってた。

でもそれはただの傲慢で。

とっくに、私は彼に救われていた。

 

あなたの思い描く未来に私がいることが、どれだけ私を救っているのか、彼は知りもしないんだ。

彼と共にいられる時間が、泣きたいくらいに幸せだって。

でも、そうして、彼がお金を貯めるほど、この幸せのタイムリミットが迫ることはわかっていた。

 

だから、街の人間が天竜人の噂をしていようと、驚くことはない。

いつかくる本当の未来は、彼が語るような綺麗なものじゃないこと、私はずっと前から知っていたから。

 

嫌いだなんて言ってもいまさら彼は離れてはくれなかった。

この先の未来にもやっぱり希望は持てなかった。

彼の言うことが残酷なことだと今でも思う。

 

でも、きっとこのときすでに、私の中には変わらない結末が描かれていたのだろう。

 

 

 

「ステラ!!」

「っ!」

 

首に嵌められた重い枷を引かれ、声を出そうとした喉が押しつぶされる。

苦しい。怖い。痛い。嫌だ。でも、

 

「テゾーロ。」

 

これは意地だ。

彼の記憶に残る私は、さぞかし可愛げのない女だっただろう。

じゃあ今くらい、笑ってみせよう。

 

「あなたの歌、好きだった。」

 

笑ってみせるから。

 

「あなたが舞台に立つことが、私の夢。」

 

本当は、そんなの嘘だ。

その隣に私がいられることが、本当の望み。

あなたが語って聞かせたそれが、なによりも望んだ未来。

 

「なにを、言って……、」

 

私のことが好きだと言うのなら、危ないことはやめて、お願いを聞いて。

ねぇ、

 

「幸せになって。」

 

呆然とこちらを見る彼が、そのままなにもしなければいい。

天竜人なんかに歯向かわないで、稼いだお金で夢を叶えてくれればいいのに。

……でも、きっと、彼はそうしてはくれないんだろう。

 

彼は押さえつけられて、私は引きずられるように連れていかれて、距離が離れる。

 

どうして、上手くいかないんだろう。

笑顔さえ、上手くつくれない。

ずっと堪えていた涙が落ちる。

泣いても星は願いを叶えてくれないけど、彼は思いとどまってくれたりしないかな。

 

「………、!……!!」

 

…………あぁ、無理みたい。

怒りに染まる顔で、動いた口は「ふざけるな」?

泣いたって助けてくれなくていいから、もうやめてよ。

あなたが血を流すところは見たくない。

みたくないよ。

だって、あなたを好きになってしまった。

いいことなんてなかった、この世界を好きでいさせてくれる、ゆいいつなんだ。

 

そんなこと、あなたは知らなかったでしょう?

 

 

涙で、視界がぼやけていく。

 

 

 

  ◇

 

 

 

連れられた先で、背中に奴隷の烙印が刻まれる。

 

そこは最悪で、最低で、クソみたいな場所だった。

相手の気分で私たちは死んでいく。

意味のわからない、死んだほうがましな場所。

 

古参の一人が教えてくれた。

 

「あいつは反抗するやつが好きなんだ。絶望した顔が面白いから。諦めたやつから死んでいく。」

 

死んだほうがましだって、死んでくやつもいるけど。

と、仄暗い瞳で呟いた。

彼は14歳からここにいて、今年で3年になると言う。

植物みたいに、成長を観察されているんだと、言っていた。

私はこの何年か先に、フィッシャー・タイガーが来ることを知っている。

その前に私は死ぬみたいだけど、救いがあることは知っていて、でも、彼は知らない。

なのにどうして、希望もない場所で生きてこられたのか、聞いてみた。

 

「妹がいるんだ。2歳下の。俺のこといつもかっこいいって、慕ってくれてたから。情けないことしてられないだろ。」

 

それが唯一の光だと、言っていた。

 

「それ、もう飽きたえ。捨ててこい!」

 

その日、彼は、捨てられた。

奴隷の兵士に引きずられていった。それを私は、見ていることしかできなかった。

あれは私の、未来の姿だった。

 

 

それから、生きるのも嫌だったけど、死ぬのも嫌で。

あまり覚えていないけど、数年経ったらしい。

天竜人には、汚くも生に執着しているのがいいと、一応気に入られているらしく、ゴミみたいになっても生きていた。

諦めて、テゾーロといた時間が幸せだったと、それだけを思って死ぬこともできたけど、そんなお綺麗に死んでいくのは絶対に嫌だと思い直した。

一瞬でもそう考えた自分にふざけんな、と思う。

なんでそんなことだけが、人生で一番の幸せだったと悟りを開いたようなことを考えたのか。

ありえない。ばかみたいだ。

 

そうだ、私はフィッシャー・タイガーがここに来ることを知っている。

なんとか、どれだけ惨めな目にあおうが、そのときがくるまで足掻きたい。綺麗に死んでなんてやりたくない。

最初に私が思ったことだ。

だって私は『ステラ』じゃない!

 

テゾーロといたことが幸せだったなんて、独り善がりだ。

あの時間が幸せであったのは事実だけど、そうじゃない。それじゃない。

私にはもっとほしいものがある。

私は、傲慢な人間だから。

あのとき、テゾーロを突き放せなかった自分が、そう簡単に変わるはずがなかった。

 

 

「……そなたの目は、死んでいないのだな。」

 

まわりが死んでいく中で、生を手繰り寄せて、何年目だろう。

また新しい奴隷が増えていく。

そのうちの一人、黒い髪の、言葉では言い表せないくらい美しい少女が私に言った。

名を、ハンコックと言うらしい。

 

そういう、彼女の瞳も光を持って、美しかった。

 

「わらわには、妹が、いるから。」

 

唇を噛み締めて、涙をこらえて。

それでも情けないところは見せまいと、私より小さな女の子が、この地獄を耐えている。

 

それを見て、やっぱり私は─────

 

 

 

 

 

ある日、一人の女が黒髪の少女への痛ぶりを、かわりに自分へと、望んだ。

生きるのに執着している様を気に入られた女だった。

 

 

その日、金髪の女奴隷が一人、捨てられたらしい。

 




ステラ視点はこれにて一旦おしまいです|ω・)
主人公と映画のステラの違いは、テゾーロに愛されただけで幸せだなんて笑えない欲張りなところにあります。
だから愛されて幸せだったと笑顔で死ぬことはありません。
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