「は?」
その言葉を正しく処理できなかった。
「あの女は死んだえ。」
あの女。
あの女って、誰だ。
「笑っていいぞ。面白いだろう?ほら。」
面白い?なにが。どうして。
思考は止まり続けても、唇は、言われた言葉に忠実に従った。
ここではそれが、ルールだったから。
笑った。
……なぜ。
俺は今、誰の死を笑っている。
─────金の髪がチラつく。
いやだ。
─────青い瞳が細まる。
うそだ。
─────「テゾーロ。」
あ、
「ア゙ア゙ァ゙ァ゙ア゙ア゙ア゙!!」
ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう!
─────「あなたの歌、好きだった。」
そんな、そんなことで、笑ってほしいわけじゃなかったんだ。
「あ、ぁ、」
うそだと、言ってくれ。
目を、強く閉じる。
瞼の裏には満点の星達が煌めく。
拍手が、聞こえて、
─────「幸せになって。」
君もいないのに、どうやって。
そこから先の、記憶は途切れている。
◇
「テゾーロ様!」
「……どうした。」
俺の名前を呼ぶ声に、ぼんやりとしていた意識が現実に引き戻される。
多くある俺のプライベートルームの一室で、近寄るヒールの音を聞きながら、ワインを呷った。
これまでの出来事を思い返せと言われても、恐らく正確には思い出せないだろう。
あの日からすでに13年が経っているのに、まだ、どこかで自分が立ち止まっている気がしてならない。
自分の中では、まだ、この場所に立っている実感が湧かない。
あのときの、ままな気がした。
俺は、数年前の奴隷解放事件の際にマリージョアから逃げ出し、ドフラミンゴとの敵対を覚悟しながらも悪魔の実を得た。
そこからは、今までの苦労が嘘のように事が進んでいる。
まったく問題がなかったわけではないが、新しく部下に加わったバカラのお陰で、このエンターテインメントシティ『グラン・テゾーロ』、……俺の夢を叶える場所も手に入れた。
まだショーを開催することはできていないが、カジノやホテルにはすでに人が大勢入っている。
それも、今夜俺のショーを行うと告知したが故なのだが。
……彼女を諦めていれば、もっと早くにこの未来を手に入れられたのかもしれないな、と、自然と皮肉げな笑みが浮かんだ。
「それが、テゾーロ様に会わせてほしいと言う者が……。」
ヒールの持ち主───バカラが歯切れ悪く言葉を紡ぐ。
俺に会いたいという人間は、今までも一定数いた。
媚を売りたい人間がほとんどだが、記者や、ファンなんかもいただろうか。
だが、じきにショーが開かれるというのに、一体誰が。
そう、怪訝に思う気持ちが顔に出ていたのだろう。
バカラも戸惑いながら言葉を続ける。
「短い金髪の、男だと思うのですが。
ショーの席を予約しているはずだ、と。何を言っても、テゾーロ様に会えば確認がとれるから、の一点張りで。」
予約をしているならそれでいいはずだが。
要領を得ない言葉に、自然と眉間に皺がよる。
「テゾーロ様が直々に招待した方がいるとも聞いていませんでしたが、どうしようかと、判断を仰ぎに。」
困ったようにこちらを窺うバカラに、まぁ、仕方がないだろう、と思う。
まだここでの仕事には慣れていないはずだ。
本来なら問答無用で断るところだが、時間が無いわけでもなし、その厚かましい男の顔を見てやろうと思い、そのように伝える。
聞いてひとつ頭を下げると、俺の休んでいた一室から出て行くバカラを尻目に、ソファに深く腰掛け直した。
天井を仰ぎ見れば、豪華絢爛なシャンデリアが目に眩しい。
手で遮って視界を覆えば、いつかの過去と重なって、ため息をつくように笑みがこぼれた。
目の前には、いつか望んだ自分だけのステージがある。
でも本当に、これが俺の望んだものだったのだろうかと、くだらないことをときどき考える。
確かに俺が望んだもののはずなのに、どうしてこうも、なにかが足りない気がするのか。
大勢の観客の待つショーを目前にしているというのに、なぜこんなにも満たされないのか。
俺だけの舞台がここにあるのに、かつて路上で歌ったあの時のほうがよっぽど輝いて思えるのはなぜなのか。
かつて望んでいたもの全てがここにあるのに、君だけが隣にいないというそれだけで。
それだけで、こんなにも色褪せてしまう。
「ハッ。」
こんなときにまで俺の思考を埋める彼女が憎い。
残酷なことを言う女だった。
俺が何を望んでいるのか知りながら、独りで幸せになれと言う。
憎かった。
そんなことを笑顔で言う彼女が憎くて仕方がなかった。
そして今、俺は彼女のいない現実を呪っている。
エンターテイナーになる夢も叶えた。金も掃いて捨てるほどある。
全てが、この手にあるというのに。
「……きみだけが、ここにいない。」
掠れた声が、思わず落ちる。
何よりも望んだ君だけが、ここにいない。
他のものなら、なんだって、手に入らないものはないというのに。
皮肉だ。
なにもなかったあの頃を、今一番、ほしいと感じている。
なぜ。
なぜ。
なぜ。
答えはいつだって出ない。
なぜ彼女は、あのとき笑ったのだろう。
その先が地獄だと知っていて。あんなにも、美しく。
どうして、彼女自身のために泣いてくれないんだ。
どうして、俺は、彼女の希望であれなかったのだろう。
「…………。」
首を振る。
彼女について考えるといつもこうだ。
答えが出ないと知っていても、ぐるぐると、同じことばかりで。
いまでも、彼女の言葉がチラついて離れないことがある。
もう、どれだけ前のことだろう。
あのとき、俺は、
─────「自分を、助けられるだけの力があればいいのに。」
……俺には今、力がある。
金も名誉も地位さえも。
なのに、彼女の言う『力』がないように思えるのは、どうしてか。
いくら心で問いかけようと、やはり当然のように応えはない。
…………彼女の声も、もう思い出せなかった。
◇
カツカツと、通路から響く足音に、そちらへ意識を向ける。
例の男を連れて来たのだろう。
「……君は観客席に、いないというのに。」
ポツリと、自嘲の笑みと共に言葉がこぼれる。
本当にいてほしい人以外は、広い観客席を埋めるほどにいる。
本当に、皮肉が効いてるな。
歪んだ口元を隠すように指を組むと、ソファから客を見上げた。
バカラの後、入ってきたのは。
細身で、星の輝きをもつ、短い、か、みを
「……は?」
きらきらと。
夜空に浮かぶ色に輝く髪と。
その夜明けの瞳を、俺は知っていなかっただろうか。
そう、間違えようもなく、星のようなその人を。
ずっと、望んではいなかっただろうか。
恐らく、そのときの俺は今までで一番、かっこ悪い顔を晒していた。
でも、相手は、そんなことは気にせずに、
「今回のショー。
観客席の一番いいところは、確か予約が入っていたと思うんだけど。」
綺麗に、笑ってみせた。
確かに俺は、その笑顔を知っている。
情けなく、言葉に詰まった喉を、無理やりにでも動かして。
動揺したままに紡いだ台詞は、やっぱりかっこのつかないものだった。
「、一番いい席、とは、言ってない。」
はず。
どうしようもなく望んだ星に、ようやく、手が届く。