─────あの人は、星を表す記号をもっている。
「カリーナ!?」
「うん?」
唐突にかけられた声が、随分懐かしいものだった気がして、反射的に振り向いた。
視界に入った姿は、想像していた通りの、みかん色。
その後ろにはぞろぞろと、彼女の所属する一味のメンバーが。
「ナミ?」
「そうよ!あんた、こんなところで一体なにして……、ってまさか!?」
唐突に話しかけて、唐突に驚愕をこちらに向ける彼女の言う、こんなところとは、この『グラン・テゾーロ』のことだろうか。
その驚きは、この世界最大のエンターテインメントシティに、私が手を出そうとしているとでも思ったがゆえか。
まったく。
「なに考えてるかなんとなく察しはつくけど、それこそまさか!
ここに手を出すほど身の程知らずじゃないっての!」
「じゃあ、どうして……。」
どうしてもなにも。
「人に会いに来たのよ。その帰り。」
だから船着場にいるんでしょ、と続ける。
私の足の先には、この巨艦から近くの島へと運んでくれる定期便がある。
彼女たちの後ろには、かわいらしいライオンの船が。
それでもナミはなんだか疑わしそうな顔をした。
「こんなところに?」
「こんなところに。」
訝しげな問いに、クスクスと、思わず笑ってしまった。
もしその知り合いが、この街でも有名な人だと言ったら、彼女はもっと驚くだろうか。
数年前、グランドラインのとある島で。
偶然出会った彼女を、賭けで負かしたあの時のように。
「あ、」
時間だ。
思い出に浸るのもいいけど、もう行かなければ。
「じゃあね、ナミ。」
「え、ちょっと!」
ひらひらと手を振って、止めていた足を再度進める。
私の背を追う声を気にとめず、船のタラップに足をかけたところで、ふと、悪戯心が湧いた。
……ううん、それよりも、親を自慢したい子供の気持ち?
もう一度彼女たちに向き直ると、一緒に揺れた星のイヤリングがチリリと音をたてた。
「ね、よかったらあの人に会ってみて!」
言った後、定期便の甲板から船員がこちらを見て困った顔をしているのに気づいた。
どうやら私が船に乗る最後の一人だったらしい。
「あの人って誰よ!?」
タラップを上がりきってから、船の欄干に身を乗り出す。
波風が揺らす髪を押さえて、思わず弧を描いた口そのままに言葉を紡いだ。
「星みたいな人!!」
ウシシ、と笑顔になる私に、ナミは虚をつかれたような顔をする。
その隙を見逃さず、「それじゃあ、楽しんで!」と船着場から離れる船から一方的に叫んだ。
今度こそ、呼び止める声を無視して欄干から身体を引くと、甲板から船の行く先を見つめた。
今度はどこに行こうかな。
「……どこでもいいか。」
きっとどこだって新しいものに溢れていて、私を楽しませてくれるだろう。
あの人と一緒に、海を渡ったときのように。
◇
島に着けば、そこは明るい賑わいに満ちていた。
ここには『グラン・テゾーロ』からの定期便が来るため、それに乗る人や、あの街のホテルに泊まれない人などが滞在している。
それに乗じて、商魂たくましく島の人々も遅くまで働いているため、夜になったというのにこの島は明るい。
あの巨艦もおそらくあと1ヵ月はこのあたりに停泊しているだろうから、この騒ぎもしばらく続くことだろう。
そんな賑わいの中を、軽い足取りで横切って、予約を入れている宿へと向かった。
宿へ入れば、笑顔で女将さんが迎え入れてくれる。
「カリーナちゃん!おかえり。向こうの様子はどうだった?」
この宿にはもう何度か泊まったことがあるため、彼女とは顔見知りだ。
「相変わらず、すごかったわ。」
「なぁに、それ!それじゃなにもわからないじゃないか。
でも、相変わらずならよかったわ。テゾーロ様に何事もなかったってことでしょう。」
「まぁ、そうね。ショーも見てきたけど絶好調だった。」
「あら羨ましい。私も見に行きたいわ。」
一度しか見たことないのよね、と呟きながらも、入ってすぐの食堂のカウンターに座った私に食事をサーブする。
「ありがと。」
ここの料理は美味しいから好きだ。
掬ったスープを口に含むと、あたりをちょっと見回した女将さんが、内緒話をするように顔を寄せた。
「実は、近くであの麦わらの一味の船を見たって漁師がいてね。ちょっと心配だったのよ。
テゾーロ様がどうにかされるとも思わないけど、ほら、あの一味凶悪だって噂だろ?」
その一味に「楽しんで!」なんて声をかけたとはとても言えないな。
私の顔はちょっと引きつっていたかもしれない。
「そ、そうね。」
ナミはいいやつだし、あの一味もいい人ばっかりみたいだから、そう邪険にされるのもどうかと思うけど、彼らがそれを気にしていないなら私が気にしてもしょうがないか。
おそらくそんな噂も知らずに、彼らはあのエンターテインメントシティを楽しんでくれることだろう。
私も一度あの街全てを遊び倒してやろうと思ったが、途方もなさすぎて諦めた。それくらい娯楽という娯楽の詰まった夢の街。
「テゾーロ様も昔は悪い噂の絶えないお人だったけど、きっとあれはガセだね。
今じゃこの島もテゾーロ様のお陰でこの賑わいだ。」
そんな夢の街のオーナー、ギルド・テゾーロは、過去、黒い噂の絶えない人だった。
悪どい商売に手を出しているとか、裏社会と密接な関係を築いているとか。
……まぁ、事実だったりするんだけど。
「そういえば、噂のテゾーロ様の宝物の姿は見た?」
「んっ!?いや、見れてないかなぁ……。」
それでも、彼のエンターテイナーとしての才や、意外と思われるかもしれないが魚人差別などもしないこと、補って余りあるカリスマなど、そのときから人を惹き付けてやまない人ではあったそうだが。
数年前から、そんな彼の悪い噂も途絶えている。
裏社会との繋がりは極力断ち、慈善事業に力を入れているという。
この島もその恩恵にあずかっているため、ここでのテゾーロさんへの好感度はこれでもかというほど高い。
……そんなテゾーロさんが、なによりも大事にしている人物が、私の知り合いで、噂の人だったりするわけだけど。
「ごちそうさま。」
「おそまつさまでした。ゆっくり休んでね。」
「はーい。おやすみなさい。」
カウンターから離れて、割り振られた部屋へと足を向ける。
部屋に入って、一つ息をつくと、ベッドに身体を投げ出した。そして枕に顔を押し付ける。
「~~~~~~!」
なんだか、嬉しいような、そうじゃないような。
しばらく足をばたつかせてから、仰向けになって天井を見上げた。
数年前、あの人と出会ったときを自然と思い出す。
「わっ!ごめんなさぁい!」
「っと、大丈夫だよ。気をつけてね。」
あのころは盗みで食い扶持を稼いでいたから、その日もスリのカモを探していた。
スリなんかじゃそういい金額は稼げないけど、幼かった私にはそれ以外にお金を稼ぐ方法がなかったから。
もっと大きくなったら海賊なんかからも宝を盗んでやろう、とたくましくも考えていた私は、その日、あの人を見つけた。
短い金髪の上に無造作に帽子を被って、顔は影になっていて見えないけど全体的に小綺麗で。
おそらくそこそこ若いのだろう、男にしては華奢な身体に低めの背。
弱そうだ、というのが第一印象で、真っ先にカモに選んだ。
財布を盗るためにぶつかって、返ってきた声も声変わり前の少年のようだったから、いいカモだなとほくそ笑み立ち去ろうとしたら。
「ん?ちょっと待った。」
「え、」
すぐに腕を掴まれて、屈んで顔を覗き込まれた。
「女の子がこんなことやるもんじゃない。」
危ないでしょ、と。
予想外のセリフが返ってきてぽかんとしたのを覚えている。
そのときの私はまだ性差もほとんど身体に表れてなくて、確かに男の子にも見えたかもしれない。だけど、もしそうだったら財布は渡してしまうつもりだったんだろうか、と思うと心底呆れた。
というか、そのことについて聞いてみたらなにも考えてなかったと返ってきてもっと呆れた。
そんな私を見て、眉根を寄せて悩むそぶりをすると、「自分でも吹っ切れたと思うけど、」と前置きをして。
「案外、お金がないくらいはどうとでもなる。ここは檻の外なんだから。」
そうあっさり言うその人を、あのときは冗談でしょと鼻で笑ったけど、今はそれが本当であることを知っている。
会話の後一悶着あって、なにか探しものがあるらしいその人の旅になぜか同行することになり、しばらく経ったある日。
私を気遣ってか、別々にしていた宿の部屋の扉を、ノックを忘れて開けてしまったことがある。
こちらに背を向けてベッドに座るその人は、上半身に何も纏っていなくて、白く柔らかそうな身体についた星型の大きな傷痕があらわになっていた。
緩んだサラシを巻き直そうとしていたらしい。
そのとき、その人の本当の性別を知ったし、想像していたよりも苦労してきたのだということを漠然と悟った。
その傷痕の下に、天駆ける竜の蹄の紋章があったと知って絶句するのはもう少し後の話だけど。
その人とした、長いようで短い旅の楽しさは今でも忘れない。
すごく強いわけではないけど、自分自身で身を守り、一人で旅を続けてきたという彼女に憧れた。
私が今も一人で旅をしているのにはそういう訳があったりする。
でも、探しものがグランドラインにないからと、新世界まで行く行動力はイカれている。
そう思ったし、そう言いもしたけど、あの人は、全く気にしていないようだった。
吹っ切れたのだと、ほしいものは自分で掴みに行くと決めたのだと、そう言っていた。
「…………。」
そんなことまでしてもあのとき、彼女の探しものは、なかなか見つからなくて。
なにかを追うように場所を移動して、噂を集め、たまに新聞を見ては落胆する。
私はそんな彼女を見ていることしかできなかった。
そうして、ようやく辿り着いたのが、『グラン・テゾーロ』だ。
悪い噂の絶えない男が取り仕切るエンターテインメントシティ。
そのときはできたばかりだったけど、初めてのショーが開催されるということで、人も大勢集まっていた。
彼女はその巨艦に乗り込み、そこで一人の女性を見つけたと思うと、その人に突撃していった。
私はびっくりしてその場で固まってしまったけど、あの人がその女性に滅茶苦茶なことを言って困らせていたのは聞こえていた。
何をしているんだと女性が去った後に詰めよれば、バツが悪そうにしながらも、珍しく拗ねたようにぽつりとこぼした。
「別に嘘は言ってない。」
その後、本当の本当に彼女の言った通りだったことに呆然とするより、なんかもう頭が痛くなった。
正直意味がわからなかったけど、私も一緒に一番いい席でショーを見ることができてテンションが上がっていたため、興奮でそのあたりはよく覚えていない。
初めて見たショーはきらきらと星のように輝いて、別世界みたいで、一瞬で魅了されたことだけは覚えている。
ショーの後、隣で拍手を送る彼女に、テゾーロさんが泣きそうな顔で、でも、とても幸せそうに笑っていたのが、印象に残っていた。
そのあとはそれなりに長いこと『グラン・テゾーロ』に滞在していた。
賭博が得意になったのもそこでの経験ゆえだ。
そうしていたら、いつのまにか彼の悪い噂も減っていて。
カジノで大敗した人間は地獄を味わう予定だったらしいけど、それも借金のぶん街で働くか、各地に散ってテゾーロさんの手駒として動くかの二択を与えることにしたらしい。
バカラ姉さんがちょっと嬉しそうに教えてくれた。
そんなこんなで慈善事業をしているのもあって今ではテゾーロさんは一部の人間には聖人とまで言われていたりするそうだ。かつては怪物なんて言う人もいたようだけど。
実際に会いに行った人がこれでもかとテゾーロさんを褒め讃えたことがあるそうだが、それに微妙な顔をしていたことからなんて謙虚なんだ、とまた評価が上がるというこのなんともいえない循環。
私は彼が割とイイ性格をしているのを知っているから彼の心境もさもありなん、といったところである。
また、彼のファンが彼に会うためにカジノで勝ち星をあげ、VIPルームまでいってショーのファンだと伝えたこともあるらしい。それに笑顔で対応してくれたとか、そういった話によってギルド・テゾーロは世の中では人格者であるともっぱらの噂である。
まぁ、人格者うんぬんはともかく、他のことは事実だろう。
彼は彼女と一緒にいるとき以外では、歌っているときが一番幸せそうだし、だからかファンには優しい。
一番のファンとして、彼女がいるというのも大きいのだろうけど。
その他にも、天竜人と対等にあれる唯一の人なのではないか、とよくわからない期待をする人もいるらしい。
確かに、あそこには天竜人も来るようだけど。
テゾーロさんは対等になるよりは、なんとか上に立って天竜人をゴミでも見るように踏み潰しそうだ。あの人の天竜人への目が恐ろしく冷たいのも知っていたりする。
でも、そういったことはあまり私には関係ないかな。
私は、あの街だとバカラ姉さんと一番仲がよくて、話もよく聞くけど、あの人を構いすぎてたまに鬱陶しがられているとか、面白くて、普通の人みたいな話の方がよく知っている。
聖人や人格者という言葉にはいつも首を傾げてしまう。
あと、彼が私のことを可愛がってくれてるのもわかるから、あの大きな手が不器用に私の頭を撫でてくれるのも好きだったりする。
今では『グラン・テゾーロ』は私の帰るべき場所で、家族のいる家だ。そう思っている。
そんな場所に導いてくれたあの星のような人を、親のように慕うのは私としては当然のことで。
彼女の噂が広がればそわそわするし、他の人にだって自慢したくなっても仕方がないというものだ。
「ウシシッ!」
テゾーロさんの隣で、綺麗に笑う彼女はとても素敵で。
私もあんな風になれたらな、と思わないでもない。
でも今は、まだ色んな所を冒険する方が先!
照明のついていない部屋で、未来に思いを馳せながら、意識がふわふわと落ちていく。
今でこそ、彼女の隣にいるのはテゾーロさんだと認めているが、実は初めは、彼女を取られたような気がして、彼に嫉妬していた。
他にもたくさんのものを持っているくせに、どうしてそんなに欲張りなの、って。
彼女がいなくたって幸せでしょ、って。
一度、直接彼に聞いたことがある。
それに、彼は驚いたあと、眉を下げてちょっと情けない顔をして。
彼女と、他の全てのものをかけたら、俺は彼女をとるだろう、って。
それを聞いて、なんだかなにも言えなくなって、誤魔化すように、
「……今、しあわせ?」
繋がらない質問に、パチリと一つ瞬きをした後。
ちょっとだけ子供っぽい笑顔で、彼は言った。
「今が一番幸せだ。」
5話で終わりにする予定でしたが、あと1話、続きます。
よろしければお付き合いくださいm(* _ _)m