斬魄刀ガチャでSCP-444-jpみたいなの引いた   作:はなぼくろ

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 大霊書回廊に二階堂朱玄という死神の出生記録はなかった。彼女は嘗て栄えあった二階堂家の嫡女であるにも関わらずネ。
 では本当は養子だったのか?これも定かではない。流魂街の過去数千年に渡る尸魂界入りした魂魄の戸籍情報の中にも彼女に合致する人物は見当たらなかった。
 何?見落としただけじゃないのかって?
 君はこのワタシを馬鹿にしているのかネ!?
 コホン。兎も角、だ。情報が意図的に消されたにしろそうでないにしろ、ソイツは何故そのようなことを仕出かしたのか、将又本当の彼女の姿は我々とは違う尋常ならざるナニカであったのか。興味の尽きない事案であることは間違いないネ。
 
護廷十二番隊隊長 及び 技術開発局局長 涅マユリの証言



※本話では僕が敬愛する二次創作作家ジャガー戦士さんの作品である東方適当録をリスペクトした展開を多く含んだ内容を描いております。そういった描写を好まない方はご注意ください。
また、本作のせいでジャガー戦士さんに突撃などの迷惑行為をおかけすることがないよう、何卒お願い致します


赤し毛

 思えば、私のチカラへの探求に具体的な指針を齎してくれたのは彼だった。

 彼から身体の動かし方を教えて貰った。霊力の使い方を教えて貰った。闘い方を教えて貰った。

 そして、私の目標は彼だった。彼の背中を追っていた。私よりも身体が大きく、才能があって、強い。明確なチカラの差があるのを知っていたから。

 浮竹は、ちょっと違う。あいつは剣の才能も鬼道の才能も持っていたけど、身体が弱かったから明確にチカラを持っていると思わされたことがない。どちらかというと策士だった。自分の欠点を補えるよう予め策を用意して闘う人間だった。私もそれを見習うことが多かったけど、私の求めるチカラとは少し違った。

 私は確かに勝ちにこそ拘った。何故なら少しでも追いついた気になりたかったから。だから他の人と闘う時は勝つためにどんな手も使った。

 だけど私が真に欲しいのはそんな勝つための方法じゃない。チカラ、技術、腕力、敵を小細工無しに屠る、単純な暴力。

 身近で私以上にその暴力を持っていたのは彼だけだったから、私の目標として彼が添えられたのはそれだけの理由に過ぎない。

 あの時の試合、私が小手先の技術だけで挑んで、あっさりとあの暴力で屈服させられたあの勝負。あれこそが私が欲してやまないもの。

 試合では負けた、しかし勝負には勝った。それがあの闘いの総評だった。他の連中も言っていたし、私自身そう思う。だが、そんなもの私の自尊心を守る為の言い訳に過ぎない。

 技術では勝っていた?だからなんなんだ。そんなものがあっても、暴力には負けた。それが現実、それが真実。

 暴力に勝るものはない。想いも努力も、いとも容易くねじ伏せ否定する暴力には。だから、私はソレを欲する。

 私は手に入れた。斬魄刀を。私だけがこの世に示すことの出来る暴力を。

 あとにあるのは、その証明だけだ。

 京楽春水。お前の全てを否定して私の暴力を肯定させてやる。お前を、その礎にしてやる。

 全ては、父様を殺す、そのためだけに私は存在する。

 

 

 

 

 心が凪いでいる。試合を前にしてこんなにも緊張も高揚も抱かない事は初めてだった。

 ここまで、闘いに対して真摯になったことはない。これから先にもきっとないだろう。

 見据える視線の先には自然体のまま斬魄刀を手にした二階堂朱玄がいて、彼女もまた僕を見返していた。

 その表情は珍しく険しい。あんな顔をする彼女を見るのは初めてだ。いつだって快活な彼女は、試合前にだって不敵に笑っているような人間だ。それだけこの闘いに感じ入るものがあるのだろうか。

 だとすれば嬉しい。僕も同じ想いだ。

 たかが一戦。そう思うかもしれない。負けても、死ぬ事は無い。たかだか訓練の一環に過ぎない。そんなに本気になることじゃあない。

 違う。そんな理屈は僕達の間に存在していない。

 自尊心。それを守る為だけの闘いだ。どんなに言葉で繕っても、結局のところ本質はそこにしかない。大義なんてない。自分が自分であるための矜持、プライドのために僕らは立っている。少なくとも僕にはそれしかない。

 山爺が聞いたら怒るかな?

 浮竹は失望するかな?

 結構だ。正直、そんなものは二の次だ。

 二階堂朱玄という一人の女に勝たなきゃ、僕はもう前に進めない。この先どれだけ努力して強くなっても、必ずあの女の影がチラつく。それを払拭するための闘いだ。

 いつもは気ままな花天も、今回だけは僕の思い通りに戦ってくれると言っている。狂骨はいつも通りだが、それでも僕に力を貸してくれているようだ。

 やれるだけのことはやった。花天狂骨を識り、馴染ませ、思うままに使いこなせるようになった。

 なら、あとは彼女を倒すだけだ。

 証明する。僕のチカラを、花天狂骨との絆を。君に勝って、僕は初めて自分のチカラに納得する。

 

 

 

 

 いつもは喧騒に溢れかえっている道場も、この時だけは静寂に包まれていた。

 抜き身の斬魄刀を構え相対した二人の気迫に、ここにいる死神見習い達全員が圧倒されているのだ。

 

「花風紊れて花神啼き 天風紊れて天魔嗤う」

 

 二振りの斬魄刀を交差させ、舞うように踊り、唄うように斬魄刀に秘められた解号を口ずさむ。

 

「『花天狂骨』」

 

 かくして現れたのは二刀の大太刀。花天狂骨を油断なく構えるのは上流貴族が一つ京楽家が次男___京楽次郎総蔵佐春水。

 

「..............」

 

 相対するのは同じく上流貴族が一つ二階堂家が長女___二階堂朱玄。構えも取らず、ただ手にぶら下がる浅打にも似た変哲のない斬魄刀は陽光を鈍い緋色に反射していた。

 

「こりゃすげえな」

 

 隅の方でいざという時のために待機していた麒麟寺が呟いた。

 両者の間で鬩ぎ合うように振り撒かれた霊圧、とてもじゃないがたかが見習いごときに出せるレベルのモノじゃない。席官クラスか、あるいはそれ以上の。

 

「よくもまあ、これだけの粒っ子共を揃えたもんだ。なあ? 総隊長の爺さん」

 

 独り言のように軽口を叩きながら、麒麟寺は油断なく両者を見据えた。

 これだけの実力者がガチでやり合ってタダで済むとは思えない。致命打が出るようなら事前に止めに入るつもりだった。

 如何に麒麟寺程の回道の使い手とはいえ死んだ魂魄までは元に戻せない。

 ただ傷を治すだけなら彼の部下が出ればいいだけのことだが、「事後」じゃどうあっても間に合わない。そのために始解同士の立会では隊長格二名が見張るという厳戒態勢を敷いている。貴重な隊員候補をむざむざ死なせないための措置だ。

 そんな危険なことなら初めからそんなことやらなければいいじゃないか、と思うかもしれない。しかし、リスクを考慮してもこの訓練の成果は大きいものなのだ。

 実際問題、実践も積まずに始解を使いこなせる死神なんて殆ど存在しない。実際に使ってみないことには斬魄刀の弱点や利点には気付かないものだ。それに気付かずなんの対策も出来なかったせいで、虚との本番戦でそれが露呈して死んでいった隊士の数は少なくない。

 勿論、あんまり危険なようならすぐにこの訓練は取り止める。本番の前に死なれたら世話ないし、隊長格がいつも生徒達につきっきりでいられる訳もないから。

 あくまで今期限りの試験的な導入。そして問題を未然に防ぐ為の措置として総隊長と麒麟寺が訓練に動員されているだけの話だ。

 

 並の死神なら立ち入っただけで酸欠に陥りかねない程の霊圧が渦巻く両者の挟む空間に、平然と元柳斎は立っていた。

 決戦の火蓋を切る前に、二人の顔を見やる。

 

 最早敵しか見ておらぬか。

 

 結構だ。と元柳斎は思った。元柳斎の姿すら見えないほど二人は眼前の敵に集中している。それだけこの闘いにかける思いが強いのか、それとも何かしらの思惑があるのか。どちらにせよ結構。

 これだけ真摯に闘争を求めているなら、きっと、きっと良い戦になる。煮え滾るほど熱く、寒気がするほど洗練された戦いになる。ならば結構。

 

 では

 

 いざ尋常に

 

「始めィ」

 

 

 

 

 初めに動いたのは二階堂だった。歩いて、京楽に近づく。摺り足ではない。まるで散歩でもするように気軽に近づいていた。

 これに対して困惑したのは京楽だった。全く意図が読めない。わざわざ隙を見せるあたり罠ではあるんだろうが。そもそも彼女は刀を構えてすらいない。開始前と同様な自然体のままだ。あまりに無防備過ぎる。

 いつでも切り込めるが、どうするか。悩んだ京楽だったが結局切り込むことにした。彼の斬魄刀が二刀あったこともその判断を後押しした。牽制程度に軽く振ってカウンターを取られたとしても、もう一刀でリカバリが利くと判断したからだ。

 

 間合いに入ったら、斬る。

 

 二階堂が一歩ずつ近づいてくる。間合いまであと七歩、六歩、五歩。四歩。

 

 三歩。

 二歩。

 ____一歩。

 

 

 今ッッッッッ。

 間髪の間も無く、京楽の花天狂骨の片割れがその刀身を閃かせた。ノーモーション。踏み込みのプロセスがないから当たり前だ。

 その刃長と腕力に裏付けされた音速の斬撃が二階堂を横薙ぎに襲った。

 

 おかしな事が起きた。

 

 斬魄刀が空ぶった。二階堂が避けたのではない、彼女は未だ棒立ちのまま。単に京楽が間合いを測り損ねただけ。

 それがおかしな事だ。

 実戦式の訓練を幾つもこなしてきた京楽は剣術に関しては達人と言っても過言ではない。そんな京楽が今更、それも今回に限って間合いを計りかねるのはおかしかった。

 そして、そんな隙をつかないほど二階堂は甘くない。

 脱力。二階堂の身体から意図的に力が抜かれ、まるで糸を切られた人形のように膝から上が崩れ落下する。重力に従って落下する彼女の身体は彼女の踵に圧をかけ、それを踏み込むことで落下のエネルギーは前方へ向かう推力に変換された。

 力みのプロセスを排した踏み込みはまるで動きの起こりを感じさせない。真正面にいるにも関わらず、それは奇襲として成立する。

 一瞬で間合いに入られた京楽。だが焦りはなかった。リカバリがあるから故の平常心ではなかった。ただ「二階堂の動きに全く警戒を抱けなかった」だけ。

 二階堂が無造作に斬魄刀を振るう。その軌道は無慈悲に、京楽の首を狙っていた。

 それに対して京楽はやはり何の焦燥も抱くことはなく、結局それが振り切られる最後までなんのアクションを起こすことは無かった。

 

『何をしているんだい!?』

 

 鈍い音がした。金属がカチ合って散った金属片が火花をあげるような。

 

 そこで京楽の意識が一気に浮上した。いつの間にか、二階堂が目の前にいて、その切っ先を彼の首筋近くまで向けていた。

 

「ぅ、おおおおおお!?」

 

 心底から驚愕した雄叫びをあげながら、無我夢中に二階堂を追い払うように斬魄刀を横薙ぎに振るった。

 そんなことは読んでいた二階堂は彼の腕に起こりが起きる前に俊敏な退き足で瞬時に距離をとる。紙一重の差で京楽の斬魄刀が二階堂の胸を掠めていった。

 

「正直」

 

 緋色の斬魄刀を肩に乗っけながら、二階堂は口を開く。

 

「正直、今の攻撃を躱されるとは思ってなかった。ほんと、流石だよ京楽」

 

 躱した?僕が?京楽は二階堂の言葉に凄まじい違和感を感じた。実際に、京楽が彼女の攻撃に気付いたのは既に事が終わった後だ。

 確かに、斬撃に合わせて花天を滑り込ませることに成功してはいたがそれは京楽の意思ではない。

 目を覚ます前に、「彼女」の声が聞こえた。京楽の持つ斬魄刀、花天狂骨。そのうちの片割れである花天。心象世界で逢った、絶世の美貌を誇る片目の花魁の声が、京楽の目を覚ました。

 であれば、斬魄刀を動かし京楽の命を救ったのはきっと彼女に違いない。

 しかし、今はそのことはどうでもよかった。それよりももっと考えることがある。

 見えているのに反応出来なかった。いや、それでは語弊がある。「反応しなかった」。これに近い。

 殺気を攻撃のその瞬間まで抑えることで気配を消す技術というのは実際に武術の世界に存在するが、これはそんなレベルの話ではない。

 直面する脅威に対して、一切の警戒を抱くことが出来なかった。目の前に熊がいるのにそれに友達感覚で近づいていってしまうような、現実と意識の矛盾。それが京楽を襲っていた。

 そして、それを感じ取っていたのは元柳斎と麒麟寺も同じだった。

 二階堂の一撃、首を一閃する軌道。京楽も防御する気配がなく、もし花天が動かなければ本当に京楽は死んでいた。

 それを未然に防ぐために二階堂らの動きを注視していた隊長格両名も、二階堂の攻撃に対して一切の危機感を抱くことが出来なかった。

 

 訳が分からねえ。技術がどうとか、そんな話じゃない。なんだこの感覚、あの緋い斬魄刀の能力か?

 

 そういえば、あの京楽という死神見習いもさっき間合いを測り損ねていた。もしかすると、それもあの斬魄刀が引き起こした現象なのかもしれない。

 だとすれば、恐ろしい。他の斬魄刀のどんな能力よりも遥かに恐ろしい。

 遠いものを近く感じる。危ないものをそうではないものと感じる。

 幻術系の斬魄刀には視覚情報や聴覚、臭いなどを偽装する能力などがあるが、それらは知っていたらまだ、そういうものだとして対処ができる。

 だが、これは、この能力にはそんな意識的な対処が適わない。

 なぜなら意識そのものに干渉する能力だから。対策を練るための思考自体に致命的なバグを生む能力。そんなものに対する対処法なんて、ありはしない。思考スキームを変える程度でどうにかなる話じゃない。

 現実が現実でなくなる。見るものの像が変わる。これは、そんな能力だ。

 

 花天、いるかい? 

 

 心の内で京楽が語りかけると、自分の中に自分じゃない誰かの意識が存在しているような感覚を感じた。

 

『どうしたのさ、またさっきみたいにバサって斬られるのが怖くなって泣き言を言いに来たんじゃないだろうね』

 

 相変わらずツンとした対応に苦笑いしつつ、「実はそうなんだ」と返した。

 

 僕だけじゃ、絶対にあの斬魄刀とは戦えない。どこかで致命的なことをやらかすに決まってる。でも僕は、今回だけは勝ちたいんだ。

 

『随分と我が儘な。ハァ、まあいいさ。今回はそういう約束さね。私もちょいとくらい手伝ってやるさ。勿論、狂骨もね』

 

 ありがとう。と京楽が言葉を送ると、ふんと鼻息を散らして花天は意識の底へ消えていった。いなくなった訳では無い。彼女の意識が、斬魄刀に宿っていることが分かる。

 自分の思考が信じられないなら、自分ではない誰かに補助してもらう。それが京楽の対抗策だった。だがしかし、完全なものとはいえない。二階堂の斬魄刀の効果はともすれば花天狂骨自体にも及んでる可能性すらある。

 ならば、僕が花天の補助をする。そして花天が僕の補助をする。互いに足りないところを補って、なんとか拮抗してやる。それが京楽の考え。

 

「え?もしかして今のが攻撃?生っちょろくて全然分からなかったよ。もう一回見せてくれるかな」

 

 安っぽい挑発。二階堂も恐らく察しているだろう。だがしかし、仕掛けてもらわなければ困る。

 京楽は初手に間合いを測り損ねた。つまり、今京楽が感じている彼女との間隔は信用出来ない。もしかすれば彼女はもっと遠いところにいるかもしれないし、ともすれば目の前にいる可能性だってある。

 どちらにせよ、自分からは捕捉できない。なら向こうから近づいてもらう以外に切り結ぶ手段は京楽にはなかった。

 それに対して二階堂は、三日月のように口を歪めて嗤った。

 

「いいよ。一合と言わず何度だって斬り合おう」

 

 そう言って、彼女は踏み込んだ。

  

 二刀流の術理とはなんだろうか。単純な話、手数が増える。それだけの話だ。二天一流で有名な宮本武蔵も、「左右の腕が同じ様に使えるならば、一刀よりも二刀の方が有利である」と有難いお言葉を残している。

 じゃあ死神皆刀二本持てばいいじゃん____とはならない。刀を片手で振るのは難しいから、というだけの問題ではない。その程度の問題であれば霊力で腕力が強化された死神なら誰でも条件を満たしていることになる。

 二本持ってても扱いきれない。これに尽きる。どうしても意識が偏って、もう片方を扱うための思考が疎かになるからだ。両手でそれぞれ別な文字を同時に書いてみろと言われても、たとえ両手利きだったとしても簡単な話ではない。

 京楽はいくらかこの弱点を克服しているとはいえ完全に御せているとは言い難い。

 それを解決したのが花天によるサポートだった。二人で剣を振ることで、並列的な思考が可能になり、彼の二刀流は文字通り変幻自在な軌道を描くことに成功していた。

 基本的には京楽が斬魄刀を動かすが、時折京楽の動きに介入して花天が斬魄刀を振る。それはある意味、京楽の視線や呼吸からタイミングの先読みを図る二階堂に対するカウンターとして成立していた。京楽すら予期していない軌道を斬魄刀が描くからだ。

 それでも、京楽の動きと花天の動きが干渉し合うことはない。深層心理でお互いの動きのフィードバックを本能的に互いが直感していたからだ。

 今や彼の動き、技量は完全な連携を取れる達人二人を相手にすることと等しいまでの高みに達している。

 加えて花天狂骨のもう一振り、狂骨のサポートも良かった。

 普通ならば、斬魄刀が主の補助に入った時点で斬魄刀の能力自体を制御する担い手がいなくなる。主の精神に感応して斬魄刀の能力を斬魄刀が運用するのが本来のカタチだからだ。

 こればかりは斬魄刀の意識が二つある故の利点といえる。花天が京楽の補助に入っても、狂骨が能力の運営を担えばいいだけだからだ。

 そして彼女も花天同様、自分の判断で花天狂骨の能力を使用して援護している。

 実質3人がかりで京楽は戦っていた。

 

 それでも尚、二階堂の有利は全く揺るがない。

 

 花天が補助に入ったことで緋烏の能力の効果は半減していたといってもいい。だから京楽の三位一体に対抗しているのは、二階堂朱玄自身の地力。

 刃をあるべき場所へ。極限まで研ぎ澄まされた先読み能力はそんな次元に達している。

 手数が増えたところで関係ない。刃を滑り込ませ、身を躱せばそれだけで全ての刃は彼女を捉えられない。

 如何なる攻撃とて当たらなければ意味は無い。彼女と振るわれる刃を隔てる僅かな空間が、絶対的な壁となって存在している。

 花天の介入による京楽の意識にない斬撃は、確かに二階堂の弱点をついてはいる。なぜなら、彼女の先読み能力には未来予知じみた直感とは違って情報がいる。見たものを過去のデータと照らし合わせて無意識にその最善手を取るのが二階堂の技。そういう意味で、二階堂の見たものと乖離する花天の動きは彼女の欠点を上手くついていた。

 だが、通用しない。それは何故か。それを説明するには、二階堂の先読み能力よりも異質な能力が関係している。

 違和感の察知能力。二階堂はそれがずば抜けていた。緋烏との戦いで否が応にもついた能力だった。

 先程も言ったが、二階堂の先読み能力は現実の情報を参照する。しかし、緋烏の前ではあらゆる現実が虚像に見えてしまう。そんな中で彼女は一体どこから情報を見出したのか?即ち、現実との乖離からくる極僅かな違和感であった。

 歪んだ現実を感じ取った違和感で以て正常な現実へ変換する。二階堂の持つ能力はそれだった。

 故に、花天が動くことで生ずる京楽の動きに反する霊圧の違和感を読み取って容易くそれらを対処することが出来ていた。

 

 京楽はぼろぼろだった。全ての剣戟を捌く二階堂は時折攻撃目的に刃を差し込み、京楽はそれを迎撃できず幾つもの傷を負っている。

 致命傷に至っていないのは狂骨が『艶鬼』を適切に防御のために使ってくれているから。

 

 艶鬼、花天狂骨の持つ異質な能力の一つ。普通、斬魄刀の能力は一振りにつき一つだ。火を噴いたり雷電を鳴らしたり、斬魄刀の特色、性質を表した能力をそれぞれ一つ持っている。

 それに反して花天狂骨は他の斬魄刀と違って幾つもの能力をもつ。一応は「遊びを模した能力」という取ってつけたような一貫性こそあるものの、それぞれの能力は全く別物。艶鬼もその一つ。

 艶鬼は色鬼を能力で形容した能力だ。そのチカラは身に纏うものの色に依存する。

 黒と言えば、自分が黒の服で全身を覆っていたなら自身の攻撃力があがり、自身が受ける攻撃もまた擦り傷だろうと致命傷レベルに傷を悪化させる。正に諸刃の剣だが、その防御能力は絶大だ。自身の身にまとっていない色を言えば自身の攻撃力が極端に鈍る代わりに相手の攻撃も殆ど受け付けなくなる。自身の目的に合わせて色を変えていけば強力な能力だといえる。

 このように、花天狂骨には遊びに即したルールを敷く能力がある。その多彩性は強力だ。____本当の真価は「そんなところ」にはないのだが。

 

 二階堂は京楽の攻撃を上手く捌き、的確に斬撃を出し続けていた。それに対し京楽はほぼ攻撃を防がれている。

 一方的。そうとも見えた。

 

 だが二階堂は戦慄していた。京楽達の放つ斬撃の軌道が洗練され正確になってきている。彼女と刃を阻む数cmの壁を着実に削り取っている。

 京楽の目に怖い光が宿っている。諦めていない。それは二階堂にも分かった。

 二階堂はただ、その光に、____嫉妬した。

 

 元々、二階堂は京楽に嫉妬していた。

 身体が強い。才能がある。斬魄刀とも良好な関係を築いているようだ。

 そのどれも、二階堂が手にしていないものだらけだ。

 3年の月日を無に帰されたあの戦い。二階堂は実は酷く落ち込んでいた。気丈に振舞ってこそいたが、やはりたった一ヶ月で自分を超えていった京楽に傷ついていた。

 先天的に持って生まれた能力の差。凡人の努力は天才にとって大したものではない。そう言われているような気がした。

 次の日に鬼道で打ち負かしこそしたが、それは自尊心を保つためにやったことに過ぎない。本当は剣で勝たなきゃ意味がない。

 二階堂は努力した。幾千幾万も烏に身を啄まれ殺され、その先に強さを掴み取った。

 その高みに今、京楽が僅かに手を掛けようとしている。ただの一戦だけで、彼女が自身の万の死骸の果てに至った高みに。

 そこへ見えない力___彼の斬魄刀が彼の背中を押しているということは、違和感に機敏な二階堂は察していた。

 彼らのようには、自分はきっとなれない。才能もない、助け合い背中を預けられる自分の魂を分かち合った相棒もいない。チカラに愛されていない。こんなにも求めているのに。

 

「..............やる」

 

 噴き出す感情は彼女がこれまで理性で抑え込んできたもの。それを、緋色の鳥が齎したストレスが崩していた。

 だから、これは彼女自身の本音。

 

「殺してやる」

 

 暴力報復のルサンチマン。それが彼女の本質。

 

 

 

 

 二階堂が何かをポツリと呟いた。京楽がその意味を察する前に。

 

 轟ッと、信じられない力が京楽の肉体を砕いた。

 

「ブァガッ!?」

 

 あまりの威力に、京楽の身体が勢いよく吹っ飛んだ。艶鬼の防御越しに顔面に刻まれた斬撃が、京楽の顔面を破壊し、折れた鼻からぐじゅりとしたジェルめいた血が噴き出す。

 

 なんだこれは。なんだこれは!?

 疾過ぎる、強過ぎる。意識がとびかけた。こんな力、一体どこから!?

 

 霊力による身体強化。それを普通の死神は霊力を全身に纏うことで可能にしている。全身に行き渡った霊力が筋肉を構成する霊子に満遍なく行き渡り、筋力アベレージを全体的に向上させている。

 二階堂のやったことは、その応用。行われる全ての関節駆動に逐一全ての霊力を収束させ、信じられない威力を発揮させていた。

 その機動力は音速を遥かに超え、その瞬間的な膂力は数十トンはくだらない。

 今の二階堂の身体能力は、瞬間的に隊長格すら凌ぐ。

 京楽は勿論、麒麟寺すらまともに二階堂の姿を追えていなかった。

 

「おい、爺さん!」

 

 麒麟寺が元柳斎に怒声を投げ掛ける。止めなければ、京楽はおろか二階堂の命も危うい。

 強力な身体強化、だが霊体の方がそれに適応出来ていない。このままあの動きを維持していたら、二階堂の身体がバラバラになって死ぬ。 

 そう思って元柳斎に呼びかけたが、彼は微動だにせず、ただポツリとなにか呟いた。

 

「よもや」

 

 酷く、侮蔑に満ちた表情で二階堂の姿を目に捉えながら今度はハッキリと言った。

 

「よもやここまで弱くなっていたとは」

 

 

 

 

 吹き飛ぶ京楽の先に、二階堂が一足で辿り着くと、再び京楽をぶった斬った。艶鬼で防御された京楽の身体はそれによって切り裂かれることはないが、威力自体を殺すことは出来ず、まるで鈍器に叩かれたような痛みを京楽は味わっていた。思わず、その手から狂骨を取り零してしまった。

 ピンボールのように弾かれる京楽を二階堂が追う。そこには先程まで見せていた洗練された技術の面影は欠片ほども存在しない。ただ腕力でぶん殴る。それだけ。

 最早、二階堂が自身の怒りをまるで御していない。思わぬ弾みで押された彼女の中の暴力装置が唸りをあげて暴走していた。

 自身の筋肉が断裂し、全身の肉がグズグズになっていく感覚が分かる。だがそんなことどうだっていい。

 

 もう、才能だとか、斬魄刀だとか、そんなことはどうだっていい。ただ目の前のこいつを殺す。

 ぶん殴って、はっ倒して、ぶっ殺す。お前の全てを否定してやる。

 それだけが二階堂の全てだった。

 

 それに対して京楽は冷静だった。

 空中を吹き飛びながら体勢を立て直し、斬魄刀と自身の足に霊力を回し強化する。

 

 激突。

 振り下ろされた斬魄刀が水平に構えられた花天狂骨とかち合った。

 重い。気を抜けば潰されかねない。二階堂のただの浅打じみた薄い刀身に花天が罅をたてて砕かれようとしていた。

 だが、十分だ。

 

「狂骨ッッ!」

 

 ズプリと。二階堂の足に影から延びた京楽の斬魄刀が、貫通して太股まで深く突き立てられていた。

 罠だった。ここで京楽が正面から二階堂を迎え撃ったのは、二階堂を足を止め影鬼で機動力を削ぐための罠。取り落とした狂骨を遠隔起動させ二階堂の隙をついた。

 

 花天狂骨の真価。それは手札の多さ。多彩性とは趣きがちょっと違う。

 戦いにおいて最も重要な要素、それは情報。敵がなんの能力を持っていてどんな武器を使って、どんな強みがあるのか。そんな情報。

 あるのとないのでは全く戦い方が違う。相手の手札を知っているから対策を立てて最悪の事態を回避しながら戦うことが出来るのだ。

 命のやり取りにおいて、未確認の情報とはかくも恐ろしい。相手の能力が初見殺しならむざむざ死ぬしかない。

 その点において花天狂骨の能力はとても恐ろしい。その能力の一つ一つに関連性が見いだせないため能力の予測が不可能に近い。しかもそのどれも強力。手札の殆どがジョーカー。

 実際、影鬼を読めなかった二階堂はまんまと引っかかった。彼女の驚異的な先読み能力も、ジョーカー相手には意味をなさない。

 

 だが、警戒することなら出来た。何が来ても臨機応変に対応できるように柔軟に対処することが二階堂は得意だったが、今回それを放棄していた。だから隙をつかれた。

 

「ぅああああああッッ!」

 

 灼かれるような痛みに身を任せ、京楽を弾き飛ばす。京楽は凄まじい力で壁に叩きつけられ血を噴いたが、それだけだ。まだ彼は戦える。

 

「相変わらず、天才的だ。もう、そう長く刀は振れないかもしれないね。認めるよ、君の方が、僕より強い」

 

 だが、と京楽は立ち上がり、花天を正眼に構える。その目には相変わらず強い意志宿っていた。

 

「その足でさっきまでの速さが出せるか?僕に追いつけるか?悪いけど、何が何でも君に勝ちたいもんでね、僕はなんだってする。ここから鬼道で君を一方的に屠る。だから、僕の勝ちだ」

 

 京楽の言葉に嘘はない。二階堂の足は影鬼の斬撃によって腱が切れ、歩くことすらままならない。そんな足では、満身創痍とはいえ瞬歩を使える京楽には追いつけない。

 鬼道で対抗しようにも、彼の斬魄刀の能力で刻まれるのがオチだろう。二階堂に勝ちの目は、最早なかった。

 

「負け?.........私が?」

 

 違う。そんなわけがない。確かに、足は動かない。身体はズタボロで剣ももうろくに振れない。だからといって、私はまだ負けていない。

 私にはまだ____「アレ」がある。

 

「私はまだッ、負けちゃいないッッッッッ」

 

 叫び、緋色の斬魄刀を京楽に差し向けた。

 

 その時の感覚を、京楽は後年になっても見定めることが出来ていない。彼女が「なに」をやろうとしていたかは分かる。彼自身それを修得してからそれを悟ることが出来た。

 だからこそ___「それ」と「これ」の決定的な違いに、京楽は途轍もない違和感を感じるのだ。

 

 空気が死んだように凪いだ。先程まで迸っていた二階堂の霊圧も、全く感じなくなった。そんなものは「これ」にいらないとでも言うように。

 京楽の未来予知じみた直感が、ある警鐘を鳴らした。つまり、自分は今日ここで死ぬのだと。

 

 呪いの言の葉を二階堂が紡ぐ。

 

「卍か_____」

 

 馬鹿もんがァッッッッッ!!!!

 

「痛ィ___ッッ」

 

 痛えええええええ。と地面に伏した二階堂が転げ回った。その頭は、元柳斎によって押された特大のゲンコツの跡が巨大なコブとなって腫れ上がっていた。

 先程の異様な空気はなくなり、いつもの空間が戻ってきた。二階堂も、傷つきはしているがいつもの風に戻ったらしく、涙目になって翻筋斗を打っている。

 

「貴様、あの体たらくはなんじゃァ!折角、折角良き戦いになっておったのに、貴様のアレで全て帳消しじゃ。おい、聞いておるのか朱玄!」

「い、今それどころじゃ.......」

「問答無用!」

 

 今更になって身体強化でボロボロになった痛みが襲ってきて割と洒落にならないことになっている二階堂を元柳斎が容赦なくしばいていく。

 痛みと理不尽に割とガチ泣きしている二階堂を見て、京楽は心の底から同情した。

 

「離せィ、麒麟寺隊長!そやつを殴れんだろうがッッッ!」

「いやいやいや、気持ちは分かりますが一旦落ち着きましょうや。まじでその子死んじゃうから!」

 

 誰か二階堂を医務室に運んでやってくれ!俺はこの爺さん止めるので手一杯だ!と麒麟寺が叫ぶ。

 呆然と戦いの行く末を見守っていた他の生徒らも、そこでようやく我を取り戻した。

 漫才のようにやり取りする元柳斎と麒麟寺に苦笑いしながら、浮竹が二階堂に駆け寄っていく。京楽の傷も深いが、二階堂のそれはもっと酷い。京楽に負わされたダメージよりも身体強化の反動が凄まじかった。

 ひとりじゃ立てんだろうと二階堂に近付いた浮竹だったが、いつの間にか隣に立っていた京楽に制せられた。

 

「僕が連れてくよ。どのみち、僕も行かなきゃならないしね」

「いや、しかし。いいのか?お前も傷は浅くないだろう」

「正直、意識が結構朦朧としてるとこはあるけど、これくらいならなんとかなるよ。それよりも、浮竹には僕と彼女の斬魄刀の回収を頼みたいんだ」

「まあ、お前がそう言うならそれでいいさ。任せとけ」

 

 言葉を交わすと、最後に京楽は浮竹に「ありがとうね」とだけ言うと両手に二階堂の身体を抱え、瞬歩で消えていった。

 

 

 

 

「おい髭」

「なんだい?あんまり喋ると傷に響くよ?」

「それは嫌だから手短に済ませるぞ。あー、なんていうか、その、色々ぶん殴って悪かった」

「それはお互い様さ」

「あと、次は私が勝つ!」

「それは寧ろ僕のセリフさ」

 

 

 

 

 輝かしかった、真央霊術院での記憶。その幕は一先ずこれにて。

 では、瀞霊廷を嘗てないほどの恐怖と惨劇に陥れた罪人 二階堂朱玄の話の幕を上げよう。




こちらが戦闘描写ライト版になります(当社比)
あるぇ、おかしいな。明らかに文章量が増えている。
もしや僕はミーム攻撃を受けているのでは?

Q主人公負け過ぎじゃね?
A当初の予定では勝つはずだった。だが書いてるうちになんか負けていた。な、何を言ってるかわからねえと思うが(ry

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