斬魄刀ガチャでSCP-444-jpみたいなの引いた   作:はなぼくろ

9 / 10
緋色の鳥よ

 ここ数十年、夢を見るのが怖い。

 最初の数年はあの緋色の鳥が私に何かをする事は無かった。私は最初、それは奴が私を恐れているからだと思っていた。それは多分間違いではなかったのかもしれない。自分を殺した相手を警戒するのは当たり前の話だ。

 ではその後はどうするのか。殺された、警戒する。なんのために?

 全ての行動や、物事に対する姿勢には目的がある。最終的に何かしらのカタチになることを望んでいて、その為に生ある者は動く。意味のないことなどない。

 では、奴はなんのために私を注視していたのか。

 単純な話だ。奴の全ての行動は自身以外の全てを捕食する、その目的にだけ収束する。

 私の様子を窺っていたのも私を恐れていたから遠巻きにしていたのではない。捕食者が獲物を弱らせてから食らうように、奴は私が弱るところを虎視眈々と待っていた。

 

 刃を差し込む、迫っていた鉤爪はしかしその勢いを衰えさせることはない。私の膂力でそれを押さえ込むことは出来ないと知っていたから、滑り込ませた刃で横から力を掛けてソレの軌道を逸らす。

 それでも完全に躱すことは出来ず掠めた凄惨なまでに鋭利なソレは私の腕の肉を抉り取っていく。

 コンマ数秒の攻防。

 それが絶え間無く私を襲う。

 息をつく暇などない。無呼吸。酸素を求める本能を抑えて最小限の動きだけで致命傷に至りかねない攻撃だけを凌ぎ続ける。浅い傷は全て無視だ。一々そんなものに対処していては手数が足らなくなる。意識を一瞬でもそちらに割けば、途端に拮抗は崩れて一撃で私の命に届くことは分かりきっていた。

 身体が着実に削れていく感覚が分かる。自分の身体の体積が減っていく。しかし運動機能に影響はない。まだ戦える。

 熾烈。緋色の羽毛に包まれたかの鳥の攻撃は既に目で捉えきれるものでは無い。身体が反射的にそれに対応しているだけ。速くて強い。それだけなのに、こんなにも脅威的。

 距離を取っても意味が無い。奴には見せかけの距離など通用しない。そんなことのために使う体力すら惜しい。

 最早、私は奴に勝つ事を諦めていた。刃を奴に向けて差し込む余裕がない。相打ち覚悟でも、刃が届く前に私の腕が消し飛ぶ。

 元々、奴と私ではチカラは奴の方が遥かに勝る。以前一度だけ奴を討てたのはただの偶然に過ぎない。数千数万繰り返した激闘の一つに奴が敗北する流れがあったに過ぎない。それだけの力量差が私達にはあった。

 そして、その流れが完全に潰えるだけ奴が強くなった。それだけのことだ。

 勝ち目のない戦い。それでも抵抗するのは事態がこれ以上悪化するのを遅延するため。

 私を喰らえば喰らうほど奴は強くなる。私が負ければ私より強いアレは更に強くなる。そうなれば私は段々と奴に対処出来なくなって、ただ死ぬ為に夢を見るようになる。

 屈辱。それを僅かでも払拭したいがために戦うのではない。自尊心の塊のような私だが今回ばかりは義務感があった。

 私は、こいつを私の中に留めなければならない。

 予感があった。いつも獣めいた反応行動しか取らないが、こいつには確実に知性がある。

 一度負けたから確実に勝てるまで数十年待つ。ただの獣に出来る芸当ではない。だがそれを実際に実践している。それが出来るということ、そこには複数の意味が込められている。

 一つは奴には知性と共に感情があること。仮初めとはいえ死ぬことに本能的な恐怖を覚えている。まるで生物のように。

 死がない獣なら、多少の危険があろうが私を喰らいに来るはずだ。一度や二度死のうが無限コンティニュー出来るなら関係ない。確率から考えて自分が死ぬ可能性は低いので、それを無視して私を喰らいに来た方が数十年待つよりずっと効率がいい。死ぬことにさほどデメリットもないのだから、もし奴が機械的に行動を取るような獣ならそういうふうに実践するはずだ。

 それをしないということは少なくとも恐怖を覚えるだけの知性が存在するということ。だがそれは吉報ではない。寧ろを真に戦慄させる程の脅威的な要素だった。

 死を恐怖する。だから生き物は死なないために工夫を凝らす。それが何よりも恐ろしい。

 ただ力が強い、動きが速い。それだけなら恐怖には値しない。対応策ならいくらでもある。真に恐ろしいのは工夫すること、考えること。思考。学習。人間や魂魄のような知的生命体が持つ最強のチカラ。それを奴も持っている。ただでさえ奴の方が強いのに。

 確実に堅実に相手を殺すために工夫する。罠を張る。試行錯誤する。私がしてきたことを奴も真似る。油断もなく、そのためだけに全思考を割き全霊を掛ける。そんなものを相手に万に一つも勝ち目があるはずもない。

 そして二つ目。奴の目的とやらが、ただ単純に私を喰らうことではないということ。

 でなければ死に恐怖していても、目的のためにその程度のデメリットは飲む込むはずだ。知性があるならその程度の判断が出来る。

 でもそれをしない。死を恐れているからではない、その行動には合理的な理由がある。つまり、奴の目的は私を喰らうこと自体にはないということ。

 そして、それには私を喰らうという過程が必要なのだろう。死ぬのが不都合なのだろう。数十年忍耐を続けるだけの理由があるのだろう。

 あれだけ狡猾なヤツの目的なんて、想像するだけで寒気がする。だが、考えた。必要な事だと思ったからだ。

 私を食って奴は何を得る?

 強くなる。

 なんのために奴は強くなりたがっている?

 少なくとも主人である私を蔑ろにしている以上、私のためでないことは確かなことだ。

 奴が強くなっても私と戦う以外に使い道はないだろう。それに、奴は私よりも強い。それならこれ以上強くなる理由は見当たらない。

 私を弱らせて、自分は強くなる。そして、奴の行動目的は最終的に他の存在を喰らうことに収束する。そのためだけに全霊をかける存在があの鳥だ。私を弱らせるのも強くなるのもそのための手段。ならば、

 

 奴は外に出たがっている? 私の腹を食い破って?

 

 ............全ては憶測に過ぎない。根拠は無い。考えすぎなのかもしれない。

 だが、そんな考えが過った時、背筋が凍りつくほどの悪寒を感じた。加えて、奴相手に考え過ぎなんてことはないとも思った。

 このことを知るのは私以外にいない。対処できるのも私しかいない。

 私だけがこいつを止められる。もっとも、私に出来るのはせいぜいが時間稼ぎくらいだが。

 

 私が死ねば奴を止められるのかもしれない。私の斬魄刀なのだから奴の運命は私と連動しているはずだから。

 だが、それが奴の目的だとしたら? 私を弱らせて死に至らしめることが解放のトリガーだという可能性もある。

 勿論そうでない可能性もあるが、確証なくそれを行動に移すことは出来ない。下手を打てば取り返しのつかないことになるかもしれないのに。

 

 私から打てる手はない。ただ、一度の死を遅らせることしか出来ない。ズタボロになって死ぬその時まで時間を稼ぐ。それを何度も何度も。気が遠くなるまで。

 いずれ私より強い誰かが私を滅ぼすまで。私より強いあの鳥を確実に討ち滅ぼせる誰かが私の目の前に現れるまで。

 山爺も卯ノ花隊長も、私に勝ててもしかし、あの鳥に勝てるとは思えない。もっと強い存在が現れることを希う。

 希望はある。卯ノ花隊長に傷を負わせ、彼女の脳裏に鮮烈なまでにその存在を刻んだという誰か。あるいは零番隊。それに匹敵するナニカ。

 彼らがその姿を現すまで私は待ち続ける。

 死ぬために、殺される為に殺され続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、時々思う。私はなんでそんなことをしているんだろうかと。そうするためだけの価値が、命にあるのか。

 

 

 

 

「朝だよ!お姉様!」

 

 小さな影がこんもりと膨らんだ布団に飛びかかる。

 ジャンプからのダイビングを敢行したソレは小柄な童女だったが、重力加速度によって確かな威力を備えられた彼女の身体は立派な鈍器として機能し、布団に包まれた朱玄の身体を強かに打ち据えた。

 ぐぇ。と轢かれたカエルのような声を朱玄があげる。

 そんな姉の姿が面白いのか、キャッキャと笑う童女の頬をむんずと朱玄の指先が摘む。ぷに、と幼子特有の軟らかい感触を感じながら朱玄は笑顔で童女を見据えた。その額には僅かに青筋がたっていた。

 

「お、おはよう朱音、相変わらずスリリングな朝をどうもありがとう」

「ふふふ。どういたましてだよ! お姉様。これからも毎日やってあげるからヨロシクね!」

「畜生、子供だから皮肉が全然通じてねーわ」

「女の子が畜生とか言わないの」

 

 おみゃーにだけは言われたくないわ。と朱玄は思いながら、指先に力を込める。

 キャーと痛がりながらも笑う自身の妹を見ると微笑ましくなって思わず口端があがった。

 二階堂朱音。朱玄の妹。今年で二百十三歳になる。

 年齢に比べて見た目が幼いのは魂魄の性質上、精神に肉体が引っ張られるからだ。心が若ければ歳をとっていても見た目は若く見える。年齢だけでいえば結構近い卯ノ花と元柳斎を見れば納得出来ると思う。

 朱音はそんな魂魄から見ても年齢不相応な見てくれをしていた。普通二百歳も年をとっていればある程度相応に精神が成熟するのが常だからだ。

 にもかかわらず、朱音の容姿が幼いのは精神が未熟だから___ではなく精神が若いままだからだ。

 若いことと未熟なことは少し意味合いが違う。未熟ということは物事の判断が儘ならないことを指すが、朱音はそのへんの分別がついていた。二百歳も生きているのだから当然だ。

 要するに、朱音は好奇心が旺盛なのだ。

 人は歳を取ればとるほどその行動は鈍重になる、何かをすることに気疲れを覚えるからだ。そして、それまでの経験で視野が固定されて興味が一部に絞られるようになる。

 朱音にはその兆候がなかった。なんにでも興味を示す、そして積極的に動く。時折無限に体力があるんじゃないかと思ってしまうほど精力的な子供が持つ積極性を朱音は失っていなかった。それ故の若さだった。

 

「今日は隊首試験? なんでしょ? 早く支度しないと遅れちゃうよ」

「正確には隊首試験ではないんだが、まあそんなことどうでもいいか。起こしてくれてありがとね」

 

 でもおねーちゃん、もうすこーし優しく起こして欲しかったなー。と言う朱玄に朱音が胸を張って、ふんすと息を鳴らして答えた。

 

「手段を選ばないのが私の信条なのです!」

「少しは遠慮ってものを覚えなさいよコラ」

「無遠慮なのが私のチャーミングポイントなものなんでね............」

「この野郎」

 

 一々怒っていても仕方が無いと諦めて、寝巻きの腰紐をしゅるりと解いていく。着替えの死覇装はどこにやったかなと辺りを見回すと、ニヤニヤと朱玄を見やる朱音が視界に入った。

 

「今度はなんだよ、私のお着替えシーンがそんなに楽しいか?」

「えっ、いやそんなんじゃないよ。同性の見たってなんも面白くないしね」

「反応がマジっぽくてなんか逆に腹立つな」

 

 拗ねたような反応を示す朱玄に、朱音は困ったように笑った。

 朱音は朱玄のことが好きだった。勿論、家族として妹として慕っていた。彼女が自身に親愛の情を向けてくれることもそうだが、朱音が朱玄を弄るのは大人ぶる彼女が時折見せる子供じみた反応を見るのが楽しいから。

 だから弄る、絡む。だが、ここ最近はそんな気になれていなかった。

 

「だってお姉様、最近寝ていなかったし、いつも疲れたような顔してたから。でもここ最近はリラックスして眠れていたようだったから私、嬉しいの!」

 

 驚いて、朱玄は目を瞠った。

 朱音は見た目不相応に聡明な子だった。それを知っていたから心配をかけまいと隠していたつもりなのに。思っていた以上に彼女は他人の機微に鋭かったようだ。

 そして驚く以上に、嬉しかった。自分の心配をしてくれる、そればかりか思いやってくれていたであろう朱音の心意気が嬉しかった。

 今朝のダイブも彼女なりに自分のこと考えてくれていた上でのスキンシップだと思えば、僅かにあった苛立ちも霧散した。

 くしゃりと、朱音の頭を撫でてやる。擽ったそうにする彼女を見て、朱玄は腹に温かいものが溢れる感じがした。

 

「最近ね、卯ノ花隊長に良い夢が見られるおまじないを教えて貰ったんだよ。それが効いたのかもね」

「卯ノ花さんが?どんなの?」

「夢の内容を日記に書くんだってさ。寝ぼけてるから大体意味が分かんないこと書いてるんだけど、最近悪い夢は見なくなったなあ」

 

 実際、最近はあの鳥が出てくる夢を見ないようになった。結果、眠ることで休息を取れるようになった。

 確かに、今まででも眠れば現実での疲労は回復できていたが精神的にキツかった。昼間は死神としての業務を行い、夜は貴族の狸共と議論し、夢の中ではあの糞鳥と殺り合う。実質的に休息出来るタイミングがなかったのだ。

 流石の朱玄もこれには参っていた。が、ここ最近は充分な睡眠と心の安寧を維持できていたので大分精神的に回復してきていた。

 

「なにその日記めっちゃ読みたいんだけど」

「日記なら机の引き出しに閉まってあるぞ」

 

 聞くや否や朱音は朱玄の漁り始め、あることに気がついた。

 

「あの、引き出し開かないんですが」

「そりゃそうよ。鬼道で封印してるし」

 

 引き出しの取っ手に手をかけたまま微動だにしない朱音を見て朱玄はフッと笑った。

 

「えー、見せてくれるんじゃないのー?」

「誰が見せるか。どうせソレをネタに弄る気マンマンだったんでしょうが」

「ちっ、バレたか」

 

 我が妹ながらタチが悪い。と朱玄は思った。保険として引き出しに縛道で空間固定をかけてよかった。

 まあ、ぶっちゃけ彼女の悔しがる顔を見たかったから日記の存在を明かしたのだが。

 

「まあいいや。表の方に浮竹さんがもう来てるから早めに行きなよ。私はお姉様起こすために早起きしちゃったから今から二度寝かましにいきます」

「ほいほい、おやすみ。あんまり寝過ぎるなよ」

「分かってるよー」

 

 手のひらをヒラヒラさせて欠伸しながら去っていく妹を見て朱玄はクスリと笑うと、斬魄刀を腰紐に佩いて改めて決意を固める。

 

 朱音を護る。母を護る。爺やをはじめとする召使達を護る。絶対に。私が生きているうちに、彼女達を護れるだけのチカラを二階堂家につける。

 そのためならなんだってする。

 今日、彼女は自身の上官と死合う。彼女はそのことに思うことが無いわけではなかったが、迷いはなかった。

 確かな殺意をその瞳に湛え、足を踏み出した。




同名タイトルっていけるんだなって初めて思った(小並感)

Qオリキャラいっぱい出てきそうな雰囲気あるけどタグ付けいるんじゃないの
Aすぐいなくなるのにいらないかなって

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。