魔法少女リリカルなのはStrikerS 【ブレイカー】 作:凡人Mk-II
「任務の完遂を確認。これより自らの存在を抹消します」
一人の十歳にも満たない少年が、片手に手榴弾のような小型の何かを手に持ち、ピンを引いた。付いているタイマーが動き始め、59、58、と爆発までの刻限を刻み始める。少年が持っているものは、爆発すれば人一人など肉片すら残らないレベルの威力がある。少年は、バリアジャケットも纏っていなければ、魔力も使っていない。もう片方の手には黒い銃が握られているが、この状況で銃器など役に立たない。
――ああ、懐かしい
何年前の話だったろうか。自分がまだ、自己が無く、ただ命令を聞くだけの機械であったのは。
「(夢……か)」
昨日、あれ程に酷い研究施設を見たからかもしれない。こんな夢を見ているのは。
少年は、自分の命があと数十秒で終わる事を気にしていない。理解はしていても、何とも思っていないのだ。利用され、使用され、命令を実行するだけだと教え込まれたのだから当たり前だった。このままいけば、跡形も無く、誰の記憶に留まる事も無く、この世から消滅する。
でも、大丈夫。あと十秒もしない内に少年の運命を変える相手がやって来る。
カチリ、カチリと秒数を刻むタイマーが三十を切ると、少年の目の前にあった分厚い扉が、まるで落ちた豆腐のように砕け、飛び散った。
「さて、観念してもらおうか外道……ど、も?」
もうもうと立ち込める煙の中から出てきた艶のある黒髪の女性は、端正な顔を歪め、修羅のような形相をしていた。表情から察せる彼女の感情は憤怒。しかし、それはすぐに驚愕へと変わった。何故なら、彼女達が追ってきた違法研究者達は、少年の足元に死体となって転がっていたのだから。一瞬だけ目を丸くし、体が固まっていたが、すぐに少年へと問い掛けた。
「……これは、お前がやったのか?」
軍人のような堅い口調で問い掛けられるが、少年は一向に返事をしない。ただ、時間が過ぎていくだけだ。
「やれやれ、物騒な物を持っているな?」
一瞬だった。
声が聞こえると同時にいつの間にか懐に入られ手を握られていた。この時は、転移魔法の類かと推測していたのを覚えているがそれは間違いだ。何の事はない、少年の手を掴んでいる女性が出鱈目に速いだけ。そう、少年が全く認識出来ない程に。
「子供がこんなものを持っちゃいかん。親にそう教わらなかったか?」
勿論、少年に親などいない。訳のわからない実験によって生まれた少年には血の繋がった人間すらいないのだ。だから、女性の言葉は一種の冗談と相手の反応を見るためのものだったのだろう。
「敵対勢力と判断。任務遂行の障害を排除します」
一切成立しないコミュニケーション。少年にとって、言葉とは命令を受諾した際に発するだけのもの。それ以外の意味を知らなかった。予想通りの反応だったのか、女性は顔を歪めた。今度の感情は悲痛、同情、研究者達へ向けられた怒り。
「すまないなぁ、ちょっと荒っぽくなるぞ」
少年が秘める実力を感じ取った女性は、一度爆弾を持っている少年の片手を思いっきり握った。完全に、簡単に力負けした少年の手から爆弾が宙へ。それを目にも止まらぬ速さで掴み取った女性は、今度こそ転送魔法を使って爆弾を外へと転移させた。
ちなみに、後日聞かされた話では、この爆弾あと十数秒で爆発するはずだったのだが、外に規格外の処理班が待機していて、事なきを得たらしい。流石は零課の人員達。色々と化け物ぞろいである、とディンは思う。
《敵能力、及び危険性、規格外と判断。出力100%で対応します》
――この頃のこいつはまだこんなに機械っぽい口調だったけか
今ではあんなにはっちゃけた事になっているが。デバイスであれ、人間であれ、良くも悪くも変わるという事なのか。
「ふぅ……仕方ないな。お姉さんが相手をしてあげよう」
《貴女は女傑、女丈夫の方が適切かと思われますが》
「っはっはっは、言うじゃないかこいつ」
至近距離で空いている片手で大げさに、黒艶の髪を掻き上げて胸を張りながら朗らかに笑う女性。戦闘前とは思えない気軽な態度だ。今思えば、この気軽さは実力差からくる余裕であると判断出来る。尤も、そんな事、この時点では少年には分からない。
「まぁ、先程言った通りちょっと荒っぽくなる。許してくれよ?」
女性が言い終わると、何かが顔面にめり込んだ。
この日少年は、『完敗』の言葉の意味を身を持って知る事になる。
「っ!」
夢から覚めると、ディンはベッドから思いっ切り跳ね起きた。
《ど、どうしました、マスター?!》
すぐさまジャッジメントが眼前に移動して来る。声からして焦って心配しているようだ。それもそのはず、しばらくディンは寝起きの際に跳ね起きるような事はなかったのだ。昔、よく悪夢を見て寝起きが最悪だったのも彼女を心配させる原因である。
《大丈夫、ですか?》
震える声は、子供を心配する親のようだ。
――こいつのこんな声、久しぶりに聞いたな……
通常運転時の彼女はものすごくはっちゃけている。それは今までの行動からも分かるし、もう慣れたものだ。だから、こんな彼女の声を聞くのは久しぶりだった。
「ああ、大丈夫だよ。昔の夢を、母さんと、初めて会った時の夢を見ていただけだから」
《あ、あの時の、ですか……》
ジャッジメントにしては珍しく、たじろいだような声を出す。
「もしかして、まだ昔の事を根に持ってる?」
《は、はは……私からすればあれはトラウマですよ》
まぁ、ディンもジャッジメントの気持ちが分からないでもない。あの日、母に会った日にぐうの音も出ない程ボコボコにされたのだから。
バインドで動きを止めようとしても、壊され躱され、砲撃を撃って直撃させても平然としている相手をどう攻略しろと言うのか。挙句の果てにはこちらの収束砲を直接拳で『砕いて』きたのだ。今まで多くの魔導師を見てきてが、母ほどの強さを持った相手には未だに誰一人として会った事はない。と言うか、あのレベルの人間が三、四人いて敵に回ったら管理局が壊れる。逆に仲間になってくれるなら世の中もっと平和になっている事だろう。そんな人物が数人いるなど、絶対に有り得ないのが悲しいところだ。
「トラウマかぁ……僕は別にそう感じた事はないけど」
《あの人、マスターの前だと人格変わるじゃないですか……》
げんなりとジャッジメントは愚痴を言う。ディンも母に溺愛されていた自覚はある。何せ、いつもは軍人っぽいような口調である母は、自分の前だと豹変すると言っても過言ではない。
――行くぞ、突入だ!
語尾に、キリっと、擬音が付きそうなぐらい凛々しいのであるが、大抵ディンの前だと
――ディ~ン、お母さんだぞ~
こんな感じになる。風呂も一緒に入って来るのだからその溺愛ぶりは半端ではない。
《親馬鹿を体現したような人でしたからねぇ。全く、マスターにいかがわしい画像を見せようとしただけで怒る何てどうかしてますよ》
「そうだな、お前あの時、本気で母さんにブッ飛ばされそうだったもんな」
そもそも、子供にそんないかがわしい画像を見せようとする時点で怒られると思うのだが、ディンは何も言わないでおいた。
「ふぅ……ちょっと早起きだな」
いつもの起床時間よりも一時間程早く起きてしまった。ここでは訓練は出来ないし、外でするにも他の局員に目撃されると非常に面倒な事態に成りかねないので、ジャッジメントと会話をして暇を潰すのもいいか。
「今回の件で、どう判断が下されると思う?」
《う~ん、上層部が英断をしてくれましたからねぇ……話しも拗れていないようですし、問題は起きないと考えますけど》
ディンは概ね彼女の意見に同意だった。あの世界へ自分を向かわせたのもそうだが、発見されてからの対応の早さは昔と比べると雲泥の差だ。これもまた、腐った人間達が居なくなった結果なのか、あの事件の効果なのか。レジアスの手腕が優れているのも一因であるのだろう。それか、レオンがまた裏で色々とやったのか。ディンの知らぬところで動きがあったのは言うまでもない。
「明日、レオンと……クロノ提督が率いる部隊が回収に向かうそうだけど、人員の構成はどうなってる?」
《レオンさんはいつも通りですね。海の方は、クロノ提督の部隊ですしエリート揃いかと》
「上手くやれるといいけど」
《レオンさんなら大丈夫ですよ。問題なのは、まだ施設に稼動している実験体がいる事です。あの個体が残っていたら流石に犠牲者が……》
先の言葉をジャッジメントは言わなかった。言うまでも無い、あの個体が数匹いれば被害が出るのは当然だ。レオンの実力からすれば撃破出来るだろうが、他の隊員は一人でやれる相手ではない。それをレオンは分かっているはずだ。なのに、彼はディンを呼ばなかった。
「ゆっくりしてろとは言われたけど、露払いは僕の役目なのにな」
《あの人の事ですから、何か計画があるのでしょう。今頃クロノ提督と顔合わせでもしてるんじゃないですか》
「真面目な人って聞いてるから、レオンと話してると色々と大変そうだけどね」
戸惑うクロノの表情が幻視出来てしまってディンは苦笑する。きっと、この部隊に顔を出しに来たら隊長達も大変だろう。特に女性陣は。
「……」
一旦会話が途切れ、ディンはベッドへ仰向けになって倒れる。あの研究施設のような真っ白の天井ではなく、心を落ち着けてくれるような薄い茶色の天井がある。
「(すごかったよな)」
思い出すのは、あの研究施設でパニックにもならず冷静に実験体へ対処していたシャマルの姿だ。表情を悲痛、怒りに染めておきながら、戦いとなればその場に合った最良の戦術を最速で繰り出す。
あのような場所にいて、あんな物を見て、それでもシャマルは揺るがなかった。芯が強い、精神的に強い、だけでは決して納得出来ない。こう言っては何だが、普通の人間はあの施設を見れば、吐くかパニックを起こす。
だが、彼女はどうだった?瞳には恐怖はなかったし怯えている様子もなかった。むしろ、部屋に入り、人のなれの果てを見て、怒る余裕すらあったのだ。正常な人間なら無理だ。先に自分の事が優先され、吐くか喚き散らす。それは至って自然な事だ。そう、普通の人間ならば。
「(あの人は、気味悪がっていた、同情していた、怒っていた。どれもこれも、初見であの場所では有り得ない感情だよな)」
精神的に強いのも、勿論あるのだろう。だが、ディンはどうしてもそれだけでは納得出来なかった。何故かは分からない、ただの勘だ。
「(僕は……怒っていた。うん、ただそれだけだったな)」
自嘲気味に自分への評価を下す。施設に入る時は大抵心の奥底では怒りがある。研究への怒り、理不尽への怒り、命を弄ぶ技術への怒り。種類はあれど、どれも怒りだ。ジャッジメントに言わせると泣いているらしいが、よく分からない。涙を流していないのだから泣いてはいないだろう。
「なぁ、ジャッジメント。スカリエッティが言っていた事は本当だと思う?」
昨日の狂学者が言っていた。ゼスト・グランガイツ率いる部隊を殺したのは自分だと。聞いた瞬間頭が沸騰して正常な思考が出来なかったが、今考えてみるとあの男が真実を言っているとは限らない。
もしかするとこちらを撹乱する目的があったのかもしれないのだ。局のデータベースへハッキングして情報を抜き出すぐらいならば、スカリエッティは意図も容易く出来る事だろう。自分が作られた存在だと知っている事からも、それは明白だ。
《分かりません。しかし、可能性はあります。真実ならば、あの男の手にはゼストさん達を倒すほどの実力者がいる事になります》
ふざけていない、平坦な口調でジャッジメントは質問を返してきた。
「本当なら――この部隊で死傷者が出る確立は大、だな」
ディンは知っている。どれだけゼスト・グランガイツという騎士が強かったのかを。ランクだけでは測れない人間的な強さ。それをゼストは持っていた。ランクも当時では最高のS+。なのはと同じランクだ。そのゼストが殺された。副官である、クイント・ナカジマとメガーヌ・アルピーノの二人はAAランクで、揃えばSクラスの人間にさえ匹敵したと言うのに。
「死なせたくないな」
ディンは、この部隊が極めて優秀な人員で構成されており、皆が皆、覚悟を持って仕事にあたっている事も理解している。何よりも良い人達だ。
しかし、誰も死なせないために、自分は一体何が出来る? 現状で自分が出来る事など、考え付く限り戦う事ぐらいだ。この部隊での役目は連絡役なのだから。教導でも出来ればと思うが、残念ながらそんなスキルは無い。教えた事も無い人間が教導に参加しても足を引張る結果にしかならないのは目に見えている。ならば、他に何が出来る?……何も無い。
「僕って無能だなぁ……」
《――え?》
何言ってんですかこの人? とでも言いたげなジャッジメント。この反応は主であるディンの技量を知っているからこそである。仮に、ディンが無能であるのならば、世間一般の人間達は塵レベルである。戦闘技能において、他の追従を許さぬ力を持ち、尚且つデバイスの整備などが出来る時点で無能では決して無い。故に、ジャッジメントの反応は至極当然だ。
《マスターは優秀ですよ、それこそ超が付くくらいに》
「あんまり、そうは思えないんだけどなぁ」
悪い癖だ、と思いながらもディンは自分への評価を変えられない。あの時こうしていれば、もっといい方法があったのではないか。あれこれ考えて深みにはまっていってしまうのは昔から変わらない。
歴史にIFが存在しないように、出された結果にもIFはない。悪い部分を反省し、次へ生かすのは有益であっても、もしもの事を考えるのは無益だ。所詮それは空想。決して現実に成らない、成りえない虚像なのだから。状況に対して最善を尽くしたのならば、その結果は受け入れるべきものだ。否、受け入れなければならない。
「……」
ディンは寝転がっていたベッドに沈ませていた手を掲げて、掌を見る。昨日、何十体もの実験体を殺すために引き金を引いた手だ。もう、数えるのも億劫な程引き金を引いた手。戦いで引き金を引いたその中で、救うよりも、殺した数の方が圧倒的に多い手。殺したくないと、傷つけたくないと願いながらも、誰かを助けるために戦い、命を奪い続けている現状。普通の局員とは全く違った立場にいるとはいえ、命を奪った事実が消える事は一生無い。
奪ってきた命にどう償えばいいのだろう?
何度も自問自答しても答えは返って来ない。今の自分に出来るのは、局員として与えられた役割を果たす事だけだ。
《マスター、そろそろ時間ですよ》
「うん、分かった」
ベッドから降り、ディンはいつもの制服に袖を通す。そして、いつものように顔へ何も感じていないような、動かない表情を張り付けた。
「行くぞ、ジャッジメント」
《はい、マスター》
ディンは部屋を出る。自らに与えられた役割を全うする。それが奪ってきた命に対しての贖罪にもなるだろうと思いながら。
どうも凡人Mk-Ⅱです。
最近リアルが急がしすぎて更新が滞っておりますが、ご了承ください。
そういえば、この話し、今まで一番主人公が喋っているような?
とりあえず、一ヶ月に一度は絶対に更新していきたいと思います。
感想、指摘なども受付けておりますのでお気軽にどうぞ。
では