魔法少女リリカルなのはStrikerS 【ブレイカー】   作:凡人Mk-II

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第十三話 落涙

模擬戦の合図が下されその時、観戦していた人間全てがそれを目撃した。ディンの魔力光である黒い光が一筋の線、漆黒の奔流と成りフェイトへと襲い掛かるのを。

 

「早過ぎる……」

 

なのはの口から言葉が零れる。その言葉は砲撃を回避したフェイトの速度に、ではない。常識外の間隔で砲撃を撃ちまくるディンに対してだ。

 

「嘘……」

 

ディンの実力をシャマルはこの中で一番知っているとは思っていた。だが、それは違ったようだ。あの時見せた力など彼が秘めるものに比べれば小さな物だったのだ。

 

戦況は刻々と変化する。砲撃だけでは埒が明かないと判断したのだろうか、ディンは砲撃から射撃へと戦法を切り替えた。それをフェイトが射撃魔法で迎撃する。が、ディンの放った射撃魔法がフェイトのプラズマランサーに触れたその時、内側から破裂し、膨張する。

 

ディンが放った射撃魔法が一発一発破裂するごとにフェイトの動きが若干ながら鈍くなり始める。彼女の周囲に濃度の高いAMFが展開され始めているのだ。いや、展開というよりもあの射撃魔法がAMF濃度を濃くしている。気になったシャマルは、クラールヴィントに調べさせようかと思った矢先、すでにレイジングハートに調べさせていたなのはが、解析結果を見て驚きの声を上げる。

 

「これって――まさかMF?!」

 

なのはの目の前のホロウィンドに示される数値が異常な値を弾き出していた。

それだけではない。ディンの魔力運用のデータも、レイジングハートが観測する限りの物が送られてきている。それを見て、なのはは目を輝かせる。

 

「すごい……すごいっ!」

 

なのはの口調が興奮した時のものに変わった。まるで、宝物を見つけた子供のように。

教導官であるなのはは、時折こういった一面を覗かせる。魔法を他の局員に教える立場にある分、知らない魔法に関しても敏感なのだ。なのはが知らない魔法を見つけると爛々と目を輝かせるのはいつもの事であった。

そんななのはを見て新人達は少し驚いていた。教導中のなのはは、新人達からすれば凛々しい上官の一言に尽きるのだからこんな子供のような面があるとは思いもしなかっただ。いつもの事だからかヴィータは溜息、シャマルを含めた隊長陣達は苦笑していた。

 

「でも……信じられないわね」

 

「ああ、全くだ」

 

この中でフェイトとの模擬戦回数が最も多いシグナムの驚きは、表情にこそ出ていないが大きいものである。フェイトは速度だけならば、隊長陣の中では間違いなくトップ。まして、相手はミッド式の魔道師であり機動性は、フェイトと比べるまでもない。それが全く近づけないでいる。

 

シャマルにとってもこれは驚きだった。数多くの戦士を見てきたが、フェイト並みの速度を出す相手に出会ったかと問われれば首を傾げる。それだけフェイトは速いのだ。だが、その速度が全く通用しない。ディンが速いのではない。ディンの射撃と砲撃の前にフェイトが近づけないのだ。ディンの長所とフェイトの長所。二つがぶつかり合い、前者が勝っている。

圧倒的な速度に対し、絶望的な制圧射撃と砲撃が飲み込もうとしていた。

 

「う~ん……」

 

スバルが行われている戦闘を目にし、首を傾げていた。表情から、ディンやフェイトの実力に驚いているのではなく、何かを思い出そうとしているように見える。

 

「どうしたのよ?」

 

「え……あ、うん……その、やっぱり何処かでディンさんと会った事があるような、気がするんだ」

 

「はぁ? 少なくとも訓練校とか、前の部隊では会った事無かったわよ?」

 

ティアナとスバルは訓練校からの付き合いで、前に配属していた部隊での、二人のコンビネーションは評判が非常に良かった。その事で、シャマルが良い関係だと褒めると、ティアナはちょっと頬を赤くしてそっぽを向きながら「腐れ縁なだけです」と言った。ツンデレ気質があるような彼女らしい反応である。

 

「ううん、ティアと会うよりもずっと前……うん、やっぱり何処かで会った事ある」

 

うんうん、と首を縦に振るスバルであるが、何処で会ったのかは思い出せないらしく、また首を傾げた。

 

「何処で会ったのか思い出すのは後にして、今は模擬戦見て学習しろ」

 

ヴィータが注意すると、スバルが謝り、戦闘の観察に集中した。

 

それから一分と経たぬ内、ディンが大きな動きを見せる。彼の周りに集まっていく魔力。魔力は足元へ魔法陣を描き、黒い輝きを放つ。同時に、何かが降り注ぐ太陽の光を遮り、シュミュレーターの周囲を翳らせる。全員が、その光を遮っている物を見た。

 

「うはぁ……只者やないって思ってたけど、ここまでかいな」

 

上空に巨大な魔法陣が展開していた。はやてに動揺があまり無いのは、やろうと思えばディンと同じような魔法が扱えるからである。新人達が聞けば目を引ん剥くかもしれない。

 

そして展開された魔法陣から殺到する黒い雨。しかし、フェイトは掠りもせずに時には弾丸を切り裂き、時にはスピードでもって振り切る。地面に建っているレイヤーによって編まれたビル群は跡形も無く吹き飛んでいく。

 

「……?」

 

破壊されていくビルを見て、シャマルはその破壊痕に、昨日見た惑星の痕に酷似していると感じた。規模は比べるまでも無いが、それでもどこか似ている。完璧に、というわけではないが、他人に意見を求めれば、似ていると答えるだろう。

 

「(いえ、考え過ぎね)」

 

あれは、天災クラスの被害だった。誰がやったにせよ、一人で成せるような事ではない。最近、どうも疑り深くなっている気がするシャマルは、考え過ぎだと思考を止め、模擬戦を見守る。

 

「妙ね……」

 

「どうかしたのかよ、シャマル」

 

唖然とする新人達を尻目にシャマルはディンの取る戦法に違和感を禁じえずにいた。あれだけの量の弾丸を躱せているのは……成る程、確かにフェイトの実力もあるだろう。しかし、客観的に離れたこの場所から見ていると明らかにおかしい点がある。

 

「弾幕が薄い場所がある。それも複数個所」

 

「はぁ? そんなの当たり前だろ。あんだけでっけぇ魔法なんだ。完全に制御する事なんて無理だろ」

 

それにはシャマルも同意だ。――相手がディンでなければ、の話しであるが。

実際にディンが力を振るうのを見ているシャマルからすれば、機械のように緻密で綿密な射撃をするディンが、弾幕が薄い箇所が存在する事が、酷い違和感となってシャマルをざわつかせる。

何かを企んでいる。参謀役であった経験からシャマルは判断する。尤も、その企みが分かった所で、何も出来ないのが現状なのだが。

 

「ふ……お前のその顔に目、久しぶりに見たな」

 

「え?」

 

シグナムが微笑しながら懐かしむように言う。思考の海に沈んでいたシャマルはシグナムの言葉に引き上げられる。

 

「参謀役の顔、鷹と言うよりも蛇か」

 

「むぅ~~シグナム、蛇って酷くない?!」

 

「さっすが、守護騎士一の腹黒だな!」

 

などと、今更過去の事を弄られるシャマル。参謀役、というイメージからかけ離れたシャマルにスバルが模擬戦の最中であるにも関わらず吞気に首を傾げた。

 

「シャマル先生って、全然そんな感じしないですけど……」

 

「おいおいスバル。油断すんなよ? 気ぃ抜いてっと後ろからズボっとやられんぞ?」

 

過去、旅の鏡というリンカーコアを摘出する魔法で後ろからズボっとやられた事のあるなのはが、意外と笑えない冗談であったりする。過去の出来事なので、シャマルもなのはもすでに気にはしていないにしても、苦笑の一つぐらいは出るのは仕方ない。

 

「もうそんな事はしないもんっ!」

 

「も、もうって……シャマル先生」

 

暗にした事がある、と自白したシャマルに、若干新人達が距離を取る。いつもにこにこしている医者の裏の顔を見た気分のようである。

 

「まぁまぁ、もう昔の事なんやから、あまりシャマルをいじめたらあかんで? それに、その経験のお陰でシャマルやって戦域管制も出来るんやから」

 

「そ、そうよね!」

 

必死に誤魔化しているシャマルだが、新人達からすれば、シャマルが戦域管制までも出来る事実に驚いていた。激しい模擬戦が繰り広げられる中、何とも緩い会話である。

 

 

「お、フェイトが動くみたいだぞ」

 

新人達は兎も角、隊長陣は到って冷静に戦況を分析する。まるで、それが強者の証だとでも言うように。その隊長陣の様子を見て一人、ティアナは悔しげに拳を握りしめているのを、観戦に集中しすぎていたシャマル達は気付かなかった。

 

「フェ、フェイトさん……」

 

「す、すご……」

 

フェイトがバルディッシュを剣へと変え、振るった衝撃波によって無数の弾丸を押し戻したのを見て、エリオとキャロは声を漏らした。優しく、笑顔が似合うフェイトの桁外れの実力を二人が直に自分の目で見るのは初めてである。

普段のフェイトとはかけ離れた姿を驚くのは致し方ない事だ。誰だって、保育園で優しく笑顔を振りまくお姉さんが、デバイス片手に大暴れしたら呆然とするのは当たり前である。

 

横から縦へ、フェイトは刃を振り下ろした。天空に座す魔法陣が雷と魔力でもって形成された刃によって二つに分かれる。好機を逃さず肉迫するフェイト。

 

「入った!」

 

確信を持ってなのはが声を上げた。完璧なタイミング。だが、なのはの確信に反対するように今度はシャマルが声を上げる。

 

「まずい!」

 

シャマルの言葉に、なのはが振り向く前にそれは起きた。

雷電と高魔力を纏ったフェイトの刃をディンは真正面から銃身より発生させた漆黒の刃によって受け止めた。それも片手で。

 

「冗談、だろっ?!」

 

信じられない光景に、ヴィータが声を張り上げた。

バルディッシュの3rdformから打ち下ろされる雷電と高魔力を纏った斬撃は、砲撃の比ではない。まともに受ければ防御に秀でたヴィータ、なのはでさえ危険なのだ。受け方を一歩でも間違えれば剣技に出色しているシグナムも多大な被害を被る。

 

刀身が巨大である事から、戦法はヒット&アウェイが最も有効であり、速度を乗せた一撃は特殊加工された防壁すらバターのように切り裂く切れ味を持つ。

それが容易く片手で受け止められた。タイミング、戦法共に完璧であった。残りの魔力を振り絞って飛翔し、刀身を振り下ろす姿は、閃光の異名に恥じないものであった。少なくともシャマルにはそう見えた。

 

受け止められた事に目を見開くフェイト。ディンは、もう片方の銃身から魔力刃を発生。そのままフェイトの腹部を横薙ぎに払う。

たったそれだけで、糸の切れた人形のように、フェイトは前のめりに倒れる。意識を刈り取られたのだ。

 

「(全て計算済み、か……)」

 

初めから終わりまで、ディンの頭の中には勝利への道筋がすでに見えていたのだろう。そうでなければ、あそこまで簡単に事が運ぶわけがない。

 

気を失ったフェイトを片手で抱きかかえて、ディンは降りてくる。顔色から、疲労は全く窺えなかった。

 

《少々焦りました。まさかあそこまで速度が出るとは》

 

ディンの言葉を代弁するようにジャッジメントが言う。ディンの右手からは、未だにフェイトが最後に放った斬撃の雷電が付き纏っていた。それも、彼が一度拳をぐっと握り締めると途端に消えてしまった。

 

「テスタロッサ隊長を医務室へ運んでもよろしいでしょうか?」

 

あれだけの戦闘をしたというのに、ディンの口調はいつも通り、息一つ乱れていない。疲労を特に感じていないらしい。

 

「分かった。シャマル、フェイトちゃんをお願いな?」

 

「了解。任せてちょうだい」

 

ジャッジメントがいつもの丸い宝石の形態へ戻り、ディンを包んでいたバリアジャケットも解除される。片手が開いたディンは、両手を使いフェイトを抱きかかえる。所謂お姫様抱っこだった。フェイトを異性と全く意識していないディンは、平然としている。

 

「それじゃ、解散。フォワード陣はこの後訓練や」

 

了解、となのは達は返事をすると、そのままシュミュレーターへ走って行った。その場に残ったのは気絶しているフェイトを含めて、五人。はやて、シグナム、ヴィータ、シャマルだ。医務室へと足を向けようとしたディンを、はやての言葉が止めた。

 

「まさか、ここまで強いとは思わなかったわ」

 

「本局のエリートにそう言ってもらえるとは、光栄です」

 

それは皮肉なのだろうか、とシャマルは思う。はやても、そうとっているのか、一瞬口をへの字にしたが、すぐに口を開いた。

ディンからすれば、これは皮肉でもなんでもなく、率直な事を言っただけなのだが、彼を深く知る者でなければ分かるはずも無い。

 

「ま、後々なのはちゃんから質問攻めにされるやろから、心しておきーな?」

 

「機密に関するものでなければお答えします。もう行っても?」

 

「ん、ええよ。あれくらいならそこまで心配する必要もないんやけどな」

 

非殺傷であるから、気絶した程度で済んでいるのである事をシャマルは重々承知している。あれがもし、殺傷設定で放たれていれば、今頃フェイトは胴体が真っ二つになっていただろう事も。

はやても、それは分かっているのだ。フェイトに斬撃が直撃する前に、ディンが手を緩めた事も。

 

「意外と優しいんやね?」

 

《そこまでお見通しとは。恐れ入りました》

 

まいった、と言わんばかりにジャッジメントが声を発する。

 

「私とも、是非手合わせ願いたいものだな」

 

是非の部分だけ、声を強めるシグナムに、ディンは首を横に振った。

 

「貴女と模擬戦をすると、血戦になるので止めておきます。数年前に行われた高町隊長との模擬戦のようにはなりたくありませんので」

 

っぷ、っとヴィータが吹き出し、シグナムは渋い顔をする。一部の者には有名な、シグナムとなのはの模擬戦。その内容は、非殺傷であるにも関わらず、観戦していた人間から、血戦と言わせしめるもので、その模擬戦は教導用のビデオに活用されるはずであったのだが「これでは参考にならない」と、言われてお蔵入りにされたのは、観戦していた人間の間では有名な逸話だ。

 

「はいはい、お話はそれくらいにしておきましょう。大丈夫だとは思うけど万が一があるから」

 

話の腰を折るようにシャマルがパンパンっと、両手を叩き、その場を纏めた。

 

「そやね。ディン陸士、フェイト隊長を医務室まで運んでな」

 

「了解しました」

 

ディンは医務室へ向かって歩き出し、シャマルも続く。隊舎へ戻り、ロビーを通り医務室に着く。シャマルはディンにベットへ寝かせるように指示をする。指示に従い、ディンはベットへフェイトを寝かせる。彼女の胸が呼吸するたびに規則正しく揺れている。

 

特に体に異常は無い筈であるが、医師としてしっかりと検査しないといけない。シャマルは検査を始め、フェイトの体を調べる。思った通り、体に異常は見当たらなかった。これならば後数分もしない内に目を覚ます事だろう。

 

「シャマル医務官、テスタロッサ隊長が目覚めるまで、ここにいてよろしいでしょうか?」

 

「え……か、構わないけど、仕事は大丈夫?」

 

「模擬戦に合わせて今日の自分の作業は終わらせてあります。何かあればロウラン準陸尉から連絡が入りますので問題ありません。それに」

 

一度言葉を切り、ディンはフェイトを一瞥する。

 

「目が覚めるまで、そう時間は掛からないでしょうから」

 

仕事を終わらせてきた事もそうだが、フェイトの具合を把握しているような言動をした事にもシャマルは感心した。ディンには医療の知識もあるようだ。

 

「…………」

 

沈黙が部屋に続く。ディンは彫像のようにフェイトが寝かされているベットから微動だにしない。

 

「べ、別に座ってもいいのよ?」

 

「では、失礼します」

 

椅子をベットの近くに持って来て、ディンは腰掛ける。そして、さっきと同じようにピシっと背筋を伸ばして動かなくなった。

何と言うか、命令を待って待機状態になっている機械のようだ。

 

「(何故かしら……この子を見ているとよく昔を思い出す……)」

 

やはり、過去の自分達に似ているからだろうか。いや、過去の自分達と重ねるのは止めよう。あの時は全員、それこそ命令によって動くだったのプログラムだったのだから。『普通』の人間である彼を比べるのは失礼だろう。

 

《むむ……若干ですが、体の調子がおかしいです》

 

「大丈夫か? 支障があるならメンテナンスルームを借りて整備をするが?」

 

ディンの声色が本当に少しだが変わった。普通の人間であるのならば聞き逃す変化。ただ、何故かシャマルはその違いが分かった。間違いなくディンはジャッジメントを心配している。

 

《う~む……大丈夫だとは思いますが》

 

「万が一がある。使用の申請は出しておくからどこに支障があるのか洗い出しておけ」

 

《了解です、マスター》

 

模擬戦でデバイスが不調を起こすのは偶にだがある。

例えば、今回のジャッジメントのように巨大な魔力を直接受け止めたなどだ。

とは言ってもそれはそこまで大きな問題でもない。アームドデバイスやインテリジェントデバイスには自動修復機能が搭載されているからだ。核であるコアを深く傷つけられない限りは多少の傷や不調程度ならばすぐに直る。

機能不全に陥るまでの損傷だった場合はまずデバイスが警告する。ジャッジメントはやたらと人間臭いが、そこは決して間違いはないはずだ。それにも関わらずディンはメンテナンスルームを借りてジャッジメントを診ると言った。

意外と過保護なのかも、などと勝手にシャマルは想像する。

 

「その前に貴方、デバイスの整備ができるの?」

 

デバイスの整備にはそもそも専門的な知識が必要であり資格も必要なのだ。勝手にデバイスを弄ったりすれば違法にはならないものの、暴発などの危険性は否めない。

 

《私の整備が出来るのはマスターしかいませんよ。技術的な意味でも、機密的な意味でも》

 

どうやらこのジャッジメントというデバイスは機密たっぷりの危険品らしい。外見といい謎の多いデバイスである。

シャマル自身にもデバイスであるクラールヴィントにも機密事項が多分に含まれているにしても、この二人と比べてしまうと彼らの方が謎めいているように感じるのは、きっと気のせいではない。

部隊長であるはやては「経歴がよう分からん謎な人達や」と評している。

 

「…………」

 

会話が途切れるとさっきまでが嘘のように、しん……と、静まりかえる。部屋に漂う妙は空気に耐えられなくなったシャマルは再びディンへ話しかけた。

 

「今日の模擬戦ちょっと驚いちゃった。貴方があんな大規模な魔法を使うとは思わなかったから」

 

《あの模擬戦を見て、ちょっとしか驚かないシャマル医務官の方が私としては驚きなんですが》

 

ディンの代わりにジャッジメントが喋る。前々からシャマルは思っていた事だが、コミュニケーションはジャッジメントの方が担当しているように感じる。人間よりもデバイスの方が喋るというのはどうなんだろうか。

 

「見た事がないわけじゃないから。はやてちゃんもあれくらいならできるし。ただ、高速運用と並列処理は不得意だけどね」

 

《まぁ、彼女並みの魔力を持つと、そこらへんはどうしてもコンフリクトを起こしますからねぇ……というか『あれくらい』って……八神部隊長どんだけですか》

 

高速運用と並列処理。この二つは莫大な魔力を持つはやてにとって鬼門である。魔法の規模が巨大という事は、その分術者に魔力の負担と同等に、デバイスへ負荷をかけるからだ。過去、はやてのでたらめな魔力に放熱と計算が追い付かず爆発したデバイスは数知れない。

 

「私としては、あれだけの大魔法を短時間で発動させる貴方達の方がよっぽどよ」

 

魔法行使速度や制御などは完全に術者の技量に依存する。マルチタスクと呼ばれる技量が高ければ高いほど、魔法行使時に無駄は無くなり行使速度も上昇する。マルチタスクとは、魔導師の基本であり根幹であるが故に、最重要とも言ってもいいスキルなのだ。

それが桁違いに高ければディンの魔法行使速度にも納得がいく。

水路を作らずに水を垂れ流せば水が無駄になるように、魔力もどれだけ巨大でも正確に、精密に制御しなければ結局無駄になってしまう。

 

「デバイスが優秀ですので」

 

《ふぉぉぉ! マ、マスターがここまで素直に私を褒めてくれるとはいつぶりか?!》

 

何やらこのデバイス、マスターに褒められると異様に興奮するようだ。

 

もう本当にただの人間じゃないかしら、彼女。

シャマルはちらっと、クラールヴィントを見る。

 

《マスター。私にあのようになれなどと言わないでくださいね》

 

こちらの意思を察したのか、身の危険を感じたのかは分からないが釘を刺された。

 

「残念ね。貴方のあんな姿を見てみたいのだけれど」

 

《不可能な事を仰らないでください》

 

ふふ、っと悪戯っぽくシャマルは微笑む。

 

「これがなければ、文句無しの相棒なのですが」

 

「天は二物を与えず、とは違うわね」

 

「一長一短が適切かと思われますが」

 

淀みなく即答するディンに、まるで自分がコントでもしているかのように思えてシャマルの顔が自然と綻ぶ。

 

「……貴女は不思議な人ですね」

 

「え?」

 

「私などと会話していても面白くもないでしょうに、何故笑うのです?」

 

そんな事をディンから言われて、シャマルは返答に困る。ここ十年の間で学んだ事だが、笑うのは何も面白い時だけではない。

人が頑張っている時。

成長しようとしている時。

共に道を歩んでいる時。

楽しさを人と共有した時。

数え上げればきりがない。人は、様々な時に笑う事ができる生き物なのだ。それは良くも悪くも。

 

ただ、そう――何故この青年の前で笑えるのかと問われれば……。

 

少しの思考の後、シャマルはディンの質問に答えた。

 

「きっと、貴方が悪い人じゃないからよ」

 

「っ……」

 

一瞬、本当に一瞬だけ、ディンの表情が歪んだ。まるで自分はそんな評価に値するような人間ではないとでも言うかのように。

会話が再び止まる。

 

何か、自分は彼の触れてはいけない部分に触れてしまったのだろうか。

シャマルは口を開こうにも、先程見せたディンの表情が唇を動かす事を妨げる。再び沈黙が部屋を支配しようとしたが、それは第三者によって破られた。

 

「う……ん」

 

意識を失っていたフェイトが目覚めたのだ。フェイトはここがどこなのか、視線をきょろきょろと変える。

 

「大丈夫フェイトちゃん? どこか痛くは無い?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

フェイトは上半身をベッドから起こし視線を巡らせる。そして、何が起きたのかを認識したようにディンを見た。

 

「負けちゃったみたいだね」

 

「はい、模擬戦は私の勝利で終わりました」

 

事実以外に何も言葉に込められていないからか、不思議とディンからは嫌味を感じない。本当に事実だけを告げるディンにフェイトは苦笑。

 

「ちょっとショック、だったかな」

 

素直にフェイトは胸中を晒した。こういったところが彼女の美点でもあるだろう。

 

「敗北した事に関してならばお気になさる必要はないかと」

 

勝ち誇るでもなく、ディンは言う。どうやらディンの中では局の実力者である一介の人物に勝利しても、感動や高揚は皆無のようである。

特に感じ入らないのは自身が圧倒的優位で始まったものだったからだろうか。

フェイトは本来の実力からは程遠い力で戦っていた。

リミッター。それは魔導師の力を著しく弱体化させる物。部隊の保有制限に引っ掛からないために隊長格全員にそれがかけられている。現在のフェイトの力は、3/1にいくかいかないかのレベルなのだ。

はやて、いや六課の人間の誤算と言えば、ディンの実力が予想を遥かに上回っていた事ぐらいか。

 

「それだって、驚きだよ? あんなに大きな魔法を簡単に扱えるなんて。はやてでもできないのに」

 

はやてはむしろ、隊長陣の中ではマルチタスクはダントツで速い。だが、それでもはやてが持つ魔力量と使う魔法の規模に能力が追い付いていないのが現状なのだ。

それをディンは簡単に踏み越えている。デバイスの性能だけではもはや説明がつかない。ディンの能力は人間離れしていると言っても過言ではなかった。

 

《マスターですから》

 

「いやいや、全然説明になってないわよ?」

 

具体的どころか抽象的にすらなっていない説明に思わず突っ込みを入れるシャマル。

そんなシャマルをよそ目に、フェイトが深刻そうな顔をする。美人なだけに余計に暗い顔を助長していた。

そして、意を決したようにフェイトは口火を切った。

 

「マスターだからっていうのは、私みたいな人だから?」

 

事情を知らない人間からすれば意味不明な言葉。

事情を知る人間からすれば、問い詰めるような確認の言葉。

すなわち、ディンという存在が『人口的に作られた生命』であるという。

 

「機密に関わる事ですので、お答えできかねます」

 

シャマルは予想通りなディンの返答にさして驚かなかった。内情査察官などという役職に就いているのだから機密などに関しては他言無用と命令されているだろう。それでも、フェイトの遠まわしな質問を一蹴するような言葉を返すのは仕方ないとはいえ、少しどうかと思うのだが。

 

《情報の開示はマスターに一任されていますし、少しくらいはお教えしても構わないのではないですか?》

 

「……」

 

意外にもジャッジメントが助け舟を出した。ジャッジメントがそんな事を言うのが思いもよらなかったのかディンは逡巡するように目と口を閉じ、数秒の間をおき口を開いた。

 

「私もまた、作られた人間であるのは貴方と同じです。申し訳ありませんがこれ以上は貴方と周辺の人間の安全を考慮しますとお伝えする事はできません」

 

貴方と同じ。

あの狂学者がディンに言っていた事とはいえ、フェイトにとっては本人の口から飛び出た言葉はどれほどに衝撃的だったかは、シャマルにとって想像に難くない。

 

「う、ううん……ごめんね、無理、言っちゃって……」

 

たどたどしく言葉を返すフェイトに向かって、ディンはいつもの調子を一切崩さず言い放つ。

 

「情報を一切公開せずに黙っていて、貴方が独自に調査を始めてしまった方が余程危険と判断しました。重ねて申し上げますが、これ以上は貴方と周囲の安全を考慮しまして、お伝えする事はできません。どうしても知りたいのであればレジアス・ゲイズ中将に許可を得てください」

 

事務的で感情が全くこもっていない口調でありながら、その内容はフェイトの身を案じているものであるが故にどうも奇妙な感じがした。表情と感情に言葉の内容が全く合っていないのはここまで酷い違和感があるとはシャマルは今更ながらに思い至った。

同時に、自身の感情を完全に考慮に入れず、合理的な判断を下したディンの受け答えが彼らしいとも。

今の受け答えも、結局は今後に起き得る最悪の可能性を回避するためにディンは答えたに過ぎない。そこに彼個人の感情は存在しない。自分自身が作られた存在だとさらっと口にした事からも明白だ。

 

生まれた過程というのは本人が考えている以上に自分へ影響を与えているものだ。それはシャマルの経験からの所感だった。

今だってシャマルは自分が人間とはかけ離れた存在だと明言する気はない。親しい間柄の人間は何人もいるがそれでも軽々しく話そうとは思わないのである。話してよい事でもないし、話す必要も無いからだ。それに、他の守護騎士達は分からないがシャマルの中では、自分が人と全く違う存在だと知られて拒絶されるのがまだほんの少しだけ恐い。

 

勿論、自分の周りに正体を知っても気にしない人達が殆どだろう。でも、それでも心のどこかで引っ掛かるのだ。

自分が『他の人間とは違う』というのは。

それを、特に気にした様子も無く、いつも通りの態度でディンは告げた。人と違うという事に少なからず何か思うところがあるはずなのに。それとも、任務であるから感情を私情と捉え抑え付けているのか。そこまではシャマルには分からなかった。

 

「……えっと、それと、ごめんね。今日は付き合ってもらっちゃって」

 

「ああ、八神部隊長の意図は分かっていたのですね。模擬戦の件に関しては私も了承しましたので謝罪する必要はありません」

 

所謂、今日の模擬戦はガス抜きだ。体良く利用されたのだというのに、ディンは気を悪くしてはいないようだ。

戦場を共に駆け抜けたからか、実験施設でディンの内から滲み出た情感に触れたからか、シャマルはディンの心の機微については他の人間よりもずっと鋭くなっていた。

 

「…………」

 

フェイトは会話が一旦途切れると、顔を俯かせ自分にかかっていたシーツをきゅっと握り締める。

まだ、フェイトには聞きたい事があるのはシャマルからでも一目瞭然だった。自分が気付いてディンが気付かないはずがない。

俯いて一向に顔を上げないフェイトを見て、シャマルは自分の予想以上に前の件がフェイトに影響を与えているのを知った。

そんなフェイトを見かねたのか、今度はディンから口火を切った。

 

「それで、まだ聞きたい事はあるのではないですか、テスタロッサ隊長」

 

シャマルはフェイトがディンに聞きたい内容はおおまかに推測出来る。

ただし、その内容を聞くには少し所か大いにディンの神経を逆撫でするものでもある。

聡明であり、執務官でもあるフェイトが気付かないはずも無い。それでも、聞かずにはいられなかったのだろう。一文字に閉ざされていた口が開かれた。

 

「ディンの、請負っていた任務って……」

 

「私の主な任務は違法研究所の捜索、及び調査。また施設内の実験体の『処理』にあります」

 

掠れる様な、途切れてしまいそうな声を遮ってディンは自分が行ってきた事実を述べた。

顔からも、声からも、態度からも命を奪ってきた事からくる後悔や罪悪感などは見て取れなかった。

 

シャマルが感じ取れたものがあるとすれば、一つだけ。何も思っていない、何も感じていない、何も気に留めていない、『無』だった。

ただその姿が、無理をして声を押し出しているように思えてしまうのは、気のせいだろうか?

ディンは失われる命や、人道を完璧なまでに無視した実験に怒りを覚える事の出来る人だ。そんな人が実験体を処理するにあたって、実行されるプログラムのように任務を全うする事が出来るだろうか?

 

そんなのは不可能だとシャマルは断じる。いや、広い世の中を探せば実行可能な人物はいるのかもしれないが、ディンには不可能だ。

施設で実験結果が表示されていたディスプレイを凝視していたディンを見て、感情を体の内側から滲み出していた彼がそんな芸当が出来るとはシャマルは思わなかった。表情や声に出さずとも、心の奥底では酷い罪悪感に苛まれているに違いない。

 

シャマルの心の中の勝手な憶測は、しかし見事に的を得ていた。これはシャマルが参謀役であった事に起因するのかは分からないが、六課の中で一番ディンを理解しているのはシャマルに違いなかった。レジアスやオーリス、レオンにこの事を告げれば、短期間でよくそこまでディンを理解出来たと褒められる事だろう。

 

「意志、意識を有していれば優先的に保護しますが、先日のように動物を使った実験体、人であっても自己が薬品等によって抹消されている者達については殺害する他はありません」

 

今、フェイトからディンはどう見えているのだろうか。

任務に忠実な管理局員か。

冷徹冷酷な殺人者か。

それとも悪辣な存在か。

尤もシャマルからすればそのどれもに当て嵌まらないのだが。

 

「そう……なんだ……」

 

フェイトが言えたのはそれだけ。以降は口を閉ざし、沈思していた。

質問に答えたディンだが、まだ部屋を出て行く様子はなかったのでシャマルはついでとばかりに質問する。

 

「任務の内容を言ってしまってよかったの?」

 

「聞かれて困るような内容ではないですし、多少こちらも腹を割って答えなければ不信感を抱かせてしまう事になりかねませんので」

 

人間関係など歯牙にもかけていないかと思えば、そういった配慮はしていたらしい。シャマルは意外に思いつつも質問を重ねる。

 

「辛くはない?」

 

――これは卑怯な質問よね、彼が辛くないはずがないのに。

シャマルは心の内で決め込んでいたが、この決め込みも的外れではないだろう。むしろ核心に近いような気がしていた。

 

「…………私自身がああなっていたのではないかと、考える事はあります」

 

いつものように即答はせず、幾ばくかの間をおいてディンは返事をした。

言いよどんだのはディンなりに思うところがあるのだろう。少なくとも、何とも思っていない可能性は消えたようだ。それは半ば分かっていた事とはいえ、シャマルに安堵を抱かせた。ここで本当に何も感じていないような人間をシャマルは到底信用出来ないからだ。

 

「テスタロッサ隊長」

 

ディンの呼びかけが考え込んでいたフェイトの意識を現実に傾けた。

シャマルはこんなにもディンが他人に自分から話しかけるのは初めて見る。これも仕事の一貫だからこそなのか、それとも彼なりに今回の件を切に感じていたのだろうか。

 

「私は殺人者です。それも、組織の後ろ盾と権力と任務の隠匿性を利用している最悪の部類の」

 

「で、でもそれは」

 

「どう取り繕うと私がやっているのは殺人に他なりません。私は戦いと、最悪相手を殺す事でしか事態を収拾出来ないのです」

 

事実なのだろう。シャマルは先日のディンの事態への対応と手並みは明らかに『手馴れすぎている』と感じた。

それは両手では数え切れない数の施設を発見、調査し実験体を処理してきた積み重ねがディンにとって望まない技量を高めてしまっていた結果だった。

 

「貴方は違う。貴方は、優しさによって彼らを救う事が出来ますし少なからず行動に移し実行している」

 

フェイトはロストロギアによって両親を失った子供達を積極的に支援し、新しく親になってくれる人を探し、施設には資金援助している。年末や年始、年間の行事の際には手紙や写真が大量に送られて来るため整理や返信が大変だと、フェイトはなのはと談笑していたのをシャマルは目撃している。今も変わらずに手紙、写真などが送られて来るのはフェイトの人徳の賜物であろう。

 

「"そんな貴方が"」

 

佇まいは変わらず、表情はいつものように。だが声には感情と言う名の熱があった。熱はあまりにも微細で耳を澄ませなければ変化を感じ取れない程度。それでも、シャマルにははっきりとディンの怒りと苛立ちが耳朶を打った。

 

「"命を何とも思わない人間が作り出した罪を、救えなかった命に対する罪の意識を貴方が感じる必要性は一切ありません"」

 

救えなかった、気付けなかった、手を差し伸べる事が出来なかった。誰にも知られずに消えてしまった命に対してフェイトが抱いている想いはそれだ。

シャマルだって、フェイトと同じような気持ちだ。あれだけの惨状、目撃してしまえば光景が目に焼きつき、犠牲になった命に後ろめたいものを抱えてしまうのは致し方ない。

ましてや心優しいフェイトが、自分の境遇と重ねて一層抱え込んでしまうのをディンは分かっているはずだ。断定するように言葉を投げかけても効果が無い事など明白。にも関わらずディンは言い切った。

 

ある種、自分の意見を押し付ける言葉に随分と『らしくない』とシャマルは察知する。

いきなり擁護されるようにディンから言われたからか、フェイトは宝石のような赤い目をぱちくりとさせ、少しの間おきディンの押し付けるような言葉の中に不器用な気遣いと優しさが彼女の心に染み渡ると、目に涙をいっぱいに溜めて……

 

「ありがとう、ディンは優しいんだね」

 

そう言った。この時、またディンの表情が僅かながら歪んだ。

 

「ディンは悪くないんだよ」

 

「いえ、私は」

 

「誰も悪くないんだよ……」

 

ディンの発言はフェイトの掠れる涙声に止められた。

今まで胸の内に押し込み、溜め込んでいたものが決壊したようにフェイトの両目から溢れ出していた。

 

「誰も……悪くないんだよ……ディンだって……実験体になっちゃった人達だって、誰も悪くないんだよ……」

 

膝を抱えて顔を埋めて、フェイトは肩を揺らして泣き始めた。

 

「…………」

 

ディンはフェイトに何か言葉をかけたかったようだった。だが、かける言葉が頭の中に浮かんでこなかったようで、口を二度開閉させるだけに終わった。その代りに、フェイトと同じ赤い瞳の奥に、その色以上の真っ赤な色が見えた。何もかもを焼き尽くしてしまいそうな程の、激憤。

表情、態度、姿勢。全てが変わりない中で、目だけは違った。

 

「(目は口ほどに物を言う、とは昔の人もよく言ったものよね)」

 

ディンにはもうフェイトに言う事はないのか、ただその場に直立不動で佇んでいるだけだ。部屋にはフェイトの嗚咽のみが響く。

シャマルは、そっと……壊れ物を扱うかのように繊細に膝を抱え込んで泣いているフェイトを抱き寄せた。

 

「"貴方のような人がいてくれてよかった"」

 

心底安堵しているような声だった。ディンは言葉通り、フェイトのような人がいてくれて本当によかったのだ。戦い、殺すだけではなく、優しさと暖かさによって実験の被害にあった人達を救ってくれている存在がいる事を実感していた。

 

「失礼します」

 

これ以上部屋にいるのも無粋と考えたのか、いつも通りディンは敬礼をして退室していった。

敬礼に到るまでの動作は普段と変わりなくとも、シャマルにはその動きの中にフェイトへの限りない敬意……のようなものが感じられた。

 

 

 

 

 

 

この日、様々な人物に傷と影響を残しながら進入禁止世界であった出来事は一応の収束をみた。

 

――はやては隊長としての責務を滞りなく遂行し、一刻でも早く実験施設を根絶するためにも収集された情報の整理をしていた。それは、はやてにとって少しでも早く刻み付けられた施設の光景を克服しようとする彼女なりの心の整理の仕方であった。

 

――なのはは持ち前の不屈の意志をもって心の整理をつけ始め、新人達に不安を抱かせないようにいつも通りの態度を保ち、職務を果たしていた。

 

――フェイトはたった一日で降り積もった感情を涙として流していた。その涙はどこまでも透明で、悲しみに満ちていた。

 

――シグナムとヴィータは人命を軽視するどころか、命を命としてみなさない人間達に怒りを覚えながら、その怒りを発散するように二人は体を動かしていた。

 

だが……収束したのはあくまで六課内に限った話であって、今回の件が完全に終わったわけではない。事実として、レオン・タッカーと一課の数名、クロノ・ハラオウン率いる部隊が第四十四進入禁止世界に赴いているのだから。

 

主力は勿論クロノの部隊だが、施設の調査、侵入などの経験から言えば一課に遠く及ばないと軽い話し合いで察したため、基本的な方針はレオンが立てることになっていた。

 

そんな重要な大役を任された若き左官と言えば……

 

「――――」

 

《ご主人、ご主人! 起きて下さい! 打ち合わせの時間です、ご主人!》

 

宛がわれた自室で、ソファに横になり惰眠を貪っていた。夢の中であるレオンは、打ち合わせの時間など欠片も無い様で相棒であるデバイスからの呼びかけにも全く応えない。

 

《はぁ……駄目ですねこれは》

 

ついにはデバイスにさえも匙を投げられ、結局時間になっても現れないレオンを、提督であるクロノが直々に呼びにくるまで、レオンは現実には戻ってこなかったのである。

 

そんな若き左官をよそに、船は、四十四進入禁止世界に刻一刻と近づいていた。




どうも凡人です。
随分と久しぶりの投稿になりました。
仕事で更新は不定期になりますが、続けては行きたいと思いますので、今後もよろしくお願いいたします。

感想、指摘もお待ちしています。

では
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