魔法少女リリカルなのはStrikerS 【ブレイカー】   作:凡人Mk-II

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第十四話 表舞台の裏側

「全く、こんなところで何やってるんだ、坊や?」

 

尊大で偉そうな声が鼓膜を伝わって聞えてくる。実際、その声を発した人間は偉そうだった。

周りは阿鼻叫喚。尤も、それはこちら側の話であって、眼下で自分を見上げる女性側の話ではない。様々な物資が巨大なコンテナに詰め込まれて運ばれてくるこの場所は人目につき難く取引をするには格好の的であった。

 

別に取引やその内容について特に興味があるわけでもなく、行われている組織のやり取りにもさして関心を抱いていない。自分はただここに用心棒として来ただけだ。犯罪者同士の裏業界では、結構有名にはなっていると自負している。

別にそんなものはどうでもよかったし、金さえ払ってもらえれば相手が誰であろうと、取引後に使用されるであろう品が知らぬ他人を殺そうがどうでもよかった。

 

コンテナに座り、女性を見下しながらどうして今こんな状況に陥っているのか頭の中で整理する。

 

この業界に来たのは両親が死んでからだ。二人共が局員であり、従事していた任務の内容は詳細には語られなかったが、家に来た局員のばつの悪そうな顔を見ながら、理解した。

 

何の事はない。両親は任務で死んだのだ。

 

それだけがの事実が頭の中にすとん……と、落ちてきた。驚いたのは心の内に開放感が芽生えた事だ。

局員である親二人はいちいちうるさかった。他人に接する態度や、優しさや道徳観などを事あるごとに言ってきたのだ。内容はそれこそ学校の教師がテンプレートで言ってくるようなものばかりだった。人には優しくしなさいだとか、目上の人には敬意を払いなさいだとかそんな事ばかりだ。

 

親としての義務をしっかりと遂行している生真面目な人間。

 

それが幼い自分が下した評価であった。そんな公正な親に反目するように自分、レオン・タッカーは悪行を重ねてきた。

一番最初はそこら辺にいる威張り散らしている学校の上級生を殴り倒した事に始まり、魔法の才能があるのを言いことに、周りに簡単に暴力を振るった。そのたびに親は呼び出され、その後にこってりと絞られた。

 

父は言った「どうして相手を殴ったりするんだ」と。

簡潔に答えた。気に食わないからだと。

父は更に問うてきた。「どうして気に食わないんだ」と。

自分は答えた。分からない、ただ気に食わなかった相手を黙らせたかっただけだと。

 

そんなやり取りの後、父は言った。

 

「お前は相手が気に食わなかったんじゃなくて、力を使いたかったからじゃないのか」

 

言われてみればそうかもしれなかった。身の内にある力が捌け口を求めていた。それに合った相手が丁度いたから相手を殴ったのかもしれなかった。それだけなら納得できた。だが、母が言う内容には首肯しかねた。

 

「でも、貴方はそれ以前に私達の事を悪く言われたから、相手の子をぶったのよね」

 

一笑に付そうとした。それが出来なかったのは核心を突かれたからか、それとも別か。それは今でも分からない。ただ、その後決まって「優しい子……」と言って母は自分を抱きしめてくれたのだ。

 

その流れが日常となっていたのだが、局員である人間の息子が素行が悪すぎるとの事で、両親の上司に小言を言われているのを、耳にした。いつも通り喧嘩をして帰って来た日の事だ。いつも静かな口調で自分を諭すように怒ってくる父が、誰かと話している声が聞えてきたのだ。

 

会話をしている相手は父と母の上司のようだった。その上司の事を別に悪人だとか感じなかった。自分の素行の悪さが直らないのは親の対処がいけないのではないか……と至極当然の正論を言っていただけだ。ぐうの音も出ないとはこの事ではないだろうか。

 

まぁ、別に関係の無い事だ。どう言われ様と事実なのだから。

そのまま部屋に戻ろうと階段を上ろうとした時だ、上司の一言が父の逆鱗に触れたのは。

 

「全く、君達二人の息子なのにとんだ親不孝者の出来損ないだ」

 

後から聞いた話だが、この時の上司は相当に自分の事を嫌っていたらしい。それは両親と親しく、信頼をおいていたからこそ、自分のような両親の評判を落す息子の存在を忌み嫌い、詰るような言葉を言ったのだ。

 

別にそれはいい。だが、衝撃を受けたのはこの後だった。

 

「そんな事はありません!!!」

 

雷に打たれたようだった。

あの物静かで、厳格な父が、怒鳴ったのだ。たったそれだけの事なのに、その怒声は体の隅々まで行き渡って部屋に戻ろうとする歩みを止めてしまった。

 

「確かに息子は粗暴かもしれません。それでもあの子はっ! 優しい子です! 断じて出来損ないの親不孝者なのではありません!!」

 

憤慨する父は矢継ぎ早に上司に言葉を挟ませないように続ける。

 

「あの子はまだ幼いだけです。内側に巣くう力に戸惑い、どうすればいいか分からないだけです。今でこそ、その力を暴力にしてしまっていますが、絶対にいつか分かってくれます!」

 

一拍の間をおいて、絶対の確信と共に、笑顔を浮かべて父は言った。

 

「私の、私達の息子なのですから」

 

一瞬、ウィンドウ越しの上司はきょとん、とした顔をした後に

 

「すまない、言い過ぎたようだ。そうだな……お前達の子だものな。いつか、きっとな」

 

この時胸の中に芽生え感情をどう表現すればよかっただろうか。

親の期待に応えられない不甲斐無さか。

両親だけではなく、他の人間さえも裏切り続けてきた罪悪感か。

 

様々なものがない交ぜになり、それから逃げ出すように部屋に戻り、そのままベッドに力なく倒れこんだ。喧嘩の時に迸っていた力はもう無い。いや、余りあるのであろうが、それを行使するための精神が萎えていた。

 

「(情けねぇ……情けねぇ! 一体何やってんだ俺はっ!!)」

 

父の怒声に、目が覚めたようだった。それと同時に、自分がどうしようもなく小さく、惨めで矮小で、情けなく思えたのだ。

 

そしてその日から暴力によって訴えるのを止めた。それでも中々染み付いてしまった習慣は抜けきらず度々相手を殴ってしまったのもあったが、それまでと比べれば喧嘩の数は激減した。周りから狂犬などと言われていたのが嘘のようだ。

 

両親に今までの事を謝ったのは、それから数日後の事だ。

謝ったと言っても、それこそたった一言だけだ。「ごめん」とそれだけ。

それだけだったのに、両親は全てを分かったように、「いいんだよ」と言って自分の頭を撫でただけだった。

 

結局、それでも両親からの小言は続いた。そうだ、やっとそれから開放されたのではないか、自分は自由だ。

 

そう思って局員が帰った後、家のリビングのソファに座り、テレビをつけた時だ。言いようも無い喪失感が襲ってきたのは。

 

いつものように台所でエプロンをかけて自分の好きな、ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを煎れてくれる母はもういない。

自分のコーヒーもどきを見て、大人はブラックを飲むものだと言い張る父ももう居ない。

 

小言から開放された? 孤独の海に放り出されたの間違いではないのか?

 

 

「あ……ああぁぁ……」

 

人生で初めて、恥も外見も無く泣き散らした。泣いても泣いても誰も声をかけてくれはしない。それが一層悲しみに拍車をかけいつまで経っても涙は底をついてくれそうになかった。

 

それから夜が開けるまで泣いていた自分はふと思い至ったのだ。

 

『一体どこの糞野郎が俺の両親を殺しやがったんだ』

 

分からない。分かるはずも無い。しかし、分からないのなら調べてみればいい。

一度湧き上がった疑問は、両親を失った悲しみと喪失感を怒りと憎悪へと変換した。

 

両親を失ったと言うのに、随分と冷静であったのではないかと思う。何せ泣き明かした直後に管理局地上本部に駆け込んだのだから。

だが、一介の受付けの人間が詳細を秘密にされている任務の内容を知っているはずが無い。門前払いとは違うが、満足いかない解答を得て、自分は逆上してしまった。

とは言っても、受付の人間に当り散らすのも筋違いだと考えられたのは僥倖であったのか不幸であったのか。

 

その後、両親の死の真相を調べるために局だけではなく様々な場所を巡った。辺り構わず情報を収集し、気がつけば裏の業界に手を出していた。自分がこの業界に来たのも、ここが隠匿されている情報が流れてくる場所でもあったからだろう。

 

いつの間にか生来の力を利用して用心棒を請負うようになり、報酬として局の情報と生きる為の金を支払ってもらい生計を立てていた。この時は必死過ぎて両親が残してくれた遺産の大きさに全く気付かなかったのは間抜けな話だ。

 

裏の業界での評判はこうだった。

幼いながらも、報酬をきちんと支払えば必ず仕事を達成する用心棒。

 

この時意識はしていなかったが、情報を得るために完璧に依頼をこなしていたのが吉と出たらしい。

 

そして、今回も例に漏れず用心棒をやっている。

報酬は局の最近の情報と、金。

取引は順調だったはずなのだが…………

 

「(何で今は包囲されて逃げ道がなくなってんだか……)」

 

破壊音や射撃音が聞えるこの場所で、まるで支配者のように立っている黒髪の女性を睨みつける。

この取引は失敗だ。もう、依頼主を守る義理もない。なら、逃げに入る。そのためにはこの女が邪魔だ。

 

「おっと、恐い顔をするな坊や。そんな可愛い顔じゃ、凄みも半減だぞ?」

 

厚顔不遜。

この言葉は眼下にいる女のような存在に用意された言葉だろう。

 

睨みつけられてもふざけるように肩を竦める女を、昔管理局から漏れた密輸品であるアームドデバイスの切っ先を向けて言い放つ。

 

「うるせぇよババァ。死にたくなかったらさっさと帰りな」

 

女の隣にいた局員が顔を引き攣らせた。

女はきょとん、と意表を突かれたように硬直すると

 

「ふ、ふふふふ……あっははははははっはははははははは!!!!!」

 

何故か腹を抱えて爆笑し始めた。

近くにあったコンテナに寄りかかるように腕をつけると、拳を叩きつける。

 

「うっわ!? 部隊長危険です!」

 

私達が! と隣の局員が叫んだ。

あまりにもおかしいのか、握った拳をコンテナに叩きつけるとコンテナがまるで粘土のように歪む。あまりに現実離れした現象に呆気にとられてしまったが、すぐに切っ先を女に向けて言い放つ。

 

「何がおかしいのか知らねぇが……さっさと消えろババァ」

 

「いやはや、若いとはいいものだ! 恐い物知らずとはこの事だな!! ははははは!!!」

 

こっちの警告など知らぬ存ぜぬのようだ。

ならば、さっさと逃げさせてもらおう。

そう考え、背を向けて飛び立とうとしたのだが……

 

「おっと、そう気を悪くせんでくれ。久しぶりに私を挑発するような事を言ってきた粋のいい輩だったのでな、つい可笑しくなってしまった」

 

「?!」

 

なんだ、一体いつ移動した?!

 

「って、てめぇ……」

 

今まで用心棒まがいの事をやってきて、死にそうになった事はある。時折、死が迫ってくる時は、何となく嫌な予感がするものだった。だが、こいつは違う。目の前にただ現れただけだ。たったそれだけの筈だ。それなのに……

 

「(何だ……ついに死神が俺の首に鎌でもかけやがったか?)」

 

この女は今まで感じた事もないような威圧を放っているではないか。先程まで爆笑していた面影は何処にもない。

 

「ふ……他の奴等と違って私の威圧を感じ取れる程度の腕はあるようだな」

 

漆黒の、黒艶の髪をかき上げる動作が一々様になっているのが癇に障る。自分の中にある悪い癖が首をもたげ始めているのが分かる。

自分を下と見る者の目線が気に食わない。ああ、気に食わない。

 

「さて、どうする坊や。大人しく降伏すれば痛い目に合わずにすむぞ?」

 

「くたばれ糞ババァ」

 

「全く、さっきからババァ、ババァと失敬な。坊やには私がそんなに年老いて見えるか?」

 

正直な事を言えば、見えない。むしろお姉さんと言われても全然通用する外見だ。

癖一つない浄闇のような色をした髪を首筋辺りで一つに纏めたそれは、腰へ清流が流れ落ちているようにすら感じられる。成る程、美人だ。

 

「一つ教えてやるよ。ババァと言われて年齢を気にしてるって事はな、歳は結構いってるって自白してるようなもんなんだぜ」

 

「はっはっは! こいつは一本取られた。やるな坊や」

 

着物でも着ていれば深窓のお嬢様のように映える容姿をしておきながら、この女、女傑と呼ぶに相応しい人物らしい。

庭園で育てられた温室育ちの花よりも、自然で育った剛健な野生の花といったところか。

 

「(っち……逃げられるか?)」

 

軽口を叩いてはいるが、この女得体が知れない。さっきもどうやってコンテナの上に移動したのか検討もつかない。

レアスキルに分類される力かと推測するが、そうであった場合は最悪だ。対処の方法も分からないのでは後手に回り続ける事になる。

 

「しかし、もう一度聞くが何で坊やがこんな場所にいるんだ?」

 

「テメェこそさっきから坊や坊やうるせぇぞ。俺にはな、レオン・タッカーって名前があんだよ糞ババァ」

 

「おっと、それは失礼。それで、何で坊やはこんな場所に?」

 

こっちがババァと言っているからか、女もこちらの呼び方を改めはしなかった。

 

「別に……雇われたからいるだけだ」

 

「それだけかな?」

 

す……っと女の目が鋭く細められた。

こちらの全身を貫く視線。体中の毛穴が開き汗が噴出した。それも、とんでもなく嫌な汗だ。

 

「何が言いたいんだババァ」

 

「情報によると、坊やは随分と熱心に管理局の機密任務関係について調べていたようじゃないか」

 

「……で?」

 

「私が坊やの知りたい情報を持っているとしたら、それを教える代わりに投降してくれないか?」

 

無言で女の言葉を拒否し、剣型のデバイスに魔力を込めた。こいつが自分が欲して止まない情報を持っているのならばやる事は一つだけだ。

 

「投降する必要なんざねぇ。テメェをボコって吐かせりゃいい」

 

「やれやれ……聞き分けの無い子供には躾けが必要か?」

 

話を聞く気など無い。先手必勝だ。

踏み込み、勢いよく剣を振り下ろす。

 

「(あ? ……俺、こんなに遅かったか?)」

 

圧倒的に相手のほうが速いのだと考え到る前に、まるで分身したかのように高速で放たれた拳が体中を打ち、意識を遮断させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きてくれ、レオン一佐」

 

夢の中にあったレオンの意識を生真面目そうな声が現実へと引き上げる。いつの間にかアイマスクが取られており、蛍光灯の光が目に刺さる。

 

「んぁ……何だ、着いたのか?」

 

レオンはオールバックにした髪を掻きながら、制服の内ポケットにしまっていたサングラスをかける。

吞気にソファで寝ていた部隊長は、がっちりとした体型に真っ黒のサングラスをかけ、オールバックにした髪形は元々逆立つくせを持つ髪質を強引にワックスで纏めたものなので、ところどころがぴょんっと上に跳ねている。

どこからどう見てもカタギには見えない風体をしている男。『迷子になって困っている子供を助けようとすると必ず局員を呼ばれて職質される局員』とは、一課の笑い話の一つだ。

本人としては自覚があるものの、好きでこうなったのではないし、変える事も出来ないし変える気もさらさらないので、気に病む事ではない。

 

「やれやれ、せめて端末で呼んだら応答ぐらいはしてくれ。何かあったと勘違いしたじゃないか」

 

今回の作戦は綿密に計画されたものであり、今更打ち合わせも何もないのだが、最終確認も含めてクロノは軽いミーティングを行おうとしていた。そのため任務の同行者であり責任者のレオンを呼び出したのだが、反応は一切なし。部下を使って呼び出せばよかったのだが、二人で作戦の確認をする程度なので、部下を使って呼びつけるのもあれだと思い、クロノはレオンの部屋を訪ねたのである。

 

その結果、爆睡している一課の部隊長を目撃する羽目になったクロノなのであった。

 

「ああ、すまんすまん。こういう時はオイゲンの野郎が起こしに来るんだが……」

 

「一課の人間はチャンスとばかりに死んだように眠っているよ」

 

「っは……オイゲンがねぇ。あの生真面目って言葉が服を着て歩いているような男が寝てるとはな。これが終わったら一日全休をとらせるか」

 

レオンはむくりとソファから起き上がり、テーブルを隔てた向かい側に腰掛けるクロノに対面する。先程、副官のオイゲンを生真面目が服を着て歩いていると評したが、この若き提督もそれに負けず劣らずといったところだ。その生真面目さが部下にも浸透しているのか、連れて来た部下が何度か小言を言われていたのを目撃している。

 

「郷に入っては郷に従えだとか言ってる奴がいるが、どうもこの艦の空気は慣れそうにない」

 

「そう言わないでくれ。みんな緊張してピリピリしているんだ」

 

クロノが言うには、クラウディアのクルーは平時においては規律等についてはそこまでうるさくないらしい。が、今回の任務の特殊性と危険性は末端にいる局員でさえ理解しているようで、そのような任務に他の部隊が混じっていると言うのは迷惑極まりない。連携など取れたものではないし、下手をすれば邪魔になる可能性すらある。

尚且つ、一課の局員達は素行こそ悪くはないものの、態度がとんでもなく軽かった。それは階級をあまり重要視していないレオンの影響なのだが、それを任務の危険性を理解していないと一部の人間はとり、事ある毎に一課の人間に小言を言ってくるのだ。要は隊の規律を乱すなと言っているのと同じであるのだが……

 

「で、その緊張を紛らわすためにうちの部下が態度が軽いだの何だのと言われてんのかい? たまったもんじゃねぇな」

 

「そう言われると言葉も無い。ただ、察してはやってくれないか? クルー達もここまで危ない橋を渡った事はないんだ」

 

「別に悪いとは言ってないだろ。俺の部下がその程度の事を理解していない筈がねぇ。仕事の内だと割り切ってるさ。この船の規律を乱しているのはこっちだからな。合わせるつもりはないがな」

 

「多少は合わせてくれると助かるんだが……」

 

「提督様から見て、多少合わせて解決する程に単純な問題か、これは?」

 

その言葉にクロノは口を噤んだ。

レオンの言うとおり、隊員間でのこの問題は一課の人間が環境に合わせて態度を変えたところで何も解決しないのだ。クラウディアのクルーが普段行っている任務よりも格段に死傷率が高いであろう事は、艦長であるクロノが何も言わずともクルー全体に伝わっている。

進入禁止世界での行動、未だ大量に敵が残っている事が予想される実験施設への突入。

この二つの要素が絡み合いクルー達の緊張と不安を増大させてしまっていた。不満や不安を曝け出そうにも部隊内で醜態を見せるわけにはいかない。そんな空気の中、絶好の捌け口と言わんばかりに異物である一課の人間がやって来た。

 

かくして、クルー達の不安と不満は一課のメンバーへと向いたのである。

 

「あまり……良い状態で任務に望めるとは言い難いな」

 

「おいおい、これ以上の状況を望むのか? こちとらこんだけの戦力を投入するために不眠不休で根回ししたんだぞ。本来なら両手で数えられる程度の戦力しか送り込む事が出来なかったんだ。ちったぁ感謝してくれ」

 

「やはり、今回これだけの戦力を回せたのは君達のお陰なんだな。話しが妙にスムーズに進んでおかしいとは思っていたんだが」

 

「ああ……海の頭の固いお偉いさん達を丸め込むのに、今まで俺らを散々こき使ってきたのをダシにして強引に押し通したからな。ったく、何で判子一つ貰うのに喧々囂々としなきゃいけけないんだかよ」

 

頭をがしがしと掻きながら愚痴を零すレオン。陸の所属でありながら海の人事へ多分に干渉した事からも、その労力と苦労は十分に賞賛されるべきものだが、事態をより良い方向に向けるために奔走した当事者である一課の隊員達は賞賛よりも、睡眠と休暇と特別手当が欲しいのが実情である。

 

「今回みたいな無茶苦茶は今後一切やりたかないね」

 

「いや、すまないな。僕らの不始末をそちらが負う様な形になってしまって」

 

「ん、別に構わねぇよ。その不始末を餌にして今回は付け込めたからな」

 

本来、厳重に管理されるべき進入禁止世界に世紀の犯罪者の実験施設が存在していた。

しかも、これを発見したのは海ではなく陸の人間であった事から上層部の人間は顔を青くした。そこにレオンが付け込んだのだ。

 

今回、投入する戦力を大幅に増大してもいいのならば、この件に関して一課は一切口外せず、施設を発見したのは海の人間であり陸は関与していない、といった内容の密約が交わされたのだ。

 

「疑問があるんだが、どうやってこの情報を掴んだんだ? それに海の管轄にどうやって割り込んだ?」

 

「情報は前にうちの局員が見つけた施設から得たもんだ。備品のいくつかが四十四進入禁止世界の周りの星に運ばれていた。そっから割り出したんだよ。どうやって管轄外に割り込んだかってのはあれだ、海にも知り合いは多いからな」

 

一課は激務なだけもあって局員達の質も相当に高い。海でさえも一課の人員は喉から手が出る程欲しい人材が数多く存在し、その中で一課を出て海に移る人間もいる。だが、それは海に降るわけではなく、一課が捜査をし易いように便宜を図るために海へと所属を変えるのだ。そのため海からの情報が一課へと非常に流れやすくなり、執務官や捜査官、果てはデバイスの整備士なども一課の人間が複数入り込んでいる。

 

「君達は噂に違わずやる事が恐ろしいよ。海の形振り構わない人材集めを逆手に取ったな?」

 

「さぁて? 俺にはとんと覚えがないね。ああ、ただ昔一課に居た奴から妙な噂やらを酒の席で聞いたりするけどなぁ?」

 

「レティさんに気をつけるように言っておくか……」

 

「ああ、是非そうしてくれ。あんまり派手にやり過ぎると内側から蚕食されるぞってな」

 

レオンからすれば、これで海の人材引き抜きに歯止めがかかってくれればいいが、そう上手くはいかないのはここ数年で嫌と言うほどに味わってきている。そのため、この程度の牽制で海が食指を動かすのを止めるとは考えもしない。

否、動かさざるおえないのだ。もう、海もそれだけ逼迫してきているという証拠だ。形振り構わない人材の引き抜きもそれを顕著に表している。どこもかしこも人手が足らないのが現状である。

 

「まさかとは思うが、うちのクルーにも一課の人間が居たりはしないだろうな?」

 

「安心しな。あんたの船には俺の部隊出身の人間はいねぇよ。一時期考えたがね、手痛い反撃を喰らいそうだったから止めておいた」

 

「参考までに聞きたい。どうして手を引いた?」

 

「そいつはな――――今もこの部屋の隅に座ってる犬っころの飼い主が面倒で仕方なかったからだよ」

 

は? とクロノは一度口を開いたが、言葉の意味を理解するとレオンの目線を追った。

その視線の先には確かに犬がいた。ただし、普通の犬などでは断じてない。赤く光る目、体毛はなく、陽炎のように黒く揺らめく体は輪郭の部分が薄く緑色に発光している。

 

それを見てクロノは片手を額に当てながら大きな溜息を吐いた。

 

「ヴェロッサ……いつの間に」

 

「なんだ、その様子じゃグルってわけでもなさそうだな。安心した」

 

「そうそう、今回は僕とカリムの独断だからね」

 

裏表を全く感じさせない軽い声が二人の耳に届いた。レオンは視線を部屋の入り口に向ける。そこには一人の青年が立っていた。足元にはさっきまで隅にいた犬がいつの間にか控えている。

 

青年の名はヴェロッサ・アコーズ。目下、レオンが最も相手にしたくない査察官である。

 

「おい、軽薄男。プライバシーって知ってるか?」

 

「やぁ、タッカー一佐。規律って知ってるかい?」

 

出会いがしらの開口一番、挨拶すらせずに皮肉の応酬が飛び交った。

 

「人の部屋に無断で入るような規律どころか法律を知らん輩に言われたくないね」

 

「元一課の人間と結託して上層部を脅すネタを作る人にプライバシー云々を言われたくわないね。ばれれば大問題だよ? ばれれば、の話しだけど」

 

態度も表情も入室して来た時と一切変わらず、皮肉の応酬をするロッサにレオンは盛大に舌打ちした。この男の能力の前では機密情報も糞もあったものではない。

 

「んで……そのばれれば大問題になるネタを握ってる査察官様は、局の部隊長如きである自分に何様で?」

 

「部隊長如きとはご謙遜を。君の掴んだ情報で一体局内で何人がえらい目にあった事やら……おっと、失礼。今は関係の無い話だったかな?」

 

レオンが率いる地上捜査部第一課は陸と海、その両方から重用される珍しい部隊である。

検挙率や一度狙った獲物は必ず捕まえる事から、犯罪者達からは『猟犬部隊』と囁かれる程で、部隊長であるレオンは局内部の極めて政治的な方面にも精通しており、局内部で行われた不正や違法取引についても厳しく取り締まっている。

海と陸を繋ぐ部隊であり、局内部の腐敗を防ぐ鈴。そんな特異な面を持ち合わせる異色の部隊なのだ。

 

「ロッサ、レオン一佐は僕達に全面的に協力してくれているんだ。わざわざ相手が疑念を持つよう言い方をするな」

 

「はは、ごめんごめんクロノ君。あまりにも手際が鮮やかだったから。褒め言葉だよ、褒め言葉」

 

「どんな褒め言葉だ。脅してるようにしか聞えなかったぞ」

 

友人だとは情報で知ってはいたが、予想以上に仲が良さそうでレオンは少々面食らう。

本来、査察官とは身内を疑うような職種であり、部隊長や提督などからは嫌われる傾向にある事をレオンは熟知していた。どうやら、この二人の前ではそんなのは些細な問題のようだ。

 

「忘れるところだった。はい、クロノ君。同行許可書。それと、タッカー一佐、僕からも質問いいかな?」

 

「レオンでいい。で、質問ってのは?」

 

「どうして、六課にここまで協力を? リニアレールの件でも帰途を護衛してくれたし、今回の事だって、何故身を削るような真似をしてまで」

 

「上の意向には逆らえない。組織人の悲しい性ってやつだ」

 

「一課の人間の三割以上を使ってでもかい?」

 

ロッサの言った数値にクロノはぎょっとした。

一課とは海と陸を繋ぐ部隊であり、回ってくる仕事の量も他の課とは桁違いである。それを六課の支援に三割以上回すのは、他の部署からの調査依頼をかなりの数断っているのと同義だったからだ。が、レオンが言った事は更にクロノを驚愕させた。

 

「別に? それでも一課は回せてるから問題ないだろ」

 

「は? ……そ、そんな馬鹿な話しが」

 

「ぶっちゃけると一課の隊員は陸、海から来る依頼をこなしてても余裕があんだよ。完全に各個人の力量に依存したやり方だから、組織の運営としては愚の骨頂だがな」

 

人員が足りないのは一課も同じ。しかし、一人の人間が複数人の作業をこなせば組織は人員が少なくとも稼動し続ける事が出来る。ただし、それは酷く歪な運営の仕方であり、複数人分の作業をする一人の人間がいなくなってしまえば破綻してしまう非常に危ういものだ。

レオンは、本来こんな状態を好まない。組織内において替えがきかない人員が出てきてしまうのは仕方のない事だ。

 

だが、末端の局員にまで替えがきかない人員が出てきてしまうのであれば危険を通り越して異常だ。人員の質が高い、と言えば聞えはいいが一人の人間が倒れれば他の人間に皺寄せがくる。皺寄せがきた人間が倒れてしまえば他の人間へ……これが続けば確実に崩壊の途をたどる。回される人員は少なく、それで尚成果を上げなければいけなかったため、破綻する可能性が非常に高い運営をせざるおえなかったのだ。

 

そんな中、少し前に状況を打開出来る一縷の望みが打診されてきたのだが……その時のやり取りを思い出して、レオンは強面を更に厳しくしながら、ロッサの時と同じように盛大に舌打ちした。

 

「どうした?」

 

特に気分を害するような真似をした覚えは無いクロノからすれば、途端に厳しい顔つきになったレオンは不思議に見えた。

 

「ちょっと前にな、お前らが可愛がってる子狸と会議をした時の内容を思い出して気分が悪くなったんだよ」

 

「はやてが何かしたのかい?」

 

「ああ、あの子狸に一杯食わされた」

 

は……っと、ロッサとクロノは数秒間呆けてしまう。

レオンは政から部隊指揮、運営まで手広くかつ深く行える局でも有数の人材であり、その能力も出色しているのを知らない人間は、ド新人か余程無関心な者に限られる。むしろ知らない人間を探す方が難しいくらいだ。その本人が、はやてに一杯食わされたと言ったのだ。

 

「いやはや……はやての成長を素直に喜べばいいのかな、これは」

 

「ああ、そういえば母さんが人事についてレティさんに掛け合っていたな……」

 

随分と危ない橋を渡り切ったはやてに、男二人は何とも言えない微妙な表情をする。

と、そこへレオンのデバイス、セイバーが副官であるオイゲンが連絡を寄越した事を伝えた。

 

《ご主人、オイゲン殿がこちらに来るそうです》

 

「ん? 別に休んでても構わないんだが?」

 

《小官もそう伝えたのですが、ご主人だけだと相手にどんな無礼を働くか分かったものではないと、頑なに主張しまして……》

 

「今更手遅れな気がするが」

 

クロノとの初対面で、すでに無礼を働いているレオンからすれば本当に今更感が強いのであるが……あの堅物は絶対に退かないだろうな、とレオンは面倒くさげに息を吐いた。

 

「初対面の時は面食らったがな……別にこちらは気にしていない」

 

《ああ、クロノ提督。弁明させてもらいますと、ご主人も一線を越える事はしないように弁えておりますので、どうか平にご容赦を》

 

クロノとの初対面した際、レオンは特に気負いもする事もなく、こう言い放った。

 

『提督と一佐って、どっちが地位的に高いんだったか? ……まぁ、いい。大体同じくらいだろうし、別に敬語使う必要もないか。よろしくな、クロノ』

 

まるで親しい友人へ気軽に声をかけるように手を指し伸ばしてきたレオンに、クロノも気が抜けてしまったが、すぐに手を握り握手を交わした。

この時、クロノは相手が自分達を下に見ているわけでもなく、海の人間だからと言って目の敵にしているわけもでないのを察し、レオンの態度を咎めるような事はしなかった。

どちらが上だ、下だと不毛な言い争いをする気は、レオンは元よりクロノにも毛頭なかったのである。

 

「いいんだセイバー。緊張しているこちらへの、一佐なりの気遣いだったんだろう。陸と海の部隊が混じって一つの任にあたるに際してお互い睨み合っていては意味がない」

 

「クロノ君の人柄を前もって調べていたから、あんな態度を取った、とも言えるかもね?」

 

「穿った見方をすんなよ。あれで俺は平常運転だ」

 

レオンは一応、上官には敬語を使う。が、それも極めて稀で基本的にはクロノに取っているような態度が大半を占める。それはそれで問題があるのだが、副官であるオイゲンが非常に礼儀正しい人間であるため、相手方のご機嫌取りはオイゲンに丸投げしていたりする。

 

そもそも、レオン・タッカーという人物は机の上であれこれ考えて部隊を動かすよりも、実際に現場へ赴き体を動かしていた方が性分に合っている。しかし、人間とは不思議なものであって、レオンは運営や指揮と言った方向に稀有な才能があった。

 

本人は非常に渋っているが、自分に戦闘よりもそちらの方面に才覚がある事は自覚しており、昔のように最前線で相棒を振るっていたい欲求に逆らいながらも職務を全うしている。

レオンの横柄とも取れる態度が看過されているのも、一課が確かな実績を残しているからであり、その程度であれば誰も問題にしなかったのである。むしろ、部隊外の人間よりも、オイゲンに態度の事について小言を言われる方が多いくらいだ。

 

「ははは、成る程。一課の仕事は職人芸だと言われているけれど、部隊長にちょっとした問題ありって言うのは本当だったみたいだね。……そうだ、はやてはどうやってレオンを上手く丸め込んだのかな?」

 

「丸め込まれてねぇよ。状況と利害の一致だ」

 

「うん? じゃあ、何が不満なんだい? 君は相手に先手を打たれたからって気分を害する程、器は小さくないと思っていたんだけど」

 

「……あの小狸の掌で踊らされたってのが気に食わねぇ。それとその認識は修正しとけ。俺は器が小さい男だからな」

 

「ほんと、君にこうまで言わせるなんてねぇ……いつの間にかはやても逞しくなったものだよ」

 

「逞しくなり過ぎな気がするがな」

 

十年前、まだ幼かったはやてがここまでの人物になるとは予想もしていなかったクロノは嬉しいやら、悲しいやらで複雑な心境だった。それは、ロッサも同じである。

尤も、そんな男二人の心境をレオンは知るはずもない。

 

「ったく……十九であれなら、後数年したらどうなる事やら。末恐ろしい子狸だ」

 

「そうなると、益々気になるなぁ。会議の内容を差し支えないなら教えておくれない?とっても気になるんだ」

 

「思い出すのも癪だが……まぁいいだろ。お前らの妹分の立派な成長を聞かせてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話しが持ち上がったのは、レオンがはやてと部隊長間で連絡を取り合ってしばらく経った頃である。それまでに事務的な報告や互いの情報交換などのやり取りでレオンははやての優秀さ、それと同居するように時折発揮される狡猾さを感じ取っていた。

 

そこまでならばレオンの経験上、はやてはそこまで特出した人物でもなかった。両肩に課せられた重責を全うするには十分な器量を備えている。それだけの評価で終わっただろう。

後にレオンはそれを改める事になったのが、人事の件が話しに出た時である。

 

『一佐、手伝ってもらってばかりでは心苦しいですし、こちらから手助け出来る事はありませんかね?』

 

「別に。第一、依頼主から助けられるってのは関係的に本末転倒だろ」

 

『まぁまぁ、そう言わずに。成果と反比例して人員が少ないようですし、海から優秀な人達をそちらにお送りしますよ。あ、事件が終わっても一課の所属にしてしまっても構いませんから』

 

そう言ってはやてから送られてきた人物のリストを流し目で見ていたレオンだったが、リストの上から下に行くに従って、黒いサングラスに隠された目が驚愕に見開かれた。

何故なら、はやてが一課に送ると言っている人物達――彼らの能力が並の局員を遥かに凌いでいるものだったからだ。中には執務官資格持ちの人間すらいた。

これに対し、レオンは不信感を露にした。が、この人材達が一課に来てくれるのならば非常に助かるのも事実。彼らが配属されれば、現状よりもずっと部下達に楽をさせてやれる。休暇ももっと取れるようになるだろう。

 

――さて、ちょいと探りを入れてみるか

どうして破格な人材を一課に入れるようにしたのか。その真意を測るため、レオンはわざと眉を顰めながら、いかにも機嫌が悪そうな顔を作りホロウィンドウに映る子狸を見る。

 

「相手に条件が良すぎる取引を持ちかけると、全く信用されねぇぞ、子狸」

 

『これは失礼しました。なら、私の腹の内を話させてもらいます』

 

気分を害した様子もなく、あっさりと自分の思惑を話し始めるはやて。真偽はともかくとして、話しの内容は筋は通ってはいた。

 

一つ目、六課に力を割き過ぎると他の部隊に迷惑がかかり、一課の力を三割借りている六課に目が向く事になり、不足の事態が起きかねない。

 

二つ目、人材を送る事によって他の部隊員の負担を減らし、結果作業効率の上昇に繋がる。それによって六課にも利が回って来る。

 

三つ目、海の人間を部隊内に入れる事により、情報交換の幅が広がり円滑に作業を進められるようになる。

 

内容からすれば、一課にだけでなく六課にまで利益が伝播するのだから少しは納得出来るものでもある。それでも、レオンはこの微笑みを絶やさない子狸の申し出をはいそうですか、と素直に受け取る気にはなれなかった。

一見すると、両方に利があり、どちらも損をしていない――むしろ人材を流出するという点においては海に損があるように思える。

 

しかし、はやての提案には副次的な効果が一課に付いて来る。

海が紹介した人材を一課に招き入れると言う事は、レオンがやっている、海に人材を流し一課に情報が回って来易くする、その逆が起こる事になるのだ。

 

何分、一課はその性質上秘匿事項に触れる機会が多い部隊だ。その中には陸、または海に不利益なものも含まれている。それを紹介された局員が海に情報を流したらたまったものではない――――と、そこまで考えてレオンは思考を違う方向に向ける。

そもそも、そんな事をするために人材を紹介して来るはずがない。もし、海が紹介して来た人間が情報をリークするような真似をすれば、紹介者の顔に泥を塗る事になる上に、一課の海に対する不信感は深刻なものになる。そうなった場合、最悪一課が情報がリークされた事を口実に、海の調査依頼を断る事も出来る。

 

さて、ならば何故、このような事をするのか?

時間も勿体無い事だし、レオンははやての事を内心認めている。なので、直球で聞くことにした。

 

「んで、本当の目的は何だ? くどくどと建前を話したところで信用はしてもらえねぇぞ。本音を言え、本音を」

 

『あははは……やっぱ搦め手は通用しませんか。では、話させて頂きますね。ずばり、今回の件は、今後も良い関係が築けていけたらと考えまして、私が上申したんですよ』

 

「はぁ?」

 

あまりのも予想していなかった解答に、レオンの素っ頓狂な声が部屋に響いた。

 

『一課は特定の部隊と強い繋がりを持たない。違いますか?』

 

「さぁな」

 

はやてが言っている事は事実である。一課は多様な部隊と調査を共にしながらも、他の部隊と強固な繋がりはない。あくまで依頼があれば出向し、任務をこなす、ドライな部隊であると周囲には認知されているが故に、それが一種の職人のような空気を醸し出しており信用されている。

 

それが、部隊長であるレオンの方針だと気付いている人間は数少ない。

 

『そうですか。まぁ、ここからは子狸の勝手な推測だと思って聞き流してください。さて、一課が他の部隊と何故繋がりを強くしないのか。それは、他の部隊と仲良くなり過ぎると不都合が発生するからだと私は考えます』

 

「……」

 

『続けさせてもらいますね。その不都合とは、一課が裏で調査している件に影響が出てしまうからです。繋がりが強くなると言う事は、その部隊を深く知られるのと同義ですから。――ここでその裏で調査しているものですが、一課がそこまで力を入れているのに捉える事が出来ないホシがいる、と言う事』

 

「で、子狸の勝手な推測で、俺達の追っているホシってのはなんだ?」

 

『ジェイル・スカリエッティ』

 

見事に、はやては一課が長年追っているホシの名前を言い当てた。これにレオンは閉口した。あの世紀の犯罪者は、次元世界の到るところに施設を隠し持っており、管轄は海だ。ミッドチルダにでも拠点があれば別だが、陸の出る幕ではない。だが、レオンには退けない訳があった。

 

『……亡くなった方にはお悔やみ申し上げます。部隊員を家族と言い切る一佐の胸中、察するに余りあります』

 

「っは……そこまで調べがついておいて、俺にこの取引を持ちかけるってのか? 顔の面が厚いな、おい」

 

沈痛な面持ちをするはやてが言った言葉に嘘は無い、と察しながらもレオンは毒を吐く。

何をどうしようが、この話を断る選択肢は今現在レオンの中には存在しない。これだけの人間をこちらに寄越すのだと言うのに、これを断るのは相当な馬鹿か、ただの頭の固い阿呆だ。

 

「いいぜ、お前の話、乗ってやる。有り難く頂戴しておくとする。ただし」

 

『分かっています。向かわせた人間が問題を起こすようであれば、即座に海に送り返しても構いません。こちらとしても、今後も良い関係を築いていきたいですから』

 

「良い関係、ねぇ……」

 

結局のところ、今の関係を継続していきたいのだろう、この子狸は。

一課と強固な繋がりを持つ、と言う事は局の情報網の中枢の一旦を握るのと同じ。

部隊長であるレオンに個人的なパイプがあるのは他の部隊と比べて相当なアドバンテージになる。

過去、幾人もの人間達が一課に対して強固なパイプを築こうとしたが、あえなく失敗に終わっている。それを、この子狸は袖先に触れる所か、鷲掴みにしたのだ。要は、子狸が言う良い関係とは、持ちつ持たれつと言う事。

 

「ったく、一体どこのどいつだ。うちの内部事情を暴露した馬鹿は」

 

『ちょっと質問したら普通に答えてくれましたよ? ディン陸士は』

 

「…………ああ、成る程ね」

 

特に秘匿事項に抵触もしないため、ディンが口を滑らしたのだろう。

あいつの事だから、どうせこちらの仕事量も他の部隊より倍以上ある、だとか言ったに違いない。たったそれだけならば、普通の相手ならば困った事態になる事もない。どうやら、この子狸には致命的だったようだが。

 

ディンの性格と、はやての分析能力の高さを考慮に入れていなかったレオンは、椅子の背もたれに寄りかかり、降参だ、と言わんばかりに溜息を吐いた。

 

『しかし、何でまたディン陸士にあんな役職に就かせているのですか? 失礼を承知で申し上げますが、あまり向いているとは』

 

「そいつはお前の関知するべきじゃねぇだろ」

 

言葉を強制的に遮られたはやてはそれ以上の詮索をして来なかった。

もうちょっとしつこく聞いて来たら手痛い反撃でも喰らわせてやろうかと考えていたレオンは、面白くないと眉尻を下げた。

 

『失礼しました。では、今後もよろしくお願い致します。人に関しては約束通り、異動させますので』

 

「そうかい。じゃ、切るぞ。……それと、今後は今回みてぇに上手く事が運ぶと思うなよ?」

 

『肝に銘じておきます』

 

「そうしておけ。じゃあな、処女狸」

 

『っぶ?! だ、誰が』

 

顔を耳まで真っ赤にして慌てるはやてを見て留飲が多少は下がったレオンは、通信を即座に切った。

 

「――あれを子狸だとか言った奴、本当に誰だよ。傑物じゃねぇか」

 

どこの誰だか知らないが、本当に人を見る目が無い奴だ。と、心の内で愚痴りながら、レオンは今後来る人間達の配属を頭の中で考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「とまぁ、話の内容としてはこんな感じだな。感想は?」

 

「どう思う、ヴェロッサ」

 

「うん、立派に職務を遂行してるじゃないか、はやても」

 

相変わらず軽い言葉と笑みを絶やさないロッサに、レオンは顔を顰める。

 

「子狸が立派に職務をこなしてると、こっちに負担が来るんだがな」

 

「それだからはやてはそっちに人員を寄越したんだろう? 頑張れ、レオン」

 

無責任な事を言ってくれる、とレオンは毒づいた。

はやてが送って来た人間達は、一課に勝るとも劣らないレベルで優秀だった。これにはレオンも大助かりであり、情報を外に漏らすような素振りもせず、粛々と職務を遂行してくれているため、彼らに文句はない。その他の文句は、完全に私情から来るものなので問題にするべきでもないのだが、人の掌で踊らされるのは良い気分ではないのが本音だった。

 

「へぇへぇ、微力を尽くしますよ」

 

絶対にいつか仕返しをしてやる、と子供の悪戯染みた事を考えながら、丸っきりやる気が無い様に、若干不貞腐れながらレオンは返事をした。

 

そこへ、一人の部隊員が開けっ放しのドアから入ってきた。

 

「失礼します。オイゲン・ベルカーク一等陸尉です」

 

部屋に一歩入るなり、ビシっと敬礼をする男。

この男こそ、レオンが真面目が服を着ている人間と称する一課の縁の下の力持ちである。

歳は今年で三十になり、黒い髪を丸刈りにした坊主頭と堅苦しい態度が、やけに軍人染みた空気を放っている。

 

部隊の人間曰く、一課の苦労人でもあるオイゲンはその苦労を一切表に出さない我慢強さと多少は口煩くとも、部下の人望を集める寛容さと人柄を持ち合わせている人格者で、一課以前からの付き合いがあるレオンは、管理局の中で最も信頼している部類に入る人間である。

 

敬礼を終えると、きちっとした足取りでソファに座っているレオンの左手に立った。こういった会議の場でのオイゲンの定位置だ。

 

「遅かったな」

 

「惰眠を貪っている部隊員を起こして回って来ましたので。部隊長、クロノ提督、遅れて申し訳ありません。局員にとってあるまじき醜態、申し開きようもありません」

 

「こういう奴だ。気にしないでくれ」

 

「ああ、分かった。ベルカーク一尉、寝ている局員まで起こさなくていい。今回の件で奔走したのだろうし、もう決めるべき事は決めてある。現地に着くまで休ませてやってくれ」

 

「ご寛大な処置、痛み入ります。では、そのように致します」

 

オイゲンが端末を使いホロウィンドウを開き、隊員に一言伝えると、その後ろでは睡眠をとれる事に喜ぶ複数人の姿が。ギャアギャアと騒いでいるため、クロノ達にも丸聞こえだ。

レオンはそんな部隊員の様子にニヤニヤと悪ガキのように笑い、オイゲンは片手を額に当てて、一言。

 

「いつもの事ながら困ったものです……」

 

眉間に皺を寄せ、片手で額を押さえて、やれやれと呟くオイゲン。この動作、一課内の名物である。

 

「ははは、気にしなくていい。――さてと、色々話している内に大分脱線してしまったな。本題に入ろう」

 

「作戦の最終確認だっけか? 何かあんのか?」

 

「作戦の変更を今更する気はない。ただ、先陣を切る君達一課と、こちらの距離が少し離れている。これをもう少し縮める事は出来ないのか? これでは、万が一があった時に、君達は孤立し、退路を断たれる事にもなりかねない」

 

今作戦の配置において、最も敵の攻撃に晒されるのがレオン達一課だった。

陣形を楔形とし、その先端に一課を配置。敵を掃討しつつ橋頭堡を確保し、徐々に施設内の捜索、制圧範囲を広げていく手筈となっている。

当然ながら最先端にいるレオン達は真っ先に敵と接触し、戦闘となるわけだが、レオンの提案で、最先端にいる一課と、クラウディアクルーの間隔が必要以上に空いていた。これでは横から襲撃を受けた場合、容易に分断され、クロノが言うように退路を断たれてしまう。

これにはレオンも同意見だが反対するに値すべき懸念材料があった。

 

「ここのクルーが弱いとは思わない。だがな、施設を見て、隊員達が全く取り乱さないと言い切れるか? 閉所での恐慌状態に陥った奴が一人でもいれば、それが全体に伝播するのは早い。そうなれば連携も糞もない。最悪同士討ちにも発展しかねない」

 

「だからこそ、君達が先陣を切ってくれるのは分かる。だが、これではあまりに……」

 

「捨石のように見えるってか? 提督様は随分と俺らを安く買ってるようだな? 今回連れて来たのは選りすぐりだ。こういった状況にも慣れてる。喚き散らすような奴は一人もいねぇよ」

 

「……やはり、僕が直接下りて前線指揮するのは、承諾してもらえないか?」

 

「当たり前だ。今作戦のトップがなんで最前線に出て指揮すんだ。お前はここで待機。非常事態に備えて椅子の上でふんぞり返ってな」

 

最早、どっちが上官なのか分かったものではない会話に副官であるオイゲンは頭を抱えたそうだった。若いとは言え、相手は海でXL級の新造艦を任されるエリート中のエリートなのだ。それ故に、影響力もある。そんな相手にいつもの調子を全く崩さずにレオンは対する。

 

遠慮などしない。真っ直ぐに意見を突きつける。

 

「第一、こんなデカイ船をトップがいないで誰が管理するってんだ? お前にとっちゃ勝手知ったる家みたいなもんなんだ。作戦指揮でここにいるのは当たり前だろうが」

 

至極当然な意見にクロノは黙るしかない。

前のブリーフィングでの決定事項であったにも関わらず、意外と食い下がってくるクロノに、その訳をレオンは大体察していた。

 

「……現場を気遣ってくれるのはありがたいがな、立場ってもんがあんだろ」

 

「はぁ……こういう時は、自分が置かれている立ち位置がもどかしく感じるよ」

 

「確かに、俺なんぞよりも遥かに強いお前が現場に行けば、負傷者も減るだろうよ。でもな、部隊の指揮官ってのは、指揮所に居てこそだ。でなけりゃ戦線が混乱する」

 

「昔が懐かしいな。アースラのメンバーと前線に赴いて戦っていたのが」

 

「はやて達が研修中だった頃は、クロノ君は何だかんだ言って楽しそうだったけどね」

 

レオンは、クロノ・ハラオウンと言う人間の経歴を見る限りはエリート街道まっしぐらの、真面目な局員であると評価する。そして、レオンの中では重要な評価基準である現場を知っている、と言うのが、クロノの評価を高めていた。

何よりも、輝かしい功績の裏にある、レオンが調べた限りで泥臭い下積み期間があった事が、目の前の若過ぎる提督を好ましく思える大きな要因の一つともなっていた。

 

「では、そろそろ戻る。レオン一佐、ご武運を」

 

「じゃあね、レオン。また一課にお邪魔するよ」

 

「二度と来んな」

 

ロッサは複数回にわたって、一課に探りを入れてきた事がある。ロッサのレアスキル『ウンエントリヒヤークト』の前ではプロテクトも何もあったものではないだが、機密を多く扱っている一課のセキュリティは他の部隊とは一線を画す。

 

初めて発見された犬を見たレオンは、一発で相手がロッサだと見抜いた。しかし、相手は聖王教会騎士、カリム・グラシアの義理の弟。下手に問題を大きくするのは得策ではないと判断し、プロテクトの強度を更に引き上げる中途半端な措置に終わった。それで終わればよかったのだが、一課に潜入するのを一種の楽しみととったのか、度々一課で犬が目撃されている。その度にプロテクトのヴァージョンアップを行う羽目になっているのだ。

そのため、実は一課のセキュリティは、地上、海の本部よりも高いものとなってしまっていたりする。

 

何でたった一人を相手取るために全く費用に見合わない設備を整えなければいけないのか。

レオンがロッサを相手にしたくない最たる理由の一つである。

ひらひらと手を振りながら部屋から出て行ったロッサに、レオンは頭が痛くなるのを感じた。

 

――どうせまた来るんだから、費用の申請しとくか……

 

申請が通り資金がおりれば防犯対策課の人間達は喜ぶだろうが、また維持費に使う金が高くなるのか。

レオンは頭の中でどれくらいの費用がかかるのか計算していると、オイゲンが話しかけた。

 

「よろしかったので? あれほどに表も裏も含めて話してしまって?」

 

「おい、セイバー。通信をオイゲンに聞かせてるなら一言ぐらい言えよ」

 

《失礼。許可を得る必要性を感じませんでしたので》

 

レオンが相棒であるセイバーと共にあって、すでに十年以上が経過しているが、いつの間にかこんなにも人間らしさを得たのか。知りうる限りでの心当たりはお喋り好きなあの二挺拳銃しかいない。あの無駄に高性能なお馬鹿デバイスは勝手に人の所有物を弄くり倒すから困る。だが、その分性能が上がるので過去にデバイスを弄られたレオン、オイゲンはあまり強く言えなかったりする。

 

「いいんだよ。そもそも、あっちが本腰入れて調べに来たら丸裸にされるだろ。だったら最初っからオープンな方がいい。共同捜査は信頼あってこその成果、だ」

 

「そうですか。そもそも、今回のように一課が内側を晒すような大きな動きをしてしまった時点で選択肢など無いにも等しき、でしたね」

 

「そう言うこった。それによ、話し合ってはっきり分かった。あの連中は私欲の為に権力を使うような奴等じゃねぇ。そろそろ純粋な海出身の奴にも信頼の置ける人間が欲しかったところだ。丁度いいだろうよ――で、そろそろ堅苦しい喋りはよせ」

 

「部隊長、今は任務中です」

 

「あの軽薄男の犬もいねぇし盗聴もされていない。それにこっからは局員としてでもなければ部隊長としてでもない、個人的な話しだ」

 

オイゲンは数秒間考え込むと、レオンの言葉に首肯し口調を改めた。局員としてではなく、友人としての口調に。

 

「分かった。珍しいな? お前が任務前に個人的な話を職場に持ち込むのは」

 

レオンとオイゲンの関係は私人としては十年以上の長い付き合いの親友だが、職場ではあくまで部隊長とその副官だ。二人はその関係を徹底している。

態度は元より、はっきりとした上下関係なのだ。それは組織においてごく個人的な関係を持ち込めば調査において判断を誤りかねないからであり、隊員の命を預かる隊長と副官としての義務であり責任だと考えているからである。

 

尤も、六課のはやてのように非常に緩い上下関係の部隊も存在する。要は、その隊長がやりくりし易いように部隊を導けばいいのだ。

 

「大体察しはつく。ディンの事だろう?」

 

「優秀な副官を持つと話が早くて助かる。で、どう思う?」

 

「どうもこうも無い。私達は信頼出来る上司の命令に従えばいいさ」

 

「――おっさんを疑うわけじゃないが、どうにも解せねぇ……何でこのタイミングでディンを表に出そうとする? いや、そもそも何の目的があってディンをあそこまで派手に目立つようにする? 今日、あの金髪のお嬢相手に模擬戦をやれ、しかも全力で叩き潰せたぁ豪勢過ぎるとは思わないか?」

 

オイゲンと同じように、レジアスともレオンは付き合いが長い。それはディンも同様だ。

だからこそ、レオンは理解出来ない。そも、機密の塊であり、あの事件の真相を知る人間であり、血は繋がっていなくとも彼女の息子であるディンを公の場に姿を晒すのはリスクが高く、悪く言えば百害あって一利なしだ。

 

「舞台を整えているのだろう。誰が主役で、誰が敵役なのかは分からないがな」

 

「敵役なら決まってるだろうが。あの糞学者だ」

 

サングラスの奥に隠される漆黒の瞳に、激情が露になる。

心底憎らしく、忌々しそうに腹の底から出たレオンの声には強く、濃い憎悪の色があった。

 

オイゲンもまた、相手があのジェイル・スカリエッティであるから心中穏やかでは決して無い。しかし、レオンが万が一取り乱した場合、自らが冷静でなければならないため勤めて平静を装う。それが、部隊長を補佐する副官の仕事であるからだ。良くも悪くも愛憎を抱えやすい男の補佐もそう悪い物ではないとオイゲンは思っている

 

「ともかく、あの人なら配役も悪いようにはしないだろう。敵役にされた人間はご愁傷様だが」

 

「一生ブタ箱から出れないようにはなるだろうな。相手が糞学者なら尚更だ。俺も、一生出す気は無い」

 

「やれやれ、あまり私情を挟むのは関心しない。困った物だよ、我が部隊長様は。何故私の直属の上司はこうも癖のある人物達ばかりなのか……」

 

彼女、そしてレオン。

今まで二人の副官しか経験の無いオイゲンであるが、その苦労は並大抵のものではなかった。

無法天に通ずを地で行く人間と、愛憎を抱きやすく時折暴走する人間。二人の副官を務めている間にオイゲンは他の局員よりも何倍もの濃い経験をしてきた。その中には二人の後始末が多分に含まれているのだが、これもまた課せられた運命なのだろうと二十代前半で悟り、二十代後半から現在に至るまではオイゲンはそれなりに楽しく職務をこなさせてもらっている。

一課の苦労人、などと呼ばれているがそれもまた任務の内であろうとさえ、この男は思っているのである。

 

皮肉めいた言動であったが、そう言うオイゲンの口元は緩んでいた。

 

「ああ、そういや懐かしい夢をさっき見た。お前があの人と一緒に俺を捕まえに来た日の夢をよ」

 

「あの時か……正直、お前がババァ呼ばわりした時、私はあの人が暴れるのではないかと死を覚悟したぞ。金輪際止めてくれ」

 

「安心しろ。もう、やりたくても出来ねぇからよ」

 

 

「それもそうか。しかし、人生とは分からぬものだ。出会った当初など、お前が私の上司になるなど考えもしなければ予想も出来なかった。私もまだまだ精進が足らん証拠か」

 

今は部隊長としての風格と能力を併せ持つレオンだが、現在に至るまでは何かと問題が起こっていた。

まずはレオンの忍耐の無さに始まり、挑発にすぐに乗り、激昂しやすい。

これらを直すのにまさかオイゲンも三年以上の月日を費やすとは思いもしなかった。

いかに運営に関しては天才的な嗅覚と手腕を持っていても、情報を取り扱う人間としては失格もいいところである。まだレオンが十代後半の際には何かと手を焼いていた。

 

部下もまだ今ほどに仕事が出来る訳でもなく、思い返せばその時から苦労人と囁かれていた気がしないでもない。思い出となった今では笑い話の一つだが、当時は毎日のように胃が悲鳴を上げていたのをオイゲンは鮮明に思い出せるのである。

 

「んなもん俺だって同じだ。ずっと最前線で戦い続けるかと思えば、今は部隊長でしかも調査を主にする部隊の隊長様だぞ? ほんと、人生分かったもんじゃねぇ」

 

 

「お前は昔から才能の片鱗を見せていたさ」

 

「俺はこっちよりも剣の才能が欲しかった」

 

「無い物強請りはいかんな。身を滅ぼす原因だ」

 

「へぇへぇ……んで、ディンから最近何か報告で特筆すべきもんとか来てるか?」

 

オイゲンはディンの事情を深く知る局でも数少ない人物であり、ディンが集めた情報は直接オイゲンに報告される。

ディンが調査して集める情報は機密を含むものが主なため、レオンも信頼の置ける人物にしか報告を受けさせたくない。そうなると消去法で自然に報告はオイゲンにするようになったのだ。

 

「いや、今の所は特に無い。ただ」

 

「ただ?」

 

「これは私の主観だが……あの子は六課に行く前とでは少し変わった、と思う」

 

「ああ、そういやそうだな」

 

オイゲンは報告でウィンドウ越しだが、ディンを見れる。

レオンは偶に話し相手としてプライベートでディンに通信を繋ぐ。

その二人が共通で感じている事があった。

 

「なんだろうな、言葉にしようとすっと難しいんだが……こう、固くないっつーかなんつーか」

 

「そうだな、空気が柔らかい、いや隙が多い、とでも言えばいいか?」

 

「隙が多いってのは言い過ぎだろ。え~と、あ~あれだ、昔あったな。多分、頭の片隅で別の事を常に考えてる感じ、じゃね?」

 

報告中であれ、何であれ、ディンは任務中には絶対に自らが遂行すべき任務以外を考えない。任務を達成するにあたっての道筋や作戦は考えるにしても、他の事に気を取られるなどまずない。

レオンには、今のディンの状態には過去の例を見るに少なからず心当たりがあった。

 

「……親しかった隊員が亡くなった時の話か? だが、あの時と今ではあの子の様子が大分違ったぞ?」

 

「っはっはっは、恋でもしたんじゃねーの?」

 

レオンは極めて有り得ない冗談を言ったつもりだったのだが、オイゲンはそうはいかなかった。何故ならオーリスが前にディンが気になる人がいる、などと口走っていたのを思い出したからだ。

何やら自分の冗談を真に受けているオイゲンをレオンが口を真ん丸に開け、唖然としてしまった。交渉の場や戦場では致命的な隙であろうが、運よくここは戦場ではない。レオンが手痛い攻撃を喰らう事はなかった。

 

「え? マジで? 俺、冗談で言ったんだけど? つーかあいつが恋? 天変地異の前触れかこりゃ?」

 

十年以上の付き合いのある友人から酷い言われようだが、実際のところ事実なので仕方ない。レオンもオイゲンも、ディンが特定の女性と仲良く腕を組みながら街中を歩いている場面など、話のネタになっている本人には非常に失礼だが、全く想像出来ないのだ。

 

「天変地異クラスの事ならもう予言されているだろう。ただなぁ……私はあの子にそろそろ人を愛する喜びを知って欲しいよ」

 

オイゲン・ベルカーク、三十歳。美人の妻に今年で三歳になる子供がいる。

レオンもオイゲンの妻と子供とは面識があり仲がよい。オイゲンのここ最近の悩みとしては

、自分よりもレオンの方に子供が懐いてしまっている事。将来の心配事としては、レオンに憧れた子供がサングラスをかけて厳つい不良のような格好をしないかどうかである、と言うのをレオンは知っていた。

 

「既婚者様が言うと言葉の重みが違うねぇ。まぁ、その話は酒飲んだ時にでも聞けばいいだろ」

 

「そもそも、酒があまり好きでないあの子が誘いに乗るかどうかの問題があるがな」

 

「違いない。さぁてと、俺はもう一眠りする。お前も寝て置けよ」

 

「っは。了解しました、部隊長」

 

一礼すると、すでに一課の副官としての顔に切り替えたオイゲンは規則正しい足運びで部屋を出て行った。残されたのはレオンと相棒のセイバーだけだ。

レオンはサングラスを取り、懐からアイマスクを取り出して付ける。体の芯まで浸透していた疲れが眠気によって再び呼び起こされ、意識を急速に落していく。

 

意識が完全に落ちる際、今度はもう少し楽しい夢を見れればいい、とかつて自分の人生の中で一番輝いていた頃を夢想しながら眠気に身を任せた。




どうも凡人です。

今回の話し、どうにもこういう流れで話しを考えるのは難しいなぁ、と力不足を痛感する十四話でした。

二万文字を超える長い話になってしまいました。もっとコンパクトにまとめたかったのですが、作者の技量ではこれが限界でした……

また、お気に入りが300件を突破いたしました。作者としても嬉しい限りです。
これからも頑張っていきますので、よろしくお願いします。

では
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