魔法少女リリカルなのはStrikerS 【ブレイカー】   作:凡人Mk-II

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第十六話 共通点

フェイトとの模擬戦より一日後、ディンは平常通り業務に従事していた。

現在時刻は、十二時時丁度。予定通りならばレオン達の施設制圧、及び調査が終了し、帰途についてる最中の筈だ。

レオンとオイゲンが不覚を取るとは考えもしないが、他の隊員はそうもいかない。戦い馴れているとはいえ、彼らはエースではない。最悪死亡する可能性さえあるのだ。

ディンにとって、一課とは家も同然であり、そこに所属する隊員達とはそれなりに親しい者もいる。だからこそ少しだけそわそわとしていた。

 

「ディン陸士、書類の作成終わりました」

 

「了解しました。チェックの方は私がしておくので、休憩を取ってください」

 

「はい、では先に失礼します」

 

一人の隊員から書類のデータを受け取り、ディンはチェックを始める。

ここ最近、進入禁止世界の事件が起こる前から、どうにも他の隊員達の書類のチェックやら管理等を任されている自覚がある。確かに、得意分野の一つでもあるが、何故そんな事を任せるのか、分からなかった。

 

《ふむふむ……やっぱり六課の方々は事務の方も優秀な人ばかりですねぇ》

 

ディンの頭の周りを飛びながらジャッジメントがしみじみと言う。

先日の模擬戦からディンが優秀な魔導師であるのは周知の事実となり、ジャッジメントもこうして姿を隠す事無く出てこられるというわけだ。書類の整理やチェックなど彼女にやらせてしまえばいいが、それは給料泥棒に近い形になってしまうため、ディンはやらない。力を借りるのはあくまで非常時の時のみだ。

ディンは出鱈目な速度で書類のチェックを終わらせ、不備が無い事を確認する。その間に他の隊員とは遅れて書類を提出しに来た。

 

「す、すみません……書類の作成が終わりました」

 

少しどころか、かなりビクビクしながらディンに業務が一段落したのを告げる隊員に、いつも通りの対応をすると余計に恐がられた。この隊員は、書類の不備があった際に注意した一人である。確かに、不備があった事を厳しく言った覚えはあるが、ここまで恐がられる程に強く言った覚えも無い。

はて、と心当たりが無いディンは内心で首を傾げたが、すぐに原因に思い当たった。単純に自分があまりにも無感情過ぎて気味が悪いだけだろう、と。

とはいえ、このまま業務をさせても効率が悪くなるだけだ。どうしたものかと、ディンは常人には到底及ばない頭脳を回転させてこういった場合の対処方法を記憶の中から探し出す。

十年以上前まで記憶を遡り、そこで母の言葉が再生された。

 

『部下から相談をされん上司など、いくら有能であっても信頼関係を築けていない証拠だ。それでは有事の際に連携が取れずバラバラになる。だから、部下の動向には常に目を光らせておく。それを忘れては駄目だぞ、ディン』

 

上に立つ者は、そこに在るだけでは駄目なのだと、教えられたのを思い出した。

いや、しかし、これはどうすればいいのだろう。ディンは数秒の間に、母から教えられた事はまだ無かったかと更に記憶を掘り起こす。

 

「(ああ、そうだ。忘れちゃいけない事があった)」

 

対処法と書類のチェックを同時並行で行ったディンは、この隊員に大事な事を言っていなかった。

丁度いい、今言おう。

また怒られるのではないか、そう緊張している隊員に言葉をかけた。

 

「前に比べればとても良く出来ています。このままの調子で続けてもらえれば問題ありません。お疲れ様です、休憩を取ってください」

 

それは、きちんと成果を出した相手を褒める事。

失敗を正すのは、当人に不得手、出来ない箇所を自覚させるためであり、褒める事は得意、出来る事を伸ばすためである。

怒ってばかりでは、出来ないものだけを自覚させてしまい、褒めるだけでは、出来ない箇所を修正する事は出来ない。ここらへんの飴と鞭のバランス感覚は、母はとても優れていた、とディンは思う。

 

「あ、ありがとうございます! で、ではお先に失礼します!」

 

褒められたのが嬉しかったのか、努力が実ったのが良かったのか、さっきまでの強張った顔が嘘のように緩み、敬礼をして隊員は食堂へと向かって行った。その足取りはスキップでもしそうな程軽い。

 

「……?」

 

当たり前の事を言われて、何故あそこまで喜びを感じているのだろう。やはり、相手の感情の機微を読み取るのは難しい。

隊員の心境を理解出来ないディンは、首を少しだけ傾げえると、チェックに意識を戻した。

 

それから数十分後、割り振られた隊員達の書類のチェックが終わり、時間は十三時を回り、後数分で休憩時間が終了する。休憩を取りにいけなかったが、一食抜いただけで死ぬ訳でもない。

このまま定時まで作業を続けよう。ディンの胃は食事を摂らせろと空腹を訴えていたが、無視して再びキーボードを操作し作業を再開した。

 

「ディン陸士、食事をしに行かないのですか?」

 

今しがた作業を終えたのか、グリフィスがディンへ声をかけた。どうやら、これから食事をしに食堂へ行くようだ。今から休憩を取ると、どれだけ食べるのが早くても休憩時間内には戻って来れない。時間を超過して休憩を取っても、グリフィスは問題が無いかもしれないが、ディンは他の局員の書類関連の指導や、チェック、相談を受ける等の作業もあるため、きっちりと時間内に休憩を取らないと、現場の回転が多少なりとも遅れてしまう。だから、ディンは休憩を取りには行かないと先程決めている。

 

「他の隊員達の事もありますので」

 

「そうですか…………ふむ、ディン陸士、少し話したい事があるので、ご一緒しませんか? ああ、作業に関しては大丈夫です。そろそろ他の隊員達も自発的に作業に取り組んでくれるでしょうし」

 

「分かりました」

 

上司にこう言われては是非もない。ディンは席を立ち、グリフィスの後ろにつく形で食堂へ向かった。

途中で、食事から帰ってくる局員達と擦れ違う。顔はどことなく満足そうで、六課の食堂のおばちゃん達の腕が優れている事が顕著に窺えた。

 

食堂は休憩時間が終わっている事もあり、がらんとしていた。カウンターで食器の片付けをしているおばちゃん達だが、どこかやり遂げたような顔をしていたのがディンには気にかかった。

……何だが、洗っている食器の中で明らかにサイズがおかしいものが見えたが、見間違いだろうか?

ディンの視線に気付いたグリフィスが答えた。

 

「ああ、あれはきっとナカジマ二等陸士と、モンディアル三等陸士が食べた後ですよ。あの二人の健啖ぶりは相当だと聞いているので」

 

《え? あの皿、どう見ても大の大人十人分くらいあるように見えるんですけど……》

 

「なんでも、あの二人が揃って外食すると、オーダーストップがかかるレベルだとか、何とか噂されているみたいですね」

 

もしかしたら、フォワード陣と同等ぐらいに食堂の人間も激務をこなしているのか、と労うようにディンはおばちゃん達を見た。

 

ジャッジメントとグリフィスの雑談が終わると、カウンターで注文する。

グリフィスは、魚焼き定食を、ディンはから揚げ定食を頼んだ。

数分もしない内に出来たての定食が運ばれてきた。魚は今焼き終わったと言わんばかりに湯気を立て、身を程よく焦がしていた。から揚げは、内側に凝縮された肉汁がたっぷりとあるであろう事を想像させ、衣はパリッと焼きあがっていた。

 

トレイを受け取ると、グリフィスは食堂の端にあるテーブルに座った。

入り口と食事を受け取るカウンターからわざわざ遠いこのテーブルを選ぶとなると、仕事に関わりのある話しかと、ディンは予想をつける。

 

「いただきます」

 

グリフィスが言うと、ディンも食事を口に運ぶ。そのスピードたるや、凄まじいものがあり、三分としない内に食器の上にあった料理はディンの胃袋の中に納まった。

一課は緊急出動が多いため、食事をさっさと摂らないと出動があった場合朝から何も食べていない状態で戦闘する事になるからだ。

早業の域になっているディンの食事を、グリフィスは苦笑しつつも箸を動かす。本人は何時もの事なので気にもしない。

食事が粗方片付き、お茶を啜っていると、グリフィスが話を切り出した。

 

「隊員達への指導、まとめ、いつもお疲れ様です」

 

「いえ、私の知識が周囲の助けになっているのならば幸いです――一つ、よろしいですか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

「何故、私に周囲の隊員達のまとめや指導を命じたのですか? 階級や年齢が高い方のほうが下手に事態を混乱させずに済んだのでは?」

 

ディンの階級は一等陸士、一番下の階級から数えた方が早い地位にいる。今年で二十四になるとは言え、年齢的に見るのならばまだまだ若輩である事は疑いない。

組織の序列において、階級、年齢が高い程に発言力や全体を動かす力があるのは言うまでもない。だが、今回の事においては全くの逆が起きた。

年齢も高くなく、階級に関してなら底辺にいると言ってもいい隊員に、指導やまとめ役を任せるなど例外もいいところだ。それに、階級が高い人間が自分よりも低い階級の人間に指示を出されるなど、不愉快もいいところだろう。

周囲の反感や不満を押し切ってまで、何故自分を任命したのか、ディンはそれが謎で仕方ないのだ。

 

「貴方が、あの一課に所属していたのです。能力、と言う点ならば疑いようがないですよ。地上での一課の評価は、あまり聞かないのですか?」

 

「生憎と風評には無頓着で」

 

「戦闘、制圧、斥候、こと情報収集に関しては局随一と呼ばれ、尊敬の眼差しで見られていますよ?」

 

《うはぁ……何という美化された噂なんでしょ》

 

「違うのですか?」

 

「一課は犯罪者であった者を司法取引によって部隊に多く迎え入れています。ならず者部隊、と昔は呼ばれていました。結果を出していれば周囲の反応も変わるのは理解できますが……」

 

《ぶっちゃけ、局員としては礼節は最低限ですし、口調も結構荒い人とかもいますよ? 能力は申し分無いんですけど》

 

人手が足りない状況を打破しようと、元犯罪者の中から比較的まともな人間を選び、司法取引を持ちかけて局員にしてしまうのは、一課では日常茶飯事だった。

取引に応じて一課に入ってきた人間は大抵面食らう。何故なら、一課が噂と管理局とのイメージとかけ離れているためだ。隊員達は情報を扱う人間であるのに、スラングを使うわ、口は軽いわ、態度はやけにフランクだわで大変なのだ。それでいて仕事はプロとしての矜持を持ち、絶対に口を割らない意志を持っている。

実は、一課の情報収集能力の高さは、この司法取引の恩恵に寄るものが大きい。同業者は、犯罪者が行うであろう手口を知っているからだ。元犯罪者の隊員は、そう言った嗅覚は鋭い。何故なら同じような手口で危険な場面を幾度と無く切り抜けて来ているのだから。

 

そんな荒くれ共がまとまって共同作業を行えているのは、ひとえにレオン・タッカーの人望の厚さと手腕が優れているからだ。更に言うなら、レオンも元犯罪者。犯罪を犯す人間の心理をよく知っているし、御し方も分かっている。

『一課は、レオン・タッカー以外に扱えない』

近隣の部隊には、よくそう囁かれている。

 

「確かに、態度は少し問題があったかもしれませんが、許容範囲内でしたよ? 書類にまとまった情報も、こちらが理解し易いようにとても丁寧にまとめられていましたし」

 

「グリフィス準陸尉は、うちの人間と関わりが?」

 

「関わり、と言う程ではないですが、昔任務で捜査を共にした事があって、その時ですね」

 

《うちの隊員、外見とは裏腹に、仕事は緻密で早いんですよね……ホント、見た目ただのチンピラなのに》

 

「よく言うではないですか、人は見かけによらない、と」

 

確かに、と上司であるレオンがあんなだからか妙にグリフィスの言葉に、ディンは納得出来た。

 

「まぁ、貴方が他の局員に認められているのはそう言う事です。それに、実務であれ程に優秀さを見せ付けられれば文句を言う人間はいないですよ。今の所、不快、不満に思っている局員もいないようですから、大丈夫だと思いますよ――それで、相談があるのはここからなのですが、ディン陸士は今の体制をどう感じていますか?」

 

一隊員に過ぎない自分が、影響範囲は大きくないとはいえ、体制方針について相談されている。

それが今までの経験上あまりなかったからか、ディンは逡巡した。

迂闊な発言は出来ないが、意見を求められている以上何かを言わないといけない。

まずは感じているままに発言してみよう、とディンは日頃感じている問題点について提起した。

 

「まず、グリフィス準陸尉にタスクが集中し過ぎています。準陸尉の能力ならば捌けてしまうかもしれませんが、それでは他の局員の能力を高める事が出来ません。チェック等は現在私が行っておりますが、それでもまだ集中し過ぎかと」

 

「ふむ……つまり、仕事をもっと他の局員達に割り振るべきだと?」

 

「はい。幸い、優秀な方が多いですし、多少仕事量を増やしても問題ないでしょう。物足りない、と感じている人も反応を見るにいるようですから」

 

「となると……チェックする人員を更に細かく分けて、成果物をディン陸士がチェック、最終的に僕のところに持ってくる、とした方がいいでしょうか?」

 

「そうですね、私の下に、更にリーダーを立てて、その局員がチェック、それを私が精査し、OKならばグリフィス準陸尉に渡す形になりますね。責任の所在をはっきりさせれば、いままでのように私達が各個人に指示を出さず、リーダーが作成者に言えばいいですし。体制が浸透するまで多少時間がかかるでしょうが、慣れれば作業の効率は元の戻るかと考えます」

 

ふむ、とグリフィスは顎に手をつけ、目を閉じ黙考する。

眼鏡と、彼自身が何時も漂わせる理知的な雰囲気と相まって非常に様になっている。

これが、うちのレオンには絶対に無いような空気だよなぁ、と思考を明後日の方向に飛ばしていると、考えが一通り纏まったのか、グリフィスは瞼を開いた。

 

「修正は必要でしょうが、草案としては十分ですね。部隊長に私から上申しておきましょう。ご意見ありがとうございます、ディン陸士」

 

「いえ、この程度でしたらいつでも自分の知恵をお貸しします」

 

あっさりと自分の意見が組み込まれた事に、ディンは内心驚いていた。そも、いままでの任務の特性上自分の意見を言う事など皆無だったからだ。それは今までが今までであったが故に。

 

ディンは自分が内情捜査官に向いていない事など、百も承知である。

容姿は元より、態度があまりにも目立ちすぎ周囲から確実に浮く。それでも、何故身丈に合わない任務をしているかと言えば、簡単に言うならば、囮役を引き受けているからだ。

自らが目立ち、他の内情捜査官が内部を調査する、簡単な仕組みだ。この方法は以外と馬鹿に出来ないもので、明らかに怪しい人間がいれば無意識の内に注目してしまう。そう、囮役となった人間がちょろちょろと調べまわっている痕跡があれば尚更。

当然ながら、そんな存在がいれば調べられている人間は消そうとする。人間関係の淘汰、過去に何かしらの過失が無いか、あるいは武力行使、ありとあらゆる手段を使って部隊から追い出そうとする。それに耐え切れる人材が今の所ディンぐらいしかいないのである。

だかこそ、ディンはその役を買って出ている。

 

このような事が日常茶飯事であったため、組織内においてディンは考えを表に出す事がまずなかった。時折、レジアスやオーリス、レオンから意見を求められはするが、それでも今回のように指標となるような意見をしない。それは組織内の自らの分を超えるからだ。

 

――僕は、大勢に影響するような事を口にすべきじゃない

 

自分の出自や生い立ち故に、強くそう思うのだ。だが、先程の言葉はどうだろうか?

小さいが、明確に体制を変える一因になるような事を口走った。上司から求められたのだから仕方ないと思考を中断する事は出来る。それでも、もっと考えてから発言する筈だ、いつもの自分ならば。

 

はて、どうしてだろう、とディンはそうなってしまった原因を探るとすぐに出てきた。

レジアスから六課の支援をしろ、と言われているからだ。とても単純でとても強い原因。『命令』という、ディンの中で最も強烈な強制力を持つ言葉。

 

「あら、グリフィス君に、ディン君じゃない。どうしたの?」

 

「シャマル先生。少々ディン陸士と今後の事についてお話を。今丁度終わったところです」

 

「そうだったの? あ、お邪魔じゃないのなら隣いいかしら?」

 

「僕は構わないですよ」

 

「どうぞ」

 

上司が許可したのに、まさか部下が拒否するわけにもいくまい。ディンは隣の椅子を引き、そこにシャマルが座った。

 

「遅いお食事ですが、何かありましたか?」

 

「ん? ちょっと機材の確認とかしてたらいつの間にか時間が過ぎちゃってて、慌てて食事をしに来たの」

 

意外とこの人はうっかり屋さんなのだろうか?

にこにこと笑うシャマルの顔を見ながら変な事を考える。

じっと彼女を観察する。笑い方、仕草、表情、どれをとっても何処にでもいる普通の『人』だ。変わったところもなければ、特筆すべきものもない。

しかし、ただの人があの施設の惨状に耐え切れるだろうか?

あまつさえ、その後の戦闘で冷静に状況を判断、分析など出来るものか?

分からない。シャマルという人物の一見普通そうに見えて、奥底にある一種の異常性のようなものが分からない。何か彼女が『特別』であるのは確実だ。その何が特別なのかが皆目見当もつかない。

ただ……自分、ディン・ハーミットが抱えているものと同種のもののような気がするのだ。尤も、理論立てられたものでもなければ根拠もない、勘でしかないが。

 

「んっと……その、どうしたの? 私の顔に何かついてる?」

 

顔を観察されるように凝視されていた事から、シャマルは少し恥ずかしそうに視線を泳がせ、頬を染めた。

何故顔が少し赤くなっているのか。これまたディンには見当もつかなかったが、何やら彼女に悪い事をしているのは理解出来たので、視線を外した。

何故かグリフィスが気まずそうにしている。

 

《あ~マスター? そんなに女性の顔を凝視すると、勘違いされますよ?》

 

「勘違い? 何がだ?」

 

《いや、何がって……いえ、あえて言いません。ご自分で気付いてください……》

 

「……?」

 

「ふ、ふふ……ジャッジメント、結構ディン君って天然だったりするの?」

 

《シャマル医務官が感じたのならば、そうでないかと》

 

「……?」

 

結局、ディンは訳が分からないまま食事は終わった。

 

 

 

 

 

シャマルと分かれると後はいつもと変わらない業務に戻り、定時を多少過ぎた頃に作業を完了させ、隊舎を出て宿舎に足を進める。

20時過ぎとはいえもう夏が近い事から、この時期のミッドチルダの夜の気候は過ごしやすいものではない。歩いていれば勝手に汗が流れ出し、制服に染み込み肌に纏わりつく。許容出来ないものではないが、やはり無い方がいい。

そろそろ蝉が鳴き始める頃だろうか、とディンは宿舎近くに生えている木に目を向けるが、まだ姿は無かった。蝉が一斉に鳴き始めると煩くて仕方ないのでよかったが。

 

「……これは」

 

蝉が合唱して鳴り響かせる騒音とは違う音を鼓膜が捉えた。音源は今いる宿舎の入り口とは正反対に位置する雑木林。

足音、息遣い、魔力の質。三つを統合すると、六課で該当する人物は一人だけいる。

それにしても、定時を過ぎてまで訓練に体を使っているのはいささかオーバーワーク気味だ。これが今日訓練した反復練習として十分、二十分程のものであればいい。一時間、二時間とし続けていれば体がもたなくなる。

粘ついた暑さをもろともせずに音は響き続け、必死さと焦燥が耳を通して伝わってくる。

 

《熱心なのは良いことなんですがねぇ……》

 

「度が過ぎていれば報告すればいい」

 

いっそ突き放しているような物言いのディンだったが、まさか毎日この時間から訓練をしているわけではあるまい、という楽観があった。

それに、無茶苦茶に体を酷使していれば訓練にも少なからず影響を及ぼす。その時点で教導官であるなのはが止めに入り、問い質すだろう。そうなれば彼女も訓練を控えるはずだ。

 

止めていた足を進め、宿舎の通路を通り部屋の扉を開ける。

必要最低限の物しか置かれていない殺風景な、悪く言えば生活観の無い部屋はいつものように何の変哲もない。そこに変化が現れたのはディンが制服を脱ぎ終えジャージ姿になった頃だった。

ピピ、と部屋の一角に設置されている通信機が鳴った。これはオーリスやレオンに報告する際に使用される機材で、機密情報の高いやり取りがある場合に使われるものだ。普段はジャッジメントを介して通信を行っていればまず漏れは無いが、念には念を入れた方が良いとのオーリスの判断で、査察以降部屋に置かれたものである。

ディスプレイに表示される名前は……オイゲンだった。心なしか足早に椅子に座り通信開始のボタンを押す。

 

『久しぶりだな、一ヶ月ぶりぐらいか?』

 

「被害は?」

 

挨拶もそっちのけにディンは被害状況を確認しようとする。

もう少し私を心配してくれてもいいだろうに、とオイゲンが愚痴った後報告が行われた。

 

『安心してくれ。一課も海の連中も全員無事だ。頭をしこたま殴られた未熟者もいたが、後遺症もなく、怪我を理由に休暇を強請ってきているよ』

 

《うわぁ……逞しいですねぇ、うちの隊員は》

 

「よかった……」

 

ディンから一気に肩の力が抜ける。もう、大切な人を失うのは真っ平御免だった。

 

『押収したデータは陸と海が合同で設置した保管庫に保存される事になった。設置されている場所は本局だが、陸と海、二つのパスコードが無ければデータを閲覧許可が出ない仕組みにするのが決定された。無論、持ち出しなどは出来ん』

 

オイゲンが言った衝撃的な決定事項に数秒、二人の頭が停止する。

気付けば、ディンとジャッジメントは顔を向かい合わせて、どういう事だ? と思考を復活させた。

陸と海は犬猿の中である。嫌と言うほど事実を目に焼き付けてきた二人からすれば、局初である『中立地帯』が生まれたのを上手く飲み込めない。

何か裏があるのではないか、そう邪推してしまうのも仕方が無い事だった。

そんな考えを読み取ってか、オイゲンは苦笑して言った。

 

『安心してくれ、これにはちゃんとした事情がある。何も双方無償で行ったわけではないよ。両方に利益があり、被害があったからこそこの中立地帯は生まれた』

 

《あ~~何か読めましたよ》

 

「押収されたデータの中に海と陸、両方に公にされてはまずいデータが存在していた?」

 

『そういう事だ。局はこのデータを闇に葬る事にした、という訳だ。――レオンなどは、あの糞爺共を脅す材料が大量に手に入ってご満悦だったようだがな……』

 

ディンには、サングラスを光らせ、口角を上げながら邪笑している男の姿がはっきりと幻視出来てしまった。本当にあんな風貌の男が局員でいいのだろうかと、もう数えるのも億劫な程の疑問が走った。

 

『実際、発見されたデータが危険度が高すぎるのと、上の者達でさえこれはやばいと思ったようだったがな。表情は変えずとも、ありありと眼の奥に動揺が見えたよ』

 

役柄上、トップに君臨している局員達は違法実験の実体をまざまざと見せ付けられている。

一部は、研究に使用されていた技術を現場で活用するために戦技教導隊に試す事さえしている人間達だ。無論、教導隊はそれを知らない。

そんな彼らが、利用しようともせずに事実に蓋を閉める判断を下したのならば相当なものであるに違いない。それこそ普通の局員が知れば即座に首が飛ぶほどの。

 

「オイゲンさん、あの個体の作成データは」

 

『無かった。私とセイバーにレオン、クロノ提督とアコーズ査察官がくまなく捜索したが、出てこなかった』

 

「そう、ですか」

 

《オイゲンさん、実際どう考えますか。あの個体に使用されている技術は人体へ適応可能状態にある……私とマスターはそう感じています。それ程までに完成度は高かった》

 

『私とレオンもお前達と同じだ。おそらく、ジェイル・スカリエッティの手駒には、あれを実装された人間がいるはずだ。最悪、手駒全員が同じような状況になっていても私は不思議に思わん』

 

重い沈黙が部屋を支配した。

開いている窓から入ってくる粘つくような風がディンの頬を撫でる。あたかも、予想は的中していると告げるかのように。

焦燥がディンの胸を駆ける。あの個体を作成したデータが手に入ればどれぐらいの完成度なのか、人体に実装可能段階に入っているのか、ある程度の予想と対策は立てられた、しかし、成果は0。

 

『ん? いやいや、私はこの施設のデータに興味は無いよ。そもそも、この施設程度の研究ならば数年前には完成している』

 

頭の中で狂学者の言葉が再生される。あの言葉に嘘や虚実は一切含まれていなかったのだ。

椅子に深く腰掛け、天上を仰ぎ見た。これから先、どう対処していけばいいのか、六課のメンバーを守るための最善は何なのか、可能性をいくつも脳裏に浮かべてみるがどれも良いものではない。

 

『まぁ、悲観するものでもないよ。何とかなるだろう、そう沈み込むな』

 

「でも……」

 

『奴が何を考えているかなど知らないが、力を合わせればどうとでもなる。今までがそうだったようにな』

 

そう言ってニカっと相好を崩して笑った。

あまりに楽観が過ぎる物言い。だが、大丈夫だと確信させる何かがあった。それだけではないだろう、裏ではしっかりと何かしらの準備をしているはずだ。だからこそ言葉には力がこもって聞えるのか。

 

《そんな事言ってぇ……本当は対策を練っているんでしょう?》

 

ちゃかすようにジャッジメントが画面の周りをふよふよと浮きながら言う。オイゲンは笑いながら姿勢を楽に変えて椅子に座りなおす。

 

『当たり前だ。尤も、対策と言える程でないのが悲しいがな』

 

苦笑して、呆れるなよ? と強引極まりない対策を公開した。

 

『結局研究は金がかかる、と言うだけさ。だからこそ、奴が何かしらでかい行動をすれば必ず物資や資金の動きがある。それらを一課の力を使って徹底的に監視する』

 

《え~~~~それって、根本的な解決になっていないんじゃ……というかすでに作られている個体は無視ですか》

 

『それは現場で何とかしてくれ。私達としてはこれが精一杯だよ』

 

「確約は出来ないけれど……それなら多分、何とかなるかな」

 

偶にフォワード陣の訓練を見に行くディンは、彼女たちの目を見張る成長速度を鑑みて評価する。あと一ヶ月期間があれば実験体にも十分に対応する事が可能な領域まで実力を高まるだろう。流石は、レオンが一目置く部隊長が選んだ人材だった。

 

『話すべきはこんなところか――唐突だが、ディン。六課に行く前とでは少し変わったな?』

 

「そう、かな?」

 

自覚が無いディンは、目をぱちくりさせる。

 

『環境が変われば人は影響を受けるものさ。それとも……気になる人でもいるのかな?』

 

頬杖をついて、ニヤニヤと顔を緩めながら問うてくるオイゲンへ、ディンは素直に答えた。

 

「うん、いるよ」

 

一瞬、オイゲンの時間が止まる。

 

『――なぁ、ジャッジメント。これはどう受け取ったらいい?』

 

《マスターが色恋に目覚めるとお思いですか?》

 

ジャッジメントの言葉に落胆したオイゲンは、ずりっと顔を伏せ「ああ、そうか、そうだよなぁ……」と呟いた後に、がしがしと頭を乱雑にかいた。

 

『まぁ、いいさ。それで、誰のどこが気になるんだ?』

 

気を取り直してオイゲンはモニターに顔を近づけてきた。

自分が気になった相手に興味津々のようだ。しかし、そんな面白い話しでもないのだが。

 

「相手はシャマル医務官。最初に気になったのは……」

 

つらつらと自分が思ったままを話す。

彼女から感じた自分と近しい何か。強いて言うのなら、極限なまでに人間性を削ぎ落とされた機械らしさ――――いや、根本が人として生まれ出ていない。まるで何かしらの目的を達する為だけに存在しているかのように。

 

人として生まれた(・ ・ ・ ・)のでなく、目標を達成させるために――作り出された(・ ・ ・ ・ ・)。そんな気がした。

 

感想を黙って聞いていたオイゲンが口を開く。ディンは、自分が感じ取ったものが間違いではないと知る事になった。

 

『ディン……彼女達は人間ではない。元々はプログラムだった者達だ』

 

「プロ……グラム? いや、そんなはずは……!」

 

椅子から立ち上がりモニターを睨みつけるように見下ろす。

彼女の向日葵や太陽のような笑顔が作り出されたもののはずがない。

あの笑顔は決して嘘ではなかった。

 

『まぁまぁ、落ち着け。話しは最後まで聞くんだ』

 

「……」

 

椅子に座りなおす。何故か体が無意識の内に椅子から離れていた。

どうしてか分からないが、自分は動揺しているようだ、とディンはオイゲンに言われた通りひとまず心を落ち着けた。

 

『言ったろう? プログラムだった、と。今は違う、彼女達はれっきとした人間だ』

 

「だった? 今は?」

 

『そうだ――――私はお前に謝らねばならない事がある』

 

「え?」

 

『八神家、特に守護騎士に関しては私が作成した資料を渡したのを覚えているな?』

 

コクリと頷いた。

勿論、ディンは覚えている。六課に来る前、人員について調べていた際、大まかな資料をオイゲンが作成して手渡してきたのを。そのお陰で大体の能力、戦力等は予想がついた。随分と細かく記載されていたので、後は巷の情報を集めるだけで済んだ。

 

『あれは、お前が不用意に守護騎士達の背景を調べて、捜査に支障を来たさないために行ったものだ。自分と同じような者がいたら必要以上に踏み込んだ関係になってしまわれる、と考慮してな。結果は……あまり効果はなかったようだが』

 

「同じ…………僕と同じように――作り出された(・ ・ ・ ・ ・ ・)?  機械として(・ ・ ・ ・ ・)……」

 

最後の言葉は呟くように小さくなった。




また随分と間が空いてしまいました凡人Mk2です

ひっさしぶりに書いたため文章に違和感ががが……

定期的に更新していきたいですが、中々難しい状況です
こんな作者ですが今後ともお付き合いいただければ幸いです

では
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