暗夜之礫   作:すいませんorz

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第一話 不入虎穴、取得虎子

私が目を覚ますと、そこには戦争があった。

 

私は私が寝ていた間に『外』になっていた部屋から沢山の人民解放軍の兵隊と何台かの戦車が丘の上で砲身をきりきりとまわして、どこかに標準をつけているのが見えた。

 

私はベットの下においてある靴を履こうとしたけれども、地面が揺れてうまくはけなかった。

外は炎と煙が立ち上り、幾百もの雷が落ちたみたいな、まぶしい光と大きな音が絶え間なくなり続けていた。

 

 

私は地震のような揺れに私は身体を壁にぶつけながら、何とか靴を履き終えて、寝る前まであった、ドアがあったところから家の外に飛び出した。

 

 

私がいつも見慣れた村の風景は大きな子供がおもちゃ箱をひっくり返したかみたいにぐちゃぐちゃになっていた。

 

 

米を育て稲穂が実り始めていた水田は炎でもやされ、一部の水田はその青々とした稲を黒く焦がし墨になっていた。

 

 

また、その周りの家々は吹き飛んで壁だけになっているのが半分。火事になって燃え続けているのがもう半分。さらにその周りでばらばらになった家具や、真っ赤に染まった大小さまざまな死体が転がっていた。

 

私はその村の光景を見て自分が無事であったことに驚きつつ、自分の家もまたほとんど壁だけになっていることに気がついた。

 

私の家はきっとあの戦車が撃った砲弾に打ち抜かれて壁が吹き飛んだのだろう。泥とレンガで積み上げられた、中国の農村部ではどこにでもあるような、フートンは戦車の砲弾で簡単に砕け散ったに違いない。

 

私はその砲弾に自分が当たらなかった幸福を噛み締め、私以外の家族が助からないことを願いながら、私はそのまま一直線に村のすぐそばの川に向かう。

 

まだ幼かった私は川に行けば、あつい炎が体を焼くこともないと思ったし、それに川辺に生えている背の高い雑草なら私の身体を覆い隠しくれると考えたからだった。

 

私はいつも嫌々ながら重い水桶をかついでいく、川までの道を無我夢中で走りぬけた。

 

雑草が足に絡み、小石につまずき、見慣れた近所の人の死体に驚きながらも、私はそのはやさを緩めることなく、川まで続くでこぼこ道を走った。

 

 

もうすぐ川につく――というところで不意に私の背中がむずむずして立ち止まった。

 

 

背中の神経を逆なでされるような、背中の皮膚の上を虫が這うようなそんな気持ちの悪い感覚がした。

 

そんな風に私の背中がむずむずするときはいつも決まって嫌なことが私に起こった。

 

私の背中がむずむずするときは機嫌の悪いマーマが私に殴りかかる時や、酒によったパーパが私にイタズラしたり、わがままな兄が私にイジワルされたり、とにかく私にとって嫌なことが起こる。

 

 

だからいま、川に向かって走っている私の背中がむずむずするということは、きっと私に悪いことが起こる前触れなのだ。もしかしたら、このまま川へ向かう前に死んでしまうのかもしれない――。

 

それでも私は動けずにいた。それどころか立ち止まった私の背中は今までに無く激しくむずむずし、まるで背中いっぱいに毛虫が張っているかのような気持ちの悪さに私はその場に座り込んでしまった。

 

 

このままここでじっとしていてはいけない、背中のむずむずは嫌なことの前触れだ。それが頭ではわかっていたのだけれども、私はどんどんと強くなる背中のむずむずのせいでどうしてもそこから動けなかった。

 

 

 私が川辺に座り込んでいると後ろから誰かが走ってくる足音がした。

 

 

 私は考える。きっと他の誰かも自分の身を隠すために、私と同じように川へ向かっているのかもしれない。 

 

なら私がこのまま川へ続く道でうずくまっていたらきっとそいつに会ってしまう。でも、どんどんとひどくなる背中のむずむずのせいで私の体はどんどんと重くなっていった。

 

 

どんどんと近づいてくる大人の足音、誰かの荒々しい息遣い。

 

 

 

私に近づいてくるこの足音はもしかしたら、私の村をめちゃくちゃにした人民解放軍の兵隊かもしれない。それとも、このぐちゃぐちゃな死体だらけの村で気がおかしくなってしまった大人かもしれない。

 

 

その時の私は私以外の他人への恐怖と、兵隊が殺しに来るかもしれない恐れと、どんどんと不快感を増していく背中のむずむずとで、ごちゃ混ぜになっていて、ただそこに座りこむことしかできなくなっていた。

 

 

 

不意に私の意識が途切れる――。

 

 

 

私は深い眠りの中で自分が小さかったころの夢を見ている。何年も前のことなのにいつも夢に見るその光景を、今でも色あせることなく思い出すことが出来るのは、そこが人生の変わり目のだったからかもしれない。

 

 

まだまだ目が覚めるには程遠いまどろみの中で、私の幼少時代の夢はいったん途切れ、自身の内側へと精神が沈んでいく――。

 

小さかったころの私が抱いていた自分以外の他人への恐怖。それは奴隷のように虐げられた生活が原因だった。

 

中国が国策として推し進めた「一人っ子政策」は世界的に有名だが、その裏で行われている悪夢のような真実を知る人間は意外と少ない。

人間というものは意外と不器用なもので夫婦の営みをしていれば、たとえ気をつけていたとしても子供ができてしまう。それが一人ならば問題はないが、それが二人目以降だと状況は一変する。

子供が一人増えるたびに、そこには『税金』が余計にかかるからだ。

 

 

もちろん一部の裕福な人民なら増えた子供の分の税金を払うことは用意ではあるし、私の住んでいたような辺鄙な農村部でなければ中絶をするのも難しくはない。

 

しかし、貧乏で中絶する費用も病院もない農村部だとしたら、子供が一人増えるということは死活問題に直結する。食い扶持は減り、さらに金はかかる。

 

 

そのために誰かが考え付いた方法がたとえ子供が生まれたとしても、政府に知らせず戸籍に残さないという方法だった。

 

 

 

つまり、金のない貧乏な農村部で生まれた二人目の子供のほとんどは、殺されるか、生まれながらにその存在を否定されるかのどちらかに分けられる。もちろん戸籍が残らないのだから学校にも通えず、成長しても仕事に就くこともできず、生きていればほとんどの人間が犯罪者になる。

 

 

 

生まれながらに戸籍上は存在せず、いつかは悪さを働く幽霊のような子供。そんな私達のあだ名が黒子供〈ヘイハイズ〉。

 

 

そして、私は運悪くヘイハイズとして生まれ、さらに女であったがために、跡取りにもならないという理由で、家族のための奴隷にされたのだった。

  

 

 

 

私の精神がさらに深く、深く沈み込む。普段は心の内側のその奥底にしまっている、懐かしい、初めての殺しの記憶。私の中の悲しい記憶とどす黒い感情が心の中で渦を巻く。それは激しい波となって覚醒しそうになった私をさらに引きずりこむ。黒い海の底に引きずりこまれた先は、やはりさっきの子供のころの記憶の続きだった。

 

 

 

私の背中のむずむずがさらに激しくなっていた。私の頭は後ろから迫ってくる誰から必死に逃げろと叫んでいるのに、私はただ震えていることしかできないでいた。

足音がどんどん近づいて、とうとう私を追い越した。そして、私を追い抜いた大人に私は見覚えがあった。

 

 

うずくまっている私を追い越したのは私のパーパだったからだ。

私を追い越したパーパが振り返る。私はその場にうずくまったまま、手で顔を隠す。パーパは私のことに気づかなかったのか、それとも奴隷だった私が死んでもかまわなかったのか、とにかく私をチラリと見ただけでまた川のほうへと走りだした。

 

 

私は息を吐いてから、遠ざかっていくパーパの背中が見えなくなるまで、そこに座りこんでいた。

 

 

ふと私は気持ち悪いまでの背中のむずむずが無くなっていたことに気づいた。

 

吐き気をもよおしそうなほどの、背中のむずむずの原因はパーパだったのかと、納得していると、私の後ろから何かが爆発したような激しい音がした。

 

その大きな音に驚いた私が後ろを振り向くと、空から岩の塊のようなものが、私の頭の上を通り過ぎたのが見えた気がした。

 

 

実際は音速を超えるその砲弾を見ることを私は出来なかったはずだけれども、とにかくなにかの塊が私の上を通り過ぎ、パーパが向かった川のほうへと飛んでいったことだけはわかった。

 

 

 

不意に激しい風と、身を焦がすような熱が私の身体を襲った。

 

 

 

吹き荒れる嵐のような衝撃波は、まだ小さい私の体を台風で吹き倒される稲の穂のようにあっけなくひっくり返した。

 

激しい衝撃波でひっくり返った私はそのままコロコロとボールのように転がされた私の身体は勢いよく木に背中から打ち付けられた。

私は木に打ち付けられた衝撃で、私の背骨が軋んだ。私の空っぽの胃袋から胃液と唾液が混ざった液体を吐き出した。

 

 

私は自分がここ最近何も食べていなかったことを思い出して、少しだけそのことに感謝した。いつも酔いつぶれていたパーパの色々混ざったゲロに比べれば、私が出したそれはとてもキレイに見えたからだ。

 

 

 

 そして、また突然に私の記憶は途切れる。

 

 

 

 

私は夢の中で思い出す。私の人生を変えたあの日から父親も兄も姿を消した。

 

あんな地獄絵図のような極限状態の中であの呑んだくれで、ロクデナシだった父親がまともに生きていられたとは考えづらい。

 

私を見捨てた父親はきっとどこからとも無く飛んできた戦車の砲撃で、身体を粉々に引きちぎられ吹き飛ばされたか。もしくは他の人民解放軍の兵隊にでも撃ち殺されたことだろう。

 

 

また、私によくイジワルをしていたわがままな私の兄も兵隊に殺されたか、家を戦車の砲撃で撃ちぬかれたときに死んだのかもしれない。

 

真相はどうあれ、あの男も兄も私以外の村の人間はみんな死んだことだけは事実だった。

 

 

何年かした後、私は自分が住んでいた村が、なぜ人民解放軍に襲われるに至った経緯を知る機会を得た。

 

 

 

私が小さいころ、よく大人たちが毎晩、集まっていたのを覚えている。小さいころの私は何か楽しいことをしている、ぐらいにしか考えていなかった。

 

実際のところそれは圧政を強いる地方政府への革命の計画だったらしい。

 

私が小さいころに地方への革命を企てるところは少なかった。

 

 

小さなころの私の村が起こそうとしていた計画は、当時としては大規模なものだったらしく、何箇所かの村を巻き込んだ大規模なものになる予定だったらしい。

 

革命、といえば聞こえはいいが結局のところ自分達のわがままを通すために村の人々は一致団結し、地方政府へ武力的な手段を用いる、というお粗末な計画だった。

 

 

 

そのお粗末な計画を企てていたと知ったとき、私は思わず笑ってしまった。

 

 

いくら、地方政府が汚職にまみれ、自分達の生活を苦しめていたとしてもヘイハイズを奴隷のように使い潰していた自分達がさらに豊かになるために、革命を起こすというおろかな発想に、私は笑ってしまったのだ。

 

しかし、今となっては中国のいたるところで腐敗政治からの弾圧に耐えかねた人民の不満から起こる革命運動や。少数民族を管轄する自治区が行う民族浄化という名の人民虐殺への報復として、反政府運動や反政府テロ活動などが水面下で起こっている。

 

 

 

ゆりかごのような揺れる眠りの波に私は再び引っ張られた――。

 

 

 

今の私は浅い眠りの海にいる。浅瀬のように夢と現実の狭間で私はまた昔の記憶に引き戻される。

 

 

小さな私は痛みで目が覚めた。

 

 

爆風で打ち付けられた私の身体は焼け付くような痛みと、ひりひりとした鈍痛とで私の頭はぼんやりとして、はっきりとしない。

 

 

「やあ、お嬢ちゃん。お目覚めかい?」

 

私はモヤがかかったような頭でその声の方に顔を向けた。

 

 

「あの砲撃の中で生きてたお嬢ちゃんに興味があってね」

 

私はモヤのかかった頭を振り、目を開けた。

 

私の目の前に軍服を着込んで銃を持った数人の男たちが、へらへらとたるんだ顔をしていた。

 

私はその兵隊たちの顔を見て、嫌な気分になった。

 

 

なぜなら私のパーパが私にイタズラするときに見せる顔にそっくりだったからだった。

 

「この女を知ってるかい?」

 

兵隊たちの真ん中で偉そうに軍服を肩にかけている大男が指をさす先には、服を脱がされた、嗅ぎ覚えのある生臭いを放つ、ススと泥にまみれた女が倒れていた。

 

私はその女を見た瞬間、怒り、悲しみ、喜び、哀れみ、どうやっても表現できない感情が私の心と頭をかき乱した。まるで、無理矢理に檻にいれられた虎がところかまわず檻の中を引っ掻き回すように、私の身体の中はぐちゃぐちゃになっていた。

 

 

 「マーマ……」

 

 

軍服を肩にかけている男が眉をあげ、一瞬驚いたような顔をしたあと、口の端をあげてて、歪んだ笑みを見せた。軍服を肩にかけている男が顎をしゃくる。近くにいた一人の兵隊が何かを察しったのか「ダオ!」と敬礼をしてから他の兵隊たちを押しのけてどこかへと消えていった。

 

 

「普通、自分の母親がこんな目にあっていたら怒ったり、泣いたりするもんだけど、お嬢ちゃんは元気だねえ」

 

軍服を肩でかけた男は胸をポケットからタバコを取り出して、口に咥えると隣の兵隊が「大兄〈ダーグー〉」とライターを取り出してそのタバコに火をつけた。

 

「これから一つ実験をしたいと思う。いいかいお嬢ちゃん?」

 

さっき大兄に敬礼をした男が手に拳銃を持って戻ってきた。

 

「残念なことにこの村はわれわれ中国共産党にケンカを売った。俺たちはその間違った考えをただすため。また他のやつ等への見せしめのためとわざわざこの村を蹂躙しにきた。そして、とてもかわいそうなことなんだが、この村の人民達には全員死んでもらわなければいけない、わかるかいお嬢ちゃん?」

 

 

大兄と呼ばれた男の話していることは私には難しくって半分以上わからなかったけれども、ここで首を縦に振らなければ、自分が殺されることだけはなんとなくわかっていたので、私はにたにたと楽しげに笑う大兄の顔をまじまじと見つめながら頷いた。

 

「頭の良いガキは嫌いじゃないぜ」

 

大兄は私の頭を乱暴になでてから、拳銃の装填を確認し。銃弾を一発だけ込めて、撃鉄を起こしてから、私の手にしっかりと握らせると「コイツを殺せばお前だけは助けてやる」大兄は私の耳元でつぶやいた。

 大兄によって私の手に握らされた拳銃は私の手の中でずしりとその重さ主張していた。

 

 「さあ、よく狙うんだ」

 

大兄が私の頬に顔をつけ、私の手を上からしっかりと握り地面に倒れているマーマに照準をつけさせた。そこで、私は倒れているマーマと目があった。

 

 

マーマは意識がはっきりしてきたのか、私の顔をまじまじと見つめると赤ちゃんがイヤイヤするみたいに首を横に振った。

 

 

 

きっとこれから自分がどうなるのかをなんとなくわかったのだろう。マーマは「やめて、やめて」と振り絞るようなかすれた声をだした。

 

 

 

大兄はマーマが私に助けを請いているのを見て私の耳元で「どうする?」と聞いてきた。私は大兄の言葉を気にすることなく、拳銃を握り締めたまま、一歩、二歩とマーマに近づく。

 

 

大兄は私のそばから離れ、私の後ろに立った。

 

 

私は助けを請うマーマに向かって笑顔を見せた。マーマは私の笑顔を見て安心したのか「ふっ」と息を吐いた。

 

私もマーマに釣られて息を吐いて、拳銃をマーマの頭に向けて引き金を引いた。

 

 

「ドン」という乾いた銃声と、するどい痛みに私はかなり驚いた。銃を撃てば弾がでてくるのはわかっていた。だけれども、その衝撃がこんなにも激しいとは思わなかったからだ。たぶん私が手にした拳銃を撃ったとき、きっと私の身体は少し空中に浮いただろう。

その銃の衝撃のせいでか、私の右腕は力がぬけ、握り締めていた拳銃が地面に転がり落ちた。どうやら、私の肩が銃弾を発射した衝撃で外れてしまったようだった。

それから私は銃弾を打ち込んだマーマのほうを見ないように顔を背けてから、しりもちをついた。なぜだか急に足の力がぬけたからだった。

 

急に私の後ろで見ていた大兄や周りの兵隊たちが一斉に笑い出した。

 

私は自分が弾を撃ち込んだマーマのことなど気にもせず、一斉に笑い出した兵隊たちのほうへ振り返った。

 

 

 

私には自分がマーマを自分の手で撃ち殺したことよりも、私の後ろで笑い出した兵隊たちのほうが不思議だった。

 

「お嬢ちゃん、なかなかいい腕をしているな。名前はなんていうんだい?」

 

 大兄は地面に転がった拳銃をひろいあげた。

 

「名前、ない」

 

 私は痛い肩を押さえ、少しずつ熱くなってきた身体を冷ますように鼻と口で激しく呼吸をしながら答えた。

 

「もしかして、黒子供か?」

 

 

大兄の問いかけに私は黙って頷いた。

 

 

まともな教育を受けていない私でも、毎日のように色々な大人からひどい扱いを受けるときに言われている黒子供という言葉だけは知っていたからだった。

 

大兄は頷いた私に駆け寄ると、急に私の身体をかついで大兄の肩に乗せた。

 

 「お前、俺の部隊に入るか?」

 

私は大兄の質問にまた黙って頷いた。大兄は楽しげに私を肩に乗せながら、私が銃弾を打ち込んだマーマのほうに近づいた。

 

 

「お嬢ちゃん、これじゃマーマを殺したことにはならないぜ?」

 

 

私はまた黙って頷いて大兄の肩から私が殺し損ねたマーマの姿を見下ろした。

 

マーマは私に拳銃で撃たれる前と同じ格好で、地面に倒れていた。

さっきまでと違うのはマーマの頬っぺたからは血が流れ、真っ赤な泡を吹いていた。

 

大兄は私の兄が悪いことをするときのような楽しそうな笑顔を私に見せた。大兄はマーマの頭に自分の腰から取り出した拳銃を取り出して、一発、二発とマーマの頭めがけて銃弾を放った。

 

 

大兄に撃たれたマーマは二、三度とからだを短くぶるぶると震わせる。口から吹いていた真っ赤な泡のかわりに真っ赤な血が流れ出し、頭は割れたスイカのように中身が見えていた。

 

 

大兄はその光景を私に見せると満足そうに「コレで殺したことになる」と笑った。

 

 

 

 

そこから私の夢は加速する。

 

 

 

きっと私の目覚めが近いのだろう。覚醒し

かけた私の脳みそが、早送りされる映画のようにどんどんと記憶のなかを駆け巡って、断片的な記憶のかけらを私に見せる。

 

大兄は中国の特別暴徒鎮圧部隊【暗夜之虎】の隊長であることを知ったり。名前の無かった私は部隊の名前から一文字とり「虎〈フー〉」と名づけらたり。

 

地獄のような訓練に耐え一人前の兵隊となったり。暗夜之虎で同じように暴徒鎮圧という名の虐殺をおこなったり。

 

暗夜之虎を裏切って開放革命軍に参加したり。

 

そこで開放革命軍の指令、王と恋に落ちたり。

 

 

 

 そして私は目を覚ます――。

 

 

 

私の寝起きは最悪で、夢の残滓が寝ぼけている頭にこびりついているようだ。それでも少しずつハッキリとしていく意識が私が見ていた夢を少しずつ忘れさせていく。

 

 

私は何の夢を見ていたのだろう。きっと子供のころの初めて人を殺した、あのときの夢に違いない。

 

 

私にこんな夢を見せるのは中東アジア特有の生暖かい湿った空気のせいか。あるいは犯罪の巣窟、ロアナプラの毒気に当てられたからか。

私はホテルのカーテンの隙間から差し込むまぶしい日差しを手でさえぎりながら、今まで頭に敷いていた枕の下からコピー品のトカレフを取り出して、生まれたままの姿のままシャワールームへと向かうことにした。

 

 

寝ている間にかいた汗といやな記憶をシャワーですっきりさせたいからだ。

 

 

私はトカレフをシャワールームの中に持ち込み、シャワーカーテンを半分だけ閉めてノズルを回す。

 

シャワーカーテンを半分だけ開けるのにはそれなりの理由がある。それは仮に敵が入ってきたときに、すばやく気づくためであり、半分だけカーテンを閉めるのは水気の多いシャワールーム内でコピーのトカレフをぬらして、万が一の動作不良を起こさせないためだ。

 

どちらにても、私がシャワーを浴びているときに敵に襲われたらそれは絶対絶命の場面で、たとえ、銃を持っていたとしても何の役にも立たないかもしれない。

 

でも、シャワールームの中にある、びしょ濡れになっていないトカレフは中国製のコピー品だとしても気休めぐらいにはなる。枕の下に置くトカレフも、半分だけ開けるカーテンもいつ襲いかかってくるともしれない、敵から身を守るための最低限の護衛術だ。

 

 

いくら、三合会が私たちのために手配してくれたホテルだといえども注意を怠ってはいけない。

私はそんなことを考えながらノズルを捻りシャワー口からお湯が出るのを待っていた。

 

ほどなくしてシャワー口から熱いお湯がでる。いつも冷たいぬるま湯に慣れていた私は久しぶりの熱いシャワーに喜びながら私は熱いお湯を頭から浴びた。

 

暖かいお湯がいつでも出る高級ホテルなんてこのロアナプラには少ない。さすがは香港最大のマフィアと感心しながら久しぶりの熱いシャワーを味わう。

 

 

ジャングルや、山岳地帯、紛争地域で雨水で身体を洗うしかない日々に比べれば犯罪都市ロアナプラの中にいるといえど、この瞬間は天国にいるかのようだ。

 

 

私は手早く自分の身体を洗いながら、改めて女性らしくない自分のプロポーションに軽い失望を覚えつつ、それを手でさわりながら再確認する。

 

女にしては肩幅ががっちりとしているし、激しい訓練のせいなのか、私の身長は男のように高くなった。その代わり胸は小さくなってしまい、男のような体つきをしている。きっと今の私がショートカットの髪をさらに短くし。男性のような短髪にして、男物のスーツを着てネクタイをしめたら誰も私を女とは思わないだろう。

 

 

 なぜ、こんな私をあの人は愛してくれるのだろうか。

 

 

私が現在所属している、開放革命軍はその名の通り中国共産党からの解放と腐敗した一党独裁体制を破壊すべく、設立されたレジスタンスだ。

 

 

もともとは政府に弾圧された少数民族が中心で設立され、政府へのゲリラ的なテロを行うテロ組織だった。政府要人を狙ったテロや、反政府運動への援助などを中心に行っていたテロ組織がいかにして、義勇軍のような開放革命軍という名を名乗るにいたったか。それはひとえに中国共産党が国内外に敵を作りすぎたからに他ならない。ここ最近の中国国内の汚職と、国内の格差、暴力的な圧政などへの人民の不満。

 

 

他国への侵攻の手をいまだに緩めようとしない強硬姿勢など、今の中国は敵には事欠かない状況になっている。そんな状況で開放革命軍は若者や、弾圧されてきた少数民族などの心を掴み仲間を増やし続け、小さなテロ組織から脱却するに至った。さらに幸運なことにさまざまな機関が私達を利用しようとスポンサー協力してくれたことにより、豊富な資金を得るに至った。

 

 

豊富な人員と、豊富な資金。 

 

 

そして、何よりも私の恋人でもある。開放革命軍のリーダー王の手腕により、開放革命軍は確実にその力を大きくしていた。

 

今回、私が数人の部下を連れてロアナプラに来たのも組織をさらに強固にするべく、王が出した指示だった。

私たちはこのたび豊富な資金の一部を使い「海運の巨人」である国際的

 

武器運送会社、HCLI社と武器の取引を行うに至った。

 

 

私はノズルを占めシャワーのお湯を止める。備え付けのタオルで髪を拭い、身体を拭く。不意に私は鏡に映った自分の顔に驚いた。

 

 

笑っていたのだ。

 

 

それも母お殺したとき同じく、楽しそうに歪んだ笑顔で。

 

 

私は量の頬を手で挟むようにはたいた。

 

 

「集中しろ」と私は心の中で自分に毒づく。しかし、私は自分の顔が緩むのを抑えられない。

 

 

私はこの状況を楽しんでいる――。

 

 

私が暗夜之虎を裏切りまだ小さかったころの開放革命軍に参加していく年。

 

どんどんと拡大していく組織の中で、友が死に、何人もの部下が死んでいったが、それでもどんどん仲間が増えていった。小さなテロが、どんどんと大規模なものになり、すでに一部の地方は私たちが開放したといってもいいような状況にすらなっていた。

 

 

そして、今。私達は「海運の巨人」と呼ばれる世界一の武器商人と契約を交わせるまでに成長した。

 

 

私にはそれがたまらなくうれしいのだ。私の愛する男である王がその才能を遺憾なく発揮し組織を大きくしていったこの状況が。

 

 

まるで一から国を立ち上げた三国志の英雄たちのようにどんどんとその力を強めていく彼の姿が。

 

 

 

 

私は王のために、開放革命軍のために戦おう。

 

 

 

私の中で戦いへのスイッチが入ったのか、緩んでいた顔をひきしまる。

 

そのためにも今回の取引はなんとしても成功させねばならない。 

 

私はワイシャツの袖を通し、糊のきいたスーツを身につけ軽く化粧をしながら、化粧台の上においてある資料に目を通した。

 

 

ここまできて私がヘマをするわけにはいかない。

 

 

私は何度も目を通して覚えてしまったココ・ヘクマティアルの名前を声に出してよんでみた。

 

 

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