暗夜之礫   作:すいませんorz

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第十話 暗夜之礫 前編

光の束が闇夜の海を切り裂く。

 

一撃必殺のその光の線が一本、僕の顔を横切った。

 

時おり揺れる船の甲板の上で僕はバランスを取りながら銃口を僕らの乗る貨物船に向けている海賊に照準を合わせ、撃つ。

 

 

僕らの船がロアナプラの港から離れるとすぐにどこからともなく、沸いて出る虫のように小型の船舶――海賊船が僕たちの船の後を追いかけてきたのだった。

 

僕たちは修理を終えたばかりの船を守るため、またココの「海賊には容赦しない」という方針にのっとり、いつも以上に海賊達へ過激に応戦をする。

 

  

僕らを襲う海賊たちにはきっとこの船がお宝の山に見えていると、思う。

 

なぜならこの船には沢山の武器が詰まっているし。武器の取引で得たお金だって現金でたくさん保管している。それに、HCLI社の船員やココを誘拐すれば、かなりの額の身代金を得られると、海賊達は考えていると思う。

 

 

しかし、残念ながら海賊たちの願いは叶いそうに無い。彼らのいくつもの『夢の跡』が暗い海の波にその船体を揺らしている。

 

「これで半分ぐらいには減ったかな?」

 

ワイリが船に備え付けられている重量感のあるガトリング銃を海へと向けたまま、独り言みたいに言った。

 

 

実際、ロアナプラから僕らを追いかけていた海賊船たちの数は機関銃の銃弾で穴だらけになったり、エンジンが誘爆して爆発して炎をあげたり、襲うことを諦めて逃げ帰ったりで、その数は半分以下になっていた。

 

「取引の予定時刻までに、あいつら全員蹴散らしちゃって!」

 

 暗視ゴーグルをつけたココがうれしそうに飛び跳ねながらはしゃいでいる。

 

 

「ロアナプラでの借りは利子をたっぷりつけて返してあげるわ……」

 

 

真っ暗でココの白いスーツ以外はよく見えなかったけれども、ココが楽しそうに笑っているのがなんとなく僕には分かった。

 

 

「しかし、なんで急に取引を今日に?」ルツが細かく銃弾を海賊船に向けて撒き散らす。

 

「そりゃあ、取引相手が賢いからさ」レームが銃のマガジンを入れ替えるのと同時に器用に指を動かして、新しいタバコに火をつけた。

 

「人民解放軍にバレてると?」

 トージョがマガジンを入れ替えるレームを援護しながら聞いた。

「と、思っているだろう。俺ならそうするし」

 

レームは何かを考える『フリ』をしながらゆっくりとタバコを味わっている。たまたまレームの風下にいたバルメにたっぷりとレームの吐いた白いタバコの煙がかかると、バルメが「レーム、サボらないでください!」と怒鳴った。

 

不意に船が大きく揺れる。

僕の身体が一瞬、宙に浮く。思わず濡れた甲板に足を滑らせた僕の身体が海へと飛び落ちそうになったのをウゴの太くて大きな手が僕の腕を掴んで引っ張りあげた。

 

「ウゴ、ありがとう」

 

「大丈夫か、ヨナ?」ウゴが手すりを握る手に力を込めて、僕の身体を抱きあげても説いた場所に戻してくれた。

 

空を斬るような音がして、船の装甲に何かが突き刺さる。

 

真ん丸い月に一本、黒い線が浮かぶ。

 

「乗り込んでくるぞ!」

 

ウゴが銃を頬に当てて死角となっている船の下に銃弾を放つ。

金属と金属が打ちつけられる音がして、火花が舞った。僕たちの船の下に海賊船のひとつが潜り込んだのだ。

 

月に浮かぶ黒い線に人影が浮かんだ。

 「くっそ!」

鈍い澱んだ光がウゴの肩に突き刺さり、そしてその光が蛇のようにうねって闇の中に消えた。

 

ウゴの肩から白いシャツが少しずつ赤黒く色を変えていく。

 

「みんな気をつけろ!」

 

ウゴが刺された肩を押さえて苦しそうに叫んだ。

 

 

「世界の平和を守るため、混沌と武器を撒き散らす――」

 

 

声のするほうに顔を向けると、真ん丸い月の真ん中に黒い人影が浮かんでいた。

 

いつの間にか黒いコートを着た男が船のマストの上で二丁の銃を手にもってポーズを決めて見得を切る。

 

「不届きな銀狐に正義の鉄槌を!」

 

男が叫び、銃声とともにルツの足元に火花が散る。

 

「跳弾がケツに!」

「誰か、あの馬鹿を撃ち落とせ……」ココが呆れたようにがっくりと肩を落とした。

 

光の線がマストの男に襲い掛かる。男はその弾丸をよけようと身体を捻らせて、バランスを崩し数メートル下の海へ大きな波しぶきをあげて落っこちていった。

 

「アイツは何がしたかったんでしょう?」

 

マオが疲れたと言わんばかりに大きなため息をついた。

 

「みんな油断するな!」

レームが怒鳴るのと同時に、車のエンジンのような機械を動かす振動音が響く。

 

「おいおい、今度は秋葉原かよ……」

 

トージョの目の前にゴシックロリータという、黒い西洋風の洋服に白いレースをところどころにあしらった目つきの悪い女がチェーンソーを構えている。

 

トージョが銃弾を放つが目つきの悪い女は器用にチェーンソーの幅が広いほうを盾のように使ってそれを防ぐ。

 

不気味なエンジン音と戦場にふさわしくないその格好が、よりその女の不気味さを増幅させているように僕には見えた。

 

女は小柄でありながら、チェーンソーの重さをうまく利用して、銃弾を防ぎながらトージョとの間合いをどんどんと狭めていく。

触れただけでその身を確実に削ぐであろう、チェーンソーの刃は見るものに威圧感を与える。しかも急に波の勢いが強くなったのか船の揺れが強くなって銃の照準がつけ辛くなっている。

 

これではいくら銃を持っていたとしても、そう簡単に相手へ当てることは出来ない。

 

トージョはそれでも的確にチェーンソー女に銃弾を当てるが、すべてチェーンソーを盾にされ防がれてしまっている。

マオがトージョの援護に回ろうと突撃銃を構えると――また激しく船体が揺れた。

 

「ココを中へ!」

トージョが叫ぶ。

もう一隻、新たに船がぶつかって来たのだ。

 

また、敵が増える。

 

船に漂っている空気がさらに緊張感を増す。

 

マオの身体が思わぬ振動でバランスを崩す。マオがチェーンソー女に向けていた銃口がそれる、その隙を感じ取ったチェーンソー女が大きくマオの間合いに入り込む――。

 

僕は体制を低くしたまま、チェーンソー女の身体に体重を乗せたタックルでチェーンソー女の身体を跳ね飛ばす。

「うわ」

 

チェーンソー女が短くつぶれたような声をあげた。

「あ」チェーンソー女は一言そう言ってバランスを崩し、持っていたチェーンソーに引っ張られるように海へと真っ逆さまに落ちていった。

 

「助かったよ、ヨナくん」

マオが大きな手で僕の頭を撫でた。

「ココが危ない」

 

僕はちょっと気恥ずかしくって、乱暴にマオの手をどかした。

「ああ、ココが危ないな」

トージョがずれた眼鏡をかけなおして、再び銃を構えた。

 

 

 

 

 

「ダッチ急いでくれ!」

「これ以上スピードはあがらねえよ。そんなに急ぐんなら魚雷にくくりつけてやる」

 

俺は嫌な予感が胸の中を渦巻いていた。

ラグーン号は海賊船の残骸と、その残骸から部品をあさるハイエナたちの小船の間をその速度を落とさずに進む。

 

夜になって波が強くなったのか、船の中はひどく揺れていた。

それはまるでひどく不安定な俺の心のようだと思った。

 

「なあ、ロック。お前はむしろ武器商人の女が死んだほうが喜ぶんだと思っていたよ」

 

レヴィはタバコの煙をたゆたえながら俺が渡したジッポライターを弄んでいる。

 

「どうしてそう思うのさ?」

俺はあせる気持ちを抑えるように声のトーンを低くして言った。

「この世から武器商人が消えれば世界は平和に近づくからさ、たぶんな」

 

レヴィが船の天井を仰ぎながら、皮肉っぽく笑う。

「この世から武器がなくなっても平和にはならないよ、レヴィ」

「それはまたどうしてさ?」

 

レヴィが不思議そうな顔をして俺の顔を見た。

「例えば、ロアナプラにいる全員が武器を使えなくなったとしたらロアナプラは平和になると思うかい?」

「そんな方法があるのかい?」

 

「例えば、の話さ」茶化すように言うレヴィに俺はぶっきらぼうに返事をした。

「怒るなよ」レヴィが口を尖らせる。

 

「武器がなくなっても、三合会やホテルモスクワは殺し合いを止めないだろうさ。むしろ、素手やナイフでの戦いになる分その戦闘は今よりもっと悲惨なものになるかもしれない……」

 

「あー、そりゃ言えてるかもな……」

眉間にしわを寄せながら目を瞑るレヴィにはどんな凄惨な光景が見えているのだろう。

 

俺はレヴィの顔を横目にそう思った。

 

「それがどうして、あの銀髪女を助ける理由に繋がるんだ?」

 

レヴィはまっすぐに俺の目を見つめながら「子供が原因か?」とつぶやく。俺はレヴィの視線から逃げるように顔を背けると「いつもの悪い性癖さ」と嘯いた。

 

「おいおい、ずいぶんと派手にやってるよ」

ベニーが船の外を見てきたのか、潮風の匂いを漂わせながら重苦しい船のドアを開けて入ってきた。

 

「どうしたベニー?」

「通信機片手にお外を見てたら火柱が次から次に上がってやがる。海賊やろうとしてた奴らは逃げ出したみたいだけど、そうじゃないのが数隻……」

 

「仮面の奴らだと思うかい?」

 

俺の問いにベニーは頷く。

 

「僕にはなんて言っているか分からなかったが、中国語が飛び交ってたからたぶんあいつらだろうね」

 

「そいつはまずいな……」

俺は顎に手を当てて考えを巡らせる。

 

「毎度、毎度ロックには振り回されっぱなしだよ、まったく」

ベニーが大げさに手を広げて困ったというポーズをした。レヴィが「違いねえ」とジッポライターをベニーに投げつける。ベニーは「助かるよ」と言ってレヴィに渡されたライターで懐から出したタバコに火をつけた。

 

「まあ、今のうちに敵さんが減ってることを願いな、ロック。いくらアタシでもそう何人も相手にはしてやれねえ」

 

レヴィが吸い終わったタバコを灰皿に乱暴に押し付けた。

「そのときは諦める」俺はベニーに手を出してジッポライターを催促する。

 

元々は俺のライターだ、という意思表示である。

「嘘付け」

「本当さ」

俺はベニーから返してもらったライターでいつの間にか咥えっぱなしになっていたタバコに火をつけてから、自分のポケットに入いれた。

 

「ココ・ヘクマティアには優秀な私兵が付いている。それでも俺が首を突っ込みたがるのは性分さ」

 

単なる趣味の延長なのかもしれない、人助けという名の趣味の。

「まあ、いいさ。お前の取り分がアタシたちのものになるってんならかまわないよ」

 

頬杖をついてレヴィはつまらなそうに言った。

 

 

 

 

 

私たちがココ・ヘクマティアとの取引に指定した海域についたときには夜空には満点の星空が浮かんでいて、ロアナプラでの出来事がすべて嘘みたいに思えてくる。

 

私と曹は自分たちが調達した小型貨物船の上でただ黙って二人で夜空を見上げていた。

 

「ジェイジェイは取引うまくいくと思いますか?」

 

曹が夜のおかずを聞く子供のように鼻息も荒く私に尋ねた。それはいつも感情を表に出さない曹にしては珍しいことで、私は少し驚いてしまった。

 

「うまくいってくれなければ困る……」

 

私は頭の中で星と星をつなげて、自分勝手な星座を作っていた。

これは私が子供のころから眠れないときにやっていた遊びだった。

父親に弄ばれ、自分の女の部分が痛くて眠れない時にはよく夜空を見上げていたのを思い出す。

 

なぜ、今それを思い出す――。

 

私は夜の海よりも暗い記憶の闇に引きずりこまれないように、頭を振った。

 

ああ、こんなに大きな満月だから昔を思い出すのか。

 

私はいつもより大きく見える真ん丸い月を見上げながら、そういえばマーマを殺した日は月が出ていたかな、と考えた。

 

もしかしたら、あの日は満月だったのだろうか。

だから、幼いころの事を今思い出すのかもしれない。

 

「曹、お前月を見て何を思い浮かべる?」

私は自分の気を紛らわせるために曹に話しかけてみた。

 

曹は私にならって空を見上げ「満月が二つあれば巨乳の女なのに……」と馬鹿なことをいったので、私は一発頭を小突いてやった。

 

「ジェイジェイが何に見えるって聞くから、言っただけだろう?」

曹が不服そうに唇を尖らせながら言った。

「お前の脳みそは下半身についているんじゃないの?」

 

私は精一杯の皮肉を込めたつもりだったが、曹には通用しなかったらしく「男はいつも下半身で決めるのさ」と嘯いた。

 

「ジェイジェイ。武器があったら革命はうまく行くのかな?」

私は曹の問いに一呼吸、間を置いて答えた。

私はその間のあいだに曹の言った事をもう一度自分にも言い聞かせてみる。

 

「うまくいくさ。うちには王がいるんだ」

「ジェイジェイは王にべたぼれだから当てにならねえ」

私はまた曹の頭を小突いた。今度よりも強く小突いたため曹が「ぎゃあ」とワザとらしく悲鳴を上げた。

 

「ジェイジェイ覚えてる? 人民解放軍から逃げ出した俺を助けてくれたときもこんな満月がキレイな夜だったこと」

 

「そうだったかな……」私は曹とであったときのことを思い出しながらいった。そういえば私たち開放革命軍に投降してきたときもこんな夜だったような気がした。

 

 

「俺はさ、弱いものイジメみたいなことばかりする人民解放軍が大嫌いだったんだ」

 

 曹が昔を懐かしむように目を細めて月を眺めていた。

 

「だけど、開放革命軍に入ってよかったと思うよ。ジェイジェイとも会えたし、部隊の皆はやさしいし」

私はただ「そうか」と頷いた。曹に対してなんと言えばいいのか分からなかったからだ。

 

 

「もし、武器の取引がうまく行かなかったらジェイジェイどうする?」

曹は今まで私に見せたことの無い怯えた子供のような目で私を見つめる。

 

私はその怯える曹のまなざしをまっすぐ見返して「何度も言うな」と強く言った。

 

 

「ジェイジェイ俺と一緒に逃げないか?」

 

 

私は曹の言葉に驚いて、次の言葉が出なかった。

曹は不安げな表情を隠すようにうつむいている。

 

「お前――」

 

私の言葉を遮るように曹が「冗談、冗談さ」といつものような無愛想な笑顔を見せて笑った。

 

「大丈夫さ、絶対にうまく行く」

私は曹の身体に覆いかぶさるようにして、力強く抱いた。曹の身体は夜風に当たっているせいか、ひどく冷えきっていた。

 

「大丈夫。今までだってこうしてきたんだ」

私はその言葉は曹にではなく、自分に言い聞かせているのだと気づいた。

 

 

ああ、私も本当は不安なのか……。

 

 

私は曹をぎゅっと強く抱きしめる。

曹は何も言わずただ黙って私に抱かれてくれていた。

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