結局、指定の海域に彼女たちの姿はなかった。
ただ、俺たちはその海域で死体となってただよっている開放革命軍のフーの姿を見つけた。
俺は海の波に漂っている彼女の死体を見て吐き気を催してしまった自分を恥た。
彼女は殺されてから時間がたっていなかったため、顔はきれいに整っていたがサメに食われてしまったのか、身体のいたるところに欠損があった。
「あーあ、サメの餌になっちまったか……」
レヴィがラグーン号の上から彼女を見下ろしながらタバコをふかして言った。
「私たちがもう少し早ければ……」
ココ・ヘクマティアルが大きなため息を吐いた。
「ミスター・ロック。あなたは分かっていたんでしょ?」
疲れたような笑みを俺に向ける。
「まあ、ね」
俺はどんどんと高くなる太陽をながめながら、重い罪の意識を感じた。
俺が彼女を殺したのだ――。
「ミス・ココ・ヘクマティアル。あなた方を襲った仮面の男たちの中に関羽の奴はいなかったのですよね?」
「ええ、それが?」
ココ・ヘクマティアルが不思議そうな顔をする。
「フーさんは今回の取引に仲間を連れていたようですが、彼こそがスパイだったのです」
ココ・ヘクマティアルは一瞬、目を大きく見開いて驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの笑顔を見せた。
彼女はどう思っているのだろう。
俺は不意にココ・ヘクマティアルが今回の件についてどう思っているのか、聞いてみたかった。顧客が死んだだけなのか。
武器が彼女を殺したのか。
俺の心の中に渦巻くなんとも言い表すことが出来ない、どす黒い気持ちのようなものをココ・ヘクマティアルも感じているのか、それが俺は気になった。
「スパイの目的はあなたの暗殺と、取引の妨害。これは俺の推測ですが奴は人民解放軍が送り込まれ、ずっと前からフーさんの組織に忍んでいたのでしょう」
「確かにただのレジスタンスが大量の武器を持つのは、いくら人民開放軍だと言えども見逃せなかったのでしょうね……」
「それだけでは無いでしょう。規模から見るに開放革命軍からすれば一世一代の賭けだったのでしょうから、それが失敗したとしたら――」
「やる気をなくすだろうな、そりゃあ」
ダッチが両手にコーヒーを持って甲板に現われた。
「ミス・ココ・ヘクマティアル。料金は確かに頂いた。勝手に押しかけてきた我々に対しての報酬としては充分すぎやしませんか?」
ダッチが口元をあげてニヤリと笑う。
俺は心の中で、どうせ何を言われても金を返さないくせに、と毒づいた。
「いえ、当然の報酬だと思って受け取ってください。船のパーツも持ってきてくださってとても準備もよろしいようで……」
ココ・ヘクマティアルはダッチからコーヒーを受け取りながら含みのある笑い方をした。
彼女らしい皮肉か――俺はふっと息を吐いた。
「彼女を弔ってあげたいのですが」
ココ・ヘクマティアルが目を細めて俺を見た。
「偽善者だと思いますか?」
俺はココ・ヘクマティアルの目をまっすぐに見る。
「いえ、個人の心情に口は出さない主義です」
彼女も俺の目をまっすぐ見返して、笑った。
その笑みはとても柔らか味のある女性らしい笑い方だった。少なくとも武器商人がするにはやさしすぎるように俺には感じた。
「花……でもあればよかったのでしょうね」
レヴィが小さく舌打ちして「死んじまったら何にもわからねえよ」とぶっきらぼうに笑った。
「おい、ロック!」
ダッチがどこからか酒瓶を俺に投げつけなる。俺は投げられた酒瓶を思わず落としそうになりながらも、その酒瓶が海に落ちる前に捕まえた。
「酒の分、お前の給料から減らすからな」
大きな笑い声を上げながら、ダッチは船の中へと消えた。
俺は腕の中にある酒瓶に目を落とす。
もう、半分も無いじゃないか。
俺は口の中でそうつぶやいて、一人で笑った。
「いらないなら、アタシが飲むぞ」後ろからレヴィがからかうように言う。
「私からも、彼女の弔いに……」
ココ・ヘクマティアルが両手を組んだ。俺はその姿を確認してからフーが漂う海へと酒を注ぐ。
酒瓶から注がれる琥珀色の酒が大きな海へと溶けていく。
濃い琥珀色の酒は海の波にかき消されるように、すぐさま消えて無くなった。
俺はフーを殺したスパイの事を考える。
彼は仲間を殺して、何を思うのか――。
◇
俺は血で汚れた服を着替える気分にはなれないでいた。
今まで何人も殺してきたんだ。そう俺は自分に言い聞かせる。
しかし、自分の気持ちは落ち着かない。
俺は自分の心が揺れるのを不思議に思っていた。
ジェイジェイを殺した。
ジェイジェイを撃ったときの引き金の感触が頭から離れない、
身体はひどく震える、涙がとめどなくあふれてくるのが不思議だ。
強い酒が欲しい、のどが焼けるほどの――。
ふとジェイジェイが酒場で言っていた言葉を思い出す。
何か困ったことがあると、むりやり俺を酒場に誘い酒場の店主にそう言って困らせていた。
「俺は何を考えている!」
俺の声は波の音にすぐにかき消される。
さびしい――。
俺は自分の心にふと浮んだ感情に驚いた。
そして、理解する。
俺は船の中にジェイジェイが残した酒がある事を思い出して、立ち上がる。
その足取りが自分でも驚くほどふらふらとしているのを感じて、大きく舌打ちを打った。
そうだ、俺は本当はジェイジェイを殺したくなかった。
だから、俺はジェイジェイを殺す前に……。
後悔はずっといつも後にやってくる――。
俺は戸棚に隠すように置いてあったテキーラの瓶の蓋を開け、そのまま口をつける。むせ返るような強烈なアルコールの匂いと喉が焼けるように熱くなるのを感じ、むせそうになるのを我慢して胃袋へと流し込む。
そういえば昨日から何も食べていないな。
俺は空っぽの胃袋が熱を持つのを感じてふと思い出した。
どうでもいいことだ、と自分を鼻で笑う。
活力、というべきか。動く力、というべきか。
とにかくひどく身体が重く、力がぬけていくというか、入らない。
「俺は――」
俺はそこから先の言葉を言えない。
言ってしまえば、自分の存在を否定してしまいそうで恐ろしい。
「ジェイジェイ、あんたは俺の本当の姉のようだったよ……」
俺は自分の心を押し殺し、とめどなくあふれてくる涙とジェイジェイの血の匂いを感じながら、テキーラを流し込んでいく。
◇
「今回は大赤字よ……」
ココががっくりと肩を落として海を見ながらうなだれている。
ラグーン商会が持ってきてくれた部品で応急修理を終えた貨物船は正式な修理をするために、一度HCLI社本部に戻ることになるらしい。
だけども、僕らはこの後にも取引があるため途中で船を変え、積荷を積み替えて仕事が続くらしかった。
それを聞いたココは「休みなしってどういうことよ!」と叫んでいた。
ココは指折り数えながら「船の修理費でしょ、ラグーン商会への報酬でしょ、結局武器は売れなかったし――」と引きつった笑い方をして黙る。
僕は急に黙ったココの顔を覗きこむ。
「あーデ○ニーランドに行きたい」
ココが呪文のように何度もその言葉を繰り返していた。ココの隣に腕に包帯を巻いたバルメが「落ち込むココもステキです!」と主人を励ます犬のようにうれしそうにココにまとわり付いていた。
「しかし、今回の仕事はきつかったな……」
レームが疲れたようにゆっくりと肩をまわす。
「また、ルツのやろうケツに一発貰ったんだって?」
レームがワイリに言うとワイリはかけている眼鏡を上げて楽しげに口の端をあげて「今、弾丸摘出中だよ!」と笑った。
「まあ、ルツはいつものことだとしても。ウゴに、バルメがあそこまでやられるのは正直珍しいよな……」
トージョが大きくため息を吐く。
「さすが悪徳の街、ロアナプラですね」
マオもトージョにつられてため息を吐きながら苦笑いをした。
僕も眠い目をこすりながらこのロアナプラであった人たちの事を思い出す。
二丁拳銃、紳士な黒人マッチョにサラリーマンとピンヒール女に、チェーンソー女。
サラダボールみたい特殊な人間の種類が多かったな、僕はそう思った。
不意に僕はロックが僕を見るときに見せる悲しそうな顔を思い出した。同情、とは違うやさしさに満ちた、というか心配しているという視線は僕にはくすぐったいものがあったな、と
どうしてロックは僕を見るときにあんな顔をしていたんだろう?
◇
ココ・ヘクマティアルが去ってからしばらくロアナプラは静かだった。
少なくともロアナプラ周辺の海域はしばらく、驚くほど安全だったことだろう。ココ・ヘクマティアルの容赦ない攻撃に半分以上の海賊たちが休業を強いられていたのだから。
結局、その後の開放革命軍のスパイのことは分からずじまいだった。
ただ、最近のネットニュースでは「中国崩壊間近か!」「ついに中国の分裂が始まった」などのうたい文句と、暴動のニュースが増えていた。
今回の件と関係は無いのかもしれないが、ついつい中国関連のニュースが出ると気にするように、俺はなっていた。
結局、俺は大いなる徒労の末、ラグーン商会は大金をココ・ヘクマティアルからせしめレヴィとダッチ、ベニーの懐は潤った。
俺は、俺で給料をもらったが酒代が高かったらしく、給料は半分に減らされていた。
「お前、いつまで陰気な顔してんだよ」
事務所でつまらなそうにタバコを吸っている俺にレヴィがニヤリと不適な笑みを浮かべて笑いかけきた。
「何もしないをしてるのさ……」
俺はタバコの煙を吐き出して短くなったタバコを灰皿へと押し付けて消す。
「はあ?」とレヴィは目を細めて俺を睨む。
「寝言は寝て言え。あの世で言いたいなら手伝ってやろうか?」
レヴィはにこやかに近づきながら腰のソードカトラスへと手を伸ばす。
いつもの日常が返ってきた。
俺は目の前のレヴィを見ながら、ため息を吐いた。
「わかった、今度はどんな仕事だよ……」
〈了〉